昨日とは違って少し遅れた時間に着いたオリオネルは
皿に乗せられた肉が胃袋に消えた頃、俺が入って来た方とは別の、ギルドが駆け出しの為に運営している宿の利用客用に造られたドアから入って来たカゲヨイが、料理を食べている俺に話しかけて来た。
「セネドを食べている最中でしたか。オリオネルさん」
「ちょっと待ってろ。今すぐ食べるから」
オリオネルは隣に立つカゲヨイを見て咀嚼するスピードを速めて、残りあと少しの野菜とパンを咀嚼し、胃袋に収めれば口元についてしまった汚れを拭う。
「んッグ、アむ、はぁ…待たせてしまったな。カゲヨイ」
「いえ、問題無いですよ。セネドを食べておかないと午後の活動に支障が出てしまいますから。それはさておき、今日は修練場に行く予定でしたよね」
「そうだな。あぁそう言えばこの前、近接戦の手合わせに時間の全てを費やしていたが、カゲヨイの本業はその弓だろ?」
「えぇそうですよ。此処に来る前からこの長弓は長い付き合いなんですよ」
彼が背負っている長弓は背と同じぐらいの大きさがあり、その弦は矢をつがえる事が出来るのか疑問に思ってしまう程には太い。
初対面の時に思ったことだが、カゲヨイは細見に思える体格をしていると思っていたけれど、よく見れば筋肉質な体格をしている。彼が長身である事もそう思えてしまう原因の一つなのだろう。
「だったら今日はそれの技術を見る…いや、今日は戦闘域に行ってボラティーノと戦った方が分かりやすいか?」
「ついに戦闘域へ行くんですか?」
「あの規則に少し引っかかるかもしれないが、「ギルドからの依頼」って言う強力な建前もある。だから何も問題無いはずだ」
「ギルドからの依頼」この言葉の重さは誰だって知っている。知らないのはこの都市について何も知らない奴だけだ。
ギルドは長らくこの天城都市アンダーを支え、他国との外交や貿易、都市の法と防衛に携わる「マアト騎士団」の統括など、それにグライダー達をまとめ上げ、依頼の仲介や買い取りと、都市を回す重要な歯車として務めて来た組織。
そこからの依頼なんて余程の事が無い限り断れない。断ればギルドからの信頼と上へのし上がれるチャンスを自ら捨てるのと同義だ。
相手の実力をきちんと理解し、依頼をしっかりと達成出来るモノを寄越して来るのだから、手を抜く事さえ出来ないのだからタチが悪い。
「あぁここに初めて来た時に説明された規則の中で、特に異彩を放っていた奴でしたか。確かにこれだと抵触してしまいそうですね」
「そこが少しネックになってしまうが、恐らく何とかなるだろう。こっちはギルドからの依頼でやっているだけだからな」
そして俺とカゲヨイが破るかもしれないそのギルドが作った規則は、「ランクがブロンズであるグライダーは他グライダーと手を組み、ボラティーノの討伐に赴くことを禁ずる」という、駆け出しの死亡率を格段に引き上げている原因となっている面倒な規則だ。
まぁ、ギルドは新たにやって来る痣付きについて信頼していないんだろう。もう万年人材不足だった過去とは違い、この都市には人が足りている。また過去の厄災が訪れない限り、今いる住民が大勢消えるなんて事はしないだろうから。
それでもギルドが今でも利益の薄い人身売買を続けているのは、過去に前例を作ってしまったから、それに依存してしまっている国が居るからだろうか。
ここギルドでは「レイングラ―ドの巫女が代替わりした」だとか、「クイントで馬鹿げた一大計画が始まった」だとか、いろんな噂が流れてくる。
「なにボーッといるんですか、時間は有限でしょう?早く戦闘域に行きましょうよ」
「ああすまん。少し考え事をしていた。確かに早めに行った方が良いな。行こうか」
オリオネルは少し脱線した考えを取りやめて、カゲヨイと俺は階段からギルド地下に降りて、長い廊下を歩く。その奥には更に下へと続くのだろうエレベーターと、その前を立ちふさがる様に衛兵が室内でも振り回せるような得物を携えて立っていた。
チッ、よりによって頭が固い奴が今日の担当か…
「グライダーの方ですね。懐中時計をお見せください」
「相変わらず硬いなぁ。いつも会っているんだから顔パスで良いだろ?ほら、カゲヨイも」
「あ、はい。これですよね?」
「確認させて…はぁ」
二人は衛兵がそれぞれが持っている懐中時計を見せたとたんに、オリオネルにとって顔馴染みの衛兵は顔をしかめる。まぁそうなるよな…あの頭でっかちなリヴェがそうやすやすと見逃してくれるはずが無い。
「ギルドの規則はご存じですよね?」
「あぁ分かっている。それでも新入りのを連れてあっちへ行こうとしている意味を理解して欲しい。だから見逃してくれると嬉しんだが…」
「これからオリオネルさんと戦闘域に行くのも色々と教えて貰う為なんです。だから私からもお願いしたいのですが、許してくれませんか?」
「オリオネル…にお隣の方は、まさかカゲヨイ様ですか?」
「えぇそうですよ。確証はありませんけど、そちらに何かしらの事が伝達されているはずです」
「あー確か連絡事項の中にその名前が在った気が…分かりました」
「規則には何事にも例外が存在します。ですからこれも例外の一つとしましょう。…何かしら厄介事を起こすわけでも無いでしょうから」
そうしてリヴェの後ろにあるエレベーターが、操作盤を操作したレヴェの手によって開かれる。
「どうぞ乗ってください。帰りはこちらの手間が省けるので、貨物用のエレベーターに乗ってくれると助かります」
「はぁ…分かってくれたか。カゲヨイ行くぞ」
「行きましょうか、早くチェレーロの景色を見てみたいですから」
「では、チェレーロの祝福がある事を。無事に還れると良いですね」
鳥籠の様な見た目をしたソレに乗った二人は、レヴェの棒読みの言葉と一緒に下へ降りて行く。
しばらくすれば僅かな明かりしか無い暗い縦穴から光が漏れ、視界には蒼の奈落と張り巡らされた足場に埋め尽くされる。
「……綺麗、ですね」
「そうだろ?これが俺たちグライダーの戦場であり、愛すべき場だ」
「それに思ったより寒い。ほら吐く息も白くなってます」
はぁ、はぁとわざと息を荒めて、吐き出された息が寒さによって白く染まる様を物珍しく眺めるカゲヨイを置いて、俺は戦闘域の下層へと降りて行く。
それに気づいたカゲヨイが急いで降りて行くが、カゲヨイがこの足場に慣れていないせいか、その差がどんどん開いていた。
「ちょっと、待ってくださいよー!オリオネルさん早いですって」
「すまんな。いつもの様に行っていたんだが」
「熟練のグライダーなら、これぐらい普通なんです?」
「普通だ。数年グライダーをやっている同業なこれぐらいの事、出来て当たり前だろ」
「はぁ…その当たり前って、それ程の技量が無ければ長生き出来ないって事ですよね。つく職間違えたかな…いや捕まった時点で選択肢なんてものは無いですけど」
「愚痴を呟くなら足を動かせ、ソレイユが沈んでしまうぞ」
「はいはい、行きますよ。ただ貴方程身軽じゃないだけなので」
冷たい風を突き抜け、ひたすら下へ下へと降りて行く。今日のチェレーロはの予測通り、澄み切った蒼。有翼種を倒しに行くのに丁度いい。
そうして二人は誰かに出会う事も無く、最下層の葬儀場へと降り立った。
「チッ、運が悪いな。有翼種に一匹も出会えないとは」
「そうですね、それにしても」
「はぁ、はぁ…此処が戦闘域の最下層ってわけですか。思ったより…深い」
「まさかアンダーよりも深いなんて、思っていなかった。ここが一年に一度、全部壊されてしまうんでしょう?」
「ああ…年に一度、葬礼祭の時期に奈落の底に居る精霊種が戦闘域の大半を壊してしまうんだ」
「葬礼祭ってこの都市のお祭りって事ですよね。いつ開かれる祭りなんですか?」
「七月の三日って言えば分かるだろ?」
「七月…えぇ
七月三日。その日は神様にとって特別な日…らしい。この日は世界に眠る神が一気に目覚め、世界に様々な恩寵やら厄災を残していくのだ。
「昔、
「ボラティーノが天城都市アンダーに侵入して、都市を襲った?都市とチェレーロを隔てる頑丈な壁があるというに、その悲劇は起きたんですか?」
「ああ、確かに都市とチェレーロを隔てる壁は、精霊種があの日に起こす宴に耐えられる程には頑丈な壁のはずなんだが…まぁ何かしらのイレギュラーがあって、それが壊されてボラティーノどもが都市に溢れてどんちゃん騒ぎってわけよ。別に俺はあの日、何があったかは詳しく知らん」
「それは……さぞ地獄が出来上がっていたのだろう。想像するに堪えない話だ」
「まぁその話は置いといて、葬礼祭の時期にここは一度崩落するが、全部が壊れるわけでは無い。全部逝ったら補修が大変だからな、戦闘域には支柱が三つと、今いる葬儀場とあとはエレベーター付近が結界やら浮遊石で何とか耐えられる様にはなっているんだ」
戦闘域は基盤である三つの支柱、第一支柱ヘクトール、第二支柱クロード、第三支柱アンレールと空葬を行う場である葬儀場でもって支えられている。浮遊石を使い、宙に浮く事でしっかりとした地盤を作り、その上に木製の足場を建てている。
その為、支柱や葬儀場が一度壊されてしまえばその上に建つ足場が全て崩れてしまうから、そこら辺は注意が必要だ。
「さて、これからどうするんですか?」
「一旦は此処で有翼種が来るのを待つつもりなんだが…来るのは運次第だからな。それに空葬の手続きを忘れてしまってな」
「まぁ此処で立ち止まってしまえば身体が冷える。少し走りながら待つとしよう」
「走るって、まさか…追えと?」
「正解だカゲヨイ。勝負事の方がやる気が出て良いだろ?」
「そうですけど、勝ち目が絶望的なのは逆にやる気が落ちてしまうものですよ」
「俺は逆境方が好きだけどなぁ。まぁ寒いのは確かだろ?」
「はぁ…じゃあ私が逃げ側やるので」
カゲヨイがそう言葉を残して葬儀場から離れて行く。俺にとっては確かに遅いそれでも、一昨日よりは早い。それに彼は追うよりも逃げる方が得意の様で、時折立ち止まっている俺の方へ視線を向けて慣れた足取りで戦闘域を駆けている。
「って、明確なルール付けをまだしていないな。まぁ触れたら勝ちで良いか」
「俺にそう簡単に逃げられると思うなよ、たとえそっちが本業だとしてもだ」
あとがきに設定を小出しするの
-
いる
-
要らない