天に落ちる   作:kaname24

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第十一話 有翼種

はぁ、はぁ、息が持たない。此処は空気が薄いのか、いくら呼吸を速めて息を吸えども、掠れた呼吸音が鳴るだけ。バクバクと鳴る心臓音を無視して後ろを振り向けば、オリオネルが距離を縮めて射程圏内に入ろうとしている。

チッ、流石にデカい荷物を背負って逃げるのはキツイ。舌打ちが混ざる悪態を吐き捨てて、

力強く魔力を巡らせた足で場を踏みしめ、遠くの足場へ思いっ切り飛ぶ。

 

「お、今のは良い飛びっぷりだ。度胸があるな」

「そう言ってる貴方も…余裕で張り付いてくのは、少々腹が立ちますね」

「そりゃあ、俺がお前の先輩だからな。これぐらいの事が出来なきゃ、カッコ悪いだろ?」

「入って数日の奴に技量で負けているとか、示しがつかない。これぐらいの意地は張らせてくれ」

「此方にも…ウォーガの民としての技術と、意地があるんですけどね!」

 

触れられたら負けの鬼ごっこ。此処まで走り続けてきているが、そろそろ限界を迎えようとしている。いつもなら数時間ぐらいなら全力で駆け抜ける事が出来る程には体力に自信があったというのに戦闘域では、数十分程度でこのザマだ。

 

後ろを振り向けはネル(全部呼ぶのがめんどくさいので省略)が幽霊の様にピッタリと張り付いて来ている。

足場の建設上で出来た障害物やレールを経由して逃げているが、それでも振り切れない。

というか、今日は有翼種を相手に弓の腕を見る日じゃなかったのか?もう足が泥沼に浸かった様に重く、呼吸が過呼吸気味になっている。いやネルは戦闘域の場に慣れているはず。それ故に彼にとってこの鬼ごっこは軽い準備運動程度にしか認識していないんじゃないか?

正直、彼の様子から見て、その節が当たってそうな気がするけど…

 

「何ボっと立ち止まっているんだ?ほら終わりだ」

「え…あ、ちょっとした考え事していたせいで、立ち止まっていたようですね」

 

彼の手が俺の背中に触れる。負けた…いや勝ちの目など無く、どれだけ足掻けるかの勝負だったけど。カゲヨイが懐中時計をポケットから取り出して時計の針を見れば、前見た時から20分程進んでいる。だいぶ足掻けた方…なのか?

 

「20分程、ですか。熟練のグライダーである貴方から、20分逃げたのは、上手く行った方、なんですかね…」

「お前が俺から逃げた時間か。基準が無いから分からないが、まぁ逃げた方じゃないか?」

「すみませんが、少し…休んでも?此処は…空気が薄くて、いくら吸っても、息が整わなくて…」

「ああ、言うのを忘れていたな。カゲヨイが感じている様に、此処は空気が薄くてな。しかも下へ降りれば降りる程、更に空気の濃さが薄れていくんだ。だから普段よりも体力を消耗しやすい」

「それを知りながら、有翼種を挑む前にこんな事していたんですか?」

「まぁ、カゲヨイなら問題無いかと思っていたからな」

 

その余計な信頼は溝に捨てて欲しかったな!あぁ頭が痛い。脳裏に鈍くて、地面を引き摺られる様な痛みが現在進行中で、頭の中をかき乱す。そのせいか思考が余計に巡り、あれやこれらと感情が湧き出て来る。彼の俺に対しての高評価は嬉しいが、俺の耐性について見誤るのは困るな。そのせいで絶賛こんな目にあってるのだから。

此処まで数十分程、一気に此処まで降りて来た影響だろうか?いつもとは違う体調の身体を立て直す様に、酸素を求めて深く息を吸う。周りの音が聞こえ無い程に。

 

「おい、大丈夫か?顔が青ざめているぞ。…まさか息切れか?嘘だろ、マズいな。おいカゲヨイ!俺がしっかり見えているか?」

「……多分、駄目な奴です。一応オリオネルさんの姿はハッキリと見えているんですが、視界がグラついているんですよ」

 

見えている景色は正常なはずなのに、距離感が掴めない。まるで屋敷に飾られていた主がお気に入りだった絵画の様に、表面に見えてしまっている。

これでは弦を引く事さえままならない。なのに不思議と身体中の血が脈動して、熱がこみ上げてくる感覚が湧き出ている。

これは確実に何かが可笑しい。例え酸欠になっても、こんな事には…

 

「慣れていない場で、激しく動いたせいで体内の酸素が不足しているせいで、色々と体に支障が出ているんだと…思います。上に戻りませんか?上へ戻った方が、良いと思うので」

「分かった。すまないカゲヨイ、俺のミスだ。戦闘域ーーいや、チェレーロに漂う空気が、常人には支障を来してしまう事を頭に入っていなかった」

「……ネルさんは大丈夫なんですか?いえ、貴方は此処に慣れていますか」

「あぁ…いつものようにここで軽く走ったり、見つけたボラティーノを倒したりしていたからな。俺の方は特に何も問題無い」

 

俺は、オリオネルに支えられながら、ゆっくりと来た道を登って行く。

片隅の蒼が鬱陶しい程に燦燦と煌めいて、何故か、今は遠い昔の事がよぎった。

行きはただ降りて行くだけだった為に短時間で葬儀場まで来れたが、帰りはひたすら登って行く事になるのだから、その一歩一歩の足取りが重い。

 

「本当にすまない。先輩として失格だ」

「いや、本当そうですよ。こういう事、ネルさんもなかったんですか?」

「さん付けも要らない、ネルとでも呼べ。俺は…余り無かった」

「最初の頃は少し息苦しい事はあっても、お前の様にここまで酷い有様になった事は無い。だからか?」

「はぁ…この件は貸一つですよ。帰ったら、何か奢って貰いますから」

「分かった。戻ったら「フェレテリ」で奢る。だからここで倒れるなよ。流石にお前を背負って帰る羽目になるのは、苦行でしかない」

「分かってます。それに、酷いものではありませんから。少し、安全な場所で休んでいれば回復しますよ」

 

実際、そこまで重症なわけでは無い。ただ身体を動かそうとしても上手く思い通りに行かないだけで、来た道を戻る分には何も問題は無い。それに、上へと戻って行く内に呼吸が整ってきている。動きに支障はあるが、戦闘でもしない限りは大丈夫だろう。

 

引き摺ってしまうを動かしながら、二人は広い戦闘域を登っていく。

長い長い道のりは退屈を招くが、それ潰せる話題なんて、会って間も無い二人の間にあるわけが無い。

今この二人の間にあるのは、沈黙と気まずい空気だ。それに耐え兼ねたネルが、俺が背負っている弓を見て、こんな疑問を問いかけてくる。

 

「なぁ、カゲヨイ。お前が今背負っている弓はだいぶ使い古されている様だが、その弓は昔から使っていた物をそのまま使っているのか?」

「なに当たり前の事を言っているんです?私が使っている弓は、私が幼い頃から使っている物を改造したり、直したりして、使い続けている物ですよ」

「それって、こんな馬鹿でかい物をお前が幼い頃から使っていたという事か?それにしては大きすぎる気がするが」

「昔は今よりも片手で持てるぐらいでしたけど、私の仕事上、どうしても弓を大きくする必要がありましてね。試行錯誤をしていたらいつの間にかここまで大きくなってしまったんですよ」

 

俺の弓は、森で獲物を狩る、狩人だった祖父から受け継いで使っている物だ。

原型の面影が無い程に使い古した弓だが、それでも使い続けているのは、この弓は俺の手の中にあるもので、今はもう輪廻へと旅立った両親と唯一の繋がりだからだろう。

 

「気になっていたが、カゲヨイはここでグライダーをやらされる前は、どんな事をしていたんだ?まぁある程度は予想は付くが、納得いかない事もあるしな」

「あぁ…そうですか。私の昔話ですか。ええ…良いですよ。ただし、それなりに長くなりますし、酒を飲んで笑い飛ばした方が私の気が楽になりますから、帰って酒の席で話しましょう」

「正直、思い出すだけで思い出すだけで吐き気が込み上げてきますからね」

 

俺の記憶は確かに輝かしいものであり、忘れられないものであるが、同時に忌まわしく遠い彼方に閉ざすべき記憶でもある。

俺は都合のいい記憶だけを呼び起こすなんて器用な事も出来ないし、過去を語るのであれば、酸いも甘いも全て話さなければならないだろう。だから、俺なんかの過去話は、酒のつまみとして笑い飛ばすのが丁度いい。笑い飛ばせるかは別の話…だけど。

 

そう話を続けながら二人が歩いていると突然、風が変わった。下の方から強風が吹き上げる様に吹いてきたのだ。

そして数秒後にはボラティーノの甲高い鳴き声と、力強く羽ばたく音が聞こえて来る。

 

「待ってください、ネルさん。何かが近付いて来ていませんか?」

「こんな時にか…間違い無い。あの甲高い鳴き声、有翼種がやって来ているぞ!」

 

「キュルアアアァーー!キュア!キュア!」

 

そして更に十数秒後には、距離を詰められ、そのまま猛スピードで突進を仕掛けて来たのだ。

 

「チッ、暴れるなよカゲヨイ!」

「え、ちょッ、はぁぁぁぁ!?」

 

ネルが突進を躱そうと支えられていた俺の身体ごとしっかりと抱き抱えて、そのまま足場から飛び降り、下へ真っ逆さまに落ちていく。

落ち行く背中から、さっきまで居た場所を見上げれば、俺たちが居た場所があの鳥の突進によって根こそぎ持ってかれていた。…助けられたな。

 

そのまま下の足場に着地してネルは、俺を下ろして腰に携えた双剣を手に取って戦闘態勢に入っていた。降ろされた俺は、ネルの手を支柱にして立ち上がり、背中に背負った弓で身体を支えながら、あの有翼種を見据える。

 

それは俺の身体を優に超え、その翼は奈落の様に蒼い。

そして有翼種が放つその咆哮は、鼓膜を突き破らん程に煩わしい。…次行く時は耳栓を持ってこよう。でなければ鼓膜が潰れてしまいそうだ。

 

「カゲヨイ、動けるか?」

「落ちるなら、先に言ってくださいよ!はぁ…まだ有翼種とやりえる程では無いにしろ、この場から離れるぐらいなら行けます」

「なら、コイツの相手は俺が対処するから離れておけ、病人が無茶して戦っても、ろくな事にはならないからな」

 

その話はごもっともな話だが、そもそもここには、俺の弓を試す為に来ている。

そうこれは一つの仕事だ。ならばそれに応えるのが、俺が辿って来た人生であり、意義でもある。

ならば万全では無いにしろ、あの鳥一つを撃ち堕とすぐらい出来なければ示しが付かないだろう?

だから……

 

「待ってください。貴方は囮役を引き付けてくれませんか?必ず当てますから」

「行けるのか?」

「勿論。万全では無いにしろ、このぐらいやって見せますから」

 

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