天に落ちる   作:kaname24

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第五話 出会いⅡ

滴る汗、どくどくと鳴る心臓がどれだけ彼と剣を交えていたのを気付かせる。

これで何本目だろうか。お互いが息も絶え絶えな状態であるというのに、辞め所を見つけられず、いまだ手合いは終わらない。

 

「あぁ逃げるな!当たらないんですよ」

「逃げるに決まっているだろ?接近するより、お前がばてるのを待つ方が得策だからなぁ!」

「チッ、この足場がうざったらしい。どうしてこんな細い足場で曲芸師みたいに動けるんです?」

 

躍起になって俺を追いかけて来るカゲヨイをしり目に、レールや足場を飛び移り更に距離を突き放す。俺の脚は初めの頃と違って鉛のように重たいのに追いつかれない状況なのは、彼も一緒って事だろうか。何時からこんな意地の張り合いになってしまったのだろう。

最初はカゲヨイがどれぐらい出来るかの確認だったはずなのに。俺としてはいつでもやめたいが、トレーニングとして理にかなっているせいで、カゲヨイが折れるか俺が限界迎えるまで終わらない地獄となっている。

 

「おい、まだまだ踏み込みが浅い。これじゃあ俺に追い付く事なんか出来なんか出来やしないぞ!」

「分かってますよ!っはぁ」

「叩き潰す」

 

そう汗びっしょりで立ち止まるカゲヨイに向けて発破を掛ければ、カゲヨイの顔に筋が浮かび、弩が付くほど低い声で返される。

カゲヨイは今ある力全てを振り絞って、逃げるオリオネルへ追いつこうとまた、走り出す。

 

「冷静さを欠くな。だからこうやって」

「ぐッ、はッあ、マズ」

「楽に流される」

 

貯めの長い踏み込み、高い跳躍で一直線に向かってくるそれに対して俺は、冷たく脚で対応する。足元を崩され、よろけてしまったカゲヨイはそのまま足を踏み外し、床へ落下する。

オリオネルはそれに気が付いて手を伸ばすが、必要は無かったようで。

 

「あ、マズい。大丈夫か!」

「大丈夫ですよ。レールに捕まって何とか滑落することは防いだので」

「すまない。ちょっとやり過ぎたようだ」

「そうですね。私も少し熱くなり過ぎてしまったようです」

 

そう言った二人の身体には、熱くなり過ぎた副作用で痣が何個も出来ている。現状を再確認した事で、俺の中で湧き出ていた熱が冷めて行く。はぁもう無理だ。これ以上やれば明日が潰れてしまうし、過剰な鍛錬はそのまま身体を壊しかねない。

 

「ギブアップだ。カゲヨイ」

「ギブアップ…そろそろ終わりにするんですか?まぁ私も意地で動いていましたから、もう限界なんですけど」

「ああ疲れた…これ以上やれば必ず何処か壊れる…」

 

ブーツで擦れた脚、汗だくの身体、それに節々の痛み。それらがどれだけこの手合いが苛烈だったのを訴えている。二人は床に力尽きたように座りこんで、話を続ける。

 

「終いだ、終い。さて、本題に戻るが、十分だカゲヨイ」

「何がですか?そもそも何故、ここまで苛烈な手合わせをやっていましたっけ」

「あの手合わせはお前の近接戦闘の腕を見る為にやってるんだよ」

「あーそうでしたね。始まりはそれでした」

「本来ならそこに置いている弓の腕とかも見たかったんだが、しょうがない。こんなにも長引くとは思わなかったからな」

「それは…すみませんでしたね。思わずウォーガの民として血が湧き出てしまったんですよ」

「いやいい、これも価値ある事だ。お前も、鍛錬にはなっただろ?」

「確かにそうでしたね。それにしてもオリオネルさんのそれ、どうやったら出来るんですか…私にはそんな事出来ませんよ」

「出来るようになってもらわないと、いずれお前が困る事になるぞ。戦闘域で十分に動けないグライダーなんてただの欠陥品だ。いつか風にかっさらわれて死ぬはめになるのだから」

 

チェレーロという一面の蒼と鈍く輝き、宙に浮くアステロイド(星の恵み)によって構成された世界は、いつも穏やかな一面を見せてくれるけれど、あの世界の本質はそれでは無い。

 

ふと時折見せる世界の摂理がねじ曲がった様に幻想的で、人の命がほんの一息で消し飛んでしまいそうだと幻視してしまう程の、荒れ狂った世界の一面。

それに遭遇した時にアンダーまで逃げ帰れる実力が無ければ、長く生きる事は出来ない。

 

それがチェレーロであり、俺はそれをあの世界の本質だと捉えている。

 

「はぁ…今後の課題ですね。また今度手合わせをお願いしてもいいですか?」

「ああいいぞ。また今度やってもいい。普段動かせてない所も動かせるのだから、たまにやるぐらいなら問題は無い。楽しかったのか?」

「いえ、ほとんど捕まえられなかったのが悔しいので、ウォーガの民として負けっぱなしは嫌なんです」

「でたよウォーガ出身の武人気質。あそこの人間はそうなんで己の武芸に誇りを持っているのか…」

 

ウォーガとはクイントのお隣にある国で、その…マイルドに言えばギルドのお得意様って所だ。あの国から流れて来る人材の数は多いし、質も良い。それに豊富な鉱物資源と腕の良い職人が居て、そこから流れて来る武具はどれも逸品級だ。

まぁ逆に言えばそれ以外に良いとこは無いんだが。

 

「厳密には違いますよ。正しくはウォーガの民が持っている誇りです」

「まぁ此処に痣付きとして来るのは大抵、ウォーガの誇りを持ったものしかいませんからね。ウォーガ人が持つ気質だと、間違われてもおかしくはありませんか」

「ウォーガの民とは圧政を敷き、私たちの財産を我が物顔で奪っていく貴族たちに抗う者たちの総称です。正義を為す為、生きる為に身に着けた武芸は私たちにとって唯一の誇りであり、掲げるべきものですから」

「そういえばカゲヨイはとある貴族に仕えていたと言っていたが、まさか…」

「えぇ、貴方が考えている通りですよ。あの人は軽蔑するべき貴族中では珍しく、私達の国の未来を憂うお人でしたから。あの人もウォーガの民と同じく、いつか訪れてしまう滅びを必死に止めようと抗う人でしたよ」

 

彼はもう訪れないであろう過去を思い出し、悲しげな表情を浮かべる。

彼が言ったあの人とは彼にとって恩人の様な存在なんだろう。だが彼の恩人に会える日は当分先の話だ。

 

ギルドに売られた痣付きはこの都市から出る事が許されていない。

そりゃ罪を犯してグライダーとして刑務作業をしている様なものだから当然の事だが、まぁそれでも痣付きでもこの都市から出る方法はある。

まずギルドとクラン「妖精掃討会」が合同で運営しているイベント、幽玄種をターゲットとして行われる大規模狩猟「百鬼夜行」で活躍することでギルドの方から報酬とは別に送られる物、コルズプレートと交換する事で手に入る短期出国証明書を使うか、いっその事ゴールドの高見まで到達し、無事痣付きから解放されるかの二択だ。

 

「いつか再び会えるといいな」

「そうですね…さて長話も此処で終わりにして帰りましょう」

「そうだな。さっさと切り上げよう」

 

二人は持っていた訓練用の武器を片付けて、部屋の鍵を閉めて螺旋階段を降りて行く。

ふと、今が何時なのか気になって懐中時計を見てみれば、秒針は17時を示している。今日、修練場に入ったのが14時ぐらいだったはずだから、約三時間の動きっぱなしか。そりゃあ体中バッキバキになってるわけだ。

普段こんなに長時間激しく動く事なんてまず無い。戦いの決着なんて数十分で決着が付くものだ。久しぶりに長時間動いたせいで普段使っていなかった様な筋肉が悲鳴をあげている。

 

カウンターに座っている受付に鍵を返して路地を歩いて飛雲船の発着場へ向かう中、カゲヨイが俺に話しかけて来る。

 

「明日もまた今日の続きをするんですか?」

「いや、流石に二日連続でハードな事やりたく無いし、明日は良い装備屋を紹介しようと思うんだが、どうだ?」

「ありがたいですね。私は此処に来て間もないので。土地勘は余り無いですし、ついでに都市の案内も頼んでもよろしいでしょうか?」

「わかった。この都市は広いから、全てを案内する事は出来ないだろうが、それも良いなら紹介してやる」

「浮遊具や討伐したボラティーノを回収する為の道具とか必要な物は明日揃えると良い。その中でも浮遊具は大事だぞ。不測の事態に起きた時には十分な命綱になってくれる」

「そうそう浮遊具で思い出しました。これ、借りていましたね。」

 

そういってカゲヨイは懐から鈍く輝くネックレスを取り出してオリオネルに渡す。

 

「ああ浮遊具か、そういえば結局使わずに残っていたな」

「ええ、貸してもらった物は今日中に返すのが礼儀でしょう?」

「別の高い物でも無い。それに消耗品だから予備なんて宿に戻れば沢山ある。だから貰っていけ」

「ならありがたく貰って行きます」

 

発着場で帰りの待って、飛雲船に乗り数分経てばあっという間にギルドに辿り着く。

だがその間に話す事なんて今日初めて会ったものだから思いつかず、事務的な事柄しか思いつかなくて。気まずい沈黙が流れる中、カゲヨイの宿に近いギルドへたどり着くのを待つ。

 

隣に誰かがいる事が余りにも慣れていなくてそわそわと視線を動かしてしまう。

周りの景色はいつもと変わらぬ風景で、宙を突き進む風が少しの冷たさを運んでいる。そうやっていたらいつの間にかギルド前についていて、代金代わりの懐中時計を見せて、二人は飛雲船を降りる。

 

「ここで解散で良いよな、カゲヨイ」

「ええ、私は問題無いですよ。私の宿はギルド近くなので」

「じゃあまた明日。この時間帯で頼む」

「また明日です」

 

 カゲヨイに向けて愛想よく手を振って自身の帰路につく。

あぁ…気を使うのは少々疲れてしまう。それにしてもあのカゲヨイと言う男、なかなか良い筋をしていた。あの手合わせの中で指摘された事はすぐさま修正して来るし、

身体の動きも地道に鍛錬を積み重ね、積み上げた人間のそれだった。

痣付きだというのに、ギルドが俺にコーチを頼んだんだ。ウォーガ帝国の中でもさぞかし腕を立つ者だったのだろう。

 

 だが人殺しとグライダーの戦い方は違う、この一か月間しっかりとしごかないとな。ギルドからの依頼だから。そう考えているオリオネルは泊まっている安宿へ歩む足を進めるのだった。

 

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