「まぁ、変に触って大惨事を起こしたく無いから、これ以上の事は起こしてない。知っているだろう?この浮遊石を弄っている最中に起きた大惨事の事を。だから取り出した不純物は全部瓶に入れて念入りに封印しているよ」
「ああそれが正解だろうな。確か…一歩間違えれば爆発、もしくは浮遊石の性質が暴走して周りにまで影響を与えるんだったか?」
「そうさ、俺も前にやらかした事があるが、酷い物だった。そのせいで売り物が売れなくなったり、俺の仕事道具がぶっ壊れたからな」
浮遊石の加工はとても危険の多い作業だ。何故ならば浮遊石の中にある不純物と魔力はとても不安定であり、外側からの干渉を受けるとその力が、活性化させることがあるからだ。だから工房全体を巻き込む様な事故が起こってしまう。
「まぁそれは置いといて、んー何処まで話したか…そうだ。浮遊具の仕組みについて話してたか。後、俺が話して無い所だとすると何故一般的に使われている物が使い捨てタイプなのかって話だったか」
「まぁ話は簡単で、このサイズで人を一人浮かせる程の浮遊石は早々に無いってだけの話だ」
「まぁこの話はここらで置いといて、この浮遊具の見極めの仕方だが、カゲヨイは術式に関して知識があるならそれで見極めれば良い」
「術式の洗練さ、後は性格に術式が刻み込まれているかを見れば、不良品を掴ませられる事は格段に減るだろう」
「さてお二人とも、質問はあるかい?」
実際に浮遊石から不純物を取り出す作業を見せてくれたレンゲは、オリオネルの態度で思ったよりも時間を掛けていた事に気付き、二人への講義のペースを速めて、最後に二人からの質問を聞いて締めくくろうとしていた。
「俺は無い」
「私も無いですね。結構長くなっちゃいましたし、本題に移りたいので」
「長くてすまない。ちょっと気分が乗ってしまってね。まぁ結局カゲヨイ様はどの浮遊具を買ってくれるんだい?」
「そうですね。これにします」
レンゲの話を聞きながらカウンターに置かれた数個の浮遊具を見ていたカゲヨイが選んだのは、ブレスレットの形をした浮遊具だった。
そのブレスレットの形をした浮遊具に付けられている値札を見た後に、カゲヨイは会計を済ませようとポケットから財布を取り出して、硬貨を数える。
「17320ディナーロ。代金はこれで大丈夫ですよね?」
「1、2、3…それに諸々。確かに受け取ったよ。お釣りはこれだから持っていけ」
「はい…はい。こっちも問題ないようですね。お待たせしてすみません。グライダーである貴方ではでは、当たり前の事過ぎて退屈でしたでしょう?」
「いや?とても興味深い事も知れて、案外楽しかった。ただ昨日の疲れがまだ抜けきっていないだけだ」
「あーそうでしたね。まぁ今日の用事はこれで終わりでしょう?だからここで解散で良いですよね」
「そうだな。帰ってさっさと寝たい気分だ」
オリオネルは長々と座っていた椅子から立ち上がり、相変わらず掃除をしていないせいで身体についてしまった埃を払う。
とても長い講義だった。時間として見れば1時間か2時間の間と言った所か。まぁそれに見合った物はあったのだから、俺に文句を言う筋合いは無いが…まぁ疲れた。
人の話を聞くにもそれなりのエネルギーを使ってしまう。長い話であれば尚更だ。あの実演が無ければ眠気に耐え兼ねて眠っていた事だろう。
「レンゲ、また来る時に仕事を頼むつもりだから、よろしく頼む」
「大歓迎だよネル。新たに来てくれたカゲヨイさんも、またこの游美に来てくれ」
そうして二人は明日の予定を取り付けて、鍛冶屋「游美」の扉を潜り、それぞれの帰路につく。
途中まで同じ帰路を二人で歩き、ギルドの所でカゲヨイと別れた後に、自室のベットで眠りについたのだった。
パチリと、目が覚める。昨日とは違って疲労が無い身体を起こして、寝間着の薄手の服からいつもの厚着に着替える。そうしたら動きを阻害しない程度の防具を身に着けて、いつものように仕事道具に不備が無いかチェックした。双剣は相変わらず欠けているが、それは新たに打ってもらうまでの辛抱だ。はぁ…カシュウの奴は何時頃帰ってくるのか。
天城都市アンダーはここまで厚着するほど寒くは無いが、チェレーロとなると話は別だ。あそこはアンダーとは違って常に風が冷たい冷気を運んでくる。それに今はまだ9月だからマシだが、11月を超えれば、冷たい冷気が人を凍てつかせる冷気となって俺らグライダーを蝕む。毎年凍傷で死んでしまうグライダーが後が絶えないらしいが、まぁ…実際に見た事は無い。
支度が済んだら一階にある食堂で
まぁ今月はカゲヨイに付きっ切りなのだから、ゆっくりとボラティーノを討伐する時間も無いが。
オリオネルはエレベーターで戦闘域に移動したら、いつもの日課をこなし始める。
戦闘域とギルドを繋ぐ第一支柱から最下層の葬儀場までを往復5本走って、途中でボラティーノを見かければ討伐してちょっとした小銭を稼ぐ。それが俺がグライダーになった時に決めた事だ。
今日のチェレーロは龍の涙が浮かび上がっていないし、狂風が吹いている訳でも無い、いつも通りの蒼を彩っている戦闘域、いやチェレーロと呼ぶべきなのかもしれない場を走り抜ける。
道中で見つけた有翼種の返り血で汚れた姿で駆け回り、これで五本目。
途中で有翼種と戦闘したせいか、身体中の息が上がっているのだがいつもの事だ。
倒した有翼種の死体は解体は時間が掛かって面倒だからと、殺した有翼種の死体は浮遊石を含む心臓部分を抜き取って袋に詰め、残りは奈落へと捨てた。
こういう時に底の無い奈落は役に立つ。こうやって用の無いボラティーノ達の死体や、誤って落ちて行ったグライダー達の死体があの奈落の底に積み上げられて居るのだろうが、ああ成りたくは無い。
あの蒼の奈落に落ちる時は盛大に、誰かに見送られて堕ちるのが良い。死後に冥府へと送られる事無く輪廻が止まり、誰かによって救済がなされるまで永遠にチェレーロを彷徨う事となるのは、苦痛に満ちた事だと思うから。
「現実そんな上手い事は行かないか」
ギルドへと向かうエレベーターの中でそんな事を考えているけど、独り言が否定するように漏れ出る。何処かが狂ってしまえばプツリと途切れてしまうのが、俺たちグライダーの日常だ。
ギルドに戻ったら、水場の所で回収した小さな心臓を水で洗い、ついでに身体に着いた汚れも落として、癒着している浮遊石を全て剥がす。
ぬちゃり、ぐちゃりと少しずつ肉に癒着した小さい不透明な結晶達を剥がし、袋に詰める作業が終わって現在は11時程。カゲヨイとの待ち合わせには少し早いか。
「カゲヨイとの待ち合わせまで後3時間…適当に時間を埋めるか」
そう思い経ったのなら行動あるのみだ。残り3時間と余裕があるとはいえ、遅れたら少々申し訳が無い。オリオネルはギルドから出て、飛雲船で住宅の多いエリアにある教会へ向かう。向かった先に見えたのは、子供達の笑い声と片翼の龍が巻き付いた木製の十字架だ。
今、オリオネルの目の前にあるのは回生教会の教会で、彼らが信仰するのは右翼が無い龍、確か輪廻を司る龍『サンサーラ』だったか。かの教会が掲げる教義としては、
「生まれて来る生命全ては祝福されるべきであり、けして忌むべきでは無い。そして生まれてきた幼子達は必ず守られるべきだ」と掲げている。
主に妊婦の出産の手伝いや生まれてくる生命の祝福、それに孤児院の運営とかやっている子供大好き集団だ。
何故そんな所にやって来たかというと、別に祈りに来たとか子供たちを眺めて癒されに来たとかでは無い。教会に飾られている絵画や綺麗に光が差しているステンドグラス、それに片翼の龍を観賞することだ。
少し建付けの悪い扉を開けて俺の背をゆうに超える輪廻の龍が出迎えて、中では三人の子供たちとその修道者が向こうにある石像に向かって礼拝を済ませていた最中だったようで、来訪である俺の方に視線が向けられる。
「あ、たまに来てるおじさんだ!」
「ホントだね、また絵とか本とか見に来たの?」
「ねぇねぇお兄さん。またチェレーロのお話聞かせてよ」
「子供たち、客人にそう迫るものでは無いですよ。オリオネル様、絵画を見に来たのですか?」
「まぁそんな事だ。昔から見続けて来たものだからこそ、時間が余った時に見たくなるんだ。それに庶民が上等な美術品を見れる場所なんて、教会しか無いだろ?」
自身の趣味である美術品や吟遊詩人が語る唄を愉しむ事。それは昔、まだ俺が孤児院で外の情報が修道者がたまに語ってくれる話や、教会や孤児院にある本でしか知れない幼い俺が、孤児院で見つけた一冊の絵本が始まりだった。
子供向けの絵本とは言い難い、むしろとある画家が描いた画集に近いその絵本を、今でも瞼の裏で鮮明に思い出せる。蒼で埋め尽くされた場に、かつての俺が見たことが無い生き物たちが飛んでいる世界をとある少年が旅する物語。
昔の俺はその未知にのめり込んで、「いつかこの本に描かれている世界を冒険したい」って思った少年時代は確かに間違っていなかったと今でも思える。
「ごめんなぁ。今日は予定があるからそこまで長くは居られないんだ。ただ少し空き時間が空いたから、寄っただけでな。本を読み聞かせてやるのはまた今度だ」
「「「えーー」」」
「おじさんの語り、ハボネのよりも断然うまくて、つい寝ちゃうぐらいには良いのに!」
「一冊だけ、一冊だけなら時間大丈夫でしょ?ねぇねぇ」
「おねがい、お願いだから。おにいさんの読み聞かせ、聞きたいな」
「オリオネルさん、無理に子供たちに付き合わなくてもよいのですよ。読み聞かせは私がやりますから」
「いや、ハボネさん。気遣ってくれるのは嬉しいが、子供たちの期待を…」
「嫌。せっかくネルが来ているのに、修道者の下手な読み聞かせなんて聞きたくない!」
「私、そんなに下手でしたか?」
「「うん、ダメダメだった(よ)」」
「そうでしたか…修行しなければ」
オリオネルの周りに寄ってくる子供たちがそれぞれお気に入りの本を教会から持ってきて、小さな腕で抱えていた。俺が断ろうとしても、気にせずに一冊だけでも読んでくれとお願いする子供たちの残念そうな表情が俺に罪悪感を刺激する。
はぁ…今日はゆっくりと窓のステンドグラスや絵を見に来ただけ何だが、確かに時間はまだまだある。子供たちを悲しませるのも気が引けるものだから、一冊だけなら良いか。
「よし、一冊だけだぞ?それと、俺はまだおじさんでは無い。俺はまだ二十代前半だ…おじさんでは無いよな?」
「え、良いの?ありがとう!」
「やったー!じゃあこの「グルイの冒険譚」を読んで欲しいな」
「いや、それは前にも読んでもらっただろ「ヘビン記」が良いよ」
「でもそれじゃあ長すぎて眠くなるから、「ヘビン記」の、んーどれだったけ?あ、そうだ第九節のお話、彼岸ノ地が良いな」
「それにしようよ、ねぇレゼルも良いでしょ」
「うん、そのお話もとっても面白いから」
「話は纏まったようだな。レゼルに…キュベア、リーシャも長椅子に座れ、読み聞かせてやるから」
「すみません、オリオネルさん。時間を使わせてしまって」
「いいさ、どうせまだまだ時間がある事だ。それよりまた今度、あの絵も見せてくれるよな?」
「はい、お礼となるならまた今度いらっしゃった時に見せますよ」
「さて待たせた事だ。今から話すは昔に起きたかもしれないかつての神話、その断片を切り取った物語だ」
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