翌日。
下宿先の刀龍寺の門を出た所で、どこかモジモジとした様子の
どこか俺と目を合わせづらそうにした翠乃が、オズオズと切り出す。
「あの……空也兄さん。今日からは別々に登校しない……?」
そのセリフの意味を認識した瞬間、衝撃が背筋を貫き、一瞬目眩を覚えた。
努めて平静を装いつつ、すわ何か気に障る事でもしてしまったのかとその言葉の真意を探る。
「翠乃がそう言うなら構わないけれど……何かあったのかい?」
「その……友達が、空也兄さんとの関係とか、しつこく聞いてきて……一応、兄みたいな人って説明したけど、普通、高校生の兄妹はそんなに仲良くないって言われて、そうかもって……」
……おのれ友人め、余計な事を吹き込んでからに。
「……分かった。翠乃がからかわれるのも悪いし、俺はちょっと回り道して行くよ」
「べっ、別にイヤとかじゃ無いから! ちょ、ちょっと子供っぽかったかなぁって!」
「はいはい」
こうして、二日目にして妹に同伴拒否されてしまった俺は、少し憂鬱な気持ちでトボトボと登校するのだった。
可愛い妹が、たった一日で反抗期を迎えてしまった……。
昨日、携帯を買いに行くときも、どこかよそよそしかったのはこれか……。
世のお父さん方の苦悩を深く理解した気分だった。
ブルーな気分を振り払おうと、景色の良い道を探して歩いたり、野良猫に癒やされたりしつつ、昨日よりちょっと遅れて学校に到着する。
気分転換で幾らかスッキリした頭で教室の引き戸を開けると、斬が丁度金髪のツンツン頭に因縁をつけられている所に出くわした。
おお、斬よ、お前は飽きもせず毎日のようにトラブルに巻き込まれるんだなぁとちょっと関心してしまう。
「おい、お前何で俺の席に座ってんだよ。のけ」
怯える斬を見下ろしてドスの効いた声で話すのは、昨日体育館裏で見た金髪刀疵の貫木だ。
教室最後列で空気になっていた所に突然詰められたのであろう斬が、青い顔でアワアワしている。
「何黙ってんだ? お前」
返事に窮している斬に向かって、焦れたように続ける貫木。
「……あ、あの、転校して来た時に先生がここに座れって……」
「ああっ!? 何でだよっ!」
「ひっ、ご、ゴメンナサイ!」
やっと返事をひねり出したと思ったら即座に怒鳴り返される斬。
何やら話が食い違っている様だ。
席に向かいがてら、助け舟を出してやる。
「御早う、斬。あと昨日の、貫木だったかな?」
「ああ? ……何だ、昨日の坊主か、お前タメだったのかよ。転校生か?」
貫木が眉間にシワを寄せたまま振り返り、俺の格好を見て、おっという顔をして聞いてくる。
「ああ、辰爾空也という。見ての通り坊主見習いで、も一つ言うと編入生だ。今日が編入三日目になる。宜しく頼むよ、貫木――」
「
「いや、ここ僕の席……」
「俺のだって言ってンだろォが!」
「――それなんだが」
「あん?」
「確かに、斬はここ三日間、毎日その席に座っていたよ。栗沢先生も特に見咎めはしなかった様に思うが」
そう言うと、斬もその通りという風にブンブンと首を振る。
貫木は俺と斬が嘘を言っていないと分かったのだろう。
俺と斬の顔を見比べると、戸惑った様に大声を上げる。
「じゃあ俺の席はどこ行っちまったんだよっ!? たった一週間位サボっただけじゃねぇか、クソッ、あンのチビ
「い、一週間も……」
「そら席も無くなるだろう」
斬の視線が、怖い人を見る目から
一週間とは言うが、斬の言う通りなら彼がサボり初めた翌日位には斬に彼の席があてがわれた事になる。
以前から余程頻繁に授業をすっぽかしていたのだろう。
栗沢先生の、「おしおきですっ!」と言う顔が目に浮かぶ。
……と、ウガーっと空に向かって一頻り怒鳴り散らした貫木が、ふと何かに気付いたように斬を振り返る。
「……そう言や、お前も転校して来たって言ったな」
そう言って、ズイっと額がくっつかんばかりに顔を近付ける。
完全にメンチ切りの距離だ。
一々言動が不良っぽいヤツだ。
斬は目一杯身体を引いて目線を彷徨わせている。
「確かに見ねぇ顔だ」
「は……はは」
ドアップの不良顔に、とても昨日一瞬会ってますとは言えない様子の斬。
「……お前――」
「こら」
「!?」
「いツっ!?」
貫木が口を開きかけた所で、音も無く忍び寄っていた月島さんの鞘が貫木の後頭部にめり込んだ。
ゴンっと小気味良い音が鳴り、ついでにつんのめった貫木の額が斬のおでこにゴチンとぶつかる。
痛そう。
俺は勿論、近付く所から黙っていた。
「あ、ゴメン」
「ゴメンじゃねえっ! あにすんだこのアマっ!?」
「あんたじゃなくて村山君に言ったのよ」
「ナメてんのかっ! いやナメてんなっ!?」
三白眼を釣り上げて怒鳴る貫木を、涼しい顔であしらう月島さん。
つい先日同じ様に不良に絡んで怖い目に会ったばかりだと言うのに、中々にふてぶてしい態度だ。
よく今日まで生きて来れたなこの子。
「久々に教室に顔出したと思ったら、早速ナニ絡んでんのよ貫木」
「絡んでねーよ、ただ喋ってただけじゃねぇか!?」
斬が、えっ、そうなの? といった顔で貫木を二度見している。
まあ、何だ、その、素で喧嘩腰だよな貫木。
「そうなの?」
「……そうだね」
月島さんがチラっと俺を見て確認して来たので、一応貫木の肩を持っておく。
「なぁんだ。ならいいけど」
「良かねぇっ! 謝れコラァ!?」
「でもあんた、少しは気をつけた方がいいよ」
無視かよ。
月島さん、昨日は最後あんなだったので、今日位までは引きずってるかなぁと思ったが、こうして喋っている分には復調しているように見える。
しかしよく見ると、両手の指にはテーピングが巻かれ、目の下には薄っすらとクマが見える。
……昨日は遅くまで剣を振っていたのだろう。
迷う暇もなく身体をイジメ倒し、夢も見ない程、泥のように眠る。
確かに効果的だが、健康的とは言い難いな……身体を壊さないと良いが。
「顔が怖いのはしょうがないにしても、声も態度もデカくて口調まで威圧的でガラも悪いし、さっきみたいのじゃ、誰が見たって不良が絡んでるようにしか見えないわよ?」
「ほっとけ!!!」
月島さん、メチャクチャ言うじゃん。
疲れで判断力とかがニブってるのかもしれない。
「チッ」
特大の舌打ちをする貫木。
「どいつもこいつもよぉ」
そう言って、ポケットに手を突っ込んで不貞腐れながら教室を出て行ってしまった。
斬が、行っちゃったケドいいのかな……? と言いたげな表情で俺を見てくる。
月島さんもどこか気まずそうだ。
気になるなら追ってやればいい、そう言おうとして口を開きかけた所で、クラスメイトのギャルグループの辺りから話し声が聞こえてきた。
「あのクズ、また来てんだけど。チョーサイアクー」
「たぶんアイツ、気に食わないヤツ片っ端から斬ってるよ」
「ってか、犯罪とゆー犯罪全部ヤってます的な?」
「言えてる〜。将来は辻斬りみたいな?」
「怖ぁい! どうして学校来るのかなぁ〜? イヤなら来なきゃいいのにぃ」
「……随分な評判だね、彼」
そのあんまりな評価に、ちょっと頬がヒクつく。
いや、確かにガラの悪いヤツだったが、そんなクラス中に聞こえるような大声で陰口言わなくても良いのではと思ってしまうのは、俺が原作の貫木を知っているからだろうか。
「……実際、貫木がいると空気がピリつくのは確かね。あいつも、あんな態度取ってたら孤立するって分かりそうなものなのに、一体ナニ考えてるんだか」
「そ〜なのよ〜」
月島さんが溜め息混じりにそう言ったのが聞こえたのか、ギャルグループの中から一人、デコ出しの茶髪にピンクのメッシュを入れたゆるふわロングの女の子が、ふらりとこちらの会話に入り込んできた。
「アイツぅ〜、
俺の机の上で両腕を組んで頬を乗せ、間延びした甘ったるい声でそう言って、眠たそうな目で俺の顔を覗き込んで長いまつ毛をパチクリさせる。
流石ギャル、水槽の違うグループにも速攻で距離を詰めてくる。
パーソナルスペースの狭さがエグい。
斬は話し掛けられた訳でも無いのにカチンコチンになっている。
「……いや、確かに顔は厳ついし言葉も悪いが、ちょっと話してみた限り、そう悪い奴とは思えなんだなぁ」
「えー、空っちってばちょー大人じゃぁん」
感心したようにデコピンクが目を丸くする。
「……あたしも貫木とは良く言い合いになるから、おんなじコト感じてたかなぁ。あいつ外見と態度はドがつく位の不良だけど、根は悪い奴じゃなさそうなのよね……ホント、何となくだけど」
俺の返事を聞いた月島さんが、腕を組みながら続けて言うと、斬とデコピンクが同時にへぇ~っという顔をする。
「つっきー、メッチャアイツの肩持つじゃぁん。アイツとよくケンカしてるしぃ、実はちょっと気になる、みたいな〜?」
「無いわね」
「
「あ、ああ」
「やったぁ、loin
「ん、良いよ。はい」
「えへへぇ、一番乗りぃ〜♪」
一瞬で話題変えたな、ギャルスゲェ。
結局その後は、俺と連絡先を交換しようと殺到してきた他のギャル仲間やクラスメイトで揉みくちゃにされ、貫木の事は有耶無耶になってしまった。
斬はデコピンク(
陰キャにギャルは怖いよな、分かるぞ。
昼休み。
斬と机を向かい合わせて弁当を開くと、どちらともなく貫木の事が話題に上がる。
「――でね、貫木君、もしかしたら本当はみんなと仲良くしたいのかな? って……」
斬が言うには、一人ぼっちで寂しくないヤツなんかいないのでは無いか、と言う事らしい。
授業中、斬なりに月島さんやみなみんの言っていた事を考えていたそうだ。
その博愛精神は実に立派だと思うが、そんな事考えてるから数学の小テストで4点なんか取るんだと思うぞ?
「世の中には、孤高を好む奴もまた、一定数居るからなぁ。貫木もそうじゃ無い、とは言いきれないよ?」
「うーん、そうかなぁ」
そんな事を話しながら昼食をパクついていると、朝に続いて月島さんがひょっこりと顔を出した。
「気になるんなら、もう一回貫木と話してみたら?」
「あ、月島さん」
振り返って見てみると、月島さんがいつも一緒に昼食を取っている比較的真面目さんが集まった女子グループが、座ったままこちらを向いてヒラヒラと手を振っている。
机の上には食べかけのお弁当。
どうやら月島さん、こちらの話が気になって抜け出してきたらしい。
「あいつ、昼休みはいっつも屋上で昼寝してるみたいだから。みんな貫木には迷惑してるみたいだし、村山君から改めるように言ってやってよ。あいつの為にもなるしさ」
「ええっ!? ぼ、僕が!?」
「勿論、辰爾君もね」
そう言って、若干表情を暗くして続ける。
「女のあたしじゃ何言っても聞く耳持たないし……たぶん、ナメられてるんだと思う。その点、二人は男だし強いし、適任だよ! きっと二人の言う事だったら、貫木も聞く気になるんじゃないかな?」
「え、あ、あの……」
気付けば、決定事項のようにウンウンと月島さんが頷いている。
どうもセリフの端々に、男、とか女、とか混ざるのが気になるが、貫木ともう一度話すというのは賛成だ。
原作ファンとしては斬と貫木の戦いを目の前で見てみたいし、あわよくば俺も一度手合わせ願いたいと思う。
「……承知した。早速この後にでも、斬と屋上に行ってみよう」
「ええっ!?」
斬が、裏切られた!? という表情で俺を見てくるが、涼しい顔で無視して水筒のお茶をすする。
「よかった! じゃ、頼んだね!」
「あっ、月島さ……」
斬の小さな呼び掛けも虚しく、ニコリと微笑んだ月島さんはクルリと後ろを向いて仲良しグループに戻って行った。
伸ばされた斬の腕だけが、宙ぶらりんに残される。
「そうと決まれば、今日も早食いだね斬。ほら、急ごう」
「……空也君って、時々イジワルだよね」
「何の事やら」
「………………僕もloin交換してもらっていい?」
「良いとも」
あなたはジャンプ作品『斬』を……
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