転生した世界が打ち『斬』り漫画だった   作:空使い

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十一太刀

 

 

 

余程気が重いのか、いつも以上にノロノロとアンパンを咀嚼している斬をせっついて昼食を終えると、貫木と改めて言葉を交わすべく、二人一緒に屋上への階段を登る。

 

「つ、貫木君、僕なんかの話を聞いてくれるかなぁ?」

 

「さあて。そも、朝は貫木の方が斬に何事かを言いかけていたじゃないか。少なくとも、口も利いてくれない、と言う事は無かろうよ」

 

未だ不安そうな斬をそう元気付けて、屋上のスチール扉の前に立つ。

 

「うう……緊張するなぁ」

 

「……武士(おとこ)らしく、だろう? 斬」

 

「! う、うん……武士(おとこ)らしく……!」

 

ドアノブに手を置いてブツブツと自分に言い聞かせている斬を見守っていると、扉の向こうから、何か派手に争うようなくぐもった音が漏れ聞こえてくる。

 

「「?」」

 

斬と顔を見合わせる。

と、扉の向こうからドタドタと複数人の突進してくる音がするのに気付き、斬の襟元をグイッっと引き寄せる。

丁度その瞬間、バァンと扉が開け放たれ、

 

「ヒイィィィぃぃっ!!」

「お助けぇっ!!」

 

と、顔面をボコボコに腫らした男子生徒が三人、もんどりうって転げながら階段を落ちるように下って行った。

それぞれ腰に差した鞘には、有るべきはずの刀が一本も見当たらない。

とにかく誰かに追い立てられ、取るものも取らず逃げて来たといった鬼気迫る表情だった。

 

俺は、あーそうそうこんなイベントだったと記憶を思い返しながら、呆気に取られた様子の斬を引っ張ってウキウキ気分で屋上に進み出る。

見回して見るまでもなく、だだっ広い屋上の中心で、ポケットに手を突っ込んだ貫木が、顔を涙でグチャグチャにした女子生徒を見下ろしているのが目に入った。

その周囲には、打ち捨てられた三本の刀が、抜身のまま物寂しそうに転がっている。

 

誰かがまた屋上に出てきた事に気付いたのだろう。

貫木はフイッと振り返り、おっという顔で口を開いた。

 

「オイオイ、今日は呼んでもいねぇ客が多いと思えば、朝の転校生コンビじゃねぇか。お前等もサボりかよ?」

 

「貫木、今は昼休みだよ」

 

「なんだぁ? もうそんな時間か、道理で腹がへってきたと思ったぜ」

 

そんな事を話している横で、斬は座り込んで涙を流す女生徒と貫木を見比べ、一体どんな状況かと目を白黒させている。

 

「えっ……ええっ? ど、どういう……」

 

「……ああ、時に貫木。そこな女生徒は?」

 

「ん? おお、コイツは――」

 

「たたたった、助けてえぇえぇえぇえぇっ!!! こっ、殺されるぅぅぅっ!!!」

 

聞かれた貫木がそう言えばといった表情で女生徒を見下ろして、何かを説明しようとした瞬間、貫木の顔を見てビクリと肩を跳ねさせた女生徒が耳をつんざくような金切り声で叫んだ。

鼻水まで垂らして、さっき逃げて行った三人組と負けず劣らずに迫真の表情だ。

 

「っ!? うるせーな!!!」

 

近距離で叫ばれ、驚いた顔で怒鳴り返す貫木。

 

切羽詰まった様子の女生徒にただならなさを感じたらしい斬が、戸惑ったような顔で研無刀の柄に手を掛ける。

 

「チッ……っとによぉ……お?」

 

貫木の視界の端に、その様子が映ったらしい。

面白そうに唇の端を上げ、斬に向き直る。

 

「なんだぁ、転校生。ヤル気か?」

 

「お願いしますぅうぅうぅっ!! 早く助けて下さあぁあぁいっ!!!」

 

「っっせーっつってんだろーが! マジでブッ殺すぞ、黙っとけ!!」

 

「ヒイィィイィ!!?」

 

……貫木には悪いが、どう見ても女生徒を恫喝している様にしか見えない。

一応、原作を思い返すと不良三人組からあの娘を助けただけのハズなのだが、顔と態度だけでああまで(おびえ)られるモノだろうか?

貫木もまた、斬とは別方向に不憫なヤツである。

 

そして当然、そんな事情を知らない斬には、この状況がどう映るか言うまでもない。

意を決した様に、腰の刀を抜き放つ。

 

「つ、貫木君……!」

 

「……へぇ、元気が良いじゃねぇか。ヒョロいナリなクセして、度胸はありやがる。俺と遊びてぇのか?」

 

それを見た貫木はと言うと、斬の誤解を解こうともせずに笑みを深め、思わぬ遊び相手の登場に喜んでいる様にすら見える。

チラリと俺の方にも視線を寄越し、訊ねてくる。

 

「そっちの坊主、あーっと、ウラナリだったか? お前も腰に一本差してる様だが、抜かねぇのか?」

 

「ふふ、お誘いは嬉しいが、斬がやる気な様だし、俺はまた立会いでもさせて貰うよ」

 

あと、空也ね。

 

「オイオイ、()()って言ったか? お前、転校早々真剣勝負してんのかよ、見かけによらず…………ん?」

 

嬉しそうに喋る貫木の目が、屋上で日の光をニブく反射する斬の刀の刀身に瞠目する。

 

「……なるほど、研無刀か。面白え……!」

 

「っ!?」

 

自分の持つ刀の正体を一目で看破し、一層笑みを深める貫木に動揺する斬。

……この世界の連中、やたらと刀剣に造詣が深いよな。

河原でゴロツキデブに解説されるまで研無刀のけの字も頭に過ぎらなかった俺の方がおかしいのか?

 

「ちょっと遊んでやるだけのつもりだったが、気が変わった。ソイツを持ってるって事は、かなりの腕利きだろ、お前」

 

「えっ? い、いやっ……」

 

「さっそく見せて貰うぜ、研無刀使いの実力をな! そっちの坊主が立会人、真剣勝負だ!」

 

「!?」

 

あれよあれよと言う間に、斬と貫木、二人の真剣勝負が決まってしまった。

立会人を指名された俺は、イソイソと邪魔な女生徒を脇にどかし、二人の間に立つ。

 

「然らばこの勝負、厳竜(ごんりょう)寺辰爾空也が仕切り奉る。一方の致命傷、ないし降参をもって決着とする。双方宜しいか?」

 

「応っ!」

 

「え……う……!」

 

戸惑ったままの斬の視線が、俺の上を通り、後ろで鼻をすすり上げる女生徒に留まる。

勘違いではあるが、自分が止めなければと覚悟が決まったらしい。

研無刀の柄を両手でギュッと握り直し、悠然と構える貫木をキッと睨み返す。

 

「……やってやる!」

 

それでこそ主人公だ。

 

「誇りを胸に、正々堂々と勝負されたし。いざ尋常に――」

 

「…………!」

 

「秒殺だ」

 

斬は腰を落として研無刀を正眼に構え、貫木は依然ポケットに手を突っ込んだまま、不敵な表情で斬を睨み返す。

風もない殺風景な屋上に、緊張が満ちる。

 

 

 

「始めっ!」

 

 

 

「うおぉおぉおぉおぉおぉっ!!」

 

合図と同時に、意外にも斬の方が先に動き出した。

叫び声も勇ましく、研無刀を大上段に構えて真正面からの突撃だ。

 

……突撃なのだが。

 

((遅っせぇ……!))

 

俺と貫木の心の中に、同時に同じ感想が浮かぶ。

斬は間違いなく全力で走っている。

それは間違い無い。

しかし、その走り様ときたらバタバタとしてみっともなく、小学生かと思うくらいに(のろ)い。

 

「オイオイ……こりゃ何の冗談だ? こんな直線的で鈍い攻撃、見たことも……」

 

自然、どこか弛緩した様子で斬の初太刀を見極めようとする貫木。

……だが、油断は良くないぞ?

 

斬の間合いが、貫木に届く。

その瞬間、斬の両腕にグッと力が籠もる。

 

「うあぁっ!!!」

 

「――ぬっ!?」

 

ブンッ! という、凡そ刀を振ったとは思えない凄まじい風切り音。

直前までの鈍足が嘘の様な、恐ろしい速度で振り下ろされた刃が貫木の脳天に迫り――咄嗟に身体を回転させた貫木の毛先を掠め、研無刀が空を斬る。

そして、

 

ドゴオッ!!!

 

と音を立てて、研無刀の(きっさき)が屋上のコンクリートにめり込んだ。

粉砕された石片が辺りに飛び散り、砂埃が舞い上がる。

相変わらず、目を疑う様なバカ力だ。

 

一瞬で軸をずらし距離を取った貫木は、額の冷や汗を拭い、目を見開いて床にめり込んだ研無刀を見詰めている。

慌てた様に鋒を引き抜いて向き直って来た斬を見て、貫木が徐ろに口を開く。

 

「……成る程、いい手だ」

 

「え?」

 

貫木の身のこなしを見て、自分の勝ち目の薄さを痛感していたであろう斬は、貫木の突然の称賛に、顔一杯に困惑の色を浮かべた。

 

「鈍足で油断させてからの、最高速の一撃。俺でなければ今ので終わってたぜ……!」

 

「……え、えっと……」

 

心底驚いたと言う風に笑みを浮かべる貫木に、戸惑いを深める斬。

だが実際、今の一撃は強烈だった。

直撃すればまず即死だっただろう振り下ろしだったが、斬はいったいどういうつもりで剣を振っているのだろうか?

怖いとか思わないのかコイツ。

 

「その床を見るに、剣速の正体は信じられねぇ馬鹿力だな? 並の刀なら刀身が砕け散っちまう所だが、流石研無刀、傷一つねぇ。期待通り、並の手練れじゃねぇな」

 

たった一度の打ち込みで、清々しい位に勘違いを深める貫木。

斬はタジタジだ。

見ていて面白い。

 

「……面白くなって来たぜ。おい坊主、途中で止めたりなんかするんじゃねぇぞ!」

 

「勿論だとも」

 

腰の(うしろ)にぶら下げた脇差に左手を伸ばし、念押ししてくる貫木に笑顔で答える。

ここからは、貫木も攻めに転じる様だ。

 

「行くぜっ!!」

 

そう言って、グッと腰を落とす。

次の瞬間、

 

「!!!」

 

貫木が身体を横に大きくブラし、一瞬で姿勢を低くして()()()()()()()()()()()に跳んだ。

地面を滑るような、滑らかで無音の足運びでもって、大きく弧を描いて斬の死角に入り込む。

驚愕に目を見開く斬の視界には、まるで貫木が姿を消したかの様に映っただろう。

 

貫木の、背後から忍び寄るような奇襲攻撃。

 

「おらあっ!!」

 

「うぐぅ!?」

 

首筋を狙った鋭い一閃に、辛くも斬の防御が間に合った。

顔のすぐ横で火花が散り、斬が倒れんばかりに大きく仰け反る。

 

研無刀の上で刃を滑らせ、駆け抜ける様にすれ違った貫木が振り返り、ヒューと感心したように息を漏らす。

 

「今ので崩したと思ったんだが……一瞬で持ち直すか。どんな体幹してんだお前」

 

「え……いや、ただ、転ばないように……?」

 

斬はまだキョトンとしているが、今のは俺も驚いた。

明らかにひっくり返りそうな所まで身体が反って居たのに、下半身の踏ん張りだけで上体を持ち直してしまったのだ。

 

(……斬のヤツ、怪力以外にもこんな取り柄があったんだな。原作でも言及してたか? 思い出せん……)

 

思わぬ発見に、錫杖を握る手に力が籠もる。

 

「……よっしゃ、さらにスピード上げてくぜ!」

 

貫木が楽しそうにそう言って、脇差を構え直す。

 

まだ上があるとなると、コイツ俺より速いかもしれない。

俺が内心で驚いていると、斬もまた貫木の発言に焦りを覚えたらしい。

暫くキョロキョロと視線を泳がせて、何を思ったか、研無刀を鞘に収めてしまった。

 

「……ああっ!? テメェ、真剣勝負の最中に刀を収めるなんて、まさか怖じ気づい――!?」

 

俺と貫木が、同時に目を見開く。

刀を鞘に収めた斬が、足を開いて深く腰を落とし、鞘を横に倒して右手を柄の上に構えたからだ。

 

「……居合か」

 

「そう来たか……やっぱ只者じゃねぇなお前」

 

貫木は感心している様だったが、俺は違った。

何を隠そう、居合切りはこの世界での俺の、本気の戦闘スタイルなのだ。

 

「確かに、剣速勝負に徹せられたら、俺の獲物じゃ分が(わり)ぃ」

 

厳龍(ごんりょう)流(寺は竜だが、流派は”龍”なのだ)には刀を用いた基本の剣術に限らず、様々な武器を扱う技術が存在する。

その中でも、俺が最も傾倒してやまないのが居合術だ。

理由は言うまでも無い。

 

「お前の剣速と俺の脚、どっちが速いか比べようってか……ヘヘ、こりゃ、迂闊には近づけねぇな」

 

カッコいいからだ!

 

もう、その一言に尽きる。

異世界に転生したと気付き、鬼住職の地獄の修行の日々に喘ぐ中で、唯一不満を漏らさずに打ち込めたのが居合の修練だった。

厳龍流に於いて最も重視される武術もまた居合だった事は、俺にとって何よりもの幸いだったと言える。

 

謎多き坊主キャラ。

滅多な事では顔色を変えず、普段使いの武器はもっぱら錫杖や徒手空拳。

しかして、本気の際にはニノ太刀要らずの居合切りで並み居る敵を刃も見せずに斬り捨てる……!

 

文句無しにカッコいい。

どんな原作でも間違いなく活躍出来るキャラクターだ。

男の子なら、この憧れに共感してくれるハズだ。

だからこそ、

 

「……となれば、こっちも攻撃手段を変えさせて貰うぜ!」

 

「ええっ! しゅ、手裏剣!?」

 

(ざあぁあぁあぁあぁあぁんっっっ!! それっ、それ俺のヤツぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅっっっっ!!!)

 

斬と貫木の迫真のやり取りもそっちのけで、俺は自身のアイデンティティの危機に内心で絶叫していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い返してみれば、原作でも斬は研無刀と鞘の二連居合みたいなのを披露していた気がする。

どうしよう、その奥の手まで一緒とか、何で今の今まで忘れていたんだ……。

……などと、原作主人公とのまさかの戦法被りに放心している内に、斬と貫木の真剣勝負は決着がついてしまっていたらしい。

 

気付けば手裏剣の散らばった屋上で、身体中に浅い切り傷を作った斬が一人ポツンと立ち、研無刀を振り切った体勢で荒い息を吐いていた。

 

「…………はっ!?」

 

しまった、肝心な所を見逃した。

慌てて屋上の端のフェンスまで駆け寄ると、コンクリートの縁に投げ縄の鈎爪を引っ掻けた貫木が、血塗れの状態でぶら下がっているのが見えた。

 

「俺とした事が、油断したぜ……落ちはしなかったものの、壁にぶつかって左が全身やられちまうなんてな……」

 

あ、探してたあの台詞……。

思わぬタイミングでの味わい深いセリフに、荒れていた心がスン……と落ち着く。

 

「おう、そこに居るのは坊主か? ……決着はついたぜ」

 

「ああ、その様だ」

 

「ちょ、ちょっとどういう事っ!? 何で貫木君がぶら下がってるの!?」

 

丁度、内なる斬モードが終了したらしい斬が駆け寄って来て、屋上の縁にぶら下がる貫木を見て動揺の声を上げている。

あの状態でも意識はあるハズなのに、一体どうやって貫木を打倒したんだろうか?

 

「……殺せ」

 

徐ろに、貫木がそう言って目を瞑った。

 

武士(おとこ)武士(おとこ)の真剣勝負だ。負けたからにはケジメをつけてぇ」

 

貫木の声は、強がりの色も一切無い、清々としたものだった。

潔い男だ。

 

斬を見れば、こちらもどこか意を決した表情で迷いなく垂れ下がった縄を掴み、その馬鹿力でもって一本背負いよろしく貫木を引っ張り上げた。

 

「うおっ!?」

 

ドサッ、と、屋上に打ち上げられる貫木。

そこからは、記憶通りの光景だった。

 

何故殺さなかったか問い詰める貫木。

何故女生徒を襲ったのか詰める斬。

晴れる疑い。

負けて生き恥を晒す事を厭う貫木に対し、生きて友達になって欲しいと涙を流して懇願する斬。

これに貫木が折れて、目出度く二人の間に友情が築かれた。

美しい光景だ。

少年漫画はこうでなければ。

 

途中、立会人の俺にも止めの強制を求める場面もあったが、勝者の言葉は絶対だと納得させた。

 

「さて、決着はついた事だし、肩を貸そうか、貫木?」

 

「ケッ……(ヤイバ)でいい。空也、傷が癒えたらお前ともヤんぞ。使()()()んだろ?」

 

「ん?」

 

「とぼけんな……俺の動き、目で追ってたろ」

 

「おや、バレてたか」

 

心配そうな斬と共に貫木を医務室へ運びながら、居合が被るという事件もあったが、どうやら明日からも退屈はしなさそうだと、知らず笑みがこぼれた。

 

 

 

あなたはジャンプ作品『斬』を……

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