転生した世界が打ち『斬』り漫画だった   作:空使い

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祝・『斬』初お風呂回



十三太刀

 

 

 

「……そこまで。今日の所はこんな物かな?」

 

「……………………」

 

俺が修行の終了を告げると、フッと糸が切れたようにバタリと床に倒れる斬。

いい具合に体力という体力を絞り尽くした様だ。

もう言葉を発する元気も無い様で、ゼーハーと荒い息を吐きながら虚ろな目で道場の高い天井を見上げている。

 

「良く頑張ったな、斬。後は今日のメニューを朝晩、毎日継続するだけだよ」

 

「……………………」

 

正気とは思えない、とでも言いたげなウロンな目で俺を見る斬。

全身汗だくなその姿は、大雨にでも打たれたのかと言った様相である。

 

俺が斬に課したメニューは簡単……とは言わないが、少なくともひどく単純なモノだ。

 

三歩ダッシュからの急停止と、逆胴を狙う居合の素振りの型を一つ、それだけだ。

居合に必要な筋力は、居合によって鍛える。

その真理を徹底すべく、それぞれの動作を身体が動かなくなるまで延々とやり続けるという超限定的なスペシャルメニューだ。

 

一歩目から限界まで加速する為の低姿勢全力踏み出し。

最高速で踏み込みながら同時に間合を調整しつつ姿勢制御する二歩目。

居合の型を作りつつ最高の間合いで全体重を受け止め急停止する三歩目。

 

十回や二十回と言うならまだしも、これが何百ともなってくると、並の人間ならば膝も足首もズタズタになってしまう様な無茶な訓練だが、斬の並外れて頑丈な下半身ならば決して不可能では無いと判断した。

 

そして素振りでは、本来居合には向かない、中反りで反り自体も深く重量もある研無刀を最速で抜き打つ為、構えの姿勢、目線の向き、呼吸、鞘と柄それぞれの引き方、腰の回転、刃の角度、理想の腕の振りと残心を無意識で作れるよう、一つ一つ修正しながら実戦の速度で限界まで振って貰った。

これもまた、鞘まで冗談みたいに重い研無刀で、腰肩手首等、どの関節が先にイカれるかと言う過酷なモノだ。

 

零、百、零と、急制動で下半身をこれでもかと酷使する超ショートダッシュと、剛腕から来る剣速を最大限理論値に近付ける地獄の全身運動、無限素振り。

ズブの素人である斬を最速で勝てるようにしよう、と思ったら、これしか無い! ……というメニューだと思う。

 

「フフ、さあ、手当をしてやるから、じっとしてると良い」

 

そう言って、元よりピクリとも動けなくなっている斬の手を取り、豆が潰れてひどい事になっている斬の両手を濡れた手拭いで優しく拭ってやる。

抜刀に使っていた右手は言うまでも無く、鞘を握っていた左手まで血塗れだ。

研無刀の柄糸は巻き直さなければならないだろう。

 

足の方はもっと酷い。

僅かに凹んだ床には血の跡もおびただしく、右足の指の爪に至っては内出血で黒ずんでいる。

 

血や汚れを落としている間、斬は一度も痛いだとか染みるとかの文句を言わない。

口を利けないのもあるだろうが、延々と同じ事を繰り返したせいで痛覚が麻痺してしまっているのだろう。

 

三歩ダッシュからの急停止は、言うまでも無く相手の間合いに素早く飛び込む為の訓練だ。

怪力かつ研無刀使いの斬にとって、最も適性がある戦闘スタイルは一撃必殺だ。

 

ただの一振りで試合が決まるのならば、持久力は必要無い。

ただ、剣の間合いに敵を収める為の瞬発力だけがあれば良い。

相手の防御を意に介さない破壊力があれば、隙を作ったり防御を掻い潜る工夫をする必要も無い。

そして、相手よりも速く一撃を叩き込み、かつそれで勝負が決まるのならば、相手の攻撃を躱す必要も無い。

 

例え狙いが見え見えであっても、相手が引くよりも速く間合を詰め、回避も反撃も選べない程の剣速で身体の中心を狙い、差し込んだ刀ごと打ち砕く一閃で反撃も許さず一撃を入れる。

完成すればこれだけで誰にでも勝てるだろうという究極の戦法だ。

斬の強みを活かし、明確な勝利のビジョンを示してやったつもりだ。

 

……もしかしなくとも、俺は恐ろしい怪物を世に解き放とうとしてしまっているのかもしれない。

 

「何、キツいのは最初の二日三日位だ。慣れればそれぞれ一日千本(こな)せる様になる」

 

「…………っ。……………………」

 

一瞬何か言いたげな顔をしたものの、直ぐにあきらめて包帯を巻かれるがままになっている斬。

 

斬に今日走り込ませたダッシュは二百本弱。

一度ずつ姿勢を矯正し、鏡を見せながらほんの微量の腕の下がりも許さなかった素振りは五百回程だ。

計五時間、良くぞ泣き言も零さ……少なからず零していたが、本当に頑張った。

まだ初日だが、初めが初めなだけに、今日だけでもかなりの上達があったように見える。

今の斬がヨーイドンで間合い詰めからの居合を放った時、これしか知らない素人だと思うヤツはまず居ないだろう。

 

気付けば道場には既に人っ子一人居らず、五月も半ば過ぎ去って日の入りも遅くなってきた外も真っ暗だ。

 

 

斬がどこでどんな暮らしをしているか知らないが、そろそろ帰してやらなければまずいだろう。

……と、考えた所で気付く。

 

「……時に斬。暫く休めば帰れそうだったりは――」

 

斬も、同じ事に気付いたらしい。

 

「……………………」

 

力無い表情で、首を微かに左右に振る。

だよなぁ。

双右衛門さんが運転免許を持っているので送って貰う事は出来るだろうが、ここまで遅くなったのも、斬が動けなくなったのも、興が乗りすぎて止め時を見失った俺のせいだし、居候の分際で気軽に頼むのも気が引ける。

 

「……俺がおぶって帰っても良いが……」

 

そう提案はしてみるが、疲れた位で同級生におぶさって家まで運ばれる自分を想像したのか、若干顔を赤くした斬がさっきより幾分強めに首を振った。

 

「…………となると」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、ええ! 勿論構いませんよ。是非泊まって行って下さい」

 

「ありがとうございます、翠月さん」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

ニコニコと微笑んで、心から嬉しいと思っている様なほんわかオーラを垂れ流す翠月さんに、背中におぶさったやっと口がきけるようになった斬と一緒に頭を下げる。

この状態の斬を一人で帰すのも忍びないので、今日は一晩、下宿先の緑郷邸にお泊りさせて頂く運びとなった。

 

年頃の女の子が二人……うん、二人いるご家庭にいきなり男友達を連れ込んでしまって恐縮しきりだ。

優しい翠月さんに感謝である。

 

「そうと決まればお二人共、今日は随分と頑張ってらっしゃったご様子ですから、お風呂で汗をお流し下さいね」

 

と言われるがままに脱衣所に案内され、「村山さんの御召物は、お洗濯してからお繕いしておきましょうね」と言われて、動かない身体で流石にそこまではと恐縮する斬ごと、纏めて脱衣所に置き去りにされてしまったのだが、そこで事件が起こった。

 

「斬…………それは……?」

 

「うう、顔が熱い……え?」

 

椅子に座らされ、止める間もなく下着以外の服をやたら美人な和服のお姉さんに剥ぎ取られた斬は、真っ赤な顔で放心しながら上の空で返事をしている。

問題はその格好だ。

 

(しず)か?」

 

「……あ、うん……」

 

下着姿になった斬、その腕や脚、腰には、鈍い光を放つ金属板が幾つも、手作りらしきベルトに括り付けられて身体に巻き付けてあったのだ。

その数、十二個。

 

「……どれ位あるんだい?」

 

「重さ? ええと……確か爺ちゃんは、一個五キロって言ってたから――」

 

「合計60kg。……丁度米俵一つ分だね」

 

言いながら、驚愕が表情に出そうになるのを必死に抑える。

コイツ、ただでさえキツい修行を、米俵を担いだような状態で最後まで熟してしまったのか……?

というか、今日まで毎日この状態で生活を……いやまて、もう一つ何か気になる事を言ってなかったか?

 

「…………『爺ちゃん』と言った様に聞こえたけれど」

 

「うん、僕、父ちゃんが死んじゃってから爺ちゃんと二人暮らしで……実は家も道場なんだけど、弟子が一人もいないような、もう潰れかけって言うか、潰れてるって言うか、そんな家で。僕の爺ちゃん、スッゴくズボラって言うか、だらしないって言うか……お酒飲んでばっかりだし、道場主なのに全然真面目に稽古をつけてくれなくて、お前にはまだ早いって、こんな重りをつけたりとか変な事ばっかりでさ。今日みたいな本格的な剣の稽古は始めてだったから、僕、大変だったけど本当に嬉しかったんだ!」

 

「……………………そうか。悪い事を聞いたね」

 

「ううん!」

 

身体は動かせないまま、満面の笑みで感謝の言葉を告げてくる斬に、とうとうヒクっと頬がヒクつくのを感じる。

 

(いたああああああああっっっ!!? 一子相伝の技術をもった浮浪者みたいな師匠の爺さんいたああああああああああああああっっっっっっ!!?)

 

もう、叫ばないで微笑むだけで精一杯だった。

斬の馬鹿力と体幹の強さの秘密があっさりと明かされてしまった。

 

どうしよう、俺、完全に余計な事しちゃって無いか?

爺さんの育成計画にメチャクチャ横槍いれちゃったんじゃないのか!?

 

……と言うか、原作斬はこんな状態で真剣勝負に勝ち続けてたのか?

原作ではこんな描写無かったから、これはちょっと処理しきれないぞ……!

 

思いがけないタイミングで明かされた衝撃の事実に混乱しつつニコニコした斬の顔を見ていたら、なんだか無性に腹が立ってきた。

コイツ、人が油断しきっている所にトンデモ無い秘密をさも何でも無い様に……!

 

これだから主人公は! 主人公ってヤツは!

 

「……所で翠月さんは未亡人なんだ」

 

「何で今それ言ったの……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ふぅーーーー……」」

 

未だ腕の上がらない斬を、恥ずかしがられながらも全身洗ってやり、二人一緒に湯船に浸かって溜め息を吐く。

ぷかぷか浮かんだ柚子の香りの温かいお湯が全身に染み渡る。

斬の唐突な秘密ブッパで荒れていた心が解されてゆくようだ……。

 

色々あった一日の疲れをお湯に溶かしながらほっこりしていると、向かいで互い違いに脚を伸ばした斬が、ぼーっとした顔で俺の身体を見つめているのに気が付いた。

 

「……そちらのケは無い物と思っていたけど?」

 

「ちっ、違うよ! ……スゴい(キズ)だらけだなぁと思って」

 

顔を赤くした斬にそう言われ、見慣れた自分の身体を見下ろす。

入浴剤で緑色に染まったお湯越しに、腕や太腿まで、大小様々な疵の残る身体が見える。

長く苦しく頭のおかしい修行の賜物だ。

 

「そう言う斬も、傷だらけじゃ無いか。糸が解けていたし、明日縫い直して貰わないと痕が残るよ。お湯は染みて無いかい?」

 

「何かジンジンするけど、今は痛いのか疲れてるのか分からないや……」

 

「ふふ……斬も武士らしくなって来たじゃないか」

 

そう言ってやると、斬は恥ずかしそうに顔を半分沈めてブクブクやり始める。

 

「僕なんて全然……空也君と違って身体はヒョロくて貧素(ひんそー)だし……空也君と比べると、全然武士(おとこ)らしく無くて恥ずかしいよ……」

 

「そう卑下する物でも無いさ。大体、本当に強ければこんなに疵だらけになる必要も無いんだ。不器用なだけだよ」

 

「……そうかな?」

 

「そうだよ」

 

納得していない表情で、自分の身体を見下ろし、溜め息を零す。

 

大体、貧素とは言うが、初めて見る斬の身体は全身が薄っすらとしなやかで柔軟な筋肉に包まれていて、細身ながら大木の様な安定感を思わせる良い身体だ。

……あれだけの怪力を秘めていると考えると余りにも筋肉量が少ないが、それでも貧相という事は絶対に無い。

むしろ、走り方とか体育の球技とか、どうしてその身体で運動神経が壊滅的なんだよと言いたくなる。

 

しかし、男二人で湯船に浸かって、延々とにらめっこした所で誰も得しないよな。

 

「……のぼせる前に、そろそろ出ようか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬の身体を拭いたり、包帯を巻き直したり、用意されていた浴衣を着せてやったりしていると、時刻はだいぶ遅くなってしまった。

翠月さんがわざわざ家族とは別に用意してくれた夕飯を食べ終えて手を合わせる頃には、時計の針が十一時を回っていた。

 

手を持ち上げるのも億劫そうな斬でも食べやすい様に作って貰った雑炊のお鍋を片付けていると、居間のドアからひょっこりと翠乃(あきの)――緑郷家の次女が顔を出しているのに気がつく。

 

「……何だい?」

 

明らかに斬の方をこっそりと盗み見ている様子の翠乃に、一応問い掛けてみる。

 

「…………兄さんが恋人を連れて来たって」

 

ジトッとした目で、俺の方を流し見ながら何か物言いたげにそう口にする翠乃。

……翠月さんがそういう冗談を好むとは思えないが、何か勘違いして伝わっている様だ。

 

「翠乃。斬は男だ」

 

「え、そうなの?」

 

キョトンと目を見開いた翠乃が、ピョンと部屋に入って来て湯呑みを重そうに持ち上げる斬を見詰める。

 

「え、えーと……」

 

突然湧いて出て来た、部屋着姿にカーディガンを羽織った女の子に、困った様な表情の斬が俺の方を見て助けを求める。

 

「こちら、この家のお嬢さんの緑郷翠乃だ。翠乃、俺の友人の村山斬だ。君の一個上の先輩だよ」

 

「どーも、始めまして。一年の翠乃です」

 

ちょっと失礼なんじゃと思う程しげしげと斬の顔を眺めながら、ペコリと頭を下げて自己紹介する翠乃。

慌てて斬が挨拶を返す。

 

「あっ、どっ、どうも。二年の村山斬です……」

 

そう言って、赤らんだ顔で頭を下げる斬。

 

「…………男の子?」

 

斬に聞こえない位小さな声で呟く翠乃。

その本当に分からなそうな声色を止めなさい。

確かに、湯上がりで特徴的な跳ね毛を下ろして、浴衣を纏い体格を隠した小柄な斬は、童顔なのも相まって可憐な少女に見えなくも無いが、それでも彼はれっきとした武士(おとこ)なのだ。

 

翠乃に挨拶を返した斬は、そこで湯呑みを持ったままでは失礼だと思ったのだろう。

湯呑みを卓袱台に置こうとして、まだ満足に動かせない腕がブレたのか、包帯で滑ってしまったのか。

置き損ねた湯呑みをひっくり返してお茶を膝に零してしまった。

 

「あ……と、あっ! っアチッ!?」

 

「おっと、大丈夫かい?」

 

熱さで暴れる事も出来ない斬に素早く駆け寄り、流し場にあったタオルで脚と溢れたお茶を拭き取ってやる。

 

「ご、ゴメン、空也君……」

 

「いいさ……火傷はしていないね?」

 

「う、うん、冷めてたみたい……ありがとう」

 

目の端にちょっと涙を滲ませながら、情けなさからか弱々しく微笑む斬に、ホッと安心して笑みを返す。

 

その様子をジッと見ていたのだろう。

翠乃が、気持ち先程よりもよりジットリとした目で、今度は聞こえる様に言った。

 

「……………………恋人?」

 

「友達だよっ!?」

「友人だ」

 

本当に失礼な妹分である。

『斬』は少年漫画だぞ?

どこをどう見たらそうなるのだ。

 

俺の澄み切った目を見て、勘違いは晴れたらしい。

ニコッと可愛らしく笑って、斬に挨拶の続きをする翠乃。

 

「……すみません、冗談です。空也兄さんと仲良くしてくれてありがとうございます、村山先輩。兄さんはちょっと変な人なので、時々変な事を言ったりしたりするかもしれませんが、その時は友達を()めてしまっても全然大丈夫なので、気にしなくてもイイですよ?」

 

「えええっ!? そ、え? い、いえ、ぼ、僕の方こそ友達になって貰えて……」

 

「ボクっ娘……」

 

「空也君には本当に感謝して……え、何て?」

 

「それじゃあもう遅いので、失礼します。学校で会ったら宜しくお願いしますね」

 

そう言って、翠乃はピューっと逃げるように部屋へ戻って行った。

一体どんな立場でモノを言っているのか。

何が琴線に触れたのか、若干の敵意すら見え隠れしていた。

これだから反抗期は難しい……。

 

言いたい事だけ言われて放置された斬はと言うと、暫く呆気に取られた様な顔をしつつ、翠乃の言葉を脳内で咀嚼し直しているらしい。

暫くして、ボソッと一言だけ呟いた。

 

「…………先輩って、初めて言われちゃった」

 

「そこかい?」

 

その後、濡れた斬の浴衣を着替えさせている所をトイレに行こうとしていた双右衛門さんに見られたり、歩けない斬を抱えて部屋に入ろうとする所をトイレに起きてきた翠那にとんでもない顔で見られたりしたが、コレと言った事件も無く二人で眠りについて、色々と忙しかった一日がようやく終わるのだった。

 

 

 

 

 

 





※諸々の不幸な行き違いは、朝食の場で無事解消しています。
 ご安心下さい。
 当作品にBLタグは御座いません故、悪しからず。

あなたはジャンプ作品『斬』を……

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