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申し訳ございません。
三限目のチャイムが鳴るや否や、七三眼鏡の中年数学教諭が授業を締めるのも待たず、ガタッと椅子を蹴飛ばして立ち上がった貫木が俺と斬とに呼び掛ける。
「おっしゃあ、メシ食い行くぞっ!」
ようやく退屈な授業から解放されたと、そう言わんばかりに喜色をにじませた声色で腕を振り上げた貫木は、
「ええ……で、ではここまで。起立。礼」
と、慌てた様に挨拶をする教室を尻目に、
「う、うん!」
「じゃあ、俺は便所寄ってくわ。斬と空也は先屋上行っといてくれ!」
と言いたい事だけ言い捨てて、タタタっと足早に教室後ろの引き戸に駆け寄り、バアンと乱暴に開け放って出て行った。
後には呆れた顔の俺と、昼食を共にしてくれる仲間が増えた事に心底嬉しそうな顔をしている斬が残された。
教室内のあちこちから、「あの貫木が……」「あいつら仲良くなってね?」等と、昨日とはうって変わった様子の貫木に驚き、それを成したであろう俺達に対するコソコソ話が漏れ聞こえて来る。
先程の貫木の様子から、どうやら朝に感じた違和感が間違いでは無かった事を確信したのだろう。
何となく気分が良い。
「忙しない奴だね。じゃあ、向かおうか」
「あ、うん」
そう言って、鞄から水筒と風呂敷包を取り出すと、斬もまた思い出した様にイソイソと似たような包を取り出した。
今朝、翠月さんが持たせてくれた物だ。
斬がいつも昼食を購買のパンで済ませている事を聞いた翠月さんが、育ち盛りがそれではいけないと、遠慮する斬に半ば無理やり押し付けたのだ。
明日からも毎日作って俺に持って行かせようとした翠月さんに、流石にそれは申し訳が立たないと固辞した斬だったが、あの様子では明日以降も俺と斬で同じ弁当を
と、二人で腰を浮かしかけた所で、前の方の席から歩いて来る影がある。
どこか表情に陰のある月島さんだ。
早くも頬の絆創膏は取れた様だが、相変わらず左腕と両手に包帯を巻いた姿で、何か言いたげにチラリと引き戸の方を流し見ている。
剣は握り慣れているだろうに、二日も包帯が取れない位に刀を振り続けているのだろう。
どんな師に教えを受けているのか知らないが、トラウマの原因となった牛尾との真剣勝負をけしかけた自分としては、早い所迷いを振り切って欲しく思う。
俺と斬が怪訝そうに顔色を窺っている事に気付いたのだろう。
月島さんが徐ろに口を開いた。
「……本当に仲良くなれたんだね。ビックリしちゃった」
そう言って、斬と俺の顔を見比べる。
「どんな手品を使ったの?」
そう問い掛ける月島さんは、自分と二人、同じく武を志す者として、男と女という以外にどんな違いがあるんだと言いたげに感じた。
「え、えっと、昨日は僕が勘違いで貫木君と真剣勝負になっちゃって、その、僕は勝ってないんだけど、貫木君は僕が勝ったって思ってるって言うか……その――」
「……斬、
「――あ」
貫木に口止めされた事も忘れて、ペラペラと事情を話す斬に、呆れた気持ちで目頭に手を置く。
いくら好きな人の前だからといって、
しまったという顔をする斬を見て、月島さんはショックを受けた様に呟いた。
「……スゴいな、本当に勝っちゃったんだ」
そう言って、包帯まみれの自分の右手を見詰める。
「貫木は凄い強いって噂で聞いてたけど……それでも勝っちゃうなんて、村山君って本当に強いんだね。……あたしって、そんな凄いヒトに守ってあげるなんて言っちゃったんだ」
「い、イヤっ!? ぼ、僕なんて全然……!」
「辰爾君は?」
「俺は気が合ったからかね。話して見れば、気持ちの良い奴だったよ」
ほんのお遊びとはいえ、勝ち負けを他人に吹聴して回るのも情けないと思い、そう濁して伝えると、月島さんはふーんと気の無い返事を返して溜め息まじりに言う。
「やっぱり二人とも凄いよ。あたしはいくらやってもダメだったのに、たった一日で貫木と友達になっちゃって。……まだまだ、頑張りが足り無いって事だよね」
そう言って、グッと拳を握り締め、うんっと頷く。
「二人とも、呼び止めちゃってゴメンねっ! あたしももっと腕を上げて、武士らしく牛尾にリベンジしなきゃ!」
「……その意気だ」
「が、頑張ってね……!」
空元気を出して、両手をグッとやっている月島さんに、二人でエールを送る。
……斬は心配そうだし、俺も先ずは技術よりも精神を鍛えるべきでは無いかと言いたい所だが、どちらも他人が
月島さんが真面目さんグループの方に戻って行くのを見送って、あちこちからの事情を聞きたそうなウズウズした視線を受け流し、これ以上引き留められる前にと斬を連れ立って教室を抜け出した。
屋上に向かって廊下を歩いていると、治りきらない筋肉痛に歩きづらそうにしていた斬が、突然フフッと笑い声を漏らした。
「どうした、斬?」
「ううん……えへへ、まさか僕がこうして友達三人でお昼ご飯を一緒に食べるなんて、夢みたいだなぁって思ったら……♪」
「…………不憫な」
「え?」
「いや」
余程悲しい青春を過ごして来たのだろう。
俺もずっと孤独な二人暮らしではあったが、人生二回目という事や、きっと来るであろう心踊る冒険の日々への期待に満ちた修行漬けの毎日で、寂しいと思う暇も無かった。
斬の気持ちを思うと、自然と目頭に熱いものが込み上がってくる。
そうして、気もそぞろに歩いていたのが良く無かったのだろう。
廊下の曲がり角の所で、前から歩いて来たケッタイな髪型の生徒と、幸せそうにニヤついていた斬が正面からぶつかり、二人してドシンと尻餅をついた。
「いだっ」
「あだっ」
放り投げられそうになった弁当を、おっととキャッチしてやってふうと溜め息をつく。
斬は起き上がろうとして、筋肉痛が痛むのかうぐぐと呻いている。
弁当も無事だった事だしそれは良いのだが、問題は相手の方だ。
「うぬぬぬぬ……おいチビっ! どこ見て歩いてるんだこの虫ケラがっ!」
いち早く起き上がった男子生徒が、カンカンに怒って立膝をつく斬に食って掛かってくる。
「ご、ゴメン」
「僕ちんにぶつかって来ておいてゴメンで済むかバカァっ!!」
良く前を見ていなかったのは自分も同じだろうに、悪いのは斬一人と決めて掛かって凄い剣幕だ。
大体、チビとは言うが背の高さなら小柄な斬より言ってる己の方が更に低い。
後頭部を刈上げ、髪を整髪剤で傘状に固めた目付きの悪い男子生徒。
「チッ……おいっ! お前達!」
そして、喚くそいつを庇うように前へ出てくる、取り巻きの様に引き連れて来た三人の男子生徒達。
俺はコイツ等を知っていた。
と言うか、今目の前にして思い出した。
「シシシシシ……僕ちんをナメてると、この親衛隊がだまっちゃいないぞ……!」
そう得意げに言う傘頭の前に整列して、無感情な冷たい瞳で斬を見下ろす親衛隊なる三人。
一人は、バキバキに
ウルトラローライズのスラックスと、裸の上半身に羽織った学ラン、二尺四寸程の平均的な刀を腰に刺している。
ピアスに指輪にネックレスと、安っぽいアクセサリーをジャラジャラと身に付け、目の下のアイシャドウも気だるげに、脱力した姿勢で突っ立っている。
あろうことか、学校の廊下だと言うのに、堂々と紙巻きタバコを咥えて紫煙を吐いている。
一人は、牛尾も凌ぐ程の、身の丈二メートルはありそうな肩幅の大きな巨漢だ。
剃り込みの入った髪を後ろに流して逆立て、眉を剃り落とした目元は深く険しい。
前傾する様に丸めた背中には、その身の丈程の柄を持った大木槌を背負っている。
そして最後の一人。
掻き上げて左右に流した銀髪と、学生らしからぬ顎髭をキレイに整えた偉丈夫で、ふくらはぎまである長ランを前を全開にして纏っている。
室内だと言うのに足には黒黒とした革靴、右目に眼帯、手には刃渡り四尺はありそうな白鞘の打刀が腰にも差さずに握られている。
三人の中で最も冷酷な瞳が、油断無く斬と、そして俺を睨みつける。
間違い無い。
その鋭く細められた左目を見て確信する。
コイツが原作のラスボスだ。
俺が胸に湧き立つ興奮に心中で舌舐めずりをしている横で、小悪党みたいな感じの悪い男子生徒の後ろから出て来たやたらと貫禄ある三人組に、斬がヒエエと震え上がっている。
得意げにふんぞり返っていた傘頭が、偉そうに斬を指差して居丈高に命令する。
「おいっ、死にたくねぇだろチビっ! さっさと土下座して僕ちんのクツを舐めろっ!!」
「ええーっ!?」
そのあんまりにもあんまりな命令に、斬が顔を歪める。
先程まで昼休みの生徒で賑わっていた廊下にはいつの間にか人気が無くなり、教室の引き戸も窓も締め切られて静まり返っている。
異常を察知して駆け付けて来る教員の姿もまた無い。
コイツ等、傍若無人に振る舞うだけの事はあって、中々に曰く有りげな集団だ。
呆れる程の治安の悪さに、失望するやら感心するやら……。
……と、無関心を装っていたのが良く無かった。
傘頭は斬だけでなく、隣で涼しい顔をして佇む坊主が気に障ったらしい。
「おいっ! お前もだ坊主っ! 土下座して僕ちんに許しを請えっ!!」
嗜虐的な笑みを浮かべて、俺を指差してキンキンと耳障りな声で怒鳴る。
これは面白い事になってきた。
思わず口の端が持ち上がってしまう。
眼帯の男が、いっそう険しい目付きで俺を睨む。
「おやおや」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ぶつかって来たのはソッチもだし、空也君に至っては何もして無いじゃないかっ!」
俺にまで矛先が向いたのに焦ったのか、いつにない勇敢さで斬が傘頭に食って掛かる。
僅か数日で、斬の精神にかなりの成長があった様だ。
とうとう堪え切れずに、フッと笑みを溢してしまった。
「っ、オイ坊ゥっ!! 何がおかしいっ!!!」
「いや、失礼。斬も中々言う様に成ったなとね」
「お前っ!? ナメてんじゃねぇっ!!」
俺の一向に恐縮しない態度に癇癪を起こしたのだろう。
傘頭が親衛隊もそっちのけに突撃してきて、俺に向けて前蹴りを放って来た。
「おわっ!? いぎっ!!」
当然、素直に食らってやる義理など無い。
差し出された右足をヒョイと掬い上げてやると、面白い様に一回転した傘頭が強かに尻餅をついて汚い悲鳴を上げる。
教室の中の方から、押し殺した様なヒッ……という悲鳴が聞こえて来る。
隣の斬まで、呆気に取られた様に俺を見上げて来た。
面白いのはここからだぞ、斬。
「……もう許さねぇ。泣いて謝っても許さねぇっ……!」
眼帯に支えられて身を起こした傘頭が、ビキビキと青筋を立てて真っ赤な顔で俺を睨みつけて来る。
「雑魚がイキがりやがって……僕ちんに楯突いたからにはタダじゃ済まさねぇぞ……!」
そう言いながら、たった今自分を立たせてくれた眼帯の手を払って呼び掛ける。
「
「はい」
返事をしたのは、まさに今手を振り払われたばかりの眼帯だ。
無表情に身体を起こしながら、低い声で返事をする。
「ぶっ殺せ」
その暗い愉悦の色を含んだ命令に、討条と呼ばれた眼帯の男は、深く腰を落とし、刀の柄に右手を伸ばすという形で返事をした。
あなたはジャンプ作品『斬』を……
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単行本(kindle可)持ってる