討条とか言う眼帯に壊原と呼ばれていたデカブツは、体育館脇にある用務員室と焼却炉前の広間までのっしのっしと歩くと、振り返って俺と向き合った。
「さて……討条さんを余り待たせたく無いんでな。ここで死んで貰うぞ」
「へっ。図体もデカけりゃあ、叩く口もデケェんだな。
「……御託は済んだな?」
それだけ言うと、壊原は背中の木槌を大きく振りかぶった。
力を込められた両腕が膨らみ、首筋の血管が隆起する。
大した迫力だ。
……だが、俺の敵じゃねぇ。
先手必勝だ。
「相性が悪かったな、デケェのっ!」
壊原が木槌を振り上げているそのデカい隙に、一瞬で突進する。
「!」
「貰ったぁ!!!」
せっかくの力自慢も、こうも鈍くちゃ意味が
隙だらけの土手っ腹に、全体重を乗せた渾身の飛び蹴りを突き刺した。
これで勝負は俺の勝ち――いや、この感触は……!?
鳩尾にめり込ませたハズの踵から、固く分厚い肉の感触が跳ね返って来る。
「ぬうんっ!」
「っ!」
一瞬の判断で、壊原の腹を足場がわりに横っ飛びに転がると、俺が居た場所に凄まじい力で木槌が振り下ろされ、ドゴンッ!!、と地面にめり込んだ。
見た目通りの怪力だ。
「ってーな、どんな腹筋してやがる。今のは完全に悶絶コースだったろーが……!」
冷や汗を拭いながら悪態をつくと、攻撃を外したばかりの壊原がニヤリと笑って、再び大股に木槌を振り上げ、こちらに一歩踏み込んで来る。
今の程度の攻撃ならば何発でも来いと言わんばかりのふてぶてしい態度だ。
……
「一発で駄目なら……!」
再度、隙だらけの懐に飛び込む。
「オラオラオラオラオラァッ!!!」
連打! 連打!! 連打!!!
固く握り締めた全力の両拳を、身体の前面の急所という急所に連続で叩き込む。
これだけブチ込んでやりゃあ、どんなに丈夫でも……!?
「…………温いわぁっ!!!」
「んなっ……!!?」
ドゴオンっ!!! と、全身にトラックにでもぶつかった様な衝撃が走る。
一瞬意識が吹っ飛んだ。
ゴロゴロゴロっと地面をバウンドしながら転がり、焼却炉に叩きつけられる。
上下の感覚を見失いかける程の一撃だ。
「ゲホッ」
こみ上げて来た物を吐き出すと、地面にベチャっと赤い染みが出来る。
随分とイイのを貰っちまった。
震える足を叱咤して、無理矢理立ち上がる。
「ヘヘッ…………何だよ、想像以上に楽しめるじゃねぇか……!」
「……今ので沈んでいれば良い物を」
壊原はそう言いながら、
……三度目の正直だ。
こんな所でちんたら手こずってたら、坊主や斬に笑われちまう。
腰の脇差しを引き抜く。
「……拳は耐えられても、こっちはそうも行かねぇだろ?」
気に食わねぇが、コイツを打撃で倒そうとしてたら、日が沈んだ後、更に日が登るまで掛かっちまいそうだ。
遠慮なく刀を使わせて貰う。
「試してみろ」
「じゃ、遠慮なくっ!!」
ガラ空きの胴に向かって、奇も
どんなに分厚い筋肉で守った所で、日本刀の切れ味の前には障子紙みてーなモンだ。
この一撃で終わらせてやる……そう思って壊原の顔を見ると、壊原はこちらを一瞬見下ろして、ニヤリと不敵に唇を吊り上げた。
「うがあああああっ!!!」
「っ、何っ!?」
俺が間合いに飛び込むのも待たず、裂帛の気合と共に大木槌を地面に叩き付ける壊原。
その瞬間、地震かの様な地響きが走り、衝撃波と共に土柱が巻き起こる。
「
強烈な一撃の余波に脚を取られ、思わずよろめいた所に、土煙の中から強烈な横薙ぎが襲う。
間一髪の所で身体を反らすと、眼前を掠めた木槌が一瞬で切り返され、俺を叩き潰そうと振り下ろされた。
「クソっ……ぐあぁぁぁっ!!?」
斬や空也の剣速に目が慣れていた事が功を奏し、その不意打ちもギリギリで回避したが、直後に襲って来た衝撃波に踏ん張る事も出来ず、またしても無様に地面をゴロゴロと転がされた。
直撃を避けたにもかかわらず、全身を殴られた様なダメージだ。
昨日の傷が開き、包帯を濡らす感覚がある。
ちょっとシャレにならねぇな……だが、それが面白ぇ。
「ほう……今のを躱すか。だがその様子では、もう何度もは持つまい。口程にも無いな、ボウズ」
木槌を肩に担ぎ、既に勝負は決まったかの様に笑う壊原。
言い返してぇ所だが……確かにヤツは
あの切り返しの速さに加えて、オマケの衝撃波は近付くや否や躱しようもねぇ範囲で襲ってくる。
何とかして衝撃波の切れ目を狙い、もう一度懐に飛び込まなきゃなんねぇ。
俺は、ポケットから取り出した手裏剣を両手に構え、ニヤリと笑い返した。
「……コイツはどう躱すよ、デカいの」
そう言って、大きく息を吸い、手持ちの手裏剣を一斉に投擲する。
十六枚の手裏剣が、上下左右から壊原目掛けて殺到した。
「フン……」
それを見た壊原が、失望したと言った風に息を吐き、大木槌を振り上げる。
「……下らねぇっ!!!」
気合一発。
渾身の叩き付けを食らった地面から、再び衝撃波と共に土柱が立ち昇り、飛来した手裏剣を一つ残らず弾き飛ばした。
……まさにソイツを待っていたぜ!
立ち込めた土煙を突き破って、未だ振り下ろしたままの木槌を構え直せて居ない壊原の懐に、最高速で突っ込む。
(コイツっ、手裏剣を追い掛けてっ!?)
(お前の切り返しと俺の脚! どっちが
交差する視線。
横合いから迫る木槌。
振りかぶった刃。
壊原、確かにお前は強かった。
そんな重過ぎる得物を使いながら、切り返しのスピードはスゲェの一言だ。
……だが、この間合いまでこの俺を近付けちまった時点で――
「俺の、勝ちだ」
――勝負は決まってんだよ。
壊原の胸から、鮮血が迸る。
「ガっ…………アァ…………ッ!!」
ドウ、と、壊原が倒れる。
俺は手元の脇差しをクルクルと回転させて血糊を払い、刀身を鞘に収めた。
チン、という小さな音を最後に、焼却炉前広場を沈黙が支配する。
ザワザワと遠くから吹いてきた一陣の風が、広場に立ち込めた土埃を巻き上がった木の葉と一緒に、どこか遠くへと運んで行く。
徐ろに、倒れた壊原が口を開く。
「何で殺さねぇ……」
大の字で、徐々に濃さを増してゆく天を見上げながら、途切れ途切れに続ける。
「
その顔に斬られた憎しみは無く、苦痛に喘ぐ事もせずにただ淡々と疑問を述べる。
きっと昨日の俺も、似たような顔をしていたんだろう。
「別に」
だから俺も、
「別に死なねぇで済むなら死なねぇでいいじゃねぇか」
そう言って、ちょっと照れ臭くなったので頭をかきながら付け足す。
「まっ、まあ、今の、ある男の受け売りなんだけどな」
それを聞いた壊原は、暫く一番星の輝き始めた空をジッと見上げ、フ、と満足気に目蓋を閉じた。
「お前の
「
体育館と校舎の間の渡り廊下の屋根の下で、刺々森君が立ち止まる。
真横から投げ掛けられる日の光で長ぁく伸びた僕達の影が、規則的に並んだ柱の影の間で、同時にピタリと動きを止める。
そのまま振り返らずに、咥えたタバコを一度大きく吸い込んで、フー……っと白い煙を吐き出した。
……高校生のうちからタバコなんて、病気になっちゃうんじゃないかとちょっと心配になって、直ぐに、今はそれどころじゃ無いと思い出して
放課後の校舎からは、吹奏楽部の練習の音が小さく響いて来て、体育館の中からもバスケ部かバレー部なんかの元気な掛け声が漏れ聞こえて来ている。
直ぐ隣には、普段と変わらない日常を謳歌している学生達が居る中で、僕はまたしても望まない真剣勝負に挑もうとしている。
その事が、こうして刺々森君の背中を数歩後ろから眺めて、いつ振り返って斬り合いが始まっても可笑しく無いと思っているこの状況が、未だにちょっと信じられない。
唐突に、刺々森君が喋りだした。
「…………そんなモンぶら下げてるって事はよ」
スラリ、と、腰の刀を抜き放つ。
反射する白い光に、思わず顔をしかめる。
「久々に、切り刻み甲斐がある相手、って思っていいんだよな?」
そう言って、半身に振り返った刺々森君が、スッと持ち上げた鋒を、真っ直ぐに僕に突き付けた。
「ヤろうか」
本当に、散歩に行く位の軽い調子でそう言って、左手にタバコを挟んでフゥと白い息を吐き出す。
僕は、この期に及んでまだ何とか戦いを避けられないかと、研無刀の鞘を左手に握り締めたまま、言葉を探して口を開く。
「どっ……どうして月島さんを連れて行こうとするのっ!?」
「そういう命令だからだ」
「だっ、だから連れてってどうするのかって――」
「知らないし、興味も無いね。まあ、碌な目には合わねぇと思うけど」
「――っ、命令だったら、そんな
「……ゴチャゴチャ
面倒臭そうにそう言って、ヒュンっ、と右腕を振るう刺々森君。
次の瞬間、刺々森君の横にあったコンクリートの太い柱に何本もの線が走る。
そしてその線が、ズル……とズレたかと思うと、あっ、と思う間もなく、ガラガラと崩れ落ちてしまった。
一抱えもある石の柱を、まるで段ボールでも切る様にバラバラに……!
「こっ、コンクリートの柱が……!!?」
「
得意気な顔をするでも無くそう言って、タバコを咥え直して目の前に掲げた刀の峰を、スーっとなぞる。
「特別な刀を持ってんのは、何もお前だけじゃ無いってコトだよ」
鋭斬刀……!
聞いた事がある。
僕の持つ研無刀が、敢えて鋭く研がない事で重く分厚く刃を仕上げ、斬るよりも破壊する事を目的とした刀だとしたら。
鋭斬刀は、刃を極限まで薄く鋭く研ぎ上げる事によって、重量や頑丈さと引き換えに究極の斬れ味を追求した刀だと言える。
当然その扱いの難しさは、研無刀に比肩する。
それを目の前の刺々森君は、息を吐く様に完璧に使い熟している!
(僕とは比べ物になら無い位の、とんでもない手練れだ……!!)
「そっちの研無刀と、俺の鋭斬刀。どっちが強いか、比べっこと行こうじゃん」
無理無理無理無理!
僕なんかじゃ勝てっこ無いっ!?
鋭斬刀を構え直した刺々森君の、手練れだけが持つ研ぎ澄まされた殺気に気圧されて、思わず一歩、足が後ろに下がる。
それを見た刺々森君は、スッと目を細めて、感心したような声を漏らした。
「へえ…………居合か」
そう言われて、ハッと気付く。
左足を後ろに下げ、腰の刀に左手を添えて、腰を深く落とした今の姿勢。
それは昨日、散々空也君に叩き込まれた、居合の構えそのものだった。
「いっ、いやっ!? ちがっ……」
「御託は要らない、か。へぇ、見かけによらず、
気怠げだった表情に真剣味を滲ませ、スッと腰を落として呟いた刺々森君の
そうだ。
ここで逃げたら、月島さんはどうなるって言うんだ。
空也君だって、僕を信じて刺々森君の相手を任せてくれたんじゃないか。
たった一日しか練習して無いケド、試しもせずに負けを認めるなんて、それこそ
兎に角一回。
一度だけでもコレを試してみて、後の事はそれからだ……!
冷えた頭で、そう自分に言い聞かせる。
覚悟は決まった。
「…………行くぜ」
「…………行くよ」
刺々森君が、重心を前に傾けるのを見て、即座に一歩目を踏み出した。
一歩目。
重心を低く、後ろ足を力強く蹴り出して、右足一つで限界まで身体を加速させる。
二歩目。
身体を起こしながら、勢い良く振り出した左足で最高速に持って行きつつ、左腕を前に突き出して鞘を返し、右腕を柄に添える。
視界の中に、驚愕の表情で刀を振り上げ、慌てた様にブレーキを掛ける刺々森君が映る。
居合の間合いまで、あと半歩……!
三歩目!
刺々森君にぶつからないよう、半歩程の所に横向きの右足をドンっ! と落として、弾丸の様に撃ち出した自分の全体重を無理矢理受け止める!
初めての実戦で距離を見誤り、無茶な急停止を強いられた右脚からギシギシと軋む様な音が上がり、激痛に涙が滲みながらも抜刀は止めない。
踏み込みの速度。
腰の回転。
左腕の引き。
右腕の鞘走り。
全ての力とスピードを込めた一閃が、自分でも信じられない程の鋭さで、目を見開いた刺々森君のガラ空きの逆胴を狙う。
「うああああぁあぁあぁあぁっ!!!」
「マジかっ……!?」
研無刀の刃が、刺々森君の横っ腹に食い込むその寸前。
苦しそうに身体を
それでも、今更抜き放った居合は止まらない。
ガキイィィィィンッ!!! と、腕に当たったとは思えないけたたましい金属音と、異常に硬い感触が研無刀を握る右手に返って来る。
拮抗は一瞬も続かなかった。
「ぐぅっ!!?」
渾身の居合を身体の前に差し込んだ左腕で受け止めた刺々森君が、錐揉みしながら吹き飛んで渡り廊下の柱に激突する。
口からこぼれ落ちたタバコが、地面に落ちて転々と火花を散らした。
居合を振り切った姿勢で固まった僕は、コンクリートの柱に背中をぶつけて崩れ落ちる刺々森君を呆然と見詰めながら、突然鋭い痛みが
間合いを調整するため、無茶な踏ん張りをした右足がダメになってしまった様だ。
折れたりはして無いみたいだけど、関節が悲鳴を上げている。
もう一度……は、どうやっても出来そうに無い。
……それでも、今の一撃は自分でも驚く位の出来だった。
練習を含めても、最高の一閃だったんじゃないだろうか?
「っ
痛みに遅れて、初めて自分があの不思議な力に頼らず真剣勝負に勝利した事への喜びが湧き上がって来た所で、ぐったりと柱にもたれ掛かってノびていた刺々森君が、ズリ……と足を動かした事に気が付いた。
「え……」
驚き固まる僕の前で、柱に背中を預け、薄い鋭斬刀を杖代わりに地面に突き立てて、ズリズリとゆっくりと立ち上がった刺々森君。
両腕をブラリと力無く垂らしたまま、ゲホッ……、と苦しそうに咳をして、血の混ざった唾を足元に吐き出した。
「………………危ない所だったぜ」
口の端から一筋の鮮血を垂らし、顎の下からポタポタと雫をこぼしながら、ギラギラした瞳で座り込む僕を見下ろす刺々森君。
「……鋭斬刀は、受けには使えねぇ……薄くて軽い分、下手に打ち合えば相手がタダの刀でも簡単に刀身が砕けちまう……。その弱点を補う為の、コイツだったんだが……」
そう呟く刺々森君の左袖から、ゴトゴトッ、と、バラバラになった鉄の塊がこぼれ落ちる。
「……とっておきの
そう言って、痛みに顔を顰めながら鋭斬刀を持ち上げる。
「さて……その様子を見るに、今の必殺技は一回が限度って所か……続きと行こうじゃん」
「そ、そんなっ!? まだ続ける気なのっ!?」
「眠いコト言うなよ……貰うもん貰ってるんでね。給料分は働かねぇとな」
そう言って、足を引き摺る様に、ゆっくりと近付いて来る刺々森君。
折れたと言う左腕はブラブラと力無く揺れ、学ランの下の右脇腹は痛々しく黒ずんでいる。
辛く無いハズが無いのに、どうしてそこまで……!
右脚の痛みをこらえながら、ヨロヨロと立ち上がって研無刀を構える。
それを見て、初めてニヤリと笑みを浮かべる刺々森君。
「……元々、金蔵ん所の用心棒なんてやってんのは、ヤツの金払いが良かったから……ってだけだったんだけどよ。こんな面白い使い手とやり合えるんなら、それも悪くは無ねぇじゃんよ」
そう言いながら、鋭斬刀を鋭く振りかぶる。
「っ!」
慌てて掲げた研無刀の刀身を滑らせる様に鋭斬刀を振り抜いた刺々森君が、顔を顰めながら身体を捻って鋒を鋭く切り返す。
「うぐっ!」
右太腿を浅く切り裂かれ、ガクっと膝が折れる。
「さっきの、技のキレは、どうしたんだっ?」
追い打ちを掛ける様に放たれた胴を研無刀で受け止めて、必死の思いで押し返す。
もう一度刃を滑らせてそれを受け流そうとした刺々森君が、左腕を持ち上げようとして、くッ、と歯を食いしばり、一歩後退する。
こんなに大怪我をした状態であっても、剣の腕は刺々森君が大きく上回っている。
このまま続ければ、やられてしまうのは僕の方だ。
……でも今はそんな事よりも、刺々森君がこんなに苦しい状態で、それでも好きでもない金蔵なんかの為に命を掛けて戦っている事がどうしても許せなかった。
「……っ、どうして、止めてくれないんだよ……!」
「……くどいぞ。止めたいってなら、力ずくで止めて見せろよ。
見るからにしんどそうな表情でそう吐き捨てた刺々森君が、僕が研無刀をやみくもに振り回した隙をついて、タンッ、と踏み込んで来る。
そうだ、勝つしか無いのだ。
この分からず屋に戦いを止めさせるには、勝つしか。
ズバっ、と、防御も間に合わず、僕のお腹が一文字に引き裂かれる。
冷たい様な、熱い様な。
そんな感覚が、痛いよりも先に、背筋を突き抜けた。
思わず、ギュッと研無刀の柄を握り締める。
僕は、何としてでも刺々森君に勝たなきゃいけない。
あなたはジャンプ作品『斬』を……
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