僕のお腹を引き裂いたばかりの刺々森君が、ビクっ、と怯えた様に一歩飛び
「お前……何だ、気配が変わって……!?」
言われて、気付く。
全身に力が
襲ってくるハズの痛みが、一向に来ない。
それどころか、痛めた右脚も問題無く動かせるし、全身を満遍なく覆っていた筋肉痛も全くと言って良い程感じない。
全身の重りを外した後の、羽の生えた様な気分だ。
驚いて、研無刀を握る右手を見下ろして見ると、ビックリしているハズなのに顔はピクリとも動かないし、両目も険しく睨みつける様な、眉間にシワを寄せた状態から一切動かせない。
間違い無い。
僕は今、あの謎の強化モードに入っている。
「……何だか分からねぇケドさ、
額から冷や汗を流す刺々森君が、油断なく僕の挙動を見守りながら、鋭斬刀を正眼に構える。
それを見て、僕もまた研無刀を正面に構えて、刺々森君を睨み返す。
どういう訳だか、今回の変身では身体のコントロールが利くみたいだ。
僕の行動のどれがトリガーになったのかは分からないケド、この状況なら、刺々森君にだって勝てちゃうかもしれない……!
「
腰を落としながら口を開いて、また驚いた。
頭で思った事と全然違う言葉が出てくる!?
「チッ……これが年貢の納め時、ってヤツかよ……」
そう言いながら、幾らか青くなった顔で僕の攻撃を待ち受ける刺々森君。
今の状態の僕は、相当の威圧感を放っている様だ。
意を決して、研無刀を振りかぶって斬り掛かる。
相変わらず、自分でも信じられない位の鋭い剣筋だ。
刺々森君は、一瞬左腕を持ち上げようとして、既に小手が壊れているのを思い出したのか、顔を顰めながら身体を反らし、その一撃を躱す。
研無刀の斬れない刃が、刺々森君の前髪をかすめる。
すかさず、刺々森君が鋭斬刀で反撃してくる。
ここだっ、と思った僕は、その刃を鞘で受け止めた。
何でも切り裂く鋭斬刀の刃が、研無刀の鞘にガキィンと弾かれ逸らされる。
「何っ……!?」
驚愕する刺々森君の首筋に、返す刀が迫る。
全く反応出来ていない刺々森君。
その様子を見て、僕は心の中で叫んだ。
(止まれえぇえぇえぇえぇえっ!!!)
刺々森君が、諦めるかの様に閉じていた目をゆっくりと開く。
僕の研無刀は、その首筋に触れるか触れないかの所で、辛うじて止まっていた。
気付けば、あの変身状態も解除された様で、身体の奥から湧き上がっていた全能感は消え去り、替わりに斬られたお腹や膝の痛みがさざ波の様に押し寄せて来る。
思わず顔を顰めながら、ゆっくりと突き付けた刃を引こうとする。
そこで、刺々森君が未だ青い顔を険しく歪め、震える声で問い掛けて来た。
「……まさかお前、俺に生き恥を晒せって言うのか……!?」
思わず、手が止まる。
刺々森君は、そのまま怒気の籠もった声で続ける。
「ここで俺を殺し損なえば、俺は必ずお前を殺しに行くぞ。金蔵の命令なんかとは関係無く、俺の意志で……!」
……それを聞いてもなお、僕の決意は変わらなかった。
研無刀を引き、目を見開く刺々森君の前で鞘に収める。
そして、言い放った。
「良いよ! 何度でも戦おうよ! 研無刀と鋭斬刀、変わった刀を持った者同士、また真剣勝負で競い合おう!」
固まったままの刺々森君に、僕の本心を語る。
「で、次もまた僕が勝つ! ……そうやって何度も語り合えば、きっといつかは刺々森君とも友達になれる……かも、しれないし」
ちょっと照れながら、そう付け足した。
こうして本気で戦い、刀と刀で語り合ったからこそ、分かる。
刺々森君は、きっとそんなに悪い奴じゃ無い。
バチバチのピアスとかアクセサリーとか、凄く怖いケド……!
金蔵なんて奴に雇われてさえいなければ、悪い事なんてするタイプじゃ無い様に思えたのだ。
暫く、驚いた様に黙り込んでいた刺々森君は、フッ、と気の抜けた様な顔をして、鋭斬刀を鞘に収め、学ランの内ポケットを探り始めた。
そうして取り出した赤いタバコの箱から、器用に口で一本取り出して、火を付ける。
目を瞑って、フゥー……、と、白い煙を吐き出した。
「……二年の、刺々森鋭次」
そう言って、黙り込む。
……一瞬、ぼうっとしていた僕は、直ぐにその意味に気付いて、慌てて口を開いた。
「…………むっ、村山斬! 同じ二年の、村山、斬だよ……!」
「へえ……斬ね」
そう言って、また深く煙を吸い込んだ後、タバコを指に挟んで、ツと目を反らして少しずつ薄暗くなってきた渡り廊下の外を眺める。
「……馬鹿の多い学校だけどよ。お前程の底抜け能天気は、初めて見た気がすんな……」
「ええ……?」
そう言って、どこかスッキリとした顔で戸惑う僕に向き直り、フッと笑って言った。
「……辞めだ辞めだ。あんなクソのお守りなんざ、今日限りでおさらばだ。大体、金払いが良いったって、下らない悪事の手伝いなんて、気が進まなかったんだよ、元々。壊原はツマンネーし、討条さんはおっかねーしよ。かえって清々したぜ」
あー、明日からどうすっかな〜、腕折られちまったしな〜、と頭をかきながら咥えタバコをスパスパする刺々森君を見て、僕は段々と喜びがこみ上げて来た。
あと、腕を折っちゃったのはちょっと申し訳無い……!
……とにかく! 何だか良く分からないケド、刺々森君は心を入れ替えて悪い事を止めてくれるらしい。
もしかしたら、僕の三人目の友達に……!
「さっ、刺々森君……!」
「――だが、ダチになった訳じゃねーからな?」
「僕とっ……ええっ!?」
ビシっ、と、短くなったタバコの火を突き付けて、刺々森君がハッキリと言う。
えっ、な、何で? 今とってもいい感じの雰囲気に……!
「……何でも何も、いつでもまた戦おう、っつったのはお前じゃん。これからはライバルだ、斬」
そう言って、ちょっと頬を赤らめながらタバコを口に咥えてそっぽを向く刺々森君。
「……いつか必ず、俺の鋭斬刀でテメェの研無刀をブッタ斬ってやる。それまで誰にも負けんじゃねーぞ」
刺々森君……!
「う、うんっ!!」
刺々森君みたいな凄腕の鋭斬刀使いが、僕のライバル……!
余りの嬉しさに、全身の痛みが吹っ飛んだみたいだ。
たった数日で、友達だけじゃなく、ライバルまで出来ちゃうなんて!
「……ほ、ホラッ! さっさと行けよ! さっきの坊主、討条さんと戦ってんだろ? 言っておくが、討条さんの強さは俺なんかとは段違いだ。金蔵に押し付けられた汚れ仕事のほとんどは、討条さんが一人で片付けちまってた位だぜ? あの坊主がどれ程の使い手かは知らねぇが、助太刀に行ってやった方がいいんじゃね? ……俺はコイツを吸い切ったら追い掛けるからよ……」
「あっ、そうだった!」
刺々森君にそう言われて、やっと今の状況を思い出した僕は、大慌てで踵を返して体育館裏に向かって走り出した。
空也君と月島さんが待っている。
僕に何が出来るかは分からないけれど、早く行かなきゃ!
「………………ダチ、か」
一陣の風が過ぎ去って、静まり返った体育館裏で、刀を振り切った姿勢のまま立ち尽くす俺と討条。
徐ろに、討条が口を開く。
「…………見事だ」
遅れて、ブシャァっ、という、鮮血の吹き出す生々しい水音が響く。
ドス、と、刀を地面に突き立てた討条が、膝を突いて
……倒れないか、大したヤツだ。
それを背後に感じながら、俺は刃に僅かに付いた血を払う。
ピシャっ、と地面に赤い三日月を作り、
俺と討条の一騎打ちは、恐らく他のどの組み合わせよりも早く、決着を迎えた。
双方必殺の間合いから、意地と誇りを掛けた居合の打ち合い。
俺と、討条。
その間に、どれだけの力の開きがあったか。
それを語る気は無い。
ただ、
それだけが結果だ。
一部始終を終始青い顔で見ていた月島さんが、口元に手をやって絶句している。
恐らく、討条が胸から血を吹き出すまで、何が起こったのかも分からなかったのだろう。
「……名を、聞いていなかったな……」
たどたどしく続ける討条。
俺の剣は、不殺の剣だ。
しかしながら、大きく手を抜いて勝ちを拾える程度の手合でも無く。
左の肺の
即死こそ無いものの、呼吸もままならない筈だ。
抜刀の
一刻も早く手当し搬送しなければ、命も危うい。
「よもや……この私に手心を加えて
尋ねるのならば、応えよう。
「刀禅宗
「……さも、ありなん」
腑に落ちた、と言った風に呟くと、尚も何もせず立ち尽くす俺に向けて、声を振り絞る様に言う。
「…………敗者に
そう言って、気丈にも膝を突いたまま、
「厳龍流は不殺の剣なれど……武士の矜持の解らぬ貴様でもあるまい……私の
その潔い様と来たら、とても同じ高校生とは思えない。
時代にそぐわない、心底
……全く、クソ喰らえと言うヤツだな。
俺は無言で懐から手拭いを取り出しながら首を差し出す討条に歩み寄り、声を張り上げて月島さんを呼んだ。
「……月島さん! ちょっと手伝ってくれるかい」
声を掛けられた月島さんが、一度ビクっと肩を跳ねさせて、青い顔をしながらセカセカと歩いて来る。
「ちょ、ちょ、ちょっと! だだ、ダメなんだからねっ!? ちゃ、ちゃんとした見届け人も用意せずにかか、介錯だなんてっ……!!」
大いに焦りながら、必死な顔で俺の袈裟の袖を引っ張る月島さん。
俺が討条の言う事を真に受けて、介錯の手伝いをさせられると勘違いしたらしい。
めちゃくちゃに焦りまくっている。
いや、俺もそこまでこの世界に染まり切った訳じゃないから……。
「……応急措置をするから、押さえてて欲しいんだよ」
「えっ…………な、なあんだ……」
「なあんだ、じゃ無いからね? 月島さんは俺の事どう思ってるの?」
言いながら、討条の腕を持ち上げ、懐から取り出した
うわっ、これブランド物……後で文句なんか言うなよな……。
「おい……どう云うつもりだ貴様……私を侮辱するのか……っ!」
顔を屈辱に歪めながら俺の手を振り払おうとする腕を摑まえて、化膿止めと鎮痛作用のある軟膏を傷口に無理矢理擦り付けながら、顔を顰める討条に話し掛けるとも無く語る。
「……先輩は、厳龍流が不殺を
傷口に手拭いを押し当て、「押さえてて」と月島さんにお願いして袈裟の裾を裂きながら、続ける。
「斬った相手を殺さないのは、何も
……最も、最近の道場では、範師に次ぐ実力が身に付くまで、この真の教えを伏して修行を付けるらしいのですが、と続けると、討条はむっつりと黙り込んで、目を瞑ってされるがままになっている。
隣で俺の独白を聞いていた月島さんも、神妙な顔で手拭いを支えながら、破いた袈裟を包帯替わりに巻き付けるのを黙ってジッと見詰めていた。
我ながら、
よりに寄って、お寺の流派が冗談でも修羅道とか言っちゃダメだろうよ……。
俺だって、何も本気で復讐心をバラ撒きたい訳じゃ無い。
ただ、現代日本の倫理観を引き摺っている自分にとって、不殺の教えが都合が良かったのは確かだ。
殺人鬼に止めを刺して後顧の憂いを断つより、見逃して改心してくれる事を祈る方が幾分気が楽なのだ、俺は。
包帯を巻き終わるまで、ずっと黙って目を瞑っていた討条は、暫くして地面に腰を下ろし、立膝に腕を置きながら重々しく口を開いた。
「……元より、敗者に否やも無し……か。良かろう……貴様の
そう言って、ギラギラとした鋭い目で俺を見上げて言った。
「貴様が修羅道を行くと言うのならば……何れまた、その道の上で
言われて、俺もまた笑みを返す。
「何度でも来るが良い。その都度、優しく斬ってやろう」
フフ……フフフ……と怪しく笑みを交わす俺達を見て、月島さんが若干引いた様な表情でジリジリと
チラッと目を向けると、
「アハハ……ゆ、友情……友情が芽生えたんだよね……!」
と、自分に言い聞かせる様にブツブツと呟いている。
月島さんには、この
……と、そこで大切な事を思い出す。
「……そう言えば、討条先輩。勝ったからには、金蔵とか言う坊っちゃんの居場所をお聞きしたいのですが」
「む…………主を売り渡す様で気が進まんが、私は負けたのだ……坊っちゃんには、
そう言って、大怪我を押して抜身の刀を杖に立ち上がろうとする討条に慌てて手を貸していると、背後から何者かが声を掛けて来た。
「へえ、なら俺も案内して貰おうか。その金蔵っつぅクズん所へとよぉ」
振り返ると、そこには背中に直剣を背負って不敵に笑う黒髪の男が一人、剣の柄に片腕を伸ばしてこちらを睨み付けていた。
「なあ……討条戒……!」
ああ、ここで乱入してきたか。
生徒会執行部。
その謎に満ちたメンバーの一人、この男が。
こうもバトルシーンが連続していると、読者さんが退屈してないかなと不安になります。
あなたはジャンプ作品『斬』を……
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