チラチラと着いてきたそうにしていた月島さんは敢えて見ないフリをして、斬と貫木を引き連れて一階への階段を下る。
どういう訳だか彼女は執行部に目を付けられているようだし、不用意に目立つマネをさせたくないのだ。
少なくとも、なぜ改革人相書なるリストに載せられるハメになっているのかを確認するまでは、荒事に巻き込まないようにしないと、あっさり殺されかねない。
「……? 何だろう、あれ?」
斬がポツリと呟いた。
一階の廊下を歩いていると、廊下の角に身を隠すように医務室の方を窺う生徒の集団がある。
先生達を心配してか、執行部室で何があったかを聞きにきたのかは分からないが、どうやら気楽に出て行けない理由がある様だ。
「失礼」
コソコソと身を屈めている生徒達の頭越しに、医務室の様子を窺ってみる。
「……成る程、念の
視界に入った医務室の扉には、面会謝絶、の掛札が。
その両脇には、昨日も会った直剣の男、確か絶山とか呼ばれていた生徒会執行部員と、地下で会ったもう一人の執行部員、花咲ユリの二人が見張りの様に立って、辺りを警戒している。
……先生方に探りを入れる様な厄介な生徒に、釘を刺す様にでも言われたのだろうか?
絶山という男の方は、昨日討条の一太刀で大怪我を負っていたはずだ。
翌日即当校している事は驚きだが、その怪我もあってこんな雑用を押し付けられたのだろう、不機嫌そうな目で眼の前の壁を睨んでいる。
さて、こんな所でモジモジしていても仕方が無い。
堂々と角から出て行って、ツカツカと医務室の扉に近付く。
「……あっ!? たた、絶山先輩っ!」
「…………あ? っ、テメェ、昨日の……!?」
こちらを見て、ピョンと跳び上がり、サーっと顔を青くしながら慌てて絶山の長ランの裾をグイグイ引っ張る花咲。
昨日の別れ際のふてぶてしい態度とはえらい違いだ。
先輩から俺について何か吹き込まれたのだろうか……まあ、どうでも良いが。
「オイ、いい度胸じゃねぇか、良くもまあ悪党の分際でヌケヌケと――」
アワアワしている花咲の横で、額に青筋を浮かべた絶山が直剣の柄に手を伸ばす……が。
悠長な事だ。
俺に殺す等と言っておいて、ダラダラと口上なんぞ垂れる暇があると思っているのだろうか。
「
錫杖をヒョイッと斬に投げ渡し、「あわわっ!? お、重っ……!?」と驚く斬を置き去りにして、一瞬で執行部二人の眼前に詰め寄る。
”
厳龍流の、基本的な歩法だ。
二人は全く反応出来なかった様で、虚を突かれた様に硬直している。
「危機感が――」
「「!?」」
その二人の顔面を掴み、後頭部を壁に叩き付ける。
「――足りないんじゃ無いかい?」
「むぐっ!!?」
「〜〜〜〜〜っ!!?」
そのまま二人を持ち上げ、壁に押さえ付ける。
床から浮き上がった脚がバタバタと暴れ、引き剥がそうとする二人の手が俺の腕を掻き毟る。
「そのまま聞くと良い。抵抗は勝手だが、頭蓋を割られたくないのなら静かにしてくれると助かるね」
ググッと両腕に力を込めると、二人の頭からギシギシと嫌ぁな音が響き、苦悶の呻きが漏れる。
「ええっ、いきなりっ……!?」
「イヤに飛ばすじゃねぇか空也。お前そんなキャラだったか?」
後ろから追いついて来た斬が戸惑った様に呟き、貫木が面白そうにからかって来る。
まあ、らしくない事をしている自覚はある。
さっきの数学教師の話を聞いてから、気が逸って仕方が無いのだ。
一度深呼吸を挟み、抵抗が弱まった二人に問い掛ける。
「……誰がここに立つ様に命じたのか、ここで何をしろと言われたのか……聞いた所で答えまいね。悪党でない俺としては、君等に拷問する事も、殺すと脅す事も出来ない訳だ。そこで言いたい事は一つ。俺達が中で先生方に事情を聞いている最中、どこかで時間を潰していてくれないかい? 何、ホンの五分十分だよ。手洗いで
花咲の太腿に光るモノにチラッと視線を向けながらそう言って、二人を離してやる。
ドサっ、と廊下に崩れ落ちた二人が、両手を突いてゲホゲホと咳き込む。
その低くなった頭に向かって続ける。
「無論、君等の親玉に報告する事も自由だが……さて、何と報告する気かね? 素手の相手に、刀も抜かせて貰えず二人纏めて制圧されたばかりか、怪我一つ無く見逃されました……オススメは出来ないね」
「テメッ――」
「もう分かったろう」
怒り狂って直剣を振り回そうとする絶山の顎下に、腰帯を滑らせた白鞘の柄頭を突き付ける。
「手合違いだよ。それでも君を斬らないのは、俺が悪党では無いから……ってだけでは無い。――真剣勝負を禁止したのは君等だろう?」
そう言って、鞘を腰に直す。
笑顔で言ってやる。
「いや、命拾いしたね? 新規定のお陰で、早速助かったじゃあないか」
そう言って、気さくに肩を叩いて医務室の引き戸を開ける。
「さて、和やかになった所で、先生達をお見舞いしようか、斬、刃」
「う、うん…………え、えっと…………ゴメンナサイ……」
「ヒー、おっかねぇおっかねぇ……ま、ナイスファイト。いつかコイツ泣かせようぜ?」
俺に続き、妙にビクビクした斬と、どこか同情的な目をした貫木が二人の間を通り抜けて医務室に入室する。
花咲は青白い顔でへたり込んだままだし、絶山は赤黒い顔を名状し難い表情に歪めて、貫木にグッと親指を立てたハンドサインを送られても、立ち尽くしたまま微動だにしない。
カラカラカラ……ピシャン、と引き戸が閉まる。
暫くして、医務室の外の廊下から、地獄の底から響いて来る様な、押し殺した絶叫が聞こえて来る。
「………………たぁ・つぅ・み゛ぃ・そ・らぁ・な・りぃい゛ぃい゛ぃいぃいぃいぃいぃっっっ!!!」
……これも告げ口を防ぐためだ。
恨むなら俺だけにしとけよー。
「空也君、さっきの、本当に良かったの? 執行部ってヤツ等が、ここに攻めて来たりなんて……」
「無い無い。頼んだって呼ばないだろうよ。正義だ何だと
「そうは言うがよ空也。お前が言った通り、真剣勝負はアイツ等が自分で禁止にしてんじゃねぇか。まあ元より守る気なんざサラサラねぇがよ」
「フフ……そりゃ無いだろ、刃。俺達は、奴等に対してだけは大手を振るって真剣勝負が出来るのさ」
「あ……?」
「……いや、流石に気付くだろ」
頭の後ろで手を組んで、ハテナマークを浮かべる貫木に振り返る。
「……今の世の中、無理を通そうとするならば、刃傷沙汰は避けられない。今回の新規定にしても、反抗的な者を片端から真剣勝負で斬る事で無理を通そうとしているだろう? 昨日言った、『改革人相書』にしても、この改革に際して障害になり得る生徒を先んじて処理するための物だろう。その選定基準には文句の一つも言いたくなるがね……そして逆もまた然りだ。俺達が新規定を取り下げさせたかったら――」
「――生徒会執行部に、真剣勝負を挑んで勝つしかない」
引き継いで呟く斬に、ニコッと呟く。
「そう言う事。あの規則、執行部との真剣勝負だけは禁止出来ないんだ。よって、今回の布告を取り消させる為に俺達がやる事は――」
シャーっと、病床を仕切るカーテンを開ける。
「――生徒会執行部全員を、真剣勝負で打倒する……ですよね、先生方」
そこには、病室のベッドの殆どを埋め尽くす満身創痍の先生方と、せっせと処置を続ける犬養先生の姿があった。
「……その通り、です」
声の上がった方を見れば、苦しそうな顔でベッドから上体を起こした栗沢先生の姿があった。
四肢に包帯を巻かれ、下着姿の腹部に巻かれた包帯に、赤い血が滲んでいる。
周りを見ればどの先生も、切り裂かれ血に塗れた服を剥ぎ取られ、全身を包帯でグルグル巻にされて、輸血のチューブを繋がれている。
「……マジかよ」
「ヒッ……!?」
そして、クラスメイト達の話題にも上がっていた、体育教師にして、無双高校剣道部顧問、
最も苛烈に戦ったのだろう。
苦悶の表情で、全身至る所に巻かれた包帯を赤く染め上げ、人工呼吸器に繋がれて、意識も無くベッドに沈み込んでいる。
その厚い胸板がゆっくりと上下している事で、辛うじて息がある事だけが分かった。
……鬼瓦先生は、俺が校内で会った中で、唯一五分かもしれないと思った相手だ。
それだけの腕前を持った先生が、この様である。
まだ見ぬ”敵”に対する警戒が、更に一段、高まる。
「……悪い事は言いません、辰爾君。村山君。貫木君。貴方達の手に負える相手じゃありません……」
そう言って、引き寄せたシーツで下着姿の小さな身体を隠す栗沢先生。
サイドテーブルに置いてあった、レンズにヒビの入った眼鏡を、ちょこんと鼻に乗せる。
「……外に居た執行部の二人は、大した相手ではありませんでした。編入したばかりで、他のメンバーについては良く知らないのですが……少なくとも、先生方がただの生徒にここまでの敗北を喫する訳が無い事は分かります。……教えて下さい」
「せっ、先生……僕も、気になります……」
「オウ、そこまで言われちゃかえって気になるじゃねーか。何なら俺が仇を取ってやるぜ?」
先生のベッドに近付き、顔を覗き込む。
「一体、誰にやられたのですか?」
そう尋ねると、栗沢先生は掴んだシーツの裾を見詰めて、ジッと黙り込む。
少しして、ゆっくりと俺達の顔を見比べた先生が、重々しく口を開いた。
「……みんな
そう言って、カチャリと眼鏡の位置を直す先生。
「生徒会は生徒達だけで校内の自治をするための組織です。他の部活なんかとは違って、普通顧問の先生は付きません。それじゃ、自主独立の意味がありませんからね……でも、生徒会執行部は生徒会の下部組織で、学内の治安維持を目的とした活動をする以外には、学内自治には不干渉です。普段は、腕を高める為に武術系の部活動みたいな事をしています……そこに目を付けたんでしょう。武術の指導をすると言う名目で、今日付けでその客員教師を執行部の顧問に据えていました」
そこで一つ、息継ぎをする先生。
サイドテーブルにあったペットボトルのキャップを外して差し出すと、ありがとうございますと言って、重そうに腕を上げながら、コクリ、と小さく喉を鳴らす。
先生の白く細い喉が、流れ落ちる水に従って、小さく上下する。
一息ついた先生が、真剣な顔で続きを見守る俺達に向き直る。
いつになく、真剣な表情だ。
「その顧問の名前は、
ゴクリ、と、斬の喉が鳴る。
「――刀と銃の二刀流です」
「「「!?」」」
三人が三人共、驚愕に顔が固まるのが分かる。
銃……銃と言ったか?
この刀至上主義の『斬』世界で、あろうことか、銃だと……!?
知らず、錫杖を持つ手に、ギュッと力が入る。
「えええっ……じゅ、銃っ!?」
「そりゃ……いや、反則じゃねぇか……?」
「先生も、銃と戦った経験はあんまり無かったんですが……アレは別格です。使い熟すと、ああまで恐ろしいモノだったんですね……先生、悔しいです……」
当たり前の様に続ける先生に、理解が追いつかなかった。
待て待て待て……待ってくれ!
流石に銃って、それはこの世界でも許されないだろ!?
この世界における銃火器の規定については、次話で詳しく説明します。
ああ、まあそれなら……と思える様なモノになる予定です。
あなたはジャンプ作品『斬』を……
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