ほぼ説明回。
退屈だったら済みません。
戸惑う俺達を代表し、真っ先に疑問を口にしたのは斬だった。
「あ、あのっ! ……あの、銃って……鉄砲は流石に、まずいんじゃないですか……? その、法律とか……」
そうだそうだ、と言わんばかりに、貫木と二人、コクコクと頭を縦に振る。
それに対する栗沢先生の返事は、ヒドくあっさりとしたモノだった。
「え? アリですよ。三人共、中学校で習いませんでしたか?」
アリなの!?
しかも、中学校で習う!?
小中と自宅学習だった俺が二人の顔色を窺うと、斬は目を泳がせながら「え、えーっと……」と口を濁し、貫木はそっぽを向いて口笛を吹いている。
……コイツ等。
「……仕方が無いですねぇ。ちゃんとお勉強しないと、立派な武士には成れませんよ!」
呆れた顔の先生が溜め息を吐き、劣等生の俺達に詳しくご教示してくれた。
説明は、こうだった。
拳銃に代表される、銃火器。
コレは、斬も言った通り、基本的には単純所持も違法だ。
この
それどころか、野山に分け入って獣を狩る猟師でさえ、最新式の連発小銃なんか担ごうものなら、臆病者の
それはそれでどうなんだと思うが……取り敢えずは安心だ。
問題はここからだった。
そもそもの話、本物の武士が刀を振りかざして戦っていた時代を考えると、彼等はどういった環境で生きて来たのだろうか? と言う話になるらしい。
歴史を紐解く事十六世紀。
ポルトガルからの鉄砲伝来以降、武士の赴く戦場には、何時だって鉄砲の影があった。
弓矢とは比べ物にならない速度で、何処からか突然襲い来る鉛の凶弾。
我等が偉大なご先祖様方は、そんな恐怖にも負けず、今日に至るまで誇り高き刀文化を伝えて来たじゃあないか……!
そんな事もあって、(この世界では)悪名高い廃刀令の勘案が成されたおり、時代を経るにつれ進化を遂げて来た銃器に対する新規制もまた、同時に議論されたのだとか。
その結果、過去の武士達の偉大さに敬意を表し、以下の取り決めが成された。
黒色火薬を用いた、先込め式の単発式銃に限り、携行、一部使用を解禁する。
同時に、少量の黒色火薬を用いた
無煙火薬・液体火薬以下、爆発物、実包、連発式銃等は、これを一切禁止するかわりに、以上の物は使っても良い物とされてしまったのだ。
……当時の日本人は皆揃って頭が湧いていたのかと改めて頭痛がする思いだが、よくよく聞いてみると、中々どうして変なラインでバランスが取れている。
まず、狙撃、不意討ちの類は一切禁止だ。
コレは考えるまでも無い、当然だ。
そして、真剣勝負での使用に関しては、両者剣の間合い――この場合、互いの距離が二間以下で立ち合いが始まった時に限り、発砲が許可される。
コレは、ギリギリのラインだ。
腕利きであれば、一息に斬り掛かって勝利出来るし、達人と呼ばれる実力者であれば、単発銃の鉛玉程度なら見切って切り払ってしまうのだ。
実際に師匠が修練の中でやっているのを見た事がある。
あの時は、何を馬鹿げた事をやっているのかと無邪気に瞳を輝かせたモノだが……よもや実際に銃を相手取る事を想定していたとは、夢にも思わなかった。
それならそうと、教えてくれれば良いモノを……教わった所で、当時の自分に出来たとも思えないが。
閑話休題、とにかく、一度躱したり、急所を逸らしてしまえば後は思うがままだ。
振りかぶられた刀を前に、二発目の装填など出来ようはずも無い。
火縄銃を例に挙げれば、装填に掛かる時間は慣れた者でも二十秒だ。
これだけの時間、もたつく相手の四肢を斬り落とし、首を刎ねてなおまだ余りある。
その上、流石は刀社会。
この世界において、真剣勝負の場に銃を持ち出す事は、勝負から逃げ出す事よりも恥ずかしい事として蔑まれているらしいのだ。
曰く、銃など使うのは、武士のやる事じゃ無い。
臆病者の使う武器だと罵られ、そればかりか銃を使う様な
そして、勝負の場にも立たせて貰えず、散々こき下ろされた後、達人クラスの相手にあっさりと斬り殺される。
強力そうに見えて、意外にもガッカリな武器なのだ……本来は。
「なるほど……銃を使っても良いって事は分かりましたけど……で、でも、聞いた限りじゃ強そうじゃないですよね? そんな相手に、その、どうして先生達が……?」
心底分からない、と言った風に斬が聞くと、先生は顔を顰めて腕に巻かれた包帯を押さえ、絞り出す様に答えた。
「……この世には、恥を恥とも思わず、ただ相手を殺す事だけを至上命題とするよーな、恐ろしい連中がいるのです。先生がさっき言った、
……斬と貫木はいまいちピンと来ていない様だが、俺は聞いた事があった。
明王流は、不殺の剣を提唱する刀禅宗厳龍流と対をなす、古くから殺人剣を信奉する
敵の殺害を弱者の救済と捉え、決して情けをかけない……というか、殺す事こそが相手に対する最大の情けと信じるこの流派は、武士社会において根強く信仰されて来た。
そのあまりの苛烈さから、時代毎に流行と抑圧を繰り返されて来た流派であり、ある程度の人権意識が醸造されて来つつある現代においては、大衆に白眼視されながらもしぶとく生き残って、武士の在り方の中でも特に”強さ”を重視する者達に強く支持され続けている流派なのだ。
具体的に言うと、俺、明王流なんだ、と言えば、まず間違い無く、辻斬りじゃないよな? と聞き返される様な危険な流派だ。
厳龍流とはガッツリ敵対関係にある。
何を隠そう、実家のお寺で対明王流の戦い方は散々叩き込まれて来た。
塵芥均なる新任教師が明王流なのであれば、俺にも勝機はある……と言いたかったのだが。
明王流の中でも、明神寺派となると事は難しくなる。
「明神寺派は、最近になって明王流から分派した一派です。特徴は、相手を殺害する事に対し、一切の手段を問わない事。……最低限、真剣勝負の規則にさえ触れなければ、何をしても許される……そんな過激な流派なのです!」
……そうなのだ。
この明王流明神寺派と言う連中、勝つためには手段を選ばない、犯罪スレスレの狂人集団なのだ。
この世界基準の、”狂人”である。
恐ろしいと言う他無い。
近年、明神寺と言うお寺で発生して以降、裏社会の住人を中心にみるみる門下生を増やし、その脅威を世間に振りまいている。
今の政府から幾度も治安悪化に対する懸念を表明され、弾圧も間近とまことしやかに噂される、曰く付きの流派なのだ。
そんな使い手が、銃を持つ。
恐らく、生半可な手練れではあるまい。
敵対する者を如何に効率よく殺すかだけを考え続けて来た様なやつが、銃という文明の刃を十全以上に使い熟した時、その脅威たるや如何ばかりか。
それは、この医務室の惨状を見れば察するに余りある。
一人も死んで居ないのが少し気になるが……それも大した安心材料にはならない。
理事長め、真剣勝負を禁止する何て言っておいて、とんでもない奴を招き入れやがった。
ちゃんと制御出来ているんだろうな……?
「そ、そんな危ない人が、この学校に……!?」
「何が進学校だよ、リジチョーとか言うジジイ。俺達を皆殺しにするつもりか? とんでもねージジイだな」
「面白そうに言ってる場合じゃないよ!? 空也君も月島さんも、『人相書』に入っちゃってるんだよ!?」
「?? 村山君、その『人相書』と言うのは、何の事ですか?」
冷や汗を垂らしながらニヤつく貫木に、動揺も隠さず食って掛かる斬。
そのセリフの中の、『人相書』という部分に栗沢先生が首をかしげる。
……なるほど、教員達にも秘密裏にしていたのか。
「……正式には、『改革人相書』と言うらしいです。どういった基準で選ばれているのかは不明ですが、今回の改革に際し、障害となり得る”悪人”を選別した”粛清リスト”の様な物だと考えています。……俺と月島さんは、その人相書に名前が乗っているらしいのですよ」
そう伝えると、栗沢先生はにわかに顔を伏せ、プルプルと震えだした。
「……先生?」
「壊れたか?」
「理事長は、何を考えているんですかっ!!!」
クワッと真っ赤な顔を怒りに歪めた(全然怖くない)栗沢先生が、ピョンと勢い良くベッドの上に立ち上がり、気炎を上げる。
身体に被せてあったシーツがハラリと落ちて、包帯まみれで下着姿の全身が露わになる。
「わっ、わっ……!?」
「どーりで、”元気の良い”コ達の中に何人か姿の見えないコがいるなぁ、と思いましたっ!! そーいう、ちょぉっと元気をもて余しギミなコ達を正しい武士の道に優しく教え導くのが、私達きょーしの仕事じゃないですかっ!! それをあのガンコ頭の白髪ジジイ、私達の頭越しに勝手にしゅくせーだなんてっ!! きょーしナメんのもタイガイにしろってんですよっ!!!」
平坦なミニマムボディを隠そうともせず、うがーっと叫ぶ先生。
斬が顔を赤らめて目を覆っている。
貫木は呆れ顔だ。
「……そう言えば、ウチのクラスも何人か登校してないな……」
「私のクラスもです……いやはや、ヤってくれましたな……!」
他のベッドで横になっていた先生方も、何人か心当たりがある様だ。
顎に手を当てて、ムムムと唸っている。
昨日俺達が金蔵一味と切った張ったの大立ち回りをしている裏で、そんな事が起こっていたのか……。
絶山と花咲一年に関しては、とんだ貧乏くじを引かされたモノだ。
他の執行部員がしっかりと使命を全うしていたとするなら、彼等の肩身の狭さは如何ばかりだろうか。
もうちょっと優しくしてやっても……いや、無いな。
「これは、新規定とは話が別ってヤツですよっ!! 私、ちょっと理事長ジジイの白髪アタマを引っぱたいて来ますっ!!! 塵芥のヤツに負けて暫くは大人しくしてよーと思いましたが、私達教師にも黙ってそんなコトしてたなんて、とーてー許せませんっ!! あの気取ったオールバックを剃り上げてやりますっ!!!」
言うが早いが、ベッドサイドに置いてあった
慌ててその両肩を掴む。
「せ、先生! 栗沢先生! どうか気をお確かに。貴女、今どんな姿か分かっていますか? バックプリントにスポブラ姿で乱心せんで下さい。一応教師なんですよ?」
「ええい、離して下さい辰爾君っ!! 武士にカッコは関係ありませんっ! 私は一刻も早くあのぼーぎゃくの理事長ジーサンをつるっパゲにしてやらねば気が済まないのですっ!!! 離せ〜っ!!!」
うお〜っとジタバタ暴れるちんまい先生を、それ程力も込めずに引き留める。
俺達の為に激怒してくれるのは大変嬉しいのだが、流石にこのまま校内に解き放ったら先生の元から乏しい威厳がピンチでピンチだ。
暴走幼女が迷い込んだと警察でも呼ばれたら目も当てられない。
周りのベッドで、こわごわと薄い頭に手を置いている先生方に目線で助けを乞う。
「あー……く、栗沢先生、お気持ちは分かります。分かりますが落ち着いて下さい……」
「ウルサイですよ
「…………」
国語の甘崎先生、撃沈……!
生徒の居眠りも優しく起こしてくれる良い先生が、スゴスゴとベッドに戻ってゆく。
「栗沢先生、その、生徒の前じゃ無いですか……私も気持ちは同じですが、今はどうか抑えて……」
「触らないで下さいハゲっ! アナタ、私を見る目が時々ヤラシーの気づいてますからねっ!!」
「……失礼、後は任せました……違いますからね?」
果敢にも挑んだハゲ頭の教頭が、一撃で撃破されて松葉杖を突きながらイソイソとベッドへ戻ってゆく。
……栗沢先生をヤラしい目でって、それは……。
これから教頭先生を見る目が、ちょっと変わりそうだ。
栗沢先生は明日から職員室でどんな顔して過ごす気なんだろうか……?
「ハハッ、ギャハハハハハッ!! はー、腹が痛てぇ……っ!!」
キレッキレの栗沢先生に、貫木は腹を抱えて爆笑し、斬はオロオロしながら暴れる栗沢先生と目を逸らす他の先生達を見比べている。
と、ずっと苦しそうに横たわっていた体育の鬼瓦先生が、口と鼻を覆う呼吸器を外して、大きく息を吐く音が聞こえて来た。
「ふぅ…………栗沢先生」
「離しっ――――お、鬼瓦先生?」
短い腕をブンブン振り回していた栗沢先生が、その声にハッと動きを止めて、鬼瓦先生のベッドに振り返る。
「全く……おちおち寝てもいられませんな…………何を騒いで居るんですか。生徒も、何人かそこにいるようですが……みっともないですよ」
「す、スミマセン……」
先生の中でも、鬼瓦先生の威厳はひとしおの様だ。
あれだけ荒れ狂っていた先生が、シュンと縮こまっている。
こうしてみると、栗沢先生が小さな子供の様だ。
……普段からそうとは言うまい。
「……とにかく、何か羽織ったらどうです」
「先生」
「あ、ありがとうございます」
先生に、シーツを被せて巻き付ける。
静々と自分のベッドに戻った栗沢先生が、ピョンとベッドの縁に腰掛ける。
パイプのフレームが、小さくキイと
「…………夢見心地に聞いていた。……確か、辰爾と言っていたか……栗沢先生の生徒か?」
「はい」
「ウム……何度か授業で見かけたな……二年にしては、腕に覚えがあると見た」
「…………」
天井を見上げながら、淡々と低い声で述べる鬼瓦先生に、無言で返事をする。
鬼瓦先生は、チラと自分の斬り落とされた下腿に目をやり、続ける。
「……心意気は買おう。だが辰爾。お前には、塵芥先生の相手はまだ早い」
俺の心中を読んだであろう鬼瓦先生が、ピシャリとそう、言い放つ。
「編入時の書類を見た覚えがある……お前は厳龍流の、宗家皆伝に師事を受けている様だな」
「……はい」
俺が答えると、その、宗家皆伝と言う聞くからに凄そうな名目に、斬がうわぁと驚き、貫木が小さく口笛を吹く。
「…………空徳殿の教えは何処まで」
「…………一応、師範代の免状を頂いています」
「となると、皆伝では……」
「ありません」
「そうか……」
そう言って、目をつぶって黙り込む鬼瓦先生。
今の言いようだと、先生は俺の義父、空徳和尚の事を知っている様だった。
……薄々勘付いていたが、俺の育ての親は俺の思う以上に凄いヤツなのかもしれない。
ややあって、鬼瓦先生が再び口を開く。
「相分かった。栗沢先生」
「は、はいっ!」
呼び掛けられた先生が、小さく肩を跳ねさせる。
「
「……はい」
「そこの三人も、そういう事だ。血気盛んなのは結構だが、くれぐれも逸って執行部に討ち入りなんぞするんじゃないぞ」
「「「…………」」」
「返事は」
「はい」
「は、はいっ」
「うーい」
「全く……見舞いは済んだろう。こんな情け無い姿を見物しとらんで、さっさと自習に戻れ。……栗沢先生、そいつ等の成績についてだが……」
「あっ、はいっ! えっと、まず、村山君についてですが……」
「さあ斬! 刃! 用は済んだ事だし、ずらかろう!」
何やら雲行きが怪しくなった事を感じ取って、斬と貫木の腕を取ってツカツカと医務室の奥に歩く。
やっと出て行くのかといった表情の犬養養護教諭の脇をすり抜けて、校庭に面した窓を開け放つ。
「え、た、辰爾君、こっちからなの?」
「表は執行部の連中が手ぐすね引いて待っているだろう? 馬鹿正直に相手してやるのも面倒だ。先生達にも釘を刺された事だしね」
「ヒデェ坊主だ」
「逃げは兵法の優、と言ってくれ」
そう言って、先生方に一度頭を下げ、医務室の窓から身を乗り出す。
三人揃って正面玄関に向かいながら、ふと思い出した様に、貫木が口を開く。
「
「当然」
「ええっ!? そ、そうなのっ!?」
ニヤつく貫木にそう即答すれば、驚いた斬が俺を見上げて必死に止めようとしてくる。
「や、止めようよ! 手配書は先生達が取り下げてくれるんでしょ!? それなら、わざわざ危ない事に首を突っ込まなくても……!」
「フフ……斬。これでも俺は武僧の端くれだよ。お優しい先生方に、ご丁寧にお尻まで拭いて貰って、怖い先輩や大人から守って貰うなんて、恥ずかしくって外も歩けないだろう?」
そう言って、なおも心配そうな斬を見下ろす。
「
「!!」
「ヨシっ! そうでなくっちゃ面白くねぇぜ!」
斬の泣き所とも言えるセリフを言ってやれば、斬は目を見開き、貫木はガッツポーズを取って嬉しそうにしている。
折角の新イベントだ。
全力で楽しまなくては、転生して来た甲斐が無い。
「そうと決まりゃあ、早速殴り込みか、空也!」
「そ、そんな急にっ」
「まあ慌てるなミイラ男。今は授業中だ。執行部の連中も、特進クラスでお勉強に
そう言って、玄関の泥落としで草鞋に付いた砂を払う。
「昼休みだ。昼休みになったら、ちょいとご挨拶にでも伺おうじゃないか。執行部の連中にも、お偉い代表理事とかいう御老公にもね」
そう言って振り返り、ニッコリと笑い掛けた。
あなたはジャンプ作品『斬』を……
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