転生した世界が打ち『斬』り漫画だった   作:空使い

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三太刀

 

 

職員室での簡単な説明がすんだ後。

どこか埃っぽい廊下を、すれ違う学生達からのなんだあの坊主? という視線を意識して無視しつつ、憂鬱な表情を隠さずに窓の外の雲を眺めながら、教えられた教室に向かって歩く。

 

(ざん)て。

よりにもよって斬て。

 

「ク○漫画じゃねぇかどうすんだコレ……」

 

思わずため息を吐く。

山を降りての暮らしに希望一杯だったつい半刻前までの自分はどこへやら、俺は絶望の真っ只中にいた。

 

突然だが、『打ち切り漫画』とは何か、と問いたい。

打ち切り……即ち、本来意図しないなんらかの事由によって漫画の連載が困難になり、予定していたお話の結末に辿り着くことなく切り上げられてしまった作品……とか、そんな理解で良いだろう。

 

至る事情は様々だ。

人気の低迷、作者のモチベーション低下、制作チーム内や編集との不和、掲載誌の廃刊、版権トラブル、抗議運動、作者夭逝……。

だが種々交々玉石混交な打ち切り漫画達を、誤解を恐れずあえて二種類に分類するならばこうなる。

 

即ち、『(ざん)』か『(ざん)以外』か、だ。

 

 

 

(ざん)

超有名漫画雑誌に舞い降りた、超有名()()()()()()

刀や真剣勝負の文化が消えることなく残った現代で、主人公斬が仲間と共に立ちはだかる剣客達と戦いながら一人前の武士(おとこ)を目指す、そんな青春チャンバラバトル漫画だ。

確かそんなんだったハズだ。

 

個性的な絵柄。

『並の手練れ』、『左が全身やられた』などの独特の台詞回し。

教室や異次元廊下に立ち込める砂埃。

自意識過剰横槍ヒロイン。

バトル漫画なのに超常な力が一切介在しない硬派な作風。

 

この作品が初めて雑誌に載った時、全国の読者少年少女はこう思った。

コレ、打ち切られるだろうな……。

分厚い週刊誌の表紙からユラユラと立ち上る様を幻視する程のずば抜けた打ち切りオーラが、かえってネットを中心として妙な人気をはくし、実際に光の速さで打ち切りとなるに至って伝説となった神()作品、それが『斬』だ。

人気の余りにファンメイドのアニメまで作られたのだからスゴい。

 

かくいう俺もこの『斬』という作品、好きだった。

打ち切り確実と思いながら続きを切望し、打ち切られた最終話を見て「あぁ……」とガッカリする程度には好きだったのだ。

意外と練られた構図や1ページでスルッと理解できるキャッチーな設定、王道でお約束を外さない展開、妙に記憶に残る独特な言葉のセンス等々、世に遍く打ち切り漫画があっという間に忘れ去られ、歴史の中に埋もれ輝きを失ってゆく中にあって、事あるごとに思い出されては「そういえば斬って作品あったよな」「最近の糞漫画に比べたら斬って面白かったよな」「あの作者、今は○○○っての描いてるよ」と話題に上がる様は、正に泥濘の中のガラス片のようで。

宝石の輝きには劣るものの、在りし日の幼心に取り残された宝物のようにいつまでもキラキラと輝き続けるある種の名作、それが『斬』なのだ。

 

だが、転生するとなると話が変わってくる。

 

この作品、全二巻、計十八話しか原作が無いのだ。

噛ませみたいな不良と戦い、噛ませみたいな変態と戦い、やっぱり噛ませみたいな金持ちと戦い、やっと生徒会執行部とかいう強そうな組織や黒幕っぽい校長だか理事長だかが出てきた所で戦いもせず打ち切りだ。

 

薄い。

ストーリーが薄味過ぎる。

すべてのイベントが小規模に、主人公の周りでのみ繰り広げられ、世界はずっと平穏だ。

そしてこの世界、残り僅か一ヶ月程度しか原作が無い。

 

原作知識を持って転生したことにメリットがほぼない、正に五里霧中の手探りモードを強制される、それが斬なのだ。

そもそも主人公に出会うまで十年思い出せないくらい薄い記憶だ。

主人公の斬にさえ絡まなければ、この世界での普通の学校生活だけが目の前に横たわっている。

もう、単なる異世界転生と思ったほうが良いまである。

 

これからどうやって生きよう……。

そんな就職氷河期の就職難民みたいな事を考えながら暫く歩くと、とうとう俺が今日からお世話になる教室、2−Cの教室プレートを見つけた。

この学校は一学年四クラスで、Aが特進科、BからDが普通科になっているらしく、中途の俺は普通科編入らしい。

校舎二階が一二年、三階が三年で特進クラスは全学年纏めて四階なのだとか。

一階には職員室や図書室なんかの各種施設、五階は移動教室各種が固まっているらしいが……はて、『斬』にそんな設定あっただろうか……?

 

俺が聞き覚えの無い特進科の事なんかを考えつつ、HR(ホームルーム)の準備をしてくるらしい担任を待ちながら教室の外で待っていると、教室の中の方からなにやら揉めるような声が聞こえてきた。

 

何だろうと耳を澄ましていると、続いてガンっと机を蹴りつけるような音が聞こえてくる。

 

「おい、ヒョロ助っ!」「!?」「テメェ、二度と学校に面出すんじゃねぇって言っただろうが! ナメてんのか!」

 

どうやら、今まさに入室しようとしていた教室の中で、誰か(絶対(主人公)だろ)と誰か(誰だったかなぁ……?)が喧嘩をおっ始めようとしているらしい。

記憶をさらうと、確か斬のストーリーの初っ端でこんなイベントがあったような気がしないでもない。

 

「この牛尾様に楯突こうって言うのかって聞いてんだよクラァ!」

 

……牛尾、という名前には覚えが無いが、というか、斬の登場人物の名前なんて主人公斬以外一人も思い出せない訳だが、それでもコレが原作であった主人公が不良に絡まれるイベントだったのはなんとか思い出せる。

確か……なんやかんやあってヒロインが作中初の横槍を入れ、そのまま自己紹介の流れになる……だったような。

やっぱり自信が無いな……。

 

そんな明後日な事を考えている間も、牛尾と名乗った生徒の大声と、騒然とする教室のざわめきが廊下に漏れ聞こえて来る。

両隣の教室をチラリと見回しても、それ程珍しい事では無いのか、2−Cを覗きに来る生徒も、先生に報告に走る生徒も見当たらない。

 

うーん、世紀末。

コレが編入初日の景色かよ、治安悪すぎるだろ……。

 

しかし俺はどうすべきか。

(たぶん)主人公とヒロインにとってそこそこ大事なシーンだったはず。

かと言って、この世界におぎゃあと生を受けた以上、俺だってこの世界の住人だ。

残り一ヶ月程度しか原作が無い世界に気を使って自分の意志を曲げるなんてのもバカバカしい。

 

なにも原作通り進めないと世界が滅びる、という訳でも無し。

今生では仏門にて強面鬼畜和尚に毎日教えを叩き込まれたこの身、未だ未熟と言えど眼の前での学生らしからぬ狼藉を捨て置くわけにもいかない。

 

(決めた)

 

自分の中で結論を出す。

 

(あって無い様な原作なんか気にせず、自由に生きよう)

 

幸い、鬼住職によって鍛え抜かれたこの身体、腕っ節には多少の自信がある。

覚えている限りのイベント()()ならば、たとえ盛大に巻き込まれてもなんとか無傷で切り抜けられるかもしれない。

 

そうと決心すれば、行動あるのみだ。

抱えるように肩に立て掛けていた大錫杖を持ち直し、廊下の床を一度、カンっと叩く。

 

正にそのタイミングで、

 

ガッシャーン、と教室の後ろの引き戸を吹き飛ばして、先程まで中で言い争っていた斬が廊下に転がり出てきた。

 

「ぐ……いぐっ……!」

 

廊下の壁に叩きつけられ、後頭部に手をやって顔を顰めている。

前途多難そうな主人公斬をちょっぴり気の毒に思いながら、意を決して声を掛ける。

 

「おーい、斬。さっきぶりだね?」

 

「!? そ、空也(そらなり)君っ!?」

 

「どうやら同じクラスらしい。宜しく頼む……前に、前見たほうが良いぞ、斬」

 

「!?」

 

突然の再開に目を白黒させる斬の眼前に、冷たい刃の切っ先が突きつけられた。

 

今しがた斬を投げ飛ばした牛尾(なにがし)が廊下に出てきて、さも腹が立つといった表情で斬を睨みつけている。

俺も背は高い方だが、コイツは更にデカい。

190はありそうな、黒髪を逆立てた大男だ。

 

「抜け。真剣勝負だ」

 

「う……」

 

刃渡り四尺は優に超えそうな長大な黒鉄を突き付けられ、人を何人か斬り殺していそうな形相で睨まれた斬が縮み上がる。

 

「テメェも武士(おとこ)ならうだうだやってねェでとっとと抜きやがれ!」

 

「はっ、はいぃぃ〜〜〜〜!」

 

斬の震える手が刀の柄に伸びるのを見て、間に入ろうと声を上げる。

 

「そこまで」

「やめな!」

 

と、俺の声に重なる、高く凛と澄んだ声。

廊下に飛び出てきた明るい髪の少女が、俺と同時に待ったを掛けたのだ。

 

静まり返る廊下。

 

「…………」

 

俺、斬、牛尾に少女。

四者四様に、思わぬ闖入者を見回して声を漏らす。

 

「つ、月島さん?」

「ケッ。女に、坊主だァ?」

「お、お坊さん……?」

「おっと……いらん世話だったかな?」

 

この睨み合いの中、最初に声を上げたのは少女――斬の台詞から察するに、この物語の唯一のヒロイン、月島――月島…………月島、ナントカさんだった。

 

「……っと、牛尾!」

 

橙色にも近い明るい茶髪を肩より下まで伸ばし、薄く朱のさした白い肌と、ぱっちりとした大きな瞳に長い睫毛、意志の強そうな細い眉を逆八の字にした美少女だ。

少女としては珍しく腰に差した刀は、反りの浅い白革巻きの鞘に猪目の鍔の打刀。

藍色の柄糸の擦れと黒ずみから、随分と使い込んでいる様子が見て取れる。

……しかし仮にも好きな少年漫画のメインヒロインなのに、こうまで名前が思い出せないものだろうか。

さすがは『斬』である。

 

「あんだクラァ」

 

応える牛尾。

すげぇ巻き舌だな。

 

「あんた弱い者イジメして何が楽しいの!? 高二にもなってそんな武士(おとこ)らしく無い事止めなよ!」

 

自分よりも頭2つは大きく、しかも抜刀している牛尾に対して、指を突き付けて堂々とした啖呵だ。

中々の胆力だと恐れ入るが、はっきりと”弱い者”扱いされた斬が、横でずがぁんと衝撃を受けているのに気づいているのだろうか?

デリカシーとか、ご存知でない……?

 

折よく、睨み合う二人の間の緊迫した空気を散らす様に、ホームルームのチャイムがキンコンカンと廊下に鳴り響く。

牛尾は、気の強そうな女の子と謎の坊主に挟まれて、すっかり気勢を削がれたらしい。

忌々しそうに舌打ちをすると、背負っていた鞘に器用に納刀し、ツカツカと月島さんの横を取り抜けてその場を去って行く。

さすが不良、HRに出席する気などさらさら無いらしい。

 

「女如きがこの牛尾様に楯突こうなんざ100年早ぇ。あんま調子こいてっと――」

 

すれ違い様、吐き捨てる様にそう言って肩越しに振り返り、ギロリと月島さん……と俺を睨みつける。

 

「痛い目みんぞ」

 

それだけ言うと、「バカにするな!」と騒ぐ月島さんを無視して、肩を怒らせて廊下の先に消えて行った。

 

「んもう……」

 

後には、むすっとした顔の月島さんと、斬。

そして覚悟も新たに割行ったものの、手持ち無沙汰になってしまった俺だけが残された。

気まずい。

 

そんな俺の内心など知る由もない月島少女は、気を取り直したらしく依然腰を抜かしたままの斬の腰に目をやると、何かに気づいたように斬に詰め寄る。

 

「あれ? 村山君、もしかしてソレ、研無刀じゃない?」

 

「え?」

 

斬は、鞘に入れたまま抜くこともなかった刀の正体を突然言い当てられて、虚をつかれた様に瞬きした。

 

「そ、そうだけど」

 

「やっぱりね! あたし、刀には詳しくて、刃を見なくても分かるんだぁ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

得意げになる月島さんに、斬はタジタジだ。

そして何気にスゴい特技だ。

刀の(こしらえ)なんて後からどうとでもなるだろうに、どうやって見分けているのか。

 

「けど、研無刀なんて無理して持たない方が良いよ」

 

「え?」

 

「もし牛尾みたいに血の気の多いヤツに研無刀を持ってるなんて知られたら、村山君の事、物凄く強いって勘違いされて、また真剣勝負みたいな危ない目にあっちゃうかもしれないしね」

 

キョトンとへたり込んだままの斬に、まくし立てる様にニコニコと続けるノンデリ少女。

 

「でももしまた何かあったら私に言ってね! 剣道五段のあたしが守ってあげる」

 

そう言って、斬のプライドをズタズタにした月島さんはニコっと笑って斬を立たせると、ようやく思い出した様に俺の方を見て口を開いた。

 

「ええと、もしかしてキミって今日から編入するっていう転校生? お坊さんだったんだ」

 

「ああ、坊主の方は見習いだけどね。あと転校じゃなくて、中途入学」

 

「へぇ、そうなんだ。私、月島弥生。よろしくね!」

 

「宜しく。後で改めて自己紹介するだろうけど……辰爾(たつみ)空也だ」

 

「ふうん、辰爾君ね。辰爾君も困った事があったら私を頼ってくれて良いよ! じゃあ、ホームルーム始まっちゃうから、教室戻ろっ!」

 

そう言うが早いが、俺と斬を放ってささっと教室へ飛び込む月島さん。

嵐の様な少女だった。

コレが斬のヒロインちゃんですか……斬、苦労しそうだな……。

 

取り残された斬は、「女の子に守ってもらう僕って一体……」と頭を抱えている。

 

「……あっ、空也君」

 

「なんだい、斬君」

 

「……空也君も、僕を助けてくれようとしたんだよね?」

 

「まあ一応。朝に続いて、また何もしないまま事が済んじゃったけどね」

 

「ありがとう、空也君……僕ってホント情けないよね……朝の不良の時も、さっきの牛尾君も、僕、何にも出来なくて……月島さんも空也君も、スゴイよ」

 

「……ざ」

 

「村山君」

 

またもどんよりモードに入ろうとした斬を慰めるべく口を開こうとした所で、突如真横に、にゅっ! っと腹這いで割り込んできた男に呼びかけられ、「わっ!? き、木下君……」と飛び退く斬。

 

脂ぎった黒髪を横分けにし、分厚い丸眼鏡をしたひょろ長い横入り男、木下は、おもむろに立ち上がると、ぱっぱっと服のホコリを払って誰に言うともなく独り言の様にボソボソとつぶやく。

 

「悪い事は言わないから、彼女は諦めた方がいいよ……」

 

「えっ!? そ、そんな、ぼぼ、僕は別にっ……!」

 

「彼女は……」

 

突然出てきた上、唐突に恋心を言い当てられた斬が、慌てふためいて手をバタバタさせる。

 

「……月島君の剣の腕は一流だ。そこらの武士(おとこ)程度じゃ歯が立たない程凄いし、しかもあのカワイさ! 一流アイドルをも凌ぐとここらでは評判だしね」

 

明後日の方を向きながら、両手を広げて語りあげる木下。

……そういえば、こんなキャラクターもいたっけな。

ヒロインの悪質ストーカー。

序盤の中ボスみたいないヤツだったハズだ。

実際に動き、喋っているのを見ると中々に強烈なキャラをしている。

無精ヒゲといい、節くれ立ったひょろ長い指といい、本当に高校生なんだろうかコイツ……。

 

そんな変態木下は、突然くるりと振り返ると、斬と……何故か俺の方まで()め付けるように見て、続けた。

 

「それに……彼女には既に彼氏が居るんだ」

 

そう言う眼鏡の奥の真っ黒な瞳は、ゾッとする様な酷薄な光をたたえていた。

何? 悪役は振り返りながら意味深に一言コメントするルールでもあるの?

 

「え……」

 

ショックを受けた様な顔で固まる斬。

斬よ、口からデマカセだからなソレ。

変態の妄想だぞ、強く生きろよ主人公。

 

凍りついた斬を満足そうに見た後、もう一度チラリと俺を睨んだ木下は教室の方に向き直った。

 

「まぁ、月島君からは手を引いて別の子を探したほうが身の為だと思うよ……さあ、そろそろホームルームだ、教室に戻ろう」

 

そう言うと、木下もまた返事を待たずに一人でスタスタと教室の中へ戻って行った。

引き留める様なマネをしたのは自分だろうに勝手なヤツである。

 

「う、うん……あ、空也君……」

 

「俺は担任の紹介の後に入るから、また後でね」

 

「うん!」

 

一目でカラ元気と分かる笑顔を浮かべた斬は、そう返事をするととっとこ教室の中に入って行った。

 

「ふぅ……」

 

溜息が溢れる。

濃いなぁ……無双高校。

 

廊下の向こうからプリントの山を抱えてあくせくと走ってくる担任を横目に見ながら、これからの事に思いを馳せる。

折角の二度目の高校生活だ。

楽しいものになるといいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

あなたはジャンプ作品『斬』を……

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