転生した世界が打ち『斬』り漫画だった   作:空使い

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三十一太刀

 

 

 

眼の前の相手から目を反らさず、もう一度、深呼吸する。

このコは強い。

後輩だけど、多分自分よりも。

 

でも、

 

(あたしだって、ずっと剣と、武士という在り方と向き合って来た!)

 

「勝つっ!」

 

集中のままに、今度は先んじて踏み込む!

 

迎え撃つ花咲さんの、僅かに困惑するような表情が良く見える。

 

「はあっ!」

 

真正面からの平突。

コレはしっかりと(みね)側へ躱されてしまう。

花咲さんは速い……刃を返す余裕は無い!

 

「ふっ!」

 

「おっ……とっ!」

 

最速で横薙ぎに峰打ちを振るうと、あたしの肩辺りを狙って差し出し掛けていた刀を泳がせ、花咲さんが素早く身体を倒した。

薙いだ峰が、宙に残された髪を撫ぜる。

 

すかさず、下に流れて無防備になった篭手を狙って小さく切り下げる。

 

「っ……! 突然動きが良くなりましたね……!」

 

キンっと高い音と共に、身体を捻った花咲さんが()()()で刃を弾き、間合いを脱する。

……と見せかけて、一瞬の踏み込みからの後ろ回し蹴りが迫る!

スカートがブワリと風をはらみ、視界一杯に広がる。

 

「そう何度もっ!」

 

今度は、ギリギリ見えていた。

膝を落とし、首を傾けて上段の蹴りを透かし、片脚立ちの花咲さんに渾身の逆袈裟を見舞う。

 

「さっきとはっ……別人じゃないですかぁ!?」

 

……これでも、僅かに届かなかったか……!

軸足一本で軽やかに飛び退き、屋上の床に手を突いて風車の様に脚を回転させながら立ち上がる花咲さんに、思わず歯噛みする。

 

「うわわ……スカートがぁ……!」

 

だが、明らかに先程よりも半歩迫れている。

先程の一閃が、制服のスカートの端を捉えていたようだ。

花咲さんのスカートの左端が、縦にスッパリ裂けている。

 

(いつもの動きが出来てる……これなら、いける!)

 

真剣は、未だ怖い。

腕は痛むし、脚の傷口もまた開いてしまっている気がする。

しかし今はそれよりも、自分の思い通りの動きが出来ているという高揚感が、熱く胸を満たしている。

 

「……あたしより強いんじゃなかったの、花咲さん!」

 

「くっ……調子に乗らないで下さい……よっ!!」

 

悔しそうに表情を歪めた花咲さんの、無拍子の踏み込みから、不意打ち気味の柄打ちが鳩尾に伸びる。

咄嗟に刀を上げようとしてっ……逆手に持たれた刀の刃が上がりかけの峰を滑り、硬い柄頭が水月に突き刺さる。

 

「ぐぅっ……!?」

 

一瞬、息が止まり、吐き気が込み上げる。

だが、この相手に大きな隙など晒せない。

 

続け様に襲い来るに膝蹴りを、霞む視界の中、なんとか右腕で受け止めた。

 

「痛つぅ……っ!」

 

無茶な形での防御で、骨の髄にまで衝撃が走り、ミシリと嫌な音が響く。

目の端に涙が滲むのが分かる。

刀を支える両腕が、浮き上がる。

 

「はあっ!!」

 

「くぅっ……きゃあっ!」

 

不意に晒されたあたしの右胴に、花咲さんの容赦無い逆手斬りが襲った。

間一髪で刀の先程を差し込めたが、空いた左手を峰に添えた花咲さんの撫で斬りを受け止め切れず、脇腹を浅く斬られながら弾き飛ばされる。

 

咄嗟に、刀を持った状態での受け身が取れたのは普段の鍛錬の賜物だ。

地面をゴロゴロと二回転しながら、痛む全身になけなしの気合を込めて最速で立ち上がって刀を構える。

 

「はあっ、はあっ……痛つつ……!」

 

「むむっ……往生際が悪いですよ、月島弥生……!」

 

追撃をすべく駆け寄ろうとした花咲さんが、差し出された(きっさき)にすぐさま脚を止め、ぐぬぬと唸る。

今のは、危ないトコロだった……!

 

ヒヤリと、右脇腹に冷たいモノを感じ、遅れて鋭い痛みが電撃の様に背筋を貫く。

……何とか皮膚を薄く裂かれる程度に留めたが、思っていた以上に(こた)える。

ちょっとした腕の動き、身動ぎ、呼吸の際の僅かな緊張と弛緩が、脳髄に響くズキズキとした痛みを伝えてくる。

 

「はあっ、はあっ…………まだ、まだ……!」

 

「も〜……無駄に粘らないで下さいよ。みっともなく命乞いされるのも見苦しいですケド、こうしつこいとウンザリしちゃいます」

 

「もう、勝負がついたみたいな……はあ、はあ…………言い草は、よしてよね……!」

 

……長引けば長引く程に不利になる。

花咲さんの体術混じりの剣撃に今のあたしが対応しようとすると、どうしても後手に回ってしまう。

今は何とか致命傷だけは避けているが、このままではジリ貧だ。

 

どんなにキツくても、何とかこちらから攻撃を仕掛け続けないと……!

 

そんな事を考えながら、中段に突き出した刀で花咲さんの動きを牽制していると……不意に、キィン……という、澄んだ金属音が屋上に響き渡った。

 

「っ…………!!」

 

「えっ…………!?」

 

思わず、そちらの方向に視線が泳ぐ。

 

村山君が、研無刀を天に振り抜いた大股の体勢で見事な残心を披露する傍らに、根元から刀身の切断された直剣を振り下ろした絶山君が、呆然と固まっているのが見えた。

 

ガインッ!!、と、斬り飛ばされた剣身が、屋上に突き刺さった。

 

村山君が、あの貫木並みに目付きの悪い執行部員に勝った。

誰が見ても間違いが無いくらい、完璧な勝利だ。

 

驚きと喜びのあまり、村山君に声を掛けそうになって、ハッと花咲さんに視線を戻す……が。

花咲さんもまた、その光景に目が釘付けになっている。

ワナワナと震えながら、「そ、そんな、あんなヒョロッちい男子に絶山先輩がっ……!?」と目を見開いている。

 

(絶好のチャンス! ……なんだろうけど、それは武士らしく無いよね)

 

逸る心を抑え、改めて一呼吸。

すー……はー……うん、落ち着いた。

 

「……よそ見をするなんて、そこまでナメられる程、あたしは弱く無いわよ」

 

「っ!? …………どういうつもりですか?」

 

しまった! という顔で勢い良く振り向いた花咲さんが、不可解そうな顔でさっきから一步も動いていないあたしをジロジロと眺め、首を傾げる。

 

「今のが、アナタの最初で最後のチャンスだったんですよ? わざわざ声を掛けるなんて……」

 

「あたしは、武士よ。悪党じゃ、無い!」

 

「…………なるほどぉ、バカなんですね、アナタ。ウチのハルっちといい勝負ですよ、先輩」

 

呆れたような顔で、刀を肩溜めに構える花咲さん。

そのハルっちがどこの誰だか知らないが、好きなだけ、バカにすればいい。

あたしに後悔は無い。

 

あたしだって、村山君みたいに武士らしく戦って――

 

「じゃ、そのしゅしょーな心意気にメンじて、武士らしく一撃で殺してあげます!」

 

「あなたに、あたしの武士道を思い知らせてあげるっ!!」

 

――絶対に、勝つ!

 

トンッ、と、軽やかな足音を置き去りにしながら、花咲さんが低い体勢で突進してくる。

焦っちゃいけない、恐れてもいけないっ!

私は、私の積み上げてきた全てを信じる……!

 

利き足を前に出し、刀を大上段に構える。

全ての防御をかなぐり捨てたあたしの構えに、花咲さんはほんの一瞬、目を見開き、直ぐに視線も鋭く刀を振りかぶる。

 

こんな振り下ろししか無いバカみたいな構え、相手なんかせずに牽制なり回り込むかなりして、どこへなりとももう一撃入れれば花咲さんの勝利だ。

わざわざ正面から真っ向勝負なんて、それこそバカのやる事だ。

 

それでも、花咲さんはそうする。

あたしは格下で、しかも一撃で仕留めると言ったばかり。

花咲さんだって、武士だ。

逃げの選択肢など、無い。

 

花咲さんの今日一番の横薙ぎが、あたしの首筋目掛けて真っ直ぐに迫りくるのがスローモーションのように見える。

あたしの身体に、もはや震えは欠片も無い。

 

何万回、何十万回と繰り返してきた動きを、今日もまたするだけだ。

それだけが、あたしの誇りだ。

昨日よりも、一瞬前よりも強く。

それこそが、あたしの武士道。

 

足の爪先から、握った刀の鋒まで。

剣心一体、全身の動きを滑らかに、そして素早く連動させる。

 

たった、足一個分の踏み出し。

地面から伝わる力を、腿、尻、腰、背、胸、肩を通して、腕へ。

弓なりにしなる身体から、矢よりも疾い振り下ろしが、手首、指先を通って、刀へ。

 

 

 

これであたしは死ぬんだと思ったから。

生涯最高の一振りだった。

 

 

 

血の滲むような修練は、成る程確かに裏切らなかった。

練習で何度もやった寸止め。

道場の作法。

 

あたしの鋒は、花咲さんの黒い髪に優しく触れるように、ピタリと停止してしまっていた。

ポタポタと傷口から垂れる血の音が、どこか遠くから聞こえて来るようだ。

 

 

 

「…………ちゃんと強いじゃないですか……月島先輩」

 

 

 

妙にスッキリとした声で、花咲さんが呟いた。

え……と思って、その手を見詰める。

 

握られた漆塗りの柄。

刃の根元を通って、少しずつ目線を鋒へ。

 

その刃は、あたしの首筋まで、あと一寸(いっすん)半の所で止まっていた。

 

「……まさか、私が速さで負けるなんて……」

 

ス……と引かれた刃が、ひょいと拾い上げられた鞘の中に、スルスルと音もなく収まってゆく。

 

遅れて、自分が勝ったことに気付いた。

お互いが、刃を止めた上での決着。

彼女の刀は、一寸半まで。

あたしの刀は、薄皮一枚まで。

 

まさに、紙一重の勝利。

 

(…………勝っちゃった。真剣勝負に。あたしが、初めて……)

 

その勝利の実感も沸かぬ内に、ガチャン、と刀の落ちる音が耳に届いた。

見れば、刀を床に投げ捨てた花咲が、口を引き結んで目をつぶり、顎を上げてぷるぷる震えている。

 

「……?」

 

思わず、刀を引いて後退る。

 

「……く、悔しいですが、私の負けです。どうぞ、ヒト思いにヤっちゃってください……っ」

 

ぽかん、とその様子をたっぷり数秒見詰めた後、言っている事に気付いて慌てて声を掛ける。

 

「ええっ!? なん……っ、どうしてっ!? いきなりしおらしくならないでよっ!! 何あっさり死のうとしてるのっ!?」

 

「悪党に負けるなんて、一生の不覚ですっ……! 私だって、武士のハシクレ、覚悟は出来ていますっ! さあっ、どうぞっ!!」

 

で、でも出来ればあんまり痛くしないで下さぁい……と震える声で続ける花咲さんの姿に、えぇ……と困惑の声を漏らしてしまう。

いや、確かに真剣勝負で負けて命を見逃されるなんて、立派な武士にとっては切腹ものの恥なんだろうけど……。

 

あたしは、刀を鞘に収めた。

チンと、鯉口の嵌まる音に、花咲がぷるぷるしながら薄目を開ける。

 

「ど、どうしたんですか……なんで刀をしまっちゃうんです……?」

 

「……言ったでしょう。あたしは悪党なんかじゃないの。アナタの一方的な間違いから始まったんだから、誤解さえ解ければ、あたしにはアナタを斬る理由なんかないわ」

 

そう告げると、ようやく身体の震えを止めた花咲さんが、目尻の涙を拭いながら心底不思議そうに口を開く。

 

「……月島先輩、それ、本気で言ってたんですかぁ?」

 

「どーいう意味よ! そもそもなんであたしが悪党扱いされてるかなんて、あたしの方が知りたいくらいなんだからねっ!」

 

「……あっ、あの、そ、空也君が、月島さんのご両親が関係してるって……」

 

「むっ、村山君!? 見てたのっ!?」

 

「う、うん……武士道を思い知らせるっ……の辺りから……」

 

「………………っ!!」

 

カアァッと頬が熱くなる。

見れば、後ろの方では力無く膝を突いた絶山君が、真っ白い顔で俯き表情の無い目で床を見詰めている。

あの、あたしの覚悟の叫びが、村山君に……!

 

「かっ、カッコよかったよ、月島さん!! 僕、止める事も出来ずに見とれちゃって……あ、あ、えっと、今のは別に変なイミじゃ無くって……っ!!」

 

「や、やめてよ村山君……! あたし、さっきはホントに必死だったから……」

 

「あのぉ……?」

 

村山君と二人、顔を赤くしながらアセアセと良く分からない事を口走っているあたしに、ジトっとした目の花咲さんが片手を上げておずおずと声を掛けてきた。

 

「そーゆーのは後にしてくれますかぁ? 私、これでも一生分の勇気を振り絞って、潔く散るカクゴなんかしちゃってたのに……バカみたいじゃないですかぁ」

 

そう言って、チラリと絶山君の方を見ながら続ける。

 

「……それに、アナタが悪党であるかどうかと、真剣勝負の結果は無関係ですよね? 武士として、生き恥を晒したくないです。絶山先輩だって、きっと同じ気持ちですよぉ? ……どうしても斬れないって言うなら、腹を切るしか……」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよっ!! アンタなんかフワフワしたカンジなのに、一回負けたくらいで何カクゴ決めちゃってるのよ!!」

 

座った目で落とした刀を見詰める花咲さんの姿に、これ以上どう言葉を掛けてやればいいか思い付かない。

同じ武士として、花咲さんの気持ちは痛い程に分かる。

分かるが……とにかく、こんな勘違いから始まったような真剣勝負で、貴重な女武士の後輩が死んじゃうなんて…………なんか、なんか嫌だ。

 

「む、村山君!」

 

もう破れかぶれで、村山君を頼る。

 

「ええっ!?」

 

驚いた表情で自分を指差して固まる村山君に、心の中で謝り倒しながら、手を合わせて頭を下げる。

もうこうなったら、あたしより武士らしい村山君に上手いこと言って貰うしか無い。

そう思って上目遣いに村山君の様子を伺うと、暫くあうあうしていた村山君が、顔を赤くしながらギュッと口を引き結んでコクリと小さく頷くと、花咲さんの方に向き直った。

 

信じてるからね、村山君……!

 

「あの……花咲さん、だよね? 一年の……」

 

村山君がおずおずと尋ねると、花咲さんは怪訝そうな顔をしながら、そうですけどぉ……と躊躇いがちに答える。

やっぱり、花咲さんよりも更に強そうだった絶山君をやっつけちゃうような村山君の話は、ちょっとナマイキな後輩にも無碍には出来ないようだ。

 

「まだ高校生なんだから、いくら心は武士って言っても、まだまだヒヨッ子なんだよ、僕達……これからもっと強く、立派な武士になれるハズなのに、たった一度の勝負で簡単に死んじゃうなんて、もったいないよ」

 

「…………でもぉ」

 

「それに、切腹って、きっとスッゴク痛いと思うよ……?」

 

「うぐぅ」

 

あ、かなり揺らいでる……!

そ、そうよ、切腹なんて!

作法は習ったけど、十文字腹なんて、一杯血も出るし、絶対にスゥ〜ッごく痛いよ!

やめた方が良いから……!!

 

「あ、あとこれは辰爾君が言ってたんだけど……」

 

あたしも、それを聞きながら思い出した事を、必死に思い出しながら口に出す。

 

「真剣勝負した相手を敢えて見逃すのは、強くなった相手にまた挑まれたりしてお互いに腕を高め合うため……って、言ってたわ! アナタのためじゃないのっ! あ、あたしがもっと強く、立派な武士になるために、後輩のアンタにはもっと強くなって貰わなきゃ困るのよっ! 負けたんだから言う事聞きなさいっ!!」

 

そう早口に言い切って、ジッと花咲さんの大きな目を見詰める。

これでどう……!?

 

暫く、ポカンと目を丸くしていた花咲さんが、ようやく声を漏らした。

 

「……自分を負かした人のために生きる……ナルホド、それも武士道かもしれません……!」

 

あ、あれ?

目に光は戻ったけど、なんか思ってたのと違うような……?

 

大きな瞳をキラキラさせた花咲さんが、拾い上げた刀を背中に収めながら、クルリとこちらに振り返ってニパッと花の咲くような笑みを浮かべた。

 

「分かりましたっ!! 私、花咲ユリは、今後一生、月島先輩のために腕を磨き続けますっ!!」

 

「え、えっと…………うん」

 

謎の勢いと圧に負けて、思わず頷いてしまう。

な、なんかヘンじゃないこの子……?

 

「武士たるものぉ、真に仕えるべき主がいてこそ、一人前ってモンですよね! そうと決まれば、善は急げですよねっ……ほらっ、先輩! 何床なんか見つめちゃってるんです? 先輩も村山先輩に負けちゃったんだから、さっさと医務室で怪我を治さなきゃですよぉっ!」

 

そう元気良く叫ぶと、うずくまる絶山君の襟首をむんずと引っ掴んで、ズルズルと階段の方へ引き摺って行ってしまった。

 

「それじゃあ、月島先ぱぁい、また後で〜!」

 

そんな最後の声が、クワンクワンと階段の中から響き、屋上の空へと溶けて行った。

ピョロロォォ〜……と、トンビの鳴き声が聞こえる。

村山君と二人、取り残された屋上に、生温い風が通り抜けた。

 

「…………おかしかったよね?」

 

「…………うん」

 

 

 

 

あなたはジャンプ作品『斬』を……

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