転生した世界が打ち『斬』り漫画だった   作:空使い

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六太刀

 

 

 

その後、久しぶりに翠乃に稽古を付けてやって成長を確認したり、出稽古から帰ってきた道場主のおじさん……翠月さんの亡くなった旦那さんの双子の弟、双右衛門(そうえもん)さんに挨拶もそこそこに手合わせしてもらって成長を褒められたりしたんだが、その辺りは割愛して。

 

時計の針が深夜を回り、夜も一層ふけて辺りが静寂に包まれた頃。

俺はあてがわれた部屋のベッドから腰を上げると、制服と袈裟を着込んで、音が鳴らない様に麻布で包んだ大錫杖を担いでこっそりと緑郷邸を抜け出した。

 

こんな世界で気にし過ぎかもしれないが、この家は果たし合いで主人を亡くしている。

入学初日から下宿人が真剣勝負に首を突っ込んだと知られれば、いらぬ心配を掛けてしまうかもしれない。

 

バレないように塀を飛び越えて、夜の学校へ向かう。

……果たして斬は来るのだろうか。

 

 

 

 

 

肌寒い空気が満ちる深夜の無双高校。

三日月と常夜灯の青ざめた光の照らす体育館裏。

冷たい夜風が湿った地面を舐め、あまり手入れの入っていない様子の木々や植え込みをざわざわと揺らす。

錫杖を肩に立て掛けて目をつぶっていると、果たして建物の陰の暗がりから2人分の足音が聞こえてきた。

 

「う、牛尾さんっ! 誰か知らないヤツがいるどぉ〜!?」

 

「…………ああ? なんだテメェ……朝のクソ坊主かぁ……?」

 

腰巾着の坊主頭が俺を指差し声を上げれば、剣呑な雰囲気をまとって長ランの裾をなびかせていた牛尾もまた、怪訝そうな目つきで俺を()め付ける。

 

「チッ、あの女、怖気付きやがったか。テメェを代理に立てたのか?」

 

「いや、見損なうには早い。俺は月島さん側の立会人だ。真剣勝負の結果を見届けに来た。手を出す気は無いよ」

 

「……ケッ。いけすかねぇ坊主だ。あのナメた女を血祭りにあげたら、次はテメェだ」

 

「ご随意に」

 

そう言ったまま黙り込む。

牛尾のヤツも、お喋りに興じる様な輩でもなし。

 

夜更けの静寂の中、牛尾のチクチクとした殺意と腰巾着のソワソワを感じながら待つ事幾ばくか。

今度は牛尾が出て来たのとは逆側の角から、女子のものらしき軽い足音が一つ、近付いて来るのが聞こえた。

 

笠のフチを摘み、フッと笑みを零す。

さすがヒロイン。

初めての真剣勝負、初めての命を掛けた立会に、怖じ気付く事もなく参上して見せた。

武士らしさに執着していた様だが、少なくともその気概が本物である事は確かな様だ。

 

暗い影の中から、薄ら寒い光の中に、月島弥生がザッザッと歩み出てくる。

俺の事は一瞬だけチラと視線を向けるに留め、真っ直ぐに牛尾の方を睨んでいる。

 

「来たか」

 

牛尾が、重々しく口を開く。

 

「月島弥生」

 

そう言って、腕を組む。

緊張しているのだろう、月島さんの額に一筋の汗が滲む。

 

「サシの真剣勝負。俺の方は舎弟であるこの赤井に立会人を務めさせる。テメェの方はそこの坊主でイイんだな?」

 

「……」

 

月島さんは、牛尾から視線を外さないまま、コクリと首を縦に振った。

夜風になびく長髪が、サラサラと揺れる。

 

「……クククク……」

 

と、静寂に耐え兼ねた様に、顔を俯かせた牛尾がにわかに押し殺したような笑い声を漏らした。

月島さんの眉がツと上がる。

 

「……しかし」

 

顔を上げた牛尾の顔は、せせら笑う様に歪んでいた。

 

「女のクセによく来たな月島。てっきり尻尾を巻いて逃げ出すか、泣いて許しを請うと思っていたぞ」

 

そう言って、スラリと長刀を抜き放つ。

この場に立つ事を選んだ勇敢な月島さんに対して、しかし嘲笑をもって迎え討つつもりらしい。

 

月島さんの握り締めた拳にギリギリと力が入っているのが分かる。

 

「…………女をナメないで」

 

怒りを振り絞る様にそう口にして、鞘返し、白刃を抜き放つ。

 

「もう誰にも、女だから弱いなんて言わせない!! 女だって武士を名乗る資格があることを、今夜、この場所で証明して見せる!!」

 

堂々と口上を叫び、仁王立ちをする月島さん。

……誰もそうは言っていないと思うが、彼女にも色々あったのだろう。

 

ともあれ、互いに刃を抜き、もう次の瞬間に切り合いが始まってもおかしくない状況だが、何を思ったか、牛尾がまた俯いてクククと忍び笑いを零す。

 

「な、何がおかしいのよ!」

 

「剣道五段だか何だか知らんが……真剣勝負をした事も無いガキに」

 

そう言うと、牛尾はゾッとするような酷薄な目で月島さんを睨む。

 

「今までに三度の命のやり取りに勝ってきたこの俺様が負けるワケ無いだろうが」

 

うむ……中々の剣幕だ。

気圧された月島さんが動揺を隠しつつ、「やってみなければ分からない!」となんとか言い返しているのを見ながらフと、体育館裏の物陰に一つの気配が近寄ってきた事に気付く。

どうやら斬のヤツ、何をするつもりかは分からないが、少なくともこの場に来る事には決めたらしい。

オドオドしているクセに、中々行動力のあるヤツだ。

 

……あと、先程からもう一つ、矢鱈と粘度の高いオドロオドロしい気配もまた、物陰からこちらをねっとりと観察している様だが……そうか、そういえば、原作でアイツはココに乱入してくるんだったな。

さて、どうしたものか。

 

月島さんを見れば、既に緊張と恐怖を隠し切れないのか、柄を握る手がカタカタと揺れている。

牛尾の腰巾着……赤井のヤツまで、立会人のクセに何も言わず生唾を飲み込んでいる。

 

……仕方が無いので、俺が仕切る事にする。

 

「双方宜しいか」

 

「ハッ。お喋りは終わりだ」

 

「くっ」

 

牛尾が無造作にブンと刀を横に流して腰を落とし、月島さんは両手で柄を持ち、中段に刀を構える。

……キレイな構えではあるが、些か硬いな。

肩が強張っている上、握りがキツ過ぎる。

あれでは剣道五段も宝の持ち腐れだ。

既に勝負はあったか。

 

「……待った無し。何れかの降参、或いは死をもって決着とする。いざ尋常に――」

 

…………おっと、ここで来るのか。

 

「始め」

 

「……!」

 

合図を出すが、月島さんは動かない。

……いや、動けないと言ったほうが正しいか。

可哀想なくらい空気に飲まれている。

 

「……所詮女か。さっさと死――」

 

()()は牛尾が嘲るように笑いながら足を踏み出した瞬間だった。

一歩。

錫杖を構えて身体を鋭く滑らせる。

 

引き伸ばされた時間の中で、牛尾が目を見開き、自分に向かって突進してくる俺を信じられないモノを見るかのように身体を硬直させる。

ニブいヤツだ、まだ気付けないか。

 

キィィンッ、と甲高い音が体育館裏に響く。

 

牛尾、月島、赤井の三人が、驚きに目を見開くのを感じた。

 

俺の突き出した錫杖が、牛尾の背目掛けて突き出された刃を受け止め、立ち会い直後の隙を狙った兇行を阻まれた木下が忌々しそうに薄い唇を歪める。

 

「なぁ!?」

 

「えっ!?」

 

ようやく硬直の解けた牛尾が振り返りながら飛び退き、月島さんの刀の切っ先が思わずといったふうに下がる。

錫杖をブンと振るい木下を弾き飛ばした俺は、今の一閃で切り裂かれた麻布を解き、カンと石突で一度地面を突く。

 

「チッ……邪魔をしないで欲しいんですけどねぇ、辰爾君」

 

「真剣勝負に横槍は御法度だよ、木下君」

 

片腕で構えた刀をだらりと垂らし、左手で分厚い眼鏡をカチャリと直す木下。

 

ずっと隙を窺っていたのだろう。

牛尾が月島さんに斬りかかろうと意識を集中させた、その瞬間をついた、実に良い不意打ちだった。

卑怯な手ではあったが、中々どうして、腕は悪くないらしい。

 

太刀筋には毛ほどの迷いも無く、殺意の乗った良い右片手一本突きだ。

牛尾同様……あるいはそれ以上に、明らかに人を斬り慣れている。

昼間見たナヨっとした雰囲気は何処へやら、粘つく様な殺気を纏い、ニタニタと剣呑な笑みを浮かべる木下は、髪を掻き上げて俺を睨んだ。

 

「仕留め損なっちゃったじゃないか」

 

口元は笑みを浮かべたまま。

しかし、眼鏡の奥の瞳は全く笑っていない。

 

「こ、これって、どういう事……!?」

 

「ヒヒヒヒヒヒヒ……」

 

月島さんの思わず零したと言った風な言葉に、木下が底冷えのする様な気味の悪い笑い声で答える。

 

「だって僕は君の彼氏だろ? 君が殺されそうだと言うのに、見過ごせる訳が無いじゃないか」

 

「あっ、あたしの彼氏!?」

 

「木下君が!?」

 

木下の衝撃的な発言に、月島さんが驚きの声を上げ、木陰から斬の押し殺したような叫びが漏れ聞こえる。

うーん……実際に目の前で見ると、気持ち悪いなコイツ……。

 

勿論、彼氏うんぬんは木下の妄言だ。

ストーカーも極まるとこうなるのか。

 

「いっ、いつからあんたがあたしの彼氏になったのよ! あたし誰とも付き合ったことなんて無いわよ!」

 

「ああ、照れてるんだね月島君」

 

月島さんがたまらず怒鳴るが、変態木下はどこ吹く風だ。

あと月島さん、ちょっと余計な事まで口走っているが良いのか?

 

「君は何時も逆の事を言っては僕を困らせる……」

 

「はあっ!? な、何なのよさっきから! あたし、あんたなんかと一度も話した事なんて……!」

 

月島さんの動揺も目に入らないのか、木下君は恍惚とした表情で、青白い月明かりの下、独演を続ける。

 

「ククク、またお得意の知らんぷりかい? 今まで何度も二人だけで会話を楽しんできたじゃないか。起きてる時も、夢の中でも……中一の時から、ずっとねぇ!」

 

「……っ!?」

 

舌舐めずりをしながら、粘つく様な視線でなめ回す様に見つめられた月島さんが、戦慄に身を震わせる。

 

「…………イカれてる」

 

「……オイ、テメェ等、黙って聞いてりゃ、下らねぇ痴話喧嘩で真剣勝負に水を差しやがって……!」

 

見れば、牛尾はこめかみにビキビキと青筋を立てて、怒髪天を衝きそうな勢いだ。

血走った目が、二人纏めて斬り殺すと言っている。

 

「斬」

 

収拾をつけるべく、隠れている斬に呼び掛ける。

 

「隠れて無いで出てお出で。出番だよ」

 

一度ガサッと大きく驚いた様に音を立て、少しして斬が気まずそうにオズオズと木陰から出てくる。

 

「村山君まで……」

 

「ゴメン……気付いてたんだね、空也君」

 

思わぬクラスメイトの登場に驚く月島さんに、バツが悪そうに謝って、俺を見上げる斬。

どういう腹づもりでここに来たか知らないが、丁度良い。

 

「木下。君の相手は斬がしよう。闖入者の無頼漢に立会人など要るまいな?」

 

「ええっ!? ぼ、僕が木下君と!?」

 

俺の突然の申し出に、斬が飛び上がらんばかりに驚くのが分かる。

許せ斬、多分、彼と戦うのは既定路線だ。

 

「さあ、牛尾、月島さん。邪魔は入ったが問題無いよ。真剣勝負の続きと行こう。双方向き直って構えるといい」

 

そう言って、固まる斬を置き去りに、さっさと牛尾と月島さんの間に戻る。

 

「えっ? えっ? ほ、ホントに僕が戦うの!?」

 

「ククク……村山君、キミも僕と月島君の仲を邪魔しようって言うんだね?」

 

「っ、き、木下君……」

 

イチャつく二人は放っておいて、決闘相手のお互いをそっちのけに木下の方を睨む月島さん達二人に声を掛ける。

 

「さあ、勝負の最中に他所を気にしてどうするね。君等の斬るべき相手は一人、依然目の前でピンピンしているよ?」

 

そう言ってみるが、お互い向き直りつつも未だ集中を欠いている。

 

「で、でも……」

 

「仮にも……」

 

まだウダウダと何か言いたげな月島さんを黙らせる様に、言い放つ。

 

俺だって、月島さんと斬の肩を持ってやりたい気持ちは勿論ある。

だがこの世界、この人生で、俺は俺のしたいように生きると決めたのだ。

定められた筋道に沿って窮屈に生きるなんてバカバカしい。

 

ここは現実だ。

今生で義父に叩き込まれた剣の道、その生き様。

武僧としての矜持が、俺の口を動かす。

この世界の事、散々おかしいだの狂ってるだのと言っては来たが。

 

存外俺も、立派にイカれているらしい。

 

「この厳龍(ごんりょう)流師範代、辰爾空也を立会人としておいて、半端は許さない。既に賽は投げられて、後は出目を待つばかり――言った筈だよ、待った無しだ」

 

後の事など、知った事ではない。

この現実となった世界でもなお、確かに主人公とヒロインであると言うのならば、これは乗り越えられる壁である筈だ。

 

ガン、と錫杖で地面を突けば、六つの鉄環がカランと澄んだ音を響かせる。

 

冷たい夜風が、月島さんと牛尾、木下と斬の間を走り抜ける。

俄に、弛緩していた空気が凍りつき、辺りに緊張が満ちる。

 

告げる。

 

「御託は斬ってから抜かせ」

 

月島さんと斬の額に冷や汗が。

 

「!」

「……!?」

 

牛尾と木下の口元には堪え切れない笑みが浮かぶ。

 

「ククク……クソ坊主が、ヌかしやがる」

「村山君を始末したら、次は君だよ? 辰爾君」

 

「是非も無し」

 

ひりつく様な殺気に、自然と笑みが溢れる。

四者四様、戦いの火蓋が切られる。

 

 

 

 

 

あなたはジャンプ作品『斬』を……

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