転生した世界が打ち『斬』り漫画だった   作:空使い

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七太刀

 

 

図らずも、原作の主人公、原作ヒロインの二つの戦いが目と鼻の先という距離で同時に行われる事となり、舞台となった深夜の無双高校体育館裏に緊迫した空気が満ち満ちる。

 

果たして、最初にこの静寂を破ったのは意外にも、紅一点である月島さんであった。

睨み合いに耐えかねた様な、意図せず動かされた様な突撃ではあったが、今宵この戦いで口火を切ったのは、月島弥生の勢い任せな上段斬りだった。

 

「や、やあああああああああっ!」

 

「ハッ、バカが」

 

そしてそれは、残念ながら悪手という他なかった。

片や、身長150弱、刀の刃渡りは二尺二寸足らず。

片や190はあろうという大男で、獲物は四尺余りの大刀だ。

そのリーチたるや、二倍に迫る勢いである。

膂力、間合いで共に劣るこの手合い、本来ならば相手の大振りを誘って体勢を崩すなりした後、距離を詰めたい所だったが――

 

キンッ、という甲高い音。

 

「くっ」

 

牛尾は、一撃で勝負を決める気など毛頭無いらしい。

刀の中程でもって月島さんの振り下ろしを軽々と受け止め、ニヤリと笑う。

 

「フンっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

ギャリギャリと耳障りな音を響かせて、打ち込んできた刀ごと月島さんを打ち払う。

膂力の差は歴然だ。

これでは鍔迫り合いもロクに成立しない。

堪らず刀を泳がせて、たたらを踏んで後ろへ下がる月島さん。

それを見逃す程、牛尾が甘い男なはずが無い。

 

「オラァ!!」

 

「っ……くあっ!」

 

返す刀で、形も何も無い力任せの横薙ぎ。

いなし損なった月島さんの左上腕から鮮血が舞った。

 

「どうしたァ!? 腰が引けてるぞ剣道五段ンンッ!!」

 

「くうっ……! ぅあっ……!」

 

勢い付いた牛尾が、2合、3合と刃を打ち合わせる度、震える腕で何とか刀を合わせて受け流しつつ、二歩三歩と後ろに下がり続ける月島さん。

逆袈裟の切っ先が右頬を掠め、鋭い痛みに顔を顰めて大きく後退する。

 

「ククク……威勢がイイのは口だけかァ、月島弥生……!」

 

「ハァッ…………ハァッ…………!」

 

状況は、かなり厳しい。

どこの流派かは知らないが、本来剣道五段ともなれば既に一流と言っても良い腕だ。

見た所、喧嘩剣術だよりの牛尾は道場剣術ならば良いとこ二段程度の腕に見える。

尋常に立ち会えば、技量では大きく上回っていて然るべきなのだ。

道場で竹刀を持って百戦すれば百度勝つ。

それが五段と二段の差だ。

 

――しかし事が真剣勝負ともなるとそうはいかない。

お互いがその手に握るのは、人を斬るために研ぎ澄まされた真剣だ。

道場でならば有効も取られない様な浅い一撃でも、日本刀の鋭い刃は容易に肌を裂き、一瞬の気の緩みがそのまま今生との別れとなり得る。

斯様な真剣勝負の中で、常の冷静を保てる者はそうは居ない。

 

果たして月島さんを見れば、肩を大きく上下させ、瞳孔が開き、歯の根が合わずガチガチと音を鳴らしている。

恐怖に集中を欠いているのは明らかだ。

まるで平静を保てていない。

 

リーチの差、腕の傷、そして余りに足りていなかった覚悟。

ここに、力関係は完全に逆転した。

 

「あれだけナメた口を叩いておいて、不様なモンだな女ァ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キヒヒヒヒヒ…………」

 

月島さんが牛尾と切り結び始めたその頃、僅か三間ばかり離れた場所で、もう一つの戦いもまた始まろうとしていた。

木下が不気味な笑い声を漏らしながら、分厚い眼鏡を外して胸ポケットにしまう。

 

「き、木下君……どうしても戦わなきゃ――」

 

「死ね」

 

この期に及んでまだ何か言いたげな斬に対して、木下の初動は躊躇いのないものだった。

予備動作も何も無く、滑るような足運びで間合いを詰め、袈裟斬りに切りかかる。

 

「うわぁっ!?」

 

剣の柄に手を置いていたのが幸いした。

焦った斬の抜き打ちが、木下の刀とガッチリと切り結び、鍔迫り合いになる。

 

「くうぅ!」

 

「何ィ……!」

 

思いがけず、初撃で仕留め損なった木下の目が、切り結んだ斬の刀の異常を看破する。

徐ろに、木下の拳が斬の鳩尾に食込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

固められた左拳による不意打ちに斬が吹き飛び、ザザーっと地面に二本の擦り跡が刻まれた。

 

「研無刀だと……?」

 

木下は、今のたった一合の打ち合いで、斬の刀の正体に気付いたらしい。

 

「そうか……キヒヒ……成る程、俺様と月島君の仲を邪魔しようとするだけの事はある。研無刀の使い手だったとはなぁ……!」

 

そう言って、その凶相をさらに歪める。

 

「ならば! 試させて貰うぞ! 研無刀の使い手、その実力をなあっ!!」

 

斬は焦っていた。

これまでの人生で、これ以上は無かったと言う程に追い詰められていた。

 

(木下君は強い……殴られたお腹がジンジン痛む……突然決闘だなんて、そんなの聞いてないよ……)

 

本心では、さっさと降参して何処かへ逃げたい気持ちで一杯だ。

でも。

 

(後ろでは、月島さんが戦ってる。それも、あの牛尾君と……!)

 

だと言うのに、武士(おとこ)である自分が、眼の前の『敵』から逃げて良いのか。

それが、本当の武士(おとこ)の姿だろうか?

 

ガチッと歯を食いしばる。

 

「…………うわああああああああああああっ!!!」

 

裂帛の気合と共に、悠然と構える木下に斬り掛かる。

 

武士(おとこ)、らしくっ!!」

 

「ぬんっ!!」

 

ガァンっ、と、木下の差し出した刃と研無刀の刃が交差し、激しい火花が散る。

 

「くぅ……!」

 

「ぐっ!?」

 

斬の思わぬ怪力に、木下が苦悶の声を漏らす。

 

「チイっ!」

 

「うわっ!?」

 

くんっ、と木下が力を抜き、斬の剛剣を受け流す。

堪らず身体を泳がせた斬の顔面目掛けて、木下の左拳が突き刺さる。

 

「ぬん!!!」

 

「ガッ」

 

再び弾き飛ばされた斬が地面を転がり、二人の間合いが開く。

木下は、追撃する事もせずその場に立ち尽くし、僅かに焦りの色を浮かべて自分の右腕を見詰める。

小柄な斬の予想外な怪力に、痺れた腕を確かめる様に二三度振るった。

 

「フッ……成る程、確かに見事な怪力だ」

 

それでも、木下は依然無傷。

対する斬は、重い打撃を二発も貰って、地面に転がり鼻血を零している。

 

「だが大した事は無いな。太刀筋から見るに、君はまったく研無刀を使い熟せていない。見たままのバカなド素人が、この俺様の敵にはなりえねぇ……!」

 

そう言い放ち、蹲る斬を見下ろして高笑いする。

 

「クヒヒヒヒヒ………ハーッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

「………………!」

 

斬は、冷たい地面に膝を突き、蹲ったまま自分の情けなさを呪っていた。

木下に良いように扱き下ろされて、何もできずに鼻血を流し、ガンガンと揺れる頭と痛む腹を抱えて何も言い返せずにいる自分が、惨めで仕方が無かった。

初めて出来た友達に、訳が分からないままにこの場を任されて、今こうして敗北寸前にまで追い込まれている。

 

(痛いよ……もう嫌だ…………)

 

「…………さて、無駄な時間を喰っちまったが、仕舞だな。そろそろ俺様がいかねぇと月島君が斬られちまう」

 

そう独りごちて、木下が刀を振り上げる。

 

(そうだ……あっちでは月島さんがまだ…………!)

 

斬の胸に、ドクンと、小さな火が灯る。

その瞬間だった。

カーンという甲高い金属音と共に、「きゃあぁあぁっ!!」という叫び声が響く。

 

ハッとして振り返ると、正に月島さんの手から弾き飛ばされた刀が、クルクルと弧を描いて宙を舞い、地面に突き刺さった所が見えた。

 

「あぁぁ……!」

 

「ククククク……終わりだな」

 

牛尾の大きな背中越しに、ヘナヘナとへたり込んだ月島さんの、涙の滲んだ顔が見えた。

斬の中で、何かが大きく脈動し、胸の炎が燃え上がる。

 

「チッ、手古摺り過ぎたか……! じゃあな、村山君、さっさと死ん――」

 

焦る木下が、振り返り様に斬の首目掛けて振り下ろしたその刀目掛けて、研無刀の刃が凄まじい勢いで叩き付けられた。

 

「!? どっ、どうなって……!?」

 

俯いたまま、立て膝を突いて逆袈裟に振り上げられた研無刀が、振り下ろされた木下の刀にピシリとめり込む。

 

「――馬鹿な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキィンッ! というけたたましい音に、今正に月島さんに止めを刺そうとしていた牛尾が思わずと言った風に肩越しに振り返る。

 

「!?」

 

チラと目をやれば、木下は刀身が半ばから折れた刀の柄を握り、胸から肩に掛けて一閃された様に制服を引き裂かれ、立ち尽くしている。

対する斬は、居合抜きを放ったような体勢で立て膝を突き、綺麗な残心の形を取っていた。

 

トス、と、宙を舞っていた刀身が地面に刺さると同時に、ドサっと木下が仰向けに倒れた。

(あらわ)になった胸部には、痛々しく赤黒いアザが刻まれている。

……あれは胸骨、肋骨、鎖骨まで折れてるな。

 

成る程、もう一人の『斬』。

初めてこの目で見たが、凄まじいな……。

 

ピクリ、と、何も握っていない右手が疼く。

 

「ヤロゥ……刀を砕きやがったのか……!?」

 

牛尾は、決着寸前だと言うのに、纏う気配の変わった斬に釘付けだ。

 

徐ろに、斬がすっくと立ち上がる。

ブラリと無造作な右腕に持った研無刀が、その直刃(すぐは)にヌラりと月光を反射する。

こちらに背を向けた斬の、その表情は窺えない。

ただその纏う気配だけが、先程までの斬とは全く違っていた。

 

これはそう、立ち合いに挑む前の我が師匠のような――。

 

ふらり、と斬の身体がブレる。

それを見た瞬間、俺はその場を飛び出していた。

 

「っ!? またかよっ!?」

 

牛尾が何事かを呻いた。

ガァンっ!!! という、刀と打ち合ったとは到底思えない様な音がこだまする。

大錫杖と研無刀が、互いをへし折ろうと鍔迫り合う。

木下の時の焼き増しの様な絵面だが、今度の剣圧は段違いだ。

錫杖を支える左腕がギシギシと軋む。

 

もう一人の『斬』のヤツめ、躊躇い無く横槍を入れやがった。

この状況、決して予想しないでは無かったが、実際に向かい合ってみるとお前武士(おとこ)らしさは何処へやったと言いたくなる。

 

ともかく、無法の怪力相手に鍔迫り合いは分が悪いと、刀身を絡める様に石突きで突き掛かると、『斬』は素早くその場を飛び退いて、研無刀を正眼に構えこちらを睨んだ。

 

「む、村山君……?」

 

月島さんが、思わずと言った風に呟く。

君は真剣勝負の最中だと言うのに何時までへたり込んでるんだ、シャンとしてくれ。

 

しかしこの状況。

原作に首を突っ込んでまだ初日だが、まさか俺が一番最初に戦う相手が斬……それも、もう一人の『斬』だったとは、分からないものである。

……たしかこの状態でも意識はあるんだったか?

 

「……なあ斬よ。俺が頼んだのは木下の足留め、それだけだよ? 真剣勝負に横槍を入れるとは、どういった了見だい?」

 

油断なく『斬』の全身を睨みながら、そう問い掛ける。

 

「…………」

 

無言で腕を引き、腰を落とす『斬』。

双眸に冷たい光を湛え、無言で俺を睨み返す。

……口が利けないのか、身体のコントロールを失っているのか。

 

「だんまりか」

 

喋れないなら仕方無い。

大方、月島さんのピンチと自分の命の危機が重なって、内なる自分が目覚めたのだろう。

どうあっても邪魔をすると言うのならば是非も無い。

 

「……宜しい」

 

この世界が『(ZAN)』の世界と知ったその時。

主人公たる『(ざん)』と一度戦ってみたいと思った事も、また事実だ。

 

「殺す気で来い」

 

弓を引き絞るように身体を捻り、ドンと勢い良く踏み込んでくる『斬』。

 

横薙ぎにされた研無刀を、錫杖の腹で滑らせる様に受け流す。

 

ガァン、ガィン、カァンッ、と、矢継ぎ早に繰り出される連撃を、一歩も下がらずに受け流す事数合。

凄まじい剣速と足運びに、土煙が巻き上がり笠が吹き飛ぶ。

正中線に繰り出された『斬』の渾身の突きを柄の間心で受け、一瞬の硬直が生まれた。

 

ふう、と息を漏らす。

 

「す、凄い……」

 

月島さんの呆けた様な呟きが聞こえる。

牛尾は言葉も無く硬直して、額に汗を滲ませている。

 

「どうしたね、斬。太刀筋こそ鋭いが、まるで身が入っていないぞ?」

 

そう言いながら、切っ先を弾いて錫杖を振るい、『斬』を数歩飛び退かせる。

数合打ち合って分かった。

『斬』の剣は重く鋭いが、間合いも狙いも大雑把で、洗練されていない。

和尚に鍛え抜かれた俺ならば、十分に捌き切れる。

何よりも、本気の和尚に感じる様な『怖さ』が無いのだ。

 

だから――。

 

錫杖の頭を、スッと下げる。

それを好機とみた『斬』が、再び上段に突きを放って来た。

 

「剣に振り回されているから――」

 

()()は無いと誘いに乗った『斬』の突き。

その(きっさき)を錫杖先端の大環で捉え、地面に勢い良く突き刺した。

 

「!」

 

研無刀の鋒が地面に突き刺さり、能面の様だった『斬』の顔が驚愕で僅かに歪む。

 

「こうして不覚を取る」

 

一瞬で得物を手放し、音も無く『斬』の背後に回って、首筋に手刀を落とす。

スッ、と身体から力が抜けた斬は、膝から崩れ落ち、ドサリとうつ伏せに倒れた。

 

「……精進しろよ、斬」

 

聞こえているかは分からないが、最後にそう言葉を掛け、乱れた袈裟の裾を払う。

久しぶりに、肌の粟立つような良い勝負だった。

流石に物語スタート時点の無強化主人公にあっさり負けてやる訳にはいかない。

こっちは十ウン年も鬼のように怖い師匠にシゴかれ続けてきたのだ。

 

そんなホクホク気分で飛ばされた笠を拾い上げ、パッパと埃を払って被り直すと、放ったらかしになっていた月島さんと牛尾の方に向き直る。

 

「……さて、邪魔者も静かになった事だし、続きをヤルといい」

 

そう言って笑い掛ける。

 

一瞬の後、

 

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 

と、へたり込んだままの月島さんが絶望の声を上げた。

……うん、俺もちょっとどうかとは思った。

 

「…………チッ」

 

徐ろに、牛尾が刀を鞘に収める。

 

「どうしたね、牛尾」

 

()めだ。下らねェ」

 

そう言って、ザッと振り返り、俺に背を向ける。

 

「あんな女なんぞ斬った所で、自慢にもなりゃしねェ」

 

そう言って、不機嫌さを隠そうともせずドスドスと歩き出しながら、振り返らずに付け加えた。

 

「次はテメェを斬ってやる、クソ坊主」

 

それだけを吐き捨てて、牛尾は暗がりへ消えて行った。

ずっと気配を消していた赤井とか言う腰巾着も一緒に、「まってけろ〜、牛尾さぁ〜ん!」と駆けて行く。

野郎のツンデレなんぞお呼びじゃないんだがなぁと思っていると、近くでトサリと何かが倒れる音がする。

 

そちらを見てみれば、緊張の糸が切れたらしい月島さんが、仰向けに倒れて気絶していた。

……真剣勝負はこれにてお開き。

結果は限りなく月島さんの敗北に近い、無効試合だ。

 

ふと、視線を感じて振り返る。

 

「……もう、立つ事すらままならない……」

 

木下が、ガクガクと膝を揺らしながら刀を杖代わりに二本の足で立ち上がって、荒い息をしている。

……あっ、ここかぁ! あの名台詞!

 

若干の感動を覚えつつ木下を見ていると、揺れる視線で斬と、俺を見詰めて呟く。

 

「……並の手練れじゃねぇ…………斬のヤツも……それを刀も抜かずに倒しやがったお前も…………お前等ならば、或いは…………」

 

何処か、光の戻った瞳でそこまで言って、

 

ドサリ。

 

と、力尽きたように再び崩れ落ちた。

 

………………?

 

こんな思わせぶりな台詞、原作にあっただろうか……?

 

そう疑念を滲ませつつ、倒れ込んで寝息を立てる三人を順繰りに眺めて、はたと気付く。

……これ、俺がなんとかしなきゃいけないのか?

 

眼前に横たわった重労働の気配に、ハァと溜め息を吐く。

取り敢えず、怪我した月島さんの手当から始めるか……。

そう考えながら、空を見上げる。

 

静謐な光をたたえた三日月が、労るようにゆらゆらと輝いていた。

 

 

あなたはジャンプ作品『斬』を……

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