霧雨 魔理沙は博麗 霊夢に勝ちたかった。
その感情は昔……魔理沙が霊夢と出会った時から変わっていないはずで、魔理沙自身、それ以上の感情であるとも思っていない。
……だけれど、『才能』と『努力』は、全く別物で。
魔理沙がどれだけ『努力』しても、魔理沙がどれほど手を伸ばしてもーー『才能』には。霊夢には、手が届かなかった。
「今日は勝つぜ!」
「はは、負けちまったか」
「今日こそは勝つっ」
「……くそー、負けちまった」
「覚悟しろよ、霊夢っ」
「…………畜生。負けた」
「……勝負だ、霊夢」
「………………また、負けた」
畜生。悔しさを感じた。
次こそは。毎日のように霊夢に勝負を挑んだ。
再び敗北。霊夢に勝ちたいと、また強く、願うようになった。
気付かぬ内に、魔理沙の中では、霊夢が全てになっていて。
全てが終わった今、魔理沙は霊夢を見つめながら、こう思う。
『霊夢。霊夢霊夢霊夢霊夢、れいむ』
◆◆◆
霧雨 魔理沙が青年の存在を知ったのは、一ヶ月程前の事だ。特に何の運命があった訳でもなく、ただの偶然で、青年と魔理沙は出会った。
「……あの、代金は払って下さい」
団子屋で働いていた青年は、さりげなく食い逃げをしようとした魔理沙を引き留めた。魔理沙は途端に不機嫌になり、舌打ちをする。
「じゃあ、ツケにしといてくれ。いつか払う」
「駄目です。今払って下さい」
「…………」
どうやら逃げられそうにない。
魔理沙は仕方なく代金を取り出し、青年に押し付けた。
「これでいいだろ? さっさと帰らせてくれ」
「さっさと帰りたいなら早く代金を払えばいいでしょう」
睨み合う二人。今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だったが、他の客が会計を求めた為、青年はそちらへ向かう。なんだよあいつ、と悪態を吐きながら、魔理沙は団子屋を出て行った。
後日、魔理沙がいつものように博麗神社へ向かうと、そこには青年の姿があった。魔理沙は驚きの声を上げ、青年も魔理沙に気付くと、同様に声を上げる。
「……知り合いだったの?」
霊夢が不機嫌そうに青年に問う。青年は知り合いっていうかなんていうか……、と言葉を濁す。それに蹴りを一発入れてから、霊夢は魔理沙に同じ質問をした。
「あぁ、いや、そいつの言う通り、知り合いなんてレベルじゃない。ただ単に、そいつが団子屋でバイトしててな。私が食い逃げしようとしたら、こいつ引き留めやがったんだ」
「そりゃそうだろ!? こちとら仕事してんだから、食い逃げなんてされてたまるかっ!」
青年は声を荒げ、魔理沙に向けて叫ぶ。
「別にいいだろ? なぁ霊夢。お前もいつも言ってたじゃないか、食い逃げされる方が悪いって」
……その一言が。
その質問が、悲劇を起こしてしまったのかもしれない。
……いや、どの道、その時が早いか遅いかの違いしかないか。
「……いいえ、私はこいつの言う事に賛成するわ」
「……は?」
なんで、どうして。
魔理沙の中で、そんな考えだけが、渦巻く。
「な、何言ってんだよ霊夢。お前、本当に、いつも……」
「……何言ってるのかしら。食い逃げなんて駄目に決まってんでしょ。こいつの言ってる事が正論だわ」
そうよね、と青年に聞く霊夢。青年はうんうん、と頷いた。
「……おい。お前、霊夢に何した?」
魔理沙は、霊夢が変わってしまった気がした。誰にも囚われない、何にも囚われない、自由に空を舞っていた霊夢が、青年という『屑』に、変えられてしまった……と思って、小さく呟く。流石に小さすぎたようで、青年は聞き取ることが出来ず、一度聞き返した。
その態度にも、憎しみが沸いてきて、魔理沙は行動に移した。
「だから……霊夢に何したかって、聞いてんだろぉぉぉぉっ!?」
「うわっ!?」
魔理沙は絶叫し、青年の上に馬乗りになって、腕を振り被る。その腕を振り降ろそうと、魔理沙は力を込めるが……霊夢がそれを掴み、蹴りを入れて青年から引き離す。魔理沙は境内を転がった。
「くぁ……何すんだよ霊夢! 私はお前を助ける為に……!」
「はぁ!? 私を助けるとか、馬鹿言ってんじゃないわよっ。こいつにいきなり襲いかかったってだけで、私にはあんたを殺す理由があんの、分かって言ってるんでしょうねぇ!?」
叫ぶ魔理沙に対し、霊夢はそれより大きく叫んで威圧する。魔理沙はそれに怯み、畜生っ! と悪態を吐きながら箒に乗って森の方に飛んでいく。
一瞬それを追おうとした霊夢だったが、青年を放っておく訳にはいかない。魔理沙への怒りを抑え、霊夢は青年に手を差し伸べた。
「畜生、畜生、畜生畜生畜生! あいつ、一体霊夢に何をしやがったっ!?」
自宅に帰ってきた魔理沙は、強く頭を掻き毟りながら呟き続ける。
実際のところ、青年は霊夢に何かしていた訳ではない。友人関係にあったことはあったが、それこそフラグを建てるような行動もしていない。霊夢が青年に、歪んだ恋心を抱いていただけだ。
……だけれど、霧雨 魔理沙の中で、博麗 霊夢は『絶対』。悪になり得ない存在である。霊夢を微塵も疑う事はなく、魔理沙の中に生まれた憎しみは、全て青年に向かう。
「畜生! あの野郎、霊夢に手を出しやがってっ! 許さない許さない許さない許さないゆるさないユルさないユルサナイ……!」
その憎しみは増え続ける。増え続け、大きくなり続け……。
そして、殺意に変わる。
「コロス……!」
そこからの行動は、驚く程に早かった。
魔理沙は青年が殺された、とだけ記された紙を、博麗神社の賽銭箱に置いた。賽銭を毎日チェックする霊夢は、必ずこれに気付く。この紙を見た瞬間、霊夢は小さく悲鳴を上げ、何かを呟きながら青年を捜した。
「あいつは死んでないあいつは死んでないあいつは死んでないあいつは死んでないあいつは死んでないあいつは死んでないあいつは死んでない」
自分に言い聞かせるように、自我を保つように呟き続ける霊夢。
その呟きは合っていて、まだ青年は生きていた。
「ーーっ!!」
青年を見つけた霊夢は、嬉しくて、途端に今まで浮かべた事もないような笑みを浮かべた。
嬉しくて、嬉しすぎて。
自分だけの彼が死んでいなくて、安堵して。
危なっかしいから、危険のない場所に閉じ込めようと思った。
「……がっ!?」
「私が守ってあげるからね」
こうして、霊夢は青年を小屋に閉じ込めた。……そして、今、青年が逃げない為の対策を。
青年が逃げないように、自分の元から消えないように、殺してしまおうと考えていた。
「これからは、ずぅっと、一緒よ」
青年の恐怖にひきつる顔を愛しく感じながら、霊夢はパスウェイジョンニードルを振り降ろし、青年の胸に突き刺した。
はずだった。
空振り。
青年は消えていた。
忽然と、まるで最初からそこに居なかったかのように。……確かに存在していたはずなのに。
僅かに塵と、巨大なレーザーが抉ったような跡だけを、残して。
「どこ、行ったの? ねぇ、どこ?」
膝を付き、青年が居たはずの場所を見つめ、霊夢は呟いた。返事はこない。そこにあるのは、何度見ても、何度目を擦っても変わることはなく、塵と、抉ったような跡ーー『マスタースパーク』の跡のみ。
「……霊夢。助けに来たぜ」
「どこ、どこ? ねぇ、どこ行ったのよ。返事して。これからはずぅっと一緒って、約束したじゃない。私と、貴方だけの世界が始まるんだから。出てきてよ、隠れてないで、出てきて……ねぇ?」
「まだ『術』がかかってるのか。……私がすぐに解いてやるからな。待ってろよ、霊夢」
魔理沙は、青年が霊夢に『洗脳術』をかけているのでは、と考察した。全く、的外れもいいところだが……それでも魔理沙は、それが真実だと信じて疑わない。
「それまで、私が世話してやるからな」
「……あ、出てきてくれたの……?」
魔理沙は、青年を求める霊夢を、そっと抱きしめた。優しく、暖かい抱擁は、霊夢の心を癒していく……。
ことはなかった。
「……ご、ふっ。え、れい、む。なん、で……?」
「違うわ。あんたじゃない。あんたはあいつじゃない。目障りよ」
何が起こったかは、とても簡単だった。
『霊夢が魔理沙を刺した』というだけの事。
「……ごめ、ん。れいむ。わたし、おま、えを。すくって、やれなかったよ……」
……でも、あいつは殺せたから、いいよな。
なぁ、霊夢。霊夢霊夢霊夢霊夢、れいむ。
じゃーな。
「消えて。『夢想封印』」
前話との繋がりを持たせてみました。矛盾出来てないか心配です。