「こんばんは」
「……うわっ、な、吸血鬼んとこのメイドさんッ!?」
日が沈み始める時間帯、店を閉めて夕食でも作ろうか……と考えていた時の突然の襲来。
い、いったい、何が目的なのだろう。まさか吸血鬼からの命令で、家の売り物の野菜を根こそぎ奪いに来たとでも言うのだろうか――そんな考えが脳裏を過った途端、背筋が寒くなってきた。
男が女に抱く感情か、と言う者も居るかもしれないが……そんなことを言う者は彼女の恐ろしさを知らないのだ。
十六夜 咲夜、紅魔館のメイド長。俺が営んでいる八百屋の常連。
今まで幾つもの異変解決に貢献してきた、幻想郷に住まう人間の中では三本の指に入りかねない実力の持ち主。
その身には常に大量のナイフを身につけており、ターゲットにされたが最後、彼女から逃れられる者は誰も居ないという――そんな噂が付きまとう彼女を前に、恐怖しない方が可笑しいだろう?
「……あ、あの、いったい、どんなご用件でしょうか?」
挨拶してからずっと笑顔で俺を見つめていた彼女は、俺のそんな質問を聞くや否や、表情に暗い陰を落とし、目元に涙を浮かべて泣き始めた。予想だにしない出来事に焦る俺は「ど、どうしたんですかっ!?」と微妙にキョドりながら、彼女の顔を覗きこむ。
「……うぅ。じ、実は、その、紅魔館を、クビになってしまいまして……」
「えぇっ! あの、噂では『完璧』とまで言われている貴女が、クビに!?」
「はい……色々ありまして、あはは……」
泣きながらも、強がるように笑ってみせる彼女――十六夜さん。その姿は、見ていてとても痛々しい。先程まで彼女のことを恐れるべき対象としていた俺が言っていいことではないし、やっていいことでもないが、本能的に抱きしめて安心させてあげたくなる。やったら刺されそうだが。
……それにしても……。
「いったいどうしてそんなことに。貴女程の人なら、それほどの失敗なんてそうそうしないでしょう?」
「そんなこと……私だって、失敗だってします。……現に今、こうやって、クビにされてしまっているのですから」
「あ……、えと、すみません」
「……いえ」
ここで何て言っていいのか分からなくなり、会話が途切れた。暫くの間、辺りは静寂に包まれる。
俺と十六夜さんが互いに互いを見つめあう、なんて有り得るハズのなかった状況が数十秒続いたところで急に恥ずかしくなり、パッと目を反らして、
「と、ところで、どうして、俺の家に来たんですか……?」
最初から疑問に思っていたことを聞くと、十六夜さんは、間を置かず、
「はいっ! 実は、貴女に私を雇ってもらおうと思いまして!!」
と、先程の悲壮感を全て吹き飛ばす位に眩い笑顔で、俺にそう言った。
成る程。クビになった、ということは、職がないということ――要するに無職だ。このまま何もせずにいくと、道の草を食べて暮らす……なんて、裕福に育った俺では想像することすら出来ない辛い生活が待っている。そんな生活は嫌だと思った十六夜さんは、今こうやって、俺に雇ってもらうよう頼みに来たのだろう。
そうかそうか――えぇ?
「……なんで俺?」
「あ、それは、その……」
俺の問いに、十六夜さんは顔を赤らめながら目を反らし、もじもじと身体をくねらせる。ドキッとした。
「……そ、その! 雇って、もらえますか……?」
顔を赤らめながらの上目遣いは反則だなぁ、と改めて思った。
「も、モチロン!!」
確か、始まりはこんな感じ。
その時は夢の生活が始まったぞー、なんて思っていたけれど、今、しっかり考えてみると、あの時始まっていたのは、俺が日々妄想していた夢の生活ではなく、十六夜 咲夜という少女の、歪みに歪みきった策略だったのだろう――まぁでも、今更そんなこと考えたってしょうがないし、どうでもいいや。
俺は彼女が居れば、それ以外どーだっていいのだから。
◆◆◆
「ご主人様、こちらはここで宜しいのでしたよね!」
「ご主人様、お疲れ様です! お飲み物、お持ちいたしました」
「今日もお疲れ様でした。夕食、出来ていますよ、ご主人様っ!」
咲夜さんが来てから、生活が一変した。
まず農業に関して。一応、俺は鈴奈庵などで外の世界での農業を調べたりしていたので、そっち方面の知識に関してはかなり自信があったのだが、咲夜さんのそれは俺の知識を完全に凌駕していた。彼女のお陰で野菜が一段と美味しくなり、咲夜さんが売り子をしてくれたこともあってか一気にお客さんが増えた。それに伴い、経済的なところも余裕が生まれ、大分贅沢が出来るようになった。
続いて生活面。これまでは俺の一人暮らしだったため、必然的に自分で料理を作らなければならないのだが、悲しきかな、俺は料理がかなり苦手で、何年やってもちっとも上達しない。最初の方は上手くなりたいな、とか思っていたのだが、最近は何だかどうでもよくなり、半ば諦めかけていたのだが……咲夜さんの登場により、光明が差し込んだ。
彼女は流石元紅魔館のメイド長というだけあり、料理はとても得意で、更には教えるのも上手だった。数年続けても上手くならなかった俺が、たったの数週間で真面目に「旨い」と思える料理を作れるようになったのだから、恐らく間違いはない。
そう思い先日、「それだけ教えるのが上手だったら俺のとこに来るより料理教室を開けばよかったんじゃないの?」と言ってみると、
「意地悪ですね」
苦笑しながら言われた。
と、ここらで察しが付いた奴も居るかもしれない。
そう、咲夜さんが来たことで起きた、一番大きい物かもしれない変化とは、俺に彼女が出来たという点である――モチロン、その彼女とは十六夜 咲夜さんのことだ。
たった数週間でそんな関係になれたことに俺自身驚いていたが、咲夜さん曰く『そういう運命だったんですよ』とのこと。よくある恋愛小説みたいな発言だなぁ、なんて思いながらも、そうだったらいいな、とも思う俺が居た。今、幸せだからこそ、そんな風に思えるのだろう。
「ご主人様」
「ん? 何かな、咲夜さん」
返事をすると、咲夜さんはふわりと、俺に抱きついてきた。一緒に暮らすことになる前は知らなかったけれど、どうも咲夜さんは、意外と甘えん坊なところがあるらしい。
頭を撫でてあげると、咲夜さんは猫みたいな声を出し、少し強めに抱きしめてあげると、向こうも負けじと抱きしめてくる。そんな咲夜さんが愛おしくて堪らない。
「咲夜さん」
「ん……はい、何でしょうか?」
「いや、これからも、ずっとこんな風に暮らしていけるといいね、って」
「! ……はい!」
俺がそう言うと、咲夜さんは更に幸せそうな表情を浮かべ、そう言った。
彼女も、俺と同じことを考えてくれていたようで、嬉しかった。けれど、その願いの叶い方は、正確な方向性ではない、斜め上な叶い方だった。
「ご主人様、今日はしっかりお休みください。本日は、私が全ての仕事をこなしますので」
始まりが同棲生活の開始なら、きっと終わりの始まりはここだろう。
その日、俺はちょっとした風邪をひいてしまい、数日間の休業を余儀なくされた。この時は確か、咲夜さんの俺を気遣う言葉が嬉しくて、お言葉に甘えたんだったか――当然ながら、その時の俺はその選択が間違いだとは思っていないし、現在の俺も、あの選択が間違いだったとは思っていない。
だって、今俺は幸せだから。
数日後、風邪もすっかり治った俺は咲夜さんにそれまでの看病のお礼をし、仕事に復帰するつもりだった――のだが、その辺りの話を咲夜さんにすると、
「病気が再発するかもしれません! まだお休みください」
「え、あ……先生も大丈夫だって言ってたけど」
「先生だって間違うことだってありますから……」
「う、うん……」
と、言いくるめられた。
心配し過ぎでは、と思ったが、咲夜さんの気持ちが嬉しかったから、その日は休んだ――けれど。
その次の日も。
そのまた次の日も。
俺は咲夜さんに言いくるめられ続け、仕事を休み続けた。
「まだ危険ですっ」
「まだまだ危険ですッ」
「ご主人様に何かあったら、私……」
「ご主人様、今日は私、とてもやる気が沸いておりまして! 仕事の方は、全部私一人で済ましてみせますよ!」
流石にそんなに休む訳にもいかず、数日おきに仕事をしていたが、少しずつ、仕事をする回数も少なくなり――そして、咲夜さんとの同棲生活が始まってから数年。俺は、家から出ることが無くなっていた。
やることなんて、咲夜さんに起こされて、咲夜さんの作ったご飯食べて、仕事を頑張った咲夜さんを褒めて、咲夜さんと一緒に風呂入って、咲夜さんとヤって、寝て、それの繰り返しである。
とまぁ、そんな生活だけど、別にいいかなーと思ってる――だって俺の隣には咲夜さんが居るのだから。
今まで色々あったけど、別にもう、咲夜さんだけでいーよ。
「ね、咲夜さん」
「何ですか、ご主人様」
「大好き、愛してる」
「私も、大好きです」
書き終わって、読み直してから思ったこと。
「これやんでれじゃなくね?」
間が空きすぎて、どうやら書き方を忘れているようです。
一応、共依存的なモノを目指したんですけどね。おっかしーな。