ヒシミラクルが筋トレのためにトレーニングルームに来ると、アグネスタキオンが鉄球を前に頭を捻っていた。
「おっかしいねぇ〜。何度計算してもジェンティル君の握力が100万トンを超えてしまう……」
「タキオンちゃんが計算で困ってるなんて珍しいね。どうしたの?」
「ミラクル君か……いや何、まずはこの記事を見てくれたまえ」
アグネスタキオンは一冊の雑誌、月刊ティンクルのページを開く。そこには乙名代記者による『煌めく個性!新たな時代が幕を開ける』という記事が書かれていた。
「この記事によればジェンティル君はこの直径15cmほどの鉄球をおよそ2cm台にまで圧縮してみせたと書いてある。写真もあるし嘘ではないはずなんだが」
「うわホントに。こんなことある?」
ウマ娘のパワーは人間をはるかに超えるといっても当然限度はある。少なくともヒシミラクルには鉄球を握って縮めるなんて芸当は不可能だ。
「試しにどれくらいの力が必要なのか計算したところ地球の内圧レベルになってしまったんだなこれが」
「へぇ~……それってすごいの?」
「もし一個人にそんな力が使えたら『物理学』は終わってしまうねぇ……」
呆れたようにアグネスタキオンは言うが、数学や理科は苦手なヒシミラクルにはピンとこない。
「何か見落としがあるのか、それともウマ娘が持つ不思議な力の一端なのか。ぜひジェンティル君本人に話を聞いてみたいものだよ」
「あら……タキオンさん、私になにかご用かしら?」
噂をすればなんとやら。超パワーウマ娘、ジェンティルドンナ本人がトレーニングルームに入って来た。
「これは丁度よい。なに、君の身体能力に興味が湧いてね! もしよければだが、トレーニングを観察させてもらっても構わないかい?」
「よろしくてよ? 見られて困るものでもなし……ただ、やわな測定機だと機械のほうが耐えられないかもしれませんけれど」
「わーすっごい自信………そういえば、キックマシンを壊しちゃったことがあるとかも聞いたような」
「ええ。たづなさんにも注意されたので以後トレセンの備品は丁寧に扱う努力はするけれど……タキオンさんの個人的な道具にまで、遠慮する必要もないでしょう?」
余裕たっぷりに、暗に壊しても知らないと宣言するジェンティルドンナ。しかしアグネスタキオンも自信有りげな笑みを浮かべ、懐から変わった片眼鏡を取り出した。
「心配無用さ、何故なら今の私にはシャカール君やトランセンド君と共同開発したこの最新測定機があるからね! なんとメガネのようにかけるだけで相手の身体能力が測定できるすぐれものだとも!」
「ドラゴンボールのスカウターみたいなやつ出てきた!」
「さあミラクル君、試しにまずこの鉄球を思い切り握ってみてくれたまえ!」
「えっ、私? それじゃあええと……ふんぬらばっ……!」
言われるがまま鉄球に力を込めるヒシミラクル。当然、鉄球はひしゃげたり圧縮されるようなことはなく原型をそのまま留めている。
「ふぅん43000バリキ……といったところか」
「そ、それってどれくらいなの?」
「ウマ娘が坂路を登るときに地面を蹴る力がおよそ10万バリキと言われているね。さあお待ちかね、ジェンティル君。君の力を見せてくれたまえ!!」
「はぁ……たかが鉄球一つでずいぶんな盛り上がりですこと」
言いながら、ジェンティルドンナはタキオンが用意した鉄球を手にとって。
まるで女の子がお手玉で遊ぶように、手のひらでポンポンと弄ぶ。
「じゅっ……12万!? いや20万……30万……バカな!? まだ上がるだと!?」
「で、鉄球がどんどん小さくなってく……」
「計測不能……深刻なエラー……わっー!? 私の装置が!」
「あら、結局壊れてしまいましたのね」
タキオンの計測装置は不自然な煙を吹いて破裂してしまった。鉄球も、丸薬に見紛うほど小さく縮んでいる。
「せっかくなのでお伝えしておくとヴィルシーナさんと握力比べをした時の私のバリキは530000でしたわ」
「わ、わたしの10倍以上……!?」
「これは……想像以上だよ。ウマ娘の中でもここまでのパワーは見たことがない!」
「当然ですわ。全てを屈服させる圧倒的パワー……それが私の持つ女王としての力ですもの」
「はえ〜そりゃオルフェさんが吹っ飛んじゃうわけだよ」
この前、ジェンティルドンナの投げたボールがオルフェーヴルを直撃し、ヒシミラクルがタンカで保健室に運んだあの事件のことである。
「ああ……悲しい事故でしたわね。まさか私もオルフェさんが避けないとは思いませんでしたから」
全くどうでもよさそうにヒラヒラと手を振りながら口にするジェンティルドンナ。
しかしここで1人のウマ娘がこちらにやってきた。
「あっ、みーけっ♪ カレン、少しだけジェンティルさんにおはなししたいことがあるんですけどいいですか?」
惚れ惚れするような満面の笑み、完璧に整えられた白い髪のウマ娘、カレンチャンはジェンティルドンナをまっすぐ見つめて言う。
しかし、ジェンティルドンナは余裕を保ちつつも警戒の眼差しをカレンチャンに向けた。
「……私はあなたに『おはなし』される用はないつもりですけれど? オルフェさんと違って」
「そう、そのオルフェのことでおはなしにきたの。ボール……ジェンティルさんがぶつけちゃったんだよね? オルフェにごめんなさい、しました?」
ズンッ、と。その場の雰囲気が一気に重くなった気がした。ヒシミラクルとアグネスタキオンは二人で顔を見合わせる。
「いいえ? 私はただヴィルシーナさんとドッジボールをしていただけですもの……避けるよう注意されたにも関わらず、グラウンドで呑気にカードゲームをしていたオルフェさんに非があるのではなくて?」
「カレンもヴィルシーナさんに聞いてみましたけど……一対一のドッジボールの途中でわざとオルフェを狙ったように見えたって聞きましたよ? そういうの、良くないと思います!」
手で✕印を作って見せるカレンチャン。反論を潰されたジェンティルドンナは少しバツが悪そうにしたが、すっと右の握り拳を差し出した。
「……やはり、話しあいでは分が悪そうですわね。しかし私達はウマ娘、まだるっこしい話し合いなどせずとも━━謝罪をするかどうか、腕力で決めませんこと?」
(ジャンケンとかではなく?)
「それとも……おかわいいカレンさんには私と腕相撲なんて怖くてできないかしら。せっかくの綺麗なお手を怪我でもしたらウマスタ更新に支障が出てしまいますものね?」
強引に自分の得意分野に持ち込みつつ、カレンチャンのおはなしを封じにかかるジェンティルドンナ。
「……いいですよ? 腕相撲して、もしカレンが勝ったら……ちゃんと、オルフェに直接謝ってくださいね?」
「ええっ、カレンちゃん大丈夫!? ジェンティルさん、鉄球を握りつぶせるくらい力が強いんだよ!?」
「もちろん、フルパワーで握りしめることはしませんのでご心配なく……」
適当な台の上に手をおいて、カレンチャンを待ち構えるジェンティルドンナ。
向き合って手を握ると既に体格からして圧巻の差があるが。この時ジェンティルドンナの方に少なからず油断があったことは間違いない。
「いつでもどうぞ、かかっていらして?」
「約束、守ってくださいね? …えいっ♪」
掛け声すらもカワイく、カレンチャンがジェンティルの腕に力を込めるがジェンティルの仮にも女学生とは思えぬ巨腕はびくともしない。
「えっ、ちょっ……何事ですの!?」
しかし、ふわぁと。ジェンティルドンナの体そのものが無重力になったように浮き上がるとは誰が予想しただろうか。
「ジ、ジェンティルさんの体が……!?」
「こ、これはいったいぜんたい……?」
「はいっ、隙ありっ♪」
ヒシミラクルとアグネスタキオンも狐につままれたように浮かび上がるジェンティルドンナを見る。どんなに力が強くても、地に足がつかなければ力の込めようもない。
「あ、あり得ない……こ、この私が……!」
まるで赤子の手をひねるように、カレンチャンが必死に抵抗するジェンティルドンナの手を倒してしまった。
「そうか……スカーレット君から聞いたことがある。カレン君は合気道……相手の力を利用する武術を使えると」
「それでジェンティルさんの体を浮き上がらせた……ってコト!?」
「さぁジェンティルさん。約束、守ってくれますよね?」
まさかの敗北に愕然としているジェンティルドンナに、カレンチャンがその手を握ったまま微笑む。
「……私も貴婦人、謝罪の約束は守りましょう。ですが、次は最初から本気で行きますわ。覚えておいてくださいませ……!」
「はーいっ、でも本当にこれからは気を付けてくださいね?」
ジェンティルドンナはカレンチャンの手を離し、足早にその場を去ってしまった。言葉通り、オルフェーヴルに謝りに行くのだろう。
その一部始終を見ていたヒシミラクルは、ほうとため息を付いた。
「パワー最強のジェンティルさんにすら勝てるなんて、カレンちゃんに弱点ってないのかな……」
「いいや、そんなことはないようだよ。あれを見たまえ」
アグネスタキオンがカレンチャンを指差すと、いつの間にかヴィブロスが近寄ってきていた。
「ねえねえカレンさん、今のどうやったの? 教えて教えて? なんだか護身術〜って感じですごいカッコよかった!」
「うーん、今のは特別で人に見せびらかすのはカレン的にカワイくないから……ね?」
「お願いっ! お姉ちゃんにも教えてあげたいんだ、ジェンティルさんに勝てる力の使い方……」
「おおっとぉ〜〜〜?」
ヴィブロスの強烈なおねだりに今度はカレンチャンが困り顔になってしまっていた。
「ウマ娘たるもの、どんなに強い力を持っていても後輩にねだられると弱いものさ。私もスカーレット君に頼まれると断れないしね!」