「トレーナーさ〜ん。ピザが届きましたよ。一緒に食べましょピザ」
「ああ、いい匂いがして美味しそうだな!!いただこう!!」
春から夏に移り変わる6月、ヒシミラクルとそのトレーナーは出前のピザを取り分けていた。
ピザという高カロリー食はアスリートであるミラクルにとって気軽に食べていいものではないし、ましてトレーナーはそのへんを管理しないといけない立場なのだが、無礼講と言わんばかりに気前よく食べ始める。
「ノーリーズンちゃん主役イベント、ダンツちゃんのイベントカード撮影、それにポッケちゃん主役の映画にもちょこっと出演したし、たくさん働いちゃいましたからね〜自分へのご褒美は大事ですよ」
「慣れないチャンバラに同室の子の紹介、そして銀幕デビューと大活躍だったな!」
どのイベントもヒシミラクルが主役というわけではないが、それでもしっかり仕事を果たしたのだ。トレーナーとしても息抜きは必要と判断して普段よりもリラックスさせることを優先していた。
「……トレーナーさん、少しわがままを言ってもいいですか? 私最近、慣れない仕事をしたせいか肩が凝っちゃって」
「なら俺が肩を揉もう!マッサージは大切だからな!
「即答……じゃあじゃあ、コーラ飲んでもいいですか?ピザをコーラで流し込むの、久しぶりにやってみたくて」
「そう言うと思って冷蔵庫で冷やしてある! ピザのおかわりもいいぞ!」
「ほんとですか!? やった~トレーナーさん大好き!!」
冷蔵庫に瓶のコーラが2本入っていたのでトレーナーの前に1本置いてから、ぐいっと傾ける。
「はぁあああ……怠惰で幸せの味……色々頑張ってよかった〜」
しかもその状態でトレーナーが肩を丁寧に揉んでくれるものだから、多幸感に包まれるヒシミラクル。
「でも、こんなにしてくれていいんですか? そりゃー私は頑張りましたけども、レースに関係あることじゃないですし。トレーナーさんには負担がかかるだけなんじゃ」
「ヒシミラクルのためだからな。頑張った担当を労うのもトレーナーの役目だ、それに……いや。なんでもない」
いつもハッキリ物を言うトレーナーが言葉を濁したので、ミラクルはふと顔を後ろに向けて自分の肩を揉むトレーナーを見た。目と鼻の先、という言葉そのままの至近距離だが、マイペースなミラクルは気にしない。
「気になりますね。どうしたんですか? まさか担当とか関係なしに私を支えてくれる気になりましたか?」
「その、なんだ。タキオンのトレーナーに比べればこれくらいなんてことないなと」
「タキオンちゃんがそんなにワガママを……?」
アグネスタキオンは先の話題における映画の主要人物でもある。その関係で取材や撮影協力、更には因子研修レポートの作成でとても忙しくしていると聞いた。
「俺も噂で聞いただけなんだが凄いらしい……」
「トレーナーさんにそこまで言わせるなんて、タキオンちゃん恐るべし……」
トレセンのトレーナーというのは尋常じゃないくらいウマ娘のレースに尽くしてくれるし、ミラクルのトレーナーも紛れもなくその一人だとミラクルは思っている。一体どれだけのワガママをと思ったとき、中庭の方から聞き覚えのある声が響いた。
「トレーナーく〜〜〜ん!! お腹が空いたよ、ご飯はまだかい?」
「はい、こっちがお弁当……それに砂糖をたっぷり入れた紅茶も用意してある」
ミラクルが窓から覗いてみると噂をすればなんとやら。実験機材を並べているタキオンへ、その横で控えていたトレーナーがお弁当と水筒を差し出していた。
「さすが、用意がいいじゃあないか! いいモルモットだ、私の好みというのがよくわかっているじゃないか……もぐもぐ」
(わぁ、あーんして食べさせてもらってる……)
実験データを眺めながらとはいえ、用意してもらったお弁当を食べさせてもらう様はウマ娘とトレーナーを超えて主と召使のようにも見える。
「むぐむぐ……これからも存分に励んでくれたま…………」
「どうした、タキオン?」
「いや、少し飽きたねぇ」
「えっ」
(えっ)
突然気が変わったように食事を止めるタキオン。タキオントレーナーも困惑しているようだ。
「いくら私好みの味付けといってもそればかりでは飽きると言うか……他のものはないのかい?」
「いや、今はこの弁当しかないが……」
「えーーー!! 気が利かないなぁ、何年私のトレーナーやってるんだい!」
(さっきと言ってることが違いすぎるよタキオンちゃん……)
いくらなんでもタキオントレーナーさんが怒るのではないかとヒヤヒヤしてしまうミラクル。
「はーやーくー、何か他の食べ物を持ってきてくれよ〜」
「……わかった、持って来よう!」
(いいんだ……!?)
タキオントレーナーはトレセン食堂の方に走っていってしまった。途中で尽くす喜び……とかつぶやいていたような気もする。
タキオン当人は何食わぬ顔で実験機材をあれこれ触っていたが、そこへ2人のウマ娘がやってきた。
「おいタキオン! 最近流石にトレーナーに甘えすぎだろ。 いっぺん根性叩き直してやろうか?」
「ポッケさんの言うとおりです……トレーナーは、あなたの召使ではないのですから……」
ジャングルポケットとマンハッタンカフェ。タキオンの同期にしてライバル、クラシック3冠を分けた相手であり。現在タキオン同様映画や取材、グッズ撮影などで大忙しの2人である。
どうやらタキオンのワガママぶりは知っていたらしく、お灸をすえに来たらしい。
「聞こえないな! だいたいポッケ君やカフェだって最近忙しくてトレーナーにケアをしてもらってるんじゃないかな? あまりトレーニング姿を見かけない気がするのは私の気のせいかい?」
言われたポッケとカフェの尻尾がビクッと跳ねる。どうやらかなり図星らしい。しかし、そこであっさり引きさがるような2人でもない。
「うっ……いや、だとしてもタキオンはやり過ぎだろ!」
「忙しいのは、私達のトレーナーも同じことです……こんなことをしていては、そのうち嫌われてしまいますよ……」
「あり得ないな! この程度で離れるようなら、私が無期限休止をした段階でとっくにいなくなっているさ」
シニア3年間を乗り越えたウマ娘とトレーナーの絆は固い。特にタキオンの場合一度無期限休止を発表したがトレーナーがタキオンのもとを離れることはなかったという。
「それにポッケ君やカフェが自分のトレーナーにどう過ごしているか私が知らないとでも思うのかい? なんなら今ここで2人の蜜月を公開してあげようか、ンンッ?」
「あっ、てめっ、ずりーぞタキオン!なんでテメェが昨日のパフェ巡りのこと知って……」
「その、困ります……先週、コーヒーメーカーの最新器具を買ってもらったのはトレーナーさんとの秘密なので……」
疲れているのか、自分からトレーナーとの日々を口にしてしまう2人。それを聞いたタキオンはチェシャ猫のようにニヤニヤして言った。
「ふぅん? カマを掛けてみたがやっぱり君たちもトレーナーに甘えているんじゃあないか! 私にとやかく言う筋合いはないね!」
「ウソかよ!? あったま来たぜ、こうなったらレースで白黒つけようじゃねえか! 負けたらトレーナーに甘えるの禁止な!」
「もう勘弁しません……敗北の苦みを味わえばあなたの甘えも、少しはマシになるでしょう……」
「面白い、受けて立とう! あっ遅いぞトレーナー君、今から3人でレースするから準備をしてくれたまえ!!」
「せっかくヒシアマさんに味変してもらったのに……」
やいのやいのと言いながらコースへ向かう4人を見届けて、ミラクルは我に返った。隣には自分のトレーナーがいる。ミラクルが話を聞いているのを見守ってくれていたらしい。
「俺には会話内容はよく聞こえなかったが、相変わらず仲の良い3人だな! ところで、ピザのおかわりは頼むか?」
「やっぱり、やめときます。……今の見てたらお腹いっぱいになっちゃいました。それに……あの3人の忙しさに比べたら。私が甘えすぎるのも違うかなって」
「まぁたしかにこれからもっと忙しくなるかもしれないしな! あの3人の映画ができるならいずれミラクル世代の映画もできるかもしれないぞ」
「ええっ、それはさすがに……いや、ノーリーズンちゃんやギムレットちゃん主役ならあり得るのかな?」
己の運命を超えて、ウマ娘たちは走り続ける。アグネスタキオンが休止を乗り越えて今でもレースをしているように。その軌跡は、物語として遺される。ヒシミラクルもまた、その中の一人なのであった。
書きたい話がいくつかできたので、またのんびりやっていきます。新時代の扉は最強の映画でした。