取引を見るのに夢中になっていたオレは、いつの間にか仕込まれた毒薬に気づかなかった。
気づいたら毒薬を飲まされ、目が覚めたら体が縮んじまっていた!
映画ウマ娘プリティーダービー新時代の扉のネタバレを含みます。後編で終わります。
「開廷ッ! これより、トレセンウマ娘ジャングルポケットの体が、謎の毒薬により縮められた事件の裁判を執り行う!」
トレセン学園にある体育館に、壇上に立つやよい学園長の声が響き渡る。普段はトレーニングやスポーツで賑わっているが、今はまるで裁判所のように厳粛な雰囲気が漂っていた。
「ジャングルポケットは模擬レースを控えていたにも関わらず、先日何者かに飲まされた毒薬によって体が縮んだことでやむなく出走停止となった。これは重大な出走妨害であるッ! よって、我々は早急に犯人を突き止めなければならない!」
ポッケが体が小さくなる毒薬を飲まされた。そうなれば当然、あのウマ娘に疑いがかかる。
「現在、アグネスタキオンには最重要容疑者として取り調べをしているが……しかし! 彼女が犯人ではないと主張する者もいたため、その審議を執り行う! 検察側、弁護側、準備はできているだろうか?」
そして壇上には、ポッケの同期であるマンハッタンカフェに、同じく同期のダンツフレームの同室であるヒシミラクルもいた。
ポッケやカフェの友人たちが審議の行く末を見守っている。
「はい……マンハッタンカフェ、準備完了です。タキオンさんが犯人であると、血に飢えた猟犬のようにこの審議で示しましょう」
「ヒシミラクルです。準備は……ほ、ほどほどに完了しています」
(うう……ダンツちゃんの頼みとはいえ、本当にやってないんだよね、タキオンちゃん……)
始まったばかりだと言うのに、ヒシミラクルはだらだらと脂汗をかいている。
『お願いミラ子先輩、タキオンちゃんを……私たちを助けてください!!』
ヒシミラクルは今朝、ダンツからどうしてもと言われてタキオンの弁護役を引き受けた。審議どころか学級会すら早く平和に終わらないかなとぼんやりするのが常のミラクルだが、後輩があまりに困っていて放っておけなかったのだ。
そんなヒシミラクルをよそに、カフェはいつの間にか手にしたコーヒーカップを傾けながら事件の説明に入る。
「事件は昨日、私たち4人……ポッケさん、タキオンさん、ダンツさん、カフェが勝負服撮影の帰りに寄ったファミレスで起こりました」
「大義ッ! 映画の撮影は終わったが、グッズ展開などで忙しくしていると聞いているッ!」
「注文したメニューが到着し、ポッケさんが好物のパフェを口にした途端、彼女の体が光を放ちながら縮んで行ったのです……」
「ちなみに、今ジャングルポケット本人はどうしているのだ?」
「ポッケさんのトレーナーさんの助言で、正体を隠すことにしています。小学生サイズに縮んだ姿を見られては……彼女のイメージにも関わりますから」
4人で食事中、パフェを食べたポッケが縮んだ。それでタキオンが疑われたわけだ。とてもわかりやすいが……一応、ミラクルは反論してみる。
「でもそれなら、タキオンちゃん以外の誰かが薬を盛ったのかもしれないよ?」
「言うまでもなく、そんな薬はタキオンさんの研究室以外に存在しません……つまり、タキオンさんにしかこの犯行は不可能なんですよ、ヒシミラコーさん」
「あの、ヒシミラクルです……」
何故か名前を間違えられたが、カフェはどこ吹く風で二杯目の珈琲を注いでいる。
「ううむ……アグネスタキオンが犯人としか考えられない状況だな」
「でもでも! 一緒にいたダンツちゃんはタキオンちゃんのせいじゃないって言ってるんですよ!」
「承知ッ! ではダンツフレーム、なぜタキオンが犯人ではないと思うのか証言をお願いしようっ!!」
舞台袖から、待機していたダンツフレームがミラクルとカフェの真ん中の席に立つ。かなり緊張した面持ちで、カフェの方を見ていた。
「カフェちゃん……どうして、そんなにタキオンちゃんを疑うの?」
「どうしても何も、こんなのタキオンさんの仕業に決まっているではありませんか……」
「それは違うよ。タキオンちゃんは確かに変な実験もするし変な薬も作るし変な理由で走るのやめたりするけど……人の走りを邪魔することはしないって、カフェちゃんも知ってるでしょ?」
(無期限休止したことは結構根に持ってるんだね……)
アグネスタキオンの皐月賞後の無期限休止宣言はトレセンと世間を騒然とさせた。中でもダンツはあんなに才能があるのに辞めちゃうなんて…と不満そうにしていたのを同室のミラクルは覚えている。
「君の気持ちはわかったが……ダンツフレーム、君がタキオンを犯人ではないと思う客観的な理由を説明してくれたまえッ!」
「はい、タキオンちゃんは犯人じゃありません!」
証 言 開 始 〜ファミレスでの行動〜
「私たちは4人でファミレスに入ったあと、カフェちゃんとポッケちゃんがドリンクを取りに行ったんです。
私はタキオンちゃんを見張るようにカフェちゃんに言われて、ずっと見てました。
もちろん、タキオンちゃんはポッケちゃんのパフェに何もしなかったし、ポッケちゃんは他に食べたものもありません。
だから、タキオンちゃんがポッケちゃんのパフェに薬を入れることはできなかったんです!」
証言が終わる。つまり、ダンツは事件当時ずっとタキオンを見ていたが怪しい動きはしていなかった。
「納得ッ! ちゃんと見張っていたのであれば、タキオンには不可能だったと主張するのも頷けるな!」
「ファミレスに入ってからの会話は、たまたまタキオンさんが録音していましたので……こちらを、証拠として提出します。まずはドリンクバーを取りに行く前ですね」
カフェがスマホを取り出し、録音を再生する。
『オレがドリンクバー取ってきてやるよ』
『ポッケさんに任せると変な混ぜ方をしそうなので……私も行きます』
『なら見張りは私がやろう!カフェは座っていたまえ』
『変な薬品を混ぜる人は黙っていてください…ダンツさん、タキオンさんをお願いします……』
『うん、ちゃんと見張ってるからね。タキオンちゃん、ポッケちゃん、お店では礼儀正しくだよ!』
「そして、次がパフェが来たあとの会話です……」
『ポッケくーん? パフェが来たけど食べないのかーい?』
『え? あ、ああもちろん食うに決まってんだろ!』
『私のオッチャホイまだかな〜』
『タキオンのコーヒーゼリーも美味そうだよな、一口くれよ』
『あっーーー!なにするんだいポッケ君!』
『……んだこれまっず!! 口直し口直しっと……』
『ポッケちゃん!? 体が虹色に……!』
ここからは周囲の動揺する声が響く。ここでポッケの体が縮み始めたのだろう。
証言と録音を聞き終えた学園長が、悩ましげな表情で言った。
「少なくとも、ジャングルポケットのパフェにアグネスタキオンの薬が入っていたのは間違いなさそうだが……ではヒシミラクル。ダンツフレームの発言に対して何か疑問点はないだろうか!」
「あの、今のダンツちゃんの証言で無罪になったりは……」
「疑念ッ! 現状、アグネスタキオンが何らかの方法でダンツフレームの目をかいくぐった可能性は否定できないッ!」
「うう……タキオンちゃんだしなぁ……」
「ヒシミラコーさん……わざわざ弁護を引き受けたのですから、せめてムジュンの一つくらい見つけてもらわないと、時間のムダです……」
「ヒシミラクルですってば! なんか今日のカフェちゃんいじわるじゃない!?」
ともあれ、ポッケのパフェにタキオンの薬が入っていたことを否定しなければ何も変わらない。
ミラクルはダンツの証言とファミレスでの録音を比べて考える。
「えーと……ダンツちゃん。ポッケちゃんはドリンクを取りに行ったんだよね? 飲み物は飲んでなかったの?」
「うん、ポッケちゃん戻ってきてから上の空で……パフェが届いてからも、ちょっと気づかなかったくらい」
(ポッケちゃんは体が小さくなる前から様子がおかしかった……?)
ポッケのパフェ好きはトレセンでも有名だ。なのに録音の中でも、タキオンに言われるまでパフェに気づいていなかったようにも聞こえる。
(あれ、パフェが届いたあとの会話って……よし、とりあえず突きつけてみよう!)
ここでミラクルは録音の内容を思い返すと偶然にも違和感を覚えた。
「ダンツちゃん! 本当にポッケちゃんはパフェしか食べなかったの?」
「うん、ドリンクは飲んでなかったし、パフェしか注文しなかったよ」
「いや、他にも食べたものはあったはず。録音された音声が証拠だよ!」
ミラクルが、もう一度録音を再生する。
『タキオンのゼリーも美味そうだよな、一口くれよ』
『あっーーー!なにするんだいポッケ君!』
『……んだこれまっず!! 口直し口直しっと……』
「あっ!! そういえば……」
「そう、ポッケちゃんはパフェの前にタキオンちゃんのゼリーも食べているんだよ! つまり、薬が入っていたのはタキオンちゃんのゼリーだった可能性があります!」
「ふーむ、そうかもしれないが……」
「おまけにポッケちゃんはファミレスのゼリーを不味いと言っています。これもゼリーの方に薬が入っていたと考えれば納得がいきます! これで、タキオンちゃんがポッケちゃんのパフェに薬を盛ったとは言えないと思います!」
「た、確かに! マンハッタンカフェ、異議はあるだろうか?」
学園長がタキオンが犯人だと主張するカフェに意見を仰ぐ。
自分の主張を崩されたカフェは……相変わらず、のんびりと三杯目のコーヒーをカップに注いでいた。まるで焦りのようなものは感じられない。
「異議は……ありません」
「やった!これでタキオンちゃんは無罪に……」
「だって……どの道、タキオンさんが犯人であることに変わりありませんから」
「はて、どういうことだろうか?」
学園長の疑問にカフェはコーヒーカップを揺らしながら答える。
「薬が入っていたのがタキオンさんの頼んだゼリーだとして……結局、あの薬がタキオンさんの実験室にしかないものであることに変わりありません」
「確かに、その通りだな!」
「そもそも、ダンツさんはしっかり見張っていたからタキオンさんを庇っているわけですが……」
「あれ。なんだか、すごく嫌な予感が」
冷や汗をかくミラクルなどお構いなしに、むしろこの時を待ち構えていたかのようにカフェは言い放つ。
「ダンツさん……真面目なあなたでも、タキオンさんが自分の食べ物に薬を入れることまでは予想していなかったのではないですか?」
「うぐぅ!? ど、どうかなダンツちゃん!」
「そう言われると、のちょっと自信ないかも……」
あたふたとするミラクルとダンツの同室コンビを見て、カフェは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「これで、完全に解決しましたね……ダンツさんはたしかにタキオンさんを見張っていましたが。あの人は姑息にも自分のゼリーに薬を入れることで目を欺き、ポッケさんに食べさせたのです」
「まさか……最初からわかってて反論させたの!?」
「ええ、ダンツさんの言い分を崩すのには、第三者であるあなたの意義が必要でしたから」
ニヤリ、という音すら聞こえるような鋭い笑みを浮かべるカフェ。
「なるほど……これで筋は通ったように思えるな。ヒシミラクル、君に反論がないならこれで決定とするが……?」
「うう……は、反論は……」
なにか言い返さないとタキオンが犯人になってしまう。いや本当に犯人なのかもしれない。そう思うと何も言えないミラクル。
「待って!! タキオンちゃんはたしかに自分のゼリーに薬を入れたかもしれない……でも!それをポッケちゃんが食べちゃったのは事故だよ!」
「ダンツちゃん……」
「だから、タキオンちゃんはポッケちゃんの出走妨害なんてしてないんです。信じてください!」
「涙ぐましい弁明ですね……」
必死に訴えるダンツにやれやれと頭を振るカフェ。とはいえ、その可能性はある。
「ふーむ。録音音声では突発的な事態にも聞こえるな」
「タキオンさんは自分のゼリーに薬を入れたあと何食わぬ顔で私たちに食べさせるつもりだったのでしょう……まさか、自分を小さくするつもりだったとも思えませんから」
「たしかに、そういうことになるなっ! これで審議は十分尽くされたと言えるだろうっ!!」
「そんな……!」
理事長は結論を出してしまったようだ。とはいえ、反論材料はなにもない。
「判決ッ!! アグネスタキオンは……」
「異議ありいいいいいいいいいいい!!」
その場のウマ娘全ての耳を貫く大音声が響いた。ミラクルもダンツもカフェも、理事長まで帽子を抑えて蹲る。
「こ、この東京レース上全体に響くくらいの大声は……」
「ポッケちゃん……カラダが戻ったの!?」
声の方向をみんなが見る。体育館の入口にいたのは、ポッケ……ではなく初老の男性だった。
「ワシじゃよ」
「君は……ジャングルポケットのトレーナーだったな!」
「ポッケがどうしても言いたいことがあると言って聞きませんでな。こらポッケ、もう少し声を抑えんか」
ポッケのトレーナーは胸の蝶ネクタイに話しかける。どうやらそこからポッケと通話できるようだ。
「あの。なんで蝶ネクタイが通話機になってるんですか?」
真剣な空気ではあるが、思わず突っ込まずにはいられなかったミラクル。
「フジキセキのマジック道具なんじゃよ」
「ああ、なるほど……?」
「フジさんのマジックは道具もすげーんだ……けど、今はそれよりタキオンとカフェのことだ!!」
まるでそこにポッケ本人がいるかの気迫でカフェに言い放つ。
「なぁカフェ……どうしちまったんだよ。なんでそこまでタキオンを犯人にしたがる? 昨日から様子がおかしかったよな。でもオレもタキオンがやったと思ってたが、今ミラクルが言ったとおりなら……」
「わ、私の言う通りなら?」
ミラクルが立証した、薬はタキオンのゼリーに入ってたという事実。
「いるじゃねえか、タキオンの研究室から薬を持ち出せるやつがもう一人。なにせあの部屋で一緒に生活してるんだからよ」
「あ、あああっ!! まさか……」
「えっ、どうしたのダンツちゃん!?」
ダンツの驚いた声にあたふたするミラクル。しかしお構いなしにポッケは続けた。
「カフェ、お前がタキオンに薬を盛ったんじゃねえか? それでたまたまオレの体が縮んで、それをタキオンのせいにして……オレたち、ダンツも一緒に4人で決着つけるって約束じゃねえのかよ!!」
「え……えええええええっ!!」
衝撃の告発。どよめく体育館の中で、ポッケの体を小さくした犯人探しはまだ続いていく。