ヒシミラクルはわからない   作:じゅぺっと

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前編の続きです。


逆転ミラクル! 犯人はマーチャンの着ぐるみ(後編)

 

「確認ッ! スイープトウショウとスティルインラブは、昨晩トレーナー室を訪れた。間違いないだろうか?」

「そうよ。あの着ぐるみには魔法がかかっているに違いないと思ったから、調べさせてもらいに行ったの。スティルも一緒にね」

「スイープちゃん。なんで魔法がかかっていると思ったの?」

 

 弁護席に立つミラクルが質問する。スイープはなぜか偉そうに胸を張って答えた。

 

「あの着ぐるみ、運ぶのを手伝ってあげたことがあるんだけど結構重いのよ。あんなものを着て普通に動いて書類まで書けるなんて、魔法がかけられているに違いないわ!」

「マーちゃんのトレーナーさんはウマ娘ほどではないにせよムキムキですからね。ジェンティルさんにも褒めてもらえるほどです」

「だいたい、マートレが犯人ですって? バカの、バカによる、バカな推理だわ! キックで柵を壊すなんて、人間にはいくら鍛えたってムリに決まってるじゃない。いーや、ウマ娘だってキツいわよ!」

「正論ッ!? た、確かに人間の身体能力に関して考慮を忘れていたようだ……」

「オレたち、あの着ぐるみを見てマートレさんが犯人だと思い込んじまったからな……」

 

 マートレ犯人説を全否定するスイープの言い分に、納得せざるを得ない理事長とウォッカ。すかさずミラクルは手を上げて発言した。

 

「じゃあ! ひとまず、マートレさんに関しては無罪ということでよろしいでしょうか、理事長さん!」

「うむっ……疑って悪かった。これよりマートレへの判決を言い渡す!」

 

 無罪ッ! と書かれた扇子が広がる。ひとまずマートレへの嫌疑は晴れたことに胸を撫で降ろすミラクルとマーチャン。

 

「よかった……これでマーちゃんはまだ、海に流されずに済みそうです」

「しかしッ! 彼が犯人でないなら現状スイープトウショウとスティルインラブのどちらかが犯人ということになるが……2人とも自分は犯人ではないという主張でよろしいだろうか?」

「当然よ、アタシたち3人とも、魔法にかけられてぐっすり寝ちゃったもの! 昨夜のこと、証言してあげるから。ありがたく聞きなさい」

(これは、荒れる予感がするなぁ……)

 

 マートレの無罪は証明できたものの、まだ裁判はもう一悶着はありそうで冷や汗をかくミラクル。

 魔法少女を自称するワガママウマ娘、スイープが証言台に立った。

 

 証言開始 〜魔法にかけられて〜

 

『私たち、マートレの着ぐるみを調べるためにトレーナー室に行ったの。

 スティルが差し入れをしてあげたほうが良いって言うから、ジュースを持っていってあげたわ。

 3人で同じジュースを飲んだんだけど、そしたらマートレが突然寝ちゃって、私もすぐ眠くなったの。

 目が覚めたらアタシとスティルは教室にいて、スカーレットから事件のことを聞いてここに来たわ。

 だから犯人は、あの着ぐるみなのよ! やっぱり魔法がかかってたんだわ』

 

 ジュースを飲んだらみんな眠ってしまった。3人とも犯人ではない。それがスイープの主張のようだ。

 ミラクルも気になることはあったが、何か言う前にウォッカが再びエアギターの構えを取った。

 

「みんなで同じジュースを飲んだ……ウソはよくないぜ、スイープ」

「何よウォッカ、文句あるわけ?」

 

 ジャーン! という音が聞こえてきそうなくらい練習されたエアギターのあと、ウォッカはスイープを手のひらで指す。

 

「そのジュース、2種類あるだろ? トマトジュースとクランベリージュースだ」

「ウォッカちゃん、知ってるの?」

「たまにスイープがスティルと作ってるんですよ。渇きを癒すとかで。そしてオレには真実が見えた……犯人は、スイープだ!」

「ウォッカ、どういうことだろうか?」

 

 理事長がウォッカの推理を尋ねる。ウォッカは自信たっぷりに説明を始めた。

 

「スイープは、スティルと一緒に2種類のジュースを作ったんです。そして片方のジュースに睡眠薬……いや、魔法の粉を入れて、マートレさんとスティルに飲ませた。2人を眠らせたスイープは、マートレの着ぐるみを着て犯行に及んだんですよ」

「しかし、なぜ彼女はそのようなことを?」

「スイープ本人が言った通り、着ぐるみを調べるためですよ! そして、一通り動き回って疲れたのか眠っちまって……目が覚めたら裁判沙汰になってて引っ込みがつかなくなっちまった。そうなんだろ?」

(うーん、スイープちゃんならやりそう……)

 

 筋は通っている。問題は、それを聞いたスイープが箒を握りしめて今にも地団駄を踏みそうなくらい怒っていることだが。

 

「はぁ〜〜〜!? なによそれ!? バカの、バカげた、バカ極まりない考えだわ!」

「大丈夫、トレーナーさんが犯人だと思われたから裁判沙汰になっちまったけど、スイープならそんなにお咎めはねえって。そうですよね、理事長?」

「いや、他ウマ娘のトレーニングを妨害する行為はだな……」

「お忘れですか? この早朝トレーニングはチームリリィの合同練習。つまり、スイープのトレーニングでもあったんですよ。自分のトレーニングコースで、うっかり設備を壊したりコースを傷つけちまったなんて珍しくないですよね? ギム先輩の柵破壊みたいなもんですよ」

 

 鮮やかな推理、そしてスイープの弁護だった。

 

「おお〜推理で犯人を突き止めただけでなく罪を軽くする弁護までしてしまいました。ウォッカが本物の弁護士さんのようです」 

「そだね〜さすがギムレットちゃんの愛弟子。これで一件落着かな?」

 

 マーチャン、ミラクルとしてはマートレの無罪が立証できた時点で口を挟む理由もないので、感心して聞いていた。

 

「納得ッ! そう言われると厳しい罰は不当かもしれんな。では、スイープには反省文を書いてもらうとして」

「あの……お待ち下さい」

 

 誰かが待ったをかけたが、理事長はそれに気づかなかった。

 

「これにて閉廷を━━」

「い、今のウォッカさんの推理に、異議を唱えたく思います……!」

「スティルちゃん、何か違うところがあったの?」

 

 勇気を振り絞るようなスティルの声に、ミラクルが気づいた。スイープと一緒に来たものの、彼女に黙っているよう言われてすっかりその存在を忘れるところだった。

 

「スティル! いいわよ、反省文くらい書き慣れてるんだから。5秒で書き終えてやるわ!」

「いえ……いけません。不当な魔女裁判で罰を受けるのを黙って見ているなんて、良識に反します。罰を受けるのは……本当の、悪魔だけでいい」

「スティル! 喋っちゃダメ!」

(……あれ? スイープちゃんはなんでスティルちゃんに喋ってほしくないんだろ)

 

 スティルを黙らせたのは、正直スイープに不利な証言をさせないためだと思っていた。

 ウォッカも気になったのか、スティルの方を向いて身を乗り出す。

 

「なら証言してくれよスティル。オレはこの事件、必ず真実を突き止めなきゃいけねぇ。今も犯人探しに走り回ってるスカーレットと……ギム先輩の名に賭けて!」

「そういえば……マーちゃんにミラクル先輩を頼るよう言ってくれたのはギムレット先輩でした。柵は壊すけど、親切な人ですね」

(ギムレットちゃんが……?)

 

 ミラクルの脳裏に過る違和感。しかしそれは、スイープの大声でかき消された。

 

「ダメ! スティルは証言しちゃダメなの! 証言台にはアタシが一人で立つんだから!」

「マーちゃんアラートを発動します。スイープさんのやだやだモードです」

「うん、見ればわかるよ」

「スイープトウショウ! スティルインラブは君の容疑を晴らそうと証言を願い出ているのだ、そこをどくようにッ!」

「やだやだやだやだ! どかない!! やーーーーだーーーー!!!」

 

 耳をつんざく拒否。こうなったスイープは梃子でも動かないことはミラクルでも知っていた。どうにかできる人物は限られる。

 

「た……たづな! スイープトウショウのトレーナーを呼んで彼女を退廷させるように!」

「オレ、カレンに連絡してみます!」

「わ、私もデュランダルちゃんにLANE送ってみますね!」

 

 10分後。それぞれの連絡で集まったスイープトレとカレンチャンとデュランダルによって、半ば引きずられるようにスイープは退廷させられた。

 

「離しなさいよ! 特大魔法お見舞いするわよ! あんたたち! スティルを悪者扱いしたら絶対許さないんだからねッーーーー!!」

 

 扉が閉まる前スイープが言い残した言葉は。

 彼女自身ではなく、スティルのことを案じる言葉だった。

 

「やれやれ。彼女のワガママには困ったものだな」

「そうですね、なんて可愛らしい。ほんとにワタシのこと……ハ、アハ……アハハハハッ!!」

 

 スティルが笑い始めた。心の底から楽しそうに。ずっと目を伏せ静かに俯いていたのが嘘だったかのように、その顔は爛々と輝いていた。

 その変貌ぶりに、ミラクルは驚きを隠せなかった。

 

「えーと……スティルちゃん。証言を、するんだよね?」

「ええ、ずっとこの時を待っていたわ! 理性外して、彼女の信頼を食いちぎる時を! ワタシを吸血鬼などと思い込み、ただのジュースでワタシの渇きを満たせるなどと健気に語る優しいあの子の顔が絶望に染まる時を! この事件の終わりが嘘の反省文を書いて終わりなんて退屈すぎる! 犯人は━━ワタシなのに!」

「スティル……何言ってんだよ……冗談は練習のあとだけにしてくれよ?」

「これは……たまに見せる、レースの後のよう……」

 

 ウォッカもマーチャンも、驚いてはいるが今のスティルの状態に対して心当たりはあるようだ。

 証言台に立つスティルの表情は、誰も目を逸らせない存在感と、狂気に満ちていた。

 

 証言開始 〜悪魔に囁かれて〜

 

『ウォッカさんの言う通り、ワタシ達は2種類のジュースを作りました。

 でも、同じジュースを飲んだのはマートレさんとスイープさんの方!

 ワタシが2人を眠らせ、彼を犯人に仕立てるために着ぐるみを着て、あるいは彼女を犯人に仕立てるために魔法陣を真似して描いたわ!

 決定的な証拠も、この胸に隠してあります……嗚呼! 愛しのあの方に暴いてもらえたなら!』

 

 自分が犯人であり、2人に罪を押し付けるためにマーチャン着ぐるみを着て、魔法陣を描いた。まさに悪魔的発想だ。しかも決定的な証拠まであるらしい。

 しかし、ウォッカはすかさず遮った。

 

「待った! スティル、2人に罪を押し付けたかったなら自白するのはおかしいだろ?」

「いいえ? だってワタシはスイープさんの信頼を喰らい尽くしてしまいたいとずっと思っていた! ワタシがあの子とマートレさんに罪を押し付けようとしていたと知ったら、どんな顔をするかしら! ねぇ、マーチャンさん。今どんな気持ちかしら? 自分のトレーナーを罠にかけられた気分は!」

 

 スティルがぐるりとマーチャンを見る。ミラクルがちらりと伺うと、マーチャンは自分のトレーナーが疑われていたときとは違う哀しみに満ちていた。

 

「スティルさん、ではマーちゃん達の知るあなたは、悪魔に呑み込まれてしまっていたのですか。もう、戻ることはできないのですか」

「マーちゃん、どういうこと?」

「スティルさんの中には……もとより、悪魔が宿っていました。ただスティルさんは、それを必死に抑え込もうとしていたのです。スイープさんも、それを察してあのジュースや魔法で渇きを満たそうとしていました。ちょっとした勘違いはありましたけど」

「じゃあスティルは……ギム先輩みたいな使い分けじゃなくて、本当におかしくなっちまってるのかよ!?」

 

 マーチャンもウォッカも、スティルの心を案じていた。しかしスティルはそれすら心底可笑しそうに、口元を歪めているのを隠そうともしない。

 

「しょ、証拠はあるのかよ! どうやって二人を眠らせたんだ?」

「ただの睡眠薬ですよ? この通り……胸ポケットに入っている薬が、朝2つ減っていました。」

 

 スティルが胸ポケットからケースに入った錠剤を取り出す。しかしミラクルはその言い方のほうが気になった。

 

(減っていました……? 入れた時のこと、覚えてないのかな?)

「愛しのあの方が下さった薬を、昨晩あの2人に使って、眠ってもらったわ」

 

 夜眠れないことが多いスティルのために、トレーナーの指導の元で睡眠薬が処方されているらしい。使いすぎないよう数も管理されているが、それが今朝は2つも減っていたようだ。

 

「オレ、スカーレットに頼んでスティルのトレーナーに確認してもらいます! こんなのが、真実なわけねぇ……!」

「ミラクル先輩、本当にスティルさんが犯人なのでしょうか?」

 

 マーチャンに聞かれて、ミラクルは目の前の状況に戸惑いながらも考える。

 少なくとも、いくつか違和感はあった。

 

「スティルちゃん! スイープちゃんは、どうして黙っているよう言ったのか分かる?」

「……ワタシ、裁判のことをスカーレットさんから聞いた時言ったんです。『私が犯人かもしれない』って。そうしたら……フフッ。あんなに必死に庇ってくださって! まさかありもしない罰を受けようとするなんて思いもよりませんでした」

「スイープさんがあそこまで必死だったのは、そういうことでしたか……」

 

 スイープがスティルを喋らせないようにしたのは、スティルが自白してしまうとわかっていたから。だからあそこまで駄々をこねたのだ。

 

「自分が犯人かもしれない。スカーレットちゃんに呼ばれて、そう思ったんだね?」

「……ええ。それがなにか?」

「スティルちゃん。ほんとにマーチャンの着ぐるみを着てトレーニングコースを荒らしたの? 昨晩のこと━━よく覚えてないんじゃない?」

 

 ミラクルにできる精一杯の真剣さでスティルに問う。

 信頼を喰らいたいとずっと思っていた。犯人かもしれない、薬が減っていた。

 動機もある。犯行も可能だったし、証拠もある。だけど、自白としては肝心の犯行をした時の証言がない。

 ミラクルの追求を受けたスティルは……一筋の涙を流していた。表情も、いつものスティルに戻っている。

 

「だって……犯人は私以外に考えられません。マートレさんもスイープさんも、あんな凶行をなさるはずが無い。動機があるのも、犯行が可能だったのも、私だけなのですから。

 きっと私はもう……皆さんと共にいる資格がないほど、悪魔に呑まれてしまっているんです。これ以上お側にいれば、次は何をしてしまうか」

「スティル、嘘だって言ってくれよ……! スカーレットになんて言えばいいんだよ」

「スイープさんも……ものすごく怒るし、マーちゃんも悲しいです。それでも、良いのですか」

「……どうか、私を恨んでくれて構いません。全てはワタシの悪魔を抑えられなかった、私の愚かさが悪かったのです」

 

 少なくとも、チームリリィのみんなはスティルが犯人であることを望んでいない。

 ミラクルがどうしたものか考えていると、理事長が鶴の一声を上げた。

 

「そこまで! スティルインラブに何か事情があることは伺えるが……犯人が彼女であることには間違いないだろう。よって審議はここで終了とする!」

「ま、待ってください理事長さん! スティルちゃんは事件当時のことをよく覚えていません。カウンセリングを要求します!」

「却下ッ! 無論この後話し合いはしてもらうが、この事件の犯人はこれ以上疑いの余地はないだろうッ! よって、これよりスティルインラブに判決を言い渡す!」

 

 マートレにも、スイープにも睡眠薬が盛られ犯行はできなかった。スティルは自白しており、他の犯人候補となる人物は今のところいない。

 それでも……チームリリィの今のみんなの顔を見て、ミラクルはこのまま裁判を終わらせたくなかった。

 

(何かない? スティルちゃん以外の誰かが犯人の可能性……)

 

 しかし、マートレのトレーナー室には鍵がかかり彼がドアを開けなければ入れない。そして彼が薬で眠るまで部屋に入れたのはスイープとスティルだけ。 

 スティルが昨晩のことを覚えていないので、ジュースを飲んでみんな眠った後誰かが部屋に入った可能性はあるが、犯人は絞れない。

 

(ダメ、これじゃスティルちゃんへの容疑は晴らせない。発想を逆転させて、スティルちゃんには、あの監視カメラに映った犯行が不可能だったと立証するしかない!)

 

 監視カメラの映像。

 マーチャンの着ぐるみでコースに来て

 スコップで穴を掘り

 キックで柵を蹴り壊し

 石灰で何かの模様を描いた。

 

 この内、スティルちゃんに不可能な犯行は━━

 

異議あり! 私は、スティルちゃんには犯行が不可能だったと証明できます!」

「な、なんと! 犯行が不可能だった証拠……ここに来て、そんな物があるというのか!」

 

 理事長が驚く。正直ミラクルにとってもこれは賭けだ。むしろスティルが犯人という決定的証拠になるかもしれない。しかし、もう可能性はこれしかない。

 

「スティルちゃん! あなたが犯人だっていうなら。監視カメラの通り、キックで柵を蹴り壊してくれる?」

「え? そんな、はしたな……いえ、今の私に言う資格はありませんね……」

「しかしヒシミラクル。柵を蹴り壊すなど、トレセンウマ娘なら誰しも可能ではないだろうか?」

「そうですよミラクル先輩。柵破壊はなにもギム先輩にしかできないわけじゃ……」

「確かに、ふつ~に蹴り壊すだけなら私でもできますよ。だけど、この証拠品がスティルちゃんに犯行は不可能だと証明してくれます! なんとかなれっー!!」

 

 ミラクルは、監視カメラに映ったマーチャン着ぐるみを指差す。

 

「マートレさんの部屋から、マーチャン着ぐるみを持ってきてください! それをスティルちゃんに着てもらって……柵を蹴り壊せるものなら壊してもらいましょう!」

「……いいだろう、弁護側の異議を認める! たづな、マートレの着ぐるみを持ってきてくれ!」

 

 理事長が指示を出したとき、勢いよくドアが開いた。

 

「その必要はないわ! マーチャン着ぐるみなら……ここにあります!」

「スカーレット! もう持ってきたのか!?」

「当然よ、言ったでしょ? アタシの足で犯人を突き止めてみせるって!」

 

 ドアの向こうには、事件の第一発見者であるダイワスカーレットがいた。彼女は両腕で、マーチャン着ぐるみと牧柵を抱えている。ドアは足で蹴っ飛ばしたらしい。

 

「はぁ、重かった……! さぁスティル、アンタが自分を犯人だなんて言うなら。やってみてちょうだいよ。そんな話、アタシもウォッカもマーチャンもスイープも信じないんだからね!」

「スカーレットさん……こんな汗だくになって……わかりました。それで、納得してくださるなら」

 

 覚悟を決めて、スティルが着ぐるみの中に入る。その間にウォッカが柵をセッティングした。ギムレットの手伝いで手慣れた動きだった。

 

「よいしょ……えっ、視界狭っ……えっと、柵はあっちで……」

 

 着ぐるみを着込んだスティルはたどたどしい動きで柵の方向に向き直った。

 

「こんな愚かではしたない私でも、ティアラ3冠ウマ娘……この程度の柵、蹴り壊せないはずがありません……!」

 

 のっしのっしと、一歩ずつ柵に近づいて。勢いよく、全身全霊を込めて柵を蹴った。

 

 ぽすっ。

 

「も、もう一度! 今のはちょっと力を入れ損ねただけ……」

 

 すかっ。

 

「見、見づらい……マートレさん、なんでこれ着て普通に動けるんですか……ともかく、クリーンヒットさせてしまえばこんなもの……!」

 

 つるっ。 ドシーン! 

 

 マーチャン着ぐるみが、派手にすっ転んで倒れた。

 柵は壊れるどころか、ヒビ一つ入っていない。

 

「こ、これは……一向に壊れる気配がないではないか!?」

「スイープちゃんも、さっきスカーレットちゃんも言ってましたがこの着ぐるみかなり重いらしいですからね。ウマ娘といえども、着慣れない着ぐるみで柵を蹴り壊すのは難しいはずです」

 

 倒れた着ぐるみは、何やらもぞもぞしているが再び柵を破壊しようとはしない。

 

「お、起きれません……。嗚呼、恥ずかしさで消えてしまいたい……!」

 

 着ぐるみから、湯気が出ているのが幻視できそうなほど羞恥に悶えるスティルの声がした。

 

「ほーら、やっぱりスティルが犯人なワケないのよ!」

「ああ、スティルは確かにやべーオーラを放つ時があるけど……人を陥れるようなことなんてするわけねぇ!」

「これで、私たちこれからもチームリリィですね」

「自分が犯人だと思い込まされるなんて、やっぱりキケンな魔力に取り憑かれてるのね! これからも魔法少女スイーピーがみっちり魔力の使い方を教えてあげるから、覚悟しなさい!」

 

 それを助け起こしたのは……スカーレット、ウォッカ、マーチャン。そしていつの間にか戻ってきたのかスイープの四人だった。

 

「これでは、スティルインラブが犯人というのは無理があるな……しかしそうなると、犯人候補がいなくなってしまったぞ。着ぐるみのまま柵を壊せるキックの達人か……」

 

 監視カメラの、キックで柵を蹴り壊すシーンを再生する。ものの見事に一発で破壊する様は一種の美しさすら感じられた。

 

(あれ、よく見たらなんか見覚えあるような)

 

 チラッとウォッカを見ると、あっちはあっちで思い当たる節があるのかちょっと冷や汗をかいている。ように見えた。

 同じウマ娘を思い浮かべているのは想像に難くない。

 しかし、それに対して追及する時間はなかった。

 

「た、大変です理事長! たった今、トレーナー室から着ぐるみが一体いなくなりました!」

「たづな! それなら今ダイワスカーレットが持ってきたものがここにあるが」

「いえ、もう一体が突然消えたんです。マートレさんもまだ取り調べ中なのに……着ぐるみが突然、走って逃げ出しました!」

「な、なにぃーーーー!? それでは、本当に着ぐるみに魔法がかかっているようではないか!」

 

 驚愕ッ! とかいう余裕もないほど驚いた理事長の声に、スイープの目が輝いた。

 

「逃げ出した着ぐるみに魔法がかかっていたのね! みんな、追いかけるわよ。誰が捕まえるか競争だからね!」

「今度こそこの足で捕まえてみせるわ! 犯人逮捕もワタシがイチバンよ!」

「スカーレット、ずっと走り回ってバテてるんじゃねーか? オレに任せとけ!」

「ふふっ、最後はチームリリィ一緒に、ですね。マーちゃんもお供しましょう」

「……私はあなた達の信頼を裏切ろうとしたのですよ? それなのに……」

 

 スティルは犯人ではなかった。しかしスティルの中に周囲を喰らい尽くしたい衝動があるのも確か。

 

「ワタシ達を喰らうですって? だったらまず━━全力で走って、追いついてみせなさい!

よーい、どん!」

「嗚呼っ、お待ちを……!」

「いや~さすがトレセンウマ娘。みんな走り出したら止まらないんだから」

 

 ぽつんと一人残されたミラクルだったが、ともかくチームリリィの絆は守られたようだ。

 

「うむっ、どうなることかと思ったがとにかく仲間割れは起こらずに済んで何よりだ! ヒシミラクル、今回も事件を真実に導いてくれたな!」

「えへへ、奇跡と偶然みたいなものですけどね。探偵役ならギムレットちゃんとかのほうがお似合いですし」

「改めてマートレ、及びチームリリィの全員に判決を言い渡す!」

 

 無罪ッ! と書かれた扇子がいっぱいに広がり。裁判は終わった。

 あとは、チームリリィがその足で終わらせるだろう。自分は後でのんびり顛末を聞けばいい。ミラクルはそう思って体育館をゆったり歩いていった。

 

 

 

 

 

 

「……アフマーティブ。実にミラクル、だね」

 

 トレセン校舎の屋上で、一人のウマ娘が呟いた。両手を天に掲げて、何かと交信するようなポーズをとる彼女の名は、ネオユニヴァース。

 

「スティルインラブ、"FACT"なら……もうとっくに、レースに出ることも、トレーナーの言葉を交わせないくらい。意識はクレイズしている。特に今回は……DANG、だった」

 

 ネオユニヴァースは裁判の様子を把握していた。スティルが狂気に堕ちかけていることも、同室として把握していた。

 だから、なんとか狂気を抑えつつ、ほどほどに発散させることを試みたのだ。

 

「あとは、"ACC" が来るのを、待つだけ……みんな、長い間お疲れ様、だよ」

 

 そこで屋上に、のっしのっしとマーチャンの着ぐるみがやってくる。

 屋上でネオユニの隣までやってくると、着ぐるみの頭を外した。

 

俺を呼んだな! 共犯者!! 全てを仕組んだ。モリアーティよ!」

「ありがとう。今回のはんぶんこは……ギムレットじゃないと、成立しなかった」

「ハッハァ! お前にとってはこの犯行計画も果実を分け合うようなものか! 新なる宇宙の使徒よ!」

 

 この事件の犯人は、柵破壊の常連タニノギムレットだった。

 

「スティルが凶行に及ぶ直前、奴にアルコールを嗅がせて眠らせ、衆目の前で適度にヤツの中の悪魔を呼び出して発散させる……真の悪魔はお前かもしれんな?」

 

 スティルとネオユニは同室であり、レースの同期でもある。

 クラシックとティアラで路線は違うが、スティルの危うさを知る機会も、彼女の優しさに助けられる機会も多かった。

 

『また困りごとのときは助け合いませんか? 縁あっての、同室ですから』

 

 スティルが自分にかけてくれた言葉を、いつまでもネオユニは覚えている。

 だから……彼女が狂気に駆け堕ちてしまわぬよう、彼女なりに努力した結果今回の事件を起こしたわけだ。

 

「ミューテフ、だからね……最後は……」

 

 ドドドドド、と下から駆け上がる音が聞こえてくる。着ぐるみのギムレットを追ってチームリリィが追ってきたのだ。

 

「さぁ共犯者よ! 懺悔の用意はできているか?」

「ネオユニヴァースは、『ごめんなさい』をするよ……ミラクルにも、後でディスコード、しないと……」

「ククッ、かくして事件は解決し、誰も学園から消えることはなかった……平穏な日常へと導いたウォッカとミラクルに━━乾杯(トスト)を贈ろう!!」

 

 こうして、事件は解決。二人からの謝罪と、スティルのことを思ってのことだったと聞いてチームリリィも許したため、学園は平和に戻ったのだった。

 

 

 

 

 




10000字相当になってしまいました。お付き合いいただいた方はありがとうございます。
また、これで累計が100000字を超えました。一発ネタの短編からここまで続いたこと、読んでくれた皆様に感謝します。
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