『簡易的な━━ティラノサウルス』
『簡易も難しいもないだろうッ……! ティラノサウルスにッ……!』
ヒシミラクルはトレーナー室でゲーム実況を見ていた。タニノギムレットとシンボリクリスエスが爆弾解除に挑戦するというものだ。
「いや〜んギムレットちゃんの困った声でポテチが美味しい。トレーナーさんも一緒に見ません?」
「ヒシミラクル、自分の友人に対してそれはどうなんだ」
「だって珍しいんですもん。いつも何言ってるか分かんないギムレットちゃんが、他人の言葉に困惑してるのって」
トレーニングを終えた後、仕事をするトレーナーを横目にソファに寝転がってのんびりするのがミラクルの日課。
今日も今日とて平凡で平穏な一日の〆を楽しんでいたが、ゲーム実況に悪戦苦闘する2人を見てふと思う。
「でもすごいですよね、みんな3年間走りきった後色んなところで活躍してて。ギムレットちゃんは本物のバーテンダーになろうとしてるし、クリスエスちゃんは後輩の育成に熱心じゃないですか」
「どうした急に」
「ファインちゃんは親善大使のお仕事してるし、デュランダルちゃんは自分のトレーナーのサポートしてるし、ノーリーズンちゃんは相良の方で武将っぽいことしてるし。わたしだけフラフラしてるかな〜って」
「ヒシミラクルだって全国興行に出たり、ポスターの撮影に出て頑張ってるじゃないか」
「まーそうですけどね。でもそれは頼まれたからやってるだけで、私自身のしたいことはまだよくわかんないっていうか」
「将来のビジョンはまだ見えてないか。でもそれが普通じゃないか?」
トレセンウマ娘とて学生だ。むしろ将来の道がはっきりしている方が珍しいだろう。
しかし、ミラクルは少しムッとした顔でトレーナーを見た。
「失礼ですね、誰のせいで見えなくなったと思ってるんですか?」
「俺のせいなのか……?」
「忘れたとは言わせませんよ? トレーナーさんがわたしを見つけてくれなかったら、わたしはいいとこの大学にスポーツ推薦で入っていい感じの就職先見つけて平凡に幸せになるつもりだったんです」
「ああ……そうだったな」
しかし、ヒシミラクルはトレーナーの指導のもとG1三勝という快挙を成し遂げてしまった。自分を応援してくれるファンがたくさんいて、カレンダーやカードゲームのポスター撮影までしてもらうなんてもはや平凡なウマ娘とは言い難い。
「まぁ今はトレーナーさんとは専属契約ってことになってますけど。いつかわたしも引退して、トレーナーさんだって新しい担当ウマ娘を持つわけじゃないですか」
「ヒシミラクルは、引退したらやりたいことはないのか?」
「ありますとも。前にも言ったかもしれませんが……」
ミラクルはソファから降りて、仕事をするトレーナーの後ろに回る。トレーナーのパソコンには新入生達への指導要領などが纏められていた。
担当ウマ娘が最初の3年間を走りきった以上、トレーナーはその知識をトレセン全体に活かす責任がある。いつか新しい担当ウマ娘を持つ日も遠い先の話でもないだろう。
「トレーナーさんには、わたしを褒め殺した責任を取ってもらいます。理由はもちろんおわかりですね? わたしの普通な将来設計めちゃくちゃにして、平穏な生活を破壊したからです」
相変わらずののんびりトーンだが、ほんの少し声が恥ずかしさで上ずっている。
「……ただ、わたしはやっぱり期待してもらえないと頑張れない普通なわたしのままなので。トレーナーさんにも、わたしがトレーナーさんのそばにいることを期待してもらえないと、おそばに居続けられそうもありません。熱量の差はやっぱりありますから」
初めてヒシミラクルとトレーナーが出会ってからもう何年経っただろうか。3年から先は数えていないが、ヒシミラクルがトレーナーのような熱血になることもトレーナーがヒシミラクルのようにだらだらすることもなかった。
「だから……その。引退しても、ずっとこうしてトレーナーさんのそばでほどほどに頑張ったり適度にだらだらしたりすること。それがわたしのやりたいことです」
ヒシミラクルの声に集中していてトレーナーのパソコンを叩く手は止まっていた。画面がスリープで黒くなって、そこに顔が真っ赤になったヒシミラクルの顔が映る。
それに気づいてか、話を聞いてなのかトレーナーの耳元と赤くなっている。
しかしトレーナーも大人の男だ。しっかりとヒシミラクルに向き直って、人間に出せる範囲のしっかりした力でヒシミラクルの方に手を置いた。
「ひあっ」
「確かに、ヒシミラクルをこんな人気者にした責任は俺にある。引退しても、その活躍は語られ続けるしメディアやグッズに出ることも多いだろう」
「そ、そうですよ?」
「けど安心してくれ、例えヒシミラクルの人気があのオグリキャップ級になったとしても……ヒシミラクルならみんなの期待に応えられると俺は信じてる! そのためにも俺はヒシミラクルの平穏な生活を守ってみせる! これからもずっとだ!!」
「うん? うん……まぁ……そ、そうですね! わたしをこんな衆目に晒した責任もとってください! 毎日わたしを褒めるのも忘れずに!」
想いが通じたかどうかよくわからない。真っ赤な顔でヒシミラクルは半ばやけになって叫んだ。
ヒシミラクルは自分の将来がわからない。だけど、自分のトレーナーのそばでのんびり走り続けることだけはわかって残念なような安心したような気持ちになったのだった。
02世代はみんな将来のビジョンはっきりしてて偉いなと思います。爆弾解除実況も最高でした。