ヒシミラクルが山で遭難したそうなんです
「新年明けましておめでとうヒシミラクル。正月太りしてるだろうしまずは山登りから始めようか」
「せめて体重測ってから言ってくださいよ!?」
「測って欲しいなら体重計もメジャーも用意してあるが……」
「メジャーを腰に回そうとしないでください!
鬼! 悪魔! スケベ! 今の私の体はお触り厳禁です!」
「毎年こうなるじゃないか。いよっ、登山の天才! ヒシミラクルなら新年からしっかり頑張れる!」
正月休みを終え、実家から戻ってきたヒシミラクルの最初のトレーニングは山登りになった。
もうデビューしてからN+1年目。山登りトレーニングも慣れたもので……
「ここは、どこ……?」
あっさり道に迷ってしまった。何回登ってもふとした拍子に迷い込んでしまうのが山の怖いところ。
もちろんトレーナーに連絡してもらえば助けに来てくれるが、変に足を挫いてないかとか入念なボディチェックがなされるだろう。
それだけは正月太りの今回避したいヒシミラクル。
「なんかでっかい池が目の前にあるけど、こんな池見たことないし……どうしよう」
さっさと山を降りたいが、山の中の方向感覚は当てにならないものだ。変に遠くまで行ってトレーナーさんを心配させたくはない。
どうしようかと悩んでいると、近くの茂みからこちらに近づいてくる足音がした。
「おやおや? 新年初釣りに来てみれば、菊花賞ウマ娘のヒシミラクルさんじゃありませんか」
「スカイちゃん! よかった〜実は迷っちゃって……もうお腹ペコペコで……」
「はいはーい、セイウンスカイで〜す。なるほどなるほど。それならセイちゃんに出会えて不幸中の幸いでしたねぇ」
セイウンスカイ。言わずとしれた黄金世代の1人であり、皐月賞と菊花賞の2冠ウマ娘。
態度はゆるいが実は策略家であることでも知られており、さまざまな方法でレースや同期を翻弄している。
スカイは池のそばに腰を落として、ウキウキ顔で釣竿に餌をつけ始めた。
「ミラクルさんも一緒に釣りしません? 予備の竿なら用意があるので」
「いいの? ありがと〜」
帰りたい気持ちはあるが、だからといって釣りに来たスカイにいきなり道案内をさせるわけにもいかない。一緒に釣りを楽しんで、ゆっくり2人で帰るほうがお互いのためだ。
ミラクルもスカイに釣り餌をつけてもらい、一緒に釣り糸を垂らすことにする。
幸い、のんびり屋なミラクルにとって無言で釣り糸を垂らす時間は何ら苦痛ではない。
「新年早々登山なんて、ミラクルさんって思ったよりトレーニング熱心なんですねぇ」
「それが、トレーナーさんがどうせ正月太りしてるからとりあえずカロリー消費してきなさいって言うんだよ、ひどくない?」
「ありゃりゃ、可哀想に。かくいう私も似たようなものですが」
「スカイちゃんもトレーナーさんに山登りしてこいって言われたんだ」
「私も寝正月派ですからね〜。お正月くらい駅伝で必死に走る人間さんをおこたでのんびり眺めてたいんですよ」
「わかる〜。でもそれなら釣りしてて大丈夫?」
「山登りをしろとは言われましたが……登った山で何をしろとは言われていない……つまりセイちゃんがその気になれば山でひたすら魚釣りに勤しむことも可能だろう……ということ……!」
「さすがスカイちゃん、かしこ〜い」
普段交流する間柄ではなくとも、女の子2人で隣にいればお喋りが弾むというものだ。
ゆるゆるお喋りをしていると、スカイの釣り竿がピクピクと引き始めた。
「おおっと、大物の予感……!」
「スカイちゃん、頑張って!」
「こ、これはなかなか重っ……ミラクルさん、一緒に引っ張ってもらえます?」
「え? うん、わかったよ! どっせーい!」
ウマ娘2人がかりの力で、竿を引っ張る。
水面が大きく揺れるほどの勢いで引き上がったものは……大柄な成人男性だった。
ミラクルはびっくりして引き上げた勢いのまま腰を抜かしそうになる。
「え、うそ!? 人間!? てか生きてる!?」
「いやいや、トレセンが管理してる山で人が死んでるわけ……ないですよね?」
スカイが釣り上げた成人男性の頭をペチペチ叩くと、わずかに男のうめき声がした。
とりあえず死んでないことがわかり、ほっとする2人。
「さ、流石にこれはトレーナーさんを呼んだほうがいいよね」
「そういえばこの人、見覚えがありますね。学園のトレーナーかな〜」
「まさか、トレーナーさんが山の中で遭難してるわけ」
「遭難……そうなんです?」
「冗談言ってる場合じゃないよ!?」
慌てながらスマホを取り出すミラクルと、何か考えるようなスカイ。
その時、何やら地響きのような音がし始めた。
ドドドドド……と、大型の何かが近づいてくるのを感じる。
「こ、この足音……もしかして、熊!? どどどどどうしよう、どうしよう!?」
ウマ娘の全力疾走をもってすれば、熊に出くわしても十分逃げ切れる。しかし今は遭難した人間が1人。担いで逃げ切れる自信はない。
パニック寸前のミラクルに対して、スカイは妙案をひらめいたように指を顎に当ててにやりと笑った。
「じゃあセイちゃん横になりますね。死んだふりでやり過ごしましょう。ほらミラクルさんも」
「ホントに大丈夫!?」
スカイはまるで昼寝でも始めるように横になり始めた。
こうなるともうミラクルも2人を見捨てて逃げ出すわけにもいかない。
念仏っぽいものを唱えながら遭難者とスカイの三人で川の字になっていると、とうとう近くで足音が止まった。
「トレーナーさ〜〜〜ん! 助けに来たよ〜〜〜。あれ、スカイちゃんとミラクルちゃんもいる〜! もしかして、2人が助けてくれたの〜?」
非常に大きく、伸びているのにきらめく星のように目立つ声。
恐る恐るミラクルが目を開けると、そこにはとても大きなウマ娘、ヒシアケボノがいた。
スカイもゆっくりと体を起こし、わざとらしくお腹に手を当てて言った。
「いやー、助けたはいいんだけど私たちも道に迷ってお腹ペコペコでね? 美味しいご飯を食べさせてくれると嬉しいんだけどな〜」
ヒシアケボノはその両肩に米俵やら食材を抱えている。スカイはそれらをチラチラ見ながら言っていた。
ヒシアケボノはそんなスカイのあざとさを知ってか知らずか鷹揚に頷いた。
「もちろんいいよ〜☆ トレーナーさんがまた遭難したって聞いて、お米とかたくさん持ってきたんだ〜」
「ボノちゃんのトレーナーさんはよく遭難するの……?」
ミラクルの疑問をよそに、慣れた手つきで山の中で料理を始めてしまったのでこれ以上は何も聞かないことにした。
「やったね。じゃあセイちゃんたちは魚釣りに戻りまーす。釣果ゼロで山を下りるのも寂しいし」
スカイはまたウキウキしながら釣り竿を池に落とす。
余裕綽々だったスカイの発言に、ミラクルの脳裏にある想像がよぎった。
「スカイちゃん……ここにアケボノちゃんが来ることもしかして知ってた?」
「なんのことやら。新年早々ミラクルさんと仲良くなれたりアケボノちゃんのご飯をいただけたり、セイちゃんって運がいいなぁ。これも日頃の行い……いや、ミラクルだったというべきてすかね?」
にしし、と悪戯に笑うスカイに底知れなさを感じるミラクルだった。
正月太りにヒシアケボノのビッグでボーノな料理を食べたことでまたカロリー消費に悩まされるのは、また別の話。
今年もパロディだったりパロディじゃなかったりでのんびり投稿していきたいと思います。
暇な時にお付き合いいただければ幸いです。