「お腹空いた〜眠れないよ〜」
草木も眠る丑三つ時。ヒシミラクルは空腹で目が冴えてしまった。
正月を終え、トレーナー指導のもと何とか体重を戻したヒシミラクルだったがやはり過度に自分を追い込むのは苦手な性分だ。
「寝不足になるといけないし小腹を満たしてちゃんと寝るのはいいことだよね、うん」
自分とトレーナーへの言い訳をしながら、同室のダンツフレームを起こさないようにこっそり食堂に向かうヒシミラクル。
食堂には、先客がいるのか小さく明かりがついていた。
「もしかして、お夜食作ってる人がいるのかな?ご相伴にあずかれるかも〜」
なんてお気楽なことを言いながら中に入ると、2人のウマ娘がいた。
「歌舞伎揚げは子供の頃から好きだったけど、いいね。熱燗のも。エースって揚げ物上手だよね」
「そうだろそうだろ。つまみは昔から地元でよく作るからな。作り方教えてやろうか、シービー」
(カツラギエースさんとミスターシービーさんだ。最上級生の中に入っていくのは流石に緊張するな〜どうしよ)
カツラギエースとミスターシービー。トレセン学園生徒の中でも生徒会長シンボリルドルフと並ぶ一番上の先輩だ。
2人はまだミラクルに気づいていないらしく、小さなカップを片手に楽しそうに話している。
「んー、エースに作ってもらうほうが美味しいからいいや」
「はっはっは。言うと思った」
「それに、後輩の子がさっきからこっち見てるし」
「それは早く言えよ!?」
エースとシービーがミラクルの方を見る。2人の顔は赤らんでいる気がする。
というか、率直に言えば酔っ払っているように見えた。
慌てた様子のエースと相変わらず自由に笑っているエースに、ミラクルは気になったことを聞こうとする。
「あの、二人ともおさ━━」
「般若湯!!」
「はんにゃ……?」
エースが大きな声で遮った。般若湯が何かわからないミラクル。
「あれ、キミって確か高等部でデビューしてもう3年以上経ってたよね? 名前は覚えてないけど」
「あ、はい。ヒシミラクルです」
「だよね。エース、だったらいいんじゃない?」
シービーが自分の持つカップをゆらゆら揺らす。しかしエースは首を振った。
「いいや、これは薬だ! ほら、生姜湯とか葛根湯とか。最近書道パフォーマンスで寒空を走り回ってたから、薬を飲んどこうってな」
「そうなんですね〜確かにあの書道パフォーマンスすごかったですもんね」
エースの力強い説得に呑まれるヒシミラクル。
お正月明けのエースにシービーたちが見せてくれた書道はハイレベルという言葉すら生温い躍動だった。
「あ、ならわたしもちょっと頂いていいですか? ちょっと乾燥で喉が荒れてて……」
「ほらーややこしくなっちゃった」
「いや、えーと……そうだ。般若湯はちゃんとトレーナーの許可をもらって飲まないとダメだ。勝手に飲むとトレーナーが般若みたいに怒るから般若湯って言うくらいだからな。うん」
「ええ〜本当に〜?」
「トレーナーさんに怒られる……ああっ、勝手に飲み食いしてごめんなさい真冬の夜にプールだけはご勘弁を……」
「ちょっと面白いね、この子」
「シービー、ちょっと静かにしててくれ」
トレーナーに食べ過ぎを怒られるところを想像して震えるミラクル。それを見てシービーはからから笑っている。
「ほら、歌舞伎揚げやるからこれで小腹満たしてちゃんと寝な。明日もトレーニングあるだろ?」
「ありがとうございます、おやすみなさ〜い……」
トレーナーに怒られたくないミラクルは歌舞伎揚げをポリポリつまみながら自分の部屋に戻っていった。
ほっと胸を撫で下ろすエースを肴に、シービーは自分のカップに残った般若湯を一気に傾ける。
「エースってさ。下手だよね、嘘」
「うるせぇやい。さっきの子がさ……般若湯飲んでいい年かわからねぇし現役アスリートが飲まねえに越したことないだろ」
「あははっ。アタシとは平気で飲んでたくせに後輩にはそういう気の使い方するんだ。昭和の人みたい」
「誰が昭和のおっちゃんだよ。シービーだって同い年なのに」
「というか、アタシたちって今いくつだっけ?」
「あーダメだこりゃ完全に酔ってる。ほら、片付け……はあたしがやっとくからシービーももう寝ろよ」
「おやすみエース。またいつか本気で走ろう」
最後の会話は、誰にも聞こえることはなかった。
アプリウマ娘達のデビュー年と年齢はトレセン学園で一番の謎ですがわからない方がいいこともあると思ってます。