2月の終わり頃、トレセン学園ではファン感謝祭および新入生の受け入れ準備が進んでいく頃。
ヒシミラクルが今年の感謝祭はなんの競技に出ようか考えながらお昼ご飯を食べていると、校内放送のイントロが流れてきた。
『やぁ諸君、アグネスタキオンだ。来たるべきファン感謝祭に来る人々や新たなウマ娘のための準備は進んでいるかな?』
「そういえばタキオンちゃんに何かお願いされたってダンツちゃん言ってたな〜なにするんだろ?」
トレセン学園きってのマッドサイエンティストであるアグネスタキオン。彼女のやることなすことはウマ娘の限界を超える実験につながっている。
薬品に関する難しい話も多く、ヒシミラクルにはさっぱり分からないが割と愉快なウマ娘なのは知っている。
『というわけで今回は我々01世代の映画ブルーレイの販売記念も兼ねてファンのみんなに漫才を披露することになった』
「どういうわけ!?」
思わず放送室のタキオンに突っ込んでしまうミラクル。周囲も突拍子のなさとタキオンと漫才というワードの結びつかなさに回りもざわめいている。
『ふっふっふ、驚いているようだねぇ。私もこの前漫才の夢を見るまでは考えもしなかったが━━しかし、普段からは想像できない姿を見せることもファンやこれから来る後輩たちに親しみを持ってもらうために重要なことだと私は学んだのだよ』
「……もしかして反応見ながら喋ってるのかな?」
タキオンの科学力があれば校内の反応をリアルタイムで見ながら放送することも出来そうだ。
『その実験として今から漫才を放送するからみんなはご飯でも食べながら聴いてくれたまえ。反応は観測しているが、直接感想を言いにきても構わないよ。━━さぁダンツくん、始めようじゃないか! 台本は覚えただろう?』
『うん、なんとか。タキオンちゃん。聞いてるみんな、よろしくお願いします!』
『なぁに、緊張することはない。多少滑ったところで君の愛嬌があればウケることは約束されているとも!』
「ダンツちゃんがんばれ〜。……たぶん、カフェちゃんが断ったからダンツちゃんが頼まれたんだろうな〜」
ダンツフレームは相当のお人好しだ。いきなり漫才の相方を頼まれても引き受けたのだろう。
『では改めて。トレセンのラブリーコンビことタキオン&ダンツだよ』
『一生懸命頑張るから、今日は、顔と名前だけでも覚えていってください。
私がかわいい担当のダンツフレームで、こっちのうるさいマッドサイエンティストが……』
『アグネスタキオンだ、被検体は何時でも募集中━━ってだれがうるさいマッドだい!?』
パシン! とハリセンのようなわざとらしいツッコミ音が響き少し笑うミラクル。
『ニア〜。あっ、思わずモノマネをしちゃった』
『モノマネ? 今のはただのネコの鳴き声だろう?』
『ううん。今のは【近くにいるネコ】のモノマネだよ。ニア〜〜〜♪』
「???」
どういうことかわからないヒシミラクル。周囲を見てもなんのこっちゃと言わんばかりに首を傾げている。
『何を言っているんだい、お客さん引いちゃってるじゃあないか! お詫びとしてダンツくん、コビコビの照れ笑いを聞かせてやりたまえ!』
『ええと、今のは【ニャー】っていうネコの鳴き声と、近くの【ニアー】をかけたシャレです。本当に近くにいるネコがそんな声で鳴くわけじゃなくて』
『ちょちょちょ、ダジャレを説明してどうするんだい!?』
『丁寧に説明したらわかってくれる人もいるかと思って……』
『やめてくれ……この場が余計むなしくなるだけじゃあないかっ!?』
慌てたタキオンの声。漫才に必死になっている彼女の声はある意味斬新だ。
『……それでもいいよ。スベるのなんて怖くない。それより私は、ファンのみんなやこれから来る後輩さん達との絆を大事にしたいから!!』
「おお、さすがダンツちゃん」
タキオンとは対照的に、ダンツは凛とした主人公のような態度で言い切った。ミラクルも他の聞いている人からもちらほら拍手が聞こえる。
『くっ……アスリートとしてもウマ娘としても正しいことを……!』
『あ、念の為に言っておくと、この台本を考えたのはタキオンちゃんで、私は言わされてるだけだから』
『ファン達との絆と引き換えに、私たちの絆が解消されたねぇ! もー、君とはやってられないよ!!』
再びパシン! という音が響き渡り、タキオンとダンツによる漫才は終わった。
「ダンツちゃんは最後まで真面目にやってて可愛かったけどタキオンちゃんの台本がいまいちだね」
そんな感想を言いながら、食事に戻ろうとするヒシミラクル。
『何勘違いしているんだい! まだ私の漫才フェイズは終了していないよ!』
「ひょ?」
しかし、まだ放送は終了しなかった。タキオンの元気な声はまだ続いている。
『ご苦労ダンツくん。そして次の相方は……我々世代の映画の前日譚にあたるドラマRTTTの主人公! トップロードくんに来てもらったよ!』
『ナリタトップロードです! タキオンちゃんにお誘いいただいてびっくりしましたけど、宣伝とファンの皆さん、後輩さん達のために頑張りますね!』
「トップロードちゃんまで協力したんだ……」
これまたヒシミラクルの友人だ。彼女もダンツに負けず劣らず頼まれごとを引き受けるタイプだが、タキオンの漫才にかける情熱はなんなのか少し怖い。
『というわけではいどーも! ウマ娘映画の主人公ズだよ』
『いやいやいや、タキオンちゃん主人公でしたか? どっちかというと主人公に倒される悪の科学者みたいでしたけど!』
『いや~それにしても近頃冷え込みが厳しいねぇ!』
『スルーですか! 無視ですか!?』
「さすがトップロードちゃん、ツッコミも真剣だな〜」
2人とも元気いっぱい喋るので聞いているだけでも明るくはなりそうだ。
『なんだい、じゃあ君は寒くないのか? 常夏気分なのか〜い?』
『そんなわけないでしょう、確かに最近冷えてますけども』
『そうだろう? 私なんてあんまり寒いものだから勝負服に火をつけてしまってねぇ』
『そんな無茶な!』
ちょっと笑うヒシミラクル。タキオンならギリギリやりかねない気もする。
『それでもまだ寒くてねぇ。家にも火をつけてしまったんだよ』
『家に!? なんてことを!』
『だが心配ないさ! だって火をつけたのは……モルモット君の家だから〜〜〜♪』
「やりそうで怖い!!」
ミラクルは突っ込んでしまったが、回りはそれなりに笑っている。しかし相方であるトップロードのリアクションがなかなかない。
『……タキオンちゃん。それは犯罪ですよ』
「あっ、まずいかも」
トップロードの声色が変わり、友人であるヒシミラクルは察した。これは漫才の芝居ではなくトップロードの素だと。
タキオンがちょっと焦った小声でトップロードに言う。
『……どうしたんだい、段取りと違うよ?』
『放火は犯罪です!』
『え、あ、そうだね?』
心優しく真面目でウマの良い彼女だが、怒ったらかなり怖いのだ。
『台本では今の下りは【焼けた服を買いなおして懐が寒くなった】で〆るはずでしたよね?』
『そうだけどね、アドリブだよアドリブ! 似たようなことは君のとこのオペラオーくんもやってるだろう?』
『オペラオーちゃんは人や物をひどく傷つけるようなことを言ったりはしません! 今のは道徳的に問題ですよ!』
まさかの漫才中のマジレスに、遠くからはっーはっは! さすが分かっているねトップロードさん! という声が聞こえた。
『なんだいもう! ただの冗談にそこまで言う事ないじゃあないかっ!』
『冗談で済まされるなら委員長はいりません! いえ……私は委員長である前に、一ウマ娘として反社会的行為を助長する言動は見過ごせないです!!』
今度は遠くからハッハッハ! 素晴らしい委員長っぷりですトップロードさん! という声が聞こえた。
それはそれとして漫才としてはぐだぐだだが、さすがはタキオン。なんとかしめの言葉を絞り出した。
『━━ええい、君の怒りでこっちまで熱くなったわ! もういいねぇ!』
『よくありません! 後でキチンとお話しましょう!』
『もういいんだってばぁ〜〜〜!!』
半泣きで〆るタキオンの様子に笑う周囲。ともあれ一部生徒からの絶賛と多少の笑いでナリタトップロードの漫才は幕を閉じた。
「トップロードちゃんとは長い付き合いだけど久しぶりに一言言いたくなったよ……マジメか!」
「こんにちは、ミラクル先輩。漫才聞いてくれてましたか?」
「あ、ダンツちゃん。お疲れ〜面白かったよ?」
すると、最初に漫才をしていたダンツフレームがヒシミラクルに話しかけてきた。向かいの席に座る彼女は、まだ緊張しているのか頬が紅潮していてかわいらしい。
「それにしてもタキオンちゃんはなんであそこまで真剣に漫才やってるんだろ。夢で見たとか言ってたけど」
「実は、ちょっと理由があって……それで私もトップロード先輩も引き受けたんです」
「2人だけならもう終わりかな?」
「いえ、実はまだもう一人……」
ダンツが言いかけたとき、しばらく無音だった放送が再び入った。
『カルストンライトオ、最速の笑いをお届けします。タキオン、お前までメソメソしてどうする。早く戻ってこい』
『正直、君が一番絡みづらそうなんだが……自信のほどはあるのかい?』
『同じ世代なのに私だけ映画に出れなくてさみしかったから来た。だが見せてやろう。最速のクールな笑いを』
「ライトオちゃんか〜。確かに映画にはいなかったよね。私ですらピザ食べてるところ撮られたのに」
「ライトオちゃん、カメラ向けられると最高速で走り始めてフレームアウトしちゃうから……」
「あーなるほど?」
カルストンライトオは直線最高速のスプリンター特化なのでクラシック三冠の映画の話に絡まないと言われればそれまでだが。やはり思うところはあったのかもしれない。
『はいどーも! 愉快なコンビ高速直線運動だよ〜!』
『えー、本日はわざわざのお運びありがとうございます。それではまず手始めに━━寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚水行末雲来末風来末食う寝る所に住む所薮ら柑子のぶら柑子、パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助』
とんでもない早口言葉が学園中に響いた。ヒシミラクルはじゅげむじゅげむまでしか知らないので全体は初めて聞いたがとても覚えられる速さではなかった。
『ちょいちょい! 何を語りだしてるんだい!?』
『当然、笑いといえば寿限無の最高速暗唱に決まっているだろう。だが一拍息づきをしてしまった。知り合いのあかねさんなら一息で言えるのに』
『あかねさんって誰だい!』
『笑いの師匠だ。まずはマクラで客の感触を探るのが基本だと言っていた』
『いやいや、現代の笑いはレース同様スピードが命だろう? ツカミはほどほどにしゃべりで一気に回すんだよ』
『異議あり! 古典を忘れた笑いに最高速などない!』
またしてもライトオのキレのある声が響き渡る。さながら法定で異議を唱える検察官の如しだ。
『君も意外と固いねぇ。笑いも走りも、もっと進化するべきだろう?』
『ちっ、新時代の扉だけにニューウェーブ気取りですか』
『おい、今舌打ちしたねぇ!?』
『いいや?』
放送にも完全に舌打ち音が乗っていたが、すっとぼけるライトオ。それを睨むタキオンの姿が見えるようだ。
『……ちっ』
『完全にしただろう! 漫才のリーダーは私なんだよ! 笑いの古典を守る前に序列を守りたまえ!』
『すみませんでした。お詫びに時計のモノマネをして皆さんを笑わせます』
『ほう、やってみたまえ』
タキオンが促すと、すぐさまライトオは時計のモノマネを始めた。
『ちっ! ちっ! ちっ! ちっ!』
『完全に舌打ちじゃあないかっ!? もう君とはやってられないねぇ!!』
『フッ、久々にやりきったな』
校内に響き渡る本気の舌打ちの音にビックリするヒシミラクル。
「ライトオちゃんも真剣にやっているのは分かるけど怖くて笑えないよ〜」
「そこがライトオちゃんのいいところだけど、漫才には向いてないね……」
二人で感想を言っていると、ダンツの後に漫才をやっていたナリタトップロードがやってきた。
「ミラ子ちゃん、ダンツちゃん。こんにちは!」
「トップロードちゃんもお疲れ〜。タキオンちゃんのアドリブで大変だったね」
「トップロード先輩、お疲れ様でした!」
「ごめんなさい、我を忘れて漫才中なのに素になってしまって……」
「ううん、私たちお笑い芸人じゃないもん。上手くできなくて当たり前だよ。……あれ? そういえば、ポッケちゃんってお笑い芸人大好きなんだよね? 今回参加しなかったの?」
タキオンの同期であり最初に話していた映画の主役ポジションであるジャングルポケットは、かなりのお笑い好きでもあるとダンツやトップロードから聞いていた。
ライトオで最後なら、彼女は関わっていないのだろうかとヒシミラクルは疑問に思う。
その言葉に、ダンツとトップロードは目を見合わせ、頷いてヒシミラクルに耳打ちした。
「……実は、ポッケちゃんが理由なんです。最近ポッケちゃんの推しのお笑い芸人さん達が立て続けに活動自粛になっちゃったらしくて……すごくすごい落ち込んでるんです」
「これから映画のブルーレイ発売やファン感謝祭もあるのに主役のポッケちゃんがこれじゃ困るって、タキオンちゃんが元気づけるためにこんな企画を考えたんです。普段見ないお笑い番組まで見て」
「タキオンちゃん、そこまで考えて……」
ほろり。そう思うとけたたましく唐突なタキオンの漫才も友達想いの行動に思えてきた。ダンツやトップロードが協力したのも頷ける。
そして、放送のスピーカーから突然135dbかと思うほどの大音声が響き渡った。
『テメェタキオン!! なんだよ今のふざけた漫才は!!』
『ポッケくん! なんだい誘ったときは蚊の泣くような声でもうお笑いが信じられんねぇとか言ってたくせに』
『うるせぇ!! てめえらの笑えねー漫才もどきを聞いてたら考えてるのも馬鹿らしくなったじゃねーか! 全校放送で流しやがって鬱陶しいったらありゃしねぇ』
『ポッケが一番うるさい。だが元気になってよかった。元気じゃないポッケも人の心配をするタキオンも見ていて気持ち悪いですから』
『オメーはオレらを慰めたいのか貶したいのかどっちなんだよ!』
ギャーギャー言い争いをする3人の自然な姿に、ヒシミラクルも周囲も呆れながらも自然な笑いが溢れた。
『ともあれ、これで漫才実験は大いに成功だねぇ! ファン感謝祭で実演することも視野に入れつつ━━今日のところはお付き合いありがとう、諸君』
タキオンの声を最後に、放送は終わった。気づけばお昼休みはもうほとんど終わっている。
ヒシミラクル達がご飯も食べ終わったし教室に戻ろうとした時、近くの席に座っていた見慣れないウマ娘が勢いよく立ち上がった。
「いいわね、超超超いい感じ……超超超超超超いい感じだわ! さすが映画のテーマに抜擢された先輩たち……私は、あれを超えるくらいの栄冠と注目を集めるウマ娘になってみせる!!」
目に✙模様の入った。見るからに負けず嫌いで勝負根性の強そうな子だった。
まだ本格化には程遠いだろう、デビューするのは遥か先の、幼さのある彼女はどこかへと走り去っていく。
「……今年も、また普通じゃない子たちがたくさんやってきて色んなことが起こるんだろうけど。私は私でゆるっとゴーしていこっと」
そう呟いて、ヒシミラクルもダンツやトップロードとともにそれぞれの教室に戻ったのだった。
アグネスタキオンの漫才ネタを擦りつつ、新たなウマ娘たちの登場がめちゃくちゃ楽しみです。これからのウマ娘も目が離せませんね。
漫才のネタは某テイルズシリーズから取っていますので元ネタわかった人とは良い酒が飲めそうです