「王命である。余に跪き、命乞いをせよ。愉快な命乞いをしたものだけは生かしてやろう」
どうしてこんなことに。暴君ウマ娘、オルフェーヴルの威圧感に跪きながら、ヒシミラクルは軽率に彼女の部屋に来たことを後悔しながら、こうなった経緯を回想する。
今日は日曜日。ヒシミラクルはソファに座りながらのんびり動画を見ていた。
「ゴルシちゃん達のコヨーテゲーム面白かった〜。っと」
ゴールドシップにナカヤマフェスタ、オルフェーヴルにドリームジャーニーがテーブルゲームで遊ぶ音声をゴルシがアップロードしたものだ。
SNSアカウントで動画の感想を呟いていると、突然ドリームジャーニーからLANEが来た。
「なんだろ一体。……あれ、LANE交換したっけ?」
【動画へのご感想、ありがとうございます。今お暇ですよね? 是非私たちの部屋に来てください。もちろん、相応のお礼はさせていただきますよ】
「SNS見られてる!? でも行かないとジャーニーさん……というかオルフェさん怒るだろうな……」
ドリームジャーニーとオルフェーヴルは姉妹であり同室だ。あの2人がいる部屋にヒシミラクル1人で入るのはライオンの群れに突っ込むようなものだ。正直怖い。
【ご心配なさらずとも、他にもお招きしていますよ。アグネスデジタルさんにウインバリアシオンさんもいらっしゃいます】
「うーん……その2人がいるなら、大丈夫かな? ジャーニーさん、嘘はつかないし……デジタルちゃんとシオンちゃんなら、あの姉妹のこともよく知ってるよね」
こちらの心情を見透かしたようなジャーニーの文章に、まんまと釣られるヒシミラクル。
ウマ娘ヲタクのデジタルとオルフェーヴルの理解者とも言われるシオンがいれば、滅多なことにはならないだろうと。そう甘く見ていた。
そしてオルフェとジャーニーに部屋に入った瞬間。オルフェから命乞いをせよとのお言葉をいただいたというわけだ。
「……って、悪いことしてないのになんで命乞いなんかしなきゃいけないんすか!?」
「どうかオルフェさん、ジャーニーさん、罰するならこのおデジだけに……!」
一緒に部屋に入ったウインバリアシオンとアグネスデジタルが反論する。しかしオルフェはどこか拗ねたように顔を背けている。
姉であるジャーニーが恭しく頭を下げて、説明を始めた。
「お集まりいただきありがとうございます。なに、ちょっとしたゲームですよ。あなたがたにはこれから『命鯉』というゲームをして頂きます」
「命乞いをするゲーム?」
聞けば、プレイヤーがそれぞれ引いたカードの内容に従って己の失態への命乞いをし、ボス役が許すかどうか決めるゲームらしい。
「もちろん、お礼はします。オルが一番面白いと思った命乞いをした方には温泉旅館のペアチケットを差し上げますよ」
「ここ、すっごい評判の三ツ星宿じゃないですか! いいんですか、こんなゲームのためにあげちゃって」
「ええ、構いません。オルの退屈が紛れるなら」
ジャーニーが取り出したチケットはヒシミラクルも知っているものだった。と言っても、いつか行きたいと思いつつ自分のお小遣いではとても手が出せないほどの高級旅館だ。
「こんなところにトレーナーさんと2人で行けたら……」
期待に胸が膨らむヒシミラクル。
デジタルも似たようなことを考えているのか少し頬が緩んでいるが、シオンはまだ納得していないようだった。
「ていうか、わざわざ私たちを呼ばなくても、それこそゴルシさん達と遊べばいいじゃないですか」
「……貴様らは余を苛つかせる罪を犯した。故に命乞いの機会を与えてやることにしたのだ。遊戯という形でな」
「あばばばば……おデジ、何かオルフェさんの気に障ることを……!?」
「そう構えなくとも、余興で済ませる程度のことですよ。もし本気でオルを不快にさせていたら……ね?」
「ヒエッ……」
一瞬、ジャーニーからオルフェにも劣らぬ圧が放たれた。この2人相手に命乞いなど行きた心地がしないが、温泉旅館のチケットは欲しい。
「ではまずデジタルさんの罪を発表します。あなたは来月のイベントで私たち姉妹の本を頒布するおつもりですね?」
「ウボォーーーーーーーー!? ななななななぜそれを!?」
ジャーニーは手帳を取り出し、デジタルの罪を読み上げる。即座に爆散しそうな勢いで横転するデジタル。
「余の赦しなく我らの日常光景を流布しようとした罪は重い。さぁ、命乞いをしてみせよ」
「デジタルさん、こちらの山札からお引きください」
「で、では……デジたんは引きます! 印刷会社生まれウマ娘ヲタク育ちの意地にかけて! ドロー!」
「結構ノリノリだ!」
デジタルが引いたカードには『成金』という文字と【金ならいくらでも払う!!】という命乞いが書かれていた。
デジタルは少し考えたあと、意を決して口を開いた。
「こ、今回のイベントで頂いたお金は全てオルフェさん達にご献上します……! それでどうか御慈悲を……!」
「だそうだよ、どうするオル? デジタルさんの出す本なら少なくないお金が貰えそうだね」
「ほう……余と姉上のプライベートを金で売れと? 甚だ図々しい」
デジタルの命乞いを楽しそうに聞くドリオル姉妹。こうしていると本当にギャング相手に命乞いをする気分になってくる。
顔面蒼白で審判を待つデジタル。少なくとも今のところオルフェの言葉から赦してもらえる雰囲気はない。
「━━だが、そこなりんごの民とジェンティルのライバルの妹の同室本はなかなか愉快であった。金はいらんが、頒布前に我らに献本はせよ。それで赦す」
「デジタルちゃん、シオンちゃんとシュヴァルちゃんの本も出してたんだね……」
「何書いてんすか!? 何読んでんすか!?」
なんと意外にも赦された。それはそれとして自分の本を読まれていたことを目の前で告げられたデジタルは卒倒した。
「あ、あああっ……ありがたき幸せっーーーーー!!」
「命乞いに成功したのにデジタルちゃんが死んだ!」
「この人でなし! 暴君っす!」
知らぬところで自分の本が出されていたことに顔まで真っ赤になるシオン。ドリオル姉妹は2人してくつくつと笑っている。
「さて、次は貴様だミラクル。貴様は一昨日の夜、余が空腹の時に目の前を大盛り焼きそばを食べながら歩きおったな。狸のように腹を膨らせおって。おかげで余計腹が空いたわ」
「ほとんど言いがかりだっー!?」
「さぁミラクルさん、1枚引いて。オルを楽しませてくださいね?」
ジャーニーの用意した山札から普通にカードを引く。そこには『殺し屋』と書かれていた。
その文字に、ミラクルはドンドン顔が青くなっていく。
「さぁ、命乞いをせよ。先の勇者よりも愉快にな」
「あ、あのっ……わ、わたしのトレーナーさんには秘密にしてください! なんでもしますから!」
「ほう?」
「実は、先月は食べすぎない約束をしてて……もし破ったらトレーナーさんに滝行に連れて行かれることになってて……」
「じゃあなんで焼きそば大盛り食べちゃったんすか!?」
「身体検査は明日だし金曜にちょっとくらい多めに食べててもバレないかなって……トレーニング終わりで、お腹空いてたし……」
赤裸々に自分の罪を告白するミラクル。まさしく必死な命乞いそのものだ。
「ですがミラクルさん、それはオルではなく自分のトレーナーさんへの命乞いでは?」
「ああっ、しまった! でも、お願いします。これがバレたら、トレーナーさんに死ぬほど怒られる……!」
「くくっ……先ほど恋する乙女のような顔でトレーナーとの旅行を夢想しておきながらそこまでトレーナーを恐れるか。愉快な凡百よ」
心底おかしそうに笑うオルフェ。それを見て、ジャーニーも嬉しそうにしている。
「よい、よい。慌てふためくその愉快さに免じて余の前を横切ったことは赦そう。少なくとも余の口からは貴様のトレーナーに漏らす事はありえぬ」
「よかったぁ〜〜〜! ありがとうオルフェさん!」
心底安堵し、くるくる回るミラクル。しかしシオンは何か同情する目でミラクルを見ていた。
「……余の口からは、っすか。気になりますけど、次はあたしの番っすね。それで、あたしが何をしたって言うんすか」
「シオンさんの罪状は、昨日ブエナさんがオルに話しかけようとしたところ、オルの不機嫌に気づいたシオンさんがブエナさんを呼び止めて話しかけさせなかったことですね」
「だってあのまま話しかけてたら絶対無茶振りするじゃないっすかこの暴君!?」
それを聞いたオルフェは少し不機嫌になった。不貞腐れた妹の顔で堂々と言う。
「あれの生真面目さは誂うと面白い。さすが姉上が認めたティアラにしてジェンティルと同室で平然と暮らせるだけはある。それとの戯れの機会を奪った罪は重い。さぁ、命乞いの札を引け。それが貴様の生涯最後のドローとならぬことを祈ってな」
「オルフェさんもゲームにノリノリだね……」
ジャーニーがシオンに命鯉の山札を差し出す。しかしシオンは首を振ってそれを拒否した。
「あんたのゲームに付き合うつもりはないっす。ただ、これだけは言わせてもらうっすよ。
━━あんたがブエナさんをからかうと、ジェンティルさんが怒るんすよ!!」
「ジェンティルめが怒ろうと、貴様には関係なかろう?」
「おおありっすよ!」
平然と宣うオルフェに堪忍袋の緒が切れたようにシオンは林檎のように赤い髪を振りかざして怒る。
「ジェンティルさんが怒ると、うちの青森りんごを何個を握りつぶしてミキサーにもかけずに直接ジュースにして飲むんすよ!? あんまりっす!」
「ジェンティルさんの筋力をそんなことのために!?」
聞けば、シオンのもとには実家から定期的にたくさんりんごが届くのだが、シオンにはなかなか食べられないらしい。
なので周囲にお裾分けをしているのだが、ジェンティルの使い方は見ていてりんごが可哀想になるそうだ。
「ちゃんとブエナさんにも分けて全部飲んでるから文句は言えないけど、ジェンティルさんの握力で潰されるりんごを思うと……あんまりブエナさんで遊ばないでくださいっす!」
「もはや文明の利器すら放り捨てるかあやつは……」
「ブエナさんから聞いてはいますが、無茶苦茶ですね……」
さすがのドリオル姉妹もジェンティルの超握力には少し引いているようだ。
「それじゃあ、あたしはデジタルさんを保健室まで運んでいくんで……あんまり、他所のウマ娘にちょっかい出さないで欲しいっす。ミラクルさんも、付き合わされて災難でしたね」
言いたいことを言いきって、シオンは倒れたデジタルを担ぎ上げて部屋から出ていった。
「さて……ゲームは終わったけど、満足できたかな、オル? 足りなければ、次の罪人たちを呼ぶけれど」
「よい。やはり遊戯をするならプレイヤーではなく裁定者となるべきであった。ミラクルも下がって良いぞ」
「では、約束通り温泉旅館のペアチケットは差し上げますね。今日はお付き合いいただきありがとうございました」
「わ〜い。デジタルちゃんには悪い気もするけど、こんないいもの貰えるなら来てよかったです」
丁寧に温泉旅館のチケットをもらうミラクル。
トレーナーと二人きりの温泉旅行を夢想していると、ジャーニーが指を立てて言った。
「そうそう、この温泉旅館の近くには非常に景色のいい滝があるそうです。トレーナーさんと行くようなので、僭越ながら私の方からトレーナーさんにお伝えしておきました」
「えっ、あの……それは……」
滝。そのフレーズは先ほどミラクルが命乞いで口にしたものだ。しかしオルフェは黙っていると約束してくれたはずだが。
「余の口から貴様のトレーナーに漏らさぬとは言ったが、姉上が黙っているとは言ってない。せいぜい、滝に打たれて励むことだ」
「うわーん! 蛇! 悪魔! 暴君姉妹!」
ミラクルのスマホにトレーナーからの着信が響く。今すぐトレーナー室に来るようにとのことだった。
半泣きになりながら、それでも温泉旅館のペアチケットを握りしめてミラクルはトレーナーのもとに走るのだった。
『命鯉』というボードゲームは実在のものです。ウマ娘たちの宅ゲー妄想楽しい。