トレセン学園の広い食堂も、お昼時にはたくさんの学生とウマ娘特有の食事量で大混雑になる。
ヒシミラクルもたまたま居合わせたアグネスデジタルと昼食を取りながら会話に花を咲かせていた。
「クリスエスちゃんに聞いたんだけど、デジタルちゃんって忍術使えるんだよね? 凄いよね〜さすが芝もダートも走れる万能ウマ娘だよ」
「そんな滅相もない! デジたんのはただ推しの邪魔にならないよう眺めているためにその身を隠しているだけでして……」
「まあ気持ちはちょっとわかるかも……凄い人が多すぎて気後れしちゃうっていうか……あっ、アヤベちゃーん! こっち空いてるよ〜」
(気後れ……とは!?)
昼食を載せたプレートを持ち周りを見渡すアドマイヤベガを見つけたヒシミラクルは、何のためらいもなく彼女に隣の空席を指さした。
「お話し中ごめんなさい、相席させてもらうわ」
「いえいえ、こんなに混んでると一人で食べるほうが難しいですよね〜」
「狭くありませぬかアヤベさん!なんならこのデジたんすぐに立ち退きますので…」
「大丈夫よ、ありがとう」
淡々と、黙々とサンドイッチを食べ始めるアドマイヤベガ。
「それで、何の話だっけ…そうだ、忍術! デジタルちゃん、どんなの使えるか見せてくれない? 地面に埋まるやつとか使える?」
「屋内で土遁はちょっと……簡単なものだと、このようなものでしたら」
懐から出した布を持ち、学園の壁に張り付いて身を隠すアグネスデジタル。
普段からよくやっているのだろう、布の色が学園の壁と完全に同化していてよく注意しなければ気づくのは難しい出来栄えだ。
「デシタルちゃんすごーい! ガチ忍者じゃん!」
「大したものね。ちょっとその布見せてもらってもいいかしら。手触りとか……」
アドマイヤベガも興味を惹かれたのか、アグネスデジタルの了解を得てその布の手触りを堪能する。しかし突然大きな耳をピンと逆立てたかと思うと
(ちょっと借りるわ)
(えっ、はい!?)
「やあやあヒシミラクルさん! デジタルさん! 今日のランチタイムもまるでプルミエを迎えたスカラ座のようだね!」
オペラ歌手の如き響き渡る声。その声はもちろんテイエムオペラオーだ。手ぶらで歩いてきたので昼食目的ではないらしい。
「オペラオーちゃん、今日も元気だね〜どうかした?」
「うむ! トップロードさんを見なかったかい?」
「トップロードちゃん? そういえば屋上の方に行ってたのをちらっと見た気が…」
「ふむ、そうか…では屋上に行ってみるとしよう!」
「またね〜」
特別な用事ではなかったらしく、あっさり通り過ぎていくテイエムオペラオー。
「ふう……上手くできてたかしら」
「うわっいつの間に!?」
いつの間にかアグネスデジタルの布で身を隠していたらしい。正直、ヒシミラクルは隠れていることすら気づいていなかった。
「……ちなみに、他にもデジタルさんが使える忍術はあるのかしら」
「忍術じゃありませんけど……壁がないところですと、このように身を隠す事もできまして……」
アグネスデジタルがずっと椅子の後ろに身を隠す。それもただ隠れただけではない、アドマイヤベガからは完全に見えない死角にいる。
そのためにとんでもないポーズを取っていてヒシミラクルからはスカートの中が見えそうになっているが。
「デジタルちゃんスカート! めくれちゃう!」
「いえ、これくらい…アヤベさんのお頼みならデジたんのスパッツなどいくら見えても構いませぬ!!」
「……すごいわ、本当に見えない。ミラクルさんが一人で喋ってるみたい」
感心して頷くアドマイヤベガだったが、再び彼女の耳がピーン!と逆立つ。そして椅子の下に突然雪崩込んだ。とんでもないポーズで。
(アヤベちゃんスカート! スカート! 完全にめくれちゃってる!)
(いいの……私の足の露出なんてどうでもいい、その覚悟ならとっくにあるのだから……)
(その覚悟いる!? 妹さんとカレンちゃん泣くよ!?)
「はっーはっはっは!! もう一つ聞くことを思い出したよ、ご歓談中に失礼!!」
「わっ、オペラオーちゃん!? どうしたの?」
「ふ、不肖このおデジが! ミラクルさんに代わりデジたんがオペラオーさんとお話つかまつります!」
テイエムオペラオーはわたわたしているヒシミラクル達に小首を傾げたが、まあいいかと質問をする。
「……そうかい? ともかくドトウはどこに行ったか知らないかな」
「いえっ、本日学内で見ておりません! LINEでの連絡をオススメいたします!」
「おっとそれもそうだ! なにせドトウとは学内で一緒にいないほうが珍しいくらいだからね……それでは失礼!!」
再び歩き去っていくテイエムオペラオー。足音が完全に遠ざかったあとアドマイヤベガはそっと椅子の下から起き上がる。
「今のはどうだったかしら」
「初めてとは思えませぬ! これはアヤベさんにも推し活の才能が…?」
「そんなことはないけど……他にはある?」
「ええっと……実はデジたん予てより推しのいる部屋の壁になりたい、認識されないものになりたいと思ってきましたが……ついにこの前、空気になる術を編み出しまして……」
「もうそれ忍術超えてない? 魔法のたぐいだよ?」
スウッ……とアグネスデジタルの存在感がどんどん薄くなっていく。そして幻のようにふわりと消えて。
「あれ、さっきまでここでデシタルちゃんと話してたよね?」
「ええ、完全に存在しないかのように気配を消しているわ。……!!」
言うやいなや、続けるようにアドマイヤベガも消えた。一人取り残されるヒシミラクル。
「はーはっはっは! ヒシミラクルさん、三度失礼! 何度もすまないのだけれど、美しいボクに免じて許してくれたまえ!!」
「こ……今度はどうしたの、オペラオーちゃん?」
「トップロードさん、ドトウとくればそれは勿論!! えっーと……ア…………なんだったかな?」
「アキュートおばあちゃん??」
しばし頭を捻るテイエムオペラオーだったが、いつもの芝居ではなく本当に思い出せないらしい。
「ボクとしたことが何を聞こうとしてしまったか忘れてしまった! これは妖精王オベロンの幻惑なのかもしれない…思いだしたらまた来るとしよう!」
今度こそ、テイエムオペラオーはどこへともなく歩き去っていった。
「ぜっ、ぜっ、はっー……!!」
「うわっ、アヤベちゃん!? どうしたのそんなに疲れて……」
「や、やってみたら、意外とできるものね……ものすごく疲れるけど……」
「アヤベちゃん、アヤベちゃん、ちょっと……」
普段のクールでストイックなアドマイヤベガからかけ離れた行動の流れに、ヒシミラクルは至極普通の疑問を隠せなかった。
「もしかして……オペラオーちゃん、キライ……?」
「そ、そんな…!?」
推し同士の不仲疑惑に慄くアグネスデジタル。しかし当のアドマイヤベガ本人は服と髪を整えてしっかり椅子に座り直したあと。
お姉ちゃんのような、優しい笑顔でヒシミラクルもアグネスデジタルを安心させるために微笑んだ。
「ううん、全然?」
ヒシミラクルは自分のことを普通と思ってて周りに気後れしてるわりにシンボリクリスエスやファインモーションにもちゃん付で気さくに話しかけられるのがすごいと思います。