リビルドワールド 孤独に非   作:たっぷり

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初投稿なので駄文ですが、どうか許してください。


理外との遭遇
・第一話 目覚めと邂逅


 

 少年が1人、目を覚ます。そこがどこなのか、自身が何者なのかが定かでないことだけが分かる。いや、"自身が何者なのか"それすら分からないということに疑問が湧く。自身が先程まで何をしていたかを思い出そうとする程にひどくなる頭痛を抑えながら、何でもいいからと心の中で叫びながら該当する(なん)らかを探すと、幾つかの事を思い出せてきたことに安堵する。そして直後に表情から明るさが消える。

 最初に思い出したのは今現在、自身の居場所だった。現在地点はクズスハラ街遺跡(がいいせき)と呼ばれるかつて繫栄していた旧世界の者達が遺していった場所だということ。関連して思い出せたのは自身が生活している都市、クガマヤマ都市だった。その二つは子供の足でも辿り着けるほどの距離にあり、自身もそれに違わず(みずか)らの足でこの遺跡まで来たということを思い出す。

 (ほか)に思い出せたのは碌でもないことばかりだった。自分がスラムの子供の1人であること。どこかの徒党に入ろうとしたら、他の者の当て馬とされ、自分だけがそこらの路地に蹴り飛ばされたことなど。今置かれている状況から自分を助けられる記憶が(ことごと)く湧いてこない。

 

「なんなんだよ、ここ。いったいなんで俺がこんなところで、こんな……こん、な?」

 

 少年は自身の記憶に身に覚えがない。しかし、不安に駆られる理由となる記憶もまた存在しない。自分の物であるはずが、まるで水の中に油を注いだような違和感が残り、少年の精神を一抹の恐怖が徐々にその範囲を広げていく。

 埒が明かないと頭を振って最低限の冷静さを取り戻したのだと自身に言い聞かせながら周辺から情報を得ようと見渡してみると、そこは屋内であること。そして天井にはところどころ穴が開いており空を見ることができる。

 今が日中であることを確認し、一息つくと次はと所有物の確認に移った。

 薄汚れているがまだまだ着られるシャツ、膝上(ひざうえ)までの丈のズボン、2(ちょう)の形の異なる拳銃、紙や予備の弾倉、それらを()れているショルダーバッグが一つ。

 先程の、自身の記憶に意識を向け、どのように入手したかを知ろうとすれば、こちらもまた碌な入手経路ではないと知る。いや、思い出しているだけだ。この身体はきっと、どこまで行っても自分の身体(からだ)なのだからと、少年は挫けてしまいそうな自分に言い聞かせながらその場をゆっくりと調べていく。

 

「……、自分のことはひとまず置いておいて、だ。ここが危険な場所、且つ多くの者の稼ぎ場所ってのはオレが知っている。問題は、そんなところで眠りこけていたことと、その危険な奴らがいつまでもここに来ない、というのはありえないということ、……か」

 

 周囲を見渡しながら記憶を探り、この場所の安全性と危険性の擦り合わせを(おこな)い続ける。

 分かったことと言えば、瓦礫や埃をどけると壁や天井どころか(ゆか)に至るまでがいやに綺麗な()()の部屋であり、他には何も無いということだけだった。

 

「奇妙な部屋だし、結局(けっきょく)(なに)金目(かねめ)のものは見つからないし、いい加減外に出たいけど、ここ何階になるんだ?」

 

 開いている壁の穴から外を見渡せば隣接する同じだけの階層を持つであろう建築物が目に入る。外観は非常に酷いものではあるが、今すぐに倒壊することはない。そう思わせるだけの何かしらを少年は感じて、同じような建築物であるだろう自分のいる場所もそう簡単には崩れたりはしないと信じてゆっくりとその部屋から出ていく。

 

 

 いるかもしれない。いないかもしれない。しかし絶対など無い。確率的には会う可能性がある。危険なものと会わないように、自分の存在を認識されないようゆっくりと、可能な限り足音を消して建物の外までの道を下りていく。

 (あし)を、身体(からだ)を動かしながら、少年は(みずか)らが今置かれている状況を再度考察していた。

 

(きっとオレはこの遺跡に1人で来て、(かね)になる(なに)かしらを持って帰るためにここを登ったんだろうけど、残念なことに何もなかった上に、俺なんかに()かれてしまったってことなのか? ……、その通りだったらなんて運のない奴なんだ。運の無さが身体(からだ)についてないことを祈るからな?)

 

 1人で既に自分になっている身体(からだ)に対し、謎の恨み言を心の中で溢しながら下りていけば、壁に現在の階層が書かれているのを見つける。今は3階だ。

 あと少し。もう少しで外に出られる。そう思い気が緩んでしまった。先程まで必死に避けていた床に走る目立つヒビに、足をおろしてしまう。旧世界の物は総じて耐久性能が驚くほど高い。階下へ()りていく最中にあったヒビなども間違えて触れたり踏んだりしても問題はなかった。が、ここは違った。

 踏んだ瞬間、床がずれて少年に一瞬の浮遊感を与えて強制的に階下へと落とす。

 しかし、その下にも大きめの瓦礫が転がっておりそこまでの高さからの落下は防げた。おかげで身体(からだ)は打った程度で済み移動にさして支障はないように思える。だが、そこからが不運の始まりであった。群れからはぐれた四足歩行のモンスターがその双眸(そうぼう)で少年を捉えていたのだから。

 

「クソが……」

 

 少年の口から自然と現状に対する感想が漏れた。

 都市の外にいる危険な存在、有・無機物を問わずそれをモンスターと呼び。恐れながらも駆逐対象として人々はそれの対処を常にとっている。

 そのように危険な存在が目の前に()り、こちらを睨んでいた。

 

「どうすればいいんだよ、コイツ」

 

 心の中で唾を吐き捨てながら、無意識に床に落ちている大きめの石を手に取り、()いている(ほう)の手でベルトに挟んでおいた拳銃を引き抜く。こちらが動いたのと同時にモンスターも動き出し、その(アギト)で少年の喉元を嚙み千切らんとしてくる。

 少年は階段の踊り場に(ほど)近い位置に落ちれたため、それよりも低い位置にいるモンスターの爪などは届き(にく)く、その牙のみに攻撃方法を限定出来たのは、きっと運が良かったのだろう。噛み付かんと大きく開いたその口内へ石を掴んだ手を殴りつける。強引に喉奥まで入れこまれたそれがモンスターの口内を気持ちの悪いものヘと変え、顎を閉じにくくした。

 モンスターの膂力によって押し倒されはしたが、少年の背後には大きめの岩がありそれを背にして身体(からだ)を安定させる。押し込んでも少年はそれ以上下がることはなく、口を閉じるには口内の異物を取り除くか、それごと噛み砕くしかない。しかし石は少年が掴んでモンスターの突進に合わせて口内に捻じ込んだ為吐き出し難く、そもそも少年の手が邪魔で吐き出すことは出来ない。噛み砕くにしても顎に力が入らない所為でそこら辺に散乱している程度の瓦礫の一部であっても壊し切るには時間が掛かる。

 モンスターの動きが止まった瞬間、少年はもう片方の手で握っていた拳銃でモンスターの頭を狙い乱雑に装填されていた弾丸を全て吐き出させた。碌な狙いも付けないその銃撃であっても、零距離から撃ち出されたことで頭部の内側を完全に破壊されて息絶えてゆっくりと地面に倒れ伏す。

 

「クソ! ほんとにクソだここは。ただ生きたいって願いすら楽に叶えられないのかよ。……でも、俺は生きたい……」

 

 息絶えたモンスターの傍らで一連の流れの中で牙に当たってしまい出来てしまった腕に広がる傷の痕。腕を伝って流れていく血をぬぐい、バッグの中にあった包帯で患部を固めに巻き付けて治療を済ます。

 誰に向けるわけでもない怒りを湧きあがらせながら、悲嘆に浸る。死ぬのはきっと怖いから。自分が別の誰かになって前のことをわずかに覚えておきながら、最終的には、()の自分に押し流されるのが生死の流れならそこから遠いところに行きたいから。

 少年の望みは限りなく叶えられないと知りながら、それでも生き残ろうと前を向き外に出る。

 

 

 2(ちょう)の拳銃を改めて調べ、片方の使い切った弾倉を交換する。知識や知恵、肉体、使えるものは数あれど、目に見える自身の生命線はこれだけだ。数少ないものを少年は大事に使うことに意識を変える。

 屋外へと出た少年は様々(さまざま)な建物に入り、金になり()そうなものを探し続けるが大した成果は上がらない。モンスターの死骸、人間だったであろう肉塊、それらが殺しあったであろう弾痕、誰かだっただろう白骨など様々なものを発見していく。

 

「こいつも何も持ってないな。何も持ち込まずここに来たのか? ……いや、ないな。そうすると、既に誰かが漁って持ち去ったんだろうな」

 

 ()()と同じような無謀者(チャレンジャー)だったのか、十分に用意した上で何かにやられ、その所有物を持ち去られたのか。真相はその場で生き残っていた者にしか分からない。薄い嘲笑を自他に向け、自身の目的を再確認する。

 

(段々と日が傾いてきた。このまま残って探索を続けるか、都市に戻って、またここに訪れるかの二択だ。だが都市に戻ってどうする? 俺はそこのことを、記憶(他人の物)としてしか知らない。オレの記憶の通りなら、碌でもない扱いを受けてそのまま終わりだ。でも暗くなった遺跡の中を、俺は1人生き残れるのか? 答えは簡単、不可能だ。俺はこの世界のことを知らない。だけど)

 

 頭の中でぐるぐると考えがめぐる。だが、でも、だけど、とどっちつかずの考えが際限なく湧いてくる。

 遺跡に訪れモンスターを倒した。上々の功績じゃないかと弱気な自分が語り掛けてくるようで気が滅入る。無意識に自身は理解しているのだ。すでに一度戦い死にかけた。闇夜の中でモンスターに襲われれば間違いなく死ぬ。闇夜の中でなくともモンスターの数が2匹、3匹と増えれば死ぬのみだ。こればかりはどうしようもない。

 暗くなった気分のまま廃墟のようになった旧世界の遺跡を歩いていると視界の端にとても綺麗な、言い換えればこの場に似つかわしくない淡い光をその身に、そして周囲にも宿している鳥が1羽佇んでいた。

 

(……何だ?)

 

 夕暮れのビルの中、見たこともないそれに、少年は少しの警戒心と同等の好奇心を示していた。()もいわれぬ程のそれに目を奪われていると、それはこちらを見たように感じる。偶然こちらへ目を向けただけかもしれない。自分を見ていないのかもしれないが、その両の瞳で見つめ返されている。胸中に渦巻く好奇心を目の前に映る不可解な現象への恐怖が覆い尽くし、少年はその場から逃げ出した。

 その鳥の後ろの通路には鳥の周り以上の光量の何かがあった。

 幻想的であった。触りに行っても良かったかもしれない。近くに行くぐらいなら良かったのかもしれない。今からでも戻ったほうがいいのかもしれない。様々な思考が理性的な部分を侵食するかのように湧きあがる。ただそれに恐怖を感じて、思考を無視した。浸食された理性を無視した。生き残るために。ただそのために。

 走り続け、()まった疲労が理不尽にも身体(からだ)を傾ける。しかし少年が倒れることはなく、近くにあった壁に寄り掛かることになった。

 

「はぁー、はぁー、また変なところに、来た気がするな」

 

 荒い呼吸を繰り返す。ただただ逃げることに集中し、モンスターがいないかどうかさえ確認せず、廃墟と化した遺跡の中を駆け、別の建物の中へ、さらに奥へと入っていった。自身の直感を信じた。運の良さを、少年が持っているすべての、目に見えない何かをただ信じ続けて。

 その先にあったのは目覚めた時に見た、真っ白な部屋だった。前のところとは違い、劣化が少なく穴も開いておらず側面と床のヒビのみがある場所だった。

 

 

 疲労により身体を動かすのも一苦労だった少年は、その場で多少なりとも休憩をとることにした。あの幻想的とさえいえる光景には、何かがあると信じ逃げたのだ。全力で、自身の持ちうるものを最大限利用して。その為、心身ともに疲弊していた。その場でぶっ倒れないだけ凄いことだと、少年は自身を褒めたたえながら、その二つの休息を図る。

 そして幾分か休めた。そう思い、探索を再開しようと気を奮わせ、再度、金目(かねめ)の物を探そうと歩き出す。その時、それは少年に語り掛けてきた。

 

『あなたはハンターなのでしょうか?』

 

 少年はその言葉が、どこから響いているのか分かったが、理解できなかった。確実に少年の後ろから掛けられたであろう、その言葉は少年が知りえる何かを介していない。恐怖し、怯え、それでもと今できる最大限の警戒を、ベルトに挟んでおいた拳銃をすぐさま抜けるようにし、少年は振り返った。

 そこにいたのは1人の女性だった。その女性はどこか神秘的で非現実的な美しさを備えていた。目に見える肌はシミの一つも見当たらず。今まで見てきたどの女性とも比較にならないほどの容貌を、美麗な肢体をもって言葉なくその美を見せつけてきた。

 肢体の美しさは芸術的ですらあり、ひざ下まで伸びたわずかな劣化も見られない髪が見事な(つや)を放っている。老若男女問わず見惚れるであろう、顔立ちに浮かぶ凛とした、そのうえで優しさを感じられるような表情が、少年をその場から動けなくさせて居た。

 少年の記憶を、知識を総動員させて、この美に勝つ何かがあるかという問いが湧いてくるが、目の前の存在がその全てを否定し続けている。今までの美人の基準をこの瞬間に大幅に更新させていた。

 少年に向けられている視線から、自身からの返答を待っていると告げている。しかし、初めて見るそれにより、少年は動く契機を、口を開けるという、ごく簡単な仕草(しぐさ)すら不可能に陥らせていた。少年を見つめる目が徐々に別のものに代わっていく、凛としたものが抜け、こちらのあらゆるものを受け入れるかのような、優しいものへと変わり、女性は少年に向けその足を動かし始める。

 

「動くな! 動くんじゃない!」

 

 少年は突如変わった状況に、ようやく思考が追いつき、自身ではないものが動いたことで身体の自由を取り戻し、その異常ともいえる女性に向け銃口を向ける。

 旧世界の遺跡は危険なモンスターの住み処だ。訓練を積んだ武装集団ですら死にかねない場所だ。しかし女性は武装らしい武装をしていない。

 それを踏まえた(うえ)で、改めて目の前の女性を見る。武装らしい武装は見当たらない。銃やナイフは見つからない。頭から順に足元までを確認した上でそう判断出来る。何よりその女性の装いはただのドレスのようにしか見えない。ところどころ穴が(ひら)いている所為で、その奥に隠れているであろう物を想像させるような、しかし一切淫靡に感じさせない。芸術的とさえ言えるそれを女性は身に纏っていた。

 そんな存在が近づいてくる。銃を向けられた状態であるはずの見知らぬ女性が。少年は自身の身体(からだ)が震えているのが分かるからこそ、近づかないで欲しかった。何かの間違いで引き金を引きかねないのだから。既に周囲の警戒だとか、別の思考に割り振れるほどの余裕はない。

 自身に一歩、また一歩とゆっくりと、しかし確実に近付いてくる女性に少年は再度叫び警告する。

 

「動くな! 近づいてくるんじゃない! 撃つからな! 次は警告じゃない! 本気だ!」

 

 先程までの、目覚めたばかりの少年ならば撃っていた。だが異常事態が続きすぎた。目の前の女性は凶器など持っているようには見えなかったこと。彼女の表情からは敵意などの害意を一切感じられなかったこと。訳の分からない状況が連続して起こっている所為で少年の指を鈍らせていた。

 そして近付いてきていた女性が目の前から消える。何の前触れもなく。その場所には元からなにも居なかったと感じさせるほどにあっさりと。

 少年が困惑を強く残した表情をさらに歪め周囲を見渡すがどこにもその存在を確認できなかった。

 そのことに気を一瞬緩ませたところに声が掛かる。

 

『安心してください。そちらに危害を加える気はございません』

 

 自身の横から急に聞こえた声に反射的に顔を向けると、少年と同じ視線になるよう身をかがめている先程の女性が、手を伸ばせば触れられそうな距離にいた。

 この異常な状況は、少年の対応力を大きく上回っていた。理性と本能が即座の逃走を促すが体は一切の反応を示さない。

 少年はただ女性を見つめ、どこまでものろく動く身体(からだ)を呪いながら湧きあがる恐怖と狂気を封じ込めていた。

 少年の腕は徐々に女性にその銃口を合わせようとしている。非常に時間が掛かったが、それは出来た。出来てしまった。触れてしまいそうになるほどの距離にいる少年と女性。腕を曲げて距離を調整しようなどという考えは今の少年には困難に過ぎた。

 少年の持つ拳銃、それを握る少年の手は目の前の()()()()()()()()し、まるでそこには何もないと告げるような結果のみが残っていた。

 自身の視界と触覚が、それぞれ別の解釈を起こしているかのような、そんな現象を前に少年の思考は完全に停止してしまう。

 彼女はそんな少年の反応を取り戻すべく優しく微笑みかけ、声を掛け、より扇情的な衣装へ衣服を変えたり、見る(もの)(すべ)てを魅了するように大きく体を動かしてみたり、(なに)かがいけなかったのだろうかと試行錯誤するかのように身体的特徴を大きく変化させたりと色々試していたが、その悉くが少年の思考停止を長引かせていることに気づかずに、少年が返ってくるまでそれは続いていた。 

 

 

 ()()()、かつて世界を席巻していた高度な文明が滅び、半壊した都市の後、原型を失いつつも遺る建造物、壊れて動かなくなった道具などから、かつての英知と栄華を想像するのが困難になるほどの長い年月が流れた。

 雨粒の一つさえ改造され作り替えられた世界で降る雨は、その膨大な年月の中で、地平まで続く廃墟を崩壊させながら、天まで届く木々を育て、地上に住む人々の命を支え続けている。

 材質不明の建築物。半壊したまま宙を浮かぶビル群。服用するだけで四肢の欠損すら回復させる薬。そして、人を殺すには余りにも過剰な威力を誇る兵器群。多種多様なものが、その滅んだ文明の技術力を物語る。

 それらをまとめて旧世界の遺物と呼ぶ。かつての英知と栄華、その欠片だ。

 人々はその欠片を搔き集め、長い時間を掛けて人類社会を再構築した。万能な魔術と見間違うほどの高度な科学力を誇った文明さえ滅ぼした何かですら、人類だけは滅ぼせずにいる。今も、そして過去すらも。

 

 

 人類の生存圏、その東部と呼ばれる地域には、統治企業と呼ばれる組織が管理運営する企業都市が無数に存在する。クガマヤマ都市もその一つだ。

 クガマヤマ都市はその一部を巨大な防壁で囲っている。壁の内外、どちらもクガマヤマ都市なのだが、そこには明確な格差が存在していた。

 防壁の内側には、企業の幹部などの富裕層や権力者が住む上位区画、比較的裕福な一般人が住む中位区画が存在している。外側は下位区画と呼ばれ、主に経済的な理由で防壁の内側に住めない者たちが住んでおり、それよりもずっと外側、都市から居住域とされていない荒野と呼ばれる危険地帯に近い部分には、スラム街が広がっていた。

 少年はスラム街に幾らでもいる子供達の1人だ。

 サイボーグ化、生体改造、ナノマシンの注入といった多くの強化処置が存在する東部において、それらの一切を受けていない、身体的にごく一般的な子供だった。

 専門的な知識や技術などを持たず、学校教育による教養もない。親もおらず、身の保証をしてくれる保護者も存在しない。金も食事も足りない、いつ死んでも不思議などない、誰にも見向きもされない。スラム街にありふれた子供の1人だった。

 荒野を住み処にしているモンスター達は時折都市を襲撃してくる。その時、初めに被害に遭うのは隣接しているスラム街の住人だ。

 少年の記憶には、三度の襲撃を生き延びたものがあった。一度目はただひたすらに逃げ回っていた。二度目の襲撃は隣を走る人間が噛み付かれ、その者が持っていた拳銃を回収し、そのモンスターが食事しているところに銃弾を撃ち込んだ。三度目は二度目の成功体験に心を震わせ、モンスターを何とか殺してやろうとしていた。それが間違いだったことに気付いたのは、近くにいたハンターがその手に持つ銃をスラム街の住人に向け、引き金を引いているのを見た後だった。

 少年は運が良かった、乱射された銃弾がその身を掠るだけで、大きな怪我もなく、命を落とすこともなかったからだ。その痛みに反射するように少年は考えを変えた。ただ逃げて生き残ろうと。その為に知りうる路地裏の逃げやすい場所へと、隠れやすい場所へとその足で駆けた。その道中に居たスラム街の住人もまたハンターに殺され、手に持っていた拳銃がこちらに転がってきた。地面に溜まっている血液の中を泳いでいたそれを即座に掴み、足をさらに速く動かす。休んでくれと足が訴えることも無視して、背にかかるハンターの怒声さえないものとしてただ生き残る道を探していた。

 その後は簡単に事が進んだ。自身以外の何かが、誰かがモンスターの餌となってくれとただ祈り、そのモンスターをいち早く殺してくれと、またも知らぬ誰かに祈りながら暗闇に身をかがめただ怯え祈り、周囲の喧騒が止むようにとただ待っていた。

 いつの間にか寝ていた少年は起きた時、とても後悔していた。一度の成功体験など話にならない。生き残るために必要なのは、それを行い続ける力と意志を持つことだった。昨日見たハンターのような暴力を身に纏い、自在に扱えるようになることだった。

 少年はその生き残った運を信じることにした。その運の全てを使いハンターになり、成り上がると覚悟を決めた。ハンター稼業は知識のあまりない少年でさえ、年に多くの死者数を出している危険なものと知っていた。それでも一度の成功体験が、三度の生き残った自身の運がそれを求めさせたのだった。

 この世界にはハンターと呼ばれる人々がいる。金と名誉を荒野に求める者達だ。

 荒野は都市の外であり、モンスターが蠢く危険地帯。安価な銃が無駄に出回っている非常に治安の悪いスラム街でさえ、荒野と比べれば遥かに安全。そう思えるほどに危険だ。

 しかし同時に莫大な金と力をもたらす場所でもある。荒野には旧世界の遺跡が、旧世界の遺跡には旧世界の遺物が存在しているからだ。

 人を襲うモンスターでさえ旧世界の遺物の一つだ。生物系のモンスターは高度な生体技術の実物例であり、機械系のモンスターは貴重な機械部品の宝庫だ。都市に持ち帰れば相応の金額になる。

 さらに遺跡から極めて貴重な遺物を持ちかえれば、都市すら買えるほどの大金が手に入ることすらある。現在も稼働し続けている旧世界の遺跡、軍事施設などを掌握して完全に制御下に置ければ、国を興すことさえ不可能ではない。

 ハンターは遺物を持ちかえればその分金と力を増し、さらに高価な遺物を持ち帰ると繰り返し、より危険で稼げる遺跡へと向かう。

 少年はそんなハンターではないただ運が良かっただけだった。だが、何もしなければただ死ぬだけだ。モンスターに食い殺されるか、他者の被害を逸らすための生餌になるか。その二つしかない。それなら自ら動き、賭けるしかない。

 いつか来るただの死ではなく、自身の命をチップとして、賭ける覚悟を示していくしかない。

 少年はその日、覚悟を決めハンターとなった。成り上がるために、生き残るために、ただ死を待つだけの自身を否定するために。

 だが少年にはそんな運すら残っていないと知るのは、その場に踏み込むまで分からなかった。少年にはそれを受け入れるほどの器などなかったのだから。

 

 

 少年は得体の知れない女性と出会った後、そのあまりに不可解な事柄の連続により平静を取り戻すのに多くの時間を要したが、女性はただその時を微笑みを向けながら待っていた。

 しばらくの沈黙の後、少年の目の焦点が虚空から眼前の女性へと合っていく。

 女性はそれに気が付くと、改めて少年に向けて微笑みを向けて話し出す。

 

『大丈夫ですか? 私のことは見えていますでしょうか? 私の声は聞こえていますか? ここはどこか分かりますか? あなたが誰なのか教えていただけますか?』

 

 受け答えができる程度には回復した思考で女性に問われたことの答えを脳内で形成する。顔に怪訝な表情を浮かべながら、少年はそれらを吐き出す。

 

「……見えてるし、聞こえてる。ここはクズスハラ街遺跡で俺は、俺は、……」

 

 少年は最後の言葉だけはどうしても吐き出せなかった。自身を認識したのはつい先ほどだからだ。この体は自身の知識が正しければ他人の物とさえいえる。記憶を探ってもそれらしいものは出てこず、頭を悩ますばかりだ。

 

『大丈夫ですか? 一時的な記憶喪失でしょうか。あなたの持ち物の中に何かしらのヒントになるものがあるかもしれません。私も協力しますので見せていただけませんか?』

 

 少年に向ける視線が微笑ましいものを見るものから、こちらをただただ心配している。そうとしか捉えられないようなものに変わり、少年は観念して自身の所持品を彼女に見せていく。

 

『これがあなたの名前ではないでしょうか』

 

 女性が指を指し示すものはバッグから取り出した一枚の紙きれ。そこには何かがたしかに書かれてはいるが、少年は読めないからとバッグの一番下にしまっていたものだ。

()()()()と書かれている。女性に教えられ知ることが出来たこの身体の名前。だが俺はそいつではない。そいつではない俺がその名を名乗るのは侮辱のように感じ、心の奥底から気持ち悪さを感じ少年は何も入ってない自身の胃袋の中を外へと吐き出した。

 

『大丈夫ですか? 落ち着いてくださいクローク。ゆっくり呼吸して。ゆっくりと』

「その名前で……呼ばないでくれ。俺はそのクロークじゃないんだ。俺は、そいつじゃないんだ」

 

 怯える様相を見せる少年に対し、隣に立つ女性はただあやすように、宥めるように、少年に多くの言葉を投げかけていった。

 

 多少の時間を使い、少年が正気を取り戻し、女性との会話を再開させる。

 

「ありがとう、ございます。もう落ち着いた。……落ち着きました」

『でしたらこちらも安心です。あなたの名前は後にしてこちらの自己紹介をしましょうか。私の名前はファナと言います。よろしくお願いします』

 

 緋色の髪を揺らし、少年へと綺麗なお辞儀をする。その所作や言葉遣い、抑揚、緋色の眼が少年の中に残っていた警戒心を解していく。不可解な状況であることには変わらないが、眼前の存在が自身に対して敵意を持ってないのなら、過剰に反応する必要などないからだ。余分な警戒心は、遺跡内にいる多くの敵に対し向ければいいのだから。そうしよう。そう心の中で決めた。

 

「それでファナさん? は何者なんだ? 幽霊じゃないんだよな? 触れないけど話しかけたらちゃんと返事も返ってくるし、なんか、……」

『そうですね。私は幽霊ではありません。証明しろと言われても困りますが。簡単に説明するのなら、あなたが見ている私は拡張現実の一種。私の姿も作り物で、人との交流をし易くするための物です』

 

 少年の意図の汲み取りにくい質問にもファナは自身で補完しながら、少年にも理解しやすい言葉を探りながら説明を続ける。

 脳が視覚、聴覚から入る情報を処理する段階に、外部からの追加の情報を送り込むことによって、少年の視界にファナの身体を、聴覚にファナの声を認識させている。

 少年の脳には、それらの特異な情報の取得、認識が可能な無線の送受信機能が備わっている。それが先天的なものなのか、それとも後天的なものなのかは不明だが。

 今までの会話なども、空気の振動などを介さず行われていること。脳から送られる指示情報、外部からの入力情報によって、少年とファナの会話は成り立っていることを伝える。

 少年は持っていた知識の中のARに近いものかと理解し、顔に納得の表情を浮かべる。

 ファナも少年の表情を見て、完全ではなくとも自身のことを理解してもらえたことに安堵の表情を浮かべる。

 ファナがさらに要約して、この説明を締めくくる。

 

『私の姿や声は、あなたにしか認識できません。ですから私に話しかけると傍から見ると虚空に話しかける変な人と、誤解されるかもしれません。それを理解していただければ、今は十分です。あと、私のことはファナで構いません。言葉遣いも崩していただいて構いません。あなたの名前は……追々、解決するとしましょうか』

 

 ファナは説明の最中もその微笑みを少年に向けていた。少年は自身に向けられるその表情に加え、先程自身を心配するような表情から、無意識にファナに対する評価を上げ、信頼を寄せつつあるのに気づかなかった。

 

「……まぁ、分かった。それでファナはこんなところで何をやっていたんだ?」

『ちょっとした頼み事がありまして、私を認識できる人を、最低でも会話ができる方を探しておりました』

 

 ファナが少々落ち込んだ様子を見せながら続きを話す。

 

『その人がハンターであれば尚都合が良かったのですが、まぁ、人生そこまで都合の良いようにはできていませんからね』

 

 少年がなぜか責められている感覚に襲われ、それを振り払うように質問を投げる。

 

「あーっと、なんで頼みごとをする相手がハンターだと都合がいいんだ?」

『その頼み事の内容が、所謂ハンター稼業の依頼に当たりまして。勘違いしないでほしいですが、別にハンターではないとダメというわけでは必ずしもないということはご理解ください。ですので、私の話を聞いてほしいのですが、よろしいでしょうか?』

 

 ファナは表情を親しげなものにコロコロと変え、最後に笑顔を少年に向け話を続けようとした。少年は少し迷い、多少の苦しみを含んだ表情をファナに向け、躊躇いながら答える。

 

「そのだな、俺は、……俺っていうのは目が覚めた時に持っていた記憶の中のことなんだがな、オレはハンターだったみたいなんだよな」

 

 ファナが驚いたような様子を見せる。

 

『そうなのですか? その年で、ですか。……ハンター歴がどの程度かなどはわかりますか?』

 

 ファナが名前に触れないようにと言葉を選んでいる風を見せながら少年に尋ね、少年もそれに答える。

 

「い、いち……」

『いち? 1年?』

「……1日。実働期間は今日だけです」

 

 2人の間に微妙な沈黙が流れる。お互いが微妙な表情を浮かべているのだろう。相手の顔を見て確信に至っていた。

 

「うん、忘れよう。そもそもこれに書いてある名前に俺は何かしらの思い入れがあるわけでもない。またゼロから始めればいいだけだよな。うんうん」

 

 少年はスラム街で生き残るだけの運はあった。しかし、ハンターとしての一歩目から躓き、荒野に消えた。自身はそこに憑いただけの存在だ。()の少年は少し自棄になりながら笑い、発言を取り消した。

 やはりハンターでも本人でもないものに用は無いだろうと思いその場を去ろうとする。

 だがファナは笑って少年を呼び止める。そして意欲的に話を続ける。

 

『そう言わずに話を聞いてもらえませんか。これも何かの縁。貴重な出会いでもありますからね』

 

 まともなハンターとも呼べない。ましてや自身はハンター登録さえしていない。それはファナも理解している。しかし、他にファナを認識できるものがいないのも事実だ。更には現時点で少年の実力が極めて未熟であることは、長期的に見ればマイナス要素とは言えない、()()()()のだと結論を出した。

 

『依頼内容は、とある遺跡の攻略になります。それも極秘に。前払いの報酬としていくらかの援助、及び私のサポートを付けます。更に成功報酬として遺跡攻略後、あなたの望む旧世界の遺物を進呈します』

 

 予想外の内容に少年は驚愕を浮かべる。

 

「凄いな! そんなにか」

 

 ファナは少年の反応に内心喜びながら、それを漏らさず、ただ自信を感じさせる笑顔を向けながら続ける。

 

『本当ですよ。こんなにもおいしい依頼を受けられるのはほんの一握り。あなたの残りの幸運をここで使い切ってしまったかもしれない。そのくらいの物だと自負しております。無くなってしまった幸運を補うためにも私のサポートは必須かもしれませんね。おそらくですが。どうしますか?』

 

 少年の中にある言葉が疑うべきと言っている。暗く、だが気持ち悪く感じない言葉が湧いてくる。

 

(幸運……か)

 

 その言葉が少年の中の何かを左右させた気がした。明確なものではないただ、気に食わなかったのだ。運だけで決まるのだろうか、それは違うのではないか。いや、違うのだと心が何かを叫んでいた。

 

(多分だけど、ファナの言う依頼の内容は正しい。でも、それを提示されるだけで()()なるのは違うはずだ。俺が生きているのなら、ここにいるということは何かあったからだ。俺になのか、オレになのかは分からない。だけど俺はもうそれだけに拘りたくはない。それ以外を見ない人間にはなりはしない)

 

 少年の最後の記憶、その部屋に入った際に起きた頭が砕け散りそうな激痛を、耐え切れずそのまま倒れた自分を思い出して結論を出した。

 

「悪いけど、その依頼は断るよ」

 

 その言葉を聞いたファナは酷く狼狽えた。

 

『何故ですか? 私としてはこれほどおいしい依頼は他にないと思いますが』

「うん、俺もそう思うよ。でも違うんだ。俺にはもうきっと幸運なんて残ってないのかもしれない。でもそれはもう知っていたことなんだ。それでもオレは、俺はまだ生きている。誰かの決めた幸運の中で生きることだけは決してしない。俺の幸運(それ)は俺だけの物のはずだから。……多分、分からないと思う。下らない意地かもしれない。でも、俺を証明するに足る意地なんだ」

 

 もう他人の幸運に殺される気なんてない。他人の暴力に押しつぶされる気はない。それだけは決めたことだった。決めるに足る貴重な時間を経験した。

 

 

 ファナが驚いた表情で少年を見ていた。

 おいしい依頼に飛びつかない。自身のサポートの存在も無視された。少年には理解できないほどの成功報酬すら、少年の覚悟には劣るということを理解した。しかし、せっかくのファナを認識できる個体だった。この程度で手放すには惜しすぎた。

 

『……そうですか、では少々の援助はさせていただけませんか? それがあれば何をするにも役に立つと思います。ここから多少歩きますが、その場までの過程、あなたの命の保障を私がします』

 

 少年に今でなくとも、将来的に契約できる機会を求めて、自身の有用性を示すことに方針を変えたファナは少年へと別の案を提示した。

 そんなファナを少年は少し訝し気な表情を向ける。

 

「なんでそんなに俺に拘るんだ? 探せば俺なんかよりずっと強いハンターだっているだろうし、その中にファナのことを認識できるやつだっているはずだろ?」

『その認識できる人、というのが本当に極めて稀なのです。その為、今回のような機会を逃すと次がいつになるか、(はか)ることすら難しいぐらいには』

 

 ファナはとても難しい表情を向け今回の、少年と会えたこの機会がどれだけ自身にとって貴重なものかを説明していった。

 

(からかっているようには見えないし、そもそも名前も分からない、挙句ハンターですらない俺をだましたところで、ファナには利益があるようには感じない。多少歩くと言っていたけれど、そこに何があるかわからない。……でもやっぱり利益があるように感じないし聞こえない。少なくともこの世界に来て初めて見た敵対してない人物なんだから、色々聞いてみたいな……)

 

 少年はファナの話を聞きながら自身のこれからを考える。そして自身の覚悟を以て結論を出す。

 

「分かった。ファナのいう援助? を受け取ろうと思う。多少歩くって言ってたけど、もう外も暗くなる頃合いだろう? どうするんだ?」

『ありがとうございます。その場所まで徒歩での移動になりますが、私が先導するのでその通りに進んでいただければ安全に辿り着けます。くれぐれも、それだけは(たが)えないでください。お願いしますね』

 

 少年の答えにファナは笑顔と共に感謝を述べ、ある程度の指示を飛ばし、真面目な顔でそれを後押しする。まるでそれ以外は許さないと言っているかのように、ファナからの圧に少年は首を縦に大きく振る。

 

『では、早速行きましょうか。先程言われた通り、外は既に暗くなってきていますが、私の指示に従っている限り問題ありません。それだけは保証させていただきます』

 

 ファナの言葉を皮切りに、部屋を後にする。

 

 

 少年が既に暗くなった遺跡の中を進んでいく。周りの建造物は明かりがなくなってしまった為、見づらくなっているが、自身の進む先を歩いているファナだけはその輪郭までもが明確になっている。出会いから今までの全てに疑問が募るがその多くは飲み込むことにしている。

 なぜこんなにも歩いていても、その道中一度もモンスターに遭遇すらしないのか、先導している道は何を基準に決めているのか、上げれば切りがないだろう疑問にひと先ず封をして口から出ないようにする。ここは遺跡の中だ。荒野の中でも危険性の高い場所なのだ。目の前を進む存在の藪をつついて蛇が出ればマシだろう何かを問う必要はない。

 

「ファナの姿はこの暗さの中でもハッキリと見えるけど、これも拡張現実ってやつのおかげなのか?」

『はい。しかし、私の使用しているそれはそこらの安物と違いとても高性能です。契約していただければそれを必ず理解していただける。そう確信できるほどの物です。契約したくなりましたか?』

 

 先程から投げかける問いにファナは明確な返答をこちらに返してくれる。ただ最後に契約云々が必ずついて来るのだけはちょっとうんざりするくらいだった。

 突如ファナが厳しい顔をこちらに向け叫ぶ。

 

『建物の中に! 10秒以内に!』

 

 唐突すぎることに思考が止まる。身体(からだ)も同時に止まりどうするべきかと、ゆっくりと考えている。

 

『6,5,4、……』

「……ッ!」

 

 少年は真剣な表情のファナを信じることにした。その時にはもう駆けだしており、ファナが指さす建物の中へと転がり込もうとした。

 

『遅い』

 

 ファナの姿は既にそこから消えており、その場に大量の何かが着弾した。

 大きな爆発音が響く、その音響に比例した威力が爆風を生み出し、それを建物の中へ入ろうとしていた少年の背中を強く叩いた。

 

 

 少年は背と腹部の痛みによって目を覚ます。背中を確認することはできないが腹部の怪我の程度を確認した。床と自身の間に入ったガラス片により、大きな切り傷ができており、流血がひどい。体が徐々に冷たくなっていくのを自覚するとひどく動揺する。

 

「クソ! クソッ! 死にたくねえよ。こんなところで」

『怪我を負ってしまいましたね。無事には見えませんが、どうにかするすべを知っています。そこまで頑張れますか?』

「……ッ!」

 

 喉元まで出かけたファナへの文句を飲み込む。最初に言われていたことだった。指示には従うように、と。

 分かっていたつもりだった。ただの()()()でしかなかったのを今更理解し後悔した。

 血液を失い、冷たくなる身体(からだ)を感じながら、今更ながら自身が情けなく感じていた。覚悟を示すと決めたばかりだったはずだ。だが結果はこの体たらく。無様で仕方がない。湧いてくる感情が自身の中を侵していく。それが顔に強く表れる。

 

『ここで諦めますか?』

 

 そう問われた。一言だけだった。ファナがただただ真剣な表情で。少年の視線に合わせるように。その瞳の奥を解き明かすかのように。目を合わせこちらを見る。それ以上の言葉は不要というかのように。

 その言葉がぴったりと心の隙間の一部を埋めた気がした。少年は口角を上げファナに告げる。

 

「冗談はよしてくれ。諦めない。俺は最後まで、誰よりも意地汚くも足掻いてやるんだ。俺の覚悟を、最後の最後まで示し続けてやる」

 

 少年の顔には、瞳にはもう後悔も諦めも残っていなかった。

 

『はい。それがよろしいかと。こちらです』

 

 ファナの先導で建物の中をゆっくりと、だがたしかにその両脚で踏みしめ少年は前へと歩みを進める。ファナの言う何かのところへ行くために。辿り着くために。減少し続ける体力を無視して、限界すら無視して。

 

『着きました。まずはこれを服用してください。10錠ほどです。その後、それの中身を傷口に振りかけてください。ただし経口摂取と違い、直接投与は鎮痛効果が低下します。激痛になりますが耐えてください』

 

 ファナの指示通り棚にあった箱を開け、中身をいくつか出してそれを飲み込む。直後、幾分か体に残っていた痛みが引いていった。しかし、ファナは傷口に直接投与しろと言っている。確認してみれば腹部の傷はそのままだ。このままでは全身の痛みが引いても出血過多で死ぬだけ。なら決まりだ。覚悟を示すと決めたのだから。

 いくつかのカプセルを開け、その中身を傷口に振りかける。直後、先程までとは比較にならないほどの痛みが全身を走る。それに耐えられず、床をのたうち回り、声にならない悲鳴を上げる。

 

 

 目が覚める。本日幾度目か、数えようとしたが優先度が低いと無視し、周囲を見渡す。ファナが連れてきてくれた、何かしらの倉庫のように見える。床にガラス片が散らばっていなくて助かった。またあんな激痛に耐えられる気はしない。せめて日を開けてほしい。

 そういえばと背中を改めて見てみる。起きた際に何か違和感があったのだ。確認しておいたほうがいいだろうと自身が寝ていた場所を見ると、小さいが尖っている何かの破片が転がっていた。おそらく自身の身体(からだ)の中に埋まり共にここまで来たのだろうが、服用した薬のおかげで体外に排出されたのだろうと1人で納得する。

 

「ファナの姿が見えないけど、どこ行ったんだろう。……見放されたかな? まぁ、情けなさ過ぎたしそれもあり得るな」

『見放していませんよ。最初に言いました通り援助する品を選定しておりました』

「ヒィッ!」

 

 急に現れたファナに驚き情けない声を上げる。絶対に狙ってやっているだろうと、じっと見つめるが笑顔が返ってくるだけだった。既に何度か見た表情で言い返しても口ではどうせ勝ち目などないので、目を他所に向けることにした。

 しかし、ファナの発言が引っ掛かり目をファナに向け問う。

 

「品の選定?」

『はい。ただ高価なものを渡せばいい、というものではありません。それを取り扱えるかどうか、人によりそれは変わってきます。酷な言い方になりますが、あなたが遺跡奥部でしか入手不可能な品を都市で換金を行った際、高い確率で他のハンターや、都市の人間に目を付けられ、最悪の場合、監禁からの拷問に合う可能性も捨てきれません』

 

 ファナの発言を聞き、無意識にそうなった自身を想像してしまい背筋に冷たい何かが走った。

 やめてほしいものだ。つい先ほど、背中に入っていたであろう破片が抜けたというのに、次は薬を使っても抜けなさそうなものが入ってきた感覚に襲われた。

 

「分かった、注意しておくよ」

『はい、そうしてください。……まだ先程襲ってきたモンスターが近くにいます。それが何処かに行くまで何かしら雑談でもしましょうか』

 

 ファナからの提案に乗り、せっかくの機会だと色々聞けることを聞こうとした。

 先程襲ってきたモンスターのこと。どのようにモンスターに遭わないようにしていたのか。自身が服用した薬のこと。今、自身が居るこの場所はクズスハラ街遺跡のどこでどのような場所なのか。できる限りファナの琴線に触れないような質問を投げかけた。

 モンスターに関してはそれぞれ巡回ルートが定まっていてそれを避けるように少年を先導していた。しかし、その巡回ルートから外れた、所謂壊れた警備機械もおり、先程少年を襲ったものもそれに該当するとのことだった。

 

『因みにですが、あの機械系モンスターの攻撃であなたが助かったのは私のおかげでもあります。あの機械系モンスターは周囲の監視カメラからの情報を収集しそれを利用し、外敵の排除を行います。しかし、私にかかればその情報を少しいじることも可能、それによって、あなたに向かうはずだった砲撃を狂わせ直撃を避けることができたのです』

「凄いな。そんなことまで出来るのか。ファナからしたら、ここらの機械系モンスターはそもそも会敵すらしなくて済むってことか」

『そうなります。私の凄さを再確認できたようで何よりです』

 

 会話の節々に自身の有用性を示しながら笑顔を少年に向け続けるファナ。

 少年が服用したものが旧世界製の回復薬ということ、今いる場所はファナが管理している都市の外郭として利用している廃墟であるということ。聞けば聞くほど驚くことばかりで聞きたいことが増えていくが、それでも時間は来る。

 

「もう日が昇り始めたのか。いい加減帰らないとだな」

 

 会話の最中コロコロと変化させていた衣服や容姿を最初に会った時の物に戻し、ファナは少年に一つの提案を投げかける。その顔には多少の陰りが見えるのはおそらく気のせいだろう。少年はそう思うことにした。

 

『そうですか。残念です。()()に私の都市を見ていきませんか? これ以上の援助はできませんが見るだけならタダですよ?』

 

 都市。自身が知るそれはビルが立ち並ぶそれ。廃墟となり倒壊したビル群が眼前に広がるそれ。巨大な防壁に囲まれ下位区画とスラム街で守りを固めるそれだった。ファナが会話の中で話す彼女の都市は、彼女にとっての誇りなのだろう。そう思えるほどの笑顔を少年に向けていた。

 少年はそれに興味を持っていた。いつか見てみたい。何かしらの方法でここまで来られるのだろうか。それこそクガマヤマ都市に戻り次第ハンター登録し、力をつけるのもいいのではないか。その思いが自身の中を優占していくほどに。

 

「ならお言葉に甘えようかな。少しだけでもいいからさ」

 

 少年の言葉に微笑みを返し、ファナは促す。

 

『こちらです。どうぞ』

 

 廃墟と化したビル群の見える扉の反対側。固く閉じるその扉が徐々に開き、その奥に隠された都市を、その姿を、少年の視界にさらす。

 

 

 そこに足を踏み入れてから、少年は感嘆の一つも漏らさなかった。周囲を見渡し、綺麗に整備されたビル群を、その間に走る道路を、宙に浮かぶ輸送コンテナを視界に入れ、一つ一つそれらに魅入られているかのように、魂が抜けてしまったかのようにその場に佇んでいた。

 

『どうでしょうか。お眼鏡にかない……?』

 

 ファナの言葉が止まる。その視線の先に起きていることが理解できなかったからだ。

 少年はその瞳から一筋の涙を流していた。ただそこにいるだけだ。辛い思い出を思い出したわけでも、嬉しかった何らかを思い出したわけでもなかった。それでも少年の中から溢れるそれを、少年は止められなかった。

 

「綺麗だ……」

 

 たった一言。その一言を発することが少年にできた最大限だった。ここに来てから本当に碌なことがなかった。記憶の中の自身も、知識を持ってきた自身も、自身を襲ってくる荒野のモンスターも全てが少年の心を蝕み侵していった。

 そんな少年にはこの光景は眩しすぎた。理性はここは遺跡の中なのだから危険だと、そう訴えてくる。ここがファナではない者が管理している都市であれば、自身は踏み込む前に消し飛ばされていると、教えてくる。それでも少年はそれらを尽く無視した。

 

「なぁ、ファナ。ファナの依頼を受ければ、俺は強くなれるのかな」

 

 唐突に問われたそれに困惑を顔に浮かべたファナは正直に答える。

 

『は、はい。間違いなく。あなたが望む限りの力を手にすること、そのサポートをします』

「そっか。こんなに綺麗な景色、もっとあるのかな」

『私程に管理しているものは少ないかもしれませんが、ゼロではないかと』

「そっか。あるかもしれないのか。きっと凄い高難易度の遺跡になっているんだろうな」

『かもしれませんね。攻略云々以前に、帰還すら困難。そんな場所になっているでしょう』

 

 ファナは嘘をつけなかった。隣に立つ少年の不可解な状態を解析することに容量を割きすぎていたからだ。

 少年はファナを見る。その眼には淀みなど一つも浮かんでおらず、その両の眼でファナをとらえている。

 

「ファナ。昨日の返事を変えてもいいか?」

『……?』

「ファナ?」

 

 少年に自身の提案を断られてから、ファナは、それでもその少年との契約の成立を捨てきれずにいた。

 ファナの中ではほとんど脅しに近い形での契約成立を目指していた。

 ここはクズスハラ街遺跡の第一奥部。それも相当深い場所に位置している。その為、ここまで来る時は自身が案内するという体で本人を誘い込んだ。しかし、帰り道は違う。自身はこの都市までの安全しか保障しなかった。少年1人でここから帰還するのはほぼ不可能だ。

 少年が怪我を負ったのもファナがそうなるように仕向けたからだった。あの場に巡回ルートを外れた機械系モンスターが来ることはわかっていた。それに合わせた。怪我の程度を計算し、ギリギリで間に合うようにと回復薬も廃棄予定の物を棚に並べておいた。その後の会話も少年は他愛ないものととらえていたが、自身を推す材料を少年の前に並べていたのだ。

 にもかかわらず、少年はそれらを無視し、ファナの都市を一望するだけで、ファナとの契約に前向きになったのだから意味が分からない。いや、自身の管理する都市を褒めてくれているのは理解できる。その点だけは酷く喜ばしいことだ。だが。

 

『何か、心境の変化がおありでしたか?』

「あー、やっぱりもう契約は無理そうか? それなら仕方ない。うん、それは諦めよう」

『いえ、契約については随時受け付けておりました。勿論、今も受け付けております。ただ、なぜ今だったのか。私はそれを知りたかったのです』

「そうか、良かった。心境の変化、か。なんだろうな、言葉にしづらいな。心の中にはもう形になっている気がするんだけど。……多分俺は、綺麗なものを、いいものを見たかったんだと思う」

『綺麗で、いいものですか』

「ああ。ここに来てからあれやこれやと嫌なものばかり目に入ったけど、ここは違う。人が他の誰かのためにと遺したものが今も尚、その時の形をもっている。それはきっとすごく綺麗でいいものなんだろうって、そう感じたんだ。こんな感じかな。これ以上はちょっと無理そうだ」

 

 どこか得意げに笑うその少年を、ファナは観察し続ける。

 少年の内にある何かにファナは触れた気がした。それは強く自身を信用させるに足る何かであると同時に、自身に強く敵意を向けかねない何かだということを。本当に契約してもいいのか。この少年を自身は制御できるのか。その答えはここでは出ない。それは遠い未来でしか分からない。

 

『……それでは契約成立、そういうことですね?』

「ああ、未熟な俺だけど精一杯頑張らせてもらうよ。覚悟は俺が示す」

『ではそれ以外は私の仕事、となりますね。サポートしがいがありますね』

 

 2人はその顔に笑みを浮かべ、ファナの都市を後にする。

 その2人には実体があったということを、もう1人は気付けないまま。

 

 

「さてと、準備は問題ないかな?」

『ええ、ばっちりですよ。傍から見ればそこらにいるスラム街の子供の1人です』

 

 少年の装いはファナが用意した旧世界製の衣服だ。少年の体躯に合うように、少年が住み処にしていたスラム街に合うように、一見みすぼらしいように見えるそれは、旧世界の遺物の例にもれず、非常に高い耐久性を誇る。

 そしてその背には同じく旧世界製のバックパック。中にはここに来た際に使用した回復薬や、緊急用の小型の近接武器、都市で換金予定の遺物などが入っている。

 銃なんかの強い武装をもらえないのか、少年は好奇心に負け、ファナに聞くが、スラム街の子供がそんなものを持っているわけがない。欲しいのなら物凄いハンターになって買うか、どこかの遺跡で手に入れろとのことだ。すさまじいほどの正論で殴られて心が痛い限りだ。やはりファナにする質問は、二回ほど頭の中で確認してから投げかけよう。また一つ決まった。

 

『とりあえず、大まかな目標を定めておきましょう。あなたには私が指定する遺跡を攻略して頂かなければなりません。しかし、ハッキリ言って今のまま行けば確実に生還など不可能。私のサポートを受けていたところで灰が残ればいい方と言えるほどです。だから、あなたにはその前段階として、遺跡攻略のための装備、技術を手に入れていただきます。私もこの高性能なサポートで精一杯……』

 

 延々と続きそうな気配を察して少年は話題を変えようと試みる。

 

「……えっと、ちょっといいか?」

 

 ファナが愛想よく微笑み続きを促す。

 

「そのだな? いい加減、俺の名前をどうにかしないとって思うんだよ。ファナもずっとあなただと変な感じしないか? いや、話しかける相手が俺しかいないのは分かるけど、それはそれで別というか」

 

 少年のもっともらしい意見を聞き、ファナもそれに同意を示すことにする。

 

『確かにいつまでも名無しでは困りますね。ハンター証の発行すらままならなくなります。その提案をするということは何か良い名前を思いついた、ということでしょうか?』

「ああ、さっき決めたんだ。俺はこの時の自分を決して忘れない。その位置から離れたとしても、必ずその位置を認識できるようにする。()の様にその場所と繋がっているってことで"O"とそのための"道"で()()()。オルト、それが俺の名前だ」

『オルト、オルトですね。はい、良い名前かと』

「ありがとう。じゃあ、改めてこれからよろしく頼む、信じてるよファナ」

『はい。こちらこそよろしくお願いします、オルト』

 

 子供の感性に、虫食いの知識を用いて、自身を表す"名前"という貴重な記号。放つ言葉が持つそれを、本人は真に理解していなくとも、どんな意味を持つかは今はまだ他者が理解していればよい。

 

 

 この世界におけるオルトの一歩目。それはささやかで大きなものだった。踏み込む先が何かは分からなくとも、先導するものを信じると言い放ち、この世界で自身が生きていると、その覚悟を示すために。ハンター稼業はまだ始まっていない。

 しかし、この日から、オルトとファナの物語が始まるのだから。

 

アキラ、カツヤ側のストーリーもオルトの動きに合わせて書いた方がいい?(尚、書籍版やWEB版の流れは踏襲するつもりです。細部に変更を加えたり等が発生します)

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