リビルドワールド 孤独に非   作:たっぷり

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・第十三話 舞台袖の思惑

 

 FARBEとの装備の購入契約の中に入っていた依頼は、終了まででは無く1か月だけの期間だった為オルトは1人、輸送車両の護衛依頼を終えていた。

 終了時間になった時点が荒野(こうや)である場合に限り、都市へと着いた時点で終了とする依頼内容だった為オルトは1日だけ依頼を延長する羽目になったが、その分働いた時間や討伐数も報酬に換算されているので問題はない。

 最後に訪れた都市はクガマヤマ都市よりもずっと西側に位置しており、防壁は無いが都市の面積を広く取っており、荒野(こうや)との境目にあるスラム街も、その(ぶん)面積を増していた。

 オルトはその都市の比較的高級な宿に泊まっており、明日が休みだからと食事に誘ってきた姉妹に連れられて、都市の内部付近に位置するレストランに来ている。

 そしていつも通り2人分ほど食べてからでないと、そもそも話すら聞かないオルトに対して呆れていた姉妹はオルトの様子が少し変わったと判断してから話し始めた。

 

「オルトさんは明日にはもう帰ってしまわれるんですよね?」

「ああ。こんなに長くクガマヤマ都市から離れてたんだ。さっさと帰って早く自分の家で寝たいからな」

「ふーん。真っ直ぐクガマヤマ都市を目指すの?」

「いや、流石に野宿を連日ってのはごめんだ。途中にある都市を挟みながら帰る予定だ」

 

 オルトの今居る都市からクガマヤマ都市はオルトの車では時間が掛かりすぎる程に離れており、真っ直ぐ帰る場合は1週間程荒野(こうや)での生活を強いられる。それは流石に精神が削られるだろうとファナとの相談の結果決まり、途中の都市で休憩を挟みつつの帰路を予定した。

 

「という事はゴリンザン都市にも寄るんですかね?」

「ナラハガカ都市の方が近くない?」

「ナラハガカ都市に寄るぐらいならそのままクガマヤマ都市に戻るけどな。ゴリンザン都市で1泊する予定だよ」

「という事は私達よりも先に都市に戻る訳か。どうせなら依頼続ければいいのに」

 

 中小企業が合同で行う輸送車両の護衛依頼の最終目的地はゴリンザン都市だ。それ以外の都市よりも大きく、危険な位置にあるという理由で開始地点であり終着地点とされていた。

 

「そうしたら更に都市に帰るまでの期間が延びるじゃないか。こんなに長期間クガマヤマ都市から離れる予定なんか元々無かったんだ。俺は好い加減帰りたい」

 

 オルトは少し拗ねたように言葉を発しながらも、皿に盛られた料理を口に入れ機嫌を直していた。

 その様子を見ている姉妹はオルトを見て口元を緩ませている。

 

「……こうやって見てると本当に子供よね」

「ん? 子供だろ? どこからどう見ても大人と見間違える要素はないぞ?」

「そうじゃ……、まあいいわ」

「そうか?」

 

 オルトはセレスの言いたいことを察しはしたが、自分の状況を鑑みればその言葉が正しいことであり、セレス自体がその話題を済ませてしまった為そのまま流した。その2人を微笑ましく見ているルインは邪魔をしないように静かに食事を取っていた。

 セレスは何かを思い出したのか溜息を吐く。

 

「結局、後半のオルトのモンスター討伐数は圧巻だったわね」

 

 ゴリンザン都市で姉妹の所属している徒党のハンター達との合同訓練以降FARBEが活き活きと輸送車両の運行責任者と交渉を行い、オルトの担当範囲を格段に広げた為に多くのモンスターの相手を1人で受け持ち、その上で別の場所の援護にも向かうことがしばしば発生した。

 オルトは訓練としてファナのサポートを徐々に減らしながら、サポートを受けている状態へと近付ける努力を怠ることはなく体感時間の圧縮率の操作精度を上昇させていった。照準の微調整に掛けられる時間が延びればその分精確に狙う事が可能で、周りの時間が遅くなった分、身体に掛かる走行中の車体の揺れなども感じることなく射撃体勢を邪魔するものの一切を排除することが出来る。

 走行中の自分と、荒野(こうや)を駆けるモンスターの弱点部位を精確に狙い着弾までの偏差を意識しながら撃ち込むことで徐々に射撃自体の精度も向上させていった。

 ルインはにこやかに微笑みながら同調する。

 

「輸送期間全体の討伐数でもオルトさんがトップでしょうね」

「後半からは企業が無理矢理俺を配置した所為(せい)だけどな。俺が途中でいなくなるからって結構無理にやらされた気がする」

「そのおかげでオルトのハンターランクはグンと伸びたけどね」

「今は32でしたか。追いつかれてしまいましたね」

 

 護衛は無事に済めば何をしていなくとも報酬が出るが、周囲から集まってきたモンスターを倒せばその分報酬へ上乗せされていく。

 オルトの現在のハンターランクは若手ハンターが到達するには少々早すぎる程の速度だった。

 

「私達2年以上頑張って32なんだけどね」

「2人は依頼がまだ完了してないんだ。この後また伸びるだろ」

「そう思う?」

「そりゃ後半は俺の担当範囲が変に増えた所為(せい)で割を喰ってたかもしれないけど、全体から見れば討伐数は上の方だし交戦内容も悪くなかった。報酬を全部金にって訳じゃないなら問題ないと俺は思う」

 

 オルトの言葉を聞いたセレスが喜色を浮かべる。

 

「そう? ありがとう」

 

 何故感謝を言われたのか分からないオルトは首を傾げるだけでそのまま食事に戻っていった。

 姉妹はその感情について話すことは無かった。その後も大量の料理を口に運ぶオルトを見つつ他愛無い話題へころころと変えながら歓談を続けていった。

 

 

 オルトは輸送車両の護衛依頼中に少々話す中になっていたクモンズ達にも挨拶をしてからクガマヤマ都市までの帰路についていた。

 あと4、5日程で問題無くクガマヤマ都市に帰還出来るだろうというところでグレイから深夜に遺物収集を行おうとした際にアキラと遭遇し、協力しながら当日の遺物収集を終了したという報告を受けた。

 オルトはどうせならば都市に戻ってからもう一度か二度はヨノズカ駅遺跡へ行き遺物収集を行い、準備を整えてから最下層にあるはずの駅のホームが、目覚めた際に知っていた知識とどのような差異を持っているのか、それとも完全に一致するのかの確認を行いたかったが、バレてしまったのならばそれを行う事は出来ないだろうと思い嘆息を吐いた。

 

「あの遺跡の存在は確実にバレただろうな」

『確実ではありませんが大よその位置情報ぐらいは拡散されていても不思議ではないでしょう』

 

 オルトはファナの返答を聞き更に溜息を吐く。

 その様子を見たファナはオルトに顔を近付けて首を傾げる。

 

『今回の報酬は大部分がハンターランクに換算されましたが報酬金も相応に出ました。あの遺跡で遺物収集を数度繰り返せば確かに超えるでしょうがそこまで落ち込む理由をお聞きしても?』

 

 オルトはファナの疑問を聞き、顔を向ける。

 

「あー、何て言うかさ。クズスハラ街遺跡の地下街の時もだけど遺物収集中にグレイを誘って一緒に行わないかって案を偶に出すじゃないか。でも結局一回も出来てないなって思ってさ」

『彼女もオルトからの依頼のおかげでヨノズカ駅遺跡での遺物収集は物凄く捗ったと言っていましたがそれでも問題があると?』

「問題って程じゃないよ。実際グレイは制限の緩和が出来た上に装備の拡充も出来たって喜んでいたしな。俺もグレイが集めてくれた遺物を売れば同じかそれ以上の金額が手に入るんだ。文句なんてないよ。ただなあ……」

 

 オルトが口ごもりながらも話を続けようとするのをファナは黙って待っていた。

 オルトの価値観は変な方向性を持っていることを知っている。だが完全には把握し切れていない。オルト自身も把握不可能な領域は必ず存在しており、その部分が垣間見える場面は、貴重なオルトという個体の誘導方法を確立させる情報となるからだ。

 

「本人と約束した訳じゃないけど一度吐いた言葉をそのまま知らんぷりってのは、なんか嫌なんだよな」

 

 オルトの独り言を認識する存在はオルト1人だけではない。口から出た言葉は程度の差は有れど効力を持つ。その結果がオルトの視界に映るファナとの縁であり、身に受けるに余りあるほど高性能な彼女のサポートだ。

 少なくともオルトの判断は個人で完結するものを除いて他人を慮った行動を取っているつもりである。自分を巻き込むのならば容赦などするつもりもなく、自分を捨ててまでオルトの為になろうとする存在にオルトは限りなく全力を以て応える。

 それを実行出来ないのであればオルトは自分を信じ切れないのだと言葉にならない感情をファナは無自覚で不十分な情報の乗った念話によって知る。

 

『それでしたらまた未発見の遺跡を見つけ、次こそ誘うとしましょうか』

「……そうだな。そうだよな!」

 

 オルトは気を取り戻し車の速度を上げる。

 体感時間を軽く圧縮しながら周囲の地面の様子を確認すれば走行中の車両が次にどのように揺れるのかを予測することが可能だ。自動運転やファナの運転では次にどう動くのかの予測は出来ない。しかしファナの運転技術はオルトのそれを遥かに凌駕している。そもそも走行中の振動すら感じない場面がすらある為、まだまだオルトの未熟な運転技術を磨く訓練の道のりは長く続く。

 道中に遭遇したモンスターはクガマヤマ都市周辺に生息しているモンスターよりも格段に弱く遅い。使用する弾丸が通常弾だとしても拡張弾倉は高くつく為通常弾倉を使用し、狙撃の精度の向上を図るだけの的にしかならないが、車の自動運転機能やファナの運転に任せることなく、自力での遠隔運転技術向上に役立ってくれるモンスターの群れに感謝しながら汎用討伐依頼の討伐数の数字を上昇させていった。

 

 

 ゴリンザン都市から出発して約半日、既に日が昇っておりオルトは車内の整理をしていた。といってもクガマヤマ都市に戻るだけの物資しか積んでいない為に強力な弾薬も殆ど購入していない為、荷台の上には少量のリュックサックと簡易ベッド、未だに悩みの種である大型バイクぐらいしか見当たらない。

 弾薬を揃えること程度は問題無く行える量の金は既に口座に入っており道中にあった都市で補充することも可能だったが、折角クガマヤマ都市に戻るのだからカオルの店で大量に購入して売り上げに貢献してやろうと控えていたからだ。

 オルトは今回の依頼で回復薬の多くを使用した為好い加減購入する場所を見つける必要があったが、その伝手を頼んだ本人はそのことをすっかり忘れている。

 

「回復薬も無くなってきたし好い加減補充しないとだな。グレイが収集してきた遺物にもそれらしいものは無かったし」

『そうですね。しかしこの商品と同じ性能の品となると相応の値段になるでしょう。他の消耗品の補充も考えるとそう易々と手に入れられはしないでしょうね』

「だよなー。これ持ってきたのヤナギサワって胡散臭い都市の職員だったけど性能は良かったんだよな。まあ実際バイクには細工されてるんだけどさ?」

『こちらもそろそろどうにかしたいですね。自費で購入するという手段もありますが拡張部品も込みとなるとやはりこのバイクの性能には追い付けないかと』

 

 ファナ共々問題のバイクを見る。

 ヤナギサワから明らかに何らかの懸念を持たれており、自分の位置情報からその懸念事項が杞憂だと知りたがっているのだろうと推測することが出来る。そしてそれが杞憂では無かったとしたら。杞憂では無かったのだと知られてしまった場合にヤナギサワという人物が取る選択は限りなくオルトの生命を危機に晒す何かを採るだろうとオルトは確信している。

 ヤナギサワから貰ったバイクの性能は非常に高い。基本構成が3億オーラムとは言われたが、実際には拡張部品を少々過剰に取り付けてある為にその値段は計り知れない。高額過ぎる品を渡してもただ怪しまれると判断され、職員がオルトに商品説明をする際のオルトの反応によって、伝えられた情報は目に見える品に限定したものだけになり、全体から見れば4割程の情報を教えられていなかった。しかしファナが書き換えの途中で本体性能が説明された内容を大きく上回っていた事でオルトはその事実を遅まきながら知覚した。

 ヤナギサワに対しての意見はファナとも一致しており暫くは対処を見送り、いづれはこのバイクよりも高性能な機種を購入して廃棄しようとも考えている。()しくは誰かに押し付けようとも思っている。その人物がヤナギサワと敵対していれば勝手に争ってもらえる。特に関わりのない人物であれば、ただの高性能なバイクとして荒野(こうや)で走らせることになるだろう。

 ヤナギサワの考えるオルトへの不審はどのような内容なのかという疑問はオルトの中にもある。一番奇妙な事項は自分自身だがそれは流石に理外過ぎるだろうと除外し、次に不思議な事項はファナの存在だ。そして次点にオルト自身が旧領域接続者という事実だ。

 ファナについて誰かに明かすつもりは無いので聞かれたとしても無視するつもりだ。そもそもオルト以外に認識することは不可能な存在を誰がどう認識し対処するのかは不明だが。

 旧領域接続者は金になる。本人がその能力を万全に活かせるであれば、どんな都市でも遠隔から制圧することが可能な挙句、旧世界の施設や都市すらも安全に利用可能な状況を作りだせる。

 しかしオルトはその危険性についても気付いている。

 旧領域接続者。つまりは過去にはオルトと同じ機能を持った人物、それ以上の汎用的且つ高性能の機能を持った人物がいたはずである。その者達から悪事を働かない人物が1人も出なかったと、想像するのは勝手だが、人は悪意を以て他者からの悪意を弾く生物だ。

 悪人など生まれてこない、育たないと確信出来る程の理想郷であれば、現在もなお君臨している筈が、荒野(こうや)に佇む一つの遺跡と成り果てるに至っている時点でその可能性は無い。

 つまりは悪人もおり、その者達への対抗手段を用意していない等は有り得ない。

 オルトは遺跡に対しては武力と知恵で基本的にどうにかしようと考えていた。

 オルトは旧領域接続者であることに感謝しながらもどうにか利点だけ享受したいとも思っていた。

 ふと遺跡という言葉が過ぎった為に思い出したことがあった。

 

「グレイの話だと今日の朝はクガマヤマ都市の周辺は随分騒がしかったみたいだな」

『情報を掴んだドランカムが昨日から重機等の車両をヨノズカ駅遺跡周辺へと運搬していたという情報も有りますからね。信用し切れず足踏みしていたらいつの間にか先を越され慌てて行動に移したと言ったところでしょう』

 

 グレイがクガマヤマ都市内で情報収集の訓練ついでにオルトにそっち方面での知識を借りようとしてきた為、下らない内容でも良いのでヨノズカ駅遺跡関連と思わしき情報があったら教えてくれと頼んだ結果、箇条書きで数ページ分の情報が送られてきた。

 その内容は酷く両極端な内容で構成されており、多くのハンターが足踏みするに足る情報だと理解した。自分に得のある情報ならば人は判断が速くなる。しかし逆であればその判断は数手遅くなる。場合によっては手放すことすら珍しくはない。

 そこからオルトは、情報は誰かが意図的に流していることに勘付くと、情報を購入したハンター達には残念だが遺物収集で稼ぐ事は無理だろうと感じた。

 同時に予想位置に集まれば、出入口は一つと噂されている遺跡だ。間違いなく競争は激化するし、ハンターが殺し合うには武力と得られる利益が足り過ぎる。

 モンスターとの殺し合いの日々はハンター達の倫理観を少しずつ緩めていく。緩んだ理性と手に持つ凶悪な暴力は金に目が眩んだ人を容易に殺人鬼へと変貌させる。手付かずの遺跡への遺物収集だ。遺跡内部の情報に強力なモンスターが棲息しているという情報があれば、それでも問題ないと言えるだけの装備を揃え向かうだろう。異常事態が起これば余裕で同種属の他者への引き金は軽くなる。

 

「グレイには危険な状況になるかもしれないから行かないように言っとくべきだったかな?」

『問題は無いでしょう。クガマヤマ都市の長距離通信範囲に入ったおかげでオルトが渡した情報端末の位置情報も取得可能な状態になりました。現在はヨノズカ駅遺跡から離れた高台のあった場所に位置していますね』

 

 グレイに渡した情報端末はもしグレイがオルトの依頼を受けず、その上で破壊されていなければ回収する予定だった。捨てるにしても、オルトが掛けたロックは文字を入力すれば外れる単純なものだ。強引に開く技術を持つ者は少なくはない。

 そして荒野(こうや)に在りながらその位置情報が取得可能な状態であるのならば、グレイは殺されている訳でも装備を失うような大怪我を負っている訳でも無いだろうと察することが出来る。その為に敢えて安く比較的破壊されやすい品を用意していたのだから。

 

「動かないな。あの場所から遺跡の出入口は流石に遠いし何より目立つ。……出入口付近で何らかの異常事態が発生したから確認中か?」

『可能性は高……』

 

 瞬間オルトの身体が急激にブレる。両手が目の前にあった簡易ベッドを後方へと投げ飛ばす。強化服の身体能力を十全に利用した投擲は簡易ベッドの柔らかな素材の一切を剝ぎ取り荒野(こうや)で使用したとしても問題ない強靭な骨組みだけを残した。

 

(ファ、ナ……?)

 

 自身の両腕に掛かる過負荷に顔を苦痛に染めながらそれを起こした者へと責めるような視線を向ける。しかし、ファナの表情を認識した途端その感情を破棄し驚愕へと変化させ、そして表情を引き締め始める。

 オルトの視界に映るファナの表情が今までに見たことのない真剣なものへと変化していた。その表情の正確な意味は分からない。しかしオルトはその表情に近しい真剣さを見たことあった。

 少し前オルトが無理を言って遺物襲撃犯を襲撃しに行った結果、オルトは大量の小型ミサイルの爆撃を身に受け上階へと打ち上げられた。

 その時と非常に似ている。だが今の表情はその時よりもずっと険しい。

 自分の現状はファナがそうせざるを得ない程に緊迫(きんぱく)した状況なのだと身体が勝手に理解し習慣付けられた動作を己に課す。

 瞬間的に限界まで体感時間を圧縮したオルトはファナの操作で勝手に動く強化服に生身の動きを限界まで近付けていく。

 回復薬を服用していないオルトの骨と筋肉が悲鳴を上げ、身体と脳が反射的に止めろと叫ぶが今のオルトには強化服がある。たとえ生身が機能していなくとも無理矢理動かし、負荷はオルトの意識が捻じ伏せれば済む。

 両手が目の前にあったリュックサックを掴むと宙へと投げ、オルト自身が同じ方向へと駆け出す。追い越すように駆けたオルトの強化服に接続された補助アームが事前に展開しており、リュックサックの持ち手に引っ掛けるようにして乱雑に所持状態へと移行させた。

 限りなく緩慢に進む車両の荷台で駆けるオルトの視界には後輪が回転しており、即座の加速の準備をして待機しているバイクが眼に入った。

 オルトの強化服の全速力は加速の充分されていないバイクの速度を凌ぐ。オルトの少し前方でバイクが独りでに発進し、同時にオルトが更に速度を上昇させる為に荷台にヒビが入ることを無視した脚力で床を蹴りつける。

 バイクが荷台を飛び出す数瞬前に飛び乗り、バイクの姿勢制御機能がバイクを上方へと僅かに傾け荷台を高速で飛び出した。

 更に事前に投擲していた簡易ベッドの骨組みへと飛び乗り簡易的な足場として利用し、更に加速し前方へと飛んだ。

 オルトにはその行動を取った理由が分からない。だがファナが必要と判断し強制的だったとしても行わせたのならば相応の理由が有るのだと行動の途中に理解し、全力を以て強化服の動きへと、砕けていく骨と千切れていく筋繊維が伝えてくる、無様に悲鳴を上げるに足る激痛を奥歯を噛み締め無視した。少なくともそれらよりも重要な器官を守る為の行動だ。ファナはそう契約し、いつもそれに則り最大限サポートしてくれた。今回もそれに変わりはなかった。

 空中へと飛んだオルトの情報収集機器は僅かに揺らぐ空間の反応を漸く捉えた。上空から落下してきたそれはファナのサポートによって拡張された視界により更に明確な輪郭を持ち、その姿をオルトに認識させた。

 全長が10メートルはあるだろう巨大な芋虫の様に見えるそれは自由落下にしてはあまりにも速すぎる速度で地面に激突した。

 オルトの後方を、クガマヤマ都市の方向へと走行していたオルトの車を巻き込むように墜落した芋虫型のモンスターはその場を動くことは無かったが、その背が展開し内部から多数の触手を伸ばしオルトへと向けた。その先端にはオルトが入れそうなほどの穴が開いておりオルトの脳裏に嫌な予想をさせる。

 未だ空中にいるオルト目掛けその先端から巨大なミサイルが撃ち出された。

 発砲の瞬間、一瞬の激しい頭痛がオルトの視界を変化させる。迫りくるその凶悪な造形をオルトは果てしなく鮮明に捉えながらも、片手に握るK2R複合銃やバイクのアーム式銃座に取り付けてあるK2R複合銃が2挺含め、それぞれの照準を別々のミサイルへと向け最高連射で引き金を引き続ける。

 目的のミサイルへ飛んでいく弾丸の一つ一つさえ、自分を殺さんと大量のミサイルを撃ち出してきた芋虫型のモンスターさえも非現実的な明瞭さを持ち、輝きを放っていた。オルトの視界はその瞳に映る世界全体を綺麗に彩っていた。

 ミサイルへと着弾した弾丸が1発では貫けず、2発3発と同じ箇所に着弾させ、10発目でミサイルの外壁を貫き内部機構を破壊し、オルトの、ファナの意図したタイミングで爆発を起こし、他のミサイルへと向かっていたK2R複合銃から放たれた小型ミサイルが連鎖的に誘爆を起こし、芋虫型のモンスターの射出したミサイル含め、オルトに命中するずっと後方で巨大な爆風を広げた。

 大量のミサイルが引き起こした爆発により発生した爆風はオルトとバイクの背を押し、更に飛距離を伸ばしオルトを荒野(こうや)へと着地させた。バイクの制御装置により着地の衝撃は抑制されオルトへのダメージにならなかった。

 そのままファナの運転によりオルトのバイクは全速力で荒野(こうや)を駆けていく。擲弾や小型ミサイルの連射すら可能にしたK2R複合銃でファナが正確に且つ効果的に拡張弾倉の装弾数を活かした煙幕を芋虫型のモンスター周辺の荒野(こうや)に広げた。

 既にミサイルを撃たれたとしても問題無く対処可能な距離にまで走ったが、未だ小型ミサイルを撃ち続け視認不可能な状況を作り続けている。

 空中を駆けオルトを認識したミサイルに向けてバイクのアーム式銃座のK2R複合銃は通常弾の拡張弾倉の装弾数を利用し、性能の上限すら無視した連射を繰り返し続けていた。取り付けてあるエネルギーパックを数秒で使い切り、バイクのエネルギータンクからも大量のエネルギーを使用し迎撃を続ける。

 既に限界を迎えバイクに搭乗しているだけのオルトが口を開く。

 

「……ふぁ……な……?」

 

 その口からは普段のものとは掛け離れた掠れた声しか届かないが、それでも生死を分ける賭けにはなった。そして今から勝つにはオルトの協力は不可欠だ。

 ファナの表情は未だ真剣なものだが、その眼ははっきりとオルトの虚ろな双眸を見つめ返してくれていた。

 

『オルト。先ずは意識を保つことだけを優先してください。痛みでも何でも利用して気絶することだけは絶対に避けてください!』

 

 ファナの力強い言葉に弱弱しくも頷き、気絶することの方が遥かに容易な状況下でオルトは意識を保つことにだけ集中する。全身を走る激痛は悲鳴を上げさせようとするが、オルトにはその体力すら残ってはいない。

 銃を握っていた手が開きゆっくりとポーチに入っている回復薬の箱へと伸びていく。緊急を要する為に蓋を強引に開け、内容物が幾らか零れてしまったが気にせず口に流し込む。

 その効力は経口摂取とは思えない程の速度で治療を施していく。しかし回復薬が治療を施す箇所の優先順位は怪我の度合いが酷い部位からだ。全身に回る回復薬の内部に保存されている治療用ナノマシンはオルトの四肢を治療することは無かった。

 オルトの口からは絶えず胃液に混じり血が吐き出されているが、ファナはそれで気道の確保さえ可能ならばと無視をし、嘔吐が止まったタイミングで更に数錠飲ませた。

 

『もう大丈夫です。後は私が対処しますから、安心してお休みください』

「た……む。……すみ」

 

 オルトはゆっくりと意識を手放した。

 しかしオルトの身体は体勢を崩すことなく、しっかりとバイクのハンドルを掴み離すことはなかった。

 オルトの情報端末は独りでに画面の表示を目まぐるしく変化させる。

 バイクの速度を安全且つ限りなく目的と合致するように下げる。周囲のモンスターに今発見される訳にもいかなかった。反撃することは難しい。少なくともオルトの身体をこれ以上酷使する訳にはいかなかった。アームの銃は既に暴発一歩手前だ。

 既にオルトの情報収集機器であっても芋虫型のモンスターの輪郭の把握すら難しい程に離れており、追ってくる気配どころかその場から動く気配すらない。

 突発的な窮地(きゅうち)の脱出は出来た。

 であれば、その次こそが現在必要な事項だ。

 

 

 芋虫の背後から伸びる触手の1本がオルトのバイクの方へ向いている。その触手には物体を射出でき得る穴は開いていないが、半球状の透明なレンズが付いていた。

 その内部にある機構は精彩に動き、遠ざかっていくオルトの後姿を捉えていた。しかし、精確にその視線を把握出来る者であればオルトを見ていない事が分かる程にそれは確かに何かを捉えていた。

 

 

 意識を取り戻したオルトは白い空間に居た。

 以前にも来たことがあるような、懐かしいような寂しいような感じがするが、明確な言葉へと形作られる前にあやふやな感覚に戻っていく。

 見渡す限り境界線すら見付けることの出来ない空間でオルトは暫くゆっくりとした足取りで目的もなく彷徨(さまよ)っていると、見覚えのあるたなびく緋色の髪を持つ女性を見つけた。

 知っている人物を見付けた事で安堵を覚えるが、その感情すらもまたすぐに霧散してしまう。

 取り敢えず声を掛けるが、ファナはオルトの声が聞こえないのか振り返ることはない。仕方がないと近付くが、オルトが彼女の視界に収まる場所に立ったとしても一切反応はなかった。

 そして何よりもファナの表情には、オルトが今までに見たことがない程の怒りが露わになっていた。

 ファナの口が動き出す。

 

「あの生物の管理者はそちらと記録していたが、何か弁明が有るのならば聞きましょうか」

 

 ファナの声に含まれる怒気は計り知れないが、それに対する恐怖も興味も抱いて形を成さずに消えていく。

 依然としてファナが見ている方向に眼を向けるとそこにはオルトよりも幼い、少女というよりは童女とすら呼べるかもしれない、金色に揺れている長髪を持つ少女がファナと視線を合わせ会話していた。

 

「弁明か。無いな」

「それは私とやり合うことになっても問題は無い。そう捉えたとしても問題は無いという事で良いですね?」

 

 少女の返答にファナの機嫌が更に悪化する。

 

「いや、それは早計だ。あの生物は成長過程においてこちらの管理外へと出ていった。そして運悪くそちらの契約個体と遭遇し交戦に至ったのだろう? そして過程はどうあれ結果としてそちらの個体は生還したのだ。問題は無かったとはそういう意味だ」

「危うくこちらの個体は死にかけた。そちらがどんな不良品を扱おうが知った事ではないがその補助をこちらにも求めておいて契約の遵守すら行わないのならば貴様らの発言の一切に価値などない。そしてあの生物は元は貴様らの管理物だ。それすら出来なくなったのならば、即刻試行自体を停止し自己の管理にリソースを回せ」

「その管理を万全に行う為の試行だ。こちらにも優先順位がある。前回に関しても結局はこちら側の個体への補助は起きなかった。そちらの誘導に限界があるのだとしてもな。……しかしそちらの意見にも一部同意する。今後契約個体が望まぬ限り、不用意な接触が起きぬように配慮する。そちらもそれならば構わないだろう?」

「契約を遵守するのならば構わない。……既に実行に移していたとしてもその継続に尽力しておいてください。それでは失礼します」

 

 ファナの姿が少しずつ消えていくと、オルトの身体も同じように消えていく。

 普段微笑みを絶やさないファナをそこまで怒らせる対象に妙な興味を持ち、オルトが少女の方を確認するとその姿は未だ健在だったが、先程まで見えなかった横に控えている輪郭のぼやけた人型を発見する。オルトは謎にその人型に対し呆れを感じたが、自分が消えていくまでその理由を理解することは不可能だった。

 

 

 1人になった少女の隣にその少女を更に成長させた姿の女性が現れる。

 

「それで、どうなったの?」

「記録は共有しただろう? ……結果として彼女や彼女の契約個体に対しての手出しは難しくなった。あの個体は異常だ。即時排除が好ましかったのだがな」

()しくは先にこちらとの契約を成立出来ていれば、ね」

 

 少女と女性がファナが先程立っていた場所を見やる。

 

「どう見る?」

「向こうの契約個体の成長速度はこちらの個体のどちらよりも早いわ。極め付けは……」

「接続強度がそちらの個体と同程度かそれ以上だ。こちらの個体は私を視認することすら困難。こちらの生物をぶつけたが結局は生還されてしまった」

「更には向こうの個体自体の制限解除にも利用されたと。彼女が居なければ欲しい個体ね」

「こちらへ引き込められれば有用性があることは認める。機会が無い訳ではない。限りなく低いがね。それまではお互いの個体の試行を続けておけば良い。少なくとも意味の薄い試行にならないように気をつけねばならん」

 

 2人はその後も話し続ける。

 お互いの契約個体の状況を、彼女らの目的までの道程を。

 

 

 オルトがゆっくりと瞼を開く。知っている天井だ。1か月と少し前に見た光景にウンザリしながらもそれでも生き残った感触を確かめながら身体を起こす。

 周囲を確認すると部屋は暗く、外の光も人工の灯りがともっている影響でのものだ。

 オルトの寝ていたベッドに腰かけている、ように見えるだけのファナが微笑む。

 

『おはようございます。オルト。すっかり良くなったようですね。身体に問題はありませんか?』

『ああ、おはよう。痛いところとかは特にないよ』

 

 ファナの様子に何故か安堵しつつオルトは聞かれた内容に答える。

 相変わらずファナの姿は周囲が暗かろうと明るかろうとその姿をオルトに明瞭に認識させてくれる。いつもの光景にホッとしたのだろうと考え、自身の胸の内から湧き出る安堵の正体を一先ず放置した。

 

『それで、どうして俺はここに居るんだ?』

『それに答える前に、オルトはあの時の事を覚えていますか?』

 

 ファナに言われたことでゴリンザン都市からクガマヤマ都市へと向かう道中の事を思い出す。

 ゴリンザン都市とクガマヤマ都市の境界線からクガマヤマ都市側に入った辺りで急にファナが強化服を操作してバイクに乗らせ上空から降ってきたモンスターからオルトの命を救った。

 

『回復薬を飲んだ辺りまではギリギリ憶えてるけどそれ以降は何も』

『そうですか。では私が取得した内容を映しながら説明をしましょう』

 

 オルトの視界が拡張されオルトが意識を手放した後の光景が第三者視点で映される。

 

 

 暫くオルトのバイクは真っ直ぐにゆっくりと走っていた。幾らファナの運転技術が優れていようとも、それは搭乗者を不快にさせないための物であって健常者の為のものだ。乗員に重傷の者がいるにも拘らず速度を上げ車体を大きく揺らす訳にもいかなかった。

 幾らか進むと前方からグレイがやってきた。ファナがオルトの情報端末を使用して簡素にだが連絡を入れ体外的に処置を行えるオルトへ好意を持っている。少なくとも悪意を持って接しない人間を呼ぶ必要があった。

 グレイはオルトの情報端末の予備を持っており、その位置情報をファナは取得が可能だ。丁度比較的近場に居たために呼び寄せ、応急処置を施させた。

 オルトが使用した回復薬の大半は脳の治療に使用された為、首から下の状態は酷い状態で放置されていた。用法用量を無視した過剰投与の結果、脳の治療よりも優先順位が上がった身体に対して治療が施され、四肢の骨折や筋繊維は修復され顔の血色も良くなった。しかしグレイはそれでも起きることがないオルトを心配して病院へと急いでいた。

 

 

 それを見終わったオルトが溜息を吐く。

 

『大きな借りが出来たな』

『装備を整えてからゆっくり返していけばよいかと思いますよ?』

『それもそうだな』

 

 グレイへの恩を感じながらオルトがファナと雑談をしている。その内容は専ら芋虫型のモンスターとの戦闘についてだ。

 

『なあ、ファナ。あの芋虫と戦っている時に視界が変になったんだがあれはなんだ?』

『あれは意識上の現実解像度、つまりはオルトの脳が、認識した現実を処理する前の状態に近付けただけです』

 

 オルトが首を傾げる。

 オルトの脳が現実として把握している光景は、オルトの感覚器が収集した情報を基に処理した光景に過ぎず、その光景を生成する時間を掛けた分だけ実際の現実より常に遅れた状態になる。

 そして精度を求め、処理に時間を掛ければかける程現実の時間に置いて行かれ、そもそもの対処すら不可能になってしまう。よって脳が生存に必要な即時性を維持する為に、様々な情報の処理を省いて現実の生成を行う。場合によっては仮定や推測で代用して、あやふやでそれらしい結果を出力する。

 現在オルトが認識している世界はオルトの脳が感覚器で収集し、脳に入力し、即時性維持の為幾らかの情報を省きながら処理し、それらしいもので補完し、認識に出力している。その時間差により現実の時間と比較して大分遅れている上に著しく精度の低いものでしかない。

 しかしそこにファナが介入し、オルトの旧領域接続者としての通信帯域をファナとの接続にのみ優占させ、追加として使用していた旧世界製の情報端末も経由しオルトの現実情報の入出力処理を補助した。

 オルトの五感に加え、情報収集機器やバイクの索敵機器、銃に付属している照準器すらも一つの感覚器官と捉え、オルトを介してファナが取得、解析、作成しオルトへと出力結果を送信した。

 結果としてオルトは自身の脳では決して成し得ない極めて正確かつ遅延の少ない現実を認識し、その鮮明な世界で極僅かな時間に限り戦闘を可能にした。

 ファナの説明を受けながらもオルトは微妙に納得し切れない顔を浮かべていた。

 

『まあ粗方分かったけど、俺が病院に居る理由にはならないんじゃないか?』

『私が殆どの情報処理を肩代わりした上でオルトの脳にそれ程の負荷を掛ける結果になりました。その為にオルトが使用した回復薬は脳の治療に掛かり切りになり、身体の治療が行われることはありませんでした。グレイが治療を施したことでやっと身体の治療も行われましたが、それでも応急処置でしかありません。病院での治療を受けなければ昏睡状態から目覚めることは出来なかったでしょう』

 

 オルトの顔が引き攣っている。ファナの事は信用しているが、賭けをするにしてもそこまで低い勝率ならば心構えというものをしておきたかった。

 

『いずれはオルトも私のサポートなく、オルト1人で似たようなことを実行できるでしょう。それも訓練次第です。頑張りましょう?』

『は、はーい……』

 

 ファナが言うなら出来る。そして出来れば自分の戦闘能力は飛躍的に向上するはずだ。そう考えながらもオルトの顔は硬い笑顔へ変えるのが限界だった。

 

 

 ファナとの雑談をしていると窓から朝日が差してきた。

 オルトを病院に運んだのはグレイで間違いは無いだろうが、自分の退院手続きをするにも医者か病院の職員に何らかの状況確認を行わなければならない。主に治療費と入院費の確認だ。

 前回は前回で酷い有様だったが、今回も殊更だ。少なくとも今回の事態に都市は関わっていないので、前回の様に都市の職員が連続で訪れに来るなんて異常事態は起きないはずだとして軽く朝食を頼んでいた。

 朝食が運ばれてきたタイミングでドアが開かれる。入ってきたのはグレイだ。

 グレイの瞳には涙が浮かんでおり、オルトをしっかりと見つめていた。

 重々心配を掛けた事を知っているオルトはおずおずと言葉を掛ける。

 

「お、おはよう。グレイ。朝食一緒に食べるか?」

 

 オルトの言葉に反応することなくグレイがゆっくりと近付いてくる。病院の職員はグレイの様子に気付いた為、食事の乗った皿を迅速にベッドの横のテーブルに乗せ、足早に部屋から退出していった。

 グレイがオルトにゆっくりとした足取りで十分に近付くと力いっぱいに抱き締める。お互い強化服を使用していないが、それでもハンターとして鍛えているグレイの膂力はそこらの大人にすら負けない。

 オルトは最初こそ焦ったが、自分を救ってくれた人物がしたい事ならばと身体を弛緩させ満足行くまで抱き付かせておくことにした。

 たっぷり10分程の抱擁が終わりグレイが笑顔を浮かべ離れるが、その距離はまだ大分近い。

 

「改めてオルト。無事で良かったわ」

「ええと、助けてくれたんだよな? ありがとう。助かったよ」

 

 グレイの元に運ばれた時オルトは既に意識を手放していた。自分が置かれている状況すら分からない程に。そんな状況にあった人物が明確に自身を救出した人物を知っていてはおかしいと思いながらも、オルトは助けられたことへの感謝を述べる。

 グレイがオルトの身体をまさぐる様に確認してくる。

 

「もう大丈夫なのよね? 痛い所とか変な感覚が残ってる部分とかは?」

「無いよ。結構寝てたからか眠気すらない。強いて言うなら(くすぐ)ったい」

 

 グレイが更に上機嫌になり、部屋に備えられている椅子に座り直す。

 オルトも漸く身体が自由になった為、食事に手を伸ばす。無事冷めてしまっているが、冷めていても一定の味の変化しかない料理を頼んでいた為に助かった。今更味のしないガム質のような物を口に含んで、これは食事だ、などと思い込むのは既にオルトの価値観では不可能だ。その価値観はシュテリアーナが粉砕し既に体外へと流れ出ていった。

 グレイがオルトを心配するように、そんな状態へ持って行った対象についての多少の興味を含んだ声でオルトに問いかける。

 

「それでオルトは何であんな状態になっていたの?」

「俺も詳しくは覚えてないんだよ。変なモンスターと急に遭遇して何とか逃げ延びたんだ。事前に分かっていれば何とかなったかもしれないけど、後はクガマヤマ都市に帰るだけだったからって消耗品の購入を控えてたのが悪かったのかな」

 

 オルトが少し反省するように、自身にも言い聞かせるように返答する。K2R複合銃に装填していた弾倉は通常弾の拡張弾倉だったが、もし強化弾薬を使用していれば……という考えもある。実際弱い武装では物事の対処に時間が掛かり、幾ら自分の世界が相手の一手先を歩んでいようとその歩み自体が遅ければ追いつかれ擂り潰されてしまうだけだ。

 運が悪いと言えばそれまでだが、その言葉を発せることが可能なのは事態が起きた後であり、事態の結果が露わになった後だ。渦中にいる間の当人は運など考える暇など持ち合わせない。

 

 

 グレイにオルトが寝ていた2日間の出来事を聞くが、オルトが遭遇した芋虫型のモンスターについての情報はまだ出回っていないという。

 ヨノズカ駅遺跡での騒動が大きくなりすぎて、そちらへの注目度が相対的に低くなっているのだ。芋虫型のモンスターはオルトが知っている限り、その場所から動くこともしていなかった為に見つかることも邪魔になることも少なく、確かに脅威度は低いだろうとオルトも納得した。

 そしてグレイから手渡された紙を見るとそこには案の定オルトへの請求内容が載っていた。

 

「今回は6000万オーラムか。まあ、安いな」

「い、いや! 高いって!」

「……そうか? 健康は高い物だけど?」

「それでも限度があるでしょう……」

 

 グレイとの価値観の違いを感じながらもオルトは食事を終え部屋に掛けられていた強化服を着用してから退院手続きを行う。

 

『強化服は壊れていないかな?』

『私が調べた限りは問題ありません。しかし格納棚が潰されたのは痛いですね。他にも様々な消耗品を一度に失ってしまいました』

 

 ファナの言葉を聞きオルトは思い出す。長期間の依頼だった為に車には強化服の格納棚を積み込んでいた。消耗品は買い直せばいいが、格納棚は強化服の付属品だ。再度購入する際は相応に金が掛かる。

 グレイの案内によりオルトのバイクが止めてある場所まで来た。グレイは先にトライフワーデンに行っていると言うと、自分の車に乗り込み病院から走り去っていく。

 オルトがバイクを見ると後部が少々変形してしまっている。その上オルトの装備はこの場にある全てだけが使用可能なものであり、それ以外はない。バイクに取り付けてあるアームにはバックパックと付属の大型のリュックサックと自身で運搬用のリュックサックが二つ、アーム式銃座に取り付けられているK2R複合銃と今オルトが背負っているものを含め3挺だけだ。

 

『これどうすんだよ。入院費と治療費で今回の報酬の2割が余裕で消し飛んだんだけど』

『ついでに言うならバイクに取り付けているK2R複合銃の片方は一部故障しています。修理に出すか買い直しですね』

『そんな……。高かったのに……』

『ですが明確な強敵から爆撃を受けた瞬間にバイクに内蔵されていた発信機能は上書きし削除しました。これでオルトがこのバイクでどこに行こうと位置情報が不用意に漏れる心配はありませんね』

『……失う物が多すぎでまったく喜べないけどな。汎用討伐としてあの芋虫もハンターオフィスが確認済みなんだろ? あいつ結局何だったんだ?』

『上空領域のモンスターですよ』

『はあ!?』

 

 オルトが顔に驚愕を浮かべファナを見る。周りに人が居なかった為不審者扱いをする視線を受けずに済んだが、オルトはそれを気にすることは出来なかった。

 上空領域のモンスターは地上を徘徊しているモンスターと別格の強さを持っている。主な例はその索敵範囲の広さだが、東部に広がる情報遮断物質である色無しの霧が上空領域との境を仕切る雲に多分に含まれている為、その遥か下を移動している相対的に矮小ともいえる生物達は、敵味方問わず彼らが保持している隔絶した攻撃力に依る被害を受けずに済んでいる。

 

『いやいやいや! いやいやいやいや、そんなの降りて来てるなら都市の防衛隊が出張るだろ!? そしたらニュースにだってなるはずだ! そんな情報見てないぞ!?』

『あの個体はその中でも貧弱な部類ですからね。ハンター達に対処を任せるか、都市に近付いてくるまでは放置されるでしょう』

『あれで貧弱な部類か……』

 

 思い出されるのは上空から地面に激突したにも拘らず大した損傷も確認出来ず、そのままオルトに対して攻撃を行ってきたモンスターの姿だ。衝突時に発生した光がオルトの車の装甲タイルによる衝撃変換光(しょうげきへんかんこう)なのか、本体に内蔵された力場装甲(フォースフィールドアーマー)発生機能なのか不明だが、前者だけならばその外殻は非常に硬いことが窺える。

 都市の防衛隊も暇ではない。強力なモンスターや凶悪な犯罪者が出れば赴く必要はあるし、都市の主要施設の防衛も行い、時には遺跡の内部に巣食うモンスターの討伐にも駆り出される。

 クガマヤマ都市の経済圏の内側に居るからといって、あの芋虫型モンスターは他都市との境に居り、都市から討伐に向かうには手間なのだ。今は特に被害も出ている訳でもない為、放置されている。

 オルトがファナの説明を受けて顔を顰める。

 

『厄介なのが都市の周辺に現れたもんだ。出会わないようにしよう。そもそも装備を整えないと話にならんし、さっさとカオルの店に行くとしよう』

『そうですね。では行きましょう』

 

 オルトはバイクに乗り込みゆっくりと運転をする。それでもその速さは荒野(こうや)を走っていた時よりもずっと速い速度を出していた。

 

 

 トライフワーデンに着いたオルトは、既にグレイから大まかな事情を聴いていたのかカオルに心配され、エルにまで抱き付かれたことで店内にいる1人の客と店主の微笑ましい視線を集めたが眼を逸らし、誰もいない場所に自分は居るのだと自身を誤魔化した。

 オルトはカオルに信用出来る車両の整備業者などを紹介して貰い、後でバイクを持って行くことになった。

 当のカオルはオルトに注文された商品項目に目を通しながら眉を顰めている。その合計金額はオルトが今回稼いできた報酬額と同程度の額になっていたからだ。カオルも交渉の場に居た者として大まかな報酬金額の上限は把握している。それを越えそうな額になっている。

 大きく稼ぎ、大胆に使用すればその分強力な武装が手に入ることはカオルも理解出来る。だが今回はそうしなければオルトの装備は殆どが使用不可に成り得るだけの購入品目だ。その状況に遭った事実を共に嘆くべきか、それでも生きてまた店に顔を出したことを賞賛すべきかは分からない。褒められたい一心で、勇み足で格上の強敵に挑んで負けて欲しい訳ではないのだから。

 個人的にはどちらにも転んで欲しくないカオルは溜め息を吐きながら会計処理を済ませる。

 

「購入した商品は意外に早く届くぞ。グレイが先日デカい銃を購入したおかげでうちにFARBEが製品を卸す準備を何時だろうと問題無い状態にしている」

「へー。そうなのか?」

「憶えて……ないのか。先日も荒野(こうや)に持って行ってたんだけどね?」

 

 グレイの格好は私服な為にそんな重たい銃など持ち上げることは出来ない。今日は家に格納しているのだという。そんな高級品をカオルの店は何挺も取り扱っているため、FARBEにとってのクガマヤマ都市内のお得意様とも言える存在になっている。

 

「弾薬とかも後日で良いのか?」

「ああ。バイクをこれから修理に出すんだ。車も廃車になったし大量の消耗品を背負って持って帰る気はない」

 

 オルトが購入品目を後日一緒に取りに来られるように倉庫の一部に纏めて貰えるように頼んだ。

 そこで皆が所持している情報端末が鳴る。一斉に通知が入った為に皆が動揺したが、その発信者は一律してハンターオフィスからだった。

 グレイが声を漏らす。

 

「賞金首速報。新規賞金首認定モンスターのお知らせ……ね」

 

 ハンターオフィスには賞金首という制度が存在しており、通常の汎用討伐依頼とは別枠で用意されている難易度も報酬額も別格の討伐依頼だ。

 場違いに強いモンスターが荒野(こうや)を徘徊し、都市間を結ぶ輸送経路を塞いでしまえばそこを利用し物資の輸送を行っている流通業者が速やかに排除を求め、合同で高額の賞金を懸けることがしばしば発生している。

 賞金首制度は主にそのような状況で利用されており、賞金首に認定されたモンスターはそれだけ強力な個体ばかりだ。

 通知はそれらの情報をハンター達に広く知らせる為のものだ。どんな経路でも知ることが出来るようにハンターオフィスと提携している店にも通知が届く。未熟な者が賞金首の出没地域に迂闊に踏み入り、死んでしまいその数を減らすのを防ぐ為の処置であり、実力者に討伐を促す為のものでもある。

 自身の実力を確信している者が、未だその名を轟かせるに至っていない為に賞金首を討伐して名を売ろうとするには絶好の機会だ。賞金首の討伐情報には討伐者の名前が大きく記載され公表される。ハンターオフィスの個人ページにもしっかり記載される為、ハンターとしての実績としてそれだけの強敵を討伐可能な1人として多くの者に認知されるだろう。

 もちろん討伐に成功すれば相応の賞金が手に入り、その上ハンターランクも上昇する。記載される個人ページには信用が高いので経歴に箔が付く。

 オルトがハンターオフィスに記載されている賞金首情報を確認する。個別名称と現在の賞金額に加え、大まかな出没地域と外観の映像が載っている。

 過合成スネーク、5億オーラム。タンクランチュラ、1億オーラム。多連装砲マイマイ、1億オーラム。ビッグウォーカー、4億オーラム。

 一覧をゆっくりと確認していくオルトの指と視線が先日しっかりとその眼に焼き付ける結果となった存在を認識する。

 アーミーマメストラ、3億オーラム。恐らくオルトの情報収集機器により撮影された情報を利用したのだろうと思わせる大量の触手がその背中から生えている。

 

『ファナ。このアーミーマメストラってのがこの前の奴だよな?』

『間違いありません。オルトを襲った芋虫型のジャイアントバクズでしょう』

『こいつみたいなのが、今は5匹もクガマヤマ都市周辺を徘徊しているのか……。これは購入した製品が届くまで本当に都市に籠るのが最適解になったな』

 

 オルトの身体が完全に停止しその両目で捉えているモンスターをグレイが横から確認する。

 

「オルトが遭遇したのってもしかしてこのモンスター?」

「……ああ。間違いない」

 

 その言葉聞いたカオルとエルが驚愕を浮かべる。

 賞金首にもそれぞれ個別ページが設定されており、そこには戦闘を行ったハンター達が生きて収集した情報を精査したものが大まかにだが記載されているからだ。

 そしてアーミーマメストラもその例に漏れず記載情報があった。

 

「……オルト君。このモンスターから逃げて来たの? 上空領域のモンスターって書いてあるんだけど?」

 

 エルの表情は硬い。カオルも同じように表情を硬くしているが、それでも難しい顔へと変え何かを思案し始めた。

 

「みたいだな。まあ、弱い方で助かったよ。おかげでギリギリ生き残れた。不幸中の幸いって奴だろうな」

「よ、弱い方……?」

 

 モンスターに馴染みの無いエルは上空領域のモンスターと言えば強力かつ凶悪な、言ってしまえばそこまでの想像しか出来ない存在だ。区別出来る人間は知っている者か馴染みのあるハンター達だけだろう。

 

「出現して2日経った今でも都市の防衛隊が出張らない時点で都市の中では、都市に居るハンター達でも対処可能って判断になったんだろうさ」

「そ、そういう事か」

 

 実際都市の上層部はオルトの収集した情報を基にその脅威度を計った。幾ら上空領域のモンスターと言えども結局はハンターランク32のハンターを1人病院送りにするのが精々(せいぜい)だという事で低く見積もられ、その情報から流通業者もある程度の厄介さを計り賞金を懸ける。

 1人黙っていたカオルが結論に至ったのかゆっくりと口を開く。

 

「おい、オルト。お前。装備を整えたらこいつを討伐しに行く気じゃないだろうな?」

 

 カオルの発言を聞いたエルとグレイがオルトへと視線を集めるが、オルトの表情はいつも通り、悪く言えばあっけらかんとした表情をしている。

 

「いや、流石に襲われたからムカついてやり返そうとは多少思うけどさ? 1人で態々(わざわざ)危険地帯に行く気はない。ついでに言えば、俺には安全に討伐できる程の人数を集める伝手も無いから基本は都市で賞金首がいなくなるまで籠ろうかなって思ってるけど」

「……そうか、それならいい」

 

 オルトの返答に3人は胸を撫で下ろした。少なくともこの場で一番の強者でありながら短期間で何度も病院送りになり治療を受ける羽目になっている人物だ。自分から首を突っ込んだ出来事も有るだろうが、それでも帰ってくるのであればという生易しい考えは、凶悪な旧世界の遺産が徘徊する荒野(こうや)が許してはくれない。

 

 

 オルトはその後も少し相談事をしてからトライフワーデンから退店した。

 カオルが心配そうな顔をしているグレイを見て頭を撫でる。

 

「構わず力になってやればいい。足を止めずに周りを見続ければきっとあいつの役に立てる時は()る」

「……はい」

 

 グレイは頭を軽く振って目に見えぬ不安を振り払う。大切な人が死にかけていたという事実もそれを直視した事態もグレイの心に明確に傷痕を付けた。どんなに形の無いものであろうと、物質の中に内蔵された機能は変形するし変質する。そして最後には崩れて消えてしまう。いつの間にかそうなってしまうのを避けるためには安定化させる行為や状況が必要になる。

 グレイの(ひび)はオルトが起床し何事も無いように振る舞い、本人が生存している事実を確認することである程度修復された。しかし完全ではない。

 エルがおずおずとグレイに近付き目を合わせる。

 

「グレイちゃん。私は荒野(こうや)になんて出られないから、無責任かもだけど……、オルト君の事見ていてあげてね?」

「……ええ。任せて」

 

 オルトとの戦闘能力にどれ程の差が有るかなど分からない。オルトは1か月間クガマヤマ都市を離れ、共に遺跡探索を行うどころか荒野(こうや)で見かけることすら叶わなかった。自分の戦闘能力は向上した。グレイのその考えは間違いなく正しい。しかしその上昇後の戦闘能力が実際どの程度の効力を持つのかは、オルトの戦闘能力と対比してみなくては分かるはずもない。

 どれだけ強者だと言われようと東部の西側と東側でその基準が大きく違うように。

 

 

 オルトは家に帰りつき自身の口座を眺め大きく溜め息を吐いていた。

 クガマヤマ都市に帰還するまでは3億オーラムも有った残高がもはや見る影もない。装備を整え消耗品を補充し、バイクを整備に出した。

 少なくとも数日は、オルトというハンターは高額で高性能な強化服を着て近接戦闘をするだけしか出来ない。

 オルトの表情は風呂という楽しい娯楽を堪能している割に、顔は不機嫌を表したままだ。

 

「せっかく苦労して稼いだ金が一瞬で消えたな」

 

 共に湯船に浸かりその美貌をオルトに見せつけているファナはいつも通り微笑んでいる。

 

『装備を新調する度に口座の残金は大きく変動します。慣れていけば問題ありません。それにグレイが収集した遺物を換金すれば問題無く取り戻せますよ』

「まあ、そうだけどさ。それをどう誤魔化すかってのも問題なんだよな」

 

 オルトが帰ってきてから直ぐに病院送りになっていることは調べれば容易に分かる。にも拘らず数日で大量の遺物をハンターオフィスの提携店に持ち込めば間違いなく付け狙われる。そんな日常は御免被りたい。

 オルトは少し不満げにだが風呂から上がりベッドに横になる。

 久しぶりの自宅のベッドだとしても、その感触はどこか味気なかった。

 

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