リビルドワールド 孤独に非   作:たっぷり

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・第十五話 個人的な経験値

 

 偵察部隊への物資輸送を終えたオルトは折角(せっかく)経費をクロサワが払ってくれるのだからと、都市への帰還中にモンスターの群れを見つけ、狙撃の精度向上や体感時間の圧縮率を高くしても反動が少なくなる様にとの訓練として、ついでに汎用討伐依頼も受けておき、1人で輸送車両の屋根に上り両手に握るK2R複合銃で銃撃を繰り返していた。

 走行中の揺れる車上での狙撃にも徐々に慣れてきており、先程の心境の変化も合わさり、その精度はかなり高い。

 

『今日の命中精度は随分と高いですね』

『まあな。モンスターの優先順位の表示とか姿勢制御はファナに任せてるんだ。これぐらいはやんないとな。……おっと今のは右に1メートルもズレた。次だな。……よし殺せた。……それにしてもこの周辺のモンスターの数は異常じゃないか?』

『それは恐らく賞金首が出た影響で遠出するハンターが減っているからでしょう。この周辺のモンスターの駆逐が一定期間行われない事で、悠々自適に繁殖した生物系モンスターが辺りを縄張りとして徘徊しているのでしょうね』

『つまり俺達は現在その縄張りを荒らしている最中って訳だ』

『彼等には私達が餌に見えているでしょう。どちらが死体になるかの勝負です。どんどん勝って行きましょう』

『了解だ』

 

 オルトはファナとの念話を続けながらも、銃撃の速度を一切緩めることは無かった。体感時間の圧縮を行いながらの念話でのやり取りは一種の訓練にも当たる。1秒間にどれだけの情報の送受信が出来るのか、そして必要な情報の取捨選択を適切に行えるかの訓練だ。必要な情報と不必要な情報を、無意識に且つ意識的に拾い上げ適切に使用するだけで戦闘の安定感は遥かに差が出る。

 そして敵の安全を侵し壊し殺す。その結果を確実にする為に今はただこの状況を受け入れ訓練に全霊(ぜんれい)を注ぐだけだ。

 

 

 グレイがオルトの戦闘の様子を確認すればその戦闘能力の高さに舌を巻く。

 先日、自分がモンスターの群れに囲まれた時の事を思い出す。車両を自動運転でただ真っ直ぐ突き進む設定にした上で、自分の得意分野を押し付けながら、更に追加の銃で慣れない近接戦闘すら行った。自分の中で自画自賛すら出来た結果だった。

 

(これがオルトの実力か。……確かにさっきのは褒めても喜べないかも? でも狙撃の精度はさっきの方が良いよね。立ち回りは今の方が遥かに良いけど。えー、分かんない)

 

 だが今、輸送車両の屋根の上で、1人戦うオルトはそもそも近寄らせない様に立ち回り、車両の周辺は綺麗なままで、その外側が凄惨(せいさん)な状況に変わっている。ハンターが討伐しに来なくなった影響で増えたモンスターは、オルトが汎用討伐の数を稼ぐ為だけに増えたという因果に強制的に変えられていった。

 

 

 助手席に戻ってきたオルトの顔は誰がどう見ても、上機嫌そのものだった。訓練が上手く行った上に、汎用討伐に使った弾薬等の費用は経費としてクロサワに押し付けられる。オルトが経費扱いするのは都市から出てから帰還するまでだ。使える分は思う存分使う事で自身へと還元した。

 グレイが呆れたようにオルトを見る。

 

「あれがオルトの本気?」

「いや、本気ならもうちょいやれる。今回は立ち回りを重視しての実地訓練だ。……いや、運転を任せたまま1人でやって悪かったって。次は俺が運転するからさ」

「……ふーん? なら許してあげようかな。あ、でも運転は良いから一つ教えて貰っても良い?」

 

 グレイが機嫌が悪いです、と訴えるようなジッとした視線を止めて少々真剣な表情になる。

 

「まあ答えられそうな事なら」

 

 オルトも一つ答えるだけで良いなら別に良いかと軽く考え返答する。

 

「そう。……うーん…………」

「……えっと、どうしたんだ?」

 

 グレイが少し難しい顔をする。

 

「えっとね? 凄く変な事を言うかもしれないけど、笑わないでね?」

「まあ、多少は()えるよ」

「……オルトが銃を撃つ時、というより引き金を引く時かな? 照準とか銃口が本当に気の所為(せい)かもしれないけど、極僅かにブレているように感じるの。でもオルトの銃撃の精度は凄く高いし、モンスターを倒した後や接近された時の、次への判断とかが凄く早いじゃない? 普通ならブレてる照準なんて当てにならないし、そもそもそんな高確率で当たる訳がない。でもオルトは当ててる。なんでそんなに当たるの?」

 

 オルトが少し悩む。教えたく無い訳では無いが、言い辛いという点で判断に困る。

 

「……えっとね? 別に困らせたいって訳じゃないの。何かオルトが分かる理由でも有るのかなーってだけで」

「理由は、まあ、有る。というよりコツって言うのかな?」

「へー、やっぱり有るのね。どういったものなの?」

 

 オルトがどのように形容するべきか悩む。ファナに言われた通りの事を言った所でグレイにファナは居ない。自分は確実にそれが出来る筈だと、信用出来る確証が無いのなら、疑問になりグレイの足を止める結果に、危険な場所へ踏み入らせるだけの不要なものと成り果てる可能性すらあり得る。

 だが、彼女は先程自分に認めて貰いたいと明確に発言し、その表情や口調から嘘や誤魔化しの雰囲気は感じなかった。

 オルトはある可能性に気付き、その一点に賭ける事にした。

 

「グレイは、あっ、これ死んだなって周りの時間というか、自分を殺そうとしてる奴をゆっくりに感じた事ってあるか?」

「……え?」

 

 グレイがオルトの言葉に固まる。急に死にかけた事は有るかと言われれば困惑する。そしてグレイはオルトから聞いた事で連鎖的に思い出す。

 数か月前のクガマヤマ都市にモンスターの襲撃が起こった際に、運悪く替えの弾倉に敵の銃撃を喰らい、GRD対物突撃銃の再装填が間に合わずモンスターに食われかけた事を。オルトがGRD対物突撃銃の専用弾を撃ち放ち、グレイを殺さんとしていたモンスターの胴体を吹き飛ばし、そのままグレイの横を転がっていった事を。

 当時のグレイは状況に認識が追い付かず、少々の時間停止してしまったが、周囲の銃声やモンスターの咆哮により意識を戦闘時のものに戻し、好転した事態を更に良い状況へと変える為に尽力した。

 その当時を無意識的に思い出した。

 

「ある……かも……」

「その時の状態は所謂(いわゆる)、自分の意識だけが先行していて身体(からだ)や脳の認識が遅れている状態なんだ。……そうだな。加速剤ってあるだろ?」

「うん。あの戦闘薬の一種の」

「あれを使っている状態に近い」

「……ってことはオルトは加速剤を使ってるの?」

「いや。俺は使わなくても似た様な事が出来る」

「ええ……」

 

 グレイがオルトの方を呆れながらも、どこか嬉しそうに見つめる。

 

「私にも出来るかな?」

「出来ると思うぞ? 訓練次第だろうけどな」

「その状態だと結構変わるもの?」

「変わる。少なくとも俺は戦闘中に長時間緩く続けて使用してるし、危険な状況になっても一瞬の判断ってのが広がる」

「おー。それがオルトの強さの一端(いったん)かー。ん、緩く?」

 

 オルトの発言にグレイが首を傾げる

 

「そう、緩く。簡単に言うと単位時間で可能なことを増やしてる。1秒間に100秒間分の思考と行動が出来たら結構決断を下すまでに余裕が出来るだろ? 緩く1秒を10秒に、もっと踏み込んで1秒を100秒に、1時間にとしていけばその間に可能な動作は増える。グレイも1秒で狙うよりも10秒掛けて狙った方が精度が上がるだろ?」

「へー。……それ、身体(からだ)の方は大丈夫なの?」

 

 グレイも強化服を急激に動かした事ぐらい何度もある。その度に悲鳴を上げそうにもなるが、オルトの助言により高い回復薬を複数持ち込んでいる為、多少の怪我程度ならば戦闘可能な状態の維持をしている。痛覚も回復薬が麻痺させてくれている。

 

「高速で動く際は高い回復薬で痛覚とか怪我とかは誤魔化してる。強化服を個別に動かして、生身をそれに追い付かせてるイメージだ。早く動けば動くほど硬い強化服に生身が叩きつけられる。今はそんな状態にならないで済むように努力中だけどな」

「成程ね。だからオルトは前から高い回復薬を多めに持ち込んでいたのね」

 

 グレイの言葉はモンスターの襲撃の際の事を言っているとオルトは確信した。その時は使えなかったとか言うと確実に拗れそうだった為特に言い返すこともしなかった。

 グレイが頷きつつ腑に落ちたという顔をする。

 

「なんだか難しそうね」

「先ずは強化服の操作に慣れると良いと思う。俺は柔軟体操とかで体外からの操作で身体を伸ばしたりしてる」

 

 グレイは自分が強化服の操作をして強引に身体(からだ)を動かした時の事を思い出し、顔を引き攣らせる。

 

(私も偶にやってるけどそれを常にやってるのね。それは強くなる筈だし、大怪我もする筈ね)

 

 グレイはオルトが確実に怪我をする挙動を無意識に許容していると感じた。それ程までの事をしなければ死んでしまっていたかもしれない者だ。()める様になんて言えないし、カオルやエルに話せばきっとオルトの事を更に心配させるだろうと確信し、自分の内で()めておく事にした。

 

「オルト。それ、他の人に言わない方が良いわよ」

「相手がグレイだから言ったんだけどな」

「えっ!? あー、そう? ……うん、ありがと……」

 

 グレイが急なオルトの返しに声が上擦(うわず)る。

 グレイがオルトの方を見ると普段通りの表情をして周囲の索敵を行っている。勝手に喜び勝手にふて腐りながらもそれでも喜びの感情が強かったのでそれでも良しとした。

 喜色を浮かべながらグレイは都市まで輸送車両を走らせた。

 その日はグレイにとっては良い日になった。

 

 

 オルトは偵察部隊に物資を輸送した翌日に、クロサワから届いた通話要求に怪訝な表情を浮かべながらも、結局出る事にした。

 先日と同じように出ると、情報端末からはとても神妙なクロサワの声が聞こえてくる。

 クロサワからの用事は、昨日物資を輸送していた際に何か違和感などは無かったかという問いだった。

 オルトの返事は一つだ。なかった。

 クロサワが何故そのような質問をして来たのか逆に問うと、クロサワの言葉が止まった。オルトが怪訝に思い何度か話しかけると、後日時間が欲しいと言われ、数日後の夕方に指定された店に行くという事になった。

 

「ファナ。何があったんだと思う?」

『さあ、何かがあった時に現場に居なかった私達には分かりかねます。ですが、懸賞金を確認すれば大よその推測は出来るかもしれません』

 

 オルトが納得し、ファナに言われた通りに情報端末で賞金首のページを確認する。未だに1体も討伐報告が上がらない賞金首の懸賞金は日に日に増していっている。

 

「まだ1体も倒されてないのか。タンクランチュラが7億オーラムに多連装砲マイマイが13億オーラム。過合成スネークが15億オーラムで、おおっ、ビッグウォーカーは一度に2億も増えて、20億オーラム! それだけ厄介なんだろうな。……で、アーミーマメストラは……、20億オーラムぅ!? 昨日は10億だったよな!?」

 

 オルトが昨日確認した賞金首から他の4体も含めて、賞金が上がっていることは予想していた。日が経つ毎に数百万オーラムや数千万オーラムずつ上昇する。流通業者の輸送が停滞する期間分や、討伐に乗り出したハンターが負けた際に彼等のハンターランクを参照し、その脅威度や厄介性を把握する。そのモンスターがどれほど東部において、近くの都市で生活する者達にとって邪魔かどうかで、懸けられる賞金は上昇していく。

 先日までゆっくりと上昇していた賞金首の懸賞金が、急激に上昇したという事は相応の事態が発生したという事に他ならない。

 そこから先程のクロサワの話を繋げていくのならば確実にアーミーマメストラに何かが起き、懸賞金をたった1日で2倍に引き上げる事態が発生したという事だ。

 

『随分と上昇しましたね。この調子なら東側のハンターが討伐しに来る可能性もあるでしょうね』

「それまでにこれ以上の変化が無いと言い切れないけどな。そもそもが、たとえ貧弱だろうと上空領域のモンスターってだけでクガマヤマ都市周辺なら異変の一種だろ……」

『異常事態など起きる時は起きる。今回はこれがそうだった、というだけですよ。気にすることは無いでしょう』

「まあ、そうだろうけどさ」

 

 オルトは情報端末を置き、ファナとの訓練に戻る。

 今日オルトは、既に数時間に及びファナとの戦闘訓練を行っている。

 床を蹴り、壁を地面だと脳と感覚を錯覚させながら平然と立ち、自分が逆さになる事も恐れず天井を駆けて、ファナの両手が持つ2(ちょう)の銃の銃口から伸びる弾道を幻視しながら、密度の濃い空間さえも自分の生きる為の道として利用しながら。

 何時(いつ)の間にか逃げる事が当たり前になっていたが、結局は自分から動く方がオルトには合っていた。自分を追い詰める厚い壁を、無理矢理にでも抉じ開け進む。逃走は選択肢の一つでしかない。

 オルトの両手に持つK2R複合銃から放たれる大量の弾丸が、2人のファナが持つ銃を一つずつ破壊し、使用不能の状態へと変えていく。銃本体に展開してある力場装甲(フォースフィールドアーマー)を突破する為に、同じ個所への精確な銃撃が必須となる状況下で、体感時間を極短時間だけ圧縮率を限界まで上昇させ、悠然と行う事を当然の事柄へと変えていく。

 1人のファナが銃を破壊されたことで、明確に体勢を崩す。オルトが天井を蹴り地面へ着地すると同時にゴム毬の様に跳ね、破壊された銃の方向へと回り込み、そのファナからの銃撃を一手遅くさせる。そして、他からの射線を切り一瞬の猶予を自分に与える。圧縮された時間の中で与えられた長すぎる一瞬を最大限利用して、射線を切られ、動かざるを得なかったファナが身を晒した所へ、狙い通りだと動きを合わせ、両手の銃で頭部を精確に狙い、大量の弾丸で破壊した。

 死んだファナの胴体を蹴り上げ、未だ生存している万全のファナへぶつける。その結果、体勢を崩したファナを、死体と化しているファナごと撃ち貫き絶命させる。

 残ったファナは片手の銃しか残っておらず、その状態のファナの対処は今のオルトには楽勝過ぎた。

 3人のファナの死体が消え、旧世界製の戦闘服に身を包んだファナが現れる。

 

「結局これが一番(しょう)に合ってるように感じるな!」

『随分と良い動きでしたね。では、次は難易度を上げていきますよ?』

「良し来い!」

 

 オルトの訓練は更に続いた。難易度を上げる度にオルトの身体(からだ)に掛かる負荷を上げながら、敵の人数を加減させつつ、両手で振るう銃を、時に腰に備えてあるブレードを、接近してきた敵を蹴り飛ばし、その反動をも利用しながら。

 1箱600万オーラムの回復薬すら訓練に使い、疲労と強化服の身体能力に振り回される生身に刻まれる裂傷を、その場で即座に修復させながら。

 意気を上げながらも冷静に周囲の情報を取り込み、無意識下での精査により抽出された重要な情報を認識し、適切で的確な行動を取り続ける。何時(いつ)の間にか日和っていた精神を叩き直すように、危険地帯すらも利用して自身の生存を求め続けていた。

 

 

 オルトは下位区画にある大衆向けの酒場に来ていた。先日オルトが情報収集の際に寄った時は強化服が無かった為、防護服しか着ていなかったが、店主の嫌そうな顔さえ無視すれば問題無く入店出来る上、時間によっては出来上がっている人物もちらほら居る。

 彼等もハンターや、ハンターを相手に商売を行っている者達だ。情報を易々(やすやす)と吐くほど無能ではないが、それでも情報の管理は多少雑になるので店内の酒を情報代()わりに渡すと余程の重要性が無い限り教えてくれることが多い。

 そして今日のオルトは強化服に加え、威力特化型K2R複合銃を担いで来ている。

 堂々と店の入り口から入ってきた重武装のオルトを見て、カウンターから出入口を見ていた店主が、先日とは違った渋い顔をオルトに向けていた。

 オルトはその店主の様子など気にすることなく近付き用件を伝える。

 

「クロサワって奴が居る筈なんだけど、どこに居るんだ?」

 

 子供が酒場に入って来た上に、常連の1人の名前を出したことで目の前の子供を怪しむが、身に着けている装備の質から、相当のハンターなのだろうと判断を変えると指を縦に伸ばした。

 

「……2階の一番奥だ。騒ぎは起こすなよ?」

「あー、うん。ありがとう」

 

 オルトは感謝を述べてから階段を登りクロサワを探した。ファナの案内で見つけると、広めのテーブルを囲み、同じ色の飲み物が入ったグラスを十数人が見つめながら静かに座っていた。

 

 

 近付いたオルトに気付いたクロサワが席の一つを指差し座るように促す。

 

「さて時間前に来てくれて感謝するが、……まあ先に何か頼むか? 酒以外にも色々あるぞ」

「何の話をするのか聞いた後にするよ。交渉か何か知らないが決裂して気不味(きまず)い雰囲気の中で食事する趣味は無いからな」

「そうか……」

 

 クロサワ達の顔は暗いが悲嘆に暮れている訳では無い。そう判断出来るぐらいの表場を保ってるが、誰もオルトに話しかけることは無い。

 クロサワが時間を確認してから小さく一声上げる。

 

「……献杯」

 

 その声に合わせるように他の者達もグラスを持ち、グラスが置いてあるにも拘らず誰も座っていない席に向かって軽く上げる。

 その言葉の意味を知っているオルトは、黙って他の者達がグラスの中身を飲み干すのを待った。

 皆が飲み干したタイミングでその場の者達が無理矢理笑いながら口を開く。

 

「あー、全く。こんな度数の高い酒ばっかり飲みやがってなー、あいつ!」

「同感だ。俺はもう少し甘みのあるやつが好きだ」

「文句言ってやんなよお前等……」

 

 男達が雑談を開始した事でこの場の雰囲気は和らぎ始めた。

 状況に少々追い付けていないオルトに、クロサワが今回の用事を最初から説明し始めた。

 

「こんな暗い雰囲気の中に呼び出して悪かったな。まあ、お前も察してくれたように、仲間が1人……死んだ」

 

 クロサワの言葉に、オルトが軽く頷くと話を続ける。

 

「アーミーマメストラの賞金が急激に上がった前日。要はお前に物資の輸送を頼んだ日にな」

「俺に何かしら謝罪をしろと言われても無理だからな?」

 

 眉を顰めるオルトに笑いながらクロサワが話す。

 

「そんなこと言わねえよ。お前が何かした訳じゃねえからな。あいつもハンターだった。死ぬときはあっさり死んじまう」

 

 オルトは落ち着いた声で話すクロサワの言葉に頷く。

 

「なら俺に何の用があるんだ? 端的に言ってくれ」

 

 オルトの言葉に、クロサワだけでなく他の者達も表情を真剣なものへと変える。

 

「改めて言おう。オルト。アーミーマメストラ討伐に協力して欲しい」

「……昨日、そっちは大人数で多連装砲マイマイの討伐をしたって聞いたぞ? 被害も軽微って話だった。そいつらを連れてやればいいんじゃないか?」

「……死んだ仲間は俺達とは長い付き合いの友人だった。ちゃんと仇を討っておいてやりたい。大人数でやれば安全に出来るかも知れんが、その準備をしていると他のハンターチームや徒党に持って行かれるかもしれない。安全に且つ少人数で素早く済ませたい」

「それでも俺である必要性を感じない。長い付き合いがあるってことは元ドランカムの所属なんだろ? そっちの伝手はどうしたんだよ」

「あそこは駄目だ。絶賛派閥争いの真っ最中。そこから人間を呼ぶと、おまけで変な奴らが付いてきかねない。安全にやりたいってのに戦ってる最中に仲間割れなんか御免だ」

 

 ドランカムの内部では、若手ハンターの1人を旗頭とした事務派閥と、ドランカムを立ち上げた者達の古参派閥の二つに分かれていた。

 それぞれが同じ派閥内であっても内部で細かく別れており、古参は基本的に荒野(こうや)に一切出ない事務派閥の者達を嫌っているが、それでも都市との繋がりを強くし、依頼を持って来てくれる者にすり寄っていく者もいる。

 事務派閥もスラム街以外の比較的真面(まとも)な場所からの出身者を集めたA班とスラム街出身のB班の二つに分かれており、基本的に自分達を見下している古参を嫌ってはいるが、派閥内で贔屓されているA班に対しB班の者達の扱いは悪く、A班とB班の対立を生み出している。

 また事務派閥の内部にも元ハンターの事務員もおり、純粋な事務員の中にもハンターの苦労に理解を示す者も居る。そしてその内部でも出世争いも起こっている。

 大小様々な派閥が、徒党内での影響力を求めて争う状態になっており、賞金首討伐の功績に目を付けている。

 そんな状況下で真面(まとも)な指示を飛ばしたとしても、賞金首が瀕死になったら功を求めて単身突っ込む奴が出かねない。

 それでは(とむら)いにならないとして、信用のおける個人で動いている強いハンターに協力を仰いでいる。

 クロサワから心情の籠った話をオルトは邪魔せずに聞いていた。

 

「つまりは討伐者を自分達にしたいって話だろ? やっぱり俺である理由になってない」

 

 オルトの強情な態度にクロサワが自分の情報端末を取り出し、目的の情報を表示する為に操作する。

 そして情報端末をオルトに手渡す。そこに記載されている内容にオルトが顔を顰める。

 

「そこには兎に角、色々とアーミーマメストラに関連する情報を纏めてある。出没地域に攻撃方法、外殻の強度や懸賞金の変動予想などなど。だが、お前に見て貰いたいのは補足の方だな。その顔を見るに、もう見てるみたいだが」

 

 そこにはアーミーマメストラが何時(いつ)出現したのか、だれが報告した結果、賞金首認定を受けるに至ったのか、そして踏み潰されている車両がオルトの所有物だったという証拠となる情報が載っていた。

 

「ハンターオフィスの掲載情報のアーミーマメストラの画像だが、随分と性能の良い機器を使ったのか綺麗に撮れてるよな。……()しくは超至近距離で撮影した結果か、のどちらかだ。そしてお前の車の状態から、お前はアーミーマメストラに奇襲された上で逃げ延びた奴だってことだ」

 

 ハンターオフィスへ報告したのがオルトというだけであれば、1人のハンターが長距離から情報収集機器で反応を拾い、その情報を報告しただけとも取れるが、アーミーマメストラ周辺の状況が交戦した上で逃げ延びたのだと教えていた。

 既に風化が始まってしまっているが、オルトのK2R複合銃で撃ち出した擲弾が抉った地面やその残骸、車から脱出した際に撃ち落としたミサイルの残骸は未だ残っている。そしてそれは一方向にのみ伸びている。その方向に逃げていった誰かが迎撃したのだ。

 

「その結果お前が病院送りになったことも知っている。酷いトラウマになってるから断ってるのかも知れない。だが、輸送依頼の時のお前の状態から、それは無いって事は分かっている。一戦交えた経験者が居れば討伐難度も下がる。……頼まれてくれないか?」

 

 クロサワの説明中も他の者達は黙ってオルトを見ていた。浮かべている表情は真剣そのものだ。

 

「うーん。受けても良いけど報酬とか最大人数が何人なのかとか、俺に連携を求められても困るとか危険な時の撤退判断は個人でして良いのかとか色々疑問がある。そこら辺答えて貰えないなら俺は断る」

「連携についてはさっきも言った通り準備をしている時間は無い。自由に戦ってくれていい。が、俺達をわざと(おとり)にするような真似は無しだ。撤退は自由にしてくれ。こちらでも早めに選択するつもりだ。死んでいった仲間は想うが、仲良く死んでやる必要はねえ。最大人数は決めてないがこっちで出す人数はこの場に居る俺達だ。お前が個人的に雇う分には構わないが、邪魔な奴を連れてきても俺達は面倒なんか見ない。……それで報酬だが、経費を除いた賞金を全額やる」

「……はあ!?」

 

 一つずつクロサワから説明を聞いていたオルトは最後の条件に唖然とした。賞金首の最大の旨味は討伐成功時に得られる金がデカいという点だ。その一点を確実に失っても良いとクロサワは言い放ち、それに不満を持つ者もこの場に居ない。

 

「一つ聞くが、経費が懸賞金と同額とか、経費として沢山使ったから残った金は数千万オーラムだけとか言うつもりは無いだろうな?」

「無い。断じて無い。今のところ経費は10億オーラムを想定している。用意した上で使わずに済めば、お前に支払う金額はその分多くなる。俺達は賞金に一切手を付けずお前に渡す」

 

 オルトが判断に迷いファナに尋ねる。

 

『どうすれば良いと思う? 俺はさっさと賞金首に消えて貰いたいし、消耗品をクロサワ達が用意するなら、この前みたいに必死に逃げ惑う必要も無さそうに思うけど』

『そうですね。頑張ればその分報酬も多くなるみたいですし受けても良いのでは?』

『ん? 良いのか』

『はい。次はオルト1人で戦う訳ではありません。私のサポートを万全に受けられるように準備も出来ます。強力な銃器も整えましたからね。早く荒野(こうや)から危険なモンスターを排除して遺跡探索などを行えるようにしましょう』

『……そうだな』

 

 オルトは止められると思っていた。前回あれだけこっ酷くやられた上に少し前には遺物襲撃犯達と戦った時は戦闘中にも数度止められていた。今回も態々こちらから危険な目に遭う必要は無いと言われるのだろうと。

 ファナは最近のオルトの様子を観察し、オルト自体が積極的に、能動的に行動を起こす方向へと変えた。訓練にも生活中の態度や感情の変化にもそれが一番良い状態で維持出来るようになるからだ。

 

「俺に賞金を渡すのは、俺にはその場に居なかった。そういう事にして欲しいからか」

「まあ、そうなる。賞金首を倒して名声が手に入らないと怒る奴も居る。お前がそうだと決まった訳じゃないが、そうならない様に配慮はしておくべきだろう?」

「まあな」

「……、それじゃあ結論を聞かせて貰いたいが?」

「再度確認しておくが、俺が知り合いを数人呼んでも問題は無いんだよな? 勿論戦力になるような奴だけを選ぶし、賞金首討伐の功績を奪いに行くような馬鹿じゃない事は保証するが」

「ああ。俺達は面倒を見ないが軽い指示に従ってくれるならありがたいってぐらいだな」

「……最後だ。昨日、知り合いから過合成スネークの討伐部隊の補助要員の依頼を手伝って欲しいって言われたんだが、そっちも受けて問題無いってならそっちの話を受ける」

「よし! 決まりだな! 問題はねえよ。俺達が討伐に乗り出すのはその後だ。ビッグウォーカー討伐にドランカムの大部隊が出るって話が上がってるからな。その裏で決行だ!」

 

 クロサワ達が表情を弛緩させ、大事な局面を乗り越えた様な雰囲気に変わる。

 オルトも一段落ついたと安堵し、テーブルに乗っているメニューを広げて何品か注文する。大衆向けの酒場という事も有りつまみの種類も多いが、単純に量の多い食事を取っている。

 

 

 目の前でクロサワ達が死んでしまったハンターとの思い出話を繰り広げている。腹も満たされアルコールも入り大事な用件も一息付けた彼等には今は笑うのが丁度良いのだろうとオルトは話を聞いていた。

 彼らの内でオルトが呼ぶかもしれない知り合いに興味を示してきた者には一応彼女達のハンターコードを送っておいた。何人かがハンターオフィスの個人ページを見て渋い顔をしたが、オルトがその件で問題が発生したら自分に投げてくれと言うと急に納得し酒を呷りに戻っていった。

 今日はとことん飲むと決めている様で服用すると即座に体内のアルコールを分解し酔いを醒ます薬も彼等は用意していなかった。文句を言いつつも何度か最初に飲んでいた酒を頼みながら。

 

 

 都市近郊の荒野(こうや)でハンター達が陣を敷き、賞金首討伐の準備を進めている。目標は過合成スネーク。賞金額は25億オーラム。

 アーミーマメストラやビッグウォーカーの危険度の煽りを受け、未だ討伐されずに残っている賞金首は総じて危険だと判断され、先日それぞれの懸賞金は一気に上昇した。

 指揮車(しきしゃ)である装甲兵員輸送車を中心にして、複数の装甲車や荒野(こうや)仕様車両が並んでいる。そのどれもが並のハンター達が使用する安物ではない高性能な物で、今回の賞金首討伐に使われた資金の潤沢さを物語る。

 それらの車両の周囲には乗員であろう者達、今回の主力になる部隊の姿が見える。意気揚々と強化服や消耗品の準備を進めるその全員がドランカム所属の若手ハンターだ。

 この部隊はカツヤという若手ハンターが率いるカツヤ派の賞金首討伐部隊だった。

 オルトとグレイはその中心から離れた位置にそれぞれの車両を停めていた。オルトは自分のバイクを自動追従に設定しており、グレイの車の助手席に座って本隊の様子を確認している。

 

「人数はやっぱり流石の一言に尽きるな。ただやっぱり主力で戦う部隊に数部隊ほど古参を交ぜた方が安全に討伐出来る気がする」

 

 2人の視界に映るドランカムの部隊はその全てが若手、行ってしまえば経験の浅い子供達で構成されている。

 ハンターという職業はその職業柄、高性能な回復薬を服用している為、細胞単位での治療が繰り返され、身体能力の低下となる老化が抑制される。そのようなハンターばかりでは無いが、経歴が長い程高性能な回復薬を入手できる可能性は上がり、それを服用する機会も生まれる為、基本的に経歴が長い程にその実年齢が外見と乖離し易くなっていく。

 義体やサイボーグへの換装処理を行い外見の老化という概念が消えた体を手に入れる。

 過酷なハンター稼業を長期間続けていると、自分の身体を変異させることへの忌避感は薄れていく。

 それでもその姿は基本的に成人以降のものが多い。ハンター向けの装備は大人向けの規格で作成されており、子供の体躯では扱い難い物も多いからだ。余程の変人でも無ければ、子供の体格の維持をする者はいない。

 それらの理由から、成人未満の見た目のハンターの外見はその実年齢と大して変わらない。彼等彼女等が本当に経歴の短い若手なのだと判断が可能だ。実力も相応で、古参や他のハンターに軽んじられる原因でもある。

 今回の仕事を持って来たグレイも、苦笑いを浮かべながらも擁護する。

 

「人数と装備を見れば結構良い物使ってると思うけど? 確かに私達が使ってる装備に比べたら安物認定出来るかもだけど、それは流石に酷と言うか」

「俺も流石に俺と同性能の装備を用意しなきゃ駄目なんて意見は言わない。そんなことしたら3人分用意しただけで賞金から足が出るからな。ただ、それを補う為の人数なんだから量だけじゃなくて、質の種類にも気を配ればいいのになってだけだ」

 

 オルトが掻い摘んで説明をする。

 大まかに分けて量と質。

 簡単に言えば量とは人の数や武装の数だ。

 だが、質となるとその種類の数は桁が上がる程に数えられる。個人のハンターの技量や経験、知識量等。装備の性能、製造方針の種類による方向性の違い。

 戦闘なんざ下らないとさえ思っているオルトからすれば、それらを精査して、いいものを本気で選び、身に着け早々と終わらせるに限る。

 

「そこら辺はあれよ。ドランカム内で内部分裂が起きてるってオルトが言ってたじゃない? 古参を頼るのは厳しいんでしょうね」

「その結果としてヘマをした場合の尻拭いを俺達がやるのか。現場に居る奴からしたら印象最悪だ」

 

 オルトが嫌そうな顔を浮かべながら苦言を吐いているのをグレイは楽しそうに見ている。

 

「それでも今回は私宛の依頼に付き合ってくれるんでしょ? 頼りにしてるわ」

「ああ。前回は俺の依頼に付き合わせたからな。全力で……そんな事にならないよう祈りながら当たらせて貰おう」

 

 グレイがこの依頼をドランカムの事務派閥から受けたのは先日だ。

 クロサワ達が多連装砲マイマイを、ドランカムの古参派がタンクランチュラを無事討伐したことで、自分達が失敗する確率を最大限下げる為に、外部の個人で動く若手ハンターすら利用して勝率を上げる為だ。

 オルトはグレイに雇われているハンターという扱いだが、グレイはドランカムから正式にハンターオフィスを通して依頼を受けている。しかし依頼の詳細は当部隊の作戦行動の補助という非常にあいまいな内容であり、これは戦歴をハンターオフィスの履歴に乗せる際に、補助要員がどの程度の活躍をしたのかドランカム側の判断で調整可能という意味を含んでいる。

 主力となるカツヤ達だけで討伐を完了すれば、補助要員は不要だったと報告。無理だった場合には追加火力の支援を要求可能で、実際にはカツヤ達だけで撃破は余裕だったが用心の為に参加して貰ったと記載できる。

 どちらに転ぼうと賞金首討伐者の情報に補助要員達の名前が載ることは無い。

 

「裏の事情をオルトに聞いた時は驚いたけど、まあ簡単に言えば子()りよね。同年代の子達だけど」

「明示されてないけどな。暗に、そちらが気付かなかっただけ、と言えるように記載されてる。部隊の生還率によって報酬を減額するとかはあからさまな気もするが」

 

 オルト達が賞金首へ多大な負傷を与えた所でその部分は報酬には一切考慮されない。主力部隊の被害が増加すればその分報酬が下がっていく。一見報酬額に旨味の多い依頼に見えて、その内情はドランカムの若手ハンター達の護衛だ。

 そこに見覚えのある顔が通り掛かる。アキラだった。

 アキラがオルト達を発見して運転している車をグレイの車の隣に停めた。

 

「久しぶりだな。2人もこの依頼を受けてたんだな」

「うん。久しぶりね、アキラ。オルトは私が雇って今回付いて来て貰ったのよ」

「という事は俺と同じか」

 

 オルトが中心に近い位置に停車している車両を指差す。

 

「アキラの名前は名簿に無かったな。エレナ達に雇われたって所だろ」

「ああ。また後でな」

「じゃあ、また後でね!」

 

 グレイが挨拶をすると同時にアキラが発車させようとするが、顔を再度グレイに向ける。

 

「……そうだ。グレイ。先日貰った地図が凄く役に立ったんだ。ありがとう」

「そう? それなら前にも言った通り、どこかのタイミングで返してくれれば良いわ」

「分かった」

 

 そう言い残しアキラは車を走らせていった。

 アキラに渡した地図の事はオルトも聞いている。オルトが一度簡易的に作成し、それを基にグレイが再探索を行い精度と範囲を向上させた物だったが、譲渡した時点で既にヨノズカ駅遺跡内部の状況は変化しており、あまり役には立ってないだろうと思っていたが、それでもアキラの行動の何らかには役に立ったのならば良しとした。

 

「さてと、知り合いが数人居るんだ。装備性能差が有るところで情けない失態は出来なくなったな」

「もう、プレッシャー掛けないでよ。私だって頑張るだけよ!」

 

 オルト達が笑い合う。グレイに、ドランカムに間接的に助力する形でオルトの賞金首討伐が始まる。

 

 

 装甲兵員輸送車の点検も無事済み、集結している仲間達への激励を済ませたカツヤが、ユミナとアイリと一緒に若手ハンター達の後ろ盾をしているミズハという幹部に報告をしに戻って来ていた。

 そして当事者たちが頭を悩ませる事態が発生しているのが遠目からでも確認出来た。

 部隊に参加しているリリーという少女がそのミズハに対して、声を荒げて文句を言っているからだ。

 リリーが戻ってきたカツヤに気付き詰め寄ってくる。

 

「カツヤ! なんで補助要員の同行なんて許可したの! 私達がそんなに頼りにならないって言いたいの!?」

 

 リリーの剣幕にカツヤは困惑し怪訝な顔を浮かべ、側に居たミズハが事の経緯を説明した。

 今回の賞金首討伐作戦は順調に終了すれば、十分古参のハンター達を見返せる最高の機会だ。しかし、主力部隊の周囲に停車している車両に乗る補助要員は言ってしまえば子守りだ。そしてドランカムの若手ハンター達の多くは入党して間も無くの頃に受けた、引率役の古参からの呆れと嘲笑の混じった視線に対して強い嫌悪感と反発心を持っている。

 その結果、その中にあっても功績を残し続けているカツヤへの認識を過度に高め、自身の投影さえしている者が多くいる。

 カツヤが先日ヨノズカ駅遺跡で失態を犯したことで意気を落とし、再発防止のために用意した補助要員はカツヤの周りに居る者達からすれば、自分達の評価を下げるだけの邪魔なだけの存在だった。

 カツヤが気落ちしている最中はあまり人に合わせないように調整していたミズハは、カツヤの賞金首討伐への意気はとても高いと徒党の内外へ喧伝しており、実際今のカツヤは誰がどう見ても覇気に満ち溢れている。今更、カツヤが気落ちしていたから保険として用意したと言っても、カツヤを信奉気味の者達は本人が言ったとしても考えを改めることは無かった。

 リリーが言う事を、ミズハから軽く説明されたカツヤは笑って宥めるが、あまり効果は無かった。

 カツヤの発言により更に機嫌を悪くしたリリーは顔に怒気まで滲ませて声を荒げている。

 カツヤの意見におかしい部分などなく、その確認を求められたユミナとアイリはカツヤへの同調をしたが、そんな態度の3人にリリーは顔を歪める。

 

「あんた達がそんなだから……」

 

 リリーの機嫌は会話を続ける度に悪くなっていき、このままでは作戦に支障が出ると判断したミズハがカツヤをエレナ達との挨拶へと向かわせた。

 最初は知人だからといって、補助要員に部隊の指揮官が挨拶に向かうと特別扱いになり、部隊全体の士気に関わる。だから声を掛けるのは控えてくれと言われていた。

 カツヤが確認を取ると、ユミナとアイリを連れてエレナ達の所へと向かった。

 

 

 リリーはミズハに命令され共に装甲兵員輸送車から降りた。

 装甲兵員輸送車の側に停めていた小型車にミズハとリリーが乗り込むと、ミズハが態度を一変させる。

 

「ごめんなさいね。きつい態度を取っちゃって。確かにあの車は事務派閥が用意した物で、私もその事務派閥なんだけど、その中でもいろいろあって、下手な発言が記録に残ると不味いのよ。この車は私の私物だから大丈夫なの」

 

 急に態度を変えたミズハにリリーは先程までの不満を忘れて軽く困惑していた。そこにミズハが畳み掛ける。リリーの意見に同調し、不満に同意し、機嫌を良くさせる。

 そしてカツヤの他者を守りたい、仲間を救いたいという性分をダシにして、リリーの不満の矛先を別のものへとすり替える。

 それらの説明を聞いたリリーが、半ば愕然とする。

 

「う、嘘よ! カツヤはそんなこと言ってないわ!」

「それはそうよ。無意識にそう思っているだけでしょうからね。自覚していたとしても、お前は足手纏いだ、なんて絶対に言わないわ。黙って守るだけよ」

 

 リリーは反論出来ずに黙り込んでしまう。そこにミズハが優しく声を掛ける。

 

「要はカツヤにあなたの力を見せつければ良いだけよ。外部にも分かり易いように用意もしたわ」

 

 困惑しているリリーを余所に、ミズハが情報端末を取り出して補助要員の情報を表示する。そこに映っているハンターはグレイだった。

 

「この子は徒党にも属さずに遺物収集で大きな功績をあげて、単独での遺跡探索でも実績を残しているわ。既に都市の内部でも、話題に上がるぐらいには知名度が有るわ。でもこの子が活躍する間も無く、あなたが活躍すれば周囲の目は大きく変わる。勿論、カツヤからもね。そうすればあなたはカツヤの中で足手纏いという扱いを脱却して隣に立てる」

 

 リリーの視線が情報端末のグレイに注がれている。

 

「どうする? あなたが望むのなら、カツヤにあなたの活躍を見せられるように、今からでも装備と配置を変えても良いけれど」

「……、お願いします」

「分かったわ」

 

 ミズハは情報端末を返して貰い、リリーの期待に応えた。

 

 

 グレイと出発までの暇潰しに雑談をしているオルトは、ある車両を見て怪訝な表情へと変える。視線の先には大型の装甲車が停まっており、その上部には明らかに本来の武装ではない巨大な砲が取り付けられていた。

 オルトはその砲に見覚えが有った。

 

『ファナ。あれってそういう事だよな? 剥ぎ取ったって事で良いんだよな?』

『そうでしょうね。多少傷が増えていますが討伐中に付いたものでしょう。間違いなく本物です』

『あんな物まで持って来るのか。報酬残ってんのか?』

『徒党の金庫から出せば良いのですよ。無ければ減らすのでしょうね』

『……何をとは聞かないからな?』

『そうですね』

 

 微笑んでいるファナの言う、減らす対象が何なのか。確定している訳では無いが、オルトからしてみれば、いずれの場合も、もし実行する奴がいれば、その性分は醜悪そのものだろうと感じた。

 視線の先に停まっている多連装砲マイマイの主砲を取り付けられている車には調整をする為にか、幾人かのハンターに見えない者達が点検をしていた。

 そしてその車両に小型車が近付きリリーを追加で乗せていた。リリーの視線がオルト達の方向へと向いている。

 

(なんで睨んでくるんだ? 顔を合わせた事すら無い筈だけど)

 

 オルトが面倒事の発生源と思わしき人物を脳内の危険人物欄に記載しつつ顔を逸らす。その先には既に記載されている人物が険しい顔でアキラに顔を向けていた。

 オルトがウンザリとした顔になる。

 

「なあグレイ。この賞金首討伐、無事に終わると思うか?」

「えーっと……、どうしてそう思うの?」

 

 聞き返されたオルトが視線でアキラ達の居る所を見るように促す。

 グレイがその方向を確認すると、何とも言えない雰囲気に包まれている場所を発見する。その中心人物はアキラでありカツヤだ。

 

「なんで作戦開始前に指揮官があんな事してるのよ!?」

「喧嘩でも吹っ掛けに行ったのかもな。随分暇な奴だよな」

 

 アキラはエレナ達と離れず雑談をしていたのはグレイも知っている。流石に反応が多いが、操作をしていなくても視界外の情報も情報収集機器が解析して、その結果は自動で生成された為に、解像度は荒いがグレイの視界に表示しているからだ。

 オルト達は余計な面倒事に巻き込まれない様に視線を逸らし共に小さく溜め息を吐いた。

 

「前途多難ね」

「何事も無いように祈るだけだよ」

 

 暫くしたらカツヤ達が指揮車(しきしゃ)に戻っていく。カツヤがというよりも余計な揉め事が発生しない様にユミナがカツヤを強引に引っ張り連れ戻っただけだ。

 

「オルトの集めてた情報通りね。予想してた事が起きないように私も祈っておくわ」

 

 以前オルトが言った当人への不満は改善されることもなく十二分にグレイにも伝わった。

 苦笑いを浮かべながらも待機を続けていると、作戦開始の合図が出る。

 主力部隊の車両を先頭にして次々と動き出す。補助要員達の車も各自の判断で車列を作って進んでいく。

 様々な者達の思惑を乗せた過合成スネーク討伐作戦が始まった。

 

 

 荒野(こうや)をハンター達の大部隊が進んでいく。過合成スネークの討伐を目指すドランカムのカツヤ派の部隊だ。数十台の荒野(こうや)仕様車両が荒れ地を勢い良く突き進む姿には、大規模なモンスターの群れの襲撃にも劣らない迫力があった。

 当然その騒ぎで周辺のモンスターを呼び寄せる。だがあっさりと撃破する。賞金首を討伐しようという部隊だ。その程度で手間取るようでは話にならない。

 もっともカツヤが率いる主力部隊は、武装を大物殺し目的に偏らせているので雑魚の掃討には不向きだ。よって補助要員達が相手をしている。

 グレイがK2R複合銃を構えて引き金を引く。撃ち出された通常弾は当然の様に目標のモンスターの頭部へ着弾し、大型の四足歩行の生物系モンスターが胴体諸共、派手に散った。

 オルトは情報収集機器で視界外のモンスターの状態を把握する。

 

「この揺れでも問題無しか。お見事」

「ありがとう。……これでも結構訓練してるもの。負けてられないわ」

 

 グレイは自分の車を自動運転に切り替え運転席で立ち上がり、身体を姿勢制御機能を活用してブレを抑え、迫って来ていたモンスターへの狙撃を容易に終えた。

 

「ところでさ、俺、今日何もしてないんだけど来る意味有ったか?」

 

 迫って来ていたモンスターは他の補助要員か、グレイが対処していた。オルトは今日、引き金にすら触れていない。

 

「理由なら有るわよ?」

「へー、聞いても?」

「私の訓練を見て貰えるもの!」

「……、謝ったじゃないか……」

 

 要は前回、クロサワから受けた依頼の最後に、オルトが1人で周辺に居たモンスターを全滅させたことへの意趣返しの様なものだ。

 ついでに先日オルトから聞いた体感時間の操作の訓練方法についても助言が欲しいという事なので、幾つか質問にも答える。死にそうな目に遭った事を思い出しながら訓練をすると良いと言っても、そんな体験を何度も出来る程人は強くない。何度目かのタイミングで、もしかしたら最初に死ぬ可能性すらあり得る。

 グレイはその死に掛けた際の感覚を何となくでも良いから再現しようとしている。オルトはその努力を続けるグレイの様子を見ながら、馬鹿にすることも囃し立てることも応援することも無く、ただ黙ってグレイの求める助言に答えていった。答えられない部分は数有れど、答えても問題の無い部分で、他は無言で応援を続ける。

 グレイが訓練を続け、万が一の時に対応出来るようにオルトが周囲の索敵を続ける。2人を含めた討伐部隊が徐々に賞金首の元へと迫っていく。

 

 

 超高層建築物並みか、それ以上の全長と巨体を持つ大蛇が、地面に転がる邪魔な物を吹き飛ばしながら、荒野(こうや)を悠然と進んでいる。遠方からすればゆっくりとした進みだが、巨大な姿による錯覚だ。実際には車両並みの速度を出していた。

 過合成スネークと名付けられた賞金首は、ヨノズカ駅遺跡から出現し、その当時よりも何回りも巨大になっていた。

 カツヤは標的の側面を衝く形で部隊を展開すると攻撃指示を出す。ドランカムの若手ハンター達がロケット弾を一斉に撃ち出していく。

 数十と走行する車両から身を乗り出したり、車から降りたりとしながら多くのハンターが更に大量のロケット弾を目標に直撃させる。

 表面で発生した爆発が大蛇の鱗を焦がし、剝がし、粉砕する。続くロケット弾が更に下の肉を焼き、抉り、飛び散らせる。巨体の様々な部位に着弾し、同様の被害を与えていく。

 しかしそれでも過合成スネークの全長から見れば大した負傷ではない。胴体は高層ビル並みに太く、全長はその胴体が太いとは決して言えない程に長い。その巨体故の重量をものともせず動ける程の筋力と生命力の前には、ほんの少々肉を抉られた程度、どうということはない。

 そしてカツヤ達もそれぐらい理解している。その膨大な生命力を削り切り、殺し切る為に、砲火を浴びせ続ける。

 使用しているロケット弾の誘導性能は低く、一箇所に同時にという使い方は出来ない。しかし射程と威力に優れており、価格の割に高威力の品という事で大量に用意されている。カツヤ派の数に配布しても余りある程に用意されたそれを、大して狙わなくとも命中させることが容易な巨体を持つ過合成スネークの全身へと撃ち放ち、その物量で以て、膨大な生命力を徐々に確実に削っていく。

 個人で持つロケットランチャーから、車両に取り付けてある自動擲弾銃から、ロケット弾が次々に撃ち出されては巨体のどこかに着弾する。

 その負傷も強靭な生命力で再生していくが、治り切る前に次弾が着弾し更に傷を抉る。

 カツヤ達はその上で過合成スネークと一定の距離を保ち続けた。逃げるなら追い、近付かれれば離れる。常に自分達の有効射程のみが機能する様な距離感を維持しつつ、ひたすらに撃ち続けた。

 後は弾薬が尽きる前に標的が沈むかどうかだ。その弾薬は過剰に思えるほどに用意されている。必要ならば補助要員達にも攻撃に加わってもらう。それでも足りなければ古参も呼んでドランカムでの勝利を掴む。

 抜かりは無く、誰がどう見ても勝敗は明らかだ。

 

 

 仕事である雑魚掃除もグレイが訓練用に持って行くおかげで、非常に暇なオルトは大量のロケット弾を喰らい続ける過合成スネークの様子を見ている。

 着弾による爆炎と爆煙で全身を装飾しながらも、一切動きを鈍らせることなくその生命力の高さを周囲へ知らしめている。

 

『うーん。これが賞金首の生命力か。あれだけ撃ってもまだ倒せないんだな』

『遠目で煙や炎に紛れて見え辛いですがちゃんと負傷はしています。欠損すれば修復に体力を使用しますから全体的に見ればかなりのダメージが入っているでしょう』

『それならいいや。このまま楽をさせて貰おう』

 

 オルトが供したことはグレイの訓練の助言役ぐらいだが、それでも荒野(こうや)を徘徊する賞金首がまた1体減ることを喜びながら推移を見守る。

 しかしそこで、オルトの視界に映る情報収集機器の解析結果がオルトの顔を顰めさせる。

 

『オルト。お休みもそろそろ終了します』

『みたいだな。さて、どう出るのかな』

 

 オルトの拡張視界に映る上空からの俯瞰視点では、オルトを中心にした歪な円形を形作られている。一部は巨大過ぎる過合成スネークの巻き上げる粉塵等が情報遮断を行っているからだ。

 近くのモンスター達は補助要員達が楽々と倒していっている。しかし問題はそちらではない。

 オルトが立ち上がり両手にK2R複合銃を持つと荷台へと悠々と歩いていく。

 

「オルト? 休んでて良いわよ?」

「いや、好い加減仕事をしとかないと示しが付きそうにない。今回も弾薬費は経費だしな」

 

 オルトが、自分の情報収集機器の解析情報をグレイにも共有させるとグレイの顔が歪む。

 そこにはグレイの情報収集機器の索敵範囲外の結果も載っている。過合成スネークの反応が小さく思えるほど広範囲に広げた索敵範囲の更に外側から、敵を示す点が続々と近付いて来ている。

 

「これ、ちょっと多すぎない?」

「通常弾でも拡張弾倉って高いんだよな。頑張って削減するよ」

「うん、ありがと。……いや、流石にこの周辺から集まって来たにしては多すぎよ! 何が起こったの!?」

 

 賞金首の周囲で数十台の車両が走行し地響きを上げ、攻撃を受けている過合成スネークが身体をうねらせその地響きを強くする。爆発音は荒野(こうや)に散り、補助要員達も強力な銃を使用して銃撃を繰り返している。それでも東部には全域に色無しの霧が広がっており、音も匂いも光もそこまで遠距離までには届くことは無い。

 

『グレイも推測出来ないのか。ファナは何か思い当たるか?』

『恐らく過合成スネークが捕食した中に敵寄せ機が有り、解析し体内に同様の効果を持つ器官を製造したのでしょう』

『へー、蛇ってそんな生き物だったんだ』

『スネークといっても、結局はハンターオフィスの職員が勝手に名付けただけのモンスターですからね。身体の何処かに改造可能な部位が有れば自己改造の範疇で行う事も珍しくないかと』

『それもそうか』

 

 オルトは納得しながらファナの推測の続きを聞いていた。

 過合成スネークがあれ程までに大きく成長した理由は大量の食糧を捕食したからに他ならない。しかし広い荒野(こうや)をただ徘徊するだけでは全く足りない。巨大な生物が近寄ってくれば逃げ出すモンスターも存在し、群れと遭遇しても食せるのは一部だけだろう。

 よって、過合成スネークは、群れの一部だけ食べただけだとしてもその巨体を維持できるほどのモンスターの群れを呼び寄せる何らかの手段を、敵寄せ機に似た器官をもっていると考えられる。

 また、カツヤ達との戦闘中に通った過合成スネークの経路は巨大な円形を描いており、その外側へと敵寄せ器官を使用していた。カツヤ達から受けた負傷を、大量の餌を捕食し治癒する為に。

 その説明を聞いていたオルトは面倒事の気配を感じた。

 その事実に気付ける人間はどれ程だ? 少なくともグレイが僅かに焦っている。経験の少なさからくる視野狭窄だろう。

 気付ける者は気付き対処を考え付いているかもしれないが、そうでない者の方がこの場には多く存在している。集まって来ているモンスター達は過合成スネークの味方では無いが、自分達の味方でもない。三つ巴の戦いにならない様に主力部隊に近寄らせなければいいだけだ。

 

「グレイ。現状に近い状況になったことは?」

「え? あ、えーと、……これより規模は小さいけど、先日、ヨノズカ駅遺跡で沢山の人が敵寄せ機を……、あり得るの?」

「俺達が使用している道具の多くが旧世界の産物だ。モンスターもな。しかも過合成スネークはヨノズカ駅遺跡の出入口から、元気に飛び出して来たって話だ」

 

 グレイが似た体験を想像し、気付いたことで落ち着きを取り戻す。安心させる様にオルトも周囲のモンスターの掃討に加わる。

 

「少なくとも三つ巴で周囲にはちゃんと実力のあるハンターが多数。最悪俺がグレイを連れて逃げるよ。雇用主を殺させることにはしない」

「それも、そうね。なら逃げる時はよろしくね!」

「その時は大分運転が荒くなるからその点、ご留意を」

 

 オルトは、グレイがいつも通り明るく笑う事で現状の改善は済んだとした。

 

『という訳だ。危ない時は頼む』

『分かりました。……オルトが過合成スネークの方に行けば早く済む可能性が高いのですがね』

『今はグレイを介してドランカムからの依頼の最中だ。使ってる弾薬費も向こうが払っているからな。流石に不義理はしない。ドランカムの部隊が壊滅したら、グレイを一旦都市に送り届けてからにするよ』

『そうですか。そうならない様にして欲しいですね?』

『全くだ』

 

 部隊全体の指揮をする装甲兵員輸送車に乗るカツヤの判断が、適しているものである様にと祈りながら、オルトは銃の弾倉を荷台に置いてある少々高額な装弾数のものへと変更した。

 

 

 少なくとも、カツヤは隊長という立場の範囲では判断を誤らなかった。

 カツヤの指揮能力は凡庸だ。これだけ大規模の部隊の指揮を任された経験などない。それでもやれるだけの事をやっていた。隊長として頑張っていた。

 この大部隊はその凡庸な指揮能力であっても問題無く成果を出せるように編制されている。神懸かり的な指揮能力など必要としないだけの戦力を保有している。多少の失態など取り戻せるだけの余力があった。

 過合成スネークに呼び寄せられたモンスターの群れに対してもカツヤは安全策を取る。指揮車(しきしゃ)の高性能な索敵機器で得た情報を補助要員達に流し、対応可能かを尋ねた。

 その返答は、個人の本人への印象は様々であっても一律して問題無く対応出来る、というものだった。

 カツヤはそれを踏まえ安全策を取る。都市に居るミズハに連絡を入れ、万一に備えての準備ぐらいはして欲しいと伝える。

 そしてミズハは、出来る限り現地のもので対応すること、という前提でカツヤの提案を受け入れた。

 万が一も潰した。カツヤはそう判断し、その旨を仲間達にも伝える。カツヤとしてはだから安心して戦って欲しい、という仲間への気遣いだった。

 カツヤが望んだ通り、不安は解消された。

 しかし不満は解消されなかった。むしろ増加するなど、カツヤには思いも寄らなかった。

 

 

 カツヤ達の乗る指揮車(しきしゃ)内に設置してある大型モニターに表示されている全車両の位置情報に違和感を覚え、それが一気に明確な答えと変わる。適切な距離を取っていた車両の一つが急に過合成スネークとの距離を詰め始めた。

 

2号車(にごうしゃ)。標的に近付き過ぎだ。もっと離れてくれ」

 

 カツヤが指示を飛ばすが、2号車(にごうしゃ)は指示に従うことも無く過合成スネークとの距離を詰めて行く。カツヤが怪訝な顔で再度指示を飛ばす。

 

2号車(にごうしゃ)! 標的に近付き過ぎだ! もっと離れてくれ!」

 

 それでも2号車(にごうしゃ)は戻ろうとしない。慌てたカツヤが口調を荒くする。

 

2号車(にごうしゃ)! もっと離れろって言ってるだろ! 聞いているのか! 返事をしろ!」

「聞こえてるわ!」

 

 予想外の者の声を聞いたカツヤが驚く。その怒鳴るような返事をした声の持ち主はリリーだった。そしてリリーは2号車(にごうしゃ)の乗員ではなかったはずだった。

 

 

 2号車(にごうしゃ)は多連装砲マイマイの主砲を取り付けた装甲車だ。運転しているのはリリーで、カツヤの指示に逆らっているのもリリーの意志だった。

 本来の乗員ではないリリーの返答に驚いたカツヤが困惑しながらも通信機越しに説得をする。

 

「リリー!? なんで2号車(にごうしゃ)に乗っているんだ!? いや、そんなことより早く戻れ!」

「嫌よ!」

 

 リリーの断言により指揮車(しきしゃ)内の驚きを容易く察せられる沈黙を挟んだ後、今度はユミナの声が響く。

 

「リリー。何か考えがあっての行動なんでしょうけど、賞金首討伐中に命令無視なんて軽い処罰じゃ済まないわ。何か訳が有るなら聞くから、安全の為にも一度戻って。カツヤもリリーを心配して言ってるのよ? カツヤ、そうよね?」

 

 ユミナは軽い警告を交えて、カツヤが身を案じているという理由でリリーを止めようとしていた。 カツヤ派の人間はカツヤを信奉している節がある。その本人から心配されているという理由なら止まる理由になる筈だと。

 ユミナの予想通りカツヤはいつも通りの優しい口調で心配している事を伝えるが、それは逆効果だった。

 リリーは心配される立場から頼り頼られる関係に成りたかったが、カツヤの言動の全ては自分達を心配する、悪く言えば実力を信用していないものばかりだった。

 リリーは指揮車(しきしゃ)との通信越しに、自身の内に溜まる不満を、声を荒げ告白する。

そして自分だけでも問題無いと吐き捨てると、ユミナが2号車(にごうしゃ)の他の者達へリリーを抑えるように指示が出るが、その指示を最後にリリーが通信を切った。

 リリーの気迫に圧され、2号車(にごうしゃ)内の他の若手ハンター達は動くことも出来ず、それとなく止めないかと伝えることしか出来なかった。

 だが、怒気を抑えることのないリリーが、再度自分達がカツヤにどう思われているのかを説明する。その中に含まれるカツヤの心情などリリーが想像したものでしかないが、今の彼等にはそれを判断出来る正常な思考回路など回っていなかった。

 彼等は自分達の実力を証明する。補助要員など要らないのだと。外部の人間など自分達には不要だと思わせる為に、その限界を攻めるつもりだった。

 

 

 オルトが両手のK2R複合銃で周囲のモンスターを蹴散らしながら、過合成スネークの方を見ると多連装砲マイマイの主砲を取り付けた装甲車が接近していく。

 

『どうやら勝負を決めに行くみたいだな』

『そのようですね。効果のある範囲で放って欲しいですがね』

『あれって賞金首の武装だろ? 有効範囲は結構広いんじゃないか?』

『多連装砲マイマイが使用していた時の状態とは異なります。正常に撃ち放てるように調整はしてあっても同威力を保持しているかどうかは不明です。既にあれは一度ハンター達に倒されるほどの砲火を浴びている筈ですからね』

 

 ファナが指差すのは過合成スネークの現状。それと同様の状態だったのであれば、確かに銃身や機能に不備があってもおかしくないだろうと思い、それでも報酬も出ないモンスターの群れと戦い続けるのも御免なので、上手く行くように見守った。

 

 

 指揮車(しきしゃ)の中でユミナが険しい顔をカツヤに向ける。

 

「カツヤ。どうするの?」

「ど、どうするって……」

 

 カツヤの態度から具体的な指示は期待できないと感じたユミナが二択に制限して迫る。

 

「リリーを止めるの? 止めないの?」

「止めるよ。どうしようか」

「分かったわ。アイリ。頼んで良い?」

「分かった」

 

 アイリは頷き車内に停めてあるバイクに跨った。

 彼女たちの意志は一致している。命令を無視している者を昏倒させてでも止める。

 しかし、カツヤにはその選択は出来ない。仲間を傷つける行為になるからだ。そして個人として責任を持ってそれを行おうとしたとしても隊長という立場が邪魔をする。指揮官が指揮を離れ一部隊員の元に行くなど許されない。

 更には、仮に行ったとしても武力行使に出れず口論が開始するだけと、ユミナには確信されており、それを許されることは無かった。

 悩み続け、どちらも選択出来ないカツヤに代わり、ユミナが指揮をする。

 

「攻撃は続行! 2号車(にごうしゃ)に出来る限り当てないように注意して!」

「ちょっと待て!? このまま攻撃を続けたら流石にリリー達に当たるぞ!?」

 

 慌てるカツヤに、ユミナがしっかり目を合わせて告げる。幾らでも時間を使っていいから決めてくれと。

 ユミナはそれ以上言うことなく、勝手にカツヤから指揮を引き継いだ。アイリもバイクから降りてそれに続く。

 仲間にリリーを攻撃してでも止めろと言うか、隊長という立場にも拘らず命令違反者を擁護して自分から指揮系統を崩壊させるのか。

 カツヤには選べなかった。選ばない分、時間だけは誰に対しても平等に過ぎていった。

 

 

 オルトが周囲の状況の推移を把握している。

 車の近くにいたモンスターの掃討は済み、遠距離から迫るモンスターは皆グレイの訓練の的に使われている。

 再度暇になったオルトは過合成スネークへと近付いていく車両と、その車を援護するように動き始めた周囲の車両の動きを確認していた。

 明らかに多連装砲マイマイの主砲を取り付けた装甲車が先行した後に、遅れて判断して周囲へと援護の指示を出したことが分かる。

 指揮車(しきしゃ)の中で一悶着有ったのだろうが、決着が付くのならば問題は無い。後はさっさと終わらせて次に備えたかった。

 視線の先では、過合成スネークの巨体から錯覚してしまうが、速度を出して徐々に接近していく2号車(にごうしゃ)が見える。

 

(あの車両の装甲だと、そろそろ危ないんじゃないか?)

 

 オルトがそう思った次の瞬間、装甲車の大砲、多連装砲マイマイの主砲だった物の砲口から光が放たれる。

 車体に複数取り付けられた大型のジェネレータ―から既に限界まで供給されていたエネルギーが一気に放出され、射線上の全てを焼却するような光の奔流が過合成スネークの胴体に直撃する。その光は昼間の荒野(こうや)を更に明るく照らし覆い吞み込んでいく。近くにある車両の影と共に過合成スネークの圧倒的な質量を消し飛ばしていた。

 

「圧巻の威力だな」

 

 思わずオルトが声を漏らす。

 色無しの霧が早々(はやばや)と異常な光量を打ち消していきその結果を露わにする。そこには過合成スネークの後方から三分の一の部分にエネルギー砲を喰らい、切断面を炭化させ全長を大きく削がれている光景が残っていた。直撃を受けた箇所は切り取られたのではない。部分ごと消し飛ばされていた。

 

「どう思う?」

「どうって言われてもな……。後は囲んで叩けば終わりな気もするけど、……ならそれが出来るかって言うと微妙な気もする」

「さっきの指揮、ちょっと変だったもんね……」

 

 グレイも先程の指揮の異様さに気付いていた。自分達に対応可能かと聞き、問題無いと全体が一致した答えを返したにも拘らず作戦を大きく変更し、勝利を早めたのだ。

 客観的に見れば事態は好転したように見える。しかし両者が抱える違和感は拭えなかった。

 

 

 結果から見ればその判断は正しいようにも感じるが、最初からしなかった事を今やった理由にはならない。好転した訳では無い、グレイは自分の中から発せられる勘のような曖昧な言葉に耳を傾け、その信頼度がどれ程かの確認を自身の信頼と信用に問うしか無かった。

 過合成スネークの頭部は残っており、その頭部を保有する胴体部は三分の二も残っている。小型でも異常な生命力を見せる生物系モンスターは数多くいる。であれば、3割削ったではなく、それしか削れていないと捉え、グレイは自身の緩みかけた意識を引き締めた。

 そしてそれは正解だった。負傷した所為(せい)で酷く鈍いが動き始めた過合成スネークは自身の切り取られた胴体部分の捕食を行い始める。丸呑みにするのではなく、その口内にびっしりと生やした鋭利な牙で食い千切り、程無く完食した。

 食事を終えた後も過合成スネークは逃げもせず攻撃をするでもなくその場でとぐろを巻くと、動きを完全に停止させる。

 

「……どういう事?」

 

 グレイが誰に言うでもなく困惑を漏らした。

 

「さあな。……嫌な予感がするし少し離れようか」

「え、ええ。分かったわ」

 

 グレイは車を運転させ過合成スネークから距離を取る。その後方ではドランカムの部隊が過合成スネークを囲んであらゆる手段を用いて攻撃していた。

 

 

 オルトは自分の情報収集機器で過合成スネークの周囲の索敵を優先させる。

 指揮を無視して行動を起こし、それでも結果を残した。成程確かに誇れる功績だ。

 車両の駆動部が破損したのか、砲撃の反動で一回転してその場から動かない2号車(にごうしゃ)から降りて来たリリーがオルト達の居る方向を見る。その視線の先をオルトが確認した時、目覚めた際に思い出した記憶の自分に向ける顔を想起した。

 

(……ああ、ダシに使いたいわけか。グレイの最近の経歴はFARBEが公開情報として乗せてるもんな。今回の目的の一つがこれか)

 

 オルトが内心でドランカムの思惑に気付き呆れる。

 自信に満ち溢れた表情を浮かべる当のリリーは、過合成スネークへと振り返り、ロケットランチャーを構えロケット弾を撃ち始めた。

 身体(からだ)が大きく削られ、短くなった全長でとぐろを巻いた所為(せい)で、元々は巨大だった過合成スネークという的は、相対的にかなり小さくなった。

 小さくなった標的を、誘導性能の低いロケット弾で狙うのは相当の腕が必要になる。誤射を少なくさせる為にドランカムの主力部隊が、とぐろを巻いて動かない過合成スネークを囲んで攻撃し始めた。

 過合成スネークは既に死に体だ、そう判断した者達が果敢に攻め込んでいく。自分達も功績が欲しい。その思いと状況が危険を一時忘れさせる。ロケット弾の一点集中攻撃であれば、その外皮に大きな被害を与えられると1人が近付き、それに倣って2人目が、そして更に多くの者達が過合成スネークとの距離を縮めていく。

 最初に立てられていた討伐時の基本方針など完全に瓦解している。賞金首という危険な存在は、彼等の中では唯の大きな成果にしか見えない。一方的な攻撃が始まった。

 補助要員の1人であるオルトはその光景を遠くから眺めながら内心に渦巻く違和感へと意識を向ける。

 

(あの変な行動が俺達基準じゃなく、過合成スネークの基準下での合理的な判断だったら? ……俺の銃なら過合成スネークの頑丈な外皮も貫通するんだろうけど、その費用はグレイが出すんだよな。……よし、却下だな)

 

 オルトは優先順位を定め、状況が変化しない内にグレイに車両を動かしてもらい、共に過合成スネークから距離を取った。

 勝敗は決まっただろう、と周囲から奇異の目を向けられることが少々あったが、そんなものよりも重要な事項を優先する。

 

 

 過合成スネーク周辺では、リリーの攻撃に触発された主力部隊の面々が果敢に攻め込んでいる。標的は一切動かない。もう一度多連装砲マイマイの主砲を撃てば決着が付くと意気を上げながら、補助要員の存在を下に見ながら、人生で最高の瞬間を味わっていた。

 一方的な攻撃が続く。そこには確かな一体感があった。自分の行動が部隊全体を動かしたという事実と、自分がこの部隊を率いている錯覚が全身を駆け巡る。リリーはそれを思う存分堪能していた。

 そしてその時は終わる。

 とぐろを巻いていた過合成スネークの表面は一体化しており、その内部を完全に守護する殻となっていた。内部からその殻を突き破る様に出てきたのは無傷の過合成スネークだった。突き出た方向は地面と垂直方向だ。

 その巨体は近くで見る者の首を痛めるような高さを誇る。リリーや他の若手ハンター達も突如現れた巨大な生物の塔に驚愕を浮かべ見上げていた。そしてその顔に焦りと恐怖が浮かぶ。見上げる程の巨体が、勢い良く自分達の方へ倒れてきたのだ。

 高層建築物が根元から折れたように、過合成スネークの大質量が地面に叩きつけられる。激しい衝撃で地が波打ち、岩も瓦礫も土も人も車両も、その場にあった全てが纏めて吹き飛ばされた。

 

 

 とぐろ状の殻を突き破って出現した過合成スネークの攻撃により、荒野には大規模な土砂が立ち上がっている。

 グレイがその光景に絶句していた。逆にオルトは謎に納得し、表情にもそれが表れている。

 

『スネーク。……蛇。……爬虫類、ね』

 

 オルトが飛ばした念話にはオルトの言葉以外にも、知識や感情も含まれファナへと送信される。

 

『確認に向かわれるのですか?』

『流石に仕事の放棄になるから止めておくよ。今はグレイに雇われた(いち)ハンターだからな』

『それであれば問題ありません。仕事内容には彼等の救助も含まれていました。過合成スネークが動き出す前に早々に終わらせましょう』

『了解』

 

 オルトがグレイの肩を揺すり、正気に戻すと救援場所へと出発する。

 他の補助要員達も同様の判断をし、個々で動き出していた。ドランカムの車両の位置情報を共有すると、各自の判断で担当範囲をチーム単位で割り振って救援に向かう。遠方からは追加で大量のモンスターが近付いて来ている。それらが到着して混戦になるのを避けるために先を急ぐ。

 

 

 効率的に助ける為に、自動運転にしていたバイクに乗りグレイと別行動になったオルトが現場に到着した。少し離れた場所には過合成スネークの巨体が見える。

 

『動かないよな?』

『まだ動く気配はありませんね。やはり相当な無茶をしたのでしょう。自身へのダメージもそれに比例しているでしょうね』

『まるで、この前の俺だな。敵がそうなるなら願ったりだが』

『そうですね。では急ぎましょうか』

『ああ』

 

 体感時間の操作を利用した念話による会話は、口頭よりも非常に早く済む。オルトは情報収集機器で周辺を探った。

 ひっくり返っている荒野(こうや)仕様車両の近くに投げ出されている少年を見つけると容態を確認する。外相は酷くないが意識を失っている。強化服の中身がどうなっているのかも不明だ。オルトは、応急処置として持っていた回復薬を数錠相手の口に強引に詰め込んだ。

 次に荒野(こうや)仕様車両を強化服の身体能力を利用して元に戻す。形状を無事保っており、その頑丈さに期待して自走可能かを調べた。

 そして丁度良く少年が吐血と共に目を覚ました。激しく咳き込み、血を地面へと散らす。

 

「……こ、ここは、どこだ?」

「起きたのか。動けるか?」

 

 オルトは問い掛けるが、自力で動けようと選択肢など与えるつもりは無い。少年を掴み上げ、空いている運転席に無理矢理座らせる。

 

「車は動くから撤退してくれ。ゆっくりでいいぞ」

「待ってくれ。状況の確認を……」

「こっちの仕事はお前らを1人でも多く生還させることだ。確認がしたければ後方に下がって本隊と連絡を取れ」

 

 オルトが、車両がひっくり返っていた場所の肉片を集める。腕や胴、脚などが転がっていれば、顔が削れて無くなっていた死体もあった。それらを車両の荷台に乗せて数を数えれば、車両に乗っていた人数と一致する。

 

「これで周辺の死体は終わりだ。仲間が云々言う前に持って帰ってやれよ」

「……あ、ああ」

 

 オルトの言葉により、意気消沈していた少年はただ頷き、非常にガタつかせながらも車を発進させた。

 頭部が残っていた者も頭部に仮死状態移行装置の追加手術を受けている者がいれば生き返るかもしれない。しかし若手ハンターがそんな金など持っていない事ぐらいは誰でも分かることだ。

 オルトは彼等の善性を利用して、仕事に邪魔が入らないように黙らせることにした。

 

『さて、次に行こうか』

 

 オルトは単調な救援作業を続ける。

 他者など酷くどうでも良いが、報酬が減ると面倒事に発展する可能性を感じて。

 

 

 カツヤ達が乗る指揮車(しきしゃ)の中では混乱が続いていた。車内では指示を求める仲間達の通信が引っ切り無しに響き渡っているが、車内の者達では対応が追い付いていない。

 過合成スネークはまだ生きている。再度攻撃指示を出したいが、周辺に居る生存者を巻き込む可能性が高く、それは実行出来ない。

 仲間はまだ生きている筈としてリリーに続かなかった部隊に仲間の救援を指示すべきか。救援中に過合成スネークが動き出せば被害が更に増える。

 補助要員達に期待するか。どこまでやってくれるか分からない。若手だけで倒したという実績を捨ててドランカムに応援を要求するか。現在の被害でミズハがそれを認めるかは不明だ。

 他にも様々な考えが浮かぶが、それをして良いのかどうか判断出来ず、迷い続ける。状況を把握しながらも対処方法を決断出来なかった。

 カツヤもユミナも似た様な状態に陥っている。その思考は仲間を助ける方向に偏っていたが、自身の思考に吞まれているのは同じだった。

 助け出す順番はどうすればいい? どうやって助ける? その結果更に被害が増えた場合どうするのか。これ以上の犠牲無く、確実に、などという言葉が思考の空回りを助長する。

 どうすれば良いのか。苦悩するカツヤの頭が、以前カツヤの悩みをあっさりと解決してくれた者を思い出させた。その者はシェリルという少女だった。そして彼女に言われたことを思い出し苦笑する。

 1人の兵士として優秀である者が、必ずしも優秀な指揮官に成れるとは限らない。

 

(……シェリルの言った通りだ。俺は指揮官には向いてないんだな)

 

 指揮官としてここにいるが、指揮など出来ない無能がここにいる。そう認識したカツヤは自分がここにいても無意味と判断し、大部隊の隊長という自身の立場をあっさり切り捨てた。

 

「ユミナ! 悪いけど指揮を代わってくれ!」

 

 思考に呑まれていたユミナがそれで我に返った。だが急に何を言い出すのかと怪訝に思って困惑する。

 

「アイリはユミナを手伝ってくれ! 頼んだ!」

 

 吹っ切れたように笑うカツヤはそう言うと車内に停めてあるバイクに跨ると、車両後部の扉を開ける。

 

「俺は皆を助けてくる! ここは任せた!」

「ちょ、ちょっと、カツヤ!?」

 

 カツヤはユミナの抑止を振り切り、バイクで勢い良く車外に飛び出し、地面に着地すると同時にタイヤを滑らせながら過合成スネークの方向へと急速に加速した。

 仲間を絶対失うものかと心に決めて、その仲間に当て嵌まらない例外を酷使してでも実現する為に。

 

 

 オルトが担当していた範囲の救援作業に一段落ついたと判断し、グレイと合流しようとした時に見たくないものを発見してしまった。

 情報収集機器の望遠機能が捉えたそれは、指揮車(しきしゃ)で指揮を執っている筈のカツヤだ。どこか吹っ切れた決意を胸に走っている、と思わせるその顔が向いている方向には2号車(にごうしゃ)がある。

 

(……本当に情報通りの奴だな。仲間がそんなに大切なら保護区域でも作ってろよ)

 

 ウンザリしているオルトが一応、最重要救援対象であるカツヤを把握しながらグレイの元へと向かう。他の補助要員達が担当している範囲内にまで用などない。彼等の仕事を奪ってまで顔を売る趣味もない。

 ドランカムがここで敗走すれば更に賞金が上がるだろう。それならそれでいいやと考え、場の推移だけは把握した。

 

『あそこの人員は全滅か。まあ、一番近かったんだ。仕方が無いよな』

『他の補助要員も到着してますね。問題は部隊の指揮官が、何故か標的の近くで仲間の死を悼んでいる事ですね』

『全くだ。ここは荒野(こうや)だぞ? 悼むこと自体に文句は無いけど帰ってからやってくれ』

 

 オルトがその様子を遠目に確認していると、補助要員達がカツヤも連れて帰ろうとするが、カツヤはその手を振り払った。補助要員達はそれでカツヤを放置して死体と化したリリーや他の若手ハンターを後方へと連れ帰っていく。

 

 

 1人残ったカツヤが、ゆっくりと動き始めた過合成スネークを確認した。近くにいる危険な存在を確認しているのだから、さっさと逃げてくれるだろうというオルトの考えは容易に裏切られる。

 カツヤはバイクに跨り、勢い良く走らせ、少々大型の銃を片手に過合成スネークへ接近しながら攻撃し始めた。

 攻撃を受けたことで過合成スネークの意識がカツヤに向く。そのまま過合成スネークが自分に向けて動き出したのを見ると、銃撃の反動を利用して進行方向を大きく変更した。

 

「よし! こっちだ! ついてこい!」

 

 そしてそのまま仲間の救助が済んだ方向へとバイクで駆け出す。

 隊長としての役目は果たせない。ならば、それ以外の役目を。そう考えながら、シェリルの言葉を思い出しながらカツヤはバイクで駆ける。

 どうしても仲間を見捨てられないのであれば、凄いハンター程度ではなく更にその上を目指す。仲間を救う為の囮に進んで志願し、その上で自身も実力で生還する。そんな物凄いハンターになる為に。

 シェリルからの助言通り、物凄いハンターに成ろうとしているカツヤの覚悟が、窮地を糧に本人の才能を目覚めさせる。更に外付けの力が加わり、カツヤの実力を飛躍的に伸ばしていく。

 高層ビル並みに巨大な蛇に追われていようとも、それを引き付ける為に荒野(こうや)でバイクを限界まで加速させようとも、カツヤの顔には悲壮感など感じさせなかった。

 

 

 過合成スネークを引き付けているカツヤの様子を見て、呆れた表情を顔に映しているオルトは、別の場所で救援作業を続けていたグレイと合流し、その作業に加わった。

 グレイは、カツヤの様子を感心したように見ている。

 

「無茶苦茶な事をする人がいるものね」

「そうだな。問題は突発的な事態の改善をしているにすぎないって事か」

「あれって大丈夫だと思う?」

「こっちに来ない限り関与したくない」

 

 グレイがオルトの呆れたような顔に苦笑をしながら、横転していた車両を元に戻す。オルトがその座席や荷台に意識を失っている者や既に事切れている者達を乗せていく。

 

「よし、自動運転機能は生きてるわ」

「周囲にモンスターや人型の反応も無し。問題無い。発車させてくれ」

 

 オルト達を残して車が独りでに部隊の後方へと向かっていく。

 

「そういえば、あいつが生き残らないとグレイの報酬って酷い減額を喰らうんじゃなかったか?」

「……、でも、あそこに行く気は起きないし、攻撃して追われたくもないわ」

「そうだな。引き続き本人に頑張って貰おう」

 

 オルトが今回グレイから受け取る金額は消費した消耗品代だけだ。先日のクロサワからの依頼の報酬として、グレイの受けた依頼に協力しているだけだからだ。

 それらの理由もあり、オルトに支払う金額が急激に増えないように、グレイは積極的に自分だけでモンスターを倒していた。

 

 

 オルトはグレイと共に救援作業を続けていた。

 遠目に見える主力部隊の動きは雑で真面(まとも)な指揮など取れていない事が分かる。それもそうだ。当の指揮官は現在、過合成スネークを引き付けている最中だ。あの状況下で周辺の把握をし、的確な指示が飛ばせる指揮能力が有るのなら、そもそもこんな事態には陥っていない。

 急に、車両に接続している通信機からカツヤの声が響く。

 

「ごちゃごちゃ言わずに指揮に従え! 責任は俺が取る!」

 

 荒野(こうや)にカツヤの声が、意志が伝播する。カツヤの仲間達も、補助要員達も周辺の音ではない何かを聞く。一部の者はカツヤの声が出た通信機ではなく、実際にカツヤの居る方向へ顔を向けていた。

 オルトは一瞬だけ急激な不快感に襲われる。まるで自分の中に他者が踏み込んできて荒らしていくような。勝手に感情を整理されるような感覚だった。

 皆とは少々違う理由でカツヤへと顔を向ける。その顔には非常に強い敵意が映っていた。

 

 

 カツヤの一声の後から主力部隊も救援作業に加わり、比較的短時間で終了した。それでも遠方(えんぽう)に居たモンスターの群れには、その間にかなり接近されてしまっている。

 時間を掛けてゆっくりと意識的に呼吸を繰り返したオルトは先程までの感情を沈め、冷静さを保っていた。

 

(これで後は過合成スネークを討伐して、到着したモンスター達を片付ければ終わるんだが。……さっきのは何だったんだ?)

 

 オルトが現状の解決方法と共に考えるのは先程の感情の急激な悪化だ。戦場で冷静さを失えば判断を誤るか遅れて死に至る。

 それを回避する為に兎に角冷静でいる事を徹底している筈だった。だが、それを起こした何かをオルトは知らない。知らない事を思い出そうとしても意味も無いと判断して関連する思考を一度打ち切った。

 オルトが周辺を確認していると主力部隊も補助要員も分けることなく連携効率が上がっている。だが過合成スネークを倒すまで終わらないだろうという事は分かっていた。

 隣に座るグレイがオルトに知らせるように指を差す。

 

「……ねえ、オルト。あれ」

 

 オルトがそう言われ、グレイが指差す方向を見ると、先程まで過合成スネークを引き付けていた車両がバイクから車になっていた。

 そしてその車両を運転しているのはアキラだ。

 

「あ、アキラ!? 1人で行ったのか!? ってことはエレナ達が指示したって事か!?」

「それはない……と、願いたいわね」

 

 オルトが驚き、グレイが苦笑しているが、アキラ達は非常に危険な状況におかれている。

 救援作業が済んだ者達の攻撃が再開したとしても、問題無く引き付けられる様に苛烈に銃撃を仕掛け続けていた。

 激しく動き回る過合成スネークの巨体を活かした空を切り裂く薙ぎ払いを、身を屈めて躱し、地面を削るように再度薙ぎ払おうとすれば、車両を加速させて範囲外へと出る。そして攻撃が終わった瞬間に距離を縮め、再度激しく銃撃を行ないだした。

 

「アキラってあんな運転出来るのね。凄いわね」

「おかげで囮として機能してくれてるな。モンスターの……ん?」

「どうしたの?」

 

 オルトが見る先にはバイクに跨り、2号車(にごうしゃ)へと向かっているユミナの姿があった。

 

『まだ使えるのか?』

『調べなければ分かりませんが可能性はあるでしょう』

 

 オルトが少々考え、行動を開始する。

 オルトが情報収集機器でユミナを捉え、表示装置を操作して強調表示し、その結果をグレイにも連携させた。

 

「グレイ! 俺はあいつを援護してくる。考えが正しければあいつの行動で決着が付く」

 

 困惑しながらもグレイは頷く。

 

「……分かったわ。こっちは任せて頂戴!」

 

 グレイが自信を込めた笑顔をオルトへと向ける。それを見たオルトが無言で頷き弾倉を交換したK2R複合銃を両手に持ち、自分のバイクに跨った。

 

 

 既に部隊の中層辺りにまで過合成スネークに呼ばれたモンスターが入り込んでいる。補助要員も主力部隊も関係無くモンスターの対応に追われており、入り乱れた戦場では既に多くの死体が地面を覆い、運転し辛くしていた。

 しかし、オルトのバイクを運転しているのはファナだ。バイクの両輪に搭載されている接地機能を十全に活かして、車体の側面が地面に掠りそうなほど倒しながらも、何の問題も無く目的の場所へと駆けている。

 早く動けば動くだけ捕捉され易くなり、モンスターの中で優先順位も上がる。周囲から集合してきたモンスターへ、両手のK2R複合銃を向けて引き金を引く。1(ちょう)1億オーラムの銃の性能は今も問題無く発揮され、たったの1発だけでモンスターの生命力の根源である頭蓋の内部を砕き、ついでとばかりに胴体すらも破壊する。

 少々面倒だと思える程の巨体を持つ肉食獣には、バイクのアーム式銃座の威力特化型K2R複合銃で狙い、頭部から侵入した通常弾が、与えられた過剰な威力を以てその全身を粉々にした。

 そして有効射程圏内にユミナを捕捉し、そのユミナを襲うモンスターへ向けて、三つの銃口を向け、引き金を引く。

 この場に相応しくない高威力で以て、数秒で周囲のモンスターを殲滅し、ユミナの近くにバイクを停める。

 異様な威力の銃とそれを悠然と扱える人物が、急に近付いてきた事でユミナの顔が強張るが、オルトはそれを無視して先を促す。

 

「この先の装甲車に行くんだろ? 周囲のモンスターは受け持つよ」

「え? ええ、そうね。お願い!」

 

 オルトがユミナに確認を取ると、またもや集まって来ていたモンスター達へと銃撃を開始する。本当であれば擲弾や小型ミサイルも使いたいが、周辺は混戦状態だ。巻き込む確率はゼロにしておきたかった。

 

 

 無事装甲車まで辿り着いたオルト達は、大きく歪んだ車体を見て顔を険しくしたが、その屋根に取り付けられている主砲を見ると、ユミナだけが意外そうに驚く。

 

「頑丈ね。15億オーラムの賞金首についていた武装なだけはあるわ。これなら期待できそう」

力場装甲(フォースフィールドアーマー)のおかげだろうな。……よし、これで入れる」

 

 その隣で車両の歪んだ扉を強化服の身体能力で抉じ開けて装甲車の中に入る。そして主砲の制御装置で状態を確認する。

 主砲には力場装甲(フォースフィールドアーマー)機能がついており、ジェネレーターから供給さえるエネルギーを使用して自身を守っていた。装甲車自体と破損状態に雲泥の差があるのはこの為だ。

 主砲側の制御装置の自己点検機能が問題無しと表示する。

 外にいるオルトが、近付いてくるモンスターを銃撃しながら状態を聞く。

 

「どうだ?」

「問題なしよ! 後は発射シーケンスを開始して、カツヤ達に過合成スネークを誘導して貰うだけね」

 

 主砲は装甲車に後付けで搭載されている。その所為(せい)で照準は土台である車体ごと動かして合わせていた。

 だがその装甲車が壊れたことで、基本的にもう照準を変えられない。ユミナの強化服で車体を動かして照準を無理矢理合わせるのも限度がある。よって、標的に射線上まで来てもらう必要があった。

 

「なら照準の調整が必要になったら俺がやるよ。俺の強化服ならこの車両も余裕で投げれるぐらいの出力が出せる」

「え!? そんなに高性能な強化服着てるの!?」

「驚く前に早く起動させてくれ! さっさと終わらせたい!」

「やってるわよ!」

 

 ユミナは端末を操作し、主砲を再度起動させた。待機状態から発射待機状態へと移行し、主砲へと徐々にエネルギーが供給される。そこから漏れだす波動が荒野(こうや)に伝わっていく。

 そして、それを捉える厄介な存在が多く居た。

 集結してくるモンスター達だ。その中には過合成スネークも混ざっていた。

 オルトの情報収集機器が、突如として進行方向を大きく反転させた過合成スネークを捉える。その視線の先にあるのは主砲の取り付けられている装甲車だ。

 

「ユミナ! 過合成スネークがこっちを捕捉したぞ!」

「え!? なんで!? カツヤ達は!?」

 

 ユミナはオルトの発言の内容が、アキラの車両ごと、乗員2名を殺し終えたからと捉えた。

 

「あの2人なら無事だ! 今は急に動きを変えた過合成スネークに困惑してる!」

「そ、そう。良かった……」

「向こうに連絡でもしたらどうだ?」

「そうね!」

 

 安堵の表情を浮かべるユミナがカツヤの通信機へと繋ぐ。アキラ達の状況が状況なので、大きな声を出している。

 

「カツヤ! 聞こえてるわよね! 返事して!」

「聞こえてる! 何があった!」

2号車(にごうしゃ)の主砲を調べたらまだ使えたわ! 今、発砲の準備をしているところ! でも車両が壊れてるから照準は自由に変えられないの! 一応付いて来てくれた人が対応してくれるって言ってくれてるけどね!」

「ユミナ! 今すぐそこから逃げろ! 過合成スネークがそっちに向かってる!」

「知ってるわ! ちゃんと当てるからカツヤ達はそのまま主力部隊に戻って!」

「そうじゃない! 危険だ! 逃げるんだ!」

「大丈夫よ! 付いて来てくれた人が凄く強いの! 外のモンスターが今も近寄って来れてないもの!」

「で、でも……」

 

 カツヤの言葉が止まる。ユミナの意志が固いことは理解出来た上にそれを証明する存在も薄っすらとだが、カツヤの情報収集機器で掴むことが出来た。

 装甲車の周囲を素早く移動しながら、周辺のモンスターを銃撃しているオルトだ。距離がある分、相当精度の荒い表示だが、モンスターの倒される速度を見ればその実力が嫌でも分かってしまう。

 どう説得しようか迷っているユミナの代わりに、何時(いつ)の間にか車両内に入って来ていたオルトが通信先の2人に主砲の説明をする。

 

「そっちの2人は更に離れるか、こっちまで急いで来てくれ。この主砲、指向性とか余り考慮されてないから半端な場所にいると巻き込まれて消えるぞ」

「は? お前誰……」

「ん? オルトか?」

 

 カツヤが聞き覚えの無い声に疑問を発するが、通信機越しにアキラがオルトの声だと判断する。

 

「ああ。この車両に近付くモンスターを排除してる。再度言うけど横に避けるのも中途半端に近付くのもおススメしない。来るか離れるかだ。どっちか選んでくれ。ついでに発射のタイミングもそっちで決めてくれ。それじゃあ俺は外の対処に戻るから」

 

 オルトは言いたい事だけ言うとそのまま車外へと出ていく。周辺から殲滅しても、その更に外から集結してくるモンスター相手に、バイクに接続されているK2R複合銃すら使用しながら、濃密な銃撃を繰り返す。

 

「あっ!? ちょっと!? あー、もう! ……結局2人はどうするの?」

 

 自分勝手なオルトの行動に困りながらも、そのオルトに助けて貰っている最中のユミナは流石に文句も言えず、2人の選択を聞く。

 先程の砲撃を見ていた2人は巻き込まれる自分達を想像をしてしまい絶句していたが、決断したようにアキラが決める。

 

「仕方ない。そっちに行く。こっちで発射のタイミングを指示するから状態を教えてくれ。遠隔操作で撃ったり、10秒後に撃ったり出来ないか?」

「おい! 何勝手に話を進めてるんだ!」

「カツヤ! ちょっと黙ってて! アキラ! 遠隔操作は無理! タイマー設定は無いけど、発射シーケンスの調整で似た様なことは出来るわ! 最大で20秒よ!」

「こっちで設定のタイミングを指示する。20秒後に撃つようにして、設定と同時に逆方向へ逃げろ」

「分かったわ。やってみる。カツヤ! そっちもしっかりね! この状況で下らない揉め事なんてしてたら後でぶん殴るわよ!」

 

 ユミナはそれだけ言って話を終える。外で戦うオルトに加勢しようと。主砲の波動によって周囲のモンスターの標的が2号車(にごうしゃ)になっている所為(せい)で、倒しても倒しても追加でやってくるのだ。

 だが、ユミナが両目で見た外の光景は異常だった。

 

 

 オルトが近付いてくるモンスターを無視して、その後ろのモンスターを狙い銃撃する。近付いてきたモンスターへ、強化服の身体能力を十全に活かした強烈な回し蹴りを放ち、他方向から迫って来ていたモンスターへとぶつけて弱点部位が重なった瞬間を狙い一つの銃弾で同時に撃ち殺す。変則的な近接戦闘を交えながら、2号車(にごうしゃ)の一定範囲内には1体もモンスターを入れていなかった。

 オルトは装甲車から出てきたユミナに近付きながらも、モンスターの弱点への精確な銃撃を続けている。

 

「話はついたのか?」

「え、ええ。随分と余裕そうね……」

「まあ、この程度なら」

「そ、そう」

 

 高性能な強化服、高威力の銃、俊敏に移動しながら取り付けてある大型の銃で蹂躙しているバイク。どれもがオルトの稼ぎと強さの異常性を証明している。

 会話中にもばら撒かれるように撃ち出されていた銃弾の雨によって、再びオルトがこの場のモンスターを殲滅した。それにより一時の安全が確保された状況にユミナが呆気にとられる。

 

「……えっと。初めましてよね? 私はユミナ……ってさっき言ってたわね」

「改めて、初めまして。オルトだ。そっちの名前は名簿に載ってるから知ってるだけだ」

「成程ね。でもオルトって名前は逆に名簿に無かったわよね? 誰かに雇われたの?」

「ああ。友達にな」

「アキラの知り合いってことはエレナさん達?」

「いや、グレイって奴だ。個人で動いてる女のハンター」

「ああ、彼女か。先日急に名簿に追加されてたわね」

 

 オルト達が雑談を広げていると、また周囲からモンスターが大量に集まってくる。

 肉片と化したモンスターの亡骸の上を容赦なく駆けてオルト達を殺そうと、牙を、爪を、身体(からだ)から生やした銃器を向けてくるが、それをオルト達に掠らせる事も叶わずK2R複合銃から撃ち出される弾丸によって肉片の仲間入りを果たす。

 その高威力の弾丸を喰らうモンスターに、ユミナは逆に同情してしまった。

 

「随分良い装備を使ってるのね」

「ああ。その分高かったが、性能は御覧の通りだ。……そろそろアキラ達が来るんじゃないか?」

「あっ!」

 

 丁度その時ユミナの通信機にアキラ達から再度通信が入る。オルトの情報収集機器はアキラ達が結構な速度を出してこちらに走って来ている反応を捉えており、拡張視界にその様子が映っている為、距離などの把握を可能としていた。

 

 

 既にアキラ達を乗せた車は過合成スネークを異常な挙動で追い越していた。

 アキラは周囲から集まって来ているモンスターへ、車上から銃撃をして倒していく。ユミナから釘を刺されたカツヤも、先程の異常な挙動への不満を噛み殺すように顔を歪めながら敵の群れを撃破していた。

 彼等の後方からは過合成スネークが土煙を上げて迫って来ている。だが、アキラ達はそれを完全に無視していた。

 装甲車の近くで戦うオルトが、周囲のモンスターのついでとばかりにバイクの威力特化型K2R複合銃でアキラ達を襲うモンスターへと狙撃を始める。

 周囲のモンスターが、オルトの銃撃により急激に減っていく事で、対処する数が減り、アルファが車両の速度を更に上げた。

 好転した状況にも拘わらず、アキラの顔には驚愕が浮かんでいる。

 

『一気に数体が吹き飛んだ!? なんだあの威力!? しかもこの距離でちゃんと弱点に当ててる! 本人は装甲車の裏だったり、側面だったりで戦ってこっちなんて見てないのに遠隔操作のバイクでこの精度かよ!?』

『装備の性能差が段違いだもの。仕方ないわ』

『そうか!? そういう問題か!? なんならあいつだけでも過合成スネークを倒せるだろ!?』

『装備性能が良ければアキラでも出来るわよ。きっとね。それよりもそろそろカウントを始めるわよ』

『……あ、ああ。分かった』

 

 アキラは、アルファに高性能な装備があれば誰でも可能と言われても、そのまま信用するのは難しかった。信用したくない訳では無いが、それでもオルトの銃撃の精度は、アキラがアルファに強化服を操作して貰った時と同程度かそれ以上で、何よりもその身体能力を活かした俊敏な挙動で、周囲のモンスターを余裕の表情で殲滅し続けている。

 アルファから説明を受けたアキラは、顔を引き攣らせていたが、一度大きく息を吐き出して余計な思考を止めた。

 冷静になったアキラがアルファの代わりにユミナに口で伝える。

 

「ユミナ! カウントを始めるぞ!」

『30,29,28、……』

「30! 29! 28! ……」

 

 激しい銃声で搔き消されないように、アキラは大声でカウントを続けた。

 

 

 ユミナは装甲車の中でアキラのカウントを聞いていた。既に準備は完了している。

 後は主砲の制御端末に触れるだけの状態にしていた。

 装甲車の後部扉は、オルトによって既に破壊されており、残骸は戦闘中に蹴り上げられ、死骸と化したモンスターに突き刺さっている。ユミナは車両の側にバイクを設置しておき、発射指示入力と同時に急いでバイクに乗り、限界まで加速させて離れる準備を終えていた。

 全開になっている後部扉から見える外の景色では、無残な死骸へと成り果てたモンスターが荒野(こうや)の地面をその血で染め上げており、地面の見える場所などない。しかし、装甲車の一定範囲だけは血の一滴も跡が無く、そこまで接近する事が不可能なのだとユミナに容易に想像させる。そして側面から後部へ、そして反対側へと移動するオルトの姿が偶に映るが、その速度はユミナにはギリギリ視認出来るという程度だ。

 

(こんなに強い人を雇ってるって……。グレイって人から幾らの報酬を提示されたのかしら?)

 

 カウントがゼロになるまでの猶予に、外でモンスターを蹂躙しているオルトの戦闘能力の高さとそこから雇う際の報酬金を試算するが、ユミナにはオルトの強さがよく分からず、カウント以内では、大まかな金額すら思いつくことは出来なかった。

 

(索敵機器でも結構な数が表示されているっていうのに、本当に余裕そうに戦うわね。一定範囲内に入れないし、遠距離攻撃持ちを優先的に潰して、私の安全の確保もしてくれてる)

 

 ユミナがオルトの戦闘の内容に舌を巻いていた。

 

「6! 5! 4! ……」

「オルト! そろそろ発射指示を出すわ!」

 

 ユミナが外にいる上に、通信機を持っていないオルトへと伝える。

 

「了解!」

 

 オルトが弾丸をばら撒いて周囲のモンスターを雑に掃討すると、後部扉の近くにバイクを停車させ跨った。

 

「3! 2! 1! ゼロ!」

 

 その声と同時にユミナが主砲の発射指示を出す。

 

「アキラ! カツヤ! 発射シーケンスを始めたわよ!」

 

 ユミナはそう叫びながら車外へ出ると、バイクに飛び乗り勢い良く加速させた。

 

「主砲の方にはカウントなんか無いわ! ちゃんと避けなさいよ!」

 

 上手く行くことを願いながら、ユミナは大声を出してその場から離脱している。

 その少し前を同じ速度で進みながら、両手の銃で精確な銃撃を繰り返しているオルトの姿に苦笑しながら。

 

 

 ユミナと装甲車の護衛が終了したオルトは、バイクに乗ってついでにユミナを先導していた。折角(せっかく)ここまで護衛したので、作戦終了までぐらいは見ておこうと思った上での行動だ。

 10秒ほど走った辺りで車体ごと反転させながら停車させる。装甲車の向こうから、結構な加速を行ない、一気に過合成スネークを置き去りにするアキラ達の乗る車両が確認出来た。

 オルトが停車したので、安全域に入ったと信用したユミナがオルトの側に停車している。

 

「……大丈夫よね?」

「後5秒ある。余裕で装甲車を、……通り抜けたな」

 

 オルトがそう言ってる最中にも更に加速していたアキラの車は、余りに高エネルギーを与えられている所為(せい)で、発射口が歪んで見える主砲を備えた装甲車を残り数秒という時点で通り越した。

 そして速度を徐々に落としていき、アキラが安堵しながら後方を確認する。視線の先にある主砲から漏れ出る光が、車両のジェネレーターの大破と引き換えに生み出された力が、高密度のエネルギーの奔流となり放出された。

 全てを焼き尽くすかのような巨大な光の柱が、過合成スネークに至近距離で直撃する。その瞬間、一帯が光に吞み込まれ、余波だけで周囲を焼き焦がす爆発を起こす。

 爆風が辺りの土や岩を吹き飛ばし、大規模な爆煙が立ち上がる。

 

『……決着かな?』

『ですね。戻りましょうか』

『そうするか』

 

 爆煙の中も把握可能なほど高性能な情報収集機器のおかげで、その内部を確認出来ない3人より先に、過合成スネークが頭部を、胴体部分を抉るように消し飛ばされている結果を知り、オルトはバイクを走らせる。

 後方からユミナが何かを言っていたが、爆風の影響で聞こえない事にした。

 その後、カツヤとユミナが合流し、抱き合って歓喜を上げている光景も拡張視界上で把握したが、強敵に勝てた余韻は、しかと楽しむべきだろうと、オルトは思う。彼らがこの後、今作戦における死者数に直面するまでは十分に堪能するべきだ。

 

 

 過合成スネークが倒された後、周囲に残っていたモンスターの群れはすぐに倒された。主力部隊はカツヤと合流し、補助要員達は少し離れた場所でハンターオフィスの職員達が到着するまで周辺の警備をしている。

 オルトはグレイの車の助手席で食事を取っていた。索敵も行ってはいるが、基本はグレイが対応する上に、ファナもいる。何の障害も無く、オルトは喜色を浮かべながらちょっと高めのハンター用携帯食を一つずつ味わっていた。

 そんなオルトの様子をグレイは苦笑しながら見ている。

 

「全く。随分な事をしてきたと思ったら、特に感慨も無く食事を取るって、どうなってるの?」

「……俺がした訳じゃない。ドランカムの奴らとアキラが頑張った結果だ。俺はちょっと周囲を安全にしてただけだよ」

「ちょっと……ねえ」

 

 グレイはオルトと情報収集機器を連携させていた事でオルトの戦闘の内容を知っている。周囲から襲ってくる大量のモンスターから人と車両を防衛しつつ、遠距離にいるモンスターへの狙撃さえ行っていたのだ。

 オルトは、バイクの操作を完全にファナに任せていたが、ファナの事を知らない者からすれば、遠隔操作を容易に、的確に行いながら、自分の戦闘も問題無く行う凄腕のハンターとしか見えない。

 オルトはグレイに、普通は一度に片方しか出来ないと言われたが、もう片方も同時に出来るように訓練すれば良いだけだと、事も無げに答えた所為(せい)で、呆れられていた。

 

「俺だって全部が全部、最初から出来る訳じゃないし、装備にも思いっ切り頼ってる。なら、後は訓練すれば良いだけだ。幸運なことに高性能な装備があるから、結構高密度の訓練が行える」

「まあ、それはそうだけど。それでもオルト並みの戦闘能力を得るのは相当大変そうだわ」

「……そこは本人次第ってことで」

「うーん! そう言われると負けてられないわね!」

 

 オルト達は周囲の索敵を続けていると、ハンターオフィスの車が近付いてくる反応を捉えた。

 後はハンターオフィスに過合成スネークの死骸を渡せば、過合成スネーク討伐作戦は終了だ。

 

 

 オルトは今回の賞金首討伐によって、生物系モンスターのある程度の特徴を感じていた。そしてそれが正しいのであれば、次の討伐作戦も上手く行くはずだとして、内心意気を上げていた。

 

(事前に調べたいけど、近付けないから正確な情報は現地で手に入れるとして、推測が正しかった場合の準備はどうしようかな。余ってるけど無駄に使いたくは無いしなあ……)

 

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