リビルドワールド 孤独に非   作:たっぷり

19 / 40
・第十九話 帰路

 

 クガマヤマ都市を拠点とするハンターやその徒党が大部隊を編制しビッグウォーカー討伐を目指す裏で、オルトはクロサワが手を組みアーミーマメストラの討伐に動いた。

 そして更に同時刻、アキラはビッグウォーカー討伐部隊が都市を出発した裏で、ヒガラカ住宅街遺跡の地下室で入手したリオンズテイル社の端末設置場所の捜索を行っていた。

 

『アキラ。賞金首はまだ2体残ってるのよ? 倒されるまで待たないで本当に良かったの?』

 

 ビッグウォーカーほどの巨大且つ大規模な攻撃手段を有しているモンスターとの戦闘は周囲一帯のモンスターを引き寄せる。その戦闘地域から離れた場所で遺跡を探せば、普段は荒野(こうや)を広く彷徨(うろつ)いているモンスターもそちらに引き寄せられており、他の場所では数が減少する。何時(いつ)もより安全に遺跡捜索を行える。

 加えて遺跡を少々目立つ方法で発見しても、他のハンター達の意識はビッグウォーカーとの戦闘の方に向かっているので目立ち難い。アーミーマメストラはそもそも自力での移動手段を備えていない為接近しなければ問題は起こらない。アキラはそう考えたのだ。

 そしてそれは正解だった。

 未発見の遺跡探し自体は順調に進んでいた。内容としては大した成果は無いがモンスターとの遭遇は一切無かった。

 現地に着いて、リオンズテイル社の端末設置場所を示す矢印が何も無い空中を指していれば、アキラ達はそこをチラリと見てすぐに次の場所へと移動していた。アキラに隙を与え、荒野(こうや)の危険性を忘れさせる程に。

 

 

 調査範囲を広げ、次の端末設置場所に向かっていたアキラの車両の索敵機器が大きな反応が掴むまでアキラは心のどこかで何かしらの変化を望んでしまっていた。

 それは最悪の形で訪れた。

 先日ドランカムの事務派閥のハンター達と討伐したはずの過合成スネークに似たモンスターと遭遇したのだった。そしてそれは実際過合成スネークの本体と呼べる、外側に纏っていた巨躯を捨てた姿だったのだ。

 アルファの運転技術を以ってしても逃げ切ることは出来なかったが、以前クズスハラ街遺跡(がいいせき)で大型の重装強化服と戦闘したアキラは、その内部にいた遺物襲撃犯との戦闘に勝った経験を持っていた。

 アルファのサポートさえあれば今度も何とかなる。どこか無意識に浮かべた余裕とも、油断とも呼べるその考えはアキラに隙を作ってしまった。

 アルファの神懸かり的な運転技術によってモンスターとの距離を詰め、銃撃の威力を最大まで上昇させる為に敵の眼前まで迫り、大蛇のその大口に呑まれる前に横へと滑るように移動し、その最中も攻撃の手を止めない。アキラが出来る最大限の攻撃を、アキラが過合成スネークに与えられる最大限の被害を与え続けていた。

 しかし先日カツヤと共に囮役を買って出た際に戦闘を行った過合成スネークは高層ビル並みの巨躯を備えていた。

 今の相手はそれよりもずっと小さい。加えて至近距離からの連射を全身に浴び続け、その体積を物理的に削り取られていた過合成スネークは少しずつ動きを鈍らせていた。

 このまま続ければ問題無く勝てる。正しくも油断を生み出してしまう言葉をアキラが無意識に内側で肥大させてしまっていた。

 そしてその油断が最悪の形を助長した。

 自身の銃撃で荒野(こうや)に散らばっていた過合成スネークの構成要素だった爆発物を踏んだ車の異変に対応出来なかった。驕りさえなければ、油断さえなければアキラは車からの離脱を(はか)れただろう。

 しかし肥大化していた(おご)りと油断はアキラの驚愕を強くし、動けない時間を引き延ばす結果に陥った。

 

 

 アキラは1人きりになっていた。

 アキラを、スラム街の子供を歴戦のハンターに変貌させる加護は失われた。ハンターランク21の少年を億越えのハンターに変身させる不思議な加護はここには届かない。

 アキラは心のどこかではずっと思っていた。その加護では、アルファのサポートでは補い切れない不運が来るだろう。それで自分は終わりなのだろう。

 そのいつかが来たのだ。アキラはそう理解した。

 異音が響く。アキラの耳に届く。

 足下が揺れる。アキラの身体が感じ取る。

 光は無い。アキラの視界には何も映らない。

 五感がアキラに逃れられない死を伝え、極度の集中を強いていく。無意識に体感時間の操作を行い、時の流れが止まったかのような錯覚さえ覚える。

 どこまでも濃密な一瞬が続く。精神が研ぎ澄まされていく。音が歪んで奇怪に聞こえる。足下からは自分を食おうとするものの動きが伝わる。車の制御装置が車体の異常を知らせる通知を表示し周囲を弱々しく照らし、装甲タイルが微弱な力場装甲(フォースフィールドアーマー)を展開し衝撃変換光を同じように照らすことで周囲の闇を強調する。周りの全てがアキラの死を明示する。

 その世界で、アキラは笑った。

 

「ああそうか! 覚悟が足りなかったかぁ!」

 

 有らん限りの声を上げて、思いっきり笑った。自分をこの状況に追い込んだ不運を、全てを、嘲笑った。

 

「甘えずに! 少しは自分で何とかしろって言いたいんだろぉ!」

 

 限界まで圧縮された体感時間の中で声帯から無理矢理発した声は、酷く歪んだものだった。アキラ自身にも真面な声には聞こえていない。

 

「分かったよ! 覚悟を決めるのは俺の担当だからなぁ!」

 

 だが問題無い。これは宣言だ。この苦境に対しての、この苦境へ導いた不運に対する宣言だ。その不運に対する敵対の宣言だ。

 アキラが叫び、アキラだけが聞いていればいい。これは敵を、自身の不運を、嘲笑い、抵抗し、逆襲する宣言だからだ。

 自覚はしていなくとも、アキラはそれを理解していた。それを聞ける者など自分以外いないと信じて疑わず。

 DVTSミニガンの発火炎(マズルフラッシュ)で強制的に周囲を照らし、内部の肉壁を萎縮させ、その隙を衝いてチューブ型の回復薬を取り出し、握り潰して中身の液体を噴出させ、自分の頭に塗りたくる。消化液から自分の露出している最大の弱点である頭部を最低限守ると、今度は錠剤の回復薬を副作用など無視して大量に服用する。

 過度に使用した回復薬がアキラの身体(からだ)に掛かる負担の限界を延ばす。身体(からだ)の負荷を無視して強化服を動かしたことによる損傷を、治療用ナノマシンが即時に急速に治療し始める。

 顔に滴った消化液がペースト状の回復薬と反応して音を立てる中、アキラが車両の制御装置に手を伸ばす。自動操縦に切り替わった車が、前進という単純な指示を実行する。溶け始めた四輪を全力で回転させ、最大出力で進み出す。

 退路など存在しない。ならば前に進むしかない。高速回転するタイヤが下部の肉を抉り、削り、飛散させる。それでも空回りしてなかなか前に進まない。

 そこでアキラが再び銃を両手に握る。CWH対物突撃銃とDVTSミニガンを車両の後方へ構え、乱雑に撃ち放つ。その反動を強化服で支え、踏み締めて車体に伝え、車を強引に前進させた。

 過合成スネークの肉を削りながら前に進む車の上で、アキラが嗤いながら引き金を引き続ける。狙いを定める必要など無い。どこへ撃とうと当たる。過合成スネークの体内を口内から尾の方向へ移動する車両の上で、アキラは縦横無尽に激しく乱射し続けた。

 内部からの銃撃に大蛇が狂ったように暴れ回る。体内から撃ち出された銃弾で体を内部から貫かれ、体外へ銃弾を撒き散らしながらのたうち回る。

 それでも車は前に進んでいく。アキラは消化液を浴びて壊れかけている車を発砲の反動で押し出すかのように乱射し、笑いながら撃ち続けていた。

 その反響音を他者に聞かれている事になどアキラは気付けない。

 

 

 過合成スネークは異常なまでの生命力を持つ生物系モンスターであり、その中でも賞金首に指定されるほどに強力な個体だ。そのモンスターが内側から銃撃されて暴れ狂い、周囲をその巨軀で破壊し尽くしている。

 だがその生命力にも遂に限界が訪れた。過合成スネークは断末魔のように体を震わせると、そのまま一度固まり、地響きを立てて崩れ落ちる。少し痙攣した後、二度と動かなくなった。

 その後も暫くは過合成スネークの死体から銃弾が飛び出し続けていた。だが散らばっていた銃撃が一点に集中した後、今度はアキラが車で胴体部の側面をぶち破って飛び出してくる。

 車はその勢いのまま横転した。車外に投げ出されたアキラが地面に仰向けに転がる。

 

「…………外?」

 

 見慣れた青い空を見て、ただなんとなくそう呟いたアキラの視界に、アルファが飛び込んでくる。

 

『アキラ! 大丈夫!?』

 

 非常に慌てた表情のアルファとは対照的に、アキラは笑い疲れていたこともあり、どこかぼんやりとした顔をしていた。

 数回名前を呼ばれた後で、アキラの意識と焦点がアルファに合う。そして自分でもよく分かっていないことを言う。

 

「……えっと、お帰り」

 

 それを聞いて、アルファが珍しく困惑した顔をしながら、合わせて返事をする。

 

『た、ただいま?』

 

 2人の間には、少し妙な空気が流れていた。

 (ようや)く意識がはっきりしてきたアキラは、身を起こして軽く頭を振ると、周囲を見渡して状況の確認を始めた。当然ながら過合成スネークの死体が目に入り、少し真面目な顔になる。

 

「アルファ。確認してくれ。あいつは死んだのか?」

『え? ええ。ちょっと待って。大丈夫よ。死んでいるわ』

「そりゃ良かった。あれで駄目ならもうどうしようも無かったからな」

 

 アキラは(ようや)安堵(あんど)の息を吐いた。

 アルファは珍しく戸惑った様子を見せていた。

 

『アキラ。一体何があったの?』

 

 アルファはアキラとの接続が切れていた間の出来事を把握していない。アキラの命に別状が無いことは確認済みだが、速やかに正確に非接続状態時に生じた事態を把握する必要があった。

 だがアキラは口を開くのも面倒なぐらい疲れていた。少し悪いとは思いながらも後回しにする。

 

「悪いけど、疲れているんだ。細かい話は後にして、ちょっと休ませてくれ。あ、その間の索敵も頼む」

『分かったわ。後で詳しく教えてね』

 

 いつもの笑顔を浮かべているアルファを見て、アキラが安心して気を緩めた。

 

「あ、そうだ。これだけ言っておくよ。いつもサポートしてくれてありがとう。アルファのサポートが無いとどれだけ大変なのか、身に染みて分かったよ」

 

 アキラはそう言って苦笑していたが、そこにはどこか自慢気な雰囲気も漂っていた。

 

『そ、そう。どういたしまして』

 

 アルファは本心で戸惑っていた。

 

 

 アルファの計算では、アキラは死んでいるはずだった。過合成スネークに丸呑みにされて自分との接続も切れたアキラが生還する可能性は、現実的では無いほどに低かった。

 しかしアキラは生き残った。アルファの演算結果を覆す、自身の掌の上にあるはずの存在が変容を始めている。それは自らの施行にとって有益なのか、無益なのか、それとも有害なのか、アルファは試算を続けていた。

 演算リソースをそのまま試算に割り振り過ぎて表情の演算制御を疎かにしてしまうほどに、その計算は困難だ。

 遠方で停車している者達のことを知らせる為のリソースすら残ってはいなかった。

 

 

 アキラが過合成スネークとの戦闘を終えてから数分してから短距離通信が届く。

 アキラの情報収集機器にはそれを行える相手を見つける程の性能はなく、その上でそこにいる装甲兵員輸送車は停車していた。遠方且つ動いていない物体を発見するほどの技量をアキラは持ち合わせていない。

 

「アル…………」

 

 アキラが出かけた言葉を途中で止める。

 

『アルファ?』

『少し離れた所に装甲兵員輸送車が1台よ。様子を窺っているのか先程からこっちに近付いて来ないのだけれどね』

『何の用なんだろうな』

『賞金首相当のモンスターが倒れているから横取りをするつもりなのかも知れないわね』

 

 アルファの発言にアキラが顔を歪ませる。

 

『この状態でハンターとやり合うなんて御免だぞ!? 相手は分かるか!? 人数は!?』

『密閉型の車両だから車内にいる人間については流石に分からないけど、その屋根に乗っているのはオルトよ。多分その短距離通信もオルトからの通信だと思うわ』

 

 不運に打ち勝った後に大して時間も置かずに連戦かと思われたが、その相手が知り合いということもあり、アキラが気を少し緩めた。

 そして情報端末を疲労で動かすのにも一苦労な手を伸ばして操作する。

 

「そっちのハンター生きてるか? 激戦の余韻に浸ってるところ悪いんだけどそのモンスターの様子を確認したい。そちらに近付いても問題無いか? ……返事がない場合もそっちを通る予定だけどな」

 

 アルファの言う通り情報端末からオルトの声が聞こえてきた。

 

「……オルトか。良いぞ。問題無い」

「アキラか。まあ、ゆっくり近付くよ」

 

 オルトとの会話でアキラは随分と気を緩めていた。

 アルファはそのアキラを見て内心顔を歪ませる。アキラの感情を揺さぶるように意図的に情報の伝達順を入れ替え、心証を悪くするつもりだった。アキラが時折(ときお)り見せるアルファの予測すら超える行動を取らせるドス黒い負の感情を一部でもオルトへ向けられれば懸念の解消が図れただろう。

 今のアルファは笑顔を描写しているだけだ。本心から笑みを浮かべるのは不可能だった。

 

 

 オルトは装甲兵員輸送車をアキラから少し離れた位置に停車するように指示を出し、アキラから視認可能且つ過合成スネークの体から落ちて転がっている物を踏まない場所で暫く待機させた。

 車両から1人だけ降りてアキラの元へ、地面に散らばる様々な危険物を踏み抜かないように注意しながら歩いて近付いていく。

 お互い敵対しないと示す為に銃を持つこともしていない。

 

「……過合成スネーク討伐作戦以来だなって言うのが正解か?」

「なんでも良いよ。疲れてるんだ」

「まあ、うん。見たら分かるよ。随分とボロボロになってるな。車も……これはもう駄目そうだな」

「分かってるから言わないでくれ。……死体を調べるんだろ? 勝手にしてくれ」

「そうか。なら早速」

 

 オルトはアキラからの許可を得ると過合成スネークの死体へと歩いていく。荒野(こうや)には過合成スネークの体内から漏れた消化液が本体を中心に広がっており、その機能を未だ失っていないのか地面と反応を起こしている。しかしその消化液の上をオルトが何事も無いかのように歩いている姿に、装備の性能差を感じ、その重要性を再確認していた。

 

 

 アキラは強敵との戦闘による高揚をオルトの現状を捉えた言葉によって鎮められ、改めて自身の状態について見返していた。

 生き延びる為に後先考えずに死力を尽くしたが、生き延びた以上、人生は続く。高価な弾薬を大量に消費し、車は廃車確定、強化服も所々溶け掛けている。口座に残っている残高では今のアキラに十分な装備を(もたら)せない。

 先日参加したタンクランチュラ討伐の報酬も想定外のことが起こり、金額自体に期待は出来ない状況だった。

 

『どうしようか』

 

 アキラは本当に頭を抱えていたが、ふとオルトへと視線が移る。アキラの強化服ほどではないがオルトの強化服も全体的に大分損傷していた。

 

「なあオルト。そっちの強化服も随分傷んでるみたいだけど何かあったのか?」

 

 アキラの疑問にオルトが身体(からだ)を少し硬直させつつも、振り返らずに答える。

 

「……あれだ。こ、荒野(こうや)に出れば非常事態なんて起こるだろ? そんな(たぐ)いだ」

「あ、ああ。そうか」

 

 アキラはオルトが見せたその何とも言えない様子から、自分と同じように不意に強いモンスターと遭遇し、死力を尽くして勝利して、偶然近くを通り掛かった装甲兵員輸送車に同乗させて貰って都市へと帰還している最中なのだと解釈した。

 不運に遭遇し、そして自力での勝利を収めた者への賞賛と、自身の境遇との近似性に同情を示す。それと同時に、オルトほどの強者をそこまで追い詰める存在が自分の方に来なくて良かったという安堵(あんど)を覚えていた。

 

『……アキラ。オルトはどこか誤魔化そうともしているわ』

『そうなのか? まあ、賞金首もどきに襲われるような状況に遭ったなら誤魔化したくもなるだろうな』

『そうね。アキラも注意してないと、また何時(いつ)遭遇するか分かったものではないわ』

『分かってるよ。今後も気を付けるよ。……その為にも装備を整えないといけないんだよなぁ』

 

 アキラが自身の状態に嘆いている。

 その間にもオルトは情報収集機器の解析優先度を過合成スネークの死体へと向け、アキラによって開かれた胴体部分から内部の状態すらも調べたりしていた。

 

『なあファナ。ここにある機械系モンスターって都市の近くで見たことあったか?』

『いいえ、ありません。少なくともクガマヤマ都市近郊の荒野(こうや)彷徨(うろつ)いている(たぐ)いの機械系モンスターではないでしょう』

『そうか。……一応入り口は探して一回だけ入るとするか。内部の状態次第で即撤退ってことで』

 

 オルトは眉を顰めつつ、自身の脳内にある情報に追加の情報を記載させておく。使えるかどうかは別として、使う時が来た場合に優位に働く可能性があるからだ。

 オルトは過合成スネークの構成部品として吸収された機械系モンスターから、逃走経路として利用されたであろう遺跡の内部情報を少しでも探ろうとしていた。

 そこに痺れを切らしたセレスから苦情が入る。

 

「オルトー。何時(いつ)までここで待ってれば良いの?」

「ん? もう少しだけ待っていてくれ」

「……了解」

 

 オルトが通信を終えるとアキラが近付いて来た。

 

「今のは?」

「装甲兵員輸送車にいるハンターだ。俺のバイクも破損してしまってな、乗せて貰ってたんだ。……そう言えばアキラはこれからどうするんだ?」

「……どうすれば良いんだ?」

 

 アキラが苦笑いを浮かべながら横を見る。オルトも釣られてそちらを見る。そこには今も変わらず過合成スネークの死体が横たわっているだけだ。

 

「こいつは曲がりなりにも賞金首だったんだ。ハンターオフィスに連絡するとか……。無いな。真面に取り合ってくれる気がしない」

「……仕方がない。あいつに連絡するか」

「あいつ?」

 

 アキラは大きな溜め息を吐きつつ情報端末を操作する。

 

「キバヤシだよ」

「……ああ、そうか」

 

 オルトもその判断は正しいと思った。しかし諸手を挙げて賛同するには少々難のある相手だった為、目を逸らした。

 

 

 ハンターランクがアキラよりも高い者達が周囲にいると変に解釈をされる恐れがあるとして、オルトはアキラをその場に残して帰路に着くことにした。

 何よりもアキラの状況よりも現在自分の部隊として動いた人員の安全を確保するのが先決であり、荒野(こうや)では一定以上の安全性など担保出来ないからだ。体調の優れない者が1人いる状態で荒野(こうや)彷徨(うろつ)き続けるほどオルト達は慢心出来ない。

 荒野(こうや)で突如降ってきたモンスターに踏み潰され掛けた人間が居るのだから尚更その意識は強かった。

 

 

 クガマヤマ都市の下位区画に入るや否やクモンズとシーナは今日から暫く休暇だということも相まって、その期間泊まる宿を探しに車両から降りていった。

 残された4人は取り敢えず病院へと向かった。

 グレイの顔が少し俯いていたのに気付いたオルトが顔を覗く。

 

「どうかしたのか?」

「えっと、私、今口座の中身が心許なくて……」

「それなら問題無いだろ?」

「いや、あの額を見たら不安にもなるわよ」

 

 以前オルトがクガマヤマ都市への帰還中に気絶にも似た状態でグレイと合流した後に入院した時の金額を覚えていたグレイは、自分は今そのオルトと同じような戦い方をした事で、結果として得た負傷を治す為に掛かる費用に顔を暗くさせていた。

 

「だから大丈夫だろ? まあ、即金で1億オーラム出せって言われたら流石に難しいけど、報酬から天引きって事で俺が立て替えればいいんだ。その治療費だとか入院費だとかの費用ぐらいは賄えるほどにグレイは戦っただろ?」

 

 オルトは座っているグレイの視線に合わせるように腰を落とし、相手の瞳を捉え話し続ける。

 

「二束三文を払って終わりにして良い戦果じゃない。少なくとも俺はそう考えてる。グレイの負傷の治療費ぐらい訳はないはずだ。違うか?」

「ち、違わないけど……」

 

 オルトは両手をグレイの(ほお)()える。強化服は日常生活モードに都市に入った瞬間に変えている為、人の頭蓋(ずがい)を破壊するほどの身体能力を発揮はしない。それでも疲労の濃い人間を逃がさない程度は容易だ。

 以前ファナから与えられた安心感を、似て否なるものであっても、部隊員の、大切な友人の精神的負荷を緩和させられればと思いオルトは同じ行為を実行した。

 そして実際にそれは非常に良く効いた。オルトにとってファナという存在は非常に大きい。

 しかしグレイにとって、オルトという存在はそこまで絶対的支柱には成り得ない。

 それでも強大過ぎるほどの存在であることに変わりはない。腐っていた時期から抜け出し自分の信じるハンターになる転機となった少年であり、何度も危機から救ってくれた恩人であり、どんな自分にも常に真摯に向き合ってくれる想い人なのだ。

 そんな人物からの真剣な言葉を自らを認めてくれるような言葉をグレイは否定したくはなかった。

 

「お、オルト。近い……」

 

 何時(いつ)の間にかオルトとグレイの距離は額が接触するかどうかまで接近していた。グレイはしどろもどろになっているがオルトにしっかりと捕まえられており逃げられない。目が右往左往しているが顔自体は一切動かせず、視界には常にオルトが映っている。

 オルトは只々真剣な表情を崩さず自分の考えが明確に余さず相手に伝わるようにと真摯に目を向けていた。

 グレイの弱気が和らいだと感じたオルトが顔を破顔させ元の位置へと戻った。オルトはケアを無事終えたことに満足気だが、グレイの方はそんなことを考えている余裕などない。真っ赤になってしまった顔を早く元に戻すべく手で顔を仰いでいた。

 

 

 実際オルトも虚言を吐いてまでグレイを励ますつもりなど無い。事実としてグレイの選んだ選択をグレイ個人が正解へと変質させたのであれば、それをオルトは褒め称える。たとえそれを為した者がオルトが忌み嫌う相手であろうとその行動自体を絶賛する。

 それが悪辣では無い限り。

 

 

 その様子をオルトの背後に佇む女性は一切を漏らさず観察していた。

 オルトの行動は極めて利己的な思考に基づいている。だが時折見せる自己犠牲のような行動の意味を正確に理解しているわけでは無い。

 少なくともアーミーマメストラとの戦闘では常に他の部隊よりもアーミーマメストラに接近した位置取りを心掛け、発案した作戦はファナのサポート前提ではあるが部隊へ広がるはずだった被害を1人で引き受けていたのだ。

 それを自身への依存と考えるべきかどうかは甚だ疑問も残る。それでもファナの操作に文句を言いつつも出来る限りやると宣言し、身体(からだ)を壊しながらも成し遂げた点は評価するべきとしてその問題については一度棚上げする。

 少なくともオルトの、ファナの目的の障害にはなっていない。オルトが力を求める要因の一つだとして、今後もオルトの自主的行動を自身の制御内に留めるためにファナはそちらへの理解を深める為、演算リソースを振り分けていた。

 

 

 ハンターオフィスの職員がクロサワ達の(もと)にやって()る。

 約2ヶ月の間討伐される事なくその賞金額を上げ続けていた賞金首の片方が討伐されたという報告はクガマヤマ都市にいるハンターオフィスの職員を容易に湧き上がらせた。

 だが同時に困惑もした。現在クガマヤマ都市に拠点を置くハンターの大部分はビッグウォーカー討伐作戦の最中だという情報が広く知られているからだ。そのビッグウォーカーを差し置いて上がった討伐報告はアーミーマメストラについてだった。

 

 

 クロサワが長く待たされた事で少々悪くしていた機嫌を、近付いて来た大量の車両を見て更に悪化させた。

 車両に描かれたロゴを確認すれば、その車両群の一部がハンターオフィスの社用車だと判断出来る。だが、それ以外の車両は明確な規則性を持っておらず、どこか足並みもバラついていた。

 クロサワが情報端末を開き賞金首用のページを開くと、そこにはビッグウォーカー討伐完了の表示へと変わっている。

 ビッグウォーカーの討伐の確認等、諸手続きを終わらせてから、要はクロサワ達の方を後回しにされたという事実に対して機嫌を悪くしていた。

 確かにアーミーマメストラの出没地域はクガマヤマ都市から離れている。加えて近場ではビッグウォーカーと討伐部隊が戦闘を繰り広げてはいた。だが、ビッグウォーカー討伐部隊に参加しているクロサワの仲間からはアーミーマメストラ討伐後も戦闘は続いていると確認済みだ。

 危険だということは理解出来るがそれは荒野(こうや)に長時間待機していたクロサワ達も同じである。下手(へた)に外部の者達に露見することも避けるためとはいえ、オルト達は既に離脱しているのだ。戦力という点に於いては減少している。

 その状況下で待たされた挙句(あげく)順番を勝手な都合で変えられたことで、報告の際、クロサワは相手がハンターオフィスの職員だとしても、非常に態度を悪くしていた。

 

 

 クロサワがハンターオフィスの職員に報告を終えた。皮肉にも時間はあった為周囲からあらかたの残骸や死骸は掻き集めてある。それらが合流していたハンターの車両にも積み込まれていく。

 ハンターオフィスの職員が別途この場で雇い都市までの運搬を依頼した形だ。

 当然と言えば当然だが、最後の一斉砲火によって爆散し、木っ端微塵と化したアーミーマメストラの本体はもはや利用価値などない。しかしその子機と思わしき小型(こがた)の芋虫モンスターには研究資料としての価値は残っている可能性があった。

 クロサワが車両に乗り込み、精神的に休んでいるとシカラベ達がやって来る。

 その顔には少々不思議なものを見ているような表情を浮かべていた。

 

「よお、クロサワ。お前が少人数で賞金首討伐に乗り出すなんてな。慎重派のお前にしては珍しいじゃねぇか」

「今回だけだ。何度もやらねえよ。……そっちはどうだったんだ? 無事倒せたんだろ?」

 

 聞き返されたことで戦闘中の光景を思い出したシカラベはその顔を歪ませる。

 

「無事じゃねぇよ。ガキどもが隊列を乱すわ勝手に突っ込むわで大変だった。車両も人員の被害も結構出た。あれじゃあ収支って面じゃ期待薄だな」

「はっ! 御愁傷様だな! 内部抗争なんざ起こしてるから規律が乱れるんだ。さっさと落ち着かせろよ」

「そう言うならお前()が戻って来てくれた方がやり易いんだが?」

御免(ごめん)(こうむ)る。少なくとも戻ったところで俺達に損しか起きねぇからな」

 

 クロサワの言うことは正しい。オルトとクロサワのように明確な目標を達成する為に策を練り協力する場合において指揮権を分けておくメリットは存在する。

 しかし現在のドランカムは古参派と若手派で消極的にではあるが敵対的な関係になっている。戦場で意図的な誤射が発生しないだけまだマシと言う状態が続いているのだ。

 シカラベがその事実に溜め息を吐いた。

 

「そうかよ。まあ、そっちは随分と稼いだみたいなんだ。奢れよ」

「稼いだのはお互い様だろう? お断りだ」

 

 その後もクロサワ達は他愛の無い会話を続けハンターオフィスの職員がアーミーマメストラの残骸を回収し終えるまで待機していた。

 実際にはアーミーマメストラの落下地点である大きな縦穴を包囲するように、他者が勝手に侵入しないよう警戒しながらだ。

 

 

 日が沈んでから数刻経ったあと、漸くオルトは帰宅する。

 病院に行き、どうせならばと姉妹も含め全員で検査を受けた結果、予想通りグレイは入念な治療が必要と診断され明日まで入院という運びになった。

 オルトの回復薬で治療を施していたが、根本となる疲労の原因が取り除かれている訳ではない。更なる過剰摂取を行うと流石に残留ナノマシンの数値が異常値を遥かに超えてしまう。残留ナノマシンの除去も含め治療室に運ばれていった。

 次に酷いのはオルトだったが、体感時間の操作に比較的慣れているおかげか、脳の損傷は回復薬で問題無く治療済みだ。しかし持ち込んだ回復薬を、使い切る勢いで使用した為、体内の残留ナノマシンの数値は既に異常な数値を出してしまい、除去処理を受ける羽目になった。

 そんな2人とは違い、疲労感をある程度感じる程度でしかない姉妹の片方は呆れて溜め息を吐いており、もう片方は苦笑いを浮かべていた。

 その後はバイクを整備に出してから自宅へ帰る。

 オルトを家の前に送った姉妹は、既にシーナから2人の(ぶん)も宿を取ったという連絡を受け取っており、そちらの方へと車両を走らせて行った。

 

 

 オルトが格納棚にゆっくり強化服を入れる。

 その様子をファナが格納棚の上から覗き込むように見ていた。

 

『オルト。どのように格納しても修理に影響は出ませんよ?』

「分かってる。分かってるけどさ……怖いものは怖いじゃないか」

 

 自分よりも巨大なモンスターに対して両脚が砕けんばかりに蹴り付けるハンターとは思えない怯えようを見せていた。

 オルトが格納棚に完全に強化服を仕舞う。

 

「ど、どうだ……?」

『駄目ですね。基幹部分が一部破損しています。簡易修繕の対応外です』

 

 オルトがファナに突きつけられた事実に落胆する。

 分かってはいた事だった。どれだけ高性能な強化服と言っても限度はある。力場装甲(フォースフィールドアーマー)が総合的な防御力を上昇させると言っても、それは体外からの衝撃に関してのみ。更に言えばアーミーマメストラの攻撃によって発生する衝撃を完全に打ち消す程の力場装甲(フォースフィールドアーマー)など今のオルトの強化服には搭載されていない。せいぜいが相殺に近い緩和であり、その負荷は戦闘中溜まり続けるのだ。

 そしてオルトの強化服、装備はファナによって性能の上限が取っ払われている。これによりカタログスペックを超える性能を引き出せるが、その代わり安全性を捨てている。その被害を受けるのは着用者と装備自体だ。強固な力場装甲(フォースフィールドアーマー)を展開し続けた基幹部品は破損しており、修復用資材カートリッジを用いた格納棚の修繕機能でも完全には直らない。見た目だけ直したところで性能はガタ落ちだ。

 

「しゅ、修繕費。高いんだろうなぁ……」

 

 オルトがどこか遠い目をしているが、ファナは何時(いつ)も通りの微笑(ほほえ)みを浮かべていた。

 

『問題ありません。今日オルトは大金を稼ぎました。経費を試算して賞金額から引いた結果の最低値であっても赤字は有り得ませんよ』

「……そうか? そうだな。……金が入って分配を終えたらトライフワーデンにさっさと行こう」

 

 そう決めたところで情報端末に通話要求が入る。

 相手はクロサワであり、賞金が手に入ったので討伐費用(ぶん)引いた額を入金したと言う報告だった。それを確認すればオルトとクロサワ間の契約は一旦終了。完遂となった。

 感謝の言葉と、ついでとして発見した地下遺跡の内部調査用の派遣依頼についても聞かされたが断り、そして通話を終える。

 オルトが早めに賞金が手に入ったことに安堵(あんど)し、大きく息を吐く。

 

「経費を抜いて約28億オーラムか。俺の口座にこんな大金が入ってるなんて信じられないな……」

 

 以前クズスハラ街遺跡(がいいせき)に出た遺物襲撃犯から遺物の載った輸送車両を奪取した事で得た金額を悠に超えた。

 

『オルト。先ずは深呼吸をしましょう。その残高はまだオルトの金にはなっていないのですよ?』

 

 オルトはファナの言葉を聞いて深く深呼吸を行う。何度か息を吐いた事で金額の大きさに対する驚愕と興奮を落ち着かせた。

 

「そ、そうだったな。まだ期日まで時間はあるし戦闘内容でも見返しながら決めるか」

『そうですね。一旦落ち着く為にお風呂に浸かりながらでも決めましょう。得た報酬の分配もサポートの範疇(はんちゅう)です。色々と考慮しながら決めるとしましょう』

「助かる。俺だけだとこんな大金の配分は決めかねるからな」

 

 オルトはそう言って風呂に湯を張り始めた。

 

 

 オルトは今回の作戦に於いて目的を3つ立てていた。

 一つは勿論アーミーマメストラ自体の討伐だ。奇襲を受け、身体(からだ)の損傷を無視してまで逃げるしかなかった相手に対して、準備を整えた後でどれだけ優位に立ちながらの交戦が行えるかの確認を行った。

 結果としてクロサワ達が用意した物資のおかげでミサイルの雨の中であっても進むことが出来た。

 二つ目は仕返しであり供養だ。クロサワは自分の仲間が殺されたことでアーミーマメストラの討伐に乗り出したが、オルトは自分の車を踏み潰された事に対しての恨みとどうせ破壊されたのであればと、盛大に弔ってやろうと思っていた。

 当時のオルトからしたら高級品だった荒野(こうや)仕様車両は今のオルトからしたら数台ぐらい即金で購入することも可能だ。バイクと比較しても安物と呼んで差し支えは無い。それでも長い間使用していた分愛着も湧いていた。そこへいきなり廃車へと変えられたのだ。アーミーマメストラを形を残して討伐し、その下から車を掘り出したとしても修理など行えない。ならばいっその事全て吹き飛ばしてしまおうと考えた結果だ。

 そして最後。三つ目はグレイの成長を促す為だった。オルトはグレイの才能を認めている。周囲の人間よりも頭ひとつ抜けた才能を持ち、その上で驕らず、思考を止めず、努力を積み重ねている人物だ。

 オルトのようにファナの恩恵を受けているわけでも無い。それでも高精度の狙撃を行なっている。長距離狙撃は命中させるだけでも困難な所業だ。動き回るモンスターの弱点を狙い撃つのであればその難易度は跳ね上がり、走行中の車上からであれば言うまでもない。

 高価な強化服や銃を手に入れれば解決する問題とも言い切れない。実際にそれを可能とさせる装備は東部に存在しているが、グレイの装備には搭載されていない。その事実に驚嘆しつつも、賞賛し、その研鑽(けんさん)に多少の助力をしようと考え、以前グレイが無意識に行った体感時間の圧縮した際の再現が出来ればと思っていた。

 そして幸か不幸か、強運か悪運かその時は訪れた。そしてその結果を最善と変えたのは言うまでもなくグレイだった。

 オルトがファナのサポートを全開にして、全てを無視してグレイの救援に行くことも可能ではあったが、助け続ける事などオルトには出来ない。ならば本人が成長するしか無いだろうと敢えてその場面ではファナのサポートを少なくして貰っていた。

 結果としてグレイは体感時間の操作を意図的に行使し戦闘を行なった。ファナのサポートも無く行った為身体(からだ)に強い負荷を掛けてしまったが、一度成功させたことにより再現するのは容易(たやす)くなった。

 グレイは戦闘を有利にさせる技術を手に入れてまた一段と強くなった。その技術を研ぎ澄ませるのは本人のすべき事だとしてオルトはそれ以上踏み込むつもりはない。

 本人の為になるからと危険な場所へと連れて行ったのだ。その分の危険性はオルトが被った。その身を砕きながらも。行為の代償は何時(いつ)だって相応だ。望んで行ったかどうかは別として。

 

 

 オルトは湯に疲労を入念に溶かしながらアーミーマメストラとの戦闘を振り返っていた。

 部隊全体の情報収集機器や索敵機器、ファナの取得した情報データから生成されたアーミーマメストラと交戦しているオルト自身が立体映像として映っている。

 投影されている自分とアーミーマメストラの戦闘を一部スロー再生にしながら確認していたオルトは何度か大きく溜め息を吐いていた。

 その様子を怪訝に思ったファナが顔を近付けた。

 

『どうかなさいましたか?』

「……いや、……今回の戦闘ってさ、殆どファナのサポートのおかげだろ? 少なくとも俺にはミサイルや砲弾をこんな風に誘爆させ続けるなんて無理だなと思って」

 

 アーミーマメストラの外殻から伸びた触手が撃ち出す大型のミサイル、上空へと飛翔した後の砲弾。それらを銃撃し、切断してオルトに着弾する前に破壊し爆発を起こさせ、発生する被害を可能な限り外部へと逸らしていた。明らかに神業と言って差し支えないだろうとさえ思っていた。

 バイクの操作、銃撃の精度、強化服の操作と展開する力場装甲(フォースフィールドアーマー)の調整、更には最後の一斉砲火の為のロケット弾の誘導は完全にファナ任せだった。

 オルト個人が出来たことだけを切り抜けば、その量は今回の激戦に相応しくないほど情けない量しか残りそうになかった。

 

「薄々分かってはいたけどな。俺が出来ることなんてそう多く無いってことぐらい。結局消耗品はクロサワが掻き集めたおかげだし、戦闘もファナのサポートのおかげだしな」

 

 オルトも強くなっている実感はある。過去の自分が今の装備を持って襲って来ようと容易に捻じ伏せられる確信を得られるほどに。

 それでも今回身の回りにあった物が自身から発生した結果では無い事で埋め尽くされていた。自分の力というにはあまりにも確証の持てない事柄ばかりだった。それを現在再確認してしまっている。

 そんなオルトを見てファナが仕方がないと微笑(ほほえ)みながら実態の無いその身体(からだ)をオルトの横へ座らせる。

 

『オルト。確かに今回の戦闘でオルトが為したことは少ないかもしれません。それでもその戦闘に入る前に立てた作戦はオルトが(もたら)した情報によって綿密に練る事が可能になりました。それはオルト以外に出来た者は居ませんでした』

「……でも、それは……っ!」

 

 オルトが言い返そうとした時ファナの指がオルトの口に添えられていた。

 

『知っていたから。そうですね。オルトは私の授業を真面目に受けており、更には私と会う前にも色々な事を知っていました。そこから導き出せる答えは数多く存在しているでしょう。ですが知っている事と扱える事は別。そうですよね?』

 

 オルトは以前グレイにヨノズカ駅遺跡の事を伝えた時のことを思い出した。知識から派生させることの出来る知恵。情報から得られる予測。

 知っていれば何でも出来る訳ではない。当たり前だ。対処可能な範囲には限度があるのだから。

 その限界を引き延ばす努力をしてきたのはオルトだ。今までの成果が今日の成果を上げたのだ。

 

『それに、オルトが自分の目的の為とは言え私の操作により骨が折れてしまっても筋繊維が引き千切れても挫ける事なく戦闘を続行した事で、アーミーマメストラの成熟を中断させる事が出来ました。もし更に時間を掛けていれば今のオルトの装備では手に負えなかったかもしれません。ですがオルトの奮闘により私のサポートの範疇(はんちゅう)で対処可能な状態で終える事が出来ました。これはオルトだから出来たことです。並のハンターでは回復薬を使っていても強化服の動きに付いて来られずに終わるだけです』

 

 ファナがオルトの拡張視界に映る情報を切り替え、アーミーマメストラが問題無く成熟した場合の推測情報を表示する。

 そこには体長がおよそ20メートルは超える大型の蛾のようなモンスターが映っており、オルトが討伐したアーミーマメストラの本体との比較がされていた。

 足の数も増え、頭部に生えている触覚はレーザー砲のように見える。何よりも生物系モンスターはその大きさに比例するかのような強さを誇る。それは巨躯に内包するエネルギーの総量が増加するからだ。

 その巨躯で保有するエネルギーを体表を覆う力場装甲(フォースフィールドアーマー)に回されていればオルトの持つブレードなど臨界状態にしても刺さるかは怪しかっただろう。

 

『これでも低く見積もりましたが、あの穴の内部にある遺跡の遺物や警備装置を捕食していけば問題無くこの程度にはなるでしょう。その後もクガマヤマ都市近郊のモンスターを捕食しその巨体を更に大きくさせていたかもしれませんね』

 

 オルトの顔が引き攣っていた。そんな状態になる前に勝てた事に対する安堵(あんど)よりも、そんな変異を遂げる可能性を秘めた個体が自分の頭上から墜落してきた事実とそんなモンスターがひしめいてるであろう上空領域という場所に対しての恐怖心を抱き、唾を飲み込んだ。

 

『実際にそのような変異を遂げる前に東側のハンターチームが派遣されたり都市の防衛隊が出撃したりなど対処を取るでしょうが、今回の出没地域は都市から離れていました。補給も難しいですから被害は相応に出たでしょうね』

「……そんなやつを早めに倒せたことに安堵(あんど)すべきなのか、そんなやつがいきなり降ってくる荒野(こうや)に恐怖すればいいのか分からないな」

『どちらともで良いのです。必要な分緊張を持ち、十分な準備を整え、余裕を持って臨めば良いのですから。安心して下さい。私がオルトを最大限サポートします。辛くなったら何時(いつ)でもお気軽にお声掛けください』

 

 オルトはそう微笑(ほほえ)み掛けてくるファナをただただ見つめ続ける。その表情に、その声に、その雰囲気に、その存在に安心感を覚えて少し息を吐く。

 強張っていた顔を解し、頰を緩める。

 

「……そうだな。でも甘えるのはもう少し後にするよ。今はその高性能なサポートに頼らせてくれ」

『ええ、存分に頼ってください。追加で甘えても良いのですよ? 視覚と聴覚に限定されますがお相手出来ますよ? 如何ですか?』

「見ない!」

 

 途中から揶揄われ始めたと思ったオルトはそう言い放つと風呂から上がった。

 その様子を見てファナは微笑(ほほえ)み続けていた。オルトは今日も歩みを止める。次の一歩を踏み締めるために。その一歩を安全にする為に。

 停滞し続ける予定はオルトにもファナにも無かった。

 

 

 ファナもまた目的を達成していた。

 アーミーマメストラを他者が討伐するのは避けたかった。

 墜落してきた際のアーミーマメストラの視覚器には、脱出したオルトだけでなくその背後にいるファナすらも映っていたからだ。

 アーミーマメストラはクズスハラ街遺跡(がいいせき)で発生し変異した生物だからか、そこで拡張現実としてその姿を映していたファナすらも捉えていた。そしてその情報がアーミーマメストラの内部に残っている可能性があった。

 他者が討伐し、その情報をハンターオフィスに知られる可能性が低くは無いと計算したファナはオルトが討伐に対して忌諱感を持っていないことを把握すると後押しをした。

 そして討伐に際してオルトの威力の高い銃での銃撃ではなく、大量のロケット弾による爆撃による討伐を行わせた。後が残り、情報が入った器官を見つけたとしてもオルトに破壊させるには何かしら説明を入れる必要があるが、討伐時に何も残らなければそれ以上気にする必要は無くなる。

 その為ファナは最大限サポートを行った。

 オルトの旧領域接続者としての機能を活かし、追加で装着している旧世界製の情報端末も活用してオルトの行動を更に機敏に、精密に動かした。

 その結果旧世界製の情報端末は内部基幹が脆くなり、旧世界の遺物が誇る耐久性が低下したのだ。破損の理由は爆風と強固に展開した力場装甲(フォースフィールドアーマー)に圧迫されたこと以外にも存在していた。

 そしてオルトはその挙動にずっと追い付き続けた。高価な回復薬を大量に服用し、骨が砕け肉が裂けようと即座に治療され再度破壊される不快感に苛まれながら、ファナに放った信じている、その言葉の通りに。

 

 

 ファナは眠り続けるオルトを見て笑顔を浮かべている。それは本心から生み出されたものだった。

 オルトと契約してからファナは常にオルトを観察している。言葉や行動、表情や思考、知識や知恵。あらゆる物からオルトという存在を把握しようと努めている。

 そして理解している事としてオルトの中には許容値が存在していると判断している。

 様々な事象に対して、それぞれ許容量が分けられており、中でも特段容量の大きい物が自分への被害だ。理由自体は推測可能だ。だが決して推測の域を出ない。

 オルトは生きたいと願っている。だがその行動は死に近付いている。

 都市にモンスターの襲撃が起こった際特に考える事なく報酬を選んだ事。ヤラタサソリの巣の殲滅作戦の時、態々遺物襲撃犯を襲った事。ファナのサポートがあり、近くにグレイが居たという状況が噛み合った結果生還出来た相手であるアーミーマメストラの討伐作戦自体には何の躊躇もなく参加しようと考えた事。アーミーマメストラのミサイルを一手に引き受けるという様な作戦を立案した上で自らが先陣を切った事。

 どれもがオルトの願いを否定しているようだった。

 後一歩踏み出せば死ぬという瀬戸際に常に立ち、実力を付け装備を更新することで強くなり、その線が自身から遠ざかると同時にその方向へ進んでいるかのような生き方だ。

 明らかに矛盾している。言動が乖離していると言っても良い。

 合理的判断が下せない訳ではない。寧ろ逆だ。常に情報と知識に飢えており、それらを材料に、自身にも問いかけ何が起こっても対処可能なようにと準備を続ける人間だ。

 異常個体。彼女らはそう呼んだ。ファナも人物評価として既に記載している。

 だが手放すには惜しい存在でもある。成長意欲は貪欲であり、自分以外認めないなどという利己的意識は無く、ファナの注意を真摯に受け止め次に活かす努力を欠かさない。

 その精神力は非常に強固だ。しかし強靭ではない。折れぬように砕けぬように細心の注意を払う。諦められては困るのだ。

 ファナは笑みを浮かべ続けている。

 

一話にどの程度の文字数が読み易い?

  • ~5000
  • 5001~10000
  • 10001~15000
  • 15001~20000
  • 20001~30000
  • それ以上
  • 文字数に興味無い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。