遺跡の中をひたすらに走り続ける少年がいる。そのずっと後方にいる四足歩行の生物から逃げ延びるために。自分にしか聞くことの出来ない声に耳を澄まし、その指示に従い走り続けていた。
『そのまま直進! 突き当りを左に曲がってその先のビルの2階に!』
ファナからの指示が少年、オルトに飛ぶ。オルトはその指示に限りなく添えるようにと、その足を動かしている。
ビルの中に入り、階段を見つけると即座に2階へと駆け上がる。もう既に30分は逃げ回っている気がする。もしくはそれ以上。オルトはその原因の大部分が、自分にあると考えている。彼は自分の運の無さにだけは自信があった。
この世界に迷い込んだこと。迷い込んだ先の体の持ち主が、碌な人生を送ってなかった記憶だけを遺していたこと。迷い込んですぐに、モンスターと呼ばれる存在に襲われたこと。きっと挙げれば、胃の中を吐き出せるほどの膿が喉の奥から出るだろう。
しかし、オルトはそれを飲み込み飛んでくる指示に従う。
『少し休めましたね? では続きを。反対側にもう一つの階段があるので、それを下りて目の前にある出口を出て右へ』
「もう少し休んでおきたい気分なんだけど」
『死にたいのでしたら、好きなようにして頂いて構いませんよ? 私の指示に従わなかった際のオルトの生還率は、なかなかに絶望的な数値と計算しておりますので』
「死にたくないよ。だからすでに足をこうして動かしてるんだけど」
『では頑張りましょう。安心してください。私の指示に従っている限りオルトは死にません。私の存在でそれを保障します』
四の五の言わずに走れと遠回しに嫌味を言ってくるが、彼女は彼女で俺に生き続けてほしい理由がある。そして俺と交わした契約がある。その二つをただ信じ、オルトは指示に従い、体をそう動かし続ける。
『目の前のビルに入り3階へ! 階段に一番近い窓際に張り付いて10秒待機!』
指示通りに動きたいが、今はファナに貰った援助品で体が重い。しかし、それを理由に怠けてしまえば待っているのは死だけだ。それだけはダメだ。決して。少し遅れたが、ファナが数えている10秒に間に合ったので次の指示を待つ。
『窓から身を出して、銃を構えて向かい側の窓を狙いなさい! 5,4、──』
指示の通りにハンドガンを構える。今所持しているのは、スラム街でも購入可能な整備状態の怪しい銃が2
『──、2、1、0』
零を唱えた瞬間、オルトはその銃口から弾倉の中身をぶちまける。それらの数発がファナの目的の物。突如その場に着地した巨大なモンスターの背に生えている機械部分、その大きな亀裂部分に命中し、爆発を起こす。爆風に晒されないように窓から離れ、近くの部屋に入り壁を背にする。
『はい、終わりましたね。及第点くらいならあげられますがどうしますか?』
「その点数。溜まったら、何かもらえるのか?」
『私からのお褒めの言葉が貰えます。役得というものですね』
「……なんか一気に疲労が襲ってきた気がする」
目の前で微笑む謎の美女、ファナと名乗る彼女は俺に依頼を持ってきた。その前報酬として、今のような戦闘などのサポートを、そしてその戦闘に大きく逆の方向性で貢献してくれた、オルトの背に抱えられたバックパックやその中身たち。彼女は自身の有用性、信頼性を高めるためにか、多くのことをオルトに晒した。
クズスハラ街遺跡の一部を管理していること。廃棄品の一部ならと遺物を見せてくれたこと。自身が人間でなく、オルトの視界の中に拡張現実として描写されているに過ぎない存在だということ。
クズスハラ街遺跡はその近くの都市、クガマヤマ都市から多くのハンターが訪れている。彼らにファナの都市のことがバレてしまえば、大事になる。それだけを何となく理解し、オルトはファナのことを固く自身の秘密として大切な場所に保管した。
もうそろそろいいだろうと、外の
「なぁ、あのモンスター達は何だったんだ? 四足だったり六足だったり、巨大な奴とかも居たし。最期に出てきたのなんて、背中になんか生えてたし」
『あれらは総じてウェポンドッグと呼ばれています』
「……えー? 全く違うように見えたし、最初に何発か撃った時は、相手が小型だったのに全く効いてなかったじゃないか。でも、最後に出てきたでかいやつは弾倉一つ、当たったもので言えば、さらに少ない弾数で倒せたんだけど?」
『恐らく自己改造の仕様変更に失敗した個体が図々しくも巨大化しただけでしょう。その為、オルトでも倒せるほど弱かったのですよ』
「あいつ見掛け倒しだったってことか」
『それは状況次第でしょう。あのモンスターにはオルトでも倒せる致命的な弱点を抱えており、偶然、運よくその弱点を突いただけでしょうから。私のサポートなしであれを1人で怪我無く倒せるのなら見掛け倒しという評価で間違いないかと。どうしますか? 探してみますか?』
「絶対無理だし、探しになんていかない!」
『そうですか。それなら私のサポートがどれだけ高性能なのか、実感できた訳ですね。感謝していただいて構いませんよ?』
どこか得意げな、それでいてこちらを包み込むような微笑みは崩さないファナは礼を催促してくる。それを向けられているオルトは、何かに根負けしたかのように自棄気味に頭を下げで答える。
「はい! ありがとうございました!」
感謝は本心だ。オルト自身の至らなさを補填して、余りある恩がある。しかし、その感謝を圧と共に催促されると、色々と困る。耐性などないのだ。女性への、更には美女へのそれは。
『はい、どう致しまして』
ファナはオルトの表情から色々な考察を行いながら、微笑みながら返した。
ファナの都市から徒歩で移動してきたオルトは、クガマヤマ都市に着いた瞬間、荒野から帰ったという思いから、隠れていた疲労が自身に降りかかってきたように感じた。
単純にほぼ半日歩き続け、モンスターに襲われ全力疾走を二回、自分が倒したもの以外の大型のウェポンドッグを見つけ、死肉に集まってくるモンスターに出会わないようにと祈りつつ、遺跡から脱し、荒野を抜けようやく着いたのだ。少しくらいは気を抜きたかった。
しかし、そんな運は自分にはないと言われるように、ファナから警戒を促される。
『オルト囲まれています』
「……早速か? せっかく都市に戻ってきて多少は休めると思ったらこれか。やっぱりスラム街に治安なんて言葉はないな」
『どのように対処しますか?』
「数は? 大人? 子供?」
『数は4人、大人が1人と、子供が3人です』
荒野に出られない、臆病なスラム街の住人の常套手段。スラム街の住人がその地位から脱却するために、ハンターとなり遺跡に行き、遺物を持ち帰る。そして、その遺物を売り高価な武器を纏い、更に危険度の高い遺跡へ遺物を探しに行く。それがスラム街の住人からの脱却手段。しかし、遺物を持ち帰って来たその時は、まだ高性能な武装など纏っていない。何せ遺物はまだ金に変わっていないのだから。
だから、そこを狙う。遺跡へ行き、遺物を持ち帰り疲れている駆け出しハンターの子供を狙う。記憶にある光景だ。いつも遠目に見ていた光景が、自分に来た。オルトはただ事も無げに歩みを進め、ファナに問いかける。
「勝てるか?」
『余裕です。ただ回復薬を5錠口に含んでおいてください』
ファナの指示に従い、路地から大通りへ曲がってすぐに回復薬を口に含む。案外小さいもので、数個程度なら喋るのに邪魔にならないという点で、オルトはこの回復薬を高く評価していた。
徐々に警戒の色を見せるオルトを他所に、横道から4人の男が姿を現す。そのうちの1人がオルトに話しかけてくる。
「よぉ! ずいぶん重そうな荷物じゃないか。ガキの
明らかな嘘を吐くやせっぽちの大人。後ろに控えている子供達も数の利があるからか、薄ら笑いを浮かべている。オルトは腹の奥で沸き立つ感情を抑え、状況を把握することに決めた。
大人がハンドガンを2
「そんなに遺物を持ってみたいなら遺跡に行けばいい。クズスハラ街遺跡には未だ多くの秘密が残っているって話だ。その分、多くの遺物と出会えるだろう。お勧めしといてやるから、その道を開けろよ」
「はあ、秘密ねえ。分からないってのは怖いものなんだぜ? ガキにはまだ早かったかな? そもそも遠くにあるもん拾いに行くより、近くに落ちてるもん拾った方が効率がいいだろう? お前みたいなガキにはそれを理解する教養なんてないかぁ!」
オルトを馬鹿にした言葉が、眼前の男の口から湧いて出てくる。それに同調してか後ろに控えていた子供たちも笑い始める。
それらを聞いて尚、オルトはこの場を素早く鎮静化させるための手段をとることにした。
『合図はいつでもどうぞ』
オルトはファナからの言葉を皮切りに行動へと移した。左手で大きく頭を掻き、肺の中の空気を全て吐き出すかのように、大きなため息をついた。
それを見ていた4人は目の前の子供が観念したと思い、それぞれが無意識に気を抜いた。銃の引き金から指を離し、これから得られる金の皮算用さえし始める者すら出てきていた。それを確認したオルトは大きく息を吸い、それを合図とするように、右手側にいるファナを見る。
『左の横道へ、右に銃を乱射しながら』
ファナの指示通りに右手の銃を水平にしながらろくに狙いも定めず乱射し、すぐ近くの横道へと全力で駆け出した。
気を抜き、銃口をおろしていた者たちは、運の悪い者達は悲鳴を上げる。やせっぽちの男がそれでも反撃しようと試みたが、オルトは既に横道に入り、足音は遠ざかって行っていた。オルトが意図的にその場所で止まったとになど気付くこともなく。
被弾した者達はただのハンドガンの銃弾程度では致命傷には程遠く、しかし被弾したことで当初の目的に翳りが差す。それを子供達の表情から察したやせっぽちの大人が叱咤する。
「クソが! なめやがって! てめえらさっさと追うんだよ! 被弾してないお前ならまだ十分追いつけるだろ! 早く!」
子供達に、そして唯一被弾していなかった子供に対しては更に厳しい表情を見せ、行動を急かす。急かされた子供は運が良かった。大人の後ろに居たため、銃弾はその少年には届かなかった。しかし、オルトの様子から気を抜ききっていた為、即座の反撃も出来ず、オルトを逃がすという結果に陥った。その子供は周りの子供からも、視線で追えと言われているように感じ、1人オルトの逃げ込んだ横道へ駆け込んだ。数歩進んだ辺りで後ろから銃声が響き、その子供は人生の幕を下ろされた。
その横道には大きめの箱が置いてあった。子供の1人くらい楽に隠せてしまえるほどの大きさだった。これを歩いている最中に見つけたオルトは、何かに利用できるかもしれないと考え、その場で自身を囲む者達を迎え撃とうと決めていた。
予定通りにオルトは横道に駆け込んだふりをしつつ、その陰に隠れ弾倉の中身が無くなった銃をその先へと投げた。男たちの悲鳴と怒声で、砂に何かが跳ねる音を足音だと勘違いしたこと。1人だけ無傷なために、周りから強く急かされてしまったこと。大したことでもなくとも、重なれば不注意に繋がり、命を落とす。
オルトは殺した子供のハンドガンと、通路の先に投げておいた自分の生命線を拾い上げ次の角を曲がった。
『口に含んでおいた回復薬を飲み込んでください。弾倉の交換もお忘れなく』
ファナからの指示に従い効果的かつ、安全な行動をとり続ける。それが一番オルトにとって最善の選択になると知っているから。遺跡の中でモンスターに襲われたとしても、大きな怪我もなく生き延びられるほどに、大した力がなくとも巨大なモンスターをオルトが倒せるようになるほどに、ファナの指示には、オルトでは計り知れないほどの意味がある。時には視界の先にファナが立ち、銃口の向きなどを指示してくるため、それに合わせようと行動する。
オルトが弾倉を交換したハンドガンを握り、駆け込んだ横道とは別の道からその身を出す。そのまま立ち尽くしていたそれに向かって引き金を引く。
負傷を負い、その直後仲間を撃ち殺され、逃げるべきか追うべきかの二択を選べないでいた。相手は自分たちより更に小さい子供が1人、更にはその背に遺物が詰まっているだろうバックパックを背負っているのだ。力も数も何もかもがオルトよりも勝っていると、そう判断できる材料がありすぎた。
決断を下せず、その結果立ち止まるという結論をその子供はとってしまった。残った2人はオルトを追いかけ、死体が残るのみとなった横道に入っていった。
(どうしよう。……今からでも逃げればいいんじゃないか? あいつだって地の果てまで殺し返そうなんて思っていないはずだ。それが一番いい選択のはずだ)
しかし少年は1人ではその決断に従うことはできなかった。オルトを追うのを止め、戻ってきた仲間と相談し決めよう。と、頭の中で責任を押し付けられる選択をしているさなか、突如背後から銃声が鳴り、自分の体が痛みを訴え、声を上げる。
倒れた自分を見下ろし、手放してしまった銃を、オルトが拾い上げるところを最後にその子供の人生は幕を閉じた。
苛立ちをその顔に表しながら、逃げていったオルトの後を追う影が二つ。
(クソが! なんなんだあのガキは! ただの運よく遺跡から遺物を生きて持って帰ってこれただけのガキじゃなかったのか? それは間違いないはずだ。多少多く服を持っていようと、その全てがあの薄汚れたもののはず。遺物を持ち帰り続けられる程の奴なら、もっと上等な服を着ているはずだ)
やせっぽちの男はオルトへの疑問を膨らませていた。
少なくとも都市へ帰りついた際の、オルトの疲労の度合いは無視できないもののはずだった。運よくそれを自身の目で確認した男はすぐさま仲間を集めた。オルトの歩みの先に回り込むようにと仲間と共に足を逸らせる。上手くいった際に手に入る金に胸を躍らせながら、オルトに脅しを掛けに行った。
皮肉に対し、皮肉で帰ってくる会話が終わろうとした時、オルトが先に折れたのを見て成功を確信していた。だがそこで気を緩めたのが敗因だったのだ。
自分とその仲間の気が緩んだその時以降、オルトの影すら見ることができなくなった。
自分が急かした子供が死んだ。自分の指示に従わず、その場で立ち尽くしていた子供が死んでいた。
それを見た最後の子供が路地裏からの銃声の後、体中から血液をまき散らし死に絶えた。
路地裏から空の弾倉が飛んでくる。自分は今、煽られているのだと、弄ばれているのだと、無意識に理解する。痛む体を叱咤し、その路地裏へと2
オルトが目の前にある血溜まりを見ながら、落ちている拳銃を拾い上げる。
「凄いな、このナイフ。今まで使ってきたどんなものよりもスッパリと切れたんだけど」
『旧世界製の品ですからね。ただ気を付けてくださいね。それを扱えるのはオルトだけではないため、次はオルトがスッパリ斬られてしまうかもしれませんよ?』
「……戦闘が終わった直後なんだ。仮定の話はよそうじゃないか」
ファナに言われたことを想像し、そんな未来など来るなと心の中で祈る。どうせいつかこの身に降りかかるだろうが、祈るだけならタダだ。オルトはそう考えながら。死体から銃を回収する。
「そういえば周囲に人が居ないな。逃げたのかな?」
『銃撃戦が始まれば部外者は逃げます。しかし既にそれは終了しました。またすぐに周辺に人が戻ってくるはずです。今のうちにハンターオフィスへと向かいましょう』
「確かにそうだな。……なんか昨日から戦ってばかりな気がする。遺跡ではモンスターに連続して襲われる。都市に戻れば強盗紛いの連中に襲われる。運がないにも程がないか?」
『私からの依頼を提示された時点で、それ程までに幸運が尽きてしまっていたというだけでしょう。私のサポートを受けられるようになっておいてよかったですね?』
「……はい。そうですね」
『それと先程から独り言を話す不審者のように周りから見えていますが大丈夫ですか?』
オルトは言われてから気づく。ファナは自身の眼では、そこにいる。そうとしか考えられないほどの存在だが、それを認識できるのは自分しかいないのだ。
指摘され、オルトは慌てて口を紡ぎ下位区画へと足を動かした。
その後ろにはいつも、微笑む美女がいることを当然のように思いながら。
オルトはスラム街にほど近いハンターオフィス運営の買取所の前にいた。
(……うーん?)
目の前で止まり頭を悩ませているオルトを見て、ファナが疑問を投げかける。
『何か気になることでも?』
人の往来が多いこの場所でファナに返事をすると本当に不審者に成りかねないので首を左右に軽く振り、特にないという思いを示しておくことにした。
オルトは買取所に入ると、開いている窓口に向かう。
「ハンター登録をしに来ました。登録の処理をお願いします」
オルトの話しかけた男は面倒くさそうに舌打ちを行い、倒していた体を上げ、オルトの方へと顔を向ける。一目でスラム街の子供だと分かり、更に対応を雑なものへと変えていった。
「……名前は?」
「オルトです」
職員が端末を操作し、近くのプリンターから出てきた紙きれを雑に手に取り、カウンターへと投げ、仕事は済んだと言わんばかりにまた椅子ごと体を倒した。
目の前に出された紙をオルトは手に取るが、文字は読めない。ファナに確認してもらい自分の名前が書いてあることを教えてもらい、安心すると、ふと浮かんだ疑問を誰に対してか決めずに口に出す。
「これで終わり? 名前を聞いただけで? 他にも何か聞かれるものだと思っていたけど」
職員が嫌そうな顔をオルトに向ける。
「終わりだよ。終わり。てめえらみたいな子供がハンターになろうがすぐにくたばっちまうんだ。規則だから聞くだけでお前の事なんかどうだっていいんだよ。とっとと帰れ」
オルトはそれを聞いて周囲からの自分に向けられる今の評価を知った。もっともな評価だとその意見に同意しつつ、ちゃんと書き換えてやると思いながら黙ってその場を後にした。
オルトはハンターオフィスから出た後、ファナからの勧めで他の買取所へ足を運ぶ。下位区画はスラム街と違い、一定の治安が保たれているため誰に襲われるもなく辿り着いた。
「買い取りをお願いします」
オルトはそう言いながら、バックパックの中に入れておいた遺物を幾らか取り出してトレーの上に置く。職員の見下すような視線と、周囲からのスラム街の子供へ向ける感情が乗った視線を受けながらも、それらを無いものとしながら窓口にいる職員を見つめている。
「……ハンター証があるなら出せ」
先程作ったものが役に立つことに少なくない喜びを隠しながら、オルトは自身の名前が書かれた紙を職員に渡す。
職員の眼に困惑の感情が乗る。明らかにこのハンター証とトレーに置かれている品がかけ離れているように感じたからだ。だが、それで自身の仕事をおろそかにしてはいけないと思い、手元の端末を操作し、三枚の硬貨と共にハンター証を返却した。トレーは買取品として職員達の後ろの棚の一つに収まった。
「300オーラム?」
オルトの顔に非常に不満そうな顔をする。それを見ていた職員が説明をする。
「お前が今日どれだけ死にかけたのかは知らん。ハンターランク1、信用無し、実績なしのハンターの初回買い取り金額は300オーラム固定だ。見た目だけのモック、得体の知れない何かに300オーラムも払っているんだ。むしろ感謝してくれ」
職員の言い分を理解はした、納得もできる。それに自分がどんなに死にかけたとしても、今渡した物は自力で手に入れた物ではない。ただ運よくファナに出会い、多くの物を何もなかった自分に分けてもらっただけだ。
だからこそ、感情だけはそれを許せなかった。自分を助けてくれる存在を貶されたように感じたからだ。
その様子を見ていた職員は追加で説明をする。
「買い取り品の査定が済むのは早くても明日。次回の買取の際に査定が済んでいれば、残りの金額を払う。だが、査定額が300オーラムを下回るようなら逆にそっちに払ってもらう。持って帰ってきた物に自信があるなら、また何か売りに来い。ハンター証だけは無くすなよ。本人確認はそれで行う。もし無くせば、実績も信用も全てリセットだ。気をつけな。……他に質問は?」
「明日またくればいい。そういうことだな?」
「査定が終わっていればな。高価なものほど時間が掛かる。査定が終わっていない場合、次回の買取品を持ってこなかった場合。どちらも支払いは無しだ。ちゃんと何か持ってこい。それをこちらに渡した後になる」
「そうか。分かった。なら金の用意だけはちゃんと済ましておいてくれよ? 査定は終わっていたけれど払えませんはなしだ」
「随分と強気だな。ま、お前がどうなろうと知ったことじゃない。スラム街の子供が二回目以降訪れないってのはよくある話だ」
オルトは職員を真剣な目つきで見つめ返す。
「どこに居たって命がけなんだ。俺は必ず這い上がる。俺はそんな話に飲まれない」
オルトの言葉に一切の震えも慢心もないことを感じると職員は笑った。
「そうかい。なら、気をつけな」
久しぶりに面白いものを見た気がする。その職員は出ていくその小さな背中を何となく見つめていた。
それはそれとしてどうするか、ハンターオフィスの外に出たオルトは悩んでいた。
どこかに泊まるような金はない。スラム街に行ったところで強盗紛いの連中の相手をする可能性が高まるだけ。次に行き詰った問題は、碌な場所がないという悲しい現実だった。
『残りの支払い金額に関しては心配しなくても問題ありませんよ? 期待していてください』
「いや、その点については心配してない。この後どうしようかって考えていたんだ。寝るにしろ、食事するにしろ安全な場所はないかなって思ってさ」
オルトの発言を聞いたファナが顔色をさらに良くすると、一つの提案をする。
『それならば、今から遺跡に向かいますか? あそこなら私の索敵能力が上がります。スラム街で強盗相手に連戦。なんてことになったら困りますからね』
「それも手だな。……今の俺にとって一番安全性の高い場所が荒野の遺跡って。ハードすぎるな」
オルトは指針を決めて、まずスラム街のある位置を目指す。都市の配給所に並び、配給品を受け取るとそれをバックパックに入れ、即座に荒野へと駆けだす。
オルトの行動を見ていた者達の何人かが追いかけてくるが、ファナの索敵に引っかかり、オルトはその穴を衝くように、邪魔になった人間を撃ち殺したりしながら荒野へと歩を進めた。
クズスハラ街遺跡の外周部にある、廃墟と化したビルの一室にオルトは居た。
配給された品を口に含み、腹をある程度満たす。
『オルト、一応言っておきますとその食事、あまり体に良くないものが含まれていますよ?』
「分かってるよ。けど見ただろう? 俺の今の所持金は買取所でもらった300オーラムだけ。金がないんだよ。まともなものを食べるための金が」
ファナからの忠告を受け、それでも今はそれを改善するすべは無いのだからと、聞き流す。ファナは仕方ないなという素振りをしながら、食事を続けるオルトを眺めていた。
食事を終えてオルトは外を見ると既に暗くなっていた。昨日も今日も遺跡に泊まるなんて普通ならありえないんだろうなと苦笑しながら、バックパックの中身を一応確認しておこうと開ける。
入っているのは多くの遺物と自身を証明するための紙きれ。回復薬が大半の割合を占め、ナイフが幾つか、それ以外の換金に出す予定の幾つかの遺物何かの装置のように見える物。後は衣服や装飾品になっている。
普通なら自分では絶対に手に入らないようなものに改めて感嘆の息を漏らす。
『そろそろ、本契約の準備に取り掛かりましょうか』
「本契約?」
ファナの言葉の意味が分からずオウム返しをする。
「契約ってのは今朝したやつじゃないのか?」
『いいえ、違います。今から行うのは私のサポートをより高度なものにするための物です。今から始めます。とても重要なことになります。真剣に聞いてください』
そう言った後、ファナの表情が今まで見たことのないものになり、その双眸をオルトに向ける。どこか事務的な、今まで自分に向けられることのなかったファナのその表情を怪訝に思いながら話を聞くため、姿勢を正す。
結果としてオルトはファナから告げられた内容の半分すら理解することなく、その内容に同意を示す。その形でことは済んだ。わかったことと言えばファナが、自分に何かしらの許可を求めている。それだけのことだった。その程度しか理解できなかったが、あの瞬間ファナと契約すると、信じると決めたのだ。初めから答えは決まっていたようなものだった。
それが終わるとファナは元の微笑みをオルトに向け、心配はいらないと、悪いようには決してしないと、安心させる。
『ありがとうございます。決して悪いようにはしません。ご安心を』
「これで何が変わったんだ?」
『その答えは明日にしましょう。今は明日のために少しでも体力の回復を図ってください』
オルトはその言葉を受け自身の体に残る疲労を自覚し、それを少しでも取り除くために眠りにつく。明日また起き上がるために。生き残るために。廃墟と化したその中の一つで暗闇に紛れながら。
朝日というには昇りすぎた日により目が覚める。寝坊というものだろうが、残念ながらオルトにはこの世界に来てからまともな時間に寝るということは初めてだったため、寝坊には当てはまらないだろう。
そんな下らないことを考えて体を起こし、周囲が安全か確認する。自分以外の人影も気配もない。そして一番信頼できる存在に挨拶がてら聞くことにする。
「おはよう、ファナ。ここの周囲に敵は居ない?」
『はい、おはようございます、オルト。周囲にモンスター及び人影の一切はありません。安心してください』
その返答に安堵し、今日の大まかな予定を考える。
昼を過ぎた後に昨日訪れたハンターオフィスへ赴き、遺物を再度買い取りに出し、先日分の査定金額を手に入れる。つまり起きてからある程度の時間は暇ということになる。
どう使うか考えていると昨日の言葉を思い出す。
「ファナ。サポートをさらに高度にって言ってたけど、結局何だったんだ? その答えは今日に回したわけだけど」
オルトの問いにファナは意味深に微笑みながら答える。
『まずは視界の拡張から慣れていきますか。オルト、あちらの方を見てください』
「視界の拡張?」
ファナに言われた方向に顔を向け視界の中にうつるそれに顔が歪む。その先には建物の壁があった。だがオルトの視界の中にはその先の部屋やさらに奥の部屋。その中心にあるこぶし大の石が赤く縁取りされているものが映っていた。更にそれに何かあるのかと集中すると壁を貫通した先にある石が拡大表示される。
「ファナ! なんだこれ。俺の視界がなんか変なことになって……」
『落ち着いてください。これは収集した情報を基に把握した情報をその場にあるように表示しているだけです』
「えーっと、えっと? 要は実際に見えてるわけじゃなくて、別の手段で手に入れた情報からその場所にある形を再現して映している?」
『その解釈であっていますよ。赤く縁どられているものはこの先で行う射撃訓練などでも使います。慣れておくと便利ですよ?』
ファナに言われた通り石に集中するのを止めれば視界は戻る。壁の先を透過して見ることができれば、奇襲を受けるようなことも減るだろうと、関心と興味が残りマイナスの感情は徐々に消えていった。
その後いろいろと外の物を拡大させたりして遊んでいると、スラム街の子供だろう黒髪の少年を見つけた。これから彼はこの遺跡の中で何かを見つけ金と力を身に着けるのか、敵対した何かによってその幕を下ろすことになるのかは分からない。少なくとも運だけはよくないだろうことは分かった。
黒髪の少年の後方に2人組のハンターが彼を
観察を止め、彼らを見て思いついた。いや、自分はそれなのだから絶対条件だろうことを提案する。
「なぁ、せっかく遺跡の中にいるんだから遺物収集はできないかな? 昨日買い取りに出した分バックパックの中には空きがあるしさ」
自分の意見は欲をかきすぎているかもしれない。それでも、ファナからの依頼達成に応えるためにという思いも持ちながら、ファナのことを見る。その顔はいつもの微笑みに見えたが、いささか固まっているように見えた。
『そうですね、これから先多くの遺跡を探索し、遺物を収集し装備を充実させていかなければなりません。少しでも意欲を向上させていただけると私も喜ばしい限り。サポートのしがいもある、というものです』
しかし、オルトからの提案を即座に聞き入れてくれる。いつもの微笑みをその顔に浮かべながら。
泊まっていたビルから外に出て、ファナに案内してもらいながら人生初となる遺物収集を開始する。
荒野と隣接している地域よりもだいぶ綺麗な状態のビル群が増えてきた。
そういえばと自分の体をオルトは確認してみる。一昨日よりも、昨日よりも体が軽いような、動かしやすいような気がしたため、色々動かしたり触ったりしていた。
『どうかなさいましたか?』
「ああ、気にしないでくれ。ただ昨日よりも体が軽い気がしてな。今日の俺は随分と調子が良いみたいだ。何かあったのか分からないけどな」
オルトはまともな場所で寝たわけでもないのに不思議と体調が非常に良かった。初日にあった
援助品を担いだままの状態でも動きに支障がないかのように感じ、瓦礫や段差をよじ登るのも、昨日まで感じていたほどの負担を感じなかった。
そんなオルトを見ながら、ファナはなんてことないかのように話す。
『それは回復薬の効果でしょうね』
「回復薬? たしか初日に使ったよな。その後も体内の疲労を分解するからとかでクガマヤマ都市に帰る最中にも。戦闘中にも幾らか使ったし、でも、こんな感じにはならなかったけど」
『回復薬を使ったのち、大きな傷を治すでもなく、疲労の軽減もせず、その状態で比較的まともな睡眠をとれたのが効きましたね。それ以外の部分、体に残っていだ小さな怪我の治療に専念できたのでしょう』
「怪我? 初日に受けたもの以外は特に覚えがないけど」
記憶の中の物は前過ぎる。直近の物でもあの頭痛のみ。それ以降の物は階段から落ちたが、怪我という怪我はしていなかった。
『昨日のオルトとの会話で残っている記憶の内容をいくつかお聞きしましたが、今までの生活基準はその身には過酷で、かなりの負担が掛かっていたのだと思います。全身くまなく、それこそ細胞単位で』
「それ路地裏生活やあの配給品が原因だったり?」
正解だったらしくファナからの視覚的に頭を撫でられながら、それらが体にどのような被害を与えるのかを力説された。オルトの表情がだんだん青ざめていき、昨日口にした配給品について悩みを深めていく。少なくとももう配給品を口にはできないだろうことは分かる。遺物収集に俄然気合が入り、目的地に早くつかないか期待を膨らませる。
その間もファナからの説明は続いており、得意げに微笑みながら締めに入る。
『……つまり、今までオルトが普通だと思っていた状態は、実は酷い状態だった。そんなところですね。今日明日死ぬわけでなくとも、検査したら余命数年ですって言われていたかもしれません。助かってよかったですね?』
オルトの顔が言い表せない表情を形作っていた。
結局何をするでもなく大きく息を吐き、今はそれでよしとした。もう済んだ話なのだから。
その後もいくつかの雑談のネタを消化しながら進んでいたが、妙な指示がファナから送られてくる。
『オルト。その場にしゃがんで足元にある石を数秒眺めてください』
顔に困惑の色を濃く浮かべながらも指示に従い、しゃがみ込む。モンスターの遭遇を回避する何かしらなのだろうかと思っているとファナの顔が少々真面目なものに変わる。
『オルト。振り返ってはいけません。付けられています。大きく距離を取り、今もオルトの動きを見ています』
それを聞いた瞬間オルトの表情が険しいものになる。オルトの中から黒い何かが湧きあがるのを感じ、体に震える余裕すら与えずに。
オルトの後方の離れた建物の陰から、オルトの様子を探る5人組がいた。パッカという者をリーダーとした、チームで活動しているハンターたちだった。
その集団の装備を見ればクズスハラ街遺跡の外周部でしか活動できないハンターではないことがうかがえる。
パッカの指示でチームの情報収集担当の者が、面白そうな話を聞いたのが今回の発端だった。スラム街の子供が、スラム街に近い買取所に高価な遺物を持ち込んでいた、そのような話だった。
「あのガキ、結構奥まで行くもんだな。大した装備は確認できねえ。バックパックの中にでも入れてやがんのか? ……いや、ないな。とっさに取り出せない武器なんざ役に立たねえ。自殺でもしに来ましたってか?」
パッカの疑念を深めるが、仲間が笑ってそれを流す。
「馬鹿なガキってのはそこら中にいるもんだろ? 今回はここにいた。それだけだ。噂が正しけりゃ、そんな馬鹿でも行けるところに高価な遺物があるんだ。旨い話じゃねえか。さっさとあいつ締め上げて吐かせようぜ」
パッカが少し不機嫌に反応する。
「吐かせる前に死んだらまずいって結論に至っただろ、ほんとうに遺物があるのならそれを持ち出してきてもらって、そのうえで残っているもの含めて頂けばいいんだよ」
「まあ、それもそうか。でもあのガキ、あそこから動きゃしねえぞ? どうすんだ?」
「道順でも思い出してる途中なんだろ。地面とお話し中だったりしてな」
「クズスハラ街遺跡の幽霊の話か? 面白くないこと言ってる暇あんなら、あのガキのお手伝いでもしてきな」
メンバー達は緊張感に欠ける会話を繰り返しながら、オルトの監視を続ける。
「お、動いたぞ。どうやら近くのビルの中みたいだが、なら、なんであんなに時間を使ったんだ?」
考察を続けるパッカの中では多くの情報がよぎっていた。
ろくに武装していないスラム街の子供が買取所に高値な遺物を持ち込んだ。その話は信憑性は別にしてゆっくりと広まっていた。
クズスハラ街遺跡の外周部には金になる遺物はもう残っていない。それがクガマヤマ都市のハンターの共通認識だ。だが、スラム街の子供が高値な遺物を持ち帰って来たのなら、話は覆ることになる。
碌なハンター用の装備もないスラム街の子供では、低難易度の外周部でさえとても危険だ。そんな者でも行ける場所に遺物が残っているなら、もっと多くの遺物が、それらを内包する倉庫などが何らかの形で塞がり、運よく見つけたのではないか。
その他、多くの情報を思い出す。
決定的なものは、買取所に遺物が持ち込まれたその日にスラム街でその金を殺し合いが起きていた。ということだった。
結論として外周部に倉庫のような場所があるとして、目的の子供に当たりをつけると、その体には少々不似合いなバックパックを背負うオルトを発見した。無理やり吐かせることも考えたが、投降は促せない。スラム街で派手な殺し合いをするような奴なら必ず戦闘になるだろう。そのさなかで子供を殺してしまってはせっかくの情報が消え失せてしまう。
ならば遺物を手に入れ気分を良くしているところを取り押さえ、その中身を頂いてしまえばいい。それだけだ。
しかし、仲間の内の1人が口をはさむ。
「ねえ、このチームの資金難は立て直したじゃない。強盗紛いのこともうはやめにしない?」
「黙ってろってグレイ。これがうまくいけば俺たちはもっと上へ行けるんだ。だからさ、今回で終わりだって、な? お前だって装備を新調してから調子いいじゃないか。これからどんどんいい装備を買ってこの流れが続くようにしていこうじゃないか」
グレイと呼ばれる少女はその言葉に前までは賛同していた。しかし、自分たちはハンターであって、強盗もどきではないのだ。スラム街から出る機会を恵んでくれたことへの恩はある。だが、同時に限度もあるのだ。
資金難の中、死体に変わったハンターの所持品を頂いた。それは金になった。それで装備を整え、荒野に出たが、チームの銃口は別の個人で動いていたハンターに向いていた。死体に変えたハンターから頂く所持品は金になった。たしかにこれを続けていけば金は稼げるが、これではもうハンターとは言えないのではないか。日々募るその思いはすでに限界を超えていた。
それをチームへの恩で無理やり封じ込めていたが、ここでそれは壊れてしまった。
「……ごめん。もう追剥みたいな、強盗もどきみたいな、そんなことはできない。私が成りたかったのは、ハンター、だから」
グレイの発言にパッカは、チームの面々は怒りと侮蔑のどちらかを示した。
「ああそうかよ。なら、とっとと俺達から離れてくれ。余所者が近くにいるとチーム内の連携が乱れるんでな。それと、その銃は置いていけよ。それはチームの物であって、余所者の物じゃないんだからな」
グレイはおとなしく指示に従い銃を、予備の弾倉を、更には過去にチームの稼ぎで購入できた防護コートを脱ぎ捨て、その場を去る。
その身を包むのは初めて自分で買った防護服、武器は滅多に使うことのなくなった拳銃が1
去っていくグレイに銃口を向ける者はいなくとも、厳しい視線を向けていた。パッカは意思統一できているか目線をやりながら、もう1人の女性メンバーに声をかける。
「グレイはああ言ってたが、お前はどうなんだ? リー」
リーと呼ばれる女性は薄く笑いながら答える。
「こんなに美味しい稼ぎから私を外して男連中で稼ぎたいって魂胆? やめてよね。私だってもっとお金は欲しいの。だから嚙ませなさいよ」
パッカはその返答を聞き、問題はなさそうだと判断するとオルトが入っていった建物に再度意識を向け直す。既に入ってからそこそこの時間が経った。
(中で死んだのか、遺物の収集に手間取っているだけか。それとも……)
パッカが推察を続ける横で他の仲間から不満の声が漏れる。
「なあパッカ、いい加減俺達もあのビルの中調べようぜ? ガキが死んでたら、幾ら待ってようが意味なんかねえよ。少なくともあのガキが入るくらいには良い何かがあるってことだろ?」
「仕方ない、そうするか。全員で入って入れ違いに逃げられないように、外に1人配置するか。それは俺がつくとしよう。お前らは中に入ってガキを探して捕まえてこい。抵抗するのなら最悪殺してしまっても構わない」
「あら、リーダーは怖がりさんなのね」
「皮肉を言いたいなら俺より射撃能力を上げてからにするんだな。逃げようとしても足を吹き飛ばせば楽に捕まえられる」
作戦が固まったことを伝えて仲間達を見送る。
(罠である可能性はなくなってないんだ。楽に終わればよし、情報を吐かせられれば尚よし。……こういう時にリーダーとしての強権振るえるからいいよなあ)
建物の中に消える仲間達を見ながらパッカは口角を上げていた。
ハンターのチームに追われている。その問題をこの場で解決できるのかどうか、オルトは不思議と冷静に回る頭に違和感を持たず思考を続ける。
(既に俺の顔はバレてて、都市に帰還しても追跡が一時的に止まるだけ。逃げても追い詰められ殺されるだけ、スラム街で追い詰められればその場で終わりだ)
オルトがその先を想像し、顔を歪める。それでも投げ出すわけにはいかない。
思考を止めずに何か考えるが、自分の中からはやはり何も出てこない。そばに佇み、先程から指示を飛ばしているファナに聞くことにする。
「ファナ。この状況、どう切り抜ければいい? 逃げるって選択はないと思うけど」
ファナが力強く笑い、オルトの考えを肯定する。
『はい、逃げても先などありません。どこかで捕まり死ぬだけでしょう。今から私たちはハンターから強盗に鞍替えした者達を返り討ちにします。その為にこの建物に入ったのです。安心してください。私のサポートがある限り、あの程度の者達など脅威ではありません』
余りに当然のように告げるものだからつられて笑みを浮かべてしまう。
「モンスターの次はスラム街の強盗で、次は強盗に鞍替えしたハンターか、敵の振れ幅がひどい気がする」
『先の二つも問題なく倒せました。今回もまた同じです。さあ、私が道は示します。オルト』
「ああ。俺は覚悟を示す。俺は俺の全てを以てそれを為す」
その言葉を嘘にしないために、実績と信頼を積み上げるために。自分の存在を否定させないために。その思いがオルトに行動をとらせるのだから。
『それ以外はすべてお任せください。私のサポートがどれだけ優れているのか、分かりやすい、いい機会としましょう』
「はあ、有難い限りだ」
ファナが指示に従い、指定された位置についてその時を待つ。右手で握る柄を見ながら、勿体無いかなと少々の愚痴を心の中でこぼしながら。
ビルの中に入った3人は、ばらけて探さず固まって動くことにした。子供が死んでいたのなら、中には殺した何かが居るかもしれないからだ。それで時間がかかってしまい、子供が外に出てもパッカが待機しているので問題はない。
情報収集機器を持っているものを前後で挟んで歩いていく。
「しかし、どの部屋も何も転がってないな。瓦礫だけだ。ほんとにここに遺物があるのか?」
「それを知ってるのはあのガキだけよ。だから私達がこうして捕まえようとしてるんでしょ? 少しは考えてから口を開いてちょうだい。……、何か手掛かりになりそうなものは見つかった?」
「いや、今のところそれらしい反応はないな。もう少し上階にいるんじゃないか? 少しでも反応があった場所に行けばガキも居るだろ」
警戒しながら下の階から調べ、上階へと上がっていく。上の階に着く度に定期報告として外にいるパッカと連絡を取り合う。
ある程度階を上がり、その階も外れと思いながら部屋から出ようとするとその部屋の天井、その穴の開いている先から反応があった。
喜色を浮かべ近くの2人に目配せをする。声を出せばせっかく掴んだ反応が逃げてしまうかもしれないからだ。
先程と変わらない足取りで部屋から出てすぐ左の階段へと歩みを進める。しかし、その瞬間先程後にした部屋の中に大きな反応が出た。情報収集機器を持つ男から見て左。部屋との間を分ける壁がそこにある。前後の仲間の肩をたたき、その壁の先に何かがいることを伝え、部屋の出入口を警戒する。
次の瞬間、3人は自身の体を通過してきた
3人から六つになった彼らは驚愕と激痛の中、絶命までのわずかな時間の中で、壁に一筋の線が入っていることに気づき、自分達を壁ごと切断したこと。その対応策を無意識に考察しながら、息絶えた。
部屋の出入り口からオルトが姿を現し、床に散らばるそれらを見た。血と臓物の池になっているそれらを見て、先日ファナに言われたことを思い出し身震いする。
「こんなのやられたらひとたまりもないだろ。どう対処するんだよ」
対応策なんて無いような光景に、それを作った張本人だということを棚に上げ、溢した言葉にファナが笑って答える。
『いい装備に対抗するには、それに対抗できる技術か同等の装備が必要になります。彼らが文字通り身を以て教えてくれたのです。教訓にしましょう』
「……あー、うん、そうだな」
ファナの態度はいつもと変わらない。自分にとっての危機を、大したことではないと、その態度と言葉で示してくる。結果を残してくれる。オルトはこれを作った右手握る柄だけを残す遺物の危険性と有用性を。そしてそれをうまく扱う美女に同じだけの感想を抱いた。
それを一度置いておき、まだ1人敵が残っている。その対処を考えるが、既にファナは用意していたのか笑顔で指示を飛ばしてくる。
『それではあの窓から彼らの死体を外に投げ捨てて下さい』
(定期報告は一定の間隔で来ていたはずだが、それが止んだ……。ビルの中から銃声はしなかった! 交戦せずに殺されたのか!? 3人同時に!? 何がいるんだここには!?)
ビルの1階、あまりにも暇なため先に入っていったメンバーによって安全を確保されたそこにパッカはいた。先程まで行われていた定期報告がバッタリと止み、チームの仲間が死んだ可能性を考える。
もし交戦すらできない何かがこのビルの中にいるとしたら非常にまずい。情報収集機器を持たせた仲間もいたのだ。発見すら出来ない存在がいる可能性が浮かぶと、無意識に出入り口の方へ視線が行く。
その視線の先に胴しかない死体が落ちてくる。首から上、腰から下が存在しないそれは一見誰の物か分からなかった。しかし身に着けた装備の一つがチームの1人だったとパッカに教える。
パッカはそれに駆け寄ろうとし、ビルの外に出る寸前で背後から粘性の音がした。
銃を構えながらその方向に振り返り、音の発生源を探すとそれはすぐ目に入る。仲間だった者の頭部が、そこにはあった。
それが落ちてきた場所には赤いシミが広がり、その位置の天井は何階か突き抜けるように穴が開いていた。
(穴の位置が俺の背後になるように外に死体を投げ、移動させられていた? そもそも俺が出入り口を見た時に合わせるように死体を、穴の位置が俺の後方になった時に頭を落としてきた。……敵はこちらの位置を完璧に把握したうえで泳がせていたわけだ! 俺達は最初から遊ばれていただけだった!?)
パッカは憎々しい表情を浮かべ、天井を、その先にいるであろう何かを見る。自分たちで遊びその亡骸まで
「……殺してやる」
燃え盛る激情で内心の殺意を増大させ、仲間の死体を
階段の踊り場に足を掛けようとした瞬間、銀色の線がパッカの視界に入り、そのままソレは体の中央を通り抜けていった。
上に置いてきた死体から回収したものを運び、階段の踊り場にある死体を確認する。
「綺麗に真っ二つだな。壁も床も紙きれみたいに切り裂けるし、どんな切れ味してるんだよこれ」
『内部に保管されている液体金属に、エネルギーを用いて意図的に発生させた力場によって形を形成しています。その為、切れ味が落ちても一度崩して再生成すれば元の切れ味に戻ります』
オルトの諦めも含んだ感嘆の声にファナはナイフの詳しい説明をしてくれる。しかし結局意味が分からなかったので放置する。今は凄くよく切れる近接用装備があってよかったとしておいた。
死体から使えそうなものを幾つか頂戴していく。結果として、対モンスター用の銃が4
「そうだ、ファナ。こいつらって最初は5人だったよな? 残りの1人はどこに行ったんだ? 隠れてこっちを狙っていたりするか?」
『いいえ。その者なら離れた場所でモンスターに襲われ、怪我を負ったのか建物の中に入り休憩しているようですね。殺しに行かれるのですか?』
「そいつがどう受け取るかは別として、個人的な善意くらいは蒔いておこうかなと思ってな」
オルトはそう言いながら、集めたハンター証の束をファナに見せる。
グレイはポケットに入れておいた包帯でモンスターに裂かれた腕に治療を施した後、体力を回復させるために建物の内部で休憩していた。
(皆と分かれた直後にモンスターに襲われるなんて。対モンスター用の銃を持っていれば怪我なんて負わなかった。やっぱり、今までの行いが自分に帰ってきているだけなんじゃ……)
遺跡内で久しぶりの孤独。その状況がグレイの心を蝕んでいく。
チームから離脱したのがいけなかったのか、資金難だからと言い訳をして、他のハンターを襲っていたのが今ここで祟ったのか。ハンターになってからの全てが彼女を否定しているようなそんな気さえしてくる。
(この怪我で都市まで戻れるかは正直厳しい。でも生き残るために、あの発言を真実にするために私は生きて都市まで帰る。運が良ければ帰れる。無ければ死ぬ。それだけじゃない。いつも通り問題ないわ)
過去の自身の発言に勇気をもらい、自分自身を元気づける。怪我のせいで体力は下がっているが、気力は十分回復した。この状態のまま遺跡の外を目指すため、建物の外へと出る。そこには仲間が使用していたものと同じ種類の対モンスター用の銃を新たに背に抱えているオルトが立っていた。
「はあ!?」
(なんで彼がそこにいるの? 皆の銃ならここまで銃声が聞こえてもおかしくない。今日の色無しの霧の濃度はそんなに濃くない。局所的に発生していた? それはない。流石に遺物の倉庫なんて宝の山が目の前にあっても、その濃度の中に皆は入っていかない。なら彼は何でここにいるの? 逃げてきた? 皆の銃を奪った上で? ──)
考えが纏まらない、理解できないものを見るようにグレイはオルトを見る。銃を構えておらず、その表情に敵意の一片すら映さずまっすぐ自身を見ていると、彼と自分は敵対していないと。グレイはそれだけ理解する。
オルトが暫くグレイを見ていると、溜息を吐き近付いてくる。
仲間が害そうとした相手が近付いてくる。それを見ていたグレイは拳銃を抜き、地面からオルトへと、近付くにつれその照準を合わせるようにしながら叫ぶ。
「近寄らないで! 何か用があるならその場で言って! 他の皆はあなたに敵対したけど、私はもう……抜けたの! その前までだって別にあなたと敵対してたわけじゃない! そうでしょ!?」
言葉を発する度に恐怖が湧いてくる。襲われた上で、皆を返り討ちにしたかもしれないその少年の異様さに。グレイの中を染め上げ続ける恐怖心とは裏腹に、止まるよう伝えるとオルトは足を止め、口を開いた。
「元だとしてもあいつらの仲間だったお前には渡しておくべきと思ってな」
言い終えた後、オルトはハンター証の束をグレイに放る。
グレイはそれを見ると皆はやはり死んだのだという確信が湧いてきて涙を流す。意見が分かれ、チームから離脱した。たったそれだけ。またいつかあって、同じ仕事を共にするかもしれなかった彼らはもういない。
それを作り上げた相手は目の前の少年だ。自分より小さい、しかし、油断も慢心も安堵も、敵対しなければという思いも抱かせてくれない存在。
オルトが手で少し離れたビルを指し、口を開いた。
「あの建物にそいつらの遺品を投げ込んだ。銃もある。後は自力で何とかしろ」
グレイはそれを聞くと呆気にとられ数秒硬直した。その様子を見たオルトは嘘か何かに捉えられたと判断し、これ以上は無駄と思い踵を返す。
「ま、待って。なんで私にそれを言うの? 敵になってたかもしれない相手に。銃を向けようとした相手に」
オルトが動いたことで反射的に動き出せたグレイは、意味が分からないものを無理やり理解しようと呼吸が乱れることを無視し、それを聞く。しかし、オルトは対照的にただ冷静にグレイに振り返り答える。
「お前が俺に敵対しなかったからだ。わざわざ敵を増やす趣味はないからな。後は勝手にすればいい。ただ強盗とかからは足を洗っときな。次は
「……ッ!」
オルトの眼に明確な殺意が宿るのを見た。グレイはそれ以上、口も動かすことができなくなり、ただ視界の中から、オルトが去っていく背中を見送った。
オルトが視界から完全に消えた後、グレイは何とか動こうと努力し、数分を掛けて成功した。そして先ほどオルトが差していたビルに入る。入り口近くの一室にパッカ達の持っていた荷物が切断された防護服に包まれ置いてあった。
包みに使用された防護服はもう使い物にならないが、彼らが使っていた回復薬や情報端末、更には先程手放した銃と防護コートが入っている。グレイはそれらをゆっくりと身に着け、都市へと歩を進める。
異様なほどモンスターの影も見当たらない。それをおかしいと思う事も出来ないくらいに、先程オルトから放たれた言葉がグレイの頭から離れない。
(私は彼に敵対しない選択をあの時にした。私は離れ、他の皆は彼に敵対し、近づいていった。結果彼らは死に、私は生き残った。まるで……)
自分の選択は間違いではないと、正しかったのだと。誰かに肯定されている気がした。
それに気持を良くしたグレイは、安物の回復薬では治りの遅い腕の傷を無いもののように感じ、今まで感じたことが無いほど軽い足取りで都市へと帰り着く。
やり直す。自分の目指したハンターとなるために。グレイの眼には陰りはなく。自分の選択に、後悔の一切を乗せないために。
アキラ、カツヤ側のストーリーもオルトの動きに合わせて書いた方がいい?(尚、書籍版やWEB版の流れは踏襲するつもりです。細部に変更を加えたり等が発生します)
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