リビルドワールド 孤独に非   作:たっぷり

36 / 40
・第三十六話 救援依頼の後始末

 

 その()、オルト達は何事(なにごと)もなくハンターオフィスの出張所まで戻ってくる。帰路の途中、散発的なモンスターの襲撃を受けたものの多脚戦車のような大型の個体は現れることはなく、小規模な甲A24式の群れというオルトからしてみれば危険度の低い個体群ばかりだった為レイナ達側が討伐数を稼げるようにオルトはバイクでの銃撃の密度をそれとなく下げていた。

 オルトが目的地までの道中で通路の横道を塞ぐように蹴り飛ばしていた残骸の上を通ったのだろう、予想通り多数の機械系モンスターが少々多めの群れを形成していたが、それに対してもオルトが手を出すのは最低限に抑える。別段それは油断している訳でも、慢心から来る侮りでもない。単純にレイナ達の技量と、自分が使用している銃の性能の高さ、装填している弾丸の機械系モンスターに対する有効性を知っているからこそ、取り返しのつかない問題に発展する前に介入出来るという判断からだ。

 その判断と同時に、オルトは昨日襲って来た大規模な機械系モンスターの群れに遭遇しないで済んだことを非常に安堵していた。流石にそんな状況下に於いて、本気での、ファナのサポートが絶対に必須なほどの戦闘ではレイナという戦力は護衛要員として役不足が過ぎる。隣で戦うには完全に御荷物扱いか、最悪足手(あしで)(まと)い。最終的には無理矢理にでも車内へ押し込み、護衛対象の1人という扱いになるのは目に見えている。

 レイナを完全に足手纏い扱いをして本人から反感を買い、依頼を途中で切られるのはオルトも本意ではない。弾薬補充もしたばかりで、可能ならば適当にばら撒いても二束三文以上にはなる程度に稼げる遺跡での活動をしなければ高い弾薬の価格(ぶん)ただの無駄遣い、()くて赤字となる。とは言え面倒な依頼しか掲載されていないクズスハラ街遺跡関連のものは既に選択肢からは除外しており、クガマヤマ都市周辺で機械系モンスターへ効果的な銃弾が本来の性能を十二分に発揮可能なミハゾノ街遺跡は異変の真最中(まっさいちゅう)。その所為で、現状ミハゾノ街遺跡での遺物収集は余り推奨されないどころか基本的に避けるべき行動の一つに加えられている。

 今回の一件が完全に解決するまでは遺跡の防衛機械に加えて、原因究明のために雇われた内部調査中のハンターなどから遺物収集の邪魔が入る可能性が非常に高く、(たと)えファナの案内の(もと)オルトが普段は使用されないような、天井や配線などの移動に適さない経路などを(とお)って遺跡内を移動していてもハンターとの遭遇を全て回避し切るのは難しい。万が一遺跡の中で錯乱したハンターや過敏になりすぎたハンターと遭遇してしまうと無意味な殺し合いへ発展するかもしれない。そして殺してしまえばオルトには都市からの責任追及が発生する。その場合遺跡内を調査しているハンター達は都市に雇われた者達であり、都市に利する存在だ。そのハンター達を殺した(ほう)は都市に(あだ)なす存在として認定されかねない。

 等々(などなど)の理由により、クガマヤマ都市周辺にほど近く()つ稼ぎ(やす)い遺跡に限定すると挙げられる場所が順に候補から無くなった。残ったのは稼ぎが期待出来ない、既に遺物が取り尽されて人が寄り付かなくなった結果、遺跡全体がモンスターの巣となった場所か、日帰りに限定すると内部の探索時間が極端に減少してしまうクガマヤマ地域の外周部付近での活動を求められるようになる。一考する程度には稼ぎが期待出来る遺跡ではあるが、シオリからの依頼と比較すれば目に見える実益の面で大きく劣る為、そちらも率先して取ろうとは思えない。

 結局取った選択としては、ハンターランクを効率よく稼げる今回の依頼になった。多少面倒ではあるが、オルトは自分の雇用主であるシオリ。ひいては彼女が仕える主のレイナに癇癪を起されて外されないように最低限の成果を譲っている。結果、オルトはレイナに気付かれない程度を推測して、変に嫌われたり睨まれたりしない程々(ほどほど)の戦果を上げられるようにそれとなく銃撃の連射速度を低下させる。

 そこを言及されたとしても言い訳が出来るようにもしている。車両の前後で距離が有ると言っても銃の有効射程から比較すれば誤差だ。車両後部からでも前方は十分狙える。それを承知で前方から接近してくるモンスターの対処はバイクの銃での銃撃に絞っている。これに関してはシオリもカナエも気付いている。気付かれていることにオルト本人も気付いている上で、両者ともその部分を指摘しない。オルトの勝手でもある。しかしシオリ達にも、レイナに利のある状況を態々(わざわざ)崩す必要もない。知らないことが不幸とは限らないのは()(つね)だ。

 それを良いことにオルトは救出依頼中の戦闘を自分の訓練の為に利用している。適当にレイナへ着弾させる可能性の高い個体を見極めて優先的に排除しようとバイクの索敵機器での戦況の把握と、最優先排除対象の選択という課題を自身に課して、バイクの遠隔操縦とアーム式銃座に接続されているK2R複合銃による遠隔射撃に意識の過半数を向けていた。

 標的を肉眼で捉えずに強化服の情報収集機器やバイクと車の索敵結果から送信される取得情報から標的との距離、標的が駆ける高度、自分達の移動速度と標的の移動速度から発生する偏差、銃撃時に発生する反動をバイクのアーム式銃座がどの程度抑制するか。これらをファナのサポートを受けずにどれだけ高い精度で、どれだけの時間維持可能か自分の限界を探り、その上で更に技術の上達の為に集中して狙いを定め、全体の何割かは外しながらも都度(つど)丁寧に修正を重ね、最終的に帰還中に遭遇した全体の3割弱を削るに終わる。

 行きの道中よりも精神的に疲労したが、これも強くなる為、訓練の一つだとオルトは自分に言い聞かせながら集中していた。落胆している暇など無いのだと。

 先日のファナのサポートを受けた時のような連射速度と命中率を維持しつつ、戦況を常に自分に有利な状況へと変えるための戦術眼も磨く必要が有る。オルトにはそれがどれだけ困難なことかなど分からない。

 今回の救出依頼で自分だけで(おこな)った戦闘だけでもそこらのハンターであれば普通は出来ないようなことばかり。若手のハンターがそれを為し、それだけの戦果を上げたのだ。もっと喜んでも良いだろう、とそれを見た者は思うだろう。

 しかしオルトの顔には喜色など浮かんでいない。浮かべてなどいられない。

 そんなオルトを、同じように後方の警戒の為に残っていたカナエが興味深そうに見ており、オルトもそのことに気付いていたが、途中から質問もなくただ(となり)に居るだけの存在であった為、それ以上気にすることなく今回の戦闘記録から反省点の洗い出しをファナの指摘を受けながら(おこな)っていた。

 

 

 ハンターオフィスの出張所の前で車を停めてオルト達は車の屋根から降りる。後部扉の近くまで歩き、そのまま暫く待機する。扉はまだ閉めたままだ。

 オルトは安全圏に到着したらその場で扉を開けるものだとばかり思っていたが、出張所に着く前にシオリから事前に保険会社の用意した部隊が到着するまでは後部扉を開くのは待って欲しいと言われた為、そのまま黙って当の保険会社の人員が来るまで待つ。

 シオリが情報端末を取り出し何処かへ連絡すると、武装した集団がオルト達に近付いて来る。彼らの隊長らしき男が、手に持っている情報端末とシオリを見比べ、少々怪訝な表情をオルト達に向けながらも仕事を優先して話し掛けてくる。

 

「B72地点の救出依頼を受けたハンターだな? 顧客はその車両の中か?」

「はい。後はお任せしても?」

「了解した。任せてもらおう」

「オルト様。開けて頂けますか?」

 

 オルトがその言葉に頷き、遠隔で自分の車の制御装置を操作すると荒野(こうや)仕様の大型車両は指示通りに後部扉をゆっくりと開け始めた。

 救助対象のハンター達は開かれた扉の外の光景を見て、出張所の近くまで戻って来たことを実感して改めて安堵の表情を浮かべる。しかし一部のハンターは表情を険しくさせ、暗い顔のまま項垂れ、切羽詰まった表情を浮かべていた。

 隊長らしき男が開ききった扉の前に立って車両の中のハンター達に話し掛ける。

 

「アルハイン保険の者です。今から皆様(みなさま)を治療と諸手続きの為に簡易診療所まで御案内いたします。係員の指示に従って同行をお願い致します。自力での移動が困難な方は近くの係員にお申し付けください」

 

 車内のハンター達がゆっくりとした足取りで車から降りて先導する係員の後に付いていく。自力で歩く者、他のハンターに肩を貸して貰う者、係員に担架で運ばれる者など様々だ。

 オルトがレイナを護る為という名目によって手首から先を失った男は、今も尚意識を失った状態で血色の悪い顔のまま担架で運ばれていった。

 その者に向けられる視線は非常に冷酷なものが多い。

 シオリはレイナに(つか)える者として当然として、救出されたハンター達からの視線も同じ境遇の中協力して生き残ったとは思えないほどに冷め切っている。

 救出依頼を受け、大量のモンスターの群れを相手に自分達を救出してくれる者達を下らない理由で怒らせれば、その場に生き残っていたハンターは居なかったとして置き去りに、最悪の場合救出に来たはずの者達に殺される可能性すらあったのだ。良い感情を抱くわけもなく、脱出時には一応救出対象として車内に放り込まれはしたが最低限の仲間扱いすらされず、戻りの道中で介抱されたり傷口に軟膏系の回復薬を塗られたりすることもなく放置されていた。救出されたハンター達の中には最悪死んでも良いとさえ思う者もいたが、自分達が止めを刺すことだけはしない。それをしてしまえば間接的にでもオルトに喧嘩を売る行為になってしまうからだ。自分達の救出依頼の報酬は契約している保険会社から払われるが、その金は救出対象の懐から徴収される。自分達の一時(いっとき)の感情を優先してしまえば依頼受注者が得られたはずの報酬が減ることに繋がってしまい、今度は自分達にオルトの怒りが向く可能性があった。

 救出対象であっても容易に引き金を引ける人物を、たとえそれが見るからに子供の若手としか呼べない者であったとしても、自分達よりずっと高性能な装備に身を包んでいるハンターを相手に喧嘩を売りたいはずもない。

 レイナと共に自分達を車内へ誘導していたシオリはその瞬間以降、視線が一際厳しいものへと変化しており、万が一でもそちらに助けを求めることなど出来ないのだと悟る。

 そういった経緯もあり、この場で馬鹿な真似など一切出来ないと認識しているハンター達はチラチラとオルトのいる方向へ視線を向けては、その顔色を窺っていた。ハンターオフィスの出張所の前で交戦などすれば即座に鎮圧部隊が送られてくる為、そのようなことはしないだろうと(たか)(くく)っていても、実際にしてきそうな危険性を全身で感じているからだ。仮に鎮圧部隊が送られて来ても、その(かん)に殺されたい者などいない。救出対象のハンター達は非常に暗い表情の者も暴れることなく大人しく係員に付いていく。たとえ借金持ちになったとしても死んでいなければ再起の芽は残せる。

 そんな彼らの辿るかもしれない暗い今後どころか、既に保険会社へと引き渡して自分達の護衛対象ではなくなったことで現状にすら一片の興味も抱いていない。そんなオルトは救出したハンター達ではなく、彼らを誘導している保険会社の人員から自分達に向けられる視線に僅かだが困惑の色が混じっていたことに思考を回していた。

 

『何て言うか、あの保険会社の人達から向けられる視線が変だったな』

『それはあれですね。危険度の高い未制圧区域からハンターを救出してきたチームメンバーが若手2人にメイド服を着用している者が2人。少人数で依頼を達成したということもそうですが、装いが一番の原因でしょう。オルトも荒野(こうや)で走って戦っているメイドが居たら驚くでしょう?』

 

 オルトがファナに言われたことでシオリとカナエに視線を向け、その2人が荒野(こうや)を疾走している光景を思い浮かべる。しかし、やはりというべきか荒野(こうや)という危険地帯とメイド服の合致が全く出来なかった。少なくともオルトの常識の中では、メイドは執事と共にどこかの豪邸などでそこの主人の身の回りの世話や、清掃、炊事、配膳などを行う職業のはずだ。だが、何を間違えたのかシオリ達はハンターをしている。

 しかしシオリとは違い、カナエはドランカム所属のハンターとして登録自体はされていてもハンター稼業に精を出す素振りが一切(いっさい)無いところから、別の意図の(もと)で現在はレイナに付き従っているのだろうと推測出来る。流石にその詳細まで詮索するつもりなどオルトにはない。

 それは保険会社の部隊員達も同じなようで、自分達の仕事を円滑に進めるために車両から降りていくハンター達の要望にも基本的に諸手続きが済むか、短時間で終わること以外は(はぶ)(よう)にと(うなが)している。

 程無くしてオルトの車両内に居た全てのハンターがアルハイン保険の部隊員に引き渡された。

 このチームのリーダーとして、大まかな指針はシオリが決定する為、シオリにアルハイン保険の社員と思わしき人物が近寄っていき、依頼完了の諸手続きをしている。本来なら戦闘ログなどを含め、移動中に取得した緊急依頼の発信源、乃至その通信強度と取得時の位置情報を提出するだけで済むのだが、時間が掛かっている。少々手間取っているのはシオリが保険会社から直接(ちょくせつ)依頼の受注をした訳では無く、ドランカムを介して依頼に取り組んでいる所為だ。シオリは内心、都市内部でのうのうと仕事しているだけの癖にと毒づいている。そして仕事が遅々としている理由が嫌でも予想出来てしまうが(ゆえ)に、より一層機嫌を悪くしていた。

 オルトは何となくシオリの様子が変だと思っていたが、態々(わざわざ)介入することでもない。そして終わるまで見ている必要も無いだろうと思考を隅に追いやり、一度車両の荷台まで入り中を確認しようと荷台へと上がった。そのオルトに気付いたレイナが声を掛けてくる。

 

「……オルト。どうしたの?」

「あいつらの忘れ物が無いか確認しておくだけだ。下手に持っていて難癖(なんくせ)付けられたくも無いからな」

「そ、それなら私も手伝うわ!」

「……? いや、そこまで広い訳じゃないし俺だけで済む」

「…………そ、そう」

 

 急に大声をあげてまで仕事を探そうとするレイナが協力を申し込んでくるが、オルトの車両はそこまで一生懸命に確認作業が()る程広い訳では無く、オルトは敢え無く断った。

 それを必要以上に、不要だと言われたかのように感じたレイナがまた顔を俯かせる。先程まではオルトのK2R複合銃を使い自身の身の丈に合わない程強力な銃撃で以て多くの甲A24式を撃破したことで大分(だいぶ)高揚していたが、時間が経てば(いや)(おう)にも冷めるものだ。

 幸か不幸か、甲A24式の群れと対峙している最中は他のことへ意識を向けられるほどの余裕が無かったおかげで全力を出して戦えた。だからこそ実感してしまう。

 先程の戦闘でオルトは勿論のこと、シオリとの技量の差を浮き彫りにしてしまった。シオリは明らかに自分に実績を積ませるために、致命的な部分以外では手加減をして戦っていた。オルトに至ってはバイクでの遠隔操作による銃撃。果てには自分達に銃を渡したことで圧倒的に手数を減らしていた。

 それでもオルトは同時に後方から迫る敵の迎撃を()し、多大な戦果を上げている。

 そこにどんな理由が有ったのかなどレイナには分からない。しかし、今は協力関係であっても悪く言えば競争相手であるレイナ達に塩を送った上で、その戦果には雲泥の差が広がっていた。それは時間経過と共に積み重なり、広がり、比例するようにレイナの精神に負荷を掛け始めている。そしてこの依頼中には絶対覆せないという後ろ向きな思考が更にその負荷に明瞭な輪郭をもたらしていた。

 

(……いえ、まだ救援依頼を受け始めたばかり。絶対に見返すの。今回は足手纏いだったかもしれないけど挽回の機会はまだ残っているじゃない! 護衛なんて不要だってオルトに思わせれば、きっとシオリだって私のことを認めてくれるはず! そしたらきっと──)

 

 現状の確認から希望的観測に移り変わっていることに気付くことなく思いを()せていくレイナの様子を横目に、カナエは大きな溜め息が漏れないように我慢していた。

 カナエには基本的に仕事が割り振られることはない。それはカナエ自身は既に仕事中であるという認識からだった。

 レイナでは手に負えず、そしてシオリが居たとしても対処不可能な致命的な状況の打破が(おも)な仕事であり、それ以外は雑事にしかならない。仮に遺跡内で行動中、シオリが死のうと、オルトがしくじろうと、最終的にレイナを生存させたまま帰還させればそれで仕事は完遂。

 だから現状レイナにも出来るであろう仕事があっても助言などしない。その状況を(はた)から見れば意地が悪いと言われるかもしれないが、そのように指示された訳でもなければ、個人的にもそうした方が良いとも思わない。仕事の最中、手が空いて、それで自分の存在が必要になることはないと判断した時に限り余分な事へ、カナエの趣味趣向から発生する欲求を満たすことを優先する。

 カナエはカナエで職務に忠実なだけだ。ただ単純に。良くも悪くも。

 それらの認識は本人も、シオリも、一時的にチームに加わっているオルトでさえも薄々気付いており、共通認識として指摘されない。

 オルトがハンター達の忘れ物が無いかの確認をして、シオリが保険会社の社員とドランカムの事務員との手続きをしていようが、この後どのように動くにしてもするべきことがある。

 それに気付くのは本人であるべきだ。1人のハンターであるのならば。

 流石にレイナを小馬鹿にしたような態度をとるとシオリに本当に斬られそうなため、あからさまな態度にはしないが、現在請け負っている仕事に関しては少々億劫に感じていた。

 

(何と言うか空回(からまわ)りっすよね。未だ理想や夢想の中にいる気分なんすかね? まあ、それで危険地帯に行くことになるなら、私は万々歳っすから良いっすけど、それで割に合わないとか言われてオルト少年が途中離脱なんかしたら目も当てられないっすねー。……あっ、それで軋轢が出来たら出来たで、何かの拍子にオルト少年と闘えるかもしれないっす! それもありっすね!)

 

 引き金を引いたとしてもその中にある火薬が湿気ていては無意味だ。それならばオルトとの関係を悪化させておき禍根を残しておけば、その時が決定的な瞬間が訪れた時にオルトが怒りの矛先をレイナ達に向けて、自分は仕方がない、お仕事だからと全力で戦えるかもしれない。そのような無駄な皮算用を頭の片隅でし始めるぐらいには暇だった。

 カナエが自分の趣味嗜好、その現在の興味の対象であるオルトの様子を探る。救援依頼中、激しい戦闘があったにも(かかわ)らず、今は大した疲労も見受けられない。回復薬を使用しても取れる疲労は身体的な物であって、精神的なものではない。それでも今のオルトは1人休憩を取りに行く訳でもなく淡々と車内を調べていた。

 

(帰り道に見えた僅かな疲労も見えない。と、なるとあの程度の疲労の度合いであれば良くあることなのか、単に精神疲労の回復力が元々早かったか……、勘だけど恐らく前者っすね。あれだけ動けるのは才能ありきだとしても相当長い期間訓練を積まないと出来るものじゃないっす。情報通りなら更には近接戦闘も結構な練度で(おさ)めていると。うーん、やっぱり気になるっす)

 

 強者との戦闘を好む自分の趣向から発生する疼きを解消する為にと依頼中に頼むのは流石に度が過ぎるだろうと自重している。だからカナエは刺激されつつある自身の性分に可能な限り頑丈な蓋をして、今は見ないふりをしていた。何かしら、仕方が無かったと言い訳が付くような状況や切っ掛けでも無い限り、悪戯に仕掛けてしまうと、オルトと闘う前にシオリに斬り捨てられてしまう。普段はおちゃらけていても最低限の辛抱強さは持ち合わせている(ほう)だ。

 程無くしてオルトは車内を調べ終えて車外に出てくる。片手には少量の遺物と置き忘れられていた死体袋を持っていた。遺物は機械系モンスターの制御装置らしき物、死体袋は内部に残っている部位が非常に小さいのか丸められて(はし)に寄せられていたことで、置き忘れていったのだろうと推測される。情報収集機器で中身を確認することも出来るが、態々見たいものでもない。

 その両方を残っていた保険会社の部隊員に手渡せば、依頼の後処理も終了だ。シオリ達の方も手続きは済んでいたようだったが、撤収していく部隊を余所にアルハイン保険の部隊長が1人、シオリに話しかけている。

 

「お疲れ様。出来れば別の依頼も受けて貰えないだろうか。D43地点の救出依頼を受けたハンターが消息不明でな。B72地点の救出依頼を完遂した実績があるってことで、今なら多少報酬を優遇出来るぞ?」

「申し訳ございませんが今しがた帰還したばかりの為、一度休息を挟む予定です。一応先程の挙げた事務員宛てに依頼リストとして送信しておいてください。後ほど検討させて頂きます」

「了解した。まあ、気が向いたら頼む」

 

 部隊長はそれだけ言って部下達の後を追って戻っていった。

 それを見ていたレイナがシオリに近付いていく。

 

「シオリ。私ならまだ大丈夫だからさっきの依頼を受けましょう」

「なりません。お嬢様」

 

 シオリは内心で依頼の処理だけに異様に時間を掛けるドランカムの現状に対する恨み言を吐いていた所為で、僅かに怒気を孕ませた返答をしてしまい、それを受けたレイナが見るからに落ち込み始める。

 

「……なんで? ……私が足手纏い、だから?」

 

 その様子にシオリが返答を誤ったと焦りだす。

 

「いえ、そうではなく──」

「なあ、ここで話すことでもないだろ? それ。いい加減移動しないと他の邪魔にもなりそうだしな」

 

 沈痛な面持ちでシオリに詰め寄り始めたレイナと誤解を解こうとしたシオリをオルトが無気力に一蹴する。現在オルト達が居る位置はハンターオフィスの出張所の出入り口の近くだ。施設内部にはアルハイン保険以外にも多くの業者の職員が待機しており、救出されてきたハンター達の生存確認や、依頼を受けたハンターからの現場報告などを精査し纏める為の合流(ごうりゅう)地点とされているので長時間停車させておくと他の者達に迷惑が掛かる。

 使用させてもらっている側としての最低限のマナーとして、そして追加の依頼を受けてまだ遺跡に潜るのであれば必要な補給を済ませるために、オルトは好い加減この場から移動をしたかった。

 そしてオルトの一言で水を掛けられたように冷静になったレイナが先程までの自分を反省する。自分の意見だけを優先しようと、目に見える、言ってしまえば他者に誇れる成果を早く上げなければと焦燥感に駆られていたのだと理解して口を閉ざした。

 同じように言葉を発していたシオリも必要以上に目立つことも無いだろうと無言で同意を示す。

 オルトが身内なら率先して止めろとカナエへ視線を向けるがどこ吹く風と言わんばかりの笑みを返されるだけ。本人はいつの間にか助手席に乗り直しており、この場からの移動に最適な行動をいの一番に取っている所為で文句を言うにも言えなかった。

 大きく溜め息を吐いたオルトは取り敢えず静かになったところで移動しようとし始めたところで、オルト達の背後から声を掛けられる。

 

「レイナ……?」

 

 レイナ達が声のした方へ振り返ると、その先にはカツヤが少し驚いたような表情を浮かべて立っていた。

 

 

 ミハゾノ街遺跡で異変が発生したとクガマヤマ都市全域に知れ渡った際に、ドランカムは今回の一件を利用して都市との関係を更に深めておこうと人員の調整を開始した。

 それは徒党内の派閥ごとに差はあれど、都市を経由して要請されているミハゾノ街遺跡に取り残されたハンター達の救出依頼や、そもそもの原因となっているであろうセランタルビル制圧の為の派遣部隊の編制等々、現地で必要となる人員は相当数に(のぼ)る。

 徒党に所属しているハンター達の中で遠征に出ており期間的に都市への帰還が不可能な者や既に別の依頼に着手している者達を除外し、早急に編制可能な者達を招集してミハゾノ街遺跡の異変鎮圧へと送り出された。

 そして徒党員の大部分を必要とする程に大規模な作戦となることが事前に分かっていたドランカムはその陣頭指揮者として数名のハンターを候補に挙げていく。

 そのハンター達は先日の賞金首討伐作戦において多大な功績を残した人物達だ。しかし、その功績故に既に他の仕事に着手している者がそれなりの数()り、徒党内の派閥争いも作用した結果、その派閥の中で動員可能な数が多く、功績の多い者に陣頭指揮を取らせるという運びとなった。

 その結果、最終的な候補に残ったのがカツヤだ。

 

 

 カツヤを筆頭とした若手のハンターは勿論、派閥争いに興味の薄い者達や上からの要請だと自身を無理矢理納得させ、妥協して部隊に加わった者達も準備を済ませてミハゾノ街遺跡へと向かった。

 到着して即座に救出依頼の為に遺跡へ足を踏み入れることはせずに、長期間の依頼継続可能状態を作る為に徒党員にのみ利用を許可する簡易拠点の制作に取り掛かる。

 荒野(こうや)、それも異変を起こしている最中の遺跡のすぐ近くに陣地を拡げる為、危険性は非常に高い。しかし同じように簡易拠点を構築する他の徒党や、自分達よりも先に陣地を広げている者達が居る。自分達の有する武力要員達だけでは契約しているハンター達の救出がままならない保険会社や警備会社などの業者、遺跡へ赴くハンター達に向けて販売する弾薬や回復薬、エネルギーパックなどの補充物資を運搬してきた商人達、その日の疲労を取る為に設置された簡易ホテルやトレーラーハウスなどだ。これらはミハゾノ街遺跡のハンターオフィスの出張所を中心に展開し、この場では競争意識を沈め、全面的に協力し、お互いの安全性を担保する互助関係の構築も同時に行われている。

 構築作業は比較的下位の者達、つまりは若手の中でも更に功績が少なくハンターランクの低い者達、()しくは戦闘能力が著しく劣っている者達に割り振られ、陣頭指揮であるカツヤや、その下に元からついている者達に関してはこの場の安全性を考慮して業者の戦闘要員と共に外周部を彷徨(うろつ)いているモンスターの駆除や制圧区域の拡大に協力。

 それぞれが休憩を挟みながら簡易拠点の構築と遺跡の制圧区域の拡大に着手している中、現場で直接指示の出せる人間も居た方が良いと付いて来ていたミズハは危険性がこの場で一番低いハンターオフィスの出張所で待機していた。簡易拠点の構築が一段落した為、徒党の幹部を相手にするのだからと、カツヤ自らが出張所まで迎えに来ていたのだった。そしてカツヤの背後には仲の良いユミナとアイリも付いて来ている。

 賞金首騒動の時は色々と大変なこともあったが、それでもカツヤの満ち溢れている覇気にユミナもアイリも喜び、今回も無事終われるようにしようと3人で話し合っているところで、カツヤの耳に聞き覚えのある声が響く。

 それは丁度アルハイン保険の部隊員に救出対象の受渡しを終えたシオリに救出依頼への追加受注をレイナが懇願する声だった。

 

 

 振り返ったレイナはカツヤを見て驚きと共に羞恥にも似た感情を感じていた。

 クズスハラ街遺跡での一件でカツヤの(もと)から離れ、成長しよう、強くなろうと遺跡に足を踏み入れてモンスター討伐などの成果は上げているものの、実際は足踏み状態であり、成長を感じられていない。

 そんな自分とは違い、カツヤはヨノズカ駅遺跡の発見、遺跡内でモンスターの襲撃を受けても多くの仲間を救った功績に加えて、三体の賞金首討伐に関わったりと目覚ましい活躍を多く挙げていた。

 賞金首が荒野(こうや)を徘徊している間、シオリが万が一遭遇しては問題だとレイナを荒野(こうや)へは出さなかった上に、その一件が片付いて間も置かずミハゾノ街遺跡での活動に精を出そうとして、数日もしない内に異変に巻き込まれたのだ。

 結局、大した成長もしていない現状でカツヤの前に立つのは(はばか)られた。それでもそのような自分を見せないように、心情がバレないようにと必死に隠そうとしながら、久々にレイナに会えたことで喜色を浮かべて近付いて来るカツヤへ応対する。

 

「えっと……、久しぶりね。カツヤ」

「あ、ああ。久しぶり、レイナ。最近は徒党内でも見かけなかったから心配してたんだ。元気そうで良かったよ!」

「……え、ええ。心配してくれてありがとう……」

 

 しかしレイナの事情も心情も知らないカツヤから見たレイナは、久しぶりに会えたにも拘わらず元気がない。自分と視線を合わせてもらえず、返事も気の無い生返事程度だけ。

 以前のような勝ち気に溢れた様子が無いことをおかしく思い、カツヤは無意識にその理由を探し、同じように視界の中にいたオルトに目を向けた。

 

「……っ! あいつは……!?」

 

 オルトはゆっくりと移動させていた車の速度に合わせて歩いていたが、後方から付いてくるだろうと思っていたレイナ達が止まったことに気付くと大きく溜め息を吐いてから戻って来る。その様子からレイナ達とオルトは現在チームを組んでいると理解すると同時に、カツヤの胸中にふつふつと怒りが湧き上がっていく。

 レイナと組んでいる筈の(もの)が、そのレイナが元気のない様子を見せているにも(かかわ )らず現状をそのまま放置して、その(うえ)面倒くさそうに呆れている(さま)すら見せている。

 挙句の果てにはオルトはカツヤ達を軽く一瞥(いちべつ)すると、そのまま興味を失くしたようにシオリに一言何かを()げた後そのまま踵を返して去っていく。

 

「……あの野郎っ!?」

 

 カツヤがオルトのその様子に顔を険しくして後を追いかけようと動きだしたところで、その変化に気付いたユミナが手を伸ばしカツヤの腕を掴んで制止させた。

 

「──っ!? ユミナ!?」

 

 まさか止められるとは思っていなかったカツヤが振り返り、驚愕に見開かれた両目でカツヤがユミナを見やる。しかしユミナの表情は至って真面目に、そして真剣さが滲み出ていた。

 僅かにだが変化したカツヤの様子から警戒していたユミナはいつでもカツヤを止められるようにしていた。そして著しく変化した様子から即座に腕を伸ばして場を硬直させる。

 爆発したカツヤは間違いなく感情任せにオルトへと突っ掛かる可能性があり、それを受けたオルトが、(いわ)れの無い誹謗中傷を掛けられても笑って許してくれるような温和な人間性であるかは定かではない。カツヤ達よりもオルトとは話した仲ではあるが、そこまで懇意である訳でもない。以前話した時には、仕事に対して誠実であり、(こな)した事柄に対して相手も誠実であって欲しいと求めている比較的常識的な一面しか見ていない。その為、それ以外の苛烈な側面があっては間違いなく事が大きくなってしまう。

 逆にカツヤとは長い付き合いだ。そして残念な事ではあるが、少なくともカツヤには下位区画でアキラと揉めた際に、アキラが自ら引いてくれる様子を見せた後に余計な一言を言って相手の怒りを再燃させた前例がある。

 自分達の引率役(いんそつやく)だったシカラベにさえ気に食わないことがあればすぐに噛み付く直情的な部分もある。そしてそれは最近は少しずつ収まってきているが、無くなった訳では決してない。

 それらを加味した上で、今回は目に見える情報だけでも危険性が段違いだ。()ず引き起こすことをこそ止めるべきだとユミナは判断した。

 最悪ハンターオフィスの出張所周辺ということも無視して交戦に発展しかねない。今回の任務に合わせてドランカムも高性能な強化服に加えて高威力の銃を用意しており、オルトの強化服の防御でも容易(ようい)ではなくとも貫ける火力を有していると断言出来る。自分を殺し()る火力を持った相手が襲ってくれば軽くあしらって終わりにして貰えるとは到底思えない。そしてオルトと交戦状態に陥れば、周囲への被害は計り知れない。

 止めれる時に止めなければ1人で勝手に突っ走ってしまう。だからこそここで止めた。

 

「カツヤ。あなたは今回の作戦の陣頭指揮に選ばれたのでしょう? なら無闇矢鱈(むやみやたら)と動いたら駄目よ!」

「…………でも、なあ……」

 

 止められたカツヤが徐々に気を落としながら目で訴える。その様子に小さく溜め息を吐いたユミナが少しだけ優しさを滲ませた表情になり再度口を開く。

 

「……はぁ、分かったわ。前のことで感謝を伝えてくるついでにあらましだけでも聞いてくるから、カツヤはここで自分の仕事もちゃんとやってちょうだい。それでいいわね?」

「あ、ああ。分かった」

「それじゃあ、後でね。……アイリ。カツヤのこと、ちゃんと見張っててね?」

「うん。分かった」

「え!? それはちょっと酷いんじゃないか?」

 

 ユミナが説得を諦めて代替案として自分が行くと言い残し、共に居たアイリにカツヤが自分の職務を忘れるかもしれないから注意しておいて欲しいと言い残す。その様子にカツヤが苦笑いを浮かべ口を挟むが、2人は顔を見合わせてお互い肩を竦めるだけに終わり、明確な返答もないままユミナは走り出した。横を通り過ぎる際にシオリに一礼してから、オルトを追っていく。

 ユミナを見送ったカツヤが再度レイナに向き直り、その様子を確認するが依然暗い顔を浮かべていることに変わりはない。

 埒が明かないと何か話題を出そうと頭を捻るが、大した話題を上げられなかった。

 

 

 走行中の車に飛び乗ったオルトはハンターオフィスの出張所周辺に出来上がった様々な徒党が設置した拠点や簡易店舗などの間にある空地に停車させていた。

 ハンター徒党や個人的な繋がりで形成されたチームの数々、その者達相手に商売する為に大量の消耗品を用意してきた商売人、ミハゾノ街遺跡の鎮圧という大きな目標を基に様々な思惑を持った者達が入り乱れた結果構成されている多数の簡易拠点や車両群、それらの間を縫うように運転させながら車内の掃除も同時に行っていた。

 車内はそれなりに汚れているが、ハンター稼業には付きものだ。そのため用意している掃除用具一式も相応に高額なものを揃えてある。床や壁に洗剤を吹き付けて数秒待っていれば沁み込み始めていた血痕などが浮かび上がり、軽く流すだけであっさりと綺麗な状態に戻る。

 換気も済ませようとしたが、オルトの車両は屋根を展開してその側面と屋根に装甲タイルを貼り付けている為、荷台を開放状態には出来ない。その所為で少々血臭(けっしゅう)が籠っており、そのことにオルトは顔を顰めていた。

 

『オルト。運転席側を一部開放して気流の流れを作っておきましょう。追加で別の場所へ赴くとしてもそれまでの時間で換気も済むでしょうからね』

『それもそうだな』

 

 オルトはファナの助言に従って荷台の運転席側へと向かう。そこには救出対象がオルト達の所持品に手を出せないように車内に乗る程度の簡易防壁を立てかけて封鎖していた。それを一部開けて運転席と荷台の間にあるドアも開放すると徐々に車内の血臭(けっしゅう)も薄れていく。

 

『次は力場装甲(フォースフィールドアーマー)を張れるような製品にするか? それなら物によっては装甲タイルも要らないだろ』

『消耗品とは言え、装甲タイルは規格を統一し、機能を限定化させることで比較的低価格で高い防御力の保持を可能とさせています。それらを無視しても問題無いぐらい高性能な品となると、以前グレイがFARBEから借りていた輸送車両や大型の装甲兵員輸送車両などになりそうですね』

『ふーむ……、バイクは最悪屋根に乗せればいいとして、遺物を多く収集しても持ち帰れるほどに積載量があって、さっきの一斉砲火にも余裕で耐えられるほどに強力な力場装甲(フォースフィールドアーマー)を全面に張れるとなるとかなり()が張りそうだ』

 

 購入したばかりだというのに既に今の車両への不満点を挙げつつ、次は使用した弾薬などの補充の為に手を動かす。とは言っても追加購入するわけではない。今回の依頼の為に持ち込んだ消耗品がたっぷり詰まったリュックサックの中から必要な物を取り出し、装填されていた弾倉やエネルギーパックを交換して()いていた強化服と防護コートの弾倉ポーチも補充する。バイク本体と接続している銃の確認もすれば準備を()える。

 これで即座に戦闘行動へと移れる状態になった。

 

 

 車内の汚れに加えて残弾や残存エネルギー量も気にする必要が無くなったオルトは、未だ戻ってこないレイナ達のことを一瞬気に()めるが、声を掛けてきたのは同じドランカムに所属する人物だったはずだと思い、すぐにそちらの思考を止めた。シオリには先に移動する旨を伝えており、ついでに自分のいる地点もメッセージで送信済み。馴染みとの会話も終われば合流(ごうりゅう)してくるか、こちらから向かえば良いのでそちらに関しても気にしないことにした。

 

「やることがなくなったか」

 

 ふと呟く。

 別にオルトも常に仕事やすべきことに追われ続けたいわけでもない。だが何もしないを荒野(こうや)に出てまでする必要もない。

 換気の為に車両の後部と運転席までを開放しているので完全に掃除が終わった訳でもないが、今はそれ以上すべきことも無いので時間が過ぎるのを待つだけだ。

 そんなオルトの独り言に反応する人物がいる。それはカナエだった。

 

「お疲れ様っす。随分念入りに掃除してたっすねー。でも荷台は閉めなくても良いんすか?」

 

 移動中に車内の掃除を始めたオルトに代わって車両の外側、車体に張り付けてある装甲タイルを追加で張り直す作業を受け負っていた。それが一段落したからかオルト同様車両から降りてくる。

 

「この依頼中基本的に俺達が中に入る訳じゃないからって掃除を疎かにしたら後々(にお)いが染みついて取れなくなりました。とかは俺が嫌だ。……それよりもお前の方が変だからな?」

「変とか酷いっすね~。装甲タイルはちゃんと貼り直してきたっすよ? 剥ぎ取られた部分もこれで問題無しっす!」

「その貼り付ける体勢が、だよ!」

 

 先程までのカナエは、移動中だった所為で車両から降りて貼る訳にもいかないからと、屋根の端に足を引っ掛けて逆さまの状態で側面の装甲タイルを貼り直していた。車は走行中だ。ただ立っているだけでも着用しているメイド服のスカート部分がめくれる時がある。その時のカナエの様子から察してはいたが、本人は大して気にも留めずにその姿勢のまま装甲タイルを貼り直していた。それはオルトが車を今の位置に移動させている最中も変わらずに。その所為で変に注目を集めていたのは間違いない。

 立ち振る舞いから荒野(こうや)で活動する者ではないと判断出来るレイナが居ないので、カナエが仕えている相手がオルトだと勘違いした者も少なからず出ていた。その証拠にオルトの情報収集機器の集音機能が拾った会話内容から誤解が徐々に広がっている。

 オルトが掘り返した為カナエは悪戯に笑みを深めて乗り出す。

 

「大丈夫っすよ。この下にはちゃんと強化インナーを着てるっすから。問題無しっす!」

 

 カナエが楽しそうにそう言ってスカートの端を持ち上げた。するとその下に黒いタイツのように見える強化インナーが露わになる。

 その様子をオルトと共に見ていたファナが口を挟む。

 

『オルトの趣味にギリギリ合致していますかね?』

『……黙ってくれ』

 

 カナエの方へ援護が入ってしまったことにオルトは頭を抱えた。

 

「ん? どうしたっすか?」

「何でもない」

 

 急に頭を抱えたオルトを見て何かしら不満があるのだろうと察したカナエが声を上げる。

 

「……? あぁ! オルト少年的には強化インナーが無い方が良かったすね!」

理解(わか)っていませんね』

(もうどっちも黙っていて欲しい)

 

 自分を挟んで何を見せられて何を聞かされているのか。ある程度分かってしまうからこそ、オルトは天を見上げて現実逃避へと至ろうとした。下手に反応すると相手を楽しませるだけであり、何よりファナと口論をして勝てるとは到底思えない。

 非常に面倒だから暫く聞き流そうと心に決めていると、自身の情報収集機器に反応が入る。周囲のこちらへ奇異の目を向ける者達とは違い、明確にこちらに用が有るのだろうと判断出来る反応だった為オルトがそちらへと視線を向ける。

 その方向にはある程度離れた位置から常識的な速度でこちらに走って来ている者がいた。それはユミナだった。ただしその表情は引き攣ったものが浮かんでおり、それに比例した困惑を胸中に持っていることの証左となっている。

 オルトが大して操作せずとも容易に掴める距離にいるということは、あちらにもオルト達の様子が容易に視認出来る。であれば浮かべている表情にも納得がいく。今のオルトを傍から見れば、非常に残念ではあるが美人の部類に入る女性、それもメイド服を着ている人物に羞恥プレイをさせていると捉えられても(なん)らおかしくない状況に置かれているからだ。実際にユミナの接近に気付く前からでも周囲のハンターや商人の男性から羨望と侮蔑の混ざった視線を頂戴している。

 若手のハンター。年齢不相応の高額で高性能な装備。それに加えて下劣な趣味に理解のある従者。

 少ない情報を基に生まれるオルトという人物像は惨憺(さんたん)たるものだった。

 現実逃避に走っている間にそのような事態にされていることに今更ながら気付いたオルトは大きく溜め息を吐く。そして目の前のカナエの視線が近付いて来ているユミナへと向いた瞬間、一も二もなく自分の車の屋根へと飛び移った。

 突然の行動に驚いたカナエが、オルトの様子から同じようにユミナへと向けていた顔をオルトへと戻す。そしてそのような行動を取った理由を聞こうと口を開く前にユミナが話し掛けてきた為それは叶わなかった。

 

 

 カツヤは困っていた。

 目の前のレイナは一見すれば普通に立っているようにしか見えないが、少し前までは徒党の敷地内やハンター稼業中も一緒に居たのだ。流石に気を落としていることぐらいは察することが出来る。しかしだからと言って掛ける言葉が見つからない。

 それでも数言交わして終わりにするのは避けたかった。最近、レイナは徒党に顔を出しても短時間のみで、基本的に壁の中に借りている住居で生活している為、今のカツヤから会いに行くのはまず不可能だ。そして残念なことながら現在のカツヤには若手派のリーダーとしての側面もある。そしてその若手派の中にはレイナに対して悪感情を持つ者達も少なからず居る所為で表立って会うことは控えるようにと後ろ盾となっているミズハから言い含められていたことから、徒党を通しても話すどころか会うことも難しい状況だった。だからこそ会えた場所が荒野(こうや)だったとしてもそこは気にしない。

 

「こんな場所で会えるとは思わなかった。最近は徒党に来ても強化服に着替える程度しかしてなかっただろ? 心配してたんだ。あれからそっちはどうだった? こっちは──」

 

 カツヤが話を広げようと近況を交えながらレイナへと幾つかの質問をするが、レイナはそのカツヤから向けられる言葉が苦しかった。

 心配した。大丈夫なのか。それらは好意的に受け取れば確かに他人の為になる言葉だ。しかしカツヤは忘れてしまっていた。真面(まとも)に会話したのが数か月前ということ、それからはヨノズカ駅遺跡での仲間の死、賞金首の騒動などがあった為、仕方ない面もある。しかしレイナはカツヤの庇護対象では()たくないと言ってチームから離脱したのだ。

 かつてチームを組んでいた時も、そして今も。レイナはカツヤから同じ言葉を掛けられている。もしレイナが自信に満ち溢れた心持ちであれば華やかに笑い、カツヤの言葉を受入れ、喜んだだろう。しかし今のレイナはそれを打ち壊されている。

 それでも夢想し、理想を求め、その場所へ行こうと心に決めていた。

 シオリが居る。カナエまで居る。最悪は避けられるような、言ってしまえば安全マージンを多分に取りながらのハンター稼業だ。死ぬことなどないと言える。しかし絶対はない。万が一。億が一死ぬかもしれない領域でシオリが最低限の補助をしながらも成果を稼いでいた。

 しかし、レイナの目の前で話を広げるカツヤからはそんなものでは比べるべくもない功績の数々が語られていた。

 カツヤを主体とした若手派を擁する事務派閥の幹部から地下街攻略の時の戦果を認められ、その幹部から未発見の遺跡の情報を貰い、そこを探れば本当に存在していたこと。モンスターの大群に襲われたが、それでも多くの仲間を救い出したこと。過合成スネークの討伐時は急な事態の変化に追われたが、賞金首を引き付けている間に部隊の皆が頑張ってくれた結果、討伐出来たのだと話していた。

 それらの話に続けるようにカツヤは自分の着ている強化服を指差した。

 

「──それで賞金首討伐の功績が企業さんの目に()まったらしくてさ、新装備が支給されたんだ。以前のやつよりずっと高性能で、まだ発売前の最新装備みたいなんだけど──」

「お待ちください、カツヤ様」

 

 自身満々に話を続けるカツヤを遮るようにシオリが前に出る。その表情はいつも通りの無表情を映しているが、カツヤは僅かな圧を感じ、シオリの背にいるレイナも少しばかりたじろぐ。

 

「それはドランカム内でのみ共有されるべき情報です。このような誰が聞いているか分からない場所でみだりに語るものではないはずです」

「あっ、えっと……。たしか、に……?」

 

 レイナを元気づける為にしていた事だった。それならシオリもきっと少し時間を使うことぐらい許してくれるだろうとカツヤは思っていた。それどころか自分と同じように励ます側に立ってくれるだろうとも思っていたところ、不意に割り込んで来てカツヤを責めてきた。そしてそれは実際に正しい指摘であり、威圧もぶつけられて反論も出来ない。

 

「カツヤ様。お嬢様のことを心配していただき感謝いたします。これに嘘はありません。しかしながら私達は遺跡から出て来たばかり。その為、休息を取り疲労を癒す必要が有ります」

「そ、それならドランカムの簡易拠点があるんだ。こっちも用事が終わったら向かうし、落ち着いて話せると思う」

「申し訳ございません。現在私たちがチームを組んでいるハンターはドランカム所属ではありません。その為ドランカムの簡易拠点へ入ることは叶いません」

「いや、話をするだけならシオリさん達だけで良いと思うんだけど」

「こちらもこちらで別途依頼を受けております。次の依頼について打ち合わせ、調整する必要も有ります。申し訳御座いませんがこれで」

 

 そう言ってシオリは軽く一礼してから離れていく。レイナもシオリの不自然な圧に押され、促されては不満はあっても文句は吐けない。しかしレイナから見たカツヤは気になる異性であり、いつの日か共に肩を並べて戦えることを夢見る相手でもある。それと同時に現在の不甲斐ない自分を見せたくもない。そんな心情からこの場に留まりたい自分と、一刻も早く立ち去りたい自分がいる事に悩みながら、何度かカツヤとシオリの顔を交互に見た後、諦めたようにシオリに連れられて去っていく。

 離れていくレイナの背をカツヤが悔し気に見ていた。

 少し前までは一緒に活動していたのだ。そしてその時とは装備も良くなり、技量も部隊運用の練度も上がった。それならまたどこかで一緒にいられるようになるはずだ、偶然会えたこの時がきっとそうなのだと心のどこかで期待していたからこそ、その期待が裏切られたカツヤが受けるショックは一段と強い。そしてそれに比例するかのようにその原因となった人物への激情が膨れ上がっていく。

 レイナやシオリ、関係は浅いがカナエに関してもまるで自分よりもオルトのことを優先しているように感じ、どこか殺意にも似た感情を抱き始める。

 

「……まだ、足りない」

 

 小さく呟く。カツヤはオルトからその実力を連想した。レイナはその実力故にオルトと共に居るのだろうと解釈し、ならば自分がもっと強ければ戻ってくるのだろうと。

 誰にも届かないはずの言葉は、その思考はゆっくりと伝播していく。

 

 

 シオリがカツヤの話を遮った理由はカツヤに語ったように徒党内の内情を往来で話すべきではないということもあるが、それは要因の一つでしかない。一番の理由はレイナが今の事務派閥に万が一合流(ごうりゅう)してしまわないようにする為だった。

 確かにシオリもレイナへ新しい強化服を装備するように進言して、敢え無く断られている者として装備の新調は願ったりだ。しかしながらレイナが惚れ込んでいるカツヤからの勧めだからとカツヤ達と同じ強化服を着られることは避けなければならない。そう判断した。

 カツヤから語られた内容が確かであれば現在事務派閥の使用している強化服は正式販売まで漕ぎ付けられていない。いわば開発中の製品だ。

 以前の装備よりも高性能であり、それを事務派閥に所属しているハンター全員に配ったのであればその総額は数十億は下らないはずだが、その資金源となった場所はどこか。直近では賞金首が思いつく。だが事務派閥が参加した過合成スネークもビッグウォーカーも、討伐の際には大量の弾薬やエネルギーパック、車両、果てには人的な被害も盛大に出たと聞いていた。

 その補填や修繕費も掛かった上で新製品の強化服など到底揃えられる筈もない。たとえ壁の中にいる者達がスポンサーに着いたとしても、その彼らも慈善事業でしている訳では無く、利益が見込めるからこそ出資しているに過ぎない。そしてその利益とは賞金首の討伐報酬や、今後のドランカムへ出す依頼を優先的に受注してもらう契約等々。要はこれから主導権を握るであろう事務派閥を介したドランカムの運用方針に対する発言権の入手だ。

 これらの理由を合わせて最悪の事態を考慮する。

 

(最低限の安全確認しかされていない装備の実地試験に徒党内の人間を使うことを条件に企業へ貸し出させ、収集した戦闘データを提供すると言ったところでしょう。本当に最悪に最悪を想定した場合ですが)

 

 流石に現在の装備よりも高性能であったとしても、シオリ目線で安全性に欠ける装備をレイナに使って欲しいとは思えなかった。何よりカツヤ達は今から市街区画の機械系モンスターを排除しつつセランタルビル方向へと進み、制圧するのだ。あのアキラでさえ嫌がる場所へ自身の仕える(あるじ)を送り出す訳にはいかなかった。

 

 

 結局カツヤと話した分だけ気を沈める結果になったレイナは暗い表情を隠すことも出来ずにいた。そこに元から持っている美少女然とした様子は見られない。非常にゆっくりとした足取りでオルトが停車させている場所まで歩いてきていた。

 その所為でいつもはレイナの後ろに控えているシオリの立ち位置が徐々に前方へと、オルトの車両が見える時にはほぼ横に並んでいた。しかし突如としてシオリの足が止まる。下を向いていたレイナは視界がほぼ制限されているにも等しく、変化には乏しい。その中で起きた変化にどうしたのかと視線を上げると、シオリが足を止めた理由が良く分かった。

 

「あぁ、もう……なぜっ!?」

 

 そんな声も出せるのか、と内心で少し笑う。その分だけ軽くなった気持ちも目の前の光景が吹き飛ばした。レイナ達の視線の先ではオルトがカナエと戦っていたのだ。

 

 

一話にどの程度の文字数が読み易い?

  • ~5000
  • 5001~10000
  • 10001~15000
  • 15001~20000
  • 20001~30000
  • それ以上
  • 文字数に興味無い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。