リビルドワールド 孤独に非   作:たっぷり

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難産


・第三十八話 個人への依頼

 

 本日の救援依頼を()えたオルトはミハゾノ街遺跡からの帰路についていた。

 荒野(こうや)を照らす()の光は既に地平線の向こう側へ隠れており、周囲一帯は既に暗夜となっている。しかし、新調した荒野(こうや)仕様の大型車両が搭載している索敵機器は以前の物よりも高性能だ。そのぶん索敵範囲も十分に広く、この暗闇の中であっても一定の安全性を担保してくれている。結構な速度を出して周囲に隠れ潜んでいるモンスターを刺激してしまったとしても、先んじて発見し撃破することが可能だ。

 闇夜(やみよ)のなか周辺に存在が露見するほどの速度で車を走らせている理由の一つは、乗員の疲労度合いを考慮してのことだった。

 

疲労困憊(ひろうこんぱい)……、いや、気息奄々(きそくえんえん)だっけ?』

 

 荷台の中にはレイナ達が居る。しかし、現在真面に活動できるのはシオリぐらいだ。他の2人は横になって休んでいる。

 片や精神的(せいしんてき)に、片や身体的(しんたいてき)に、極度の疲労を溜め込んでいるからだ。

 

 

 レイナは経路施設の依頼中、常に周囲を警戒しておくために集中し続けていた。高い集中力の維持が可能であれば、敵の察知から先制攻撃での撃破が容易となる。データ連携しているおかげでオルトの情報収集機器から取得情報が送られてきていることもあり、索敵範囲はレイナの装備では考えられないほど段違いに広く、その上、ドランカムからの支給装備よりもずっと高性能で高火力を誇るK2R複合銃を貸されていたこともあって、レイナが討伐した機械系モンスターの数はかなりの数になっている

 そして銃を持って機械系モンスターの撃破をしている両名の視界の中、作成中の経路から離れた位置へ飛び出して戦っていたカナエは、誰よりも早く撃破数を稼ぐ必要性を課せられていた。

 レイナに貸し出されたK2R複合銃は取り回しを重視した拡張部品だけを組み込まれているからと言って弱い訳もなく、装填されている対機徹甲弾の貫通性能と合わされば、工場区画側から出てくる機械系モンスター程度弱点を正確に狙えれば一撃で沈めることも可能。

 更に言えば、オルトは追加でもう1挺持つことが出来る。その両手に持った銃から大量の銃弾を撃ち出し、その全てを射程内の機械系モンスターへと着弾させて攻撃機能である機銃や砲塔を破壊し、脚部や足場を(くだ)いて体勢を崩させ、ただの(まと)へと変えて、カナエとレイナが撃破し易いようにしながらも、自分は自分で撃破数を荒稼ぎしていた。

 大物殺し用に威力向上のため大量の拡張部品が組み込まれた威力特化型K2R複合銃も使っていること、その威力に見合った反動を片手で制御出来る強化服と併用しているのだ。呆けていれば撃破数の差は数分(ごと)に無情にも広がっていく。

 その為、カナエは常に四方八方へと駆け、()び、人の大きさを優に超える大きさを持つ個体に対しても、自身の間合いに入れた瞬間に強烈な一撃を放ち、機械系モンスターをある時は手刀で貫き、ある時は拳で粉砕する。

 2人とは違い完全に近接戦闘だけで撃破数を伸ばしているのにも拘らず、その数はオルトも少々驚くことに僅差でトップを取り続けていた。

 その状況が延々と続くのならばその状態を続ければいい。だが敵が襲撃してくる周期は一定ではない。

 長時間少人数で戦闘する経験の浅いレイナでは、敵の射線の見極めや有効的な射撃を行う為の移動などに思考を()ける程の余裕はなく、2人の足を引っ張らないようにしなければという思いに加えて、1人だけ離されていく討伐数を追い付かせたいという思いから、敵が居なくなった時間にすら警戒状態を維持し続け、疲労を抜くタイミングを見失わせていた。

 そしてカナエは疲労を溜め込む戦い方を強要されていたことが原因だ。

 大量のモンスターに襲われたとしても即座に撃破へと移る。()れた様子で気を常に張るなんてこともせず、適宜休憩を挟んでは不規則な周期で襲撃してくる機械系モンスターを逸早く察知して接近、一撃で的確に撃破してモンスターの群れの注意を自分へと向けて自身の間合いに敵を入れやすい状況を敵の襲撃の(たび)に作り続ける。でなければ有効射程が最も長い銃を所持しているオルトが先に銃撃してしまう。そうなると機械系モンスターの中に存在する不審者ごとの危険度の高さから設定される排除優先度でオルトに負けて、自分を素通りしていく個体が出てしまい、カナエは前線から作成中の経路の近くまで戻る必要が(しょう)じる。

 前線から前に出て敵に近付くのならば良い。それならば撃破数を独り占め出来る機会が増える。しかしオルト達と同じ地点まで戻ると、撃破後にまた元の位置まで戻らなければならず、無駄に体力を消耗してしまう。

 オルトとの模擬戦に関して、少なくともシオリが適正価格だろうと認める額は稼がなければ自分の給料が減ってしまう恐れがある。それだけならばまだ良いが、それを許容できる人物と認知されると次は自由な休暇まで減る可能性が生まれてしまう。数体を殴り倒して終わりにしてもらえるとは思えない。それはオルトと闘ったカナエが一番よく理解している。

 その為、レイナを即座に守れる距離を保ちながらも、ある程度深くまで踏み込んで自分の討伐数を増やしていた。内心、今までろくにモンスターとの戦闘もしてなかったからこれでハンターランクが幾らか上がりそうだなと呟きながら、(こぶし)や蹴りを繰り出す。

 しかしどれだけ効率的に動き、撃破し、群れの殲滅を(はか)っていても疲労は溜まるのだ。一応回復薬を使って誤魔化してはいるが、使用しているのはオルトが使っている一箱数百万オーラムといった高級品ではない。取れる疲労は相応に低いため、時間経過と共に徐々に疲労は溜まり続ける。

 流石にオルトから回復薬を融通してもらうことは出来なかった。それをすればオルト個人の安全性を下げることに繋がる。そして荒野(こうや)で、それも異変を起こしている遺跡の中でその類いの取引ともなれば、そこに付随する付加価値は段違いに膨れ上がってしまう。本当に必要ともなれば吹っ掛けられようともやむを得ないが、いざという時はオルト達の居る経路へと逃げ込めるのだ。どうしようもない状況でもなかった為にその考えは最初から無いに等しい。

 前衛としてカナエが自分達から大きく離れたことで()いた穴を埋めるようにレイナの護衛に集中していたシオリを除き、依頼終了時に真面に動ける者はオルトぐらいだった。オルトも少し前までであれば、疲弊して車に乗ることも億劫に感じる程の疲労感を覚えていただろう。だが、今までの戦闘経験や多額の装備に消耗品、それらを使いこなせるようにと日常的に行なっている訓練のおかげで大した疲労は感じていない。回復薬もあるのだ。精神的にも身体的(しんたいてき)にも程よい疲労感を覚える程度で済んでいた。

 だがそれらを持ち()ない者達は違う。数時間に及ぶ経路作成依頼中に散発的に発生した機械系モンスターとの戦闘により、レイナは両目の焦点も定まらないほどに疲弊している。依頼中、群れで襲って来た機械系モンスターたちとの交戦を終えた時を見計(みはか)らって何度もシオリが助言をしていたが、その言葉が真にレイナへ届くことはなかった。そのシオリから勧められている装備新調を(かたく)なに(ことわ)っていることに加え、自分を置いていくかのように戦果を稼ぎ続ける2人へ追い付く為に警戒範囲を広げようと集中していることなど、焦燥感だけが募っていくだけだ。

 ()も落ちて、少し経った頃には依頼の最低経過時間は充分過ぎている。交代先の人員は既に準備完了しているという通信も入っていたこともあり、レイナはシオリに抱えられて車内へ先に戻っていった。不甲斐無(ふがいな)さから苦渋に満ちた表情を浮かべながら。

 オルトが車両の方へ歩きながらレイナの様子を(かんが)みつつ、明日以降もこの依頼が継続されるかどうか思考に(ふけ)っていたのだが、前衛として動き回り続けたことで、体力が尽きてしまったカナエが休息を取らんとばかりにしなだれかかってきた。

 

「精根尽き果てるってこういうことを言うんすねー……。オルト少年、おんぶでも抱っこでも何でも良いっすから運んで欲しいっす……うぉっ!?」

 

 思考を一時中断させられたオルトは、なんでも良いという言葉通りカナエの首根っこを掴み、そのまま車内へと放り投げる。驚き混じりの声の後に、乙女の扱いがなってない、という苦情も聞こえてきたが気の所為だろうと無視し、自分は車両の屋根へと飛び乗り発進させた。

 現場監督をしていたハンターオフィスの職員には切り上げる(むね)を伝えてある。後はシオリが依頼を仲介したドランカムの事務員に報告を上げればハンターオフィスに達成済みという文字と共に詳細も含めて記載される仕組みだ。

 オルトは一応ハンターオフィスの出張所周辺にあったドランカムの簡易拠点に送るかどうか聞くと、シオリから都市に戻ってほしいという返答をもらい、その陣地へと寄ることなく荒野(こうや)へと出た。

 先ほどの提案にはオルトの配慮も混じっている。車内には一応簡易ベッドが用意されているので荒野(こうや)での寝泊まりが可能だが、それは最低限仮眠が取れるようにオルトが購入した物だ。壁の中での生活が基準となっている者達ではベッドと認識するかどうか怪しいと思い、都市よりも断然近い場所に寝泊まりの為に用意された施設もある。そこへ行き、疲労回復を優先するかどうかという問いかけだった。

 だがシオリは一も二もなくその案を一蹴して都市への帰還を望んだ。オルトも都市への帰還は既定路線であり、ハンターオフィスの出張所の方向へ行かなくてもよいのであれば、手間も少なくなるので有り難いと心の内で思う。

 実際、車内ではベッドの上で極度の精神疲労から顔を青くしているレイナと、床に転がされているカナエがいる。

 荒野(こうや)では不測の事態など起きる時には起きるのだ。この状況で起きた場合はどうしようかと考えながら、オルトは車両の屋根の上で周囲の警戒を担っていた。

 

死屍(しし)累々(るいるい)でなくて良かったですね?』

 

 揶揄うように笑い掛けてくるファナに、オルトは苦笑いを返す。

 

『本当になり()そうなことは言わないでくれよ。……こうやって無事に依頼が終わって、さぁ都市までもう少しって(とき)に死にそうになったんだぞ? あんなことは生涯一度だけで充分だ』

『そうですね。オルトは不運にも突発的な事態の変化に巻き込まれることが多々ありますし、もう少し速度を上げつつ安全に都市へと戻りましょう』

『……了解だ』

 

 今までの経験を()げられたオルトは溜め息を吐く。実際に起きたことはもう覆らない。そして一度起きたことが再度起こらないなんてことも無い。再発を完全に防止する事もまた、どうにも出来ない。荒野(こうや)の、そして旧世界側の都合によって引き起こされる事象に巻き込まれることが東部での基本だからだ。

 そのため何時(いつ)如何(いか)なる状況下でそれが起きたとしても対処出来るように備えるべく、オルトは気を引き締めていた。

 徐々に加速していく車が起こした音や振動によって近付いてきたモンスター達は、K2R複合銃の有効射程内に踏み込んだ瞬間に弱点部位に銃弾を撃ち込まれ荒野(こうや)を滑るようにして死に絶える。それでも死なないような強靭な生命力を持つモンスターでも連射することで全身に風穴(かざあな)を開けられて同じ末路を辿った。オルト達に被害をもたらすことは出来ない。

 何度か繰り返しているとクガマヤマ都市の遠景が見えてくる。

 今日は()()が必要になるような強敵が出てこずに済んだ。運が良かったと思いながらオルトは都市へ帰還する。

 

 

 レイナ達はオルトにクガマビルの前まで送り届けてもらった後、そのまま防壁の中にあるマンションへと戻って来ていた。

 既にレイナは就寝している。都市へ帰還するまでの時間である程度回復したとはいえ、溜まった疲労が完全に消え去った訳ではない。軽い食事と入浴を済ませたあと、いつもより早い時間ではあったが、疲労や入浴によって抗いがたいほど大きくなった眠気に従うように、そのまま泥のように眠りに着いた。

 そしてレイナが就寝した後にも日々の業務を済ましたシオリは、1人ドランカムに()げるための依頼に関する報告書を書いている。依頼の最中、チーム全体で取得した情報を汎用的な規格に纏めたり、使用した消耗品などを計上したり、実際に現場に赴いた上で何を見たのか、それをどのように感じたのかなど個人的な観点からの情報もまた報告対象だ。義務では無いものもあるが、一個人が些末なことだと判断していたことが徒党に属する他のハンターの命を救う可能性もある。そのため些事だと判断するのは事務仕事を(こな)す者達が客観的な視点から、そして仲の良いハンター達の勘のような曖昧な基準から必要性を判断し、その記載を残すのだ。

 それが徒党に所属する利点の一つ。足を運ぶ前に遺跡の内情についてある程度の情報を把握可能という点だ。遺跡内で注意を向けるべき方向が分かっていれば危機回避に役立つ。

 それを理解しているからこそ、シオリは内心で吐き捨て続けている罵詈雑言を隠して丁寧に報告書を作成していた。

 

「……まぁ、信頼性が低いだとか無理にでもケチをつけて適当に流されるのがオチでしょうけれど」

 

 それはそれとして愚痴は漏れる。

 一つの組織として動いている筈が内部抗争などを継続している所為で面倒な事柄も発生していた。

 二つ以上の派閥が発生して、お互いが高め合い、競い合うのならば非常に健全な関係と言える。しかし現実はそう甘くはない。相手側が何らかの得を発生させれば、それを超えようという思考よりも先に、それを奪い取ろうという発想に至る者が大半だ。どこかのタイミングで足の引っ張り合いが起き、結果として大惨事に発展することも少なくない。その後に利権の獲得や組織の掌握が出来るのであればその他のことはどうでも良いと考える者もまた、少なくはないからだ。

 損失よりも利益が大きくなるのであれば多少の損ぐらいは許容する。それがどこまでも利益団体である東部の基準だ。その中にあるクガマヤマ都市も、そしてそこを拠点としているドランカムという徒党もその考えに準じている。

 だからと言って、内部での経済は人が回しているのだ。機械的に、無機質に、冷徹に人材を運用する必要性は無いだろう、とシオリはそのまま内心で愚痴を吐きつつも報告書を仕上げる。後は次の依頼の時に使用する消耗品の確認を済ませれば終わりだ。準備に漏れが無いかの確認に向かう。

 

 

 業務の大部分をシオリや他のメイドが請け負っているおかげで、カナエがしなければならないことは結構少ない。その事を良いことに回復薬の使用もほどほどに時間経過で体力が回復することに努めていたカナエは夜も深まってきた頃に、フロア共有の浴場へと足を運んでいた。その足取りは非常に軽やかだ。

 遺跡の中ではレイナの持ち込んでいるものと同程度の比較的安価な回復薬しか使用していなかったことで、大した疲労回復を見込めなかった結果、都市に帰還してからも数時間の休息を要したが、その時間も無駄にしたなどと思うことはない。

 精々が、まさか緊急時でもない時に自分がこんなにも働かされるとは思いもしなかったな、という一言で済む感想程度であり特筆すべき不満はなかった。

 自分が己の趣味趣向に走った結果であり、現在(つか)えているレイナに対して、大した忠誠心も持っていないが(ゆえ)に職務に忠実であろうとする気持ちが好奇心に敗北した結果でもあるのだが、それでも自業自得なことぐらいは理解している。

 そのせいで異変を起こしている最中の遺跡の中、危険度の高い工場区画の未制圧区域へ続く通路作成依頼中に、吶喊(とっかん)していると勘違いされても可笑(おか)しくないぐらいにチームから離れた位置取りをしながらの戦闘を()いられてしまった。それらに不満は覚えていない。不平も感じない。それどころかカナエ基準で相手としては楽しくないほうに分類される機械系モンスターとの戦闘中であっても、(つね)にちょっとした充足感を感じていたほどだった。

 理由は単純。オルトとの手合わせでそれだけ満足感を()られたからだ。

 ここ最近は余りにも退屈に満ちていた。カナエがクガマヤマ都市に居るレイナの(もと)に派遣されて既に半年近く()っているが、その(かん)に起きた楽しいことなど片手の指で足りるほどに少ない。精々がアキラがカツヤ達と下位区画で揉めた際に向けられた殺意に少々そそられた程度。あてられて先に手が出ないように自制したが、相手が銃を握っていればその時点で交戦の判断を(くだ)していたかもしれない。

 その場所が都市の定めた経済区画内であろうと無視して始めてしまおうか。シオリに(たしな)められてその場は撤退したが、内心ではそう思うほどに退屈していたのだ。

 それからも大して面白い出来事など無かった。いや、面白そうな出来事自体はあったのだ。都市の外では賞金首の騒ぎが起きており、多くのハンターが金と名誉を求めて非常に活発に活動していたというのに、シオリはレイナの身を最優先して決して都市の外へは出さないようにしていた。

 それはもう入念に、安全の為と言って最低でも常にメイドを1人は付けておく程度には、用心に用心を重ねて。上空領域のモンスターが()りて来たことを考えれば、流石のカナエでもそれは仕方の無いことだろうと、今でも思っている。

 実際、どの賞金首も討伐完了までに多くの死傷者が出ていた。アーミーマメストラに至っては討伐中に変異を果たしたと記載されてあり、シオリの懸念が杞憂に終わらなかったことも証明されたからだ。

 強敵と戦いたい自身の性分が刺激されていても、それだけを理由に1人で飛び出すような真似はしない。カナエという存在は、所詮どこまでいっても緊急時の状況打破を期待された戦力として此処にいるのであって、レイナのハンター稼業の方針について指図できる立場ではない。基本的にシオリがある程度決めている。安全性に大変配慮したその方針に従っている限り、あまり面白いことには巡り合えないだろうと思っていた。

 昨日までは。

 シオリがレイナのハンターとしての実力向上やランク稼ぎの場所として選んだミハゾノ街遺跡で異変が起きたこと。そしてその騒ぎに()る危険度の度合いを知る為アキラへと接触することを促し、その場に居合わせたオルトとの縁が出来たことが現状を大きく変えた。

 都市からはミハゾノ街遺跡の事態鎮圧を求められ、それを受けたドランカムからは鎮圧部隊への参加を求められ、挙句の果てには長期間における徒党への非協力的な姿勢からか脱党処分までチラつかされ始める始末。

 カナエからしてみれば大したことでもないが、レイナは別だ。そしてレイナを取り巻く現状を一番よく知っているシオリもそれは許容出来かねる。

 異変が終息しないのであれば、送られてくる指令の文言(もんごん)は徐々に明文化され始め、最後は処理の実行が()されてしまう。

 それを避けるためには結局どこかのタイミングで事態への介入をせざるを得ない。シオリの中にある静観と介入の天秤が出来た時点で、カナエはその介入するべきだと思う方へ(かたむ)くように行動していた。

 オルトに関する情報を都市に残っているメイドたちに収集して貰えるように連絡を入れて用意させる。時間がそれなりしかなく、裏取りは確実ではなかったがシオリを納得させるだけのものにはなった。

 そして結果として楽しい手合わせが実現したのだ。それも初日で。

 この依頼中、二度三度と繰り返すことは出来ないとカナエも分かっている。時間もなければ下手をするとどちらかが依頼継続不可の大怪我を負うかもしれない。

 だが、その後ならば話は別だ。自分に割り振られている休日や荒野(こうや)で偶然、たまたま、意図せず遭遇した際に周囲が安全であれば、シオリからの苦情も多少は和らぐ。オルトに関してもある程度の好条件を提示すれば乗ってくる可能性が高く、誘いやすい。

 

(ただ、誘う方法は今からでも考えていた方が良いっすね。なにが良いんすかね~)

 

 思案を重ねつつ、カナエがゆっくりと視線を下ろしていく。今一番想定し(やす)い他者への、そして異性に渡すには結構な価値を持つだろうと思える自身の肉体を見た上で小さく溜め息を吐いた。

 

(……こっちを貸しの名目にしても大して反応してなかったっすし、条件としては弱いんすかね……? 昨日見たあのキャロルってハンターの装備や雰囲気からしてそっち系の仕事もしてる相手に対しても一切情欲の()じった視線を向けてなかったっす。何なら興味すら無さげだったっすからね~……)

 

 命のやり取りを行なえばそれだけ人間の本能は刺激され生存本能は表出(ひょうしゅつ)する。そして相手を求める。(つがい)を探す。(しゅ)を残す為に。普通のことだ。

 しかし現状オルトにはそれが見受けられない。昨日、聞き出した情報ではアキラ達もそうだがオルトも遺跡内からの脱出には困難を極めたと聞いていた。本人がそう言っていたとキャロルが言っていたのだから間違いは無いだろう。嘘を言う必要もない。ならばと、その時も、そして今日の戦闘行為でさえもそれを発生させないほどに自制心が強いのか、それともその方面の欲が完全に消滅しているのか。消え失せていない可能性の方が高いが、否定しきれない。

 

(私や(あね)さんに向ける視線は物珍しさというか、武装へ対する興味と警戒の色の方が強いっすし……。…………あっ、そう言えば食事中は滅茶苦茶笑顔を浮かべてたっすね。そっち方面なら脈ありっすかね?)

 

 ちょっとした光明が見えて来たことにカナエが笑みを深める。

 なんとかなりそうだ。その思いと共に、ここ最近溜まってきた欲求不満が一気に解消され、今後も定期的に解消できそうな気配を感じてカナエは非常にご機嫌なまま湯船を堪能していた。

 そこへシオリがやって来る。カナエを見て溜め息を吐く。

 

「貴女、まだ起きていたのね。とっくに寝ていると思っていたのだけど」

 

 自分はドランカムから送られてくる文面に神経を逆撫でられながらも報告書を作成していたのにも拘らず、そちら方面は一切手伝おうとしないカナエに向けて、シオリは嫌味を含めた言葉を受け、それでもカナエはあっけらかんと返す。

 

「いや~久しぶりに楽しいことがあったっすから、興奮して寝るに寝られなくて。シャワーだけ浴びて寝ようかなって思ってたんすけど、やっぱり湯に浸かろうと思って今っすよ~」

「……そう、興味ないわ」

「えー、そっちから聞いてきたんじゃないっすか~」

 

 湯に心身を溶かしているカナエの間延(まの)びした返事を聞いたシオリはバッサリと切り捨てた。

 連日送られてくるドランカムからの指令にウンザリしながらも対処して、要注意対象が増えてしまったことで増えた心的(しんてき)疲労が加わり、早急に身体だけでも休めたいのだ。真面に相手したいと思っていなかった。出来れば何の気苦労もない1人の時間が欲しいとさえ思っている。

 全身を隈なく洗ったシオリが湯に身体を浸けてもまだカナエは湯を楽しんでいた。

 2人の間にはちゃぷちゃぷという水音だけが流れている。

 その静かな空間を破ったのはカナエの方からだった。

 

「何か聞きたいことでもあるんじゃないっすか~?」

「…………なぜそう思うのかしら」

 

 その返答を受けてカナエが大きく伸びをする。大き過ぎず、かと言って小さいとも言わせない、程よく(みの)った双丘が湯船から大きく顔を出し、カナエが体勢を戻せば再び元の位置へ戻った。

 そしてニヤつきながらシオリの方へ顔を向ける。

 

「今の(あね)さんだったら私と一緒に入浴って気分じゃないと思うんすよ。私もやらかしたなーって思うところはあるっすよ? (あね)さん的には事務的な会話すら面倒だと思うような相手に認定されてるかもなーと」

「自覚があるのなら直しなさい」

「いや~これはもう性分というか生き甲斐というか」

「……まったく」

 

 睨まれたとしても臆することなく開き直るカナエにシオリは溜め息を吐く。

 派遣されてくる時点で自分とは合わないような人物であることぐらいは把握しているので、一定の距離感でいれば良いだけ。そう割り切っている。少なくとも仕事だけは手を抜くことはない。その一点に関しては信用出来るので、本人の目の前で文句も吐くし愚痴も言う。目に余る行為に走れば処理するだけだ。

 それらを加味した上で、カナエはレイナに派遣可能なメイドの中で上位の戦闘能力を持っているが故にある程度見逃していた。

 

「なら簡潔に。実際に戦って、どうだった?」

 

 その戦闘能力の中には相対した者がどれ程の実力者なのか見抜く観察眼も含まれている。

 

「強かったっす。…………じゃダメっすよね」

「当たり前でしょう」

「そうっすね~。取り敢えず言えることは、果てしなくぶっ飛んでるっす」

 

 カナエがオルトとの手合わせを、それ以外にも今日の依頼中オルトが見せたあらゆる面を思い出しながら少し真面目な表情で言葉を紡ぐ。

 

「1人で敵の群れに突っ込むことに全く躊躇(ちゅうちょ)を見せなかったことや、お嬢の護衛を一部受け()っていたからと、装備の防御を信じて()()しの頭部で敵の銃弾を(はじ)くことにも一切の迷いが無かったっす。お嬢を弾道に捉えたものがあったからって、やるっすか? 普通は無理っす。私や(あね)さんなら疑問は無いっすよ? そもそも最初っからお嬢の護衛をしてるっす。その為の訓練を何度も何度も繰り返して、数年もの時間を掛けてしっかりと心身に()み込ませたっすから」

 

 帰還してから情報収集機器が取得したデータから、オルトは自分の眼球に銃弾が着弾するとしても瞼も閉じずに力場装甲(フォースフィールドアーマー)を展開してそのまま(はじ)いていたことが何度もあると記録されていた。

 高速で何かが接近してくれば恐怖から反射的に目を閉じることは生物としての機能のようなものだ。それでも()らしていけばその反射は起こさなくなる。シオリもカナエもそのような訓練を受けており、問題無しとされるまで何年も掛けていた。それ程の時間を掛けていたのなら理解出来る。

 だがオルトは違う。純然な生身に強化服を着ていること、カナエ達の情報収集機器から取得したデータで身体の内部に機械的な処置が施されていないことなどから、その見た目がイコールで実際の年齢となる。高額の回復薬を使っていても、老化が遅滞し始めるのは成人を迎えるかどうかという見た目からだ。オルトのような少年と呼んで差し支えない容姿の時から止まることはない。

 ならばその容姿で外見の成長が止まるように手術を受けたのかと言えば、そのような裏は見付からなかった。

 今日も手隙(てすき)の者にオルトの調査を頼んだのだ。それも今度はシオリも指示を出していた。

 その上で何も無いのであれば、一旦、無かったとするしかない。

 よって、オルトはその反射が作用しなくなるほどに死ぬような思いをしていることが想定される。スラム街の頃からなのか、それともハンター登録をしてからなのか。前者ならばまだいい。悲惨な経験があったのだろうで済ませられる。だが後者ならば間違いなく異常だ。

 死に掛けた上で大して期間も()けずに、別の死地へ向かえる精神性は壊れていると言っても過言(かごん)ではない。

 

「余裕で死ねるような場所に何度も()ってるのか、若しくは死んでも可笑しくないぐらいの強度と密度の訓練を自分に課してるのか……。後者なら誰と、どこでしているのかも不明。その二つの内どちらを選んでいるのか、どちらともを選んでいるのか」

「……そしてどちらもやっていない場合、それは元からということ。……結局は壊れている……、と」

「そうなるっすね」

 

 外見から予想可能な精神構造から大きく逸脱している。2人はそう結論付けた。

 

「射撃能力とか車両の操縦技術に関しては(あね)さんも見てたから流すとして、……あとは、……あの手合わせになるっすね」

「後半だけで良いわ」

「そうっすか? 最初も最初の不意打ちも……、その時は居なかったっすね」

 

 少なくともオルトは明確に手を抜いていた。そう取れるほどにカナエが優勢だったものよりも、やる気を出したカナエの技量を上回る反射速度と技量の総合値。都市に帰還してからカナエの情報収集機器から手合わせを始めた経緯から終了までをシオリも確認している。それでも直接戦い、それを味わったカナエの感想の方が三人称から見た戦闘記録よりも価値があると判断してシオリは問い掛けた。

 

「………………」

「どうしたのよ。……?」

 

 だがカナエは口を開かなかった。どうしたのかと視線を向ければ、カナエの顔には非常に真剣な表情が映っており、それだけ集中して何を考えているのか、そうシオリが聞こうとした瞬間にカナエが口を開く。

 

「やっぱり奥の手とか残ってる気がするっすね……!」

 

 それを聞いてシオリが僅かばかり無意識に張っていた緊張を小さく息を吐いて(ほぐ)す。

 

「そう。……それで、そう思った理由は?」

「本気を出してもらってる時とかは結構顕著(けんちょ)だったんすけど、こっちの攻撃の一つ一つを目で追ってたっす。それも常に」

「……目の前を通れば誰だって誘導されるものでしょう?」

「さっきも言ったっすけど、オルト少年はそう言った反射を制御してるっす。あれは間違いなく無意識の反射じゃなく、それを当然とする時間感覚に慣れてる動きだったっす」

「加速剤を使っている?」

「どうなんすかね? どれだけの負担が掛かるものなのか、そもそもどの程度の効用があるものなのかも不明っすし……、一応救援依頼中に出て来た大量の大型多脚戦車相手に使ったってなら、まぁ分からなくも無いっすけど……」

 

 シオリも含めてその顔を険しくさせる。

 

「そもそもオルト少年が使ってたあれは間違いなく回復薬だったっすからね……、身体機能上昇系の効能は入ってないっす。体内にそういう装置を入れてるってこともないみたいっすし」

 

 2人してオルトの持つ異様さと異常性に頭を悩ませる。

 回復薬を即時使用する為だけに口内を一部機械化させて、特有の()み方をしたり、装備の制御装置を通じて起動させたりなど、東部ではありふれた回復薬の服用方法があるがそのような身体改造は見当たらないのだ。

 それらのことから、オルトはカナエとの模擬戦中、体内で待機中だった回復薬の残りは使用していても、戦闘薬の類いは使用していないことになる。その状態でカナエの攻撃を見切って一方的な戦いを可能とさせるだけの技術を身に着けていることになるのだ。正しく普通ではない。

 そしてカナエがその戦闘能力と比肩する程度に気にしている事項を口にする。

 

「それにこっちの攻撃をある程度予測して、……いや、制限していた……ってのが正しいかもしれないっすかね?」

 

 シオリが突如真剣な声音となったカナエの方へ顔を向けると真面目に推察を行なっている表情が映っていた。

 そしてカナエが続ける。

 

「私が上段蹴りを放ったのは強化服の訓練に使われたのもあるっすけど、何より向こうが初手で放ってきたのを見せられて、こっちのやる気を出させてきた事への意趣返しのようなものっす。今更っすけど結構こっちが扱われてた感あるっすね」

 

 その勘のような曖昧な出所(でどころ)の理由をもとに断言することは出来ないとシオリは前提を立てた上で、自分よりもずっと鋭い勘を持つカナエが言った、ということからオルトへの警戒度を一段上昇させた。

 

「そう……」

「まぁ、こっちが結構無理矢理誘った感じはあるっすし、多分それで損益を調整したんすよ。きっと」

「…………そう」

 

 口に出したことで整理が出来たとカナエは推察に一区切りをつけて軽快に笑っていたが、シオリは眉根を寄せて熟考していた。

 

(本当にオルト様がこちらの動きをある程度操作可能だとしたら? それは何時(いつ)からで、何のために? それは何時(いつ)から組み立てられていた? オルト様と明確に面識を持ったのは昨日が初めてのはず……。こちらが認識していない時からこちら側の内情を探っていた? いえ、そのような動きがあったという報告はあがってきていない……。それはお嬢様に危害を加えない類いのもの? …………結果としてお嬢様の生存さえ確約頂けるのであればこちらも助力に動ける……、はず。ですがそれを聞いた結果、勘付かれたと思われれば排除に動く可能性も多いにあり得る。なにが地雷かも分からない現状、安易な行動は出来ないわね……)

 

 シオリが非常に難しい顔をしながらカナエの勘が当たっていた場合に取らなければならない対処法を立てていく。出来れば穏便に、最低でもレイナの生存さえ叶うならばシオリは自身の命を投げ出せる。しかし最悪の場合、オルトがその武力を以てレイナを含めた自分達の排除に動きかねない。

 カナエと合わせて2(たい)1に持ち込めれば勝てる見込みはある。オルトの技量は別として、着用している強化服は索敵精度に性能の大部分を(かたよ)らせている製品だ。そのせいで同価格帯にある他の商品よりも一段見劣りする身体能力の強化率に落ち着いてしまっている。それを補う為に拡張パーツを組み込んだり、白い腕輪のような近接戦闘用の武装を用意していたりしているのだろうが、それでも限度はあるだろう。少なくともシオリはそう想定している。

 銃やバイク、それらを加味して上昇する戦闘能力。敵対されれば相当厄介、などでは済まないほどの強敵に早変わりだ。そうだとしても自分達が切り札と奥の手を切れば、どちらかがオルトの命にまで手を伸ばせるだろう。その想定は希望論ではなく、これまで積み上げてきた経験や自分達の持つ信念から来る確信だ。慢心ではないと言い切れる。

 だがそれはレイナが居ない場所での話に限られてしまう。

 自分達が、オルトが、それぞれが全力を出し全霊を賭して殺し合うような場所に居れば間違いなく足手纏い。職務を忠実に守らざるをえない自分達の明確な弱点を、オルトが狙わないなどとはシオリは思えない。間違いなくレイナを集中的に狙い、その盾となる自分達が真っ先に死ぬ。そしてレイナも同じように殺される。そういう未来しか見えなかった。

 

「別に敵対することが確定してる訳でもないんすから気楽に付き合っていけば良いっすよ」

 

 普段の冷静さが歪むほどにオルトへの対応策を練り始めたシオリに対して、カナエは大したことではないと一蹴する。

 

「そうもいかないでしょう。お嬢様の身に何かあったら問題なのよ?」

「だからって気にし()ぎて向こうの気に(さわ)る方が問題だと思うっすよ。適度に胸襟(むなえり)開いておけば良いっすよ。どうせこっちは隠し事満載なんすから」

「貴女はそうやって、──」

 

 シオリが何かを発する前にカナエが立ち上がり浴槽から出ていく。そして脱衣所へ続く扉に手を掛けたところで首を回してシオリを真剣な眼差しで捉えた。

 

(あね)さん。……私も、そして(あね)さんも、お嬢の完全な味方じゃないってこと、ちゃんと理解してるっすか?」

 

 その人を人として見ていないような冷たい視線にシオリは少々頭に熱が昇っていたことを理解して返答する。

 

「ええ」

 

 その返答を受けてカナエが数秒シオリを見つめたあと、いつもの笑顔を浮かべた。

 

「……そっすか! なら良いっす。あっ、別にお嬢に死んで欲しいなんて私も思ってないっすよ? 多分オルト少年も依頼を受けた瞬間からしっかり護衛としての役目を果たそうとしてるっす。普段通りで良いっすよ。結局はそれで上手くいくもんなんすから」

 

 そう言い残してカナエは浴室から出ていく。

 その背を見送ったシオリは、のぼせ上がる前には出ようと決めた。浴槽に満たされているお湯には入浴用に調整された回復薬が混ぜられている為、のぼせることはない。ただ精神的にそうならないように。

 次に荒野(こうや)へ出る前に何とかなるものだけは何とかしておこうと心に決めて。

 

 

 脱衣所へ出てきたカナエが機器を用いて一瞬で全身の水滴を吹き飛ばす。そして下着を着用していく。

 もうあとは自室に戻り就寝するだけなのでメイド服を着ることはない。ガウンを着て廊下を歩く。

 

(明日は休息日……。だからと言ってオルト少年のところに遊びに行くのは流石に無理っすね)

 

 出来れば明日も、そしてその次の日も荒野(こうや)へ出れれば、そういう思いがカナエの中にある。異変の最中であるミハゾノ街遺跡なら自分の求める非常事態が発生するかもしれない。暇があればオルトと遊べるかもしれない。何より防壁の内側では異常事態など望めない。

 せめて何かが起こる、かもしれない。そういった期待が持てる場所に赴きたい。護衛としては失格な思いを秘めながら自室のベッドに飛び込む。

 その瞬間思い出したことがあった。

 

(……あっ、オルト少年が地下街攻略時に起きたアキラ少年とのいざこざを知ってるかもってこと言い忘れたっす……。まぁ、今度で良いっすね。今の(あね)さんに伝えることでも無いっすし)

 

 ユミナとの会話中に見せたオルトの反応から何となくそう思った。その程度の事ではあるが、カナエはその程度の違和感に幾度と助けられてきたことがある。

 下手にその藪を突いた場合、可能性だけだが、アキラに敵対した自分達に銃口を向けるかもしれない。アキラとの仲は良くても、所詮は他人事と何もしないかもしれない。

 結局のところ、どこまでいっても可能性の話であり、要は下手に刺激しなければ良いだけだ。今の関係はミハゾノ街遺跡の異変が収束するまでなのだから、それ以外の事柄は余計なことでしかない。

 何となく言いづらい、などということもなく、単に伝えることで自分の求める事柄が遠のく可能性があると判断してカナエは後回しにした。

 そしてそれを伝えなかった言い訳も出来たことでカナエは安心して眠気に身を任せる。

 

 

 翌々日、オルトはクガマヤマ都市の防壁に幾つか施設されている駐車場に来ていた。その顔には一切疲労の色は映っていない。しっかりと一日休息を取ったことで万全の状態だ。

 近くにある自分の車両はバイクのみで、現在そのバイクのシート部分に横向きに座ってレイナ達が来るのを待っていた。

 オルトの荒野(こうや)仕様の大型車両がこの場に無いのは、シオリに相談を受けて一時的に貸したからだ。別段そのまま荒野(こうや)へ出るということではない。シオリ達の方で車の整備等を受け()ってもらえるということでそのまま貸したのだ。

 

『正直シオリ達の方で装甲タイルを用意してくれるだけでも有り難い。カオルの店でも一応取り扱ってるけど基本は強化服と銃がメインだから、高性能な商品になると取り寄せになって間に合わない時もあるしな』

『その点バイクはエネルギータンクを交換すればそれだけで大抵どうにかなりますからね。以前のような絨毯爆撃や車体の力場装甲(フォースフィールドアーマー)を貫くような攻撃でもない限り整備が簡単なのが防御面を力場に頼る製品の利点です』

『だな。やっぱり車の方もそうするか?』

『微妙なところでしょう。最近の製品では防御面のみならずフレームなどの耐久面に関しても力場発生装置で補う製品が市場を出回り始めてますからね』

『それ、駄目なのか?』

『利点も多いですよ。耐久面に硬質な材料を使用しなくて良くなった(ぶん)軽量化したり、結果として値段が手頃なものになったりと。しかし力場系統に対して効果的な銃弾も世の中には出回っていますので一概に優劣は付けられません。それにエネルギーの使用量も多くなりますし』

『そうか……。色々と考えることが満載だな』

 

 オルトが念話で感嘆の声を上げながら自分の情報端末を弄り続ける。

 数日経過したことでミハゾノ街遺跡の状態も変わっているかもしれない。数多くのハンターが調査のために、そして取り残された保険会社と契約しているハンター達を救出する為に内部へと踏み入れているのだ。

 もう終息が間近に迫っているかもしれない。逆に騒ぎが酷くなっているかもしれない。

 そう考えてネットに転がっている情報を無作為に集めているが、終息の兆しは未だ見えていない。全貌すら不明ということだけが分かった。

 

(数日経って分かっていることが殆ど無い。ミハゾノ街遺跡の異変の発端もセランタルビルが原因と言われてるけど、それも結局は大衆の憶測にすぎない。それ以上の確度の高い情報は今も取得出来てないと考えるべきか、この異変によって何らかの利益を得られる第三者が居て、そいつ()が情報隠蔽に勤しんでいるのか……)

 

 そう考えてオルトがファナを見る。

 

『どうかしましたか?』

『いや、特に。今日も頑張るからしっかり見といてくれ』

『ええ、存分に駄目だししてあげますね』

『そこは遠慮が欲しいかな……』

 

 他愛の無い会話をして一旦先程の考えを流す。ファナほどに思考の柔軟性を得た管理人格が他に存在していたら、という考えを。

 少なくともセランタルビルの管理人格は同じ遺跡内であっても他所だと判断して、自分に降り掛かるはずだったオルトという損害を別の場所へ送り被害を最小限に抑える行為を可能としていたのだ。似たような事を出来ない等オルトには断言できなかった。

 その後オルトは、昨日、日が(のぼ)るのにあと数時間は要するような時間帯にアキラから急な連絡が入って来たことで残っていた着信履歴や、朝を迎えたことで仕事の為に車を発車させて荒野(こうや)へと向かう者、クガマビルへ用を済ませに来たであろう者たちを見ながら時間を潰す。

 そこに声が掛かる。だが、その声はレイナ達のものではなかった。

 

「よぉ! オルト。相変わらず元気そうで何よりだ!」

「うわ……」

 

 こちらに歩みを進める者はキバヤシだ。そしてその顔には喜色がありありと映っており、オルトは脳裏に()ぎった明確な嫌な予感により、口から感情を漏らした。

 

 

 キバヤシに連れられてクガマビル内を歩いていく。ハンターオフィスの支部に用はない。キバヤシはエレベーターを利用してクガマヤマ都市の職員用に用意されている会議室の一つへとオルトを案内した。

 

「ここは?」

「都市やハンターオフィスの職員が特定のハンターを相手に指名依頼を出したりする際によく使用される部屋の一つだ。そのハンターとの綿密な情報のやり取り、収集し精査した資料の内、社外秘のものも含めてローカルで配ってそのハンターに情報的なアドバンテージをくれてやったりする場所だ」

「……で、俺が呼ばれたのはその情報だの資料だのを渡すだけか? …………いや、ちょっと待て、そもそも俺はいま他のハンターに雇われてんだ。そのぐらいハンターオフィスのサイトを少し覗けば分かるだろ?」

「ああ、知ってる。その上でお前を呼んだんだ。……まぁ、詳しい話は中でやろう。他の面子も揃ってるしな」

 

 キバヤシはケラケラと笑いながらドアを開く。十数人分用意されている席の内、3人分、既に座っている者達が居る。それはレイナ達だった。

 

 

 オルトは席に座って大型のモニターに顔を向けていた。しかし表情は内心に持っている不機嫌さをこれでもかと表している。

 

「まぁまぁオルト少年もそんなご機嫌斜めにならないで。良いじゃないっすか。都市からそれだけ買われてるって証拠っすよ?」

 

 そんなオルトをカナエが宥めるが、効果はない。

 

「そうそう、そこのメイドさんの言う通り、都市もそして何より俺がお前を買ってんだ。色々と根回ししたおかげでこの依頼の情報を早めに開示できるんだ。前に言ってただろ? もっと早めに教えてくれって。前日じゃなく数日も準備期間が(もう)けれたんだ。他のハンターどもじゃあ、こうはいかない。お前が相手だからなっ! こうやって贔屓してやってんだ! 自慢じゃないがこう見えて俺は結構なお偉いさんなわけだ。あっ、ここだけの話ってやつな」

「……、はぁー……」

「あっはっはっはっ!」

 

 キバヤシの饒舌(じょうぜつ)具合に対し、更に()を掛けて機嫌の悪化したオルトは大きな溜め息と共にテーブルに顔を()()してしまう。都市の役職持ちに対して失礼極まる態度を取り続けているオルトの様子に、シオリは冷や汗を流し、流石のカナエも苦笑いを浮かべ、レイナに至ってはどうにかしなければという思いはあってもどうにも出来ない状況に慌てていた。

 相手は都市の職員だ。ドランカムの幹部達ですら(へりくだ)る必要のある相手であり、当然ながら一介のハンター程度では見向きもされることはない。

 もし都市の職員のほうからハンターの(もと)へ赴いて直接指示を出すような事態になれば、それを受けた者は評価されたと喜ぶ。そうでなくとも不平不満は内に隠して四の五の言わずその通りに動くだろう。そうするのが当然の相手。ハンターと都市職員ではそれほどまでに差があるのだ。

 であるにも拘らずオルトは大して気にも留めることなく気を落とし続け、それを隠そうともせず、それを見ているキバヤシは楽し()に大口を()けて笑っていた。

 そしてひとしきりキバヤシが笑ったあと、オルトが()()したままなのを無視して都市からの依頼内容を説明し始める。

 それで良いのだろうかという3人の疑問を余所(よそ)にキバヤシがモニターに資料を映し出した。

 先日、索敵を専門とするハンター達が保険会社に渡したデータがクガマヤマ都市にも共有されている。そして都市側もミハゾノ街遺跡の異変の収束を望むものが多くいる事から、そのデータ解析に人員を()いたことで発見された事態の厄介さは都市の上層部を悩ませることになった。

 

「大型の多脚戦車たちが同士()ちを始めた? 良いことじゃないの?」

 

 レイナがぼそりと呟く。それにキバヤシが答える。

 

「それがそうじゃないんだな、お嬢さん。下手をすれば都市防衛の見直しをしなきゃならない」

「えっと、どうしてですか?」

「指揮下から外れるからだよ」

「……っ!?」

 

 レイナの疑問にオルトが声を出して答える。突っ伏したままの本人に周りの視線が集まる。

 

「機械系モンスターは基本的に搭載されてる制御装置内にある指針に従って行動してる。そしてそれに指針となる命令を出してるのは遺跡だ。にも拘らず小型、大型問わず、それも一機や二機どころじゃない数が自分以外を敵と認識して攻撃しだしたんだ。それも本来の不審者の排除って仕事どころか警備範囲すら無視しながら。

 今はまだ遺跡内で収まってるが、放置なんかしてたら荒野(こうや)に旧世界基準で真面な整備を受けていた機械系モンスターが大量に彷徨(うろつ)くことになる。もしかしたら明確な目標地点としてクガマヤマ都市に向かってくるかもしれない。一番近いし。ま、可能性の話でしかないが大型の多脚戦車が()れを()して都市に来たら間違いなくスラム街は吹っ飛ぶな」

「……いろいろと飛躍している部分もあるが、オルトの言ってることはおおよそ正しい。そしてその飛躍の度合いが問題でな? 旧世界の基準ではちょっと出力を上げただけだったって可能性が十分あり得るってことだ」

 

 オルトの解説にキバヤシが頷き、続きを説明していく。

 ミハゾノ街遺跡はクガマヤマ地方にある遺跡の中では結構な高難易度の遺跡として認定されている。それは遺跡内に徘徊、もしくは巡回している機械系モンスターの危険度や遺跡内の地形による索敵難度によるもの。その上限として設定されている存在による平均値の大きな偏りなどが原因となっている。

 それでも整備され、指揮系統下にある機械系モンスターは基本的にその指示を遵守する。そういう造りだからだ。モンスターも、そして遺跡のシステムも。

 だがその前提が崩れ始めている可能性が出てきた。今は遺跡内の騒動で済んでいるが、いずれそうとも言えない事態に発展しかねない。荒野(こうや)へ侵出し始めた個体が出た場合、それが都市近郊に敷かれている流通網が断たれる恐れがある。それどころか都市に住む者達を敵対者として認定し侵攻を始めるかもしれない。

 

「まぁ確率の話だがな。もしも、多分、おそらくって話でしかないが、それだけで片付けるにはちょいと事態が重すぎる。このままちんたらしてると本当(マジ)な話になりかねない。そんなことになると都市周辺での大規模な戦闘が発生しちまう。それは絶対に避けたいってのが上層部の総意だな」

 

 いずれ起こってしまう。ただの可能性だと切って捨てるには高過ぎると、都市の者達の間では意見が一致している。

 それを聞いたレイナが未だに伏しているオルトに小声で問う。

 

「都市周辺なら防衛隊も出撃し易いんじゃないの?」

「それを都市はしたくないんだよ」

「補給とか整備とか色々とし易くなると思うんだけど……」

「だろうな。けど近くにはクズスハラ街遺跡がある。外周部には防衛隊を相手に出来るほど強力なモンスターはいないけど更に奥はそうじゃない。そんなところを下手に刺激すると、この前以上の、今のミハゾノ街遺跡以上の騒ぎになりかねない。いまやろうとしてる話はどれだけ利益を伸ばすかじゃなくて、どれだけ損失を減らせるか、だ。ほとんど確定で出す必要のある莫大な支出を多少の損程度に抑えられるなら抑える。それだけだよ」

「あー……、確かにあれは…………。うん、無い方が良いわね」

 

 レイナが感心したような声を上げて自分の中で咀嚼(そしゃく)する。今までは特に気にすることの無かった事柄は、シオリに付いて行けば何とかなる、判断にしたがっておけばいいだろう、という盲目的な信用は自身の無知から来る無謀な行動に繋がる思考だ。信用とも言えるが無責任とも言える。いつか卒業しなければならない。

 オルト達の内緒話のような会話が終わるのを見計(みはか)らっていたキバヤシが前置きを終わらせる。

 

「まぁ、ここまでは経緯だ。聞き流してくれても構わない。……本題に入ろうか。オルト、お前に都市の長期戦略部から依頼が出る。どっちか選んでくれ」

「長期戦略部っ!?」

 

 驚くレイナの声が室内に響く。

 急に意味深な発言をし始めたキバヤシへと他の面々の視線が集まる。その中には今まで机に伏せていたオルトのものも混じっていた。

 

「選ぶ?」

 

 その視線に含まれる困惑や不安、驚愕や好奇心などを、指名されたオルトが代表して言語化し、問う。

 クガマヤマ都市の長期戦略部。以前オルトにクズスハラ街遺跡の外周部、その地下施設に大規模な巣を形成して地上にまで湧き出るほどに大量発生したヤラタサソリの駆除依頼を出した部署だ。クガマヤマ都市に拠点を置くハンターは基本的にここからの依頼を断れない。下手に断ると都市から悪い意味で目を付けられるからだ。

 都市在住のハンター達や彼らを(よう)する組織の上層部から、そういった捉え方をされていると、都市側も理解している為、無闇矢鱈(むやみやたら)に依頼を出すような真似はしない。都市経済を確実に活性化させるクズスハラ街遺跡攻略に必須となる前線基地構築や後方連絡線構築のような(かなめ)となる施設構築の際にしか動かないと噂されており、実際動くことはない。そうなれば動かざるを得ない何かが起きたのか、誰かが動くように促したのか、真相は不明だ。

 だが今オルトの目の前にいるキバヤシは、以前都市の上層部を説得して特殊な役回りを押し付けてきた。どうせ今回もキバヤシが動いて、指名依頼を出す対象に自分を含ませたのだろうという偏見も多分に含んだ推測を立てる。オルトはそれを(もと)にキバヤシを睨み付けていた。

 オルトの鋭い視線を受けてなお、キバヤシは楽しげな表情を崩さない。

 

「そうだ、選んでくれ」

「……それさ。片方済んだらもう片方も受けろとか言わないだろうな?」

「そこまでは知らねぇ。状況によるとしか」

「……」

 

 徐々に面倒臭そうな表情へ変わっていくオルトをおかしそうに笑いながら、沈黙で続きを促していると判断したキバヤシが続ける。

 指を一本立てた。

 

「まず一つ、ミハゾノ街遺跡の工場区画の調査だ。調査と言ってもハンター歴の短いお前に多くを求めることはない。工場区画内で出現するモンスターの脅威度、そいつらとの戦闘記録や内部調査中の接敵頻度。総合的危険性の把握が第一目標と言ってもいい」

「……遺跡の、というよりミハゾノ街遺跡について詳しくない、普通ってのを知らないことを理解していて、なんで指名してくるんだ?」

「お前の装備や先日相手していた機械系モンスターの脅威度及びチームの人数からは考えられない討伐数、危険な状況下に陥った際に於けるお前を入れていた時のチームの生還率の高さ……、まぁ、色んな判断基準から来る複合的な理由だな」

「投げやがって……」

「所詮は俺の推測だからな」

 

 レイナ達の反応を置いてキバヤシの話は続く。

 二本目の指を立てて今度は少しだけ真面目な表情を浮かべるキバヤシが口を開いた。

 

「そんで二つ目だ。セランタルビル内の調査依頼になる」

 

 その内容は流石のオルトでも顔を引き()らせるものだった。

 最後にとキバヤシが付け加える。

 

「勘違いをなくしておくために明言しておく。……オルト。これは、お前個人へ向けた依頼だ」

 

 その言葉を聞いたオルトが少々の驚きで呆けた顔を浮かべて少しの(あいだ)硬直した。だが、徐々に敵意にも似た感情のこもった表情へと変化する。




 Ⅸ上でネリアが久しぶりに出て来たけどやっぱりヤナギサワレベルに伝手があると、最前線向けの義体とかそれを十全に使いこなせるような脳機能強化手術も可能になるんやなって……爆弾付きやけど。
 あとしれっと迷彩で消えた強化服あったけど、今もシジマの後ろに控えてるに一票


・工場区画方面経路作成中:
 オルト(カナエも頑張ってるし、俺も頑張んないと!)初手武装破壊
 カナエ(オルト少年がタゲ持っていくんすけど!?)シャトルラン             
 レイナ(────────!!)思考が渋滞中

・アキラからの用事:エレナさん達と連絡が取れない! オルトが市街区画走ってたし聞いてみよ(アルファ「寝てると思うけど?」)
 正解:オルト君はエレナ達にそこまで興味を持っていないし、ファナもそれを知っているのでスルー。朝になって気付き折り返して連絡。無料の回線を使っていることを知らされて流石に苦笑い。

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