リビルドワールド 孤独に非   作:たっぷり

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・第四話 緊急依頼

 

 装備を整えたオルトは翌日、早速荒野に1人立っていた。背中の補助アームに持たせたリュックサックなどを下ろし腰に銃が2挺だけという比較的身軽な形をとる。

 

「それで荒野で訓練って話だが何をするんだ? いつも通りの射撃訓練か?」

『いいえ。まずは強化服の使用感を把握するとしましょう。視界に表示された内容に従って動いてみてください』

 

 オルトはファナから言われたことの内容を、強化服ありきでないと実現不可能な行動をとらせるのだろうと多少の緊張感と共に意気を上げる。

 

「了解だ。始めてくれ」

 

 しかし、視界の中に表示される内容は至極簡単な内容だった。

 100メートル先まで歩く。元の位置に戻る。駆け足でまた100メートル先へ。徐々に身体への負担が増えてはいくが、遺跡探索やいつもの射撃訓練のものとは比較にならないほど簡単な内容に疑問を覚える。

 

「なあ、もしかして周囲の警戒をしながらとか、足音を消しながらとかしないとダメだったりするのか?」

『そんなことはありません。既に訓練は始まっていますから』

「でもさっきから普通の事しかしてないような気がするんだけど」

 

 オルトは何を自分はしているのか理解できずにいた。ファナはそんなオルトの視線が少しずつ強くなっていることに気づき逆に微笑む。

 

『では同じ行動を私のサポート無しで行ってみましょう。危ない時は私が助けてあげますので好きに動いていただいても構いませんよ?』

「サポート? 普通に歩いてたりしただけなの、うおっ!」

 

 前へ歩きだすために浮かそうとした右足が地面をえぐる。急な重心の変化に体勢を崩す。慌てて手を地面につけばそのまま両手首までが地面に埋まり、四つん這いの状態でオルトの動きは止まった。

 

『どうでしょうか。私のサポートの凄さがわかりましたか?』

「すごい! 凄いよ! 本当に! 謝るからサポートとか強化服の訓練お願いします!」

『いえいえ、私は一切怒っていませんよ?』

 

 嘘だ。と口から出そうになるのを我慢して苦笑いを浮かべることでせめてもの抗いとした。可能な限りゆっくりとし動作で両手を地面から引き抜く。ひどく緩慢な自分の動きに自嘲をこぼす。

 

「こんなに動きづらいのか。慣れない内は事故とかひどいんじゃないか?」

『自身の身体能力とは別の力が働いている状態。文字通りに。最初からうまくいく人などいません。それに加え、強化服に搭載されている制御装置の性能にもよります。高性能な強化服には高性能な制御ソフトが積まれており、着用者に合わせて丁寧な動作補助がかかるようになっていますから』

 

 戦車を吹き飛ばせるような力が自分に帰ってきては堪らない。反動で着用者が吹き飛んでしまう。

 それを起こさない。強化された身体能力に振り回されないための、ある意味強化服で単純な身体能力の強化よりも重要な機能となっている。

 そういうものかと得心しながらサポート有の強化服がどれだけ動きやすいか再確認する。先程の一件で精神的な疲労がたまっていた為、座り込んで柔軟体操を始める。

 

「つまりその動作補助をファナが代わりにやっていることで、こんなに楽に動けるわけか」

『そうです。凄いでしょう?』

「凄い。めちゃくちゃ凄い」

 

 サポート有り、無しの状態にどれ程の差があるか身を以て実感した感想だった。

 ファナはオルトの反応に満足した様子を見せ訓練の質を引き上げる。

 

『ではこのまま強化服を使用した訓練を続けますよ』

「了解だ」

 

 歩く。走る。素早く鋭角に曲がる。倒れた状態から素早く立ち上がる。徐々に強化服の使用を前提とした動きを取る。負荷が上がり、最終的には着用している強化服では長期間の訓練が必要な動きが混じるが何れも問題なく終えていく。オルトはそれに疑問の一つも持たず、普通のものとしてこなしていく。異常なほど高水準の動作補助を当然のものの様に受け入れていった。

 

 

 昼時まで一時間、オルトは射撃訓練を行うことにした。

 いつも通り50メートルから数回連続で命中させ、徐々に目標を伸ばしていく。最終的には百発百中を維持したまま、500メートル先の目標にすら命中する。2発、3発と続け、強化服の身体能力によりブレが抑えられているのか、今日は随分と調子が良いなと感じていた。しかし、さすがにこれは異常だった。

 

「ファナ、もしかしてだけど何かやってたりするよな?」

『はい。しっかりサポートしています』

「やっぱり。……ちなみに聞くけどどんな感じに?」

『オルトが大まかな狙いを付けた後、私が強化服を介して照準の微調整を、更に発砲時の体勢や重心の調整。強化服の可動部を繊細に動かして反動をほぼ完全に吸収したりもしています』

「随分たくさんやってるんだな。……つまりその重心移動や強化服のうごきを俺だけで再現できれば射撃能力はその分上昇するわけだ」

『そうなります。これからは見るだけでなく体感することもできますからね。より質の高い訓練が行えますね』

 

 一秒でも早く覚えるためにと訓練に身を入れようとするとファナが真面目な顔をオルトに向けていた。

 

『今から話す内容はよく聞いてから判断してください』

 

 ファナの話は端的に言えば強化服の操作権限の大部分をファナにも渡しておくかどうかというものだった。たしかに危険だ。強化服はオルトの身体を包んでいる。力の加え方によってはそのままオルトは潰されて死ぬ。しかし利点も多い。オルトでは気付けなない危険な状況、オルトが反応できない状況などにおいて、ファナがその状況を回避してくれるかもしれない。

 

(正直デメリットが今更な内容だと思うけどな。身体が勝手に動く不快感なんか、起きたら知らない場所、知らない記憶を無理やり脳に入れられてるものに比べたら微々たるものだろう。逆に強化服を操作してもらってその動きを身に着けられるのなら安い気がする)

「それ、ちょっとだけ試したりできるか?」

『可能ですよ? 全力で試してみますか?』

「ゆっくり上げていって無理だと思ったら言うから、とりあえずそこまで頼む」

 

 強化服がオルトの身体とは別のものの様に動き出す。両手にAAH突撃銃を持ち歩き出す。早歩きに、駆け足になっていく。この程度ならと思っていると更に走る速度は上昇していく。

 既に両脚は全力疾走、両手に持ったAAH突撃銃はその照準を四方八方に向け引き金を引いている。当たったかどうかは分からない。交差する股が、地面を踏みつけ蹴りつける両脚が、目まぐるしく目標を狙う両腕が激痛を訴えてくる。

 

「ストップストップ。ストーップ!」

(前言撤回。ものすごく危険だ。楽観視なんてできやしない)

 

 負担を抑えるように減速していく。十分に速度が落ちた瞬間にオルトが仰向けに倒れる。それを、満足そうに笑顔を浮かべるファナが見つめる。

 

『これならモンスターの群れに襲われても何とかなりますね』

 

 ファナの言う意味は分かる。荒野などのモンスターの住み処はいつどこからモンスターが群をなして襲ってくるかなど分からないのだ。

 

「……必要な時に限って、可能なら先に教えてくれ」

『了解しました。許可は得ましたよ?』

「許可ってあれか。あのうんざりするくらい長い」

『はい。着用者の意思から大きく逸脱した操作をするときには相応の許可が必要になります。おかしなことは致しません。ご安心を』

「ああ、そこらへんは問題ない。()()()()()()()()

 

 その後、長めの休息と遅めの昼食を取ることになった。最近は訓練の時間を多くとるようになり、遺物収集の日は少なくなっていた。既に換金用の援助品はなくなっている。稼がなくてはいけないが、そのために焦って遺跡の中をうろつく気はない。せっかく強化服を手に入れたのだ。焦らず慣れてからにすればいい。

 

 

 午後は近接格闘の訓練が始まった。

 しかし、実体のあるもう一人などいないが、ファナが強化服の制御を行い、疑似的な衝撃を身体に与えるようになる。果てには蹴飛ばされ、転がされ頭蓋を粉砕される。その場には本来ならそうなる結果のオルトが映し出されていた。

 ファナの装いは露出過多なボディースーツのように見える。あまりに扇情的な出で立ちだが。

 

「ファナ。それってやっぱり旧世界製の?」

『ええ、旧世界製の戦闘服です。さあ、恥ずかしがる前に私に一本入れてみましょう』

「……分かってるよ」

 

 からかってくるファナに向かってオルトの身体が動き出す。強化服が強制的に、しかし負荷は先程よりだいぶ少なく。オルトの身体を促す様に、オルトは逆らわず、且つ力を込めながらその動きに合わせていく。オルトが調子を上げていく毎に難易度が上昇していく。

 ファナからの補助が少なくなっていく。ファナの攻撃が多彩になっていく。攻撃の貫通力が上昇し、うまく防御しなければそのまま死亡判定になっていく。

 オルトはその攻撃の嵐に必死に抗う。ファナの攻撃を時たまひどく()()()に感じながら、躱し、反撃し、返されまた死亡する。防御し、弾き、追撃し、カウンターを食らう。

 回復薬を少量使用しつつ訓練を続けていた。視界の中ではおびただしい量のオルトが死んでいる。頭蓋を粉砕されたもの。心臓を貫かれているもの。喉を引きちぎられているもの。多種多様の自分に気分を悪くしながらファナの動きを目で追う。体の動きを早くしていく。

 その日は、日が沈んだ後、先程許可した通りファナの操作により都市へ帰ることになった。結局一撃も入れられなかったことを悔しく思いながらベッドで就寝する。夢の中でさえオルトは闘っていた。目的のために、ただ強くなるために。

 

 

 訓練を中心としたハンターとしての生活を続けて数日経った。今日は汎用討伐依頼を受け、クズスハラ街遺跡の外周部のモンスターを倒しながら余裕があれば遺物収集も行っていた。稼ぐハンターが気にも留めないような遺物をある程度リュックサックに入れていきながら索敵を続ける。

 

『やっぱりモンスターとの遭遇率よりハンターとの遭遇率の方がまだまだ多いな。噂の方はだいぶ収まってきているって話なのに。ファナと出会った当時はハンターなんていなくて寂れてたのにな』

『それだけ比較的安全な場所で且つ高値で売れる遺物、というものを求めているハンターは多いということです。そして彼らの中で遺物の在り処を知っているであろう対象はほとんど決まっています』

『俺か、さっき見かけた黒髪の奴か。そういえば、前にも見た気がする。その時はスラムにいる子供って服装だったけど、さっき見た時は防護服っぽいのにAAHを持っていたな。そうなるとあいつも噂の元になっていそうだな。運がないというかなんというか』

『私達の責任にはなりませんよ。それよりもご注意を』

 

 ファナが警戒を促すような事を言い出した為オルトは周囲を念入りに探るが何も出てこない。

 

『ファナ、何かあったのか?』

『色無しの霧の濃度が上昇してきました』

 

 色無しの霧。そう呼ばれる事象がある。光の乱射によって白く見えたりはしないが、高濃度になると視界の景色がぼやけていき、視界が阻まれる。しかしその程度ならば、高性能の情報収集機器を使用すればよい。だが、高濃度となった色無しの霧は原因不明の様々な事象を引き起こす。

 生物機械問わず周囲の状況把握を困難にする。光学式の迷彩やロックオン機能なども総じて機能が低下、無線通信はおろか有線通信すら非常に不安定になり、影響を受ける時がある。

 加えて銃火器にすらもその影響を与える。威力の低下、射程距離の減少、更には弾道のブレにより、命中率の低下などを引き起こす。

 普段は影響のないほど低濃度だが、何らかの理由でその濃度を上昇させると途端に影響を与えてくる。この事象は東部全域においてハンター達の活動に大きな影響を与えていた。

 

 オルトは先日、ファナの授業で習ったことを思い出して顔を少し歪ませる。

 

『確か高濃度になりすぎるとファナの索敵にも影響がでるんだよな。今は大丈夫なのか?』

『はい。しかし、急に濃度が上昇する可能性もあり得ます。十分にお気をつけを』

『了解だ。ま、そのための情報収集機器だからな。今日は色無しの霧の中での索敵訓練だったって帰ってから笑えるように頑張るとするよ』

『はい。よろしくお願いします』

 

 二人は顔を合わせ笑いあうと他のハンター達から距離を取るように行動を始める。しかし、後方から大きな爆発音が発生する。

 

(この霧の濃度ならAAHくらいの銃声はある程度離れれば聞こえなくなるはず。現に俺の発砲音に気づいて近寄ってきてる反応はない。ってことは相当威力の高いものを使ってるのか。何を相手にしてるのか知らないが巻き込まれたくはないな)

 

 オルトは近くのビルを登りその音の地点を見る。その方向には大型のモンスターと数人のハンターが見えた。そいつらは2人組のハンターにモンスターの対処を押し付けたと思いきや、その2人組の傍にグレネードを落としていった。それは意図的に行われたものだ。襲った側のハンターがグレネードを食らったハンターの片方を掴み人質としていたからだ。

 

(またか? また強盗に鞍替えするハンターか? いい加減見飽きたし。まだここら辺をうろついてるんだな。噂に踊らされたことへの腹いせか?)

 

 2人組を襲ったハンター達に厳しい視線を向け、しっかりした足取りでゆっくりとその場に近づいていく。

 

『オルト。何をする気ですか?』

『……ほらあれだよ。善意を蒔いておこうってやつだよ。俺は運を使い切ってるみたいだし、致命的な時に致命的なほど運がなかったら厳しい結果になるかもしれない。それにああいった連中がいると俺も安心して遺物収集が出来なくなるだろ?』

『……そうですか。ですが危険な真似だけはなしです。いいですね?』

『ああ、分かった。ありがとう』

 

 オルト達が話を終えると同時に強盗ハンター達の1人が脳漿を地面にぶちまけていた。即座に女性ハンターが地面に落ちた銃を拾い銃撃を行う。オルトは逃げていく女性のハンターに照準を合わせようとしたハンターの頭を狙って引き金を引いた。

 

 

『アルファ。今の狙撃どこからだ?』

『居たわ。あそこよ』

 

 アキラの視界に強化服を着ている子供の姿が映る。それはオルトだった。そして現状を加味し、その能力に驚愕する。

 

『この色無しの霧の中で俺より離れた位置から狙って一発で当てるのかよ。なんて索敵範囲と射撃能力だ』

『随分といい情報収集機器でも使っているのでしょうね。……どうするアキラ。後は彼に任せるっていうのも手だと思うけれど?』

 

 アルファとしては碌な装備もないアキラに危険な戦闘行動は控えてほしい。2人組の女性ハンター達を襲った8人組のハンター達を、色無しの霧が濃く、アキラがアルファの索敵という優位性を持っていたからこそ許容した。しかし、それを止める契機が訪れるのであればやめてほしいというのが本音だった。

 アルファの提案は尤もなものだが、アキラの中の何かがそれを採ることはなかった。

 

『いや、最後までやる。俺が始めたことだ』

『……そう、なら移動よ』

 

 アキラの初手の狙撃によるリーダー格の喪失、人質としていた女性のハンターからの反撃、更にオルトからの狙撃を食らい強盗に鞍替えしたハンター達は平静を失っていた。

 瓦礫の陰に隠れているが、アキラとオルトの二方向から狙われており、アキラの銃撃に反撃するように飛び出せば、隙となったその頭部をオルトに撃ち抜かれる。時にはアキラがそのまま撃ち殺し、時にはオルトがわざと外し、誘き出し狙撃する。

 残りを1人にまで減らし、アキラは降伏を宣言しているハンターの元へゆっくりと近づいていく。強化服を脱ぎ、銃を捨て完全降伏の構えを見せるハンターをオルトが撃たないため、どうしようかと思ったが、視界の端でオルトが手振りでアキラに合図を送る。

 

『ご自由に、って言ってるわ』

『ああ、そういうやつなのか。なら終わらせよう』

 

 アキラが残りのハンターを穴だらけにしてこの場は静寂を取り戻した。

 

『向こうの射撃は凄かったな。全弾命中だ』

『あちらは装備を整えていて、こちらはまともな武装はAAH突撃銃のみ。そう考えれば妥当かもしれないわね』

 

 アルファの態度に多少驚きを露わにする。

 

『装備でそんなに変わるものなのか?』

『変わるわ。少なくとも武器だけでもアキラはこれだけ戦えるようになったもの』

『……そういうものか』

 

 既にその場を去っていったオルトの強さを考えながら、アキラは装備の重要性について再確認していた。

 アキラの視界にはアルファの顔は映っていなかった。

 

 

 人質になっていたハンターはエレナというハンターだった。親友のサラを撃たれ反撃の機会すら失ったかと思いきや、襲ってきた8人組のハンター達のリーダー格と思しき人物が狙撃された。死んだ男が持っていた銃を拾い上げ、停止していた者達を銃撃する。男たちが怯んでいる隙にサラを退避させようとするが、一足早く立ち直った男が背後から狙うが、先程の狙撃とは全く別方向から放たれたであろう銃弾が、男の頭を撃ちぬいた。

 

 

 暫らくすると男達の悲鳴と男達を殺していたであろう銃声が止む。エレナたちを襲ってきていた男達の全滅を以て。

 

「終わった……のかしら?」

 

 エレナが情報収集機器を確認する。

 

「残っている反応は私達を除いて1人だけね。恐らくもう1人はいたと思うけど、その人はもう近くに居ないわ」

 

 色無しの霧の影響からだいぶ回復したおかげで、自分たちを襲った者達とそうでない者の見分けは付く。しかし、それが敵ではない保証はない。

 

「エレナ。残っている1人ってのは、こっちに来そう?」

「その様子はないけれど……。なんだったと思う?」

「楽観的に考えるなら、偶然近くに居た誰かが私たちを助けてくれたってことになるわね」

 

 エレナ達が近くに残っている1人に対しどのように対処すればよいのか逡巡する。エレナ達に何かを要求しに来るような素振りもない。結局アキラの方が行動を起こした後にそれを追う。

 エレナが崩壊した建造物の残り物である壁を挟んで幾らかのやり取りをした後、AAH突撃銃の弾丸、それを重りとして投げ渡された、コッチニクルナと書かれた紙。そして本人が書いたであろう説明書が挟まれた回復薬を受け取った。2人はその回復薬を怪しんだが、驚くほどの性能を発揮し2人の負傷を治療した。体力を回復した2人はその場に残る死体達から装備を全て剥ぎ取り、その場を後にした。

 その場には不明確な噂を基に賭けた者達の敗者達だけが残っていた。

 

 

 オルトは以前と変わり戦闘訓練の割合を減らし、遺跡探索の訓練の割合がふえていた。理由としてハンターランクを上昇させるためだ。いまだ車両を手に入れていないオルトでは、持ち運びできる物資に限りがある。その状態で長距離の移動は生死に関わる。ハンターに車両を貸し出す業者があるが、オルトのハンターランクではレンタル業者が提示している条件が厳しい。それを緩める為、ハンターランク20を目標に据え、今日もハンター稼業に精を出していた。

 射撃訓練を行うときは汎用討伐を受け、遺物収集を行う際は周囲の索敵を入念に行いながら、つけられていないかを確認しつつ遺跡の中を進んでいた。

 

「外周部とは言えないくらいの場所に恒常的に来れるようになったな。遺物もなかなか多いし、補助アームのおかげでバックパックに両手の動きを阻害されないのが楽でいい」

 

 オルトは上機嫌に足を動かしながら、先日目星をつけていた目的地のビルの中を探索していた。ファナに遺物の残っていそうな建造物を教えてもらいながら、ビルの中の索敵をファナのサポート無しで行う訓練をしていた。

 情報収集機器を用いて周囲の確認とモンスターなどの反応がないか警戒して進んでいく。何度もファナからの指摘が入り、その度に動きを修正しながら最上階を目指していた。

 

「ファナ。そういえば俺の情報収集機器の設定って大丈夫なのか?」

『いいえ、大丈夫ではありません。設定を色々と変更しながら逐一最適な設定にすることを目標にしてください』

「やっぱりダメだったのか。……設定してもらえるか?」

 

 オルトのバイザーに映っていた映像の解像度が上昇していく。ぼやけていた背後の映像が鮮明になる。死角にあるはずの瓦礫の輪郭までもが明確になった。オルトはその様子に驚きながらも少し項垂れる。

 

「まだまだ使えてるとは言えないな。装備に振り回されてるだけだ」

『私がオルトをサポートしますので上達の速度は速いですよ』

 

 ファナの微笑みを見て、オルトは少し元気を取り戻し、ビルの索敵を続けていった。

 

 

 何度目かの遺跡探索でオルトはとある建造物の中に地下へと続く通路を発見した。その先は明かりなど一切なく暗闇に満ちていた。

 

「ファナ。この先って何があるか判るか?」

『恐らくここは百貨店の跡ですね。その地下ということでそちらにも遺物が残っている可能性は高いかと』

「おお! それは良いな。早速行こう」

 

 視界をファナが拡張し、光のほとんど届かない場所であっても鮮明に見れるため、オルトはさしたる問題とせず階段を下りようとする。しかし、強化服が身体を硬直させその動きを阻害する。

 

「どうかしたのか?」

『オルト。この先へ進むと私との接続が不安定に。もしくは完全に切断される可能性があります。それでも行きますか?』

「え、な、なんでそうなるんだ?」

 

 驚きを隠すこともできないオルトにファナは真剣な表情を向けていた。

 

『私との通信は地上であればよほどの事態が起きない限り維持されます。しかし、地下となると話は変わります。旧世界の建築物はところによって非常に強力な通信妨害能力を備えた建造物で生成されています。その中にオルトが入ると最低でも私の索敵能力は大きく減少すると考えてください』

 

 ファナが真面目な表情を一切崩すことなく説明を続ける。危険性は理解した。可能性だけだが自分の選択により非常に危険な状況に陥る可能性がある。そしてファナはきっと自分の選択に最大限協力してくれるであろうことも。

 

『これらを踏まえたうえで、オルト。どうしたいですか?』

「……行く。でも少しでも危険な目に遭ったら即座に撤退。それだけ先に決めておこう」

『分かりました。ただし、私との接続が切れた場合も同様に元来た道を戻ってください。少なくとも地上に出ていただければ通信状況は回復します』

「了解だ」

 

 オルトは先程までのやや浮かれた表情をしまい込み、程々の緊張を身体中に巡らせる。2挺のAAH突撃銃は、弾倉を強装弾の拡張弾倉に入れ替え、万一を考え回復薬を数錠口に入れておく。ゆっくりと拡張され、輪郭まではっきりしている階段を丁寧に下りていく。

 

 

 階段の先には広い通りになっていた。床には塵や埃が溜まっており、長期間誰の侵入もないことを示していた。しかし、オルトは安堵する前に周囲の警戒度を上げながら、行動の優先順位の再確認する。

 

『ファナ。通信状況はどんなかんじだ?』

『オルトとの通信に影響はありません。しかし、索敵範囲がひどく狭くなっています。警戒を怠らず進んでください』

『了解だ。行こう』

 

 自分が歩く際の小さな足音のみがオルトの耳に入ってくる。自前の五感も情報収集機器もそれ以外の反応を捉えていない。過度の先や、扉の裏、柱の影を注意深く警戒しながらしばらく大通りをうろついてみたが、モンスターの影は見当たらなかった。

 

『安全なのかな?』

『気は抜かずに。何が起きても不思議はないと考え常に行動に移せるように備えておいてください』

 

 ファナの言う通りだと納得しながら緩みかけた緊張を戻していく。周囲にモンスターの影がないことを確認し、ファナのお勧めした店舗に足を踏み入れる。そこには当時の原形を保ったままの商品が棚に陳列されていた。

 

『おお、凄いな! 取り敢えず持って帰ろう。ファナ! 何か高値で売れそうな遺物とか有用なものがあったら教えてくれ!』

 

 リュックサックから折りたたんだリュックサックを取り出しファナがおススメした遺物を優先的に詰め込んでいく。その中には回復薬やブレードの柄などがあり、それらは売らずに自分で使う物にするためバックパックに入れておく。視界の端に映っていた板状のものを掴み中身を調べてもらうと旧世界製の衣服と言われ、カオルとの約束を思い出しそれも回収した。

 

(百貨店って言ってたけどこの店は一体何屋なんだ? どう考えても規則性がない気がする。色んな店舗があるうえで商品の幅をここまで広げるとか、経営は無事だったんだろうか)

 

 既に滅んだ者達への疑問を余所に体を動かし続ける。開いているスペースを埋めるかのようにリュックサックの中身の配置を変えていく。

 目の前には遺物をたっぷり内包したリュックサックに、新たな所有物を加えたバックパックがあった。オルトの顔は少しだらしないくらいに緩んでいた。

 

『なかなかいい成果になったんじゃないか?』

『そうですね。ただこれを一度に買取所に持ち込めばまた噂が広がりかねませんね』

 

 そう言われ少し硬直する。たしかに前まで流れていた噂の中には、未発見の地下施設云々の話が有った。今オルトの目の前に広がっているのがそれだった。

 

『遺物は小出しにするとしてしばらくは汎用討伐でも受けて射撃訓練をしよう。それでも附けてくる奴が居たら宿に籠って勉強でもしておこう』

『それが良いかもしれませんね』

 

 いったん結論を出してオルトは地上までの道を歩いていく。補助アームを一本追加で荷物持ち用に変えて、AAH突撃銃を右手に備えておいた。

 

 

 大きな荷物を抱えてるとこを見られないために日が沈むまで遺跡に潜んでいたオルトは、周囲に見つからないよう最大限注意し宿まで帰った。宿に着いたのが日が変わった後だったこともあって、その日は銃の整備をせず、風呂に入ってから泥のように眠った。

 

 翌日オルトは銃の整備を終えてから、衣類系の遺物をバックパックに入れてトライフワーデンへと足を運んだ。そこにはエルと楽しげに会話を弾ませているグレイが居た。

 

「この強化服選んでよかったわ。まだ身体能力に振り回されるときがあるけど、前よりずっと銃の命中率が上がったの。おかげで巡回依頼もなかなかに稼ぎが良くなってきたわ。また少ししたら何か注文するかも」

「グレイちゃんの調子が良いみたいで安心したよ。もう大丈夫そうだね。装備に関してはパパに言ってあげて? きっと喜んで更に相談に乗ってくれると思うから」

「ええ。もう問題ないわ。カオルさんにもよろしく言っておいてね」

 

 ドアチャイムが来客を告げ、エルが仕事に戻るために会話を切り上げ、客の方を向くとオルトがカウンターに歩いてきていた。

 

「エル、こんにちわ。カオルは休憩中か?」

「オルト君、こんにちわ。パパなら外に出てるから今は私が店番。もうすぐ帰ってくると思うけど弾薬の補充なら問題ないよ? あれ、でも連絡入ってたっけ?」

「いや、今日は補充に来たわけじゃなくてカオルに言われてたことを済ませに来たんだ。すぐ帰ってくるならここで待たせてもらうよ」

 

 エルと話を続けるオルトに話しかけようとするも、どうしてもしり込みしてしまうグレイにエルが目を向ける。それに釣られてオルトもグレイの方に顔を向けていた。オルトの両目に見つめられ、観念したように息を少し吐き出し、グレイは口を開く。

 

「えーと、お久しぶりになる、わね。憶えてるかしら。改めて初めまして。私はグレイっていうの。以前はいろいろとありがとう。助かったわ」

「……憶えてる。グレイか。わかった。俺はオルトだ。よろしく頼む。……ただあの状況で助かったのならグレイの運が良かったのか、実力によるものだと思う。感謝されるようなことじゃないだろう」

「いいえ。あの時、拳銃の銃弾すら切れていたもの。銃を置いて行ってくれたおかげで私はこうして生き残れてる。だからありがとう。ほんとに、感謝しているわ」

「……そうか。それは受け取っておくよ」

 

 グレイは一先ずオルトへの気持ちに整理がついた。勝手な考えにより、無意識的に悪役にしてしまっていた存在を、今ようやく正しく見ることが出来たのだ。

 その様子をいつの間にか戻ってきていたカオルを加えてエルが眺めていた。

 

「いやーよかったね2人とも。これでお互いの誤解も解けたね」

「誤解?」

「ああー、何でもないよ。もう済んだことだから」

「そうか?」

 

 グレイが慌ててエルの発言を流す。

 

『誤解って何かあったっけ?』

『私に憶えはありません。気になるのでしたら聞いてみればよろしいかと』

『うーん、もう一度聞いた後だし。大して問題にならなそうだしいいや』

 

 オルトはグレイから目を外しカウンターにバックパックを寝かせ、中身を取り出していく。3人はそれを見てそれぞれの反応をしていたが、オルトの用事はカオルに対してのものなので無視することにした。

 

「遺物を売りに来たんだ。こっちで判ったのは中身が衣類だってことくらいだ。他に数着自分用に開けたものがあるけど、なかなかいい質だったからそこは保証する」

「ほう、結構な量あるもんだな。一度預かってもいいか? こちらで鑑定に出したい」

「ああ、構わない。金は俺の口座に振り込んでおいてくれ」

 

 カオルに遺物を預け今日の用事が済んだことにホッとする。ふと横のエルを見れば遺物を興味深そうに見つめている。グレイは驚きに近いような顔をこちらに向けていた。

 

「ねえオルト。この遺物どこで見つけたか聞いてもいい?」

「遺跡だ。それ以上の情報は喋るつもりはない」

 

 取り付く島もなく断られる。オルトの返答はハンターとして当然のものだったが、グレイも1人のハンター。山のように積まれた遺物を持ち帰る自分を想像したことがないわけではない。

 同じように聞いてもきっと断られるだろうことは解っている。そこからグレイは方向性を変えることにした。

 

「なら、しばらく私と組んでみない? 私にも遺物収集に協力させてもらえない?」

 

 数は力だ。ハンターも例にもれずそれは適用されることが多い。1人より2人の方が安全性も増す。持ち帰れる遺物の量も増えることになる。

 

『ファナ、どうする?』

『オルトは彼女と組むことに賛成なのですか?』

『別に組むのはいいけど、俺はしばらくあそこに入る気ないからな。組んだところでという話でもある』

『それならそのまま伝えればいいかと』

『そうだな』

 

 オルトの返事を待つように見つめるグレイ。その横には楽しげなエルと意味深な顔を浮かべるカオルが居た。一先ず2人を無視してオルトは返答する。

 

「組むつもりはない。俺は基本1人で動くのに向いているんだ。それにその周辺をうろつくのは控えるつもりなんだ。足手纏いだとかは思ってない。単純に危険そうだからもう近寄らないってだけだ」

「……そっか」

 

 グレイは小さくつぶやいて少し俯いていた。

 両隣からの厳しい視線に気づいたオルトは少し居心地が悪くなり、少しずつ言葉を加える。

 

「あー、組むのが嫌とかじゃない。だから実入りのいい依頼とかがあったら一緒に行ってもいいぞ」

 

 たじろぎながら話しているオルトに、グレイは面白いものを見ているように苦笑する。

 

「そう? それならいいものがあったら誘わせてもらうわ」

 

 2人からの威圧感がなくなったことに安堵しながらグレイと連絡先を交換してオルトは店を後にした。

 残った3人はその後も少し雑談をしていた。

 

「俺が買い取るからって開けた遺物の質はなかなか良いものだった。まだまだ眠っているとなると荒れそうだな」

「凄いですね。危険だから近寄りたくないって言ってましたけど、遺物がここに有るってことは、少なくとも一度は踏み込んでるってことですもんね」

(強化服に目立った傷はなかった。弾薬の補充をしてないところを見ると交戦もほとんどしてない。立ち姿も違和感を感じなかったから見えないところで大怪我ってわけでもないだろう。ま、無茶をしてないならいい。しっかり常連になっておくれよ、オルト)

 

 1人のハンターとしての関心を、1人の商売人として、友人としての安堵を胸に抱き、当人が先程くぐった扉を2人して無意識に眺めていたことに気づき笑っていた。

 グレイは新しく購入した大型の銃を担ぎ、店を出ていった。

 

 

 遺跡から大量の遺物を持ち帰って来たオルトは、クズスハラ街遺跡の外周部で強化服をファナのサポート無しで動かす訓練を行っては、少量の遺物が入ったリュックサックをバックパックから取り出し、それを担いで帰るということを続けていた。

 遺物を買取所に売っていたことでオルトのハンターランクは17まで上がっていた。

 

 

 あともうすぐで荒野仕様の車両をレンタルできると思いながら遺跡に向かって歩いていた。スラム街にはまだまだ前の噂が残っているのか、少し前に大きめの徒党のボスが殺されてたとかの声が聞こえてきた。

 

(やっぱりスラムは安全じゃないな。最初の頃にスラムで寝泊まりする選択を消しておいてよかった。囲まれて銃を撃たれたら、さすがにナイフがあっても対処しきれなかっただろうし)

 

 オルトはスラム街で起きているごたごたに巻き込まれないように駆け足で荒野まで抜けた。ファナのサポートはないが強化服の動きにぎこちなさは余りなく、問題なくその身体能力を利用している。

 

 

 流石にハンターの数は減ったなと感想を浮かべながら遅めの昼食を取っているオルトは午後の訓練の方針を決めあぐねていた。射撃訓練をするにも近くにモンスターは居ない。目標は遠くの石でもいいが遺跡の中でやる必要はない。格闘訓練もまた、する必要性が薄い。食料が時間の経過とともに減少していくが、これといったものは思い浮かばなかった。

 ふと自分の隣で微笑んでいるファナが指示をしてくる。

 

『オルト。情報端末を確認してください』

「ん? わかった」

 

 急に言われた言葉の意味を探したが思い当たるものは無かった。先日売った衣類系の遺物は600万オーラムになった。他の遺物も少しずつ買取所に持ち込み、ハンターランクと金に変わっていっている。特筆すべきこともない。緊急事態が発生したのならばファナが強化服を強制的に動かし危機を脱する。

 これらのことからそこまで緊急性はないがファナが呼びかけてくる程度の事態は発生しているのだろうと、それだけ理解した。

 情報端末をファナの操作で目的の情報を映し出す。

 

「緊急依頼?」

『多数のモンスターに襲われており救助を求めているようですね。対象はカツラギという男ともう1人、及びその所有物であるトレーラー。大まかな移動経路も載っています。このままなら数十分後にはクズスハラ街遺跡に着きますね』

 

 表示されている内容を見ながらこの依頼を受けた際のメリットを計る。これはハンターオフィスと連携されていない依頼であるため、達成後報酬を払わないということもできる。しかし、依頼主の目的地はクガマヤマ都市だ。ある程度近付いた後、通信を繋いで正当な依頼という形にさせればよい。そうすればハンターランクの上昇にも繋がる。緊急依頼な為成功報酬は通常のものよりも大きい。車両のレンタルではなく購入という手段を取れる可能性もある。

 だが、大きな問題があった。

 

「ファナ。強化服で走っていくにしろ流石に遠い気がする」

 

 単純に救出対象が遠かった。依頼主は形振り構ってないのか広範囲に依頼を発信している。そのためオルトの位置にまで依頼が届いた。オルトが車かバイクでも持っていたのなら変わっただろうがそれはない。

 

『ではどうしますか? このまま遺跡に居ますと彼らが連れてきたモンスターと会敵してしまいますが』

「実質二択だよなー。行くか帰るか、だ。行くメリットは確かに大きい。少し東程度の荒野から来たモンスターになら強装弾は有効だし、報酬もおいしい。関わらず帰るって手もある。うーん」

 

 オルトの中で天秤が揺れ動いていた。しかし、定まりきらず時間ばかり浪費してしまっていた。オルトは考え方を変えることにした。報酬やらの情報を置いておき、今一番欲しているものを、ハンターランクを中心に考えて結論を出す。

 

「ファナ。緊急依頼を受ける。もし俺が到着する前に彼らがやられたら仕方がない。運がなかったってことでそこにいるモンスターで汎用討伐でも行おう」

『決まりですね。走りますよ』

 

 オルトは口に回復薬を放り込みながら、休んでいた建物から飛び出した。かつて経験した両脚の激痛を少しずつ飲み込む回復薬がごまかしつつ現場に向かう。これが終わったら回復薬が幾らか無くなってそうだと苦笑しながらも必要経費だと思い、勝手に動作する身体に動きを限りなく合わせていく。

 

 

 クズスハラ街遺跡の外周部付近、その荒野を走る影があった。

 既に日が傾きつつあったがオルトは未だ全力疾走を行っていた。舌を噛みかねないので歯を食いしばり、回復薬の鎮痛作用により身体の痛覚が麻痺しているのを感じながら。疲労は回復薬のおかげであまり感じない。しかし、精神的な疲労は徐々に溜まっていった。

 

『ファナ! まだ目的地には付かないのか? もう結構な距離走っていると思うんだけど!』

『既に彼らはクズスハラ街遺跡からの脱出を図っています。窮地は脱したようですね』

『ならなんで俺はまだ走ってるんだ? 依頼もモンスターも居ないところに用はないぞ?』

『問題ありません。彼らは窮地を脱しただけです。今から一時間ほどで後続が彼らに追いつきます。ただ、私達が彼らのもとに着いたとき生存しているかは不明ですが』

『そりゃ何よりだ。本人達には悪いがな。これ以上急げないことだけが問題か』

 

 オルトは今全力を出している。ファナの操作で動く強化服に全身をバラバラにされそうな感覚を回復薬で誤魔化し、激痛と疲労を訴えてくる身体と脳を、歯を食いしばって黙らせる。それでも現場には辿り着けるか怪しい。彼らが生きているかは賭けになる。それでも一度決めたことを簡単に覆さないために。

 日が落ちて辺りが暗くなった頃、ファナが視界の中に後方の映像を映し出す。そこには2人組の女性ハンターが乗っている荒野仕様の車両が映っていた。

 運転手がオルトを短距離通信の圏内に収め、情報端末越しに話しかけてくる。

 

「そちらのハンター聞こえる? 多分、この先の緊急依頼に向かっているんでしょうけど、流石に走ってはきつすぎるんじゃない?」

 

 その言葉に反応しようかと思ったが舌を嚙むのが嫌だったので好きに言わせることにした。すると別の声がさらに話しかけてくる。

 

「少し馬鹿にしたように聞こえたかもしれないわね、相方の代わりに謝るわ。良かったら私たちの車に乗っていく?」

「ちょっとサラ?」

「いいじゃないエレナ。たぶん悪い子じゃないって」

 

 情報端末越しにじゃれあっているのが聞こえてきた。たしかに車の方がオルトの強化服で走るよりも速度が出るのは確かなので乗らせてもらおうと、ゆっくりと減速する。

 オルトの隣で車を停車させた女性のハンターが話しかけてくる。

 

「相乗りしていくってことでいいのよね? 私はエレナ。隣がサラよ。よろしくね」

「俺はオルトだ。よろしく頼む」

「よろしくねオルト。さあ乗って」

 

 オルトは後部座席に腰を下ろして呼吸を整えるために大きく息を吐く。それを面白そうに笑いながらサラが話しかけてくる。

 

「随分疲れてるみたいだけど、大丈夫? 休んでてもいいわよ」

「大丈夫だ。結構いい回復薬を使ってるから疲労はない。心配してくれてありがとう」

 

 回復薬と言った瞬間に少しだけ2人の表情が止まった。運転を行っているエレナが恐る恐る問いかけてくる。

 

「その回復薬、見せてもらうことはできる?」

 

 おかしな質問ではあるが、特に危険はないと思い、回復薬を取り出して見せる。二人はそれを見て、驚いた後少し残念そうな難しい顔をしていた。

 

「変な質問してごめんなさいね。特にあなたに他意はないわ。ただ、個人的な理由でちょっと人探しをしていてね。その人がくれた回復薬が非常に高性能なものだったのよ」

 

 エレナ達は少し前にヘマをして窮地に陥ったこと、その際どこかの誰か達が助けてくれたこと。負傷していたエレナ達に回復薬をくれたこと。それが旧世界製のものである可能性が高いことを話してくれた。

 

「そういう訳でその恩人を探しているのよ。あなたの持っている回復薬も多分、旧世界製のものよね? でも箱の柄が違うから別物でしょうね」

「そういうことか。確かに感謝を宙ぶらりんなもののままにはしたくないよな」

(あの場に残っていたあいつがその後顔を合わせていないってことはそう言うことだろうし、俺が踏み込む話題でもないな)

 

 オルトは回復薬が身体の疲労を完全に抜いてくれるように出来る限り身動きをせず、エレナ達の話に応答していた。

 

「そうだ。先に言っておくけれど、モンスターと戦闘になったら結構荒い運転になるかもしれないからそこだけ注意してね」

「了解だ。俺を足手纏いだと思ったら車から放り出しても文句は言わないよ」

「……流石にそこまではしないわよ」

 

 オルトの発言に苦笑いを浮かべながらエレナは車を走らせ続ける。

 

 

 後部座席のオルトと助手席のサラが立ち上がり、お互いの武器を持ち情報収集機器の望遠機能により映し出される光景を見る。そこには地面を覆いつくす程の量のモンスターが群れを成していた。

 

『すげえ量だな。後続だって言ってたよな。ってことは一度はあれを凌いだのか』

『もしくは後続の方が多いかですね。あのトレーラーは長距離を移動していたようですからその最中に群れが分かれたのでしょうね』

『モンスターって旧世界の遺物と言えなくはないって話だよな。執念深すぎないか? 遺跡から離れても地の果てまでってか?』

『オルトもせっかく収集した遺物を横取りされたらその相手を憎むでしょう? それと同じですよ』

『なるほど。それは俺も殺しに行くな。間違いない』

 

 どこかおかしな問答をしていると、サラが大型の銃を構え引き金を引く。それは遠くに走るモンスターに直撃すると同時に大きく爆ぜる。連射されたそれはさらに多くのモンスターを巻き込んでいく。周囲のモンスターがオルト達に気づき標的を変更する。

 有効射程に入ったモンスターをオルトは狙撃する。それでもモンスターの数が多く車両に近づいてくるが左手のAAH突撃銃を乱射して絶命させる。

 

「エレナ! 予定の場所とは随分違うけど、救出対象はあれでいいのよね?」

 

 エレナも車両の機銃を操作して大量の弾丸を豪快に撃ち出していく。

 

「あってるわ。依頼にはクズスハラ街遺跡って書いてあるけどここまで逃げてきたのでしょうね。そのまま粉砕して」

「了解。弾薬費は依頼者持ち! オルト! 頑張りましょうね」

「ああ。近くの奴はこっちに回してくれていい。もっと群れに近づいてくれても問題ない」

「あら、そう? なら泣き言は早くいってね。先輩がしっかり援護してあげるから」

 

 オルトの言葉にエレナは機嫌の良さそうな表情を浮かべてタイヤの回転速度を増やしていった。サラがその体躯に見合わない大型の銃を両手にそれぞれ持ちモンスターに向ける。遠方のモンスターに榴弾を撃ち放ち、群れの中にいる大きめの個体は狙撃して死体を増やしていく。エレナは車両の運転をしながら機銃の操作を行い、前方から襲ってくるモンスターを絶命させ続ける。

 

『凄いな。両手で違う銃を持ちながらモンスターを撃ってる。命中率も高い。何よりも揺れる車上でそれをしているってことだ』

『彼女らは組んで長いのでしょうね。それぞれが役割分担を行い、短所を補い、長所を強くしているのです』

『なるほど。片方が索敵、もう片方は索敵結果に従ってその身体能力で持てる、威力の高い銃を使って打ち抜くって流れか。……まあ、負けてられないし、もう少しこっちも頑張らせてもらうとしよう』

『そうですね。いきましょう』

 

 モンスターに近づいた分、車両の側面からも襲われる。オルトは弾倉を弾数、威力、値段のどれもが高い拡張弾倉に変え、近づいてくるモンスターに銃口を向け連射する。先程まで、ファナには強化服の重心移動などだけのサポートに制限させていたオルトは射撃にもサポートを加えてもらい、近づいてくる全てのモンスターに絶命、少なくとも致命傷を与え、その後仕留める。

 そのまま一方的な攻撃が続く。資金面の余裕を取り戻したエレナ達がモンスター駆除用に用意した高威力の弾薬は、その価格に見合った働きを見せていた。

 3人が生み出す銃弾の嵐に、サラが撃ち出す榴弾にモンスターの群れは飲み込まれていき消えていく。

 オルトは強装弾を残ったモンスターの頭部に命中させると、その付近に生きているモンスターは居なくなった。

 

『お疲れ様でした。付近のモンスターの反応は消えました』

『おつかれ、ファナ』

 

 ファナのサポートにより少々負荷の大きな動きをしていた為オルトは両腕に痛みを覚えていた。回復薬を飲みながら座席に座り込むと前からエレナ達が顔を向けてくる。

 

「お疲れ様! 随分強いのね。びっくりしたわ。ゆっくり休んでていいわよ」

「そうね。射撃の精度も高くて優先度の判断も出来ていた。これからも伸びると思うわ」

 

 エレナ達から褒められてオルトはどう返事すればいいのか迷い、少し申し訳なさそうな笑顔を浮かべて感謝する。

 

「そうか、ありがとう。これからも頑張るとするよ」

 

 少し表情を固めているオルトを不思議に思いながらエレナは車をトレーラーへと走らせていた。

 

 

 トレーラーの中には救出対象の2人と見覚えのある少年が乗っていた。ダリスと呼ばれる男が周囲の警戒のために軽く挨拶を終えて運転席へ戻っていった。それを見送った5人は各々もまずは目的を終わらせておくために動いていた。

 オルトとエレナ達はそれぞれ別々で依頼を受けた者達だ。纏めて報酬交渉しても問題は無いだろうが、オルトはエレナに乗せてもらった恩を返す形として依頼主との報酬交渉の先手を譲った。

 暇になったオルトはサラと話している少年に、取り敢えずの挨拶とクズスハラ街遺跡であの後どうしたのか遠回しに聞くことにした。

 

「改めて、初めまして。俺はオルトだ。助かってよかったな」

「……ああ、初めまして。アキラだ。助けてくれてありがとう」

 

 オルトはアキラが自分を見る目に訝し気なものが含まれている様に感じた。

 

(この感じだとあの場にいたことすら話してないんだろうな。回復薬だけといってもハンター同士のものだし踏み込まないのが正解だろうな)

「サラも言っていたけど気にしないでくれ。俺は仕事をしただけ。依頼を出したのも報酬を払うのも向こうのカツラギってやつ。その場にいて助かったのはアキラの運が良かったからだろ」

 

 運という言葉を聞いてサラが少し笑う。

 

「オルト、流石に同じ日に二度もモンスターの群れに襲われるのは運がいいとは言わないんじゃない?」

「あー、確かにそれは助かっても微妙な気分になるな」

 

 3人は苦笑いを浮かべながらエレナの交渉が終わるのを待っていた。

 アキラの話によるとこのトレーラーに積まれている武器の類はずっと東、最前線付近から仕入れてきた物。どれもこれもオルトには買えない高価な品々が目の前に広がっていた。視界の端でアキラが一直線に一つのケースに近づいていく。

 

「何を見ているんだ? アキラ」

「ああ、これをな」

 

 アキラが見ていたものは、人が持つ類の銃ではないだろうと思えるほど巨大な銃だった。ファナがそれを見て感心した様子を見せる。

 

『なかなか良いものがありますね。オルトも早くこのような銃を持てるようになってくださいね』

『いやいや。流石にこれは大きすぎるって。いくら強化服着てるからってこれを持ってたら動けないだろ。人型兵器用の銃にしか見えない』

『その分高価な強化服を手に入れれば問題はありません。価格が高い分、性能も上昇します。頑張りましょうね?』

 

 ファナから笑顔を向けられオルトは言い返す気がなくなった。言い合いに使う気力などない。交渉もしなければいけない上、都市まで気は抜けないのだ。回復薬で誤魔化し続けているがそれは身体的なもの、精神的なものは遺跡探索の時から溜まり続けているのだ。

 そんなオルトを余所に同じようにアキラの近くにやってきたサラが興奮した様子を見せる。

 

「エレナ、来て! 凄い! ラグナロックがあるわよ!」

「……本当にあるわ。これって対滅弾頭対応のやつよね」

 

 カツラギがエレナを納得させようと、報酬を支払う当てがちゃんとあることを示すために大袈裟に説明をする。

 

「ああ、今回の目玉商品だ。これを仕入れるのにどれだけ苦労したか。……おい、ちょっと待て。何を考えてる?」

 

 カツラギは銃を見続けるエレナの表情に不穏な気配を感じ始めた。エレナが駆け引き用の笑みを浮かべて呟く。

 

「……サラならぎりぎり持てるかしら」

 

 途端にカツラギが慌てだす。

 

「待て待て待て待て! 待て! 無理だ! それだけはダメだ!」

「でも支払う金はないのでしょう? だったら物納にしてもらうしかないじゃない」

「幾ら何でも支払額との差がありすぎるだろう! 無理を言わないでくれ!」

 

 エレナが厳しい表情でカツラギへ向ける非難と威圧の視線を強める。

 

「無理を言ってるのはどっちよ。依頼の報酬も弾薬費も支払わず、いつ支払うか分からない、いや本当に支払うかどうかもすら分からない金を、黙って待ってろって言うの? 私達にも生活があるの」

 

 エレナの態度が演技だということは周りも、視線を浴びるカツラギも理解はしている。商売人として、金を支払えないカツラギに非があるのは明白だった。

 困ったカツラギはアキラとエレナが知り合いであることを察して、援護を求めて視線を送った。

 しかしアキラは黙ってカツラギから目を逸らした。カツラギは僅かな可能性に賭けて、オルトに視線を送ると頷きながら笑顔を浮かべる。

 

「最前線付近の強化服か、興味があるな」

 

 カツラギは笑えなかった。

 その後カツラギの全身全霊の懇願もあって、交渉は何とか纏まった。エレナ達は引き続きカツラギの護衛として雇われることになった。

 もちろんその分の報酬は上乗せされる。更に約束の期日までに報酬が支払われない場合、ラグナロックはエレナ達のものになる。エレナ達が護衛を引き受けたのは、カツラギ達の監視も兼ねていた。

 オルトもまた護衛を引き受けることになった。物納用に強化服を選んでおいたがカツラギ達の様子からそちらは手に入らないだろうと思いながら報酬の形を変えていた。オルトは支払額を全額使用させてカツラギに荒野使用の車両を調達させることにした。報酬の信頼性の為ハンターオフィスを介した契約書に、金額分満足できるような物品であること、と書き加え脅しも兼ねていた。金よりも時間もかかるため、その分オルトの護衛の期間は長くなった。

 

『良かったのですか? 金に換えてから別の場所で車両を購入するという手もありましたが』

『いいよ。それにハンターオフィスと提携してない店の方が遺物を売った際、ハンターランクが上がらない分を足せるように促せる。カツラギを介して他の場所を見つけることもできるからな。変にこっちを試すようなことをして来たら縁を切る。それだけだよ』

 

 ふと、視界の端のアキラに違和感を覚えた。ふらふらと揺れたと思いきやその場に力なく崩れ始める。オルトはアキラを抱え、アキラが何も反応を返さないことからその場にゆっくり寝かせる。エレナ達の声掛けにも一切反応せずアキラは目をつぶる。

 

「カツラギ、とりあえずトレーラーを出してくれ。荒野で考えるようなことでもないだろう?」

「そ、そうだな。ダリス! 都市に向かえ! 出来るだけ急いでだ!」

 

 カツラギが運転席の方へ走っていく。アキラを心配そうに見ている2人がオルトの目にはいる。

 

「アキラとは知り合いみたいだったけど何処かで?」

「ええ、私たちの贔屓の店でね。……アキラのことなんだけど私達が面倒を見るってことでいいかしら?」

「いいんじゃないか? 俺は宿に泊まってるし、目を覚まして誰も居なかったら混乱するだろうしな」

「決まりね」

 

 アキラの扱いを明確にさせたところでオルトはトレーラーの屋根に上がる。脳が睡眠を促すのを噛み殺しながら周囲の警戒を続ける。彼らの不運は終了したのか特には問題なく都市へ帰ることが出来た。

 

アキラ、カツヤ側のストーリーもオルトの動きに合わせて書いた方がいい?(尚、書籍版やWEB版の流れは踏襲するつもりです。細部に変更を加えたり等が発生します)

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