リビルドワールド 孤独に非   作:たっぷり

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・第九話 事後処理

 

 クズスハラ街遺跡の外周部で遺物襲撃犯と戦闘し、勝利したオルトは、直後クガマヤマ都市の防衛隊の隊員に遺物襲撃犯の1人だと疑われて拘束された。地下街で数度のヤラタサソリの巣の殲滅(せんめつ)、遺物襲撃犯達との戦闘で心身共に疲弊していたオルトは、緊張の糸が切れた途端、気絶するように意識を手放した。

 次に目が覚めると、そこはクガマヤマ都市の運営する総合病院の個人用の一室だった。周囲を確認すれば、自分が容疑者認定されていないことが薄々(うすうす)分かるが、確実にそれを保証する者は居らず不安になっていたところ、ファナから遺物襲撃犯の容疑は晴れていることを伝えられ、一先ず安堵した。

 ファナと体感時間の操作が可能になったことと、その練度、精度、再現性を上げる為の訓練法を聞いていると、オルトの部屋のドアがノックされる。

 入室してきたのは、にこやかに笑うヤナギサワという人物だった。

 

 

 ヤナギサワがオルトとの挨拶と握手を終えると、備えられている椅子をベッドの横に持ってきて座る。

 

「さて、改めて回復おめでとう。オルト君」

 

 オルトがいきなり現れた都市の職員の陽気さに押されながらも返す。

 

「……えっと、ありがとう、ございます?」

 

 ヤナギサワはそのオルトを気にする様子もない。

 

「遠慮なんて要らないよ! 私が行うのはちょっとした事情聴取(じじょうちょうしゅ)になるんだが、楽しくお話してはいけない、なんて決まりは無いからね。気になることを少し聞くだけさ」

「はあ……」

 

 困惑顔のオルトにヤナギサワが書類を渡す。そこに記載されているものは、オルトがクズスハラ街遺跡の外周部で交戦した遺物襲撃犯達の経歴だった。

 彼らの今回の行った行為、及び過去の犯罪履歴等が載っているが、オルトには無用の書類のように思えた。

 同じように書類を持ち説明をしているヤナギサワと、記載されている内容をファナに解説してもらいながら読み進めていくと、数人に懸賞金が掛かっていることを知る。

 オルトが一枚ずつめくっていく。そして最後の一枚に記載されている者の顔に心当たりが在り、手が止まる。

 

「……君はその人物に心当たりがあるかい?」

 

 ヤナギサワが先程と変わらない抑揚でオルトに問う。

 オルトが感慨深そうに答える。

 

「重装強化服に乗っていた奴だよな。GRDの専用弾を幾ら撃っても倒れないから焦った」

「……そうかい。大変だったんだね」

 

 オルトの返事にヤナギサワが同情をする。

 

「実はその男は建国主義者(けんこくしゅぎしゃ)の一員だったのではないか、と考えられているんだ。それも幹部に近しい立ち位置の人間ではないかとね。それを討伐した君には大きな戦果があると我々は考えていた」

 

 ヤナギサワが話を止め、口角を更に上げる。しかし、オルトはいまいち理解できておらず困惑を続けていた。

 

「……考えていた?」

「そう。君を拘束した後、君の身辺調査を行った。身に着けていた装備、所持している物資や車両、君が借りている賃貸もね。そこから出てきたのは地下街の遺物と同一性の高い遺物が多く倉庫に保管されていた。それで君への容疑が再燃したわけだ」

「……」

 

 オルトへの容疑は一時解消されていた。ビルの内部に停車していた車両に残っていた情報収集機器による記録や荷台に乗っていた消耗品の数々、仮設基地や地下街攻略本部から貸し出されていた端末、本人が装備していた銃や弾薬を使用したと思われる遺物襲撃犯の死体、他のハンターが捕らえた遺物襲撃犯からの供述、そこから芋づる式に捕まっていった者達からの供述。それらの情報を基にオルトは、仮設基地への連絡の途中に遺物襲撃犯と遭遇し、交戦し勝利したハンターという扱いに、一度はなった。

 しかし、オルトの身辺調査を行っていた職員がオルトの賃貸の調査を行ったところ、ヤナギサワが話した通り、大量の遺物が倉庫に保管されており、その一部が地下街の遺物と高い同一性を示した為、戦闘行為もただの仲間割れだったのではないかと疑念が生じた。

 オルトはヤナギサワの説明を聞き続け、大いに焦っていた。ファナから容疑が晴れたと聞いていたが、目の前の職員からは未だ遺物襲撃犯の1人だと疑われているからだ。

 

「……という訳で、今君は非常に厳しい立場にあるんだが、何か知っていることがあれば話して欲しい。そうしてもらえれば、私の権限で色々と考慮することが出来るよ? 何か知っていることはないかな?」

 

 ヤナギサワは終始笑顔を保っているがオルトは顔を顰めていた。

 

「……何を、聞きたいんだ?」

「今回の計画についてやそこに書かれているペイジという男、他にも知っていることがあるのならそれもかな」

「……計画については知らない。俺はあいつらの仲間じゃないからな。このペイジって奴も戦っただけでどんな奴だったとかは分からない。他、というと……、俺の車を調べたなら知ってると思うけどもう2人? 2機? 重装強化服が近くにいたはずだ。そいつらが何か知っているんじゃないか?」

 

 オルトがファナに注意されながら言葉を選ぶ。確実に何かであるファナの存在は他者には言えない。生命線であるファナを自分から手放すことは出来ないからだ。

 ヤナギサワはオルトの話を聞きながらその裏を探ろうとする。

 

(嘘をついている気配はないな。遺物強奪犯の仲間でもないし、建国主義者の仲間でもないだろう。こいつが見た重装強化服はアキラというハンターが撃退したやつだ。……そもそも自宅に遺物を保管しているからといって犯罪者扱いは早計だ。そんなことで罰則を与えるような都市にはハンターが集まりにくくなる。あいつは要らないな)

 

 ヤナギサワが部下の処遇を決めたところで、自身の釈明をしているオルトを止める。

 

「うん。君は遺物襲撃犯じゃないことはよく分かった。安心してくれ。元々君への容疑は晴れていたからね。ただ、都市の上層部には未だ君に疑念を抱く者も少数いてね。謝るよ」

 

 オルトが安堵したように大きく息を吐く。

 

「……はあ。それなら良かった」

 

 既にオルトに興味の大半を失ったヤナギサワは、それを表情には出すことはせずに話し出す。

 

「さて、君への容疑が綺麗さっぱり晴れたところで質問が一つ。現在、君が倉庫に保管していた遺物は我々が調査の為、確保している。しかし、これを収集したハンターの意見を無視して、都市の所有物にしてしまえば反感が生じる。そこでだ、その遺物を売却した金額相応の品を君に渡そうじゃないか」

 

 オルトがヤナギサワの話を少しずつ理解していく。

 

「えっと、その場合はどういう査定方法になるんだ?」

「私と君の非公式の取引になるからね。残念ながらハンターランク上昇ポイントは加味されない。その分、金額に上乗せするつもりだよ」

「物々交換みたいなものか?」

「そうなるね。一応聞いてみるけれど何か欲しいものはあるかな? 金額次第だけれど中位区画の家とか借りられるかもね」

 

 オルトが難しい顔をして悩む。遺物はいずれ買取りに出す予定の物だ。ここで金に変わるのならば問題はない。しかし、それで自由に装備を購入することは不可能で、目の前のヤナギサワという者から買取り額相応の物品を貰うことになる。

 

『ファナ。何か良い案はあるか?』

『銃や強化服を頼んでみては? 都市の職員からの品なら高性能な装備が手に入ると思いますが』

『そういった装備品はカオル達の店で買おうと思う。何となくだけど』

 

 験を担ぐ。オルトがトライフワーデンでエルに言われた言葉だが、オルトの中で何かしらの意味になっているのであれば、ファナが下手にそこを刺激する必要はない。ファナ自身もオルトから嫌悪の感情を向けられることを避けている。何が関係に亀裂を入れるかは分からない。注意をしなくてはいけない。

 強化服や銃が無くともそれ以外のファナが操作可能な武装を用意しておけば、オルトの装備は問題なく整えられる。

 

『ではバイクを頼んでみては? 私の依頼では高度な遺跡探索能力が求められますからね。狭い場所で高い機動性を確保できれば安全性も増します』

『バイクか! 良いな!』

 

 オルトが脳内でバイクに乗って戦う自分を想像し、その光景が念話として文字と伴にファナに送られ、少々呆れた顔を向けられるが、他者がいるところでそれを指摘しようとすると不審者に勘違いされるため後回しにした。

 

「それならバイクで頼む。出来る限り高性能な奴がいい」

「分かった。君の退院日は明日だ。駐車場に届けさせるから、その時にロビーにいる都市の職員に付いて行ってくれればいい」

 

 ヤナギサワがそう言ってから立ち上がる。オルトに渡していた書類なども鞄に仕舞い、部屋から出ていこうとするが、ドアに手を掛けたところで振り返る。

 

「そうだ。この後、もう一度都市の職員が来ると思うが、私の事は話さないでくれ。私の所在は一応機密ってことになっているからね。今、君と会っているのも他人ってことになっているんだ。あ、口止め料をよこせって顔になったね! プレゼントの品に何か付属させておくよ! じゃあね!」

「2度と来るな……」

 

 入室から退室まで、終始笑顔を崩さなかったヤナギサワに対し、最後に爆弾を放られたような気分になったオルトは、その背中に呪詛を吐いてからドアが閉じるのを見送った。

 退室したヤナギサワが、張り付けた笑顔を一切崩さずオルトとの問答について考える。

 

(……奴らは優秀なハンターを求めている。繰り返す度にその基準は上がっていった。だが、最近はそんなハンターはクズスハラ街遺跡に入っていない。そうなれば弱くとも通信可能な個体を選び、育てるだろうと当たりを付けたが、あのオルトと言うハンターはおそらく外れだな。育成中の個体をわざわざ危険な戦闘の起こりうる場所に送るわけがない。許可も出さないはずだ。実際彼は大量の小型ミサイルで死んでいても不思議はなかった。せっかくの個体を死なそうとはしないはずだ。他にも候補はたくさんいる。決めつけるにはまだ早い。今のところは様子見としておくか)

 

 ヤナギサワが自身の目的の達成、及びその障害の排除を実施しているが、無闇に行なえば自身の目的が他者に露見する。少なくとも今動くのは得策ではない。最低でも目的達成の目途が立たない限り大きな動きを見せるわけにはいかない。

 

 

 ヤナギサワが退室した部屋の中でオルトが大きく息を吐いていた。

 

『疲れた。何なんだあいつは。いきなり来て脅したり物々交換を申し出たり』

『本人も言っていた通り都市の職員でしょうね』

『それは知ってる。これはあれか? 依頼を途中で破棄した形になったから目を付けられたか?』

『オルトの行動が目を付けられる要因の一つなら遺物強奪犯の襲撃に出向いたことの方が大きいと思いますけどね』

 

 ファナがいつもの微笑みを浮かべながらもゆっくりとオルトに近づいてくる。

 

『悪かったって。慎みます!』

 

 ファナがいつも通りの距離に戻る。

 

『はい。そうしてください』

 

 オルトが安堵して、先程の会話の内容を振り返る。その中の一つがオルトの不安を押し上げる。

 

『そういえば俺の装備は何処に行ったんだ? AAHが1(ちょう)ダメになったのは知ってるけどそれ以外は?』

『周囲にはありませんね。先程身辺調査のために回収したと言っていましたから、次に来る職員にでも聞いてみましょう』

『……そうだな』

 

 オルトはそのままファナとの雑談を続けていると、日が傾き始めた頃にドアがノックされる。入室してきた男は見覚えがあった。男はキバヤシだった。

 

 

 キバヤシは異様に上機嫌だった。

 

「よう! 久しぶりだな! 相変わらず無茶をしているようで何よりだ」

 

 オルトがキバヤシの表情と声を聞き、ヤナギサワに対しての不満を加算して更に機嫌を悪くしていく。

 

「帰れ!」

 

 キバヤシがオルトの言葉を無視して椅子に座り話し始める。

 

「開口一番、帰れは無いだろう。良い依頼を斡旋してやったじゃないか」

「そのせいで俺は死にかけたんだよ」

「あれは自分から行ったんだろ? いやー見事だった。1人で全滅させるなんてびっくりだ! 記録を見た時は椅子から転げ落ちたね!」

「おかげで持ち込んだ弾薬をほとんど使ったんだ。危うく逃げ出さなきゃいけなくなるところだったよ」

「……ん? 逃げる?」

「ん?」

 

 嚙み合っているようで全く違うことについて話していることにキバヤシが気付き、一旦会話が止まる。

 

「3日目の事だよな?」

「初日のことに決まってるだろうが。そっちの指示で確認に行ったら、穴からも地下街の通路からも大量のヤラタサソリがやってきて挟み撃ちになったんだぞ」

「ああ、それの事か。俺もちゃんと確認したよ。よくもまあ1人で全滅させたもんだと感心した」

「それ以外に何があるんだよ」

「いろいろやってたじゃないか! 個人的にそこら辺を話したいんだが。まあ、今日はそれに関して交渉をしに来たんだ」

「交渉ねー」

「そうだ。その前段階として、まずはお前の現在の状況とかいろいろ説明しよう。ここに居る理由とか、あの後遺物襲撃犯達はどうなったとか、知りたいだろう?」

 

 それらに関しては先程ヤナギサワに説明を受けたばかりだ。正直知る必要はないと考えたが、ヤナギサワについて知っている事、それに繋がりそうなことを話さないためにも表向きの理由を知っておくべきだろうと聞くことにした。

 

「そうだな。教えてくれ」

 

 キバヤシが鞄から書類の束を出し、オルトに手渡す。それには先程読んだ内容を含んだ資料だった。

 

「詳細はそこに書いてあるが、まあ読みながら聞いてくれ」

 

 キバヤシも同じ資料を持ちながらオルトに説明を始めた。

 内容はヤナギサワが説明した通り、防衛隊に確保され、地下街攻略本部の医療班で応急処置を受け、重要参考人としてクガマヤマ都市まで輸送された。

 同時刻、他の場所で遺物襲撃犯がハンターと戦闘し、共に防衛隊に確保され遺物強奪犯の一員であることが露見。他の遺物襲撃犯達もすぐに確保され洗い浚い話していた。

 ハンターと交戦していた遺物強奪犯が実に協力的だったために本人の減刑は叶い、その場にいたハンター、及びオルトの容疑が完全に晴れたこと。

 オルトはキバヤシの話の中に意外に思うものを聞いた。

 

「あいつ死んでなかったのか」

「ん? 誰の事だ?」

「ああ、俺が仮設基地に行く途中に襲われていたハンターがいたんだが、爆撃されても生き残ったんだなーと思ってさ」

「そいつか。なんと重装強化服2体に襲われたのに撃退して生き残ったんだぜ。正直目を疑ったね」

「へー」

「気になるなら映像見るか? 社外秘だから情報料が掛かるけどな」

「そんな金はない」

 

 途切れていた説明がそれを境に再開される。

 遺物強奪犯は殆どがあっさり捕まり、輸送車両も都市が押さえ、積まれていた遺物の回収も済んだ。僅かな仲間が少量の遺物を持ち出して逃げていたが、都市側は供述された内容を基に彼らの情報を把握している。捕まるのは時間の問題だった。

 

「お前もついてないな。そいつらに間違えられて一度晴れた容疑が再燃するなんてよ。まあもう晴れているみたいだがな」

 

 オルトが意識を失っている間に調査が進み、オルトが遺物強奪犯とは無関係であることが明らかになった。オルトはそのまま病院で治療を受け、今日目覚めたのだ。

 キバヤシが遺物襲撃犯と彼らの計画やその後に関する説明を一通り終えた。

 

「……まあこんなところか。何か質問はあるか?」

 

 オルトは少し考えるが、ヤナギサワから受けた説明もあり、特に思いつくことはなかった。

 

『ファナは何か聞いておきたいこととかあるか?』

『ありませんね』

 

 念のためにファナにも聞いてみたが、ファナもとくに聞きたいことはないようだ。何もないと答えそうになったところで重要なことを思い出す。

 

「俺の装備とか車とか消耗品とかどうなったんだ?」

「お前の所有物か。車は病院の駐車場に、回収してお前の所有物と判断された物はその荷台に入ってる。ただ消耗品に関しては全て都市が回収した。あれは都市から先払いして購入された品だからな」

「えっと、消耗品ってどれを含んでいるんだ?」

「ん? 弾薬にエネルギーパックを全てだな」

「そうか。まあそうだよな」

 

 大量に所持していた弾薬やエネルギーパックが使用することなく全損した衝撃でオルトが落胆する。それを笑いながらキバヤシが続ける。

 

「そろそろ本題に入ろう。最後の紙を見てくれ」

 

 オルトがゆっくりと最後の紙を見る。読む段落を進めるごとに、オルトの顔が引きつっていく。そこにあったのはオルト宛ての請求書だった。

 オルトは病院に運び込まれた後、様々な治療を受けていた。請求書にはその治療内容の詳細と個別の治療費が請求されていた。更にオルトが意識を喪失して5日が経っている。その間の入院費も請求されていた。

 また、オルトが意識を失っている間にヤラタサソリの巣の討伐依頼の契約期間が過ぎていた。意識の無くなった3日目の勤務時間も残っていた為、その分を含めた5日分のキャンセル料も請求されていた。

 合計、約1億5000万オーラム。大半がオルトの治療費だ。オルトの動きが完全に停止してしまった。

 キバヤシが予想以上の反応をしたオルトを見て軽く笑う。

 

「それが、今お前が抱えている負債だ。請求額に不満が有るかもしれないが、病院側にごねても無駄だってことは先に言っておく。治療費は正当なものだし、実際に治療を受けるかどうかは、急患等で患者の意識がない場合、病院側が判断して良いことになっている。患者の意識がないために治療を受ける確認が取れず、治療ができませんでしたってことを防止するためにな。まあ、建前だが」

 

 オルトがゆっくりとキバヤシの方向を見る。

 

「いや、でもこんな金額、どうやって用意したら」

 

 オルトは一瞬ヤナギサワの事を思い出すが、既に遺物とバイクの物々交換という形になったのだ。金銭で補填をしてくれるとは思わない。そもそも連絡手段もない。退出前に釘を刺されたため、出会ったことも話せない。

 キバヤシが、動揺しているオルトを宥める。

 

「落ち着けって。病院側だって慈善事業じゃない。支払いの見込みがないやつにそこまで過剰な治療は施さない。逆に取り立てられる客からはしっかり取り立てるのさ。具体的には、お前の報酬から差し引かれる」

「……報酬?」

「そう。報酬だ。言っただろう? 交渉に来たんだって」

 

キバヤシがニヤリと笑う。

 

「結論から言おう。お前がこちらの要求をのめば、その請求額を相殺した上で、8億オーラム持ってここから出ていける。どうだ? 良い話だろ?」

 

 1億超えの負債を抱え込んだと思いきや、それを相殺した上で8億オーラム手に入ると言われ、オルトが完全に停止する。暫らく言葉を失っていた。

 

『オルト。戻ってきてください』

「……はあ!?」

 

 ファナの呼びかけでオルトが我に返る。そんなオルトを見てキバヤシが苦笑する。

 

「よし、正気に戻ったな。因みに持って出られる正確な額は8億5000万オーラムだ。説明を続けるぞ?」

「……あ、ああ要求だったな。内容は?」

「内容は簡単だ。お前の地下街での戦歴を譲ってもらいたい。具体的には、お前は地下街で指示された通りにチームに加わり、ヤラタサソリに襲われて病院に運ばれていったことになる。お前には守秘義務が発生するし、そのことを他者に教えてはいけない。依頼中の出来事を聞かれたら、色んなチームに加わっていたとか、守秘義務で話せないとでも答えてくれ。ハンターオフィスの個人ページの依頼履歴も、それに応じた内容になる。売り渡した戦歴が他のハンターの戦歴となってハンターオフィスの履歴に載る可能性もある。当然だが、実はそれは俺がやったんだとか喋るのも無しだ」

 

 キバヤシはそれだけ言ってオルトの反応を待つ。オルトはキバヤシの説明に区切りがついたことを理解すると湧いた疑問を尋ねる。

 

「終わりか?」

 

 オルトがそう言うと、唐突にキバヤシが上機嫌に笑いだす。伝えられた内容とキバヤシの様子に対して怪訝そうな顔を浮かべる。笑いを抑えたキバヤシがオルトを見ながら話す。

 

「そうだ! これで終わりだ! 1人で輸送車両の警備をしていた遺物襲撃犯を襲撃した挙句、追加で現れた重装強化服を着用した奴も含めて全滅させたって戦歴を失うだけでいいんだ! 口では慎重派だとか言ってるが、無理無茶無謀を実行しているようで俺はとても嬉しいぜ! その程度の戦歴なんかお前はどうでも良いのか? 普通のハンターなら激怒するぞ?」

 

 ハンターの実力を示す目安としてハンターランクが有るが、それとは別に戦歴も重要な要素である。強力なモンスターの撃退実績や高価な遺物の売却歴などは、ハンターランクに左右されない実力の指標として多くのハンターが競い誇るものだ。

 戦闘用義体者や重装強化服の着用者を撃退した記録は、そのハンターの評価を大いに高める。強力なモンスターの撃退実績ならばそのモンスターが居る場所へ赴けばよい。しかし、高い戦闘技術を保有し、強力な武装を保持する人間との交戦記録を得るのは困難だ。

 対モンスターと対人間では必要な戦闘技術が異なる。高度な対人戦闘の履歴は、その方向での実力を求める依頼者達に高く評価されるだろう。その正確さをハンターオフィスとクガマヤマ都市が保証しているのだから、その価値は高くなる。

 それを理解しているのかいないのかは不明だが、大したことも無いものの様に扱うオルトの態度にキバヤシは機嫌を良くしていく。

 オルトが困惑しながらキバヤシに尋ねる。

 

「その要求の適正価格がどの程度なのか知らないけど、約10億オーラムか? その金額の妥当性とか、その額に至った経緯とかを説明してくれ」

 

 装備について先に聞いておいたおかげで、それで遺物収集を行なえば負債は返せるだろう。

 オルトはこの交渉を蹴ることも出来るが、戦歴を一つ失うだけで負債も無くなりそのうえ大金も手に入るのだ。ファナから受けている依頼達成を早める為にも裏にあるものが大したことが無いならば受けるつもりだった。

 疑うような視線を向けていたオルトに対し、キバヤシはあっさりと答えた。

 

「いいぞ。ただしその説明も守秘義務の範疇(はんちゅう)だ。だから取引成立後でないと説明出来ない。取引成立ってことで構わないか?」

「ああ」

「ならこの書類にサインしてくれ」

 

 キバヤシは書類とペンをオルトに渡す。受け取ったオルトはその内容を読もうとするが、非常に細かい字で書類を埋め尽くす様にびっしりと記述されていて、すぐさま断念した。

 ファナが代わりに書類の内容を精査した結果を伝える。

 

『大丈夫です。誰かに話したら都市を敵に回すことになるから気を付けろ。そういった記述が色んな形で書かれているだけです』

 

 それを聞いたオルトは安心して書類に記名した。記入済みの書類を手にしたキバヤシがニヤリと笑う。

 

「良し! 取引成立だな! 俺の仕事も終わり! 説明はちょっと待っていてくれ。結構急かされていてな」

 

 キバヤシが情報端末を取り出してどこかに連絡をする。オルトはキバヤシの呼んだ誰かが来るまで暇になったため、設置されていた端末を使用して食事を頼む。入院費に入っているのだからと活用する。オルトが注文を終えると、キバヤシが交渉人の役得だよなと言いながら、追加で注文し始めた。

 注文を終え、少しすると他の職員が部屋に入ってきた。キバヤシはオルトに渡していた書類と、自分の持っている書類を全てその職員に渡す。職員は内容を確認した後にそれらを頑丈そうな鞄に仕舞い、退室していった。それと交代するように注文していた料理が届き、2人してそれを食べ始める。

 人の金で食事しているからか、何なのかオルトには分からないがキバヤシは上機嫌だった。

 

「これで俺の評価もぐんとアップだ。追加要求があれば言ってくれ。すんなり決まった礼に多少は口を利くぜ? こう見えて結構権限は持ってる方なんだ」

「だろうな。人が依頼の最中だというのに、自分の運転していた車を他の職員に押し付けて、勝手に助手席に乗り込んでくるような奴だもんな」

「いやーあの時の会話は有意義だったな!」

「……はあ、まずはさっきの説明をしてくれ」

「おっ、そうだったな。約10億オーラム。確かに何か裏があると考えても不思議はない。まあ早い話、お前が倒した賞金首の懸賞金に加算して口止め料と宣伝費が入っているんだよ」

 

 キバヤシが説明を続ける。

 クズスハラ街遺跡地下街での遺物強奪事件は一応の決着を見せた。都市としては軽微な被害と評価出来る範囲で終わった。

しかしその全容は都市側の不備と過失を多分に含んだものだった。地下街で発見された遺物を速やかに回収していなかったこと。遺物襲撃犯が長期間紛れ込んでいたこと。都市の諜報部が事前に遺物襲撃を予想できていなかったこと。

 この事件における都市側の失態は大きい。

 事件の隠蔽は不可能だ。徒党に所属するハンターに複数の死者が出ている。都市の防衛隊も派遣している。

 しかし、全容を公開するわけにもいかなかった。偶然地下街にいたハンターが遺物襲撃犯の主犯格を3人撃破、撤退させたこと。偶然その場を通った地下街攻略要員のハンターが輸送車両の奪取に成功していたこと。都市側が行ったことはその後始末程度で、誇れる功績ではない。

 都市側は無能でしたが偶然が重なり幸運にも何とかなりました。このままでは都市の経営陣は無様な報告を外部に出さなければならない事態になる。

 そのような報告を上げれば、他都市や上位組織の統企連からの信用を落とす。

 その事態を避ける為に都市の経営陣が報告を受けた後、調査や調整を行い、改善策を模索した。遺物強奪犯が件のハンターを都市のエージェントだと誤解していることに目を付け、そのハンターが、実際に都市が事前に遺物強奪の情報を掴んでいた為に派遣されていたエージェントということにした。そうすれば信用は落ちず、逆に評価が高まることになる。

 その事実を改竄する労力も極僅かで済むことも判明した。当事者であるハンター達を説得すればいいのだ。

 そのハンター達は個人で依頼を受けており、本人と交渉を済ませれば後は都市内部の調整だけで済む。

 そしてその難度を下げる為にそのハンター達には多額の費用が掛かる治療を施された。その結果オルトは1億5000万オーラム以上の負債を背負う羽目になった。

 その負債という鞭と、交渉に応じればその負債を帳消しにした上で、大金を手に入れられるという飴を用意した上で、一度戦歴の買取額は決定されていた。

 

「……まあ、ここまでは穏便に進んでいたんだがな。ちょいと横槍が入ったんだよ」

「横槍?」

「お前の使用していた強化服は新興企業が丹精込めて開発した新商品だった。何処からかお前が遺物襲撃犯の輸送車両を逆に襲撃したって、情報を仕入れてきたその企業が、お前の戦歴が消えると困るって言いに来たんだよ。で、そこと交渉を重ねた結果、お前に払う金額がどんどん吊り上がって、最終的に約10億オーラムになったって訳だ」

「へー大変なんだな」

「興味薄そうだなお前!」

 

 オルトは食事を取りながらキバヤシの話を聞いていた。正直都市の内部事情も企業の宣伝もどうでもよかった。それよりもキバヤシの話の中に聞いてはいけないことを聞いた気がした。

 

「というより、なんで俺にもう1人がやった内容まで話すんだ?」

「お前が当事者の1人で更に目撃者だからだ。守秘義務の内容をちゃんと伝えておかないと、どこで漏れるか分からないだろ?」

 

 キバヤシがオルトに話した内容は社外秘のものだ。それは他者に知らせないという契約を先程交わした為、キバヤシも話せない部分を省きながら概要を伝えていった。興味のない内容もあったが、オルトが知りたかった内容は一応聞くことが出来た。

 キバヤシが話の締めに入る。

 

「まあ、概要はこんなもんだ。もっと詳しく知りたかったら俺が口を利いても良いが、その場合は相応の情報料が発生する。どうする?」

「いや、十分だ」

「そうか。他に聞きたいことや要求はあるか? あるならこの場で言うだけ言ってくれ、後から言われても手遅れだからな。俺が出ていった時点で終了だ。今の内だぜ?」

「そうだな。ならなんで今回の依頼で俺を特殊要員になんてしたんだ? おかげで酷い目に遭ったんだが」

「それか。実はな、都市も地下街を少し前から発見していたんだが、仮設基地を優先的に設立するまで攻略を進められなかったんだ。予算にも限度があるからな。同時並行は流石に厳しかった。だが、何が原因か不明だが、クズスハラ街遺跡の外周部に居ないはずのヤラタサソリが、多数出現してきたもんだから、その対処を行わないといけなくなった。それで地下街に人員を派遣しないといけなくなったが、偶然そこから持ち帰られたと思われる遺物を大量に買取りに出していたハンターが居たんだよ」

 

 オルトの顔が引きつる。

 

「……そのハンターって」

 

 キバヤシが上機嫌に笑う。

 

「お前だよ! オルト! 俺がそのことに気付いてな? お前なら地下街のマップを持っているかもしれない。弾薬とか消耗品をたっぷり持たせれば、行けるところまで行ってくれるかもしれないと思って、都市の上層部を俺が説得したんだ! 最初は邪険にされたが、いやー大成功だったな! 初日の最後にヤラタサソリの討伐数が4桁を越える、2日目は調査中に襲われた後、巣の殲滅(せんめつ)。3日目にヤラタサソリに奇襲されたみたいだが、お前が加わっていたチームは、酷くて重傷で済んでたしな。挙句の果てには遺物襲撃犯を襲撃しに行くなんてびっくりだね。ランク20台の奴の行動じゃない。40でも無理だろ。まあ、その無理の所為で体はボロボロだったがな。治って良かったな。まあ直ぐに、ボロボロになるんだろうが、これからはその辺気を付けろよ?」

 

 オルトが左腕を見る。重装強化服と殴り合った際に強化服ごと動かなくなった部位だ。

 

「お前の体で特に酷かったのがお察しの通り左腕だ。身体(からだ)全体は一部再生治療を施したみたいだが、左腕は強化服の中に残っていた骨肉を再生治療でくっつけたからな。身体(からだ)にくっつけて数日経ってる。違和感とかはないはずだ。今回の治療でお前は中位区画の住人並みに健康だぞ? ま、その治療が無ければ、余命半年とかだったみたいだがな」

 

 オルトは絶句していた。元から酷い健康状況なのは知っていたが、その程度までは知らなかったからだ。

 そのオルトの反応を楽しみながら、キバヤシが話を続ける。

 

「前にも言ったと思うが、スラムの配給所で配っている食事は結構やばいもんが入っている可能性がある。モンスターの肉から除去できていないナノマシンがあったとか、検出出来ないナノマシンが混入していたとかな。そのせいか知らんがお前の体内の残留ナノマシンの数値は異常だった。ハンターが薬漬けなのは一種の職業病みたいなもんだが、お前、回復薬使いまくってるだろ」

「使わないと死ぬからな。残留ナノマシンの除去処理とか除去薬を飲めって話ならもう他から聞いたよ。実行する前に病院送りになったけどな」

「そうか? それなら良い。ハンターは身体(からだ)が資本の商売だ。なまじ自分の意志で無理出来るから、自分の身体(からだ)の整備を後回しにする奴もいるが、死にたくなかったら身体(からだ)の方の整備もしっかりしておけ」

 

 楽しませてくれる存在がすぐ死んでしまうなど勿体無い。そのような気持ちで真摯に助言をする。

 

「銃の整備と同じだ。手入れをサボれば弾は明後日の方向に飛んでいくし、暴発だってするかもしれない。引き金を引く度に銃が吹っ飛ぶかどうかのギャンブルをする羽目になる。そんな下らないことがお前の死因になると俺も面白くない。しっかり注意してくれ」

「ああ、わかっ……、俺が死ぬ前提みたいな言い方だな」

「気の所為だろ」

 

 顔を背けるキバヤシに鋭い視線を送るが、時間の無駄と思い話題を変える。

 

「まあ、キバヤシが俺を推薦した理由は分かったよ。賃貸を借りておいたおかげで、ガサ入れが入っただけで装備品や車を分解されることは防げたしな。その点は感謝してる。取り敢えず取引の入金を確認したいから俺の情報端末とハンター証、後は適当にハンター向けの服をくれ。俺の強化服がそのままなら左腕が機能してないだろうからな」

「分かった。後でここに届けさせる。他には?」

 

 オルトがファナに確認を取る。

 

『ファナ。他に何かあるか?』

『私は特にありませんね』

『そうか』

 

 オルトが要求をまとめる。

 

「それだけだ。報酬で次の装備を整えないといけないからな。追加要求はしまいだ」

「分かった。報酬は既に口座に振り込み済みだ。情報端末が届いたら確認してくれ」

 

 キバヤシがそれらの手配を済ませてから最後の確認を取る。

 

「他には? もう無いなら俺は出ていくぞ? 俺が出たら追加要求は終わりだ。本当に大丈夫か?」

「ああ……、次に俺に依頼を斡旋する時は事前に教えてくれ。用意ってのがあるんだ」

「今回もちゃんと日を開けたじゃないか」

「……」

「よし、無さそうだな! 元気でな。良き狩りを。また無理無茶無謀をして俺を楽しませてくれ」

 

 キバヤシは手を振って退室していった。

 数分後、オルトの部屋に都市の職員がリュックサックを持ってくる。中には情報端末が2つ、オルトのハンター証、防護服が入っていた。

 身に覚えのない情報端末を確認すると、ヤナギサワの連絡先が登録されており、オルトの表情が固まった。それを無視して口座を確認すると、取引によって一度10億オーラムが入金され、その後治療費と入院費が引き出されていた。

 

 

 オルトが遺物襲撃犯の一員だと容疑が掛けられ、それを晴らす資料を準備したのはキバヤシだ。自分が推薦したハンターが犯罪者と認められれば、自分の地位が下がる。そうなれば、今の様に楽しみを探す暇が無くなってしまう。何より、自分を大爆笑させてくれたオルトがこのまま犯罪者として負債を負い、他都市に売り払われては、自分が楽しめない。

 オルトへの容疑の一番の懸念は家の倉庫に積まれている遺物だった。その懸念さえ無くせば、十分に無罪放免とすることが可能だった。そしてそれは、キバヤシがオルトに目を付けていた理由だった為、擁護する資料の作成は容易だった。

 そのことをオルトは知らない。既に済んでいた話で脅迫紛いなことをされたことも。

 それでもオルトは自分の運でこの日を乗り切った。明日を迎える為に。

 

 

 エルがいつも通り店番をしていた。装備や弾薬を求めるハンター達に仕入れた商品を売り、生計を立てている父親のカオルの手伝いだ。いつも通り変わらない日常のはずだが溜め息が多いことに自分自身気付いていた。

 そしてその理由にも気づいている。ヤラタサソリの駆除依頼に行ったきり帰ってこないオルトの事だ。単純に1週間以上店に顔を出さないなどよくあることだ。しかし、今は依頼を受けており、その補充に絶対来店するはずだった。

 初日は急な指示により、帰りが遅くなり来店しなかったが、2日目は朝から補充をして、その仕事終わりに予定通りの時間に来店した。しかし、それっきりだ。

 店は繁盛している。ここで装備を整えて荒野(こうや)に赴く常連も多い。そしてエルもエルで出来る限りのことをしている。知識でも経験でもカオルに負け、高額商品の相談を受けるのは基本的にカオルだ。それでも自分の出来ることを広げようと、日々学ぶことを止めてはいない。

 カオルからハンターと付き合うことだけは止めるようにそれとなく伝えられている。理由はエルも分かっている。自分達よりも死にやすい職業を選んでいる者達だからだ。

 エルも商売柄、そして自身の精神衛生上の為に、一定の線引きをしている。いつ死んでも不思議ではない者達を相手にしている。それら全てを気にしてはいられない。

 一時悲しんだとしても、それ以上になることはない。非情と言われるかもしれないが、それが必要な職業であることには変わらない。

 だが、未だ10歳前半。慣れないことを無理に行おうとしても難しかった。

 

(グレイちゃんは1日目に探索に出ていくところを見て以降、見ていないって言ってた。他のお客さんにも聞いてみたけど、数人が一緒のチームになったとか、防衛地点でそれらしいハンターを見たとか。確実な情報は3日目までしか入ってきてない。まさか本当に……?)

 

 エルは店番を続けながら思案する。死んで欲しくない。死んではいない。来店しないのは何か理由があるからと、頭の中には生存を願う言葉だけが湧いてくる。死亡したという想像を否定したいからか、それ以外の何かか。

 友達のグレイが再びトライフワーデンを贔屓の店に戻してくれた理由の一つだからか、自分と同じくらいの身長の子供がハンターとして荒野(こうや)に行っているからか。幼いエルにはまだ分からない。

 視界の端に店の駐車場を映す監視カメラの映像が映っている。そこに見知った車が停車した。そこから降りてくる人物にも見覚えがあった。

 

「これって……、やっぱり。死んでなんかないよね!」

 

 オルトが店のドアをゆっくりと開けて店内に入る。

 

「いらっしゃいませ! オルト君。久しぶりだね」

 

 エルは自分でもいつもより大きな声が出たと感じ、顔を赤く染めていた。

 

「あ、ああ。久しぶりだな」

 

 オルトは、エルに無理に明るく振る舞わせたような気がして少し気を落とすが、それで落ち込んだ様子を見せれば更に心配をかけるだろうと思い、その元気さに乗る。

 エルが自分の事を一先ず置いておき、少し様子のおかしいオルトに訝しみながらもいつも通りの接客を始める。

 

「今日も弾薬の補充? 前に受けていたヤラタサソリの駆除依頼の期間は過ぎてるよね? それともまだ続行中? GRD対物突撃銃の専用弾は仕入れてあるから売れるよ?」

「あー、依頼はもう終わってな。もうそんなに専用弾や強装弾を買ったりはしないんだ」

「それなら前と同じセットってこと? でもいつもは来店する前に購入品目送ってくるよね? 今日は忘れちゃった?」

「えっとな。ちょっとカオル呼んできてもらえるか? 相談事があってな」

「え? 何々? もしかして、もしかしちゃう感じ? パパ―! オルト君来てるよー」

 

 倉庫の整理などをしていたのだろうカオルが一分もせずに店の奥から出てくる。カオルがオルトの顔を見ると難しい顔をしてから安堵を浮かべる。

 

「久しぶりだな。オルト。ようこそいらっしゃい。元気そうで何よりだ」

「ああ久しぶり。今日は相談があって来たんだ」

「相談?」

 

 カオルが目を丸くするがカウンターの中へ入る。逆にエルがその外に出てくる。

 

「で、相談って何? オルト君」

「ああ、装備についてだ」

 

 オルトがそう言うとエルが先程までの元気を失くしていった。本人は恋バナを求めていたのだ。同世代と言ってもいい2人が中も悪くなさそうに見えていたエルはその可能性を捨てられなかった。

 そんなエルを無視してオルトが話を続ける。

 

「それで、そのだな? えーと、……強化服が壊れたから新しいのを見積もって貰えないか? 予算内に収まるなら銃とかも」

 

 カオル達の表情が一気に険しくなる。

 

「ちょっと待て。強化服が壊れた? 制御装置が破損しただけか? どういうふうに壊れた!?」

「今日強化服を着てないのはそれが理由? ……あれ? さっき荷台にオルト君が使用してた強化服、置いてあったよね?」

 

 エルは駐車場を映している監視カメラの映像を細かく覚えていた。

 エルが言うやいなやカオルとエルが駐車場へと歩き出す。オルトが2人を止めようとしても、2人は強化インナーを仕事着の下に来ているので今のオルトに勝ち目はなかった。

 駐車場でオルトの荷台に有る強化服を3人で見ている。ところどころ壊れているがそれは修理に出せば、まだ再使用が可能な状態だ。しかし、左腕だけはもうどうしようもないほどに破損していた。

 エルは驚愕を顔に映したまま何も言えずにいた。

 カオルがゆっくりと口を開く。

 

「オルト。これで一体何を殴った?」

「……いろいろあって、言えないんだ」

 

 カオルの表情が怪訝なものになる。

 

「なんで言えないんだ?」

「すまない。それも言えない。今後の俺の信用とかに関わることなんだ。現状だけ知った。それだけじゃあダメか?」

 

 オルトは都市と守秘義務を結んだ。自分の装備を考え尽して用意してくれたカオルに誠実でありたいが、それでも契約したことは遵守しなければならない。カオルが言葉に非難を含ませていないことは表情を見れば分かる。心配を2人に掛けたことも理解しているが、オルトは契約だけは守りたかった。

 カオルがじっとオルトを見つめると、大きく息を吐く。そのままエルとオルトを掴んで店内に戻る。

 

「俺の勘だが守秘義務か何かを結んだんだろう。ああ、頷いたりするなよ。肯定も否定もしなくていい。お前がそれを守るというならしっかり守れ。俺から言えるのはそれだけだ。……ただ、何か言えるようなことがあったら言ってくれ。力になる」

 

 オルトが隠し事をしなければならない自分を恥ずかしむような、心配されて嬉しいような気持ちを合わせて表情に出す。

 

「……ありがとう」

 

 カオルは頷いていたが、エルはまだ納得がいっていないようだったが、カオルが宥めていた。

 

「それで怪我とかはどうなったんだ? 強化服を見た限りひどい状態になったんだろうが」

「それに関してはばっちり治療済みだ。依頼に行く前よりも体調は良くなったよ」

 

 オルトが防護服を捲り、左腕を露出させる。そこには擦り傷一つない綺麗な腕があった。それを見てカオルとエルの2人は安堵して、一旦その話を置いた。

 カオルがいつも通りの客に向ける笑顔を作った。

 

「それじゃあ、オルト。予算を聞こうか」

「ああ、8億オーラム以内で頼む」

 

 カオルの笑顔が引きつる。エルが吹き出してオルトの顔を見る。

 

「……すまんオルト。俺の聞き間違いじゃなかったら8億って聞こえたんだが」

「私も」

「ああ、8億オーラム以内だ」

 

 カオルはオルトが言った金額が自分の聞き間違いや勘違いではないことを確認した。エルと顔を見合わせ再度確認する。カオルの顔が険しいものに変わった。新人のハンターが出せる金額ではない。クガマヤマ都市を拠点にしているハンターの上位陣でも、個人で出すのは難しい金額だ。

 オルトを2人がじっと見つめるが、オルトは2人の圧にたじろぐだけで目を逸らすことはない。

 

(都市から何らかの守秘義務を結ばされたのは確かだろう。その金ってことなんだろうが異様に高すぎる。いったい何をやらかしたんだ? ……相当な無理をしたことは確かだろう。契約を重んじるのは良いことだ。俺が無理に聞き出すことじゃない。身体のブレもないし、実際後遺症もないんだろう。詳細は気になるが大金を手に入れて、健康になって、今日顔を出した。それだけだ。これ以上は踏み込まない)

(強化服の状態や予算から考えると、相当酷い目に遭ったって感じだけど、オルト君から悲壮感とかは見受けられないし問題はない? ならいいけど。褒めるべきなのか褒めないほうがいいのか、わからないなあ)

「……いろいろあったんだな。わかった。揃える装備の内容に関して相談に乗ろうか」

「助かるよ」

 

 オルトはカオルとエルに相談をしながら、予算内に収まる装備を見ていった。流石に時間が掛かりすぎる為、別室を借り、エルに店番を任せたカオルと再び話し合った。

 結局日が暮れるまで相談は続いたが、なんとか次の装備をどうするかは決まった。後はカオルが発注をして届くのを待つだけだ。流石に高価格商品だった為、カオルの店の倉庫にも選んだ商品は無かった。

 オルトは一応強装弾の弾倉を数個とエネルギーパックを購入して荷台に置いた。これで万が一の時に銃で殴りかかる必要性は消えた。

 帰り際にエルが話しかけてくる。

 

「オルト君はハンター稼業、暫くどうするの?」

「新装備が届くまで休業だ。治療を受けたからって生身で荒野(こうや)に出て生き残れる気はしないからな」

「うん。それが良いと思う。それじゃあね。またのご来店お待ちしております」

「ああ、またな」

 

 エルはオルトを見送ると他にも心配していた人物を思い出す。

 

「グレイちゃんにも伝えておこっと」

 

 エルが情報端末を取り出してグレイに時間があれば顔を出してほしい旨を送り、店内へ戻っていった。

 

 

 オルトが家に戻る頃にはすっかり外は暗くなっていた。身辺調査を名目に家の中は都市の職員に探られ、ものの見事に倉庫の中は空になっていた。

 そしてその遺物と交換したものを車の荷台から降ろす。

 病院から退院する際に都市の職員に案内され、付いて行くと自分の車の横に大きな直方体の箱が置いてあった。その中には荒野仕様の大型バイクが納められていた。

 詳細を職員から送られたが、今まで使用していた装備達とは桁が違った。

 荒野(こうや)仕様大型二輪エスアイシー。一台3億オーラム。全体的に黒を基調としており、銀色のラインが走っている。後部には銃を持つためのアームが2本、空いてるアームが2本の計4本。使用しない際は閉じることが出来、その大きさは拳大にまで小さくなる。

 何よりも車体を守る強力な力場装甲(フォースフィールドアーマー)を展開することが可能で生半可な攻撃など弾き返す程だ。加速力、最大速度共に優れており、僅かな体勢の狂いが大事故に繋がる速度下でも、車両を自在に操れる高度な制御装置が積み込まれている。

 箱の中には他にもそのバイクの予備のエネルギータンクやバイクで使用する大型のリュックサック、見たことない回復薬が10個入っていた。ファナに検索してもらうと、新商品の回復薬の一つとのことだ。商品になっているということは、安全性が確保されたという証拠でもあるので一安心だ。

 それらはオルトのハンターランクでは使用することなど、それを置いている店に入ることも叶わない品々だ。

 

『オルト。情報端末をバイクに接続して下さい。ついでに都市から渡された情報端末も有効活用しましょう。今まで使っていた製品よりも頑丈みたいですからね』

『了解』

 

 また制御装置の書き換えや乗っ取りをするのだろうといつも通り接続する。

 少しするとファナが顔を顰めた。

 

『このバイク、現在地をどこかに発信していますね』

『旨すぎる話だし、何か裏はあると思ってたけど、そんなところに仕掛けがされてたか』

『如何いたしますか?』

『……バイクの位置情報だけで俺の声や居場所がばれてるわけじゃないんだろ?』

『はい』

『なら今は放置かな。持って帰って早々それを解除したら怪しまれそうだ。何かしら強いモンスターと戦闘して破損したとかで誤魔化そう』

『分かりました。ではそれ以外を書き換えておきましょう。いつでも消せるのでその時は言ってくださいね。ただしこちらから強力なモンスターに挑みに行くのは止めてくださいね?』

『ああ、うん分かった』

 

 オルトは倉庫に眠っていた遺物を手放せたことに喜んだが、それ以上の厄ネタが家の中に入ってきたことで顔を呆れさせた。自分の不運がまだ続くことにうんざりしながらも、死ぬようなほどではないと気分を変えることにした。

 

『これについては後で解決するとして、新装備は頼んだし、バイクは良い物が手に入ったし、高価な回復薬も手に入った。装備が届くまではハンター稼業再開の準備をしておこう』

『そうですね。せっかく体感時間の操作が可能になったのです。その練度を上げて実戦で自由に扱えるレベルにまで昇華させましょう』

『ああ。でも明日からだな。今日は流石に眠い』

 

 病院を昼に退院して、カオル達にあって装備の相談を日が暮れるまで行った。色々な装備の開発企業のカタログを見比べてオルトの脳は睡眠欲が溜まっていた。

 風呂に浸かり安心した表情でベッドに潜り込むオルトは久しぶりの自宅のベッドの感触を噛みしめながら眠りについた。

 

アキラ、カツヤ側のストーリーもオルトの動きに合わせて書いた方がいい?(尚、書籍版やWEB版の流れは踏襲するつもりです。細部に変更を加えたり等が発生します)

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