俺と邪神のクラシック五冠道   作:カニ漁船

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俺とローテと理由

──保茂元春という男は馬に対して並々ならぬ情熱を持っている。

 

 

 聞くところによると、保茂という男は廃業しかけていた牧場を自らの資金で援助し、復興の手助けをしたらしい。それが現在の五十嵐牧場である。

 牧場関係者は彼に感謝の言葉を述べた。そんな言葉に対し、保茂は朗らかに笑って答えたのだ。

 

「いいよいいよ。僕も馬が好きだからね~。あ、代わりと言ってはなんだけどさ……」

 

 馬が好きだから。だから生産牧場の資金援助をしたのだという。その代わり、いつか自分が馬主資格を持った時に色々と手助けして欲しいといった。

 その後保茂は馬主資格を取得。晴れて馬主となった。

 資格取得後は何頭か馬を所有し、中央でそこそこの結果を残し続けてきた。八大競争を制するどころか出走できる馬もいなかったが、たまに新馬戦や未勝利戦を勝っていた。

 そんな保茂は、馬に決して無茶をさせない人として有名だった。

 馬が体調を崩せば無理して出走させないようにする。大事にならないように細心の注意を払うように言い、私財を投げることも厭わない。

 馬も人も無事に走り切れることが一番だ。保茂は口癖のようにそう言っていた。

 

「でもやっぱ八大競走のタイトルは欲しいよね~」

 

 ……欲がないわけではなかったが。だがその人柄ゆえに保茂には人徳があった。

 猛田や粟田が知り合ったのは丁度コダマがデビューした頃。その時猛田の厩舎に保茂が訪れた。

 

「初めまして、猛田さん。僕は「保茂さん、ですよね?業界ではちょっと有名やから知っとります」うん、そうだよ」

 

 猛田も粟田も知っていた。保茂という馬主のことを。

 曰く、人当たりの良い人情派。人のことも馬のことも考えている人だと。悪い噂よりも良い噂の方を聞く、そんな人だった。

 そのため、2人は保茂に悪い感情は抱いていなかった。いざ自分達が話してみれば保茂の人柄も分かってきたし、なによりユーモアあふれる人でもあったから。

 それに、彼は厩務員1人1人に労いの言葉をかけるほどだ。

 

「いつもお疲れ様です」

「体調に気をつけてくださいね?」

「この子、勝てるといいですね」

 

 どこでもこの調子なのだろう。厩舎間でも話題に上がるほどだった。

 また、シンザンが走るとも言っていた。粟田をはじめとしたメンバーからシンザンは走ると言われていたが、どうにも猛田は信じれなかった。

 そんな中、保茂はこう言い放ったのである。

 

「この子、クラシック三冠を獲れるかもしれないね~」

 

 そんなバカな、と当時は思ったが結果シンザンは本当に三冠馬になった。当時は穴があったら入りたい状態だったが、今となっては良い思い出である。

 それから猛田厩舎と保茂の付き合いは始まり、いつか保茂の馬を猛田厩舎に預けてみないか?という話も上がるほどになった。

 そんな猛田の提案に保茂は普段の彼らしからぬ態度で答えた。

 

「僕が一番期待する馬を、猛田さんの厩舎に預けたいって思ってるんだ」

 

 普段と違う態度に戸惑ったものの、猛田はこれを快諾。保茂が期待する馬を猛田厩舎に預ける、という話が合意した。

 それから数年。保茂が猛田厩舎に預けて欲しいという馬が誕生する。それが三姫──カミノライザンだ。

 

「あの子は凄い馬になるよ。八大競走だって勝てる!僕が保証するさ!」

「えらい興奮しとるやないですか保茂さん。そないにえらい馬なんですか?」

「勿論!あの子はきっと走るよ~!」

 

 興奮気味の保茂を微笑ましく思いつつも、猛田は約束通りカミノライザンを自身の厩舎に入厩させる。……後に血統を聞いてひっくり返った猛田と粟田だったが。

 総じて、保茂という人物は人柄が良い。人だけではなく、馬のことも思って行動する。

 業界の発展のためなら、馬のためなら私財を投げる、身銭を切り捨てる。それゆえに彼をよく思う人は多い。

 

「保茂さんは馬のことを思って行動してますからね。こっちも安心できますよ」

「この前家族が危篤になったけどお金がなかったんです。そしたらあの人、お金なんて僕が払うから行ってきなさい!って言って交通費出してくれたんですよ。本当に感謝しかないです」

「馬が病気にならないようにと、施設の改築費も一部負担してくれましたからね。本当にあの人には足を向けて寝れませんよ」

 

 そんな声は各所で上がっていた。

 ……だからこそ、信じられないのである。

 

「……すんまへん、保茂さん。俺の耳がおかしなったみたいです。もう一度言ってくれますか?」

 

 猛田の言葉に同意するように、粟田も頷く。

 今この場にいるのは猛田と粟田、そして──保茂。

 保茂は2人と向かい合うように座っている。

 保茂の表情は変わらない。真面目に、嘘偽りのない態度で接している。

 だが、猛田と粟田は到底信じられなかった。

 

「そっか。それじゃあ、もう一度言うよ?」

 

 あの保茂が。馬のことを考えている保茂が。

 

「カミノライザンの目標は──クラシック五冠制覇。そのために頑張っていこうと思ってるんだ」

 

 あまりにも無謀な挑戦を考えていたことが。

 

 

 

 

 

 

 我が耳を疑った。冗談だろうと思っていた。クラシック五冠などという、()()()()()()()()()()を口にするとは到底思えなかったからだ。

 だが、猛田たちの目の前にいる保茂の目は──本気だった

 

(んなアホな……!?)

 

 猛田はそう思わずにいられない。

 

 

 事の発端は、カミノライザンのローテについて保茂に聞きに来たことが始まりだった。

 京都3歳ステークスからの3歳牝馬ステークスの中0週の連闘。連闘自体は良いとしよう。カミノライザンの体調も好調そのものだったから。

 問題は、3歳牝馬ステークスの開催地が()()()()()だったこと。このことがずっと引っかかっていた。

 

「連闘するにしても別のレースを使えばいいのではないだろうか?」

 

 疑問を残しながらも、カミノライザンは3歳牝馬ステークスを勝利。輸送による影響は多少あったものの、問題なく勝利を手中に収めた。

 とは言っても、疑問が解消されたわけではない。何故このローテで挑んだのか?そのことを保茂に問いただそうと思っていた。それに粟田もついてくる形で、猛田と粟田の2人で保茂に聞きに行くことにしたのだ。

 早速2人は問いただす。このローテには何の意味があるのかと。すると保茂はこう答えた。

 

「今後のライザンちゃんのことを考えて、だよ」

 

 今後のカミノライザンのことを考えて?2人は疑問符を浮かべる。

 なら、カミノライザンの今後はどう考えているのか?そう質問した時に帰ってきた言葉が、先程のクラシック五冠制覇の話である。

 クラシック五冠制覇。八大競争に分類されているクラシック五つのレース。

 阪神開催の桜花賞に始まり、中山開催の皐月賞、府中開催のオークスとダービー、京都の菊花賞で終わる4歳馬*1限定のレース。保茂はカミノライザンでこのレースの全てを制するといったのだ。

 

「……ッ!できるわけないやろ!何考えてるんや保茂さん!?」

 

 猛田と粟田は思いとどまるように保茂を説得する。その表情からは必死さが見てとれた。

 2人が止めるのも当たり前だ。まず、桜花賞から皐月賞までが中0週、そこから1ヶ月も経てばオークスとダービーでまた連闘だ。

 オークスとダービーは府中開催だからまだいい。だが、桜花賞は阪神、皐月賞は中山だ。当然、輸送の問題が立ちはだかる。

 もしカミノライザンが輸送を苦手としていたら……そう思うが、次の瞬間気づく。

 

 

「まさか……3歳牝馬ステークスの意味は!?」

 

 驚愕した表情の粟田の言葉に、保茂は冷静に返す。

 

「そうだよ。輸送の問題と一緒に、関西から関東の連闘でも問題ないか知りたかったから。だからこのローテを組んだんだ」

 

 あっけらかんと答える保茂を信じられない目で見る猛田達。

 あぁ、だからこそこのローテだったのだ。全ては八大競争の5つを手中に収めることができるか?輸送は問題ないか?関西から関東の連闘で大丈夫か?問題なく勝てるだろうか?それを確かめるために、この奇妙なローテを組んだのだ。

 結果としてカミノライザンは問題なくこなした。輸送の影響は多少あったものの、関西から関東の連闘で好成績を収めたのだ。

 だが、それでも。調教師の立場として認めるわけにはいかない。猛田は断固反対する。

 

「やけどっ!えぇはずがないでしょうが!そんじょそこらのレースの連闘とはわけがちゃうんですよ!?」

 

 声を荒げる猛田。

 前提として、クラシック五冠が含まれる八大競争は日本の競馬における最高格のレースだ。無論、凡百の馬はまず出走すらできないし出走できたとしてもその世代の猛者達が集まってくる。勝つこと自体が至難の業だ。疲労だって通常のレースよりも溜まる。

 加えて、クラシック三冠を取ること自体が難しい。過去達成したのはセントライトとシンザンの2頭のみ。またこの2頭は自らの名前を冠したレースが創設されている。三冠を取るのだけでも凄まじい偉業なのだ。

 それだけじゃ飽き足らず、桜花賞とオークスを加えての五冠馬?競馬を知る人間ほど、バカは休み休み言えと言いたくなるようなことだ。

 なにより馬の安全面を考えたら。挑戦すること自体が無謀と言わざるを得ない。だからこそ、2人は猛反対する。

 

「いくらなんでも現実的やないですよ!」

「そうです!いくらなんでもローテが厳しすぎます!1つ勝つだけでも凄いことなのに!」

「それを五つもなんて無謀もええとこですよ!?確かに姫はえらい馬ですけど……さすがに無理ですて!」

 

 しかし、2人の反対の意思を受け取っても。保茂はなおも毅然とした態度で答える。

 

()()()()。ライザンちゃんならできる。僕はそう確信したんだ」

「「~~~ッ!」」

 

 保茂の意思は変わらない。本気でクラシック五冠を目指そうとしている。そんな目だ。

 信じられない。自分達の目の前にいるのは、本当にあの保茂なのか?そう思わずにはいられない2人だ。

 その後もできる、できないの平行線をたどっていき。最終的には決着つかずで解散となった。

 帰り道、猛田と粟田は保茂を心配する。

 

「ホンマにどうしたんや保茂さん。あんな人ちゃうかったよな?」

「はい……馬にとっても過酷なローテ、組むような人じゃなかったのに」

 

 なんでカミノライザンだけはあんな風に?そう思わずにはいられない2人だ。

 だが、2人は気づいた。

 

「お願いします、猛田さん粟田さん。僕の夢に……乗ってくれませんか?」

 

 あの時の保茂の情熱は、()()()()()()。譲らない何かを、2人は感じ取っていた。

 

「……やけど、テキとしてアレは断固反対や。確かに姫はえらい馬やけど」

「それで五冠を獲るぞ!とはなりませんよね。せめて三冠なら……」

 

 しかし、2人の結論は否。断固として反対である。

 カミノライザンの今後に、暗雲が立ち込める話し合いとなった。

*1
旧齢表記。現在の3歳馬




そりゃ反対するよねという。ここからどうやって納得させるか?
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