最早恒例となった馬房を訪れたクソ神との会話。
そんなクソ神は落胆した雰囲気だ。その理由は俺の目標について猛田さん達と話し合ったことが発端。
「というわけで断られたよね」
『当たり前だろ。逆になんでいけると思ったんだよ』
「こう、勢いで?」
そんなんでいけるほど甘くねぇよあの人達は。
ま、猛田さん達には案の定反対された。かなりの猛反発だったらしい。
そりゃそうだ。俺はクラシック五冠を目標にするから頑張ってね!なんて正気の沙汰とは思えんからな。まず冗談を疑うしついで本気かどうかを疑う。そして断られる。いや、断られたらダメなんだけど。
この時代は割と連闘上等!というよりは俺が生きていた頃よりも連闘に対する忌避感は少ない。そもそもビッグレースが少ないからな。この辺は仕方ない事情なんかも絡んでいるんだが。
それに連闘に対する忌避感は少ないといってもないわけじゃない。連闘なんてしないに越したことはないわけだからな。
まず連闘は故障のリスクが高まる。レースは体力をガッツリ消費するわけだし、その体力が1週間で回復するかと言われたらそうじゃない。疲労を残した状態でレースに出たら滅茶苦茶危険。下手すりゃ大事になる可能性もある。
連闘のクソローテで有名と言えばやっぱオグリキャップとバンブーメモリーのマイルチャンピオンシップからのジャパンカップの連闘だろう。特にオグリ陣営には批判の声が多数寄せられたらしいからな……マイルCS勝ってジャパンカップも2着に入り込む辺りオグリはやっぱバケモンだなと思うが。
だからまぁ、連闘なんて本当はしないに越したことはない。だけど、俺の場合はそうもいかない。
(できなかったら来世のお先が真っ暗なことが確定してんだよ!だから何としてでも出ねぇと……!)
このクソ神のせいでクラシック五冠が達成できなかったら俺の来世ミジンコ確定!そんなのぜってーやだ!だから何としてでも出走して勝たなきゃなんねぇんだよ!
「は~あ、ライザンちゃんも大変だよね~」
『何他人事みたいに言ってんの?俺がこんな苦労してんのお前のせいだよね?お前が俺の状況を生み出したんだよね?』
「でも発端は君の発言じゃないかな?」
う~ん、それを言われるとなんも言えないし実際その通りだからな。だから全力で頑張るしかないわけでして。
それに、連闘に向けて俺でもできることはやっている。
例えば食事。俺が食う量は通常の牝馬の倍近い量……らしい。クソ神や猛田さんがそういってた。とにかく食うわ食うわで毎度驚かれている。
(これで食が細い体質とかじゃなくてよかったぜ本当)
食べたとなれば次は運動。放牧地では基本動きっぱなし、調教でも俺が一番動いているという自負がある。
とにかくやることは頑丈な身体を作ること!これ、一番大事!
「よく食べてよく動く。基本だけど一番大事だよね」
『当然。何事も体が資本だからな』
やっぱ無事是名馬よ。怪我しないことが一番。
身体作りは順調。ならその次はどうするか?と言われたらレースでやれることだ。
レースが終われば無駄な力を使わないように、すぐに走るのを止める。こうすることで少しでもスタミナの消費を抑えられるし、故障のリスクを減らせる。
後はレース展開なんかもそうだな。できる限り余力を残した状態で勝てるように調整してある。悪い言い方をすれば適度に手を抜いている、ってことだ。いや、だからといって舐めプしているわけじゃないよ?
毎レース毎レース、全力で走るとそれだけ故障の確率は跳ね上がる。体力の消耗が激しいし、疲労が溜まった状態で次のレースに出走することになるかもしれんからな。無論勝つために全力は尽くすが着差は広げない。そんな感じのレースを展開するよう心がけている。
毎日の食事、放牧地での運動、レースでのスタンス。これら全部を組み合わせて本番に備えている。つーか、これだけやってもまだ心配だからな。
『桜花賞からの皐月賞ローテが心配されるけど、オークスからのダービー連闘も大概なんだよなぁ』
「そりゃあね。2週で4800m走る計算になるわけだし。一筋縄どころか普通は無理だよ」
いくら同じ府中開催とはいえ、オークスからのダービー連闘も大概である。桜花賞→皐月賞は競馬場が違うことによって生じる輸送の問題、オークスとダービー連闘は距離の問題。それぞれ別の問題が立ちはだかる。そりゃ猛田さん達も猛反対するって。
『でもやらなきゃなんだよなぁ……来世ミジンコは嫌だし。だから頼んだぞクソ神!全てはお前にかかってるんだからな!?』
俺はやれることはやってる。だけどそれも全部レースに出走できなきゃ意味がねぇ!いくら耐えられる身体を作ったとしても、出走できなければ全部水の泡なんだからよ!いや、全部が全部水の泡になるわけじゃないけども!
まぁクソ神も思うところはあるようで、神妙な表情で頷いている。
「勿論。やるだけやるさ」
出走できるかどうかは保茂頼み。マジで頼んだぞお前!
これにて第……何回だったかは忘れたクラシック五冠を取るためにどうしようか?会議は終了、と思ったのだが。
「そうだライザンちゃん。年明けのレースに関してなんだけどさ」
まだあったらしい。それにしても年明けのレース?なんかあるか?
「なんか希望のレースとかある?あるなら僕の方から話は通しておくよ」
希望のレース……希望のレースか。
『タマミだ。タマミが出走するレースに絞って出走したい。今のうちに、どれだけ戦えるか知っておきたいからな』
タニノムーティエにばかり意識が向くが、このタマミもま~厄介な相手だ。
快速美少女タマミ。70年クラシック世代を代表する馬の一頭だろう。70年の桜花賞の勝ち馬、抜きんでたスピードを誇り5連勝で桜花賞を制した。オークスでは確か馬場の影響もあって着外に沈んだんだっけか。
俺が挑むクラシック五冠最初の壁。それがタマミ。その強さを知っておくに越したことはない。
保茂も俺の意図が分かっているのだろう。首を縦に振った。
「分かった。それじゃあタマミが出走するレースにぶつけようか。関西から関東への輸送だけど、問題はなさそうだからね」
『あぁ。強いて言うならプレッシャー負けだけだ』
「本当にね」
自虐になるけどな。最近は改善されたから多少マシになったとはいえ。
これにて会議は本当に終わり。保茂は去っていった。入れ替わりで厩務員さんが俺のとこに。
「姫~?そろそろ調教の時間……全部平らげてる。本当によく食べるなお前」
この人は俺の担当厩務員の人。名前は確か、刈谷とかそんな名前。
とりあえず刈谷さんに餌の催促だ。まだまだ足りんぞ俺は。もっと飼葉寄越せ~。
「飼葉桶をガンガン鳴らしてもダメなものはダメだよ。調教の時間だからおしまいで~す」
ッチ。やっぱダメか。しゃあない、調教に向かうか。
「凄い不機嫌そうだな姫……こりゃご機嫌取りが大変だ」
さ~て調教調教と。
調教は基本坂を利用した坂路トレーニング。やっぱこれよこれ。お陰様で坂が大得意になったもんだ。
でも来年からは栗東トレセンに移ることになるんだよなぁ。このトレーニングもそろそろ終わりか。
「姫は本当に坂が好きですね。調教もほとんど坂でのトレーニングですし」
「ま、それで効果もあるんやからこっちとしては万々歳やけどな。おまけに姫は調教も真面目やし」
食った分はここで消費じゃ~い!万が一にも太るわけにはいかんからな!太め残り、ダメ絶対!
今日の調教メニューも軽々とこなすと、猛田さん達も量を増やす。その増加分も軽々とこなす!こうして身体を仕上げていくってことよ。
「ホンマに真面目な子やな~姫は……来た時えらい機嫌悪かったけど」
「餌を催促されましたけど断ったんで。ついては来ましたけど、ま~機嫌悪そうにしてましたよ」
「後でご機嫌取りせなあかんなそれ」
冗談を言って笑いあっている猛田さん達をよそに黙々と調教をこなす俺である。それにしても、そこそこ速くなってきた気がすんな。
◇
カミノライザンの調教を見ている猛田達。気分良さそうにしていた。
「これまでレース疲れをほとんど残さん。調教も真面目にこなして着実に成長しとる。馬体もえらいもんや」
「牡馬顔負けですもんね。牝馬ということを考えれば凄く立派な馬体だ」
カミノライザンの馬体は良くまとまっている。青毛の毛色も相まって、見ている人間に良い印象を抱かせていた。
体高も良い、馬体重も500越え。かなり大柄な馬体となっていた。それでいて見栄えも良い美人。猛田厩舎に来た時とは大違いである。
新聞での評判も上々。今一番期待されているシンザン産駒!なんて触れ込みだった。
だが、猛田には懸念点があった。それはカミノライザンのことではなく……彼女の馬主である保茂のこと。
保茂が言っていったこと。それが尾を引いていた。
(クラシック五冠制覇……いくらなんでも無謀や)
八大競争は出走できるだけでも凄いこと。その内のクラシック五冠を制するなど……猛田からすれば無謀も良いとこの挑戦だった。
(確かに姫は賢い。レースっちゅうもんを理解しとる。やけど……それでクラシック五冠を目指そうとはならんわ)
「いくらなんぼでも姫が可哀想や」
「?なにがです?」
思わず口から漏れ出た言葉。事情を理解していない姫の担当厩務員である刈谷が不思議そうに聞き返す。
猛田は慌てて取り繕った。
「い、いや!姫は餌が食えんくて不機嫌になっとるやろ?お前も可哀想なことするな~思うただけや!」
「えぇ!?あまり食わせすぎるなっていったのは猛田さんでしょ!?」
「知らんわ」
そんな!と抗議をする刈谷をよそに猛田はまた考える。保茂の真意を、クラシック五冠を目指そうとした経緯を。
(……金、は思うたけど今更金で動くような人か?それやったら他の馬もぎょうさん出走させるやろ。名誉……あの人そんなもんに執着しなさそうやしなぁ)
あーでもないこうでもないと考えて。猛田の出した結論は──。
「アカン、全然分からんわ」
「なにがですか!」
「ちょい考え事。それよか姫の調教はどんな調子や?」
さっきの会話でまだ抗議していた刈谷の言葉をよそに、猛田は姫の調教を見守る。
絶好調だった。タイムも順調に伸びているし、これならクラシックも好走する……どころか。
(牝馬二冠すら見えてきたかもしれへんな)
現在牝馬のクラシック最有力候補はカミノライザンだ。関東の有力候補はまだ出てきていないらしいが、最有力がカミノライザンというのは変わらないだろう。それが世間の見方だった。
しかも、菊花賞を制することだって可能かもしれない。カミノライザンにはそれだけのポテンシャルがある。カネケヤキやミスオンワードでも届かなかった菊花賞に、手が届くかもしれないのだ。猛田のテンションも上がるというもの。
だからこそ、保茂の言葉が引っかかる。クラシック五冠制覇の言葉が。
(……いくらなんぼでも無理なもんは無理や)
そう自分に言い聞かせ、カミノライザンの調教を進める。
複雑な心境の猛田のことなど露知らず、カミノライザンの調子はすこぶる良好だった。
この時代には秋華賞もエリザベス女王杯もない、が。1970年にエリザベス女王杯の前身となるビクトリアカップが牝馬三冠の最終戦として創設。ビクトリアカップのモチーフはヴェルメイユ賞らしいですね。
なのでこの時代はイギリスのクラシック三冠と同じく菊花賞(セントレジャー)が牝馬三冠の最終戦に位置付けられたとか。