猛田・粟田・富永による話し合い。議題はカミノライザンのクラシック五冠ローテについて。その場所は──もの凄く微妙な空気が流れていた。
若干憐れみの籠った視線を富永に送る猛田と粟田。やっちまった、という表情の富永。
この空気になった原因は富永の言葉が発端。その言葉とは。
「ライザンに聞いてみればいいんじゃないですか?」
ここで言うライザンとは競走馬であるカミノライザンのこと。富永も勿論そのつもりで言ったはずだ。
事の経緯はカミノライザンのレースローテについて。クラシック五冠のローテに反対の粟田と賛成の富永。立場的には反対だが個人的には賛成と言えなくもない猛田で意見が割れている状態だった。反対の理由としては、ローテが現実的ではないということ、なにより姫が可哀想なんじゃないか?ということ。
そこで富永は言い放ったのだ。ならライザンに聞いてみたらいいんじゃないか?と。
……だからこそ、この微妙な空気があるのだが。
「トミお前、マジで言ってんのか?」
「お前そこまで……」
「わ、わー!わー!?違うんです!?俺の話を聞いてください!」
可哀想な子を見る目で富永を見つめる猛田と粟田。富永は慌てる。このままだと可哀想な子扱いされるのは明白だったから。
しどろもどろになりながらも富永は必死に自身の考えを伝える。
「ほ、ほら!ライザンって賢いじゃないですか!俺達の言ってること、分かってる節がありますし!」
「まぁ……そらそうやけど」
カミノライザンは猛田達の言うことに従順だ。指示無視することはほとんどないし、おかわりの要求を断られても不機嫌にはなるが素直に従う。なにより、猛田達の言葉に相槌を打つように首を振ることがあるのだ。
この賢さなら、カミノライザンは人間の言葉が分かるのではないか?そんな風に思ったからこそ、富永はこの提案をしたのである。もっとも、賢くても話せはしないことはちゃんと分かっている。
「それに保茂さんも良くライザンと会話してるでしょ!馬房で!」
「いや、あれは独り言だろ。何言ってるのかは聞こえないけど」
「で、でも!ライザンも保茂さんの言葉に相槌を打ってるように見えますし!きっと言葉が分かるんですよ!」
富永の必死の弁明。猛田達は少しだけ考える余地があるんじゃないか?と思い始める。その機を富永は見逃さなかった。
「だからほら、こうやって……」
富永は紙を取り出し、ペンで文字を書いていく。猛田達はその行動を不思議に思った。突然富永はなにをしているのだろうと。
そんなに時間はかからず、富永は紙を2人に見せた。そこに書いてあったのは……【はい】と【いいえ】の紙である。
「この紙を使って、ライザンに聞いてみましょう!きっとライザンなら理解してくれるはず!」
富永の弁明。猛田達は何とも言えない気持ちになりながらも。
「……まぁ、ええんちゃう?気晴らしにはなるやろ」
「そうですね」
「よ、よし!じゃあ早速行きましょう!」
やってみることにした。3人はカミノライザンがいる馬房へと向かう。
◇
カミノライザンの馬房。カミノライザンは寛いでいた。ただ、富永達が近寄ってくるのを感じ取ってか寛ぐのを止めて顔をのぞかせる。そんなカミノライザンを撫でてやる猛田。気持ちよさそうに目を細めていた。
「よし、じゃあ早速やってみましょう」
富永は例の紙を取り出す。反応はというと……紙を興味深そうに眺めていた。
「いいかい?ライザン。今から君に質問する。もし大丈夫ならこの【はい】の紙を、ダメなら【いいえ】の紙を咥えてくれないか?」
紙を差し出す富永。カミノライザンは富永の言葉に対して──【はい】の紙を咥えた。富永は笑顔を浮かべる。なお、猛田達は微妙な表情だが。
「よしよし、それじゃあ早速質問していくよ?ライザンは飼葉は好きかい?」
カミノライザンは迷わずに【はい】の紙を選ぶ。富永はどんどん質問していった。
「走るのは好き?」
はい
「他の馬は嫌い?」
いいえ
「レース……たくさんの人がいる場所は好き?」
少し迷う素振りを見せて、はい
「たくさんの人がいる場所で走るのは緊張する?」
はい
「……刈谷さんは嫌い?」
咥えない。ノーコメント
「……ちなみに俺は好きかい?」
凄い勢いではい
「憐れやな刈谷」
「ま~たまにデリカシーのない発言を姫にするから当たり前じゃないですか?」
「言えとるわ。やからモテへんのやアイツ」
なんでだー!?という声がどこからか聞こえてきた気がするが気のせいだろう。
「ちなみに猛田さんと粟田さんはどっちも好き?」
はい
「なんや照れくさいな」
「余計に刈谷さんが憐れに思えますけどね」
「嫌いの紙咥えられんかっただけマシやろ」
言えてます、という粟田。
簡単な質問はここまでにして、富永はいよいよ本題に入ろうとしていた。真面目な顔つきになってカミノライザンを見据える。
「ライザン。たくさんの人がいる場所で走ること……レースを走るのは嫌いかい?」
少し迷った後、いいえ
「レースを短い間隔で走るのは、嫌い?」
いいえ
「ライザンはトレーニングは嫌い?」
咥えない。どちらでもない
「疲れることは嫌?」
少し迷って、はい
そしていよいよ、本題へと入る。
「……これからもし、ライザンが凄く短い間隔でレースを走ることになったら。大きなレースを、凄く短い間隔で走ることになったら。きっとライザンはとても疲れると思う」
はいの紙を咥えるカミノライザン。おそらく、カミノライザンも分かっているのかもしれない。富永はそう感じた。
意を決して、質問する。
「もし、もしそんなことになったら──ライザンは嫌かい?」
あえて自分達のため、とは付け加えない。それはカミノライザンの性格を加味してのことだ。猛田と粟田は止める手間が省けた、と考える。
カミノライザンの性格は3人とも分かっている。自分達のためとなれば、カミノライザンは【はい】の紙を咥えるだろうと、そう直感していた。ファンを心配させまいとする我慢強い子だ、そうするのは目に見えている。だからこそ、自分達が望んでいるとはあえて伝えなかった。
ここのカミノライザンの選択を待つ。カミノライザンは──迷わずに【いいえ】の紙を咥えた。
「……きっと、ううん。絶対に凄く疲れる。それでも良いのかい?」
はい
「ライザンのためじゃない、俺達のエゴかもしれない。それでも良いのかい?」
はい
「本当に、本当に……短い間隔で走ることは苦痛じゃない?」
即答で、はい
思わず猛田達は息を漏らした。カミノライザンのことを信じるのであれば、レースで走ることは特段苦痛に感じていないと。短い間隔で走っても問題ないと、そう答えたも同然だから。
富永は猛田達と顔を見合わせる。
「……どうします?」
そう質問する富永。猛田達は──。
「……さ~て、えぇ暇つぶしにはなったんとちゃう?」
「そうですね。さ、仕事に戻りますか」
「ですよね~……」
なかったことにしようとした。
考えてみれば当たり前で。本当にカミノライザンが自分達の言っていることを理解しているかを証明する手立てがないからである。カミノライザンと会話ができるわけでもないし、悪魔の証明にも近い状態だ。
ただ、カミノライザンが凄く賢いということは分かった。ちゃんと紙を使って受け答えができていたし、こちらの言葉を理解しているというのも信憑性を帯びてきている。
なお、それとこれとは話が別。それはそれ、これはこれだ。猛田達はそう結論づけた……おそらく。
「ま、姫がえらい賢いっちゅうことだけは分かったわ。簡単な受け答えはできとったしな」
「そうですねぇ……まさかここまでとは」
「よ~しよし、寛いでるところごめんな~ライザン」
富永はお疲れ様の意味合いを込めてカミノライザンを撫でまわす。気持ちよさそうにしていた。
……結局、この場では結論つかずで終わったカミノライザンへの質問である。
◇
粟田達と別れた後、猛田は自宅で1人考え込む。
(あれだけの賢さ……さすがに無視できひん、か)
馬房での一幕。あの場では冗談で済ませようとしたが、さすがにあれだけの賢さとなると考え込む余地はあった。
だからこそ、猛田は考える。この後どうするべきか、と。
すぐに結論は出た。
「……さて、と。保茂さんと話し合いましょか」
そう思い至り、保茂に会うことを決めた。幸いにも保茂はカミノライザンに会いによく馬房を訪れる。その時に訊ねればいいだろう。
──だが、
「やからこれは最終確認や……今後の進退を決めるための、な。なんていうかは分かっとるけどな」
猛田は自分の中ですでに結論を出していた。保茂の覚悟は知っている、彼が五冠に挑むと宣言した時の表情は大真面目だった。
どれだけの思いがあるかは分からない。だが、冗談で言っているわけじゃない。金や名誉のためでもない、カミノライザンならば到達しうるだろうと、本当に信じている目だ。
だからこそ、猛田はすでに結論を出していた──クラシック五冠への挑戦を肯定すると。
新たな問題として、絶対にうるさくするであろう記者連中をどうするか?だが。
「まぁええやろ。関係あらへんわ」
自分達の決意には何の関係もない。もう決めたことなのだから。ただめんどくさいことにはなるだろうな、と思いつつも。時間は過ぎていった。
どうするかは決まっている模様。