きさらぎ賞を終えて、俺の気分は有頂天!
『よっしゃあ!タニノムーティエに勝ったぞぉぉぉ!』
「浮かれてるねぇライザンちゃん」
そりゃあ当然よ!前走では負けたけど、きさらぎ賞では借りを返してやったんだからな!しかもアイツ、走り終わった後に悔しそ~に俺を見てたからな!
いやぁ嬉しいなぁ!70年クラシック世代の代表であるタニノムーティエに勝った!これは間違いなく自信に繋がることだ!……まぁそれでレース前にプレッシャーは感じなくなるの?と言われたら別にそんなことはないんだけど。これはもう改善不可能な気がする。
それにダテテンリュウにも勝ったからな!後の菊花賞馬ダテテンリュウに!
『気分も上がるってもんだぜ!』
「そりゃあよかったね」
保茂は呆れた表情をしているが関係ないね!今の俺には敵がいねぇ!フーハハハハ!気分が良いぞ~!
……とまぁ、
『さて、アホみたいに浮かれるのはここまでだ。ひとまず整理するかね』
「切り替え早いね~」
当然だろ。前回は負けたけど今回は勝った。リベンジを果たしたんだ。そりゃ少しは嬉しくもなる。けどな……本番で勝たなきゃ何の意味もねぇ。
『今回勝てたからといって、次も勝てるとは限らねぇ。特に、相手はあのタニノムーティエだ。むしろこの先、俺の警戒度が上がるだろうから勝つのはさらに難しくなるだろうな』
「ま、そうだね。このレース後にムーティエ陣営はカミノライザンを意識しているコメントを残している。皐月賞では負けない、ってね」
確かタニノムーティエはきさらぎ賞までで3連勝だったはずだ。勢いに乗っていたところを俺に止められた形になる。陣営としちゃ、あまりいい気分ではないだろう。
勝てばそれだけ警戒度が上がる。ただでさえ俺の警戒度は高かっただろうが、今回のきさらぎ賞でそれはさらに上がったことだろう。そのリスクを考慮してでも、有効打になるであろう策が効くかどうか試したかった。俺が対タニノムーティエで勝つための策を。
後は……この時期からだったはずだ。
『タニノムーティエの関東遠征はもうすぐだったよな?』
「もう遠征を始めているよ。今頃向こうじゃないかな?」
タニノムーティエ陣営はクラシックの一冠目である皐月賞に向けてすでに関東遠征をしている。主戦騎手である廉田さんも向こうだろうな。
向こうは弥生賞なんかのステップレースを挟んで皐月賞に挑む。そのための関東遠征だ。
『タマミもそろそろ関西遠征する頃か?』
「そうだね。クイーンカップを制してそろそろ関西へ遠征をする時期だ」
……冷静に考えて、有力馬達が大レース出走のために関西へ関東へ遠征をしている中俺だけとんぼ返りしてんだよな。他と比べたらかなり異質だろう。この時期の長距離輸送が整備されていない、というのもあるだろうけど。
そんな俺も皐月賞が来たら向こうに遠征だ。皐月賞からはオークス、ダービーと関東でのレースが続くからな。しばらく向こうで過ごすことになる。
『ちなみに受け入れ先って……言うまでもねぇよな』
「うん。
知ってた。シンザンが関東遠征する際もそうだったし、何より親交が深い。だからこそ安心できるってわけだ。
近況周りはこれでひと段落。続いては、レースについてだ。
『ひとまずタニノムーティエとダテテンリュウには勝った、が。何の参考にもならん。あくまで本番前だからな』
「しっかりと分かっているようで何よりだよ」
きさらぎ賞はきさらぎ賞。クラシックはクラシックだ。ここで勝ったからといって、クラシックで負けたら話にならん。
『ダテテンリュウと走れたのは収穫かも知れんが……いかんせんこの頃はどうしてもな』
ダテテンリュウは菊花賞での戦いになる。油断はしないがどうしても優先順位は落ちるだろう。
それと、個人的に残念だったことが1つ。
『クラシック前にアローエクスプレスと戦えなかったことだな』
「こればっかりは仕方ないね。日程的にどうしても無理だったし、アローエクスプレスは大レースでもない限りこっちには来ないだろうし」
もう一頭のクラシック最有力候補、関東のアローエクスプレスとの対戦ができなかったこと。これがちょっと心残りだ。
西のタニノムーティエ、東のアローエクスプレス。現在6連勝中の東の総大将。タニノムーティエとは確か、スプリングステークスで初めて顔を合わせるはずだ。俺には特に関係のない話だが。
というのも俺は、スプリングステークスに出走できない。別に出走できんことはないが……桜花賞を目前に控えている関係上どうしてもそっち優先だ。
(それがちょい不安要素だな)
できることなら対戦したかったがこっちもクラシック戦を控えている身。仕方ないと割り切るしかねぇ。
後はレースの振り返りか。タニノムーティエに勝つための手段として、今回の早仕掛けを選んだのだが……これが嵌った。
『追い込みは位置取りの関係でどうしても不利になるからな。前につけている俺の有利は揺るがない』
「ムーティエ街道を織り込みながら
実際保茂の言う通り。タニノムーティエの対策で最も単純なのは
追い込みは後ろでじっくりと展開を見ることができ、他馬にもまれることがない。反面、必ずと言っていいほど外を回される。内は前の馬が閉じているからな。後ろでレースをするとなると、大体の場合は外を回される。これが不利な点。そうなると前を走る馬と比べると圧倒的に不利だ。前を走る馬は距離ロスもないし、脚を残していればその分だけ有利に働くからな。
だがタニノムーティエはそんな有利不利を覆すだけの脚を持っている。だからこそ勝ち続けてきたわけだ。
そんな相手の対抗策として、この策を生み出した……策ってほどでもない力業だがな。
この策だが俺にはとても合っていた。なんせスタミナには自信があるからな。当歳馬の頃からめっちゃくちゃに走り回って鍛えていたおかげで、同世代の連中と比べても突出していると自負している。なんならタニノムーティエよりも上だって思うね。
そして俺は息が整うのも早い。レース後や調教後もすぐに息が整うからな。猛田さん達からも心肺機能が凄いってお墨付きだ。
この武器を活かして、きさらぎ賞では早めに仕掛けて差をつけていた。本当だったら京都3歳ステークスも同じことしようとしてたんだけど、トミーに止められちゃったから仕方ない。
これが効果てきめん。きさらぎ賞では無事に勝つことができた。内心すげぇ怖かったけど……。
『とにかくタニノムーティエの末脚に警戒。ダテテンリュウは今のところ大丈夫。アローエクスプレスは対戦経験がないから要注意。牡馬クラシックはこれぐらいか』
「牝馬クラシックはやっぱりタマミだね。桜花賞のタマミには注意しておかないと」
適性的にも合っているからな、桜花賞のタマミは。一番警戒しておく相手だろう……最初に戦った時に仕込みは済んでいるとはいえ、だ。
ただ、タマミ以上に警戒すべき相手はほとんどいない。
「油断はしないことだライザンちゃん。確かにタマミ以上に警戒すべき相手はいないかもしれないけど……足元掬われちゃうからね」
『当たり前だ。油断して取りこぼすなんざ一番ダセェからな……最大限警戒して勝たせてもらうさ』
「ひゅー!カッコイイねぇライザンちゃん!……これならプレッシャー負けもしないよね?」
ふっ。
『それとこれとは話が違うな……!何なら今こうして話してるだけでプレッシャーを感じて……っ!』
き、気分がぁ……!
そんな俺の様子に保茂は呆れた表情。
「本当に変わらないねぇ君は」
『そ、そう簡単に変われると思ったら大間違いだぜ……ッ!』
「威張ることじゃないでしょ」
ご、ごもっとも。
クラシックが近づいているというプレッシャーを感じながら会議は終わった。
最後に聞いておきたいのだが。
『俺、タニノムーティエにやたら視線を向けられてるんだけど……なんかしたか?俺』
まだ2回しか一緒に走ってないけど、レース前もレース後もアイツにジッと見られているのだ。なんでなのかさっぱり分からないんだが。
保茂はというと──首を横に振る。分からないってことか。
「さぁ?君に恋でもしてるんじゃない?」
『……そんなことあるか?』
「って言われてもねぇ。僕は君以外の馬の言葉は分からないし……少なくとも意識はされてるんじゃない?」
ほ~ん……どういう反応すればいいんですかね?コレ。いや、本当にどんな反応すればいいんだよ!?
良く分からないまま、今度こそ会議は終わった。
もうすぐ桜花賞。