桜花賞が終わった次の日。新聞などを介して伝わった。
【桜花賞を制したカミノライザン、次なる舞台へ!】
【桜の女王に輝いたのはカミノライザン!関東勢を蹴散らせ!】
【偉大な父に捧ぐ桜の冠!激闘を制したのはカミノライザン!】
カミノライザン、桜花賞勝利。競馬新聞の一面はカミノライザン一色となっていた。
新聞を眺めて、猛田は溜息を吐いていた。
「ローテ発表した直後、あんだけ騒いどったくせに今更どの面下げとんねんこいつら」
「ま~そういうものだと思いますよ?」
愚痴りたくなる猛田を粟田が窘める。確かにローテ発表後から桜花賞に至るまでの間、かなりの量のバッシングがカミノライザン陣営を襲った。それを先導していたのが新聞各社である。それが桜花賞を制した途端、手のひらを返したかのような記事を出されたら文句の1つも言いたくはなるだろう。
依然としてローテに関しては疑問を呈されているものの、カミノライザンの桜花賞勝利を祝福する声で埋め尽くされている。それは素直に嬉しいことだ。
一方で、今からでもローテを変更すべきではないか?という声も上がっている。
「これほどの逸材を持った馬なのだからもっと慎重に調整すべきだ。クラシック五冠ローテなどという無謀な挑戦は即刻取り止めるべき……この辺は変わらんな」
「まだ一冠目を勝っただけですからね。この声を黙らせるには……
次、という言葉に猛田は気が引き締まる。
カミノライザンの次走は1週間後──クラシックの二冠目である皐月賞だ。現在大急ぎで関東遠征の手筈を整えており、カミノライザン輸送の準備を進めている。
馬にとってはストレスだろう。だが、レース前日や当日に向こうにつくことはできるだけ避けたい。今までのような一日だけレースに出るわけではなく、しばらくは向こうに腰を据えなければならないのだから。
そしてこの皐月賞は、
「姫は確かに輸送に強い。やけど影響が0っちゅうわけやあらへん。多少なりとも影響がある。これは避けられんことや」
「どの馬にもあるものだから仕方ないですね。それに……
粟田の言う相手。それは何も一頭だけじゃない。
カミノライザンと同じ関西所属であり、西の総大将のタニノムーティエ。カミノライザンとは二度戦い、1勝1敗の戦績である。今年のクラシック大本命であり、皐月賞を制する上で一番の障害となる相手だろう。
西の総大将がいるならば、勿論東の総大将もいる。関東所属のアローエクスプレスだ。タニノムーティエとの直接対決に敗れてはいるが、関東勢では最も人気を集めているだろう。
主に注目されているのはこの2頭。この2頭が、カミノライザンが皐月賞を制する上での障害。
不安要素は多々あるが、猛田達にとって良いニュースもある。それは、桜花賞後のカミノライザンの様子だ。
「幸いなことに、姫の疲労は大レース後とは思えんほど整ってるっちゅうとこやな。これなら……あるかもしれんわ」
多少の疲労はあるが、体調に問題はなく連闘はできるだろうという判断。当日までに体調が崩れないことを祈るばかりだ……レース前のプレッシャー負けは除くとして。
粟田はあまり良い顔をしない。連闘に反対している立場であり、今も本当だったら取り止めたいぐらいだ。
だが、それと同時に……桜花賞での勝ちっぷりを見たら。あるいはという気持ちも湧き上がる。
「……ただ、現実的な見方では厳しい戦い。向こうは前哨戦を使って休息を取っている。対してこっちは桜花賞からの直行で休む暇もほとんどない。条件は圧倒的に不利です」
粟田の言葉。悲観的な言葉は良くないかもしれないが、これは紛れもない事実だ。向こうは万全な状態だが、カミノライザンは万全とは言えない状態で挑む必要がある。
桜花賞は万全な状態で挑むことはできた。だが皐月賞はそうはいかない。これがどう響くか……それが不安要素の一つである。
粟田の言葉に猛田は──当然、とばかりの表情。表情からは読み取れないが、猛田自身も良く分かっていた。皐月賞の戦いは今までで一番厳しいものになると。
(本番前にどこまで疲労を回復できるか、やな)
「猛田さ~ん!馬運車の準備できました!」
猛田と粟田が話しているところに、厩務員の1人が駆け寄ってくる。どうやら馬運車の準備ができたらしい。
話を切り上げる2人。最後に猛田は自らの思いを粟田にぶつける。
「粟田、俺は保茂さんの夢に乗っかるって決めた。やから俺は、突き進むで」
猛田の言葉に、粟田は苦笑いを浮かべる。
「……ま、俺も今更どうこう言いませんよ。やるって決めたわけですからね」
次なる舞台皐月賞へ向けて──カミノライザンは関東へ遠征することになった。
◇
馬運車に揺られて数時間。無事に関東に着いて。お世話になる仲村厩舎で寛ぎタイムだ。いや~それにしても……。
『桜花賞は無事に勝ったな~』
「本当にね~」
無事に勝ったぜ桜花賞!それもほぼほぼ俺達にとって理想の展開で!これにはクソ神も満足げな表情よ!ちなみにクソ神にとって初めての八大競走を制覇した馬らしい。ちょっと誇らしいじゃねぇか。実際にはちょっと誇らしいどころじゃないけど。2人で喜びを分かち合ったもんよ。
話は戻って桜花賞。これは理想通りにレースを運べた。前の馬のマークをタマミに全部押し付けて、俺は後ろで悠々と快適走行。これほどうまく嵌るとは思わんかったわ。
『やっぱタマミを逃げさせるわけにはいかないからな~。俺が控えたらマークはタマミに集中すると思ったぜ』
「他の子達もオーバーペース気味だったからね。安心して見れたよ」
『な。おかげで俺は
前の馬は明らかに垂れていた。脚も全然だったし。お陰様で追い抜くのにそこまで苦労しなかったぜ。タマミとの差は結構あったからそこだけ心配だったけど、タマミの脚色も鈍ってたからな。こっちもまぁ追い抜くのに苦労はしなかった。
んで、できる限り余力を残した状態でタマミを捕らえる俺。見事に勝利を収めたってわけだ。次の舞台に向けて、できる限り余力を残した状態で、な。
……んで。ここで問題となるのは次のレース、皐月賞だ。
『というわけで皐月賞に向けた作戦会議といきますか』
「とは言っても……ほとんど決まってるんじゃない?」
そう尋ねてくるクソ神。ほとんど決まってるというか……
『今回は桜花賞のような仕掛けは期待できないからな。桜花賞は対策しやすかった』
桜花賞でこれほど上手くいったのは、最優先で警戒すべきだったタマミが
タマミは逃げてなんぼの馬。陣営もそう思っているからこそ対策に仕掛けもやりやすかった。次同じことやれるか?と言われたらちょっと怪しいが。
次なる舞台は皐月賞。相手は【超特急】アローエクスプレスとタニノムーティエ。
『アローは俺と同じ、ムーティエは後方策。タマミのように上手くはいかんだろ』
「絶対にマークされる位置にいるからね。ただ……桜花賞からの直行だから軽んじられている可能性もある」
『実際あるか?そんなこと』
「いや、僕の願望」
オメェの願望かよ!そりゃなんとでも言えるわ!というかそうであって欲しいわむしろ!
……まぁ、策はないことはない。
「それで、実際策はあるの?」
『策、ってほどのもんじゃねぇが……あるにはある』
とは言っても、俺が取るべき策は……タニノムーティエの対策だけだ。
『タニノムーティエとやった時と変わらない策だ。
「……ッ!あぁ、そういうこと」
どうやらクソ神も分かったようだ。俺の考えが。
次の皐月賞で俺が取る策はタニノムーティエ対策とほとんど変わらない。というのも──タニノムーティエの対策がそのまま、アローエクスプレスの対策にもなる。
アローエクスプレスは俺と同じ先行策の馬だ。それがなぜタニノムーティエの対策をそのまま流用できるか?その答えは──アローエクスプレスの距離適性だ。
アローはどちらかと言えばマイラー寄りの中距離馬だ。菊花賞は確か良いとこなしだったし。俺やタニノムーティエのようにスタミナ豊富、というわけではないだろう。
ただ、この皐月賞はまだ適性内。じゃあどうするか?
俺が考えたのは……早めに仕掛けてスタミナ勝負に持ち込むというものだ。
『アローはスタミナがあるわけじゃないってのが俺の見立てだ。だから早めに仕掛けてスタミナ勝負に持ち込む』
「早めに仕掛ければ、ムーティエ対策でもあるできるだけ差を広げておく、ってのも可能だしね。間違ってないんじゃない?」
『仮にアローが競りかけてこなくても構わない。だったらそのまま千切るだけだ』
先行からのロンスパを決める。それが皐月賞での俺の作戦だ。
多分だけど、トミーも俺と同じことを考えているだろう。勝つための最善は、早めに仕掛けてスタミナ勝負に持ち込むというもの。
競りかけてきたらスタミナがある俺が有利、仮に競りかけてこなくても差を広げた分俺が有利。俺は皐月賞を勝って万々歳!って寸法よ。
……ま、そんな上手くいったらいいんですけどね~。
『実際にこの策が嵌るかどうかは分からん。アローと走ったことがないし、ムーティエも対策してくるだろうし……皐月賞はかなり厳しい勝負になるな』
「現状有効な手立てがないからね。ここを乗り切れば、クラシック五冠もグッと近づくよ」
『おーよ。ま、なるようになれだ』
それじゃ多分ダメなんだろうけど。やっぱアローエクスプレスと走れなかったのが結構痛いな。どんな馬なのか知る機会がほとんど「そんなライザンちゃんに朗報だよ」うん?どうしたんだろうかクソ神は?やたらニヤニヤしているが。
気になって言葉を待っていると、クソ神がなんかの資料を取り出した。なんだそれ?
「これ、アローエクスプレスの資料。仲村さんに頼んでまとめてもらったよ」
『へ~……え?』
「僕や仲村さん達の主観が入ってるけど、アローのことをできる限りまとめといた。これでお勉強会としゃれこもうじゃないか!」
……ほ、保茂様ぁぁぁぁ!
『ありがて……ありがて……』
「絶対に勝ちたいからね。それじゃあ読み上げていくよ?」
『おう!頼んだぞ!』
こうしてアローエクスプレス講義を保茂にしてもらった。後は──皐月賞に向けて体調を整えるだけだ!
「……ちなみにプレッシャー負けは?」
『止めろ!考えないようにしてたのに!……あ、ヤバい。ちょっと気分悪くなってきた……』
「それ輸送の影響じゃないよね?」
多分違う……。
まぁ、皐月賞はすぐに来る。しっかりと万全にしなければ。
厩務員「保茂さん何やってんだ……?」