俺と邪神のクラシック五冠道   作:カニ漁船

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皐月賞の決着。


俺と仕掛けとロングスパート

 興奮、次いで困惑。中山競馬場で皐月賞を見守っている観客は2つの感情を同時に抱いていた。

 興奮の発生源は、カミノライザン。カミノライザンが1000mを越えた辺りから仕掛け、第3コーナーを超えた辺りで先頭に立った。

 カミノライザンは桜花賞を制している。このまま先頭に立ち続け、皐月賞を制することができれば──日本競馬史上初の偉業、桜花賞と皐月賞の同時制覇を成し遂げる。オークスを待たずして二冠馬の称号を得ることができるのだ。興奮しないはずがない。

 そして困惑の発生源……こちらもまたカミノライザンだ。

 カミノライザンが仕掛けたのは1000m地点。第3コーナーを越えた辺りで先頭を捕らえ、自らがハナを切っている。

 桜花賞の疲労があるはずなのに大丈夫なのか?あまりにも長いロングスパートに、観客は困惑していた。

 

「お、おいおい……!不味いんじゃないかアレ!?さすがにもたねぇだろ!」

「富永の判断ミスじゃねぇのか!?」

「ふざけんな富永ー!何やってんだー!」

 

 怒号を飛ばす観客。カミノライザンの手綱を握る富永を批判する声をあげていた。

 肝心の富永はというと、()()()()()()()()()()()()()。想定通りに進んでいると感じていた。

 

(追ってくる馬もいない……なら、今のうちにできるだけ差を広げておこう!)

 

 最内の馬場は荒れている。ならば、まだそこまで荒れていないギリギリのラインを突いて上がっていくカミノライザンと富永。徐々に2番手との差を広げていった。

 

《第3コーナーを越えて先頭に立ちましたカミノライザン!カミノライザンが内を突いてグングン上がっていきます!重馬場の中山を駆け抜けるカミノライザン!2番手以下はアイアンモアが上がってきている!プランジャーはちょっと後退しました2番手アイアンモア先頭のカミノライザンとの差は3馬身はつきそうな勢い!3番手はトレンタムとプランジャー、アイアンモアから離れて1馬身!アローエクスプレスは6番手まで落ちている!タニノムーティエもそろそろ仕掛けたいところ!タニノムーティエも仕掛けるか!》

 

 差を広げるカミノライザン。かなり無茶なペースで上がっているようにも見える。

 

「こうなったらいけるとこまでいっちまえ~!」

「頑張れー!カミノライザーン!」

 

 第3コーナーを越えて第4コーナー。カミノライザンはさらに差を広げようとしていた。

 そしてこの第4コーナー……ついに、このレースの()()()が動き出す。

 

(ちょい心配やけど……問題ないわ!お前らの策、タニノムーティエで粉砕したるっ!)

「行くでぇムーティエ!あのお嬢さんに分からしたれ!」

 

 タニノムーティエに鞭が入る。ぐんぐんと順位を押し上げていくタニノムーティエと廉田。

 一方アローエクスプレスに騎乗する甲賀は──まごついていた。

 アローエクスプレスは第3コーナーで突如として失速。すでに7番手まで落ちていた。重馬場に脚を取られたか、はたまたこれも作戦の内なのか……おそらく前者だろう。

 甲賀は己の情けなさから舌打ちする。

 

(クソ……!中途半端な騎乗をしてしまった!もっと、もっと思い切るべきだった!)

 

 後悔してもすでに遅く。カミノライザンの姿ははるか先。もう一頭のライバルタニノムーティエもすでに自分達より前につけていた。

 ──こんなとこで終わっていいのか?甲賀の頭にそんな言葉がよぎる。

 

……良いわけねぇだろうが!

 

 手綱をしっかりと握りしめる。そして、アローエクスプレスに気合を入れるように鞭を入れる。

 

「追えッ!アロー!あの二頭を倒して……俺達が勝つんだ!」

 

 もう一発、鞭を入れる。それでアローエクスプレスに火が点いたのか、猛然と上がっていった。

 

《第4コーナーを駆け抜けます!先頭はカミノライザン2番手との差は5馬身から6馬身はついているでしょうか!カミノライザンが先頭に立って逃げている!2番手はアイアンモア、アイアンモアであります!しかしプランジャーも上がってくる!3番手プランジャーで、そしてタニノムーティエが来た!タニノムーティエがついに上がってきた!タニノムーティエの内からアローだアローだ!アローエクスプレスも仕掛けた!内からはタニノモスポローがきている!第4コーナーを越えて最後の直線!先頭はカミノライザン!カミノライザンが最内を突いて上がっている!荒れた最内を上がっていきますカミノライザン!》

 

 先頭を走るカミノライザン。内側の馬場は荒れていたが。

 

(構わない!このまま突っ込もう!)

 

 ()()()()()()()()()、カミノライザンは第4コーナーのカーブを曲がる。馬場に脚を取られることよりも、距離ロスを嫌った富永。この判断が、()()()()

 最内を駆け抜けるカミノライザン。だがその他大勢は──荒れた馬場を嫌ってかなり外を回っていった。最内を上がっていったのはカミノライザンとアイアンモアだけだった。

 大きくなる歓声。最後の直線約350m、カミノライザンが後続につけている差はざっと4馬身程。この差を埋めるようにタニノムーティエとアローエクスプレスが他を置き去りにせんと上がってくる。

 

(んなアホなことがあってたまるか!桜花賞から皐月賞を制するなんて、無謀もええとこやろがい!)

(現実を教えてやる!俺と、アローで!)

 

 馬群の外から上がっていくタニノムーティエ。その内からアローエクスプレスがピッタリとついている。この2頭が抜け出してカミノライザンを捕らえようとしていた。

 まだ先頭を走るカミノライザン。しかしその脚色が鈍っているのは観客の目から見ても明らかだった。

 

「アローとムーティエの方が速い!カミノライザンはここで終わりだ!」

「いや、けど……届くか怪しいぞこれ!」

「くっそ~!逃げ切れカミノライザーン!」

「差し切らんかいタニノムーティエ!関西の意地見せたれや!」

「前哨戦の負けを取り返せアロー!関東の強さを思い知らせてやれ~!」

 

 一際大きくなる歓声。カミノライザンとタニノムーティエ達との差は明らかに縮まっていた。

 

《外からタニノムーティエ!その内アローエクスプレス!カミノライザンは苦しいか!?カミノライザンは苦しいか!徐々に、徐々に差は縮まっております!残り200を切りました!その差は3馬身と縮まっております!粘れるかカミノライザン!差し切るかタニノムーティエとアローエクスプレス!》

 

 廉田と甲賀は押し出す。少しでも前に進めとばかりに動かしている。富永も同じだ。追いつかれまいと必死になっている。

 無情にも縮まる差。じわりじわりと差を詰められていく。

 

《ムーティエが来る!ムーティエが来る!関西大将の意地を見せるかタニノムーティエ!こちらも負けられない東の大将アローエクスプレス!アローも強い!アローも強い!全く並んでカミノライザンを追いかける!桜の女王が逃げている!桜の女王カミノライザンが逃げている!しかし残り100!ついに2頭が射程に捉えた!残り1馬身の差を詰めにかかるアローとムーティエ!》

 

 残り100で1馬身まで詰め寄られる。勢いは2頭にあり、カミノライザンは追いつかれるだろうと誰もが思った。

 しかし──

 

《アローかムーティエかライザンか!?アローかムーティエかライザンか!?3頭の競り合いになるか!3頭の競り合いになるか!?逃げるカミノライザン!ついに捕らえるかアローとムーティエ!アローとムーティエがカミノライザンに追いついて……っ!》

 

 僅かに距離が足りなかった。カミノライザンがそのまま押し切り、わずかに早くゴール板を駆け抜けた。

 

《わずかにカミノライザンが競り勝ったぁぁぁぁぁ!!!なんという強さだ!なんという恐ろしさだ!?1000mのロングスパートを決めて!カミノライザンが皐月賞を制したぁぁぁぁ!!!タニノムーティエとアローエクスプレスはわずかに届かなかった!2着はタニノムーティエが抜け出した!3着はアローエクスプレス、アローエクスプレスです!カミノライザンとタニノムーティエの差は半馬身!半馬身であります!そして、そして!》

 

 興奮冷めやらぬ実況の声。中山競馬場は熱狂に包まれている。

 

《カミノライザン!変則二冠たっせぇぇぇぇぇい!!桜花賞と皐月賞のクラシック二冠!史上初!史上初の偉業を成し遂げましたカミノライザン!この馬の強さは圧倒的だ!神馬の娘が並み居る強敵達を打倒してクラシック二冠を達成しました!桜の女王に輝いて!皐月の冠もいただいた!このまま樫の女王まで一直線だカミノライザン!》

 

 観客の歓声が中山競馬場を包み込む。誰もが歓喜と驚きの声を上げていた。

 

「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

「ま、マジか!マジかよ!?これ、本物じゃねぇか!」

「タニノムーティエとアローエクスプレスを下して皐月賞制覇……!これは本物の強さだ!」

「良いぞカミノライザーン!そのままオークスとダービーも勝っちまえー!」

 

 レースが始まる前の不安な声は吹き飛んでいた。クラシック五冠ローテなんて無謀な挑戦だという声は、無くなりつつあった。

 誰もが期待を寄せる。この馬ならば、本当に達成するのではないか?と。観客達はカミノライザンの次なる舞台、オークスへの期待を込める。その声援を受けて、カミノライザンは静かに佇む。いつものレース後の彼女だった。

 

 

 甲賀は自戒する。今回の敗因は、()()()()()と。

 次いで感じるのは、カミノライザンという牝馬に対する畏怖の念。

 

(……恐ろしい馬だ。まさかロングスパートを本当に決めるとはな)

 

 侮ったつもりはない、しかし負けた。それはきっと、心のどこかで驕りがあったということなのだろう。

 それにしても、と。甲賀はカミノライザンの騎手である富永に対しても尊敬の念を抱く。

 富永はまだ3年目、八大競走に出走した経験もほとんどないどころか0に等しい騎手だったはずだ。にも関わらず。

 

(あれほど自信に満ち溢れた騎乗をするとは……それは、カミノライザンであるが故、か)

 

 まさかロングスパートを決めるとは思わなかった。一歩間違えれば暴走にもなりかねないそれを、富永は見事にコントロールしていた。もしかすると、想定通りだったのかもしれない。アローとムーティエが届かないギリギリのラインで仕掛けた……甲賀はそう思い至る。

 

(正解は彼らの胸の内、か)

「……だが、次は負けない」

 

 撤収する甲賀とアローエクスプレス。その胸には、次の日本ダービーでは負けないという強い意志がこもっていた。

 タニノムーティエに騎乗する廉田も、富永に対し甲賀と同様の感情を抱く。

 

(……お前、この大舞台でどんだけ自信に溢れとんねん)

 

 周りの空気に飲み込まれず、見事にロングスパートを決めてみせた弟弟子に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 しかしと。廉田は手綱を強く握りしめる。

 タニノムーティエは敗北してしまった。谷瑞がこの馬でダービーを獲る!と宣言していた馬で、負けてしまった。

 

(もうちょい早う仕掛けるべきやった……なんて後悔しても遅い)

 

 きっと谷瑞から雷が落ちるだろう。だが、廉田には()()()()()()()()

 カミノライザンに負けたという事実が重くのしかかる。前回負けた時も、ここまでの気持ちは抱かなかった。大レースで負けたという事実と、心のどこかで侮りがあったのかもしれないという後悔が押し寄せる。

 手綱を強く握りしめ、誓う。

 

「次こそは勝ったる……ッ!次こそは、日本ダービーこそはッ!絶対に譲らへんッ!」

 

 タニノムーティエと廉田も後にした。

 一方の富永は安堵していた。無事にロングスパートが決まってくれてよかったと、心の底から安堵していた。

 

(できる、って思っててもやっぱり心配だからね。本当に良かった)

 

 それに内側の荒れた馬場にも脚を取られなかった。これがかなり大きかった。距離のロスがほとんどなく第4コーナーを回ることができたから。

 しかし、一歩間違えれば負けていたという事実が襲い掛かる。桜花賞ほどの余裕はなかった。改めて富永は、タニノムーティエとアローエクスプレスという馬の強さを実感する。

 加えて、皐月賞を勝ったことでさらに重くのしかかるプレッシャー。だが。

 

「君と一緒なら大丈夫だ。これからも頑張ろうね、ライザン」

「ヒヒン」

 

 カミノライザンの首を撫でながら呟く富永。観客の声援に応えるように、手を振った。

 

 

カミノライザン、クラシック二冠目皐月賞勝利。並びに変則二冠達成




変則二冠馬かつ史上初の偉業です。次なる舞台はオークスへ。
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