俺と邪神のクラシック五冠道   作:カニ漁船

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オークスが終わった後の世間。


俺とオークス後と疲労

 オークス翌日の新聞はまたも飛ぶように売れた。

 

【変則三冠馬の誕生!カミノライザン同期牝馬を一蹴!】

【偉大なる父に捧ぐ三つ目の冠!カミノライザン優駿牝馬を制す!】

【クラシック完全制覇の野望へまた一歩前進!ダービーもすぐそこだ!】

【単勝支持率驚異の87.8%!期待に応え、カミノライザンがオークス制覇!】

 

 カミノライザンにとってのクラシック三冠目をかけた戦いオークス。結果は1馬身差でカミノライザンが勝利を収めた。第4コーナーから先頭に立ち、雨の影響で不良馬場と化した東京競馬場を駆け抜ける。そのままジュビックとの叩き合いを制して見事に1着となった。

 このことに世間は大いに賑わった。テレビではこの偉業が報道され続け、次なる舞台である日本ダービーにも多大な期待が寄せられている。

 

「このままの勢いで日本ダービーも制覇だ!」

「いや~俺はやると思ってたんだよね」

「こりゃ次も勝つっしょ!」

 

 最初の無謀な挑戦は即刻止めるべきという風潮はどこに行ったのか、今ではカミノライザンの偉業を達成することを願う人々が増えてきていた。

 だが、無論心配の声も上がっている。

 

「けど、不良馬場のオークスから次はダービーだろ?」

「さすがに身体が持つのかね?」

「厳しくねぇか?相手はまたアローとムーティエだろ?」

 

 さすがに夢を見るファンばかりではない。この偉業が達成できる・できない以前に、常識的な考えを持っている。また、別の懸念点も上がるようになった。

 

「これ、他の馬がカミノライザンのローテを真似たら不味くないか?」

 

 そんな疑問の声である。ただ、他の調教師達はこのローテは真似したくてもできないものであるという意見で一致している。

 

「このローテはカミノライザンが特別頑丈で、とても賢く、回復が早いからこそできるローテだ。他の馬が真似をしたらたちまち潰れてしまう」

 

 そんな意見が見受けられている。これは専門家達の間でも意見が一致していた。このローテはカミノライザンだからこそできるローテであり、真似しようと思ってできるものではないと。実例が生まれたからといってやろうと思う調教師は1人もいなかった。

 だからこそ、期待は高まっているのかもしれない。この先このローテを完遂できる馬が出てくるとは思えない。故にカミノライザンには多大な期待が寄せられている。

 

「クラシック五冠馬が誕生するかもしれない!こりゃ見るしかないでしょ!」

 

 クラシック五冠馬という前人未踏の偉業を、人々は望んでいた。

 

 

 そしてカミノライザンの遠征先である仲村厩舎。朝から慌ただしく動いていた。というのもあのオークス後、記者が雪崩のように押し寄せてきたからだ。

 記者が押し寄せてくる理由は単純明快。カミノライザンが目当てだ。それ以外にない。

 変則三冠の偉業、それも史上初ともなれば取材の依頼が殺到するだろう。例え史上初でなかったとしても、変則でも三冠を取ったのだ。ネタが欲しい記者達からすればよい餌である。主戦騎手である富永のところにも取材が来たほどだ。

 厩舎側の意見として。

 

「今は忙しい時期だから取材を受けることはできない。申し訳ないがお引き取りを願いたい」

 

 しっかりと意思表示をしている。そう告げるとバツが悪そうな顔、納得のいかない表情、明らかにこちらを睨むように一瞥して記者達は帰っていく。()()物わかりが良い記者達だった。

 ようやくひと段落着いた仲村は椅子にもたれかかって溜息を吐く。朝から対応に追われていたのを見ていたスタッフは仲村を心配するような表情をしていた。

 

「お疲れ様です、仲村さん。かなりの人数でしたね……」

「おう……仕方ねぇよ。姫が達成した偉業を考えりゃ、当然のことだ」

 

 仲村は驚いていた。カミノライザンという馬に。

 

「まさか桜花賞と皐月賞を制しただけじゃなく、オークスまで制するとはな。不良馬場だろうが問題なく走れる……やっぱ、血統的な背景がデカいんだろうな」

「そういえば、月海って父がセントライトなのは知ってますけどそれ以外の血統って話題になりませんよね?」

「あぁ。大体の連中は父シンザンと母父セントライトという血統に目がいくからな。実際、カミノライザンの血統はとんでもないの一言だよ」

 

 外国産種牡馬が幅を利かせてなければ、今頃カミノライザンの母血統にも注目が集まっていたことだろう。いや、もしかするともうカミノライザンの血統について詳細に洗い出しているところがあるかもしれないが……。そんなことを思いながら仲村は重い腰を上げる。

 

「……姫の容態を見に行く」

「あ、はい!行ってらっしゃい!」

 

 仲村は重い足取りで、カミノライザンの馬房へと足を運んだ。

 

 

 カミノライザンの馬房。丁度ご飯の時間だったらしく、担当厩務員である刈谷がカミノライザンに呼びかけていた。

 

「おーいライザーン。ご飯だぞー」

 

 仲村に気づいた刈谷は無言で一礼をし、すぐに馬房へと視線を移す。つられるように仲村も馬房を覗いた。カミノライザンの状態は──あまりよろしくない

 どうやら先程まで横になっていたらしい。刈谷の声に反応するように、カミノライザンは()()()()と立ち上がった。

 飼葉桶にある餌へと顔をやり、もそもそと食べ始める。普段の彼女が食べるペースよりも、はるかに遅いスピードで。この時点で仲村達は顔を歪めていた。

 水も飲み、飼葉桶を空にする。

 

「よしよし、よく食べたなライザン。もっと食べるか?」

 

 刈谷はそう言うが……カミノライザンは馬房の奥へと引っ込む。そして、立ったまま周りをきょろきょろとするだけだった。

 ここまでか、と仲村はさらに顔を歪める。

 

「一応、食べはするんですよ。食べなきゃまずいってことが分かってるんでしょうね。だけど……飼葉食いに関しては最悪の一言です」

「……どれくらいだ?」

 

 少し考えた後、刈谷は答える。かなり言いづらそうに。

 

「飼葉食いに関しては、皐月賞後と同じくらいです。あの時と同じぐらいに悪くなってます」

「……それだけ、疲労が溜まっているということか」

 

 刈谷は無言で頷く。それも仕方ないか、仲村はそう思っていた。

 オークスはかなりタフな競馬だった。不良馬場では異例のハイペース、勝つためにはあれしかなかったとはいえ、カミノライザンに溜まる疲労は尋常じゃないだろう。レース後すぐに息を整えるカミノライザンが、息を整えるのにかなりの時間を要したほどに。

 

「この事、猛田と保茂さんは?」

「勿論知ってます。2人とも、朝から見に来てましたから」

「……2人の判断は?」

 

 また言いづらそうにして、刈谷は答える。

 

()()()()()()()()()()()……とだけ」

「……そうか。意見は、変わらんか」

 

 分かってはいた。分かってはいたが……このカミノライザンを見るとあまり褒められたことではないだろう。仲村は内心そう思う。

 

「あ、でも!」

 

 刈谷は思い出したかのように声を上げる。興奮気味に喋り始めた。

 

「なんでも保茂さん、今もいわきの温泉に掛け合ってるみたいですよ!カミノライザンが利用できないかって!」

「いわきの温泉、か」

 

 カミノライザンが桜花賞と皐月賞の疲れを癒すために利用したことがあった。そこに再度掛け合っているらしい。疲労回復にもなるだろうし、良いことだろう。

 カミノライザンの状態は良くない。猛田と保茂はギリギリまで状態を見ると判断した。なら。

 

(それに応えるだけ、か。あの頑固者が意見を素直に聞くとは思えんしな)

 

 苦笑いを浮かべる仲村。自分にできることを精一杯やろうと決意した。

 

 

 

 

 

 

 し、しんどい……マジでしんどい。皐月賞の後みたいにしんどい。

 

「ライザン。あまり無理して食べなくても良いからな?お前が食べたい時、食べたい量だけ食べるんだ。無理して食べるのも良くないからな」

 

 刈谷の声。あ、ありがてぇ……邪険に扱う時もあるが、この人もこの人で俺のことを良く分かっている。大助かりだ。

 馬房の隅っこから歩いて飼葉桶を見る。うん、今は昼の時よりも食えそうだ。飼葉を平らげて、おかわりの催促。

 

「ッ!よしよし、無理して食べるんじゃないぞ~?ゆっくり食べろよ~」

 

 刈谷は俺の合図が分かってか嬉しそうに餌を追加してきた。めっちゃ嬉しそうにするじゃん。そりゃそうか、朝と昼の飼葉食い明らかに悪かったし。

 その後もいつもの量の半分以下の飼葉を平らげ、水も飲んでからまた馬房の奥へと引っ込む。刈谷は上機嫌に帰っていった。

 そのまま馬房で大人しくしていると──やってきた。

 

「や、ライザンちゃん」

『お、来たか』

 

 クソ神がやってきたわけだ。さて、作戦会議といきますかね。

 

「あんまり無理しなくていいよ?馬房の奥でも聞こえるんでしょ?」

『いーよ別に。これが楽なんだ』

「そう。それならいいけど……それよりも、クラシック三冠目だね」

 

 いや~……本当にここまで来るとは思わなんだ。やらなきゃ俺の来世がヤバいことになるとはいえ、よく頑張ったもんだよ俺は。

 でも、次が鬼門だ。ここを乗り越えれば……クラシック五冠にかなり近づく、というよりはほぼ決定的だ。

 菊花賞にもなれば、相手はダテテンリュウだけみたいなもんだからな!ここを乗り切ることができれば、クラシック五冠はほぼ決定的だ!

 ……まぁ、そう喜んでいる場合じゃねぇんだけどな。

 

「疲労の方は?」

『皐月賞の後並だ。動くのも怠いし、かといってずっと横になるわけにもいかねぇし……で大分まずい』

「深刻だね……いわきの温泉にも掛け合ってるし、許可も貰えたから明日か明後日にでも向かおうか」

『マジで!?すげぇ助かる!』

 

 あの温泉気持ちいいんだよな~。また入れるとは僥倖。

 

「ちなみにさ」

『あん?どうしたよ?』

 

 そんな神妙そうな顔して。なんかあんの?

 

「……ここでダービーを回避する、って言ったらどうする?君の来世も勿論ミジンコにさせないと確約するとして」

『テメェを蹴り飛ばす』

 

 そんなもん即答に決まってんだろうが。今更ダービーを回避だと?そんなの許すわけねぇだろ。

 クソ神はやっぱりね、といった表情。分かってんだったら冗談でもそんなこと言わんで欲しいわ。

 

『ま~確かに。元々は来世がミジンコなのが嫌だから頑張ってたってとこはある。そこは否定しねぇよ』

「ふ~ん……今は?」

『今は、なにがなんでもこのローテを完遂してやる!って気持ちでいっぱいだよ。絶対に勝ってやる、ってな』

 

 クソ神もクソ神で思うところもあるのだろう。今の俺の状態を見て、少しばかり不安になったのかもしれねぇな。

 だが、俺のこの気持ちに嘘偽りはない。俺は今、本気でこのローテをやれると確信している。俺達ならば達成できると、そう信じている。バカげた夢を、笑い飛ばされるような理想を……実現できると思っている。

 ま、気合だけじゃどうにもならない問題は山ほどあるけどな。

 

『しっかしまぁ、アローとムーティエも次はガチで来るだろうな。万全の状態のアイツらに、ほぼ死に体の俺……あれ?詰んでね?』

「大分詰みだねぇ。将棋でいう五枚落ちレベルじゃない?」

『ふっざけんなよオイ!マージでさ~分かってたとはいえあの不良馬場どうにかならねぇかな~!』

「僕も天気を操れるわけじゃないからね~。諦めて頂戴よ」

 

 分かってるよ。一応勝てたからいいけど。

 日本ダービーに関しちゃ、マジでヤバい状況だ。猛田さん達も頭を悩ませていることだろう。

 オークスの疲労がヤバい俺。対して前哨戦を使って万全な状態に整えているアローエクスプレス陣営とタニノムーティエ陣営。ぶっちゃけ、アローエクスプレスは距離不安がつきまとうから脅威度は下がる。問題は……タニノムーティエだ。

 皐月賞の敗北があるから、俺が死に体だとしても油断は一切しないだろう。全力でダービーを取りに来るはずだ。それに加えて、ダービーの称号がそれだけ重いということもあるが。

 

「……ま、詳しい作戦会議は枠番が決まった後にでもしようか」

『そうだな。気をつけて帰れよ』

「うん、ライザンちゃんもしっかりと休んでね」

『おうよ。できる限り疲労は回復してやるさ』

 

 作戦会議も程々に。クソ神は帰っていった。

 さ~て、俺もしっかりと身体を休めますかね。




取材お断り。後は温泉にも入る。
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