俺と邪神のクラシック五冠道   作:カニ漁船

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俺と意地と日本ダービー

 カミノライザンのロケットスタートから始まった第37回日本ダービー。圧倒的なスタートでハナを奪うと、そのまま最内へと切り込む。結果、見事に最内を陣取ることに成功した。

 最内につけた、後はもう用はない、お先にどうぞとばかりに後退していく。第2コーナーを越える頃にはカミノライザンは中団8番手の位置につけていた。その後ろにピッタリとアローエクスプレスがつける。タニノムーティエは一番後ろから4番目の位置につけていた。

 

《第2コーナーを越えて向こう正面。先頭を走るのはトレンタム!トレンタムが一気に先頭に立ちました!しかしこれはややオーバーペースではないか?いや、これは掛かっています掛かっています!騎手が手綱を抑えている!トレンタム掛かっています!いや、トレンタムだけではない!()()()()()()()()()()()()()!騎手が必死に手綱を抑えます!カミノライザンのロケットスタートにあてられたか!?掛かる先行集団を見て、カミノライザンは最内を悠々と進んでいます!現在前から8番手中団に位置しておりますカミノライザン。カミノライザンはこの位置だ!その後ろにピッタリとアローエクスプレス!甲賀の徹底マーク!》

 

 先頭を走るトレンタムは掛かっている。騎手が手綱を必死に抑えて何とかしようとしているものの、落ち着かせるのにかなり苦労していた。他の先行集団も同様である。馬と騎手の喧嘩が始まっていた。

 その先行集団の中にはダテテンリュウも含まれていた。ダテテンリュウも掛かっており、騎手がなんとか落ち着かせようとしている。

 

(クソッ!厄介なことをしてくれた!)

 

 元々の作戦はカミノライザンのマーク。序盤からずっとカミノライザンをマークし続けることが、他陣営の作戦だった。タニノムーティエやアローエクスプレスも警戒すべきだが、最優先はカミノライザン。それだけ脅威と見ているわけである。

 いつものように、先行集団に位置をつけると思っていた。余計な体力を使わないように、大外という枠番から内へ切り込むだろう。それに併せて内へと入らないようにする。そうする予定だった。仮に無理矢理内へつけられても体力の消耗は激しいから問題ない。そう考えていた。

 しかし……ゲートが開くのとほぼ同時。そんなタイミングでスタートダッシュを決められたら、自分達がいくら良いスタートを切ったところでどうしようもない。なにより、カミノライザンは()()()()()()()()()()()()()()飛ばしていたのだ。追いつくのだって苦労する。

 それでも当初の作戦を実行するために無理矢理ペースを上げた。カミノライザンにペースを握らせないために、自分達もペースを上げる。

 するとどうだ?カミノライザンは大人しく引き下がった。あっさりとハナを譲ったのだ。

 騎手達はこれ幸いとカミノライザンを追い抜いていく……これが間違いだった

 無理なペースアップの揺り戻しが来たのだ。カミノライザンを追い抜くことに躍起になり、本来想定していたペースを逸脱した。その結果──先行集団の馬は全頭もれなく掛かってしまう事態に陥った。

 後方に位置することを決めた馬達は問題なく自分達のペースで走ることができた。そして、カミノライザンを無理に追い抜こうとしなかった馬達も。

 

(このペースじゃ不味い!向こう正面でなんとか抑えないと!)

 

 掛かった状態では2400mの距離を走り切ることはできない。だから騎手達は抑えようとする。それが余計に体力を消耗させているが。

 

 

 向こう正面に入って、掛かっていた馬達がようやく落ち着きを取り戻そうかという時──12番手まで下がっていたカミノライザンが外にいた馬を煽った。

 

「ッ、ク!」

 

 追い抜く素振りを見せ、馬の闘争心を煽る。隣を走る馬はムキになってカミノライザンを追い抜こうとするが……肝心のカミノライザンはペースアップするのを見るとその後ろにピッタリとつけた。

 

「落ち着け、落ち着けって!」

 

 騎手が必死に抑えるが、闘争心に火が点いた。馬が暴走を始める。向こう正面中ほど、息をつかせることなく馬達はペースを上げる。カミノライザンはゴクウを風よけにして、最内を悠々と進んでいた。

 

《向こう正面中ほどに入っておぉっと!ここでカミノライザンの外にいたゴクウがペースアップだ!ここで仕掛けるかゴクウ!……いや!手綱を抑えている!これは掛かったか!?先行集団はかなりのハイペース、後ろに控える馬達とは綺麗に分かれています!馬群は丁度真ん中の位置で綺麗に分かれている!先頭は依然トレンタムしかしこれは苦しいか!?トレンタムやや苦しいか!ペースは落とせたがかなり体力を消耗している!》

 

 先行集団、先頭を走るトレンタムを含めて9頭の馬と10番手以下との差は──8馬身。ようやく落ち着かせることができたが、かなり体力を消耗していた。

 そしてようやく落ち着かせることができたと思ったのもつかの間。今度はカミノライザンにあてられたゴクウが距離を詰めてきたのだ。

 それだけじゃない。ゴクウの後ろにはカミノライザンが控えている。カミノライザンが上がったことで、マークしていた他の馬達も続々とペースアップしたのだ。

 向こう正面中ほどでペースを上げる馬達。スタミナの消耗も激しいだろう。カミノライザンの鞍上、富永は──()()()()()()()()()()()()

 

(このペースなら問題ない……それに、ここで重要なのは前との差を詰めることだ)

 

 ゴクウの騎手は抑えることに必死になっている。それを見て富永は、後ろへとゆっくり下がっていった。

 傍から見れば些細な差。だが富永とカミノライザンは確かにペースを落とす。周りに追い抜かれようが気にしない。カミノライザンは自分のペースを貫いていた。

 

「ここはまだ回復に徹しようライザン。勝負は──第3コーナーだ

 

 その呟きは誰にも聞こえない。富永と、カミノライザン以外には。

 

 

 一方で、後方に位置するタニノムーティエに騎乗している廉田は違和感を感じていた。

 

(……いくらなんぼでも()()()()()()()()?)

 

 後方集団と前との差はかなりの差がある。ざっと20馬身だろうか?それだけの差があった。

 ペースが早いということは後方からの捲りが決まりやすい。先行集団が潰れて、後方で控えていた馬達がその末脚を最後に爆発させる。タニノムーティエが最も得意とする戦場となっていた。

 

(ようは、カミノライザンをマークしたツケ、っちゅうことやな……やったら、後悔させたろうやないか!)

 

 タニノムーティエという馬を警戒から外したこと、意識の外に追いやったことを後悔させる。廉田はそうほくそ笑んだ。

 ここで気になるのはカミノライザンだが……廉田はしっかりと確認していた。カミノライザンが中団に位置していたことを。向こう正面に入った時に確認しただけだが、おそらく位置は変わっていないはずだ。

 

(あの位置やったら、脚を残しとるんやろな……やったら早仕掛けや!こっちかて脚は十分残しとるわけやからな!)

 

 廉田はタニノムーティエを押し出す。先頭が第3コーナーの手前へと入ろうかというところ、タニノムーティエがじりじりと上がり始めていた。

 

 

 甲賀は言いようのない違和感を抱いていた。何かがおかしいという違和感を。

 

(終始カミノライザンをマークしていた……だが、不思議とこちらには何もしてこない?)

 

 ずっとカミノライザンの後ろに控えていた甲賀とアローエクスプレスだが、富永は何もしてこなかった。こちらを揺さぶるわけではなく、ただただ自分のペースを守るかのように走っている。

 少なくとも意識にはあるはずだ。ずっといたわけだから。なのに彼らは、全くといっていいほどアローを警戒していない。まるで警戒するに値しないとばかりの。甲賀には、そう感じられた。

 憤りを感じるよりも先に、何故?という感情が湧き上がる。

 

(何故こいつらはこれほどまでに無警戒なんだ?)

 

 ()()()()()()()()()()……そうするだけの理由があるはず。

 もしや、アローの距離適性を見抜かれている?スタミナに不安があることを察している?……いや、だとしても。

 

(アローなら問題ない。アローで……ダービーを勝つ!)

 

 甲賀はカミノライザンの徹底マークを止めない。終始後ろにつけてマークすることにした。最後の直線で、抜き去るために。

 

 

 

 

 

 

 第3コーナーの手前。ここで仕掛けると決めていたポイント。現在カミノライザンは7番手まで上がり、先頭との差は3馬身程になっていた。だが、後ろにいるアローエクスプレス共々囲まれている。前は壁のようになっており、抜け出すことは容易ではない。わずかばかりに外が空いているが、外を通るのも至難の業だろう。

 ここで決まらなければ、全てが終わる。勝利を掴むことはできない。失敗したら、カミノライザンの四冠は無くなり、猛田達や馬主である保茂の今後にも影響が出てくる。

 少しの判断ミスも許されないこの状況で──富永は不思議なほど落ち着いていた。普段のレースと変わらない気持ちで、この日本ダービーにいる。

 

(不思議だな、ライザン……いや、姫)

 

 日本ダービー初騎乗。ジョッキーならば誰もが憧れる舞台に立っているのに。富永に緊張はなかった。

 その理由はきっと──相棒であるカミノライザンに騎乗しているからだろう。

 

(どんな舞台でも、君となら問題がない。君とならどこまでもいけるって。俺はそう感じてる)

 

 第3コーナー。ここでカミノライザンが仕掛ける。富永は鞭を入れて、カミノライザンに合図を出した。

 

「行こう姫!後は──俺を信じろ!

 

 それに応えるカミノライザン。戦局がさらに動いた。

 カミノライザンの仕掛けに反応するように、前にいる馬達もスピードを上げる。カミノライザンの好きにはさせないと、徹底的にマークをする。

 

《さぁ第3コーナーに入った!先頭はトレンタムだが苦しい!これは苦しいトレンタム!2番手のシュウチョウも苦しい!そしてここでダテテンリュウが上がってきた!ダテテンリュウが5番手からグイグイと上がっていく!タニノムーティエも外から押し上げる!カミノライザンは、囲まれている!依然として囲まれているカミノライザン!アローエクスプレスもこれは苦しいか!?カミノライザンとアローエクスプレスこれは苦しいか!後方馬達のペースが上がってきた!》

 

 囲まれているカミノライザンを見て、観客は不安になる。

 

「クッソ!前が壁やないか!おどれらどかんかい!」

「抜け出せー!なんとしても抜け出せー!」

「ま、まだ第3コーナー!大丈夫だって!」

「ムーティエの上がりがきたぁぁぁぁ!見せてくれよムーティエ街道!」

 

 隊列は──外に膨らんでいる。結構なスピードを出しているためか、わずかだが外に膨らんでいた。

 その瞬間、富永はカミノライザンに再度鞭を入れる。カミノライザンは一気にペースを上げ──壁になっていた前の馬達に並んだ。

 

「なっ!?」

 

 気づいた騎手が咄嗟に内を閉めようとするが時すでに遅し。カミノライザンは壁となっていた馬達の最内へと入り込んだ。

 それだけではない。カミノライザンは()()()()()()()()()()

 

「君ならいけるだろう?ライザン」

 

 己の相棒にそう声をかける富永。カミノライザンは内心溜息を吐いた。

 

(とんでもねぇこと要求すんなトミーよぉ。ま……やれるけどな!

 

 脚はずっと溜めていた。序盤のロケットスタートに使った体力はある程度回復した。だからこそ、ここから徐々に進出することは何の問題もない。

 最内から上がっていくカミノライザン。気づけば壁になっていた馬達を追い抜いていた。

 

《ここでカミノライザン抜け出した!第4コーナーの手前、最内をついてカミノライザン!壁になっていた馬群を抜け出してカミノライザンが最内から上がっていく!カミノライザン現在3番手!先頭ダテテンリュウとの差は2馬身もない!タニノムーティエは現在10番手!アローエクスプレスはただ一頭残された!アローエクスプレスの前は壁!抜け出せるかアローエクスプレス!》

 

 

 ここで甲賀はカミノライザンの後を追おうとする。だが。

 

(クソッ!()()()()()()()!これ以上は行かせないとばかりに、内を閉めたか!)

 

 内に進路はもうない。カミノライザンが上がっていった後、内にいた馬がカミノライザンのいた穴を埋めるように内ラチいっぱいを走っていた。外から上がっていくしかないだろう。そう考えた甲賀は外に持ち出そうとするが──気づいた。

 

「ま、さか……!?」

 

 思わず声に出す。富永の作戦に、このレース運びに。

 前が壁になることも想定済み、第3コーナーで内が空くことも想定済み、アローエクスプレスが後ろにつけることも想定済み……全てが想定済みだとしたら?

 やられた。甲賀はそう思うほかなかった。しかし、まだ負けたわけではない。すぐに思考を切り替えて、外へと持ち出す。

 

(第4コーナーへと入った!そろそろ仕掛けないと……()()()()()()()!)

 

 カミノライザンと同じ警戒対象──タニノムーティエが来る。大外の、ムーティエ街道を使って上がってくる。

 甲賀もスパートをかけた。外から追い抜こうとする。だが元々壁になっていた馬群。外から抜くのも容易ではなく。気づけばかなり外を振らされていた。

 

 

 タニノムーティエは大外から上がっていく。だが──かなりの距離ロスだった。

 

(ク……ッソ!ありえんくらい外に振らされとる!こらアカンわ!)

 

 第3コーナーから馬群は徐々に外に膨らんでいった。タニノムーティエは()()()()()()()上がっていくが、徐々に外に膨らんでいく馬群に押し出されていった。

 内へ入ろうにも、ペースを落とさなければならない。そうなると再度エンジンをかけ直さなければならず、距離ロスを差し引いても不利を被ることは間違いなしだった。

 

《第4コーナーを越えて最後の直線!先頭はダテテンリュウ、ダテテンリュウだ!しかし最内をついてカミノライザンが上がってきた!最内をぶち抜くカミノライザン!ダテテンリュウが内を閉めるがならばとカミノライザンは外から躱す!タニノムーティエは馬群の外に振らされている現在5番手、5番手だ!先頭との差は6馬身あるかないか!アローエクスプレスも厳しいか厳しいか!?アローエクスプレスももたついている!ここで先頭がカミノライザンに変わったぁぁぁぁぁぁぁ!!!東京競馬場の坂を前にして!先頭はカミノライザンだぁぁぁぁ!》

 

 大歓声が響き渡る東京競馬場。カミノライザンが偉業を達成するかもしれない、そう思っていた。

 

 

 負ける。廉田はそう直感した。

 前を走るカミノライザンとの差はかなりあった。先行集団は落ちてきているが、カミノライザンは余力を残していたのかダテテンリュウとの差を広げようとしている。

 タニノムーティエの隣にはアローエクスプレス。外を振らされたためか、気づけばアローエクスプレスが隣にいた。

 このままでは負ける。カミノライザンの、四冠は達成される。そう考えた廉田。

 

(……ええわけあるかボケがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)

 

 しかし気合を入れ直す。

 東京競馬場の直線は長い。タニノムーティエのエンジンは掛かりっぱなし、距離ロスを差し引いても、このままで十分に持つはず。例えもたなくても、もたせてみせると。廉田はそう気合を入れた。

 

「追えムーティエ!カミノライザンを……絶対に捕らえろ!

 

 鞭を入れてさらにペースを上げようとする廉田。実際ペースが上がっているのか、はたまた前が落ちてきているだけか。定かではないが前との差は徐々に詰まっていた。

 坂を越えて、先頭を走るカミノライザンとの差を詰めるタニノムーティエ。いつの間にかアローエクスプレスは振り切っていた。ダテテンリュウもすぐ近くにいる。ダテテンリュウも追い抜いて、タニノムーティエはカミノライザンを捕らえんとその末脚を発揮していた。

 

《坂を越えて先頭はカミノライザンだカミノライザンだ!カミノライザンが先頭!ダテテンリュウとの差を広げる!ダテテンリュウさすがに苦しいか苦しいか!?そしてここで──タニノムーティエが上がってきたぁぁぁぁぁ!残り200を切った!タニノムーティエがダテテンリュウを振り切る!カミノライザンとの差を詰めるタニノムーティエ!カミノライザンとタニノムーティエの一騎打ちだ!アローエクスプレスはもう無理か!?アローエクスプレスは伸びないか!?》

 

 裂帛の気合いとともに上がっていくタニノムーティエ。カミノライザンも必死に粘って逃げている。

 観客席の一部からは悲鳴が聞こえ、また一部では歓声が上がっていた。

 

「うわぁぁぁぁ!?くるんじゃねぇよタニノムーティエぇぇぇぇ!」

「粘れカミノライザーン!そのまま逃げろぉぉぉ!」

「徐々に差は詰まっとる!ムーティエの勝ちやぁぁぁぁ!」

「なんとしても逃げろカミノライザーン!」

「俺達に見たことのない偉業を見せてくれぇぇぇぇぇ!」

 

 カミノライザンとの差を少しずつ詰めていくタニノムーティエ。気づけばもう3馬身にもなっていた。

 差を詰める。2馬身。残り100m。

 

「負けるか……負けるか……ッ!」

 

 少しずつ差を詰めるタニノムーティエ。そんなタニノムーティエを必死に押しだす廉田。

 

《ムーティエ迫る!ムーティエ迫る!カミノライザン粘る!カミノライザン粘る!皐月賞の雪辱か!?クラシック四冠の栄光か!?スパルタの意地か女王の威光か!?残り50を切った!その差が半馬身に迫る!ムーティエ迫る!カミノライザン粘る!ダービーの栄光はどちらに輝くのか!?》

 

 前を走るカミノライザンを追い抜けと、必死に手綱を動かす。

 

「負けて……たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 最後はタニノムーティエとカミノライザンの一騎打ちとなった日本ダービー。結果は──。

 

《わずかにカミノライザン粘り勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!カミノライザンがアタマ差でタニノムーティエを競り落としたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!カミノライザン!クラシック四冠たっせぇぇぇぇぇぇぇい!》

 

 カミノライザンの勝利をもって、終わった。

 

 

カミノライザン、日本競馬史上初となるクラシック四冠達成

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