大歓声に包まれる東京競馬場。20万人の大歓声が響き渡り、馬券が紙吹雪のように舞っている。
「うおおおぉぉぉ!ま、マジか、マジか!?」
「や、やりおった!ホンマにやりおったでぇぇぇぇぇ!」
「お前に賭けてよかったぜぇぇぇぇぇ!」
日本ダービーの決着がついた。勝者は拳を上げ、敗者は俯いて堪えている。
実況の声も興奮していた。目の前の光景に、興奮が抑えきれずにいた。
《や、やりましたやりました!カミノライザンがやりました!大外枠からペースを握り!終始レースを支配していた!虎視眈々と機会を窺い続け!最後の最後にその末脚を爆発させた!大外枠という不利を押しのけて!オークスからの連闘をやり遂げて!全ての不運を自身の力に変えた!これがクラシック3つを制した力だ!女王の威光だ!これがカミノライザンの強さだぁぁぁぁぁぁぁ!!!》
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
興奮は冷めない。隣にいる見知らぬ人間と肩を抱き合って喜ぶ。目の前で達成された偉業に、涙を流す者もいた。
《そしてそして!カミノライザンなんとこの日本ダービーをもって!クラシック四冠を達成!日本競馬史上初!クラシック四冠馬の誕生です!ご覧くださいこの佇まいを!この風格を!これがクラシック4つを制した女王の威厳だ!思わずひれ伏したくなるようなこの威光!これがカミノライザンであります!》
ゴール板を過ぎたら走るのを止めるカミノライザン。いつもの彼女の姿にファンは惜しみない拍手を送る。
《しっかりと目に焼きつけましょう!クラシック四冠馬の姿を!しっかりと脳に焼きつけましょう!カミノライザンの名を!そして、カミノライザンだけではありません!騎乗している富永紘一!彼もまた偉業を成し遂げた!》
「よくやったぞ富永ー!」
「すげぇ騎乗を見せてくれたなー!本当に天才だよお前ー!」
ファンは富永にも賞賛の言葉を贈る。富永はカミノライザンの首を撫でながらその言葉を受け取り、嬉しさを感じていた。
《史上初!同一年でのクラシック四冠制覇!戦後最年少*1でダービージョッキーに輝きました!なんと!ダービー初挑戦で初制覇を成し遂げた!桜花賞と皐月賞、オークスも初挑戦で初制覇!凄まじい偉業だ!恐ろしい才能だ!これが若き天才ジョッキーの腕だ!カミノライザンだけではありません!この富永紘一もまた素晴らしいジョッキーであります!》
戦後最年少でダービー制覇。史上初となる同一年でのクラシック四冠制覇。そして日本ダービー初騎乗で初制覇という恐ろしいことをやってのけた。
勝者であるカミノライザンに惜しみない賞賛が送られる。
「「「ラーイーザン!ラーイーザン!ラーイーザン!」」」
「「「とーみーなが!とーみーなが!とーみーなが!」」」
喝采は鳴り止まることを知らなかった。
勝者であるカミノライザンを呆然と見つめる他の騎手達。誰もがカミノライザン達に畏怖の念を感じていた。
「か、完全に支配されていた……!」
「マジかよ……」
日本ダービーは、完全にカミノライザンに支配されていた。常にペースを握り続け、掌握し、こちらの自由にさせてもらえなかった。
本来であれば、カミノライザンを徹底的にマークするつもりだった。マークして、自由にさせないつもりだった。自分達の立場にいるのは、カミノライザンになるはずだったのだ。
だが現実は……カミノライザンにペースを握られ続けた。カミノライザンと富永にレースを支配され続け、自由を奪われ続けた。
ロケットスタートでこちらの焦りを誘い、他馬と競り合って掛からせ、自分達は悠々と進み続けた。極めつけに、第3コーナーでの騎乗である。
一頭……あの時最内は、たった一頭分の空きしかなかったのだ。予め空くことが分かってなければ入り込めない、すぐに無くなるような、一瞬の隙。
その一瞬の隙を突いて、カミノライザンは迷わずにその進路を取った。最初からそこが空くことが分かっていたように、カミノライザンと富永は最内のルートを通った。
気づいた時には遅かった。急いで止めようにも進路妨害を取られかねない。向こうは進路妨害を取られない隙をついたのだ。恐れとともに賞賛を感じずにはいられない騎乗。富永という騎手の凄さを、騎手達は垣間見た。
兄弟子である粟田は富永を優しい目で見る。
(ホンマに……恐ろしい才能だな、お前は)
嫉妬よりも先に、賞賛を感じる騎乗。弟弟子の成長に、嬉しさを感じずにはいられなかった。
アローエクスプレスに騎乗する甲賀もまた、富永の騎乗を称賛していた。
(凄まじいな……一瞬でも判断が遅れたら審議を取られかねないルート。そのルートを迷わず取った)
大胆な騎乗、思い切りの良さ。賞賛せずにはいられない。これが天才か、と甲賀は感じていた。
アローエクスプレスは──ギリギリ掲示板の5着。外を回らされた不利、それによって生じた距離ロスとスタミナの消耗、スタミナが不安視されていたアローエクスプレスは最後には失速していた。
(悔しい気持ちはある。だが……)
「今はただ、君達を称賛させてくれ……富永紘一とカミノライザン。だが、次君達と戦う時は負けない」
そう誓った甲賀だった。
この日本ダービー、一番悔しさを感じているのは──間違いなく廉田だ。
カミノライザンの2着。アタマ差で敗れた2着だった。
(もう、少しや……もう少し、やったんや……あと少しで、届いたはずなのに……)
「届かんかった……!」
アタマ差の決着。だが、廉田が感じたのは着差以上の実力。カミノライザンという馬に届かなかったという事実が、廉田の頭に残り続けていた。
タニノムーティエは頑張ってくれた。廉田が思っている以上の力を発揮してくれた。追いつけると、思っていた。しかし届かなかったのだ。
あまりの悔しさから涙を流す。目からはとめどなく涙が流れる。止めることができなかった。東京競馬場に、廉田の涙が落ちていく。届かなかったダービージョッキーの栄誉を、弟弟子が手にした。その事実が廉田に重くのしかかる。
自信があった。タニノムーティエは万全だった。負ける気がしなかった。必ず勝つと誓った。
……しかし、届かなかった。これが現実なのだと、廉田へと突きつける。
(……へこんで、られるか……っ!)
「まだ……まだや……っ!まだ、菊花賞が残っとる!」
菊花賞。秋に開催される、クラシック三冠の最終戦。最も強い馬が勝つとされるこのレースのことを廉田は思い出す。
まだ菊花賞がある。一番強い馬が勝つこのレースに勝つことで、タニノムーティエの方が強いと証明する。廉田はそう思い至った。
「やけど……そん前にムーティエや」
今回タニノムーティエにはかなり無茶をさせた。急いで検査をした方がいいかもしれない。特に異常は見当たらないが、用心しておくに越したことはないだろう。
「待っとれよ富永……、次は、必ず俺らが勝つ!大人しく負けておられるか……!」
闘志の炎が燃え尽きるどころか、さらに燃え上がる廉田の心。タニノムーティエも闘志を漲らせるようにカミノライザンをジッと睨みつけている。次の戦いではカミノライザンと富永に勝つ、そう誓った。
日本ダービーを制したことでカミノライザンはクラシック四冠馬となった。残る冠は1つ──京都の菊花賞のみである。クラシック五冠に、王手をかけた。
◇
しんっっっっっっど!マジでしんど!きっっついわ!俺頑張った、超頑張った!だからこそ!
『あぁ~生き返るぅ~』
この温泉が格別ってもんよ!溜まってた疲労が取れる感じがするぜ~!
「気持ちよさそうだね~。日本ダービー、本当にお疲れ様ライザンちゃん」
『おーよ!それにしても予約してくれて本当にありがたいわ!保茂様様だな!』
「そんなに喜んでくれると、こっちも頼んだ甲斐があったもんだよ」
あ~温泉気持ちいい~。あ、ちなみに猛田さん達もいるよ。
温泉で疲れを癒しながら会話を盗み聞きする俺。さてさて、何か気になるニュースはないかな「そうそう、そういやタニノムーティエやけど……」なぬ!?タニノムーティエだと!まさかアイツに何かあったのか?ちょっと気になるぞ。
「レース後検査したらしいで」
検査……何か異常があったのか?この時期に?早くないか?喘鳴症はもっと後だったよな。まだ日本ダービーが終わって数日しか経ってないし。
ただどうにも違うみたいで。
「ちょい疲労がヤバいくらいで、特に異常は見当たらんかったらしいな。あっちもここの温泉予約しとるみたいや」
「そうなんですね。ということは……やっぱり秋もタニノムーティエが要警戒、ってことでしょうか?」
「だろうな。特に、今回の敗北で闘志の炎がさらに燃え上がった。この夏でさらに成長して、秋で戦うことになるだろうな」
間違いないね。でも俺だって夏で成長する。夏で成長して、菊花賞を勝っちゃるわ!
「気持ちよさそうだね姫。日本ダービーは本当にお疲れ様」
トミーの騎乗もな。やっぱこの人天才だわ。最内の進路が空くことを予知していたかの如く俺を突っ込ませたからな。とんでもねぇよこの人。
温泉で日本ダービーの疲れを癒す俺。それにしても……やっとまとまった休みだ!
(この2ヶ月はマジで濃密だった、冗談抜きで)
桜花賞から皐月賞の連闘!オークスからダービーの連闘!改めてとんでもねぇぜ!でも全部勝った!やってやったぜ!
調子乗っても許されるだろうけど……
(……でもま!今は先のことを考えずに休みますか!)
考えることはまだ山積みだけど……とりあえずは温泉だ!しっかりと疲れを癒して、夏に備えるぞ!
ついに日本ダービーを制してクラシック四冠。残す冠は後1つです。