俺と邪神のクラシック五冠道   作:カニ漁船

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あのダービー後の世間とインタビュー。


ダービー後の空気

 日本ダービーから一夜明けて。

 

「おい!今朝入荷のスポーツ新聞一部!競馬が書いてあるヤツ全部だ!」

「俺も!スポーツ新聞を寄越してくれ!」

「早く会計してくれよ!」

 

 新聞が置いてある店に人が殺到する。誰もが先日開催された日本ダービーのことが書かれている記事を求めて、店へと買いに来ていた。

 

「お、押さないでください!押さないでください!慌てなくてもまだ新聞はたくさんありますので!」

 

 無論店舗側も、これを見越してかかなりの量の新聞を用意していた……が、気づいた頃には在庫がなくなっていた。それだけの盛況だったわけである。

 この盛況も当然と言えば当然だろう。日本ダービーで達成された偉業。カミノライザンによるクラシック四冠制覇……その偉業が書かれている新聞を買い求めるのは当然だった。

 日本ダービーの模様はテレビでも放送され、人々の記憶に焼きついていた。

 

「お父さ~ん。チャンネル変えないの?」

「黙って見なさい!今から凄い馬が走るぞ~!」

「え~?ぼくきょう味ないんだけど」

「いいからいいから!」

 

 全国の父親がこぞって今回の日本ダービーにチャンネルを回し、テレビを独占。子供達は不機嫌ながらもレースを見ていた。中にはこの日本ダービーを見たことで競馬の面白さに目覚めた子や興味を持ち始めた子も現れた。

 また、競馬界にカミノライザンというスターホースが生まれたことで新聞各社も競馬記事の需要を理解する。もっと早い段階で理解していたが、この日本ダービーの記事で思い知らされる。カミノライザンのことについて書いた記事が、かなりの売れ行きを誇っているのだ。目をつけないはずがない。

 

「競馬新聞……これは金になる気がするぞ~!」

「ブームに乗り遅れるな!競馬記事への造詣を深めろ!」

 

 競馬界に足を踏み入れる記者も増えてきた。

 現在、競馬は一大ブームになりつつある。カミノライザンというスターホースの誕生が、社会現象になりつつあった。

 

 

 そんな日本ダービーからそれなりの日が経った猛田厩舎。そこにはひたすらに平身低頭している卜部と勝ち誇ったような表情の猛田、苦笑いをする粟田と富永、上機嫌の保茂がいる。

 

「いや、あの……本当に申し訳ありませんでした。耄碌しただのなんだのと思ってしまって……。それが間違いだったと思い知らされました……」

 

 そう謝る卜部。

 卜部はカミノライザンの目標を記事にした際、好き勝手に書いていた記者の1人だ。やれ関西の名伯楽は終わっただの、馬主共々気が狂っただの猛田厩舎も終わりだの書いていた記者連中と同様のことを卜部は書いていたのである……卜部の記事はそこまで過激に批判しているものではなかったが。

 現実は、カミノライザンは見事にクラシック四冠を成し遂げた。誰もが無謀だと思った挑戦に、王手をかけているのである。次の戦い、最後の冠菊花賞は秋開催……休養の時間はたっぷりとある。つまり、疲労があった皐月賞・オークス・日本ダービーのカミノライザンとは違い、体調を万全にしたカミノライザンが出走してくるわけだ。

 ここまでくると否が応でも期待は高まるだろう。誰もが成しえたことのない偉業に、夢を見ていた。

 ……ただその前に。ダービー以前まで書いていた猛田厩舎への批判記事に対する筋はしっかりと通さなければならない。そう考えた卜部は、こうして猛田厩舎にアポを取り、ひたすら謝り倒しているわけである。

 卜部の謝罪を受け止めている猛田は、それはもう素敵な笑顔である。愉快でたまらない、といった表情だ。

 

「いや~えぇ気味やな卜部さ~ん?おたくら記者さん達、俺らの記事なんて書いとりましたっけ?」

「うぐっ」

「関西の名伯楽耄碌!名門厩舎ももう終わりか?……やったっけか?ホンマに笑かしてもろうたわ~!」

 

 大笑いをする猛田の後ろで苦笑いを浮かべるしかない粟田と富永。言ってることが事実なので止めることができなかった。また、多少なりともこの2人も記事に対しては思うところがあり、それもまた猛田の態度を咎めない要因でもある。

 

「……ま、こうして筋を通しに来たんや。笑い飛ばすのはこの辺にしましょか」

「え?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げる卜部。猛田はというと、先程の大笑いはしなかった。ただ真っ直ぐに卜部を見ている。

 

「卜部さん達の意見が正しくないっちゅうわけやないですからね。前例がないし、ローテ考えたら批判されるのは当たり前のことや」

「た、猛田さん……!」

「やからといって記事のことを水に流すわけちゃうで」

 

 しっかりと釘を刺す猛田。卜部は首を縦に振って頷いた。

 

 

 謝罪もしっかりと終わったことで、卜部はもう一つの目的をこなすことにした。カミノライザンについてのインタビューである。

 

「にしても……本当に凄いですねカミノライザンは。日本ダービーでクラシック四冠、後は菊花賞に向けて整えるだけ、って感じですか?」

「ま~そうですね。秋に向けて万全の態勢を整えんとですわ」

「注目しているライバルなどは?やはりタニノムーティエですか?」

「やな。やっぱ最大の障害になるんはタニノムーティエやと思うてる。アローは適性的に厳しいんとちゃうか?ダービーも最後失速しとったし」

 

 猛田はそう分析している。菊花賞でのライバルは変わらずタニノムーティエだと。

 

「それに、きさらぎ賞から始まって皐月にダービー、どれもカミノライザンに負けとりますから。陣営は背水の陣で向こうて来るんやないかって思うてます」

「確かにそうですね。谷瑞さん、気合の入りようが凄かったですし」

 

 今はまだタニノムーティエは休養しているが、谷瑞の気合いの入りようは凄まじかった。

 

「もう負けられへんぞ!菊花賞はなんとしてでも獲る!体調が戻ったらまたトレーニングや……って。スパルタトレーニングを予告してましたから」

「でしょ?やっぱ警戒せんとあかんですよ」

「ちなみにカミノライザンは夏場はどうするんです?北海道に放牧「するわけないやろ」あ、そうですか」

 

 卜部の言葉を即座に否定する猛田。夏場でも涼しい北海道に放牧しないのには、ちゃんとした理由もある。

 馬は自然に順応する。夏場に涼しい北海道へと放牧に出してしまうと、馬はその気温に順応する。こちらの秋の気温とそう変わらない北海道の気温に慣れてしまい、冬場に向けた準備をしてしまうのだ。毛は長くなって冬毛になり、脂肪も蓄える。冬を越すための準備を始めるのだ。

 そんな馬を秋でも気温が高い京都でまた再調教となると、また夏場までの身体に作りかえなければならない。それは馬にとっても酷だ。菊花賞を万全の態勢で臨むのであれば、北海道に放牧するべきではない……それが猛田の考えである。

 ……ただ、ここで脳裏によぎるのはシンザンのことだ。

 

「やけど……シンザンの時は酷暑やったんですよねぇ……。こっちで過ごす決めたんは良いですけど、また酷暑にならんとええですけど」

「いやいやまさか……って思いますけど。あれだけ運に見放されたダービーを見ているとなんも言えないですね」

「なんでこっちを見るのかな?卜部君」

 

 保茂はジト目で卜部を見るが、卜部はふいっと視線を逸らす。保茂も心当たりがあったので強くは言わなかったが。

 カミノライザンは北海道に放牧しない。そう決定したが……思うところがあるのか猛田は気まずそうにしている。頬を掻いていた。

 

「でも……あんだけ頑張ってくれた子になんもないんはどうかとも思うてるんですよね。ホンマは放牧に出したいんですけど」

「菊花賞を見据えるなら、やはり厳しいと?」

「ですね。あくまで俺らの目標はクラシック五冠ですから」

 

 言いつつもやはり唸る猛田である。これには馬主である保茂も納得しているので問題はないのだが。

 結局この話は追々考えていく、ということで決着した。

 

 

 次に卜部が話を聞いたのは富永である。卜部もダービーで富永が見せた騎乗には思わず声をあげた1人だ。

 

「それにしても富永さん、日本ダービーの騎乗はお見事でした!一瞬の隙を見逃さずに突いたあの騎乗!思わず声が出ましたよ!」

「あ、ありがとうございます!」

「やっぱり、緊張はありましたか?あの騎乗には」

「まぁ、少しは」

 

 苦笑いをしながら答える富永。やはり不安は感じていたようだ。

 

「俺が一瞬でも判断を誤れば、ダービーは負けたわけでしたから。やっぱり緊張はありましたよ」

「ですがあの進路を取った……不安を抱えながらもあの騎乗ができたのは?なにか決め手になったものが?」

「ライザンの存在ですよ」

 

 はっきりと、自信をもってそう答える富永。

 

「あの子ならできる、あの子は俺の騎乗にしっかりと応えてくれる……だからこそ、あの進路を取りました。結果としてライザンは俺の騎乗に応えてくれましたし」

「ほほう」

「やっぱりあの子は凄い馬ですよ!本当に凄い馬です!あの子に騎乗できることを、俺は誇りに思っています!」

 

 興奮気味にカミノライザンについて語り始める富永。卜部はその熱意に押されつつも良い記事を仕上げようと富永の話をしっかりと聞いていた。猛田と粟田は富永の熱意にちょっと引き気味だったが。保茂は満足げな表情を浮かべている。

 

「それにしても……弟弟子の成長は嬉しいんじゃないですか?粟田さん」

 

 富永の話に区切りをつけ、粟田にそう質問する卜部。

 粟田は深く頷く。その顔は笑みを浮かべていた。

 

「勿論。紘一は今後の厩舎のエースになってくれるヤツですから。この日本ダービーで成長したのを見れて……嬉しい限りですよ」

「あ、粟田さん……!」

 

 感激する富永。だが粟田は厳しい目で富永を見る。

 

「だからといって、調子には乗るなよ?調子に乗ってるようならどつくからな」

「わ、分かってますよ」

 

 弟弟子が調子に乗らないように釘を刺すことも忘れない。兄弟子と弟弟子のやり取りに猛田と卜部、保茂は微笑ましい視線を向けていた。

 

 

 インタビューも終わり、最後には写真を撮ることになる。

 

「カミノライザンと富永騎手の写真を撮らせてもらっていいですか?」

 

 卜部の提案を猛田達は快く承諾。写真を撮ることになった。

 カミノライザンを馬房から出して、富永と並ばせる。写真を撮ることが分かったのか、カミノライザンは大人しく富永と並んだ。

 

「それじゃあ撮りますよ~!」

 

 その声とともにカメラを構える卜部。富永はきりっとした表情で立っていた。

 シャッターが切られる。フラッシュを焚かないように気を配り、カミノライザンと富永の写真を卜部は撮った。

 

「……オッケーです!ありがとうございます!」

 

 富永はカミノライザンを撫でる。カミノライザンもまた、甘えるように富永に頭を押しつけていた。

 

「それじゃ、良い記事に仕上げますので!」

「おーう。頼んだで卜部さん」

 

 これで本当にインタビューは終わり。卜部は帰路につく。その最中。

 

(まさか本当にここまで来るなんてなぁ……耄碌してたのは俺だったか。耄碌するような年じゃないけど)

 

 反省する卜部。自分の目が節穴だったことを恥じた。だからこそ、同じ過ちはしないように心がける。

 今後もカミノライザンの動向には注目しておくべきだろう。いっそのこと、引退後は独占インタビュー記事を書くのもアリかもしれない。

 

(それに……柄にもなく夢を見ちまったよ。カミノライザンの走りを見ていると、な)

「……さて!帰ったら記事を仕上げるぞ~!」

 

 ウキウキ気分の卜部。今後の競馬業界が楽しみになっていた。

 余談だが。卜部が書いた今回のインタビューの記事が書かれた新聞が発売されると瞬く間に売り切れ。特に卜部のコラム記事は高い支持を受けていた。




時間が無限に欲しい。
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