猛田厩舎。猛田は新聞を片手に難しい表情を浮かべていた。
「……まぁ絶好調やったしなぁ」
偶然通りかかった粟田は猛田の表情に気づき、歩み寄ってくる。猛田へと声をかけた。
「どうしたんです?猛田さん。難しい顔してますけど」
「おぉ~粟田。いや、コレやコレ」
言いながら新聞を粟田に渡す猛田。受け取って目を通してみると、先日行われた朝日チャレンジカップの結果が書かれていた。
見出しは【タニノムーティエ古馬相手に圧勝!この秋こそはムーティエ街道を!】と大きく書かれている。粟田は合点がいった。
「トップハンデ背負ってそれやからな。オマケに、天皇賞3着、宝塚記念2着のホウウンを相手にしたうえでな」
「俺もあの日は別の馬に騎乗していたので分かります。タニノムーティエは……この夏を経て格段に強くなりました」
粟田も実感していた。タニノムーティエの強さを。
大外から上がっていき、第4コーナーで先頭に立ち、後は後続を突き放して圧倒的な勝利を収める。これまでは不発に終わっていたタニノムーティエの最も得意とする戦法が復活した。しかも、さらに強くなって。
やはり、カミノライザンが菊花賞を勝つ最後の障害となるのはこの馬になるだろう。猛田と粟田はそう分析していた。
「スタミナに関しても、問題はなさそうやしな」
「ハードトレーニングで鍛えてるでしょうね。それはこちらも同じことですが」
スタミナ勝負ならばカミノライザンとて負けていない。それだけの自信はある。
タニノムーティエの次走は京都杯。カミノライザンとぶつかる。これで5度目の対決だ。
「今んとこ姫の3勝1敗……勝ち越しとるけど、油断はできひんな」
これだけの強さを見せたのだ。やはり一筋縄じゃいかないだろう。
「粟田。ちょいトミを呼んできてくれるか?京都杯の話し合いや」
「分かりました。すぐに呼んできます」
まずは作戦会議。主戦騎手である富永も交えて、決めることにした。
粟田に呼ばれてやってきた富永。猛田は早速作戦会議を始めることにした。
「さて、呼ばれた理由は粟田から聞いとるやろ?」
「はい。京都杯の作戦会議、そしてタニノムーティエ……ですよね?」
神妙な顔つきの富永。富永も、朝日チャレンジカップは別の馬に騎乗していた。タニノムーティエの強さをあのレースで実感していただろう。
「タニノムーティエはこの夏を経てさらに強くなりおったわ。京都杯と菊花賞……どっちも一筋縄じゃいかんで」
「勿論分かっています。特に、廉田さんの気合いの入りようも凄いですから」
常に物々しい雰囲気を発していると言っても過言じゃありません、と語る富永。猛田にも覚えがあった。
日本ダービーで負けて以降の廉田は今まで以上に気合を入れていた。騎乗回数を増やし、少しでも騎乗技術を磨こうとしているのが分かる。タニノムーティエ陣営も、新聞のインタビュー等でカミノライザンを意識している発言がさらに増えた。まるで不俱戴天の敵と言わんばかりに。今までのレースを思えば当然かもしれないが。
「……トミ。京都杯の作戦やが」
「はい」
「
猛田達の作戦は、まずカミノライザンとタニノムーティエの差を考えることだった。皐月賞とダービーとは違って、今回の京都杯は万全な状態で臨むことができる。その状態でタニノムーティエとの差がどれだけあるか……それを実際に比べてみることにした。京都杯はその差を調べるために使う。元々は菊花賞前にレース勘を取り戻す目的で使う予定だったレースだ。大きな問題はないだろう。
京都杯でタニノムーティエの強さを改めて測る。これで決まった。後はカミノライザンの体調だが……。
「まだレースまで日があるからな、体調は崩しとらんわ」
「体重も大きな増減は無しですからね。キープしています」
「にしても……皐月とかダービーも経験しとるからいい加減プレッシャー慣れはしてると思うんやけど……」
「う~ん……どうですかね?難しいんじゃないですか?」
だよなぁ、と溜息を吐く猛田。……どうやら、カミノライザンのプレッシャー問題はもう解決不可能なのかもしれない。ここまでなんとか隠し通せているのは幸いだが。
◇
トレーニングは順調!タイムも好調!俺の体調も絶好調!気分もウキウキ!
『良い調子で走れそうだぜ~!次のレースが楽しみだ!』
「機嫌良さそうだねライザンちゃん。僕も嬉しいよ」
クソ神がそう言うがあったりまえよ!前走のダービーなんて本当に酷かったんだからな!主に疲労の影響で。
んでまぁ。この夏で俺も結構成長した実感がある。前よりも断然動けているし……これ疲労が抜けた影響とかだったらちょっと悲しいな。でもタイムは縮んでいるから成長はしてるな、うん。
俺の次走も着々と近づいてきているわけだ。菊花賞の前哨戦、京都杯。京都の芝2000m。ここで実践の勘を取り戻していきますかい。
『ぶっちゃけ勘を忘れるくらい期間が空いたわけじゃねぇけどな』
「それでも前哨戦は大事だよ~?本番で力を出せずに負けました~なんてなったら大変だからね」
『大丈夫大丈夫。ちゃんと分かってるさ。後は油断しないように走るだけだ』
にしても京都杯か……タニノムーティエが出走してくるのは分かってるけど、確かアイツもうあれだろ?喘鳴症。
喘鳴症──通称ノド鳴りとも言われるそれは競走馬にとっては時に致命的になりえる病気だ。走ることに支障をきたす病気だからな。普通に生活する分には問題ないけど、レースとなるとかなりの不利を背負わされることになる……らしい。詳しくは分からん。
タニノムーティエはもうこの頃には発症してたはずだ。ちょっと残念だけど……仕方ない側面もあるのかもしれん。
『病気ばっかりはどうしようもねぇからな~。タニノムーティエは大事にしてほしいぜ』
「え?何が?」
なんかすっとぼけた表情のクソ神だが、分かってるだろコイツ。
『タニノムーティエだよタニノムーティエ。アイツ確か、この頃には喘鳴症発症してただろ?個人的にはちょっと残念だな~って思っただけだよ』
ライバルが減ったから、なんて見方もできるが……それでも寂しいもんは寂しい。元気に過ごしてほし「なに勘違いしているのか知らないけどライザンちゃん」なんだよクソ神?そんな、言いにくそうな顔して。
「タニノムーティエなら喘鳴症になってないよ。この前の朝日チャレンジカップも大差で圧勝したし」
「はっ?」
おいおい、冗談は俺の来世だけにしてくれよ。まさかそんなわけ。
「とりあえず、警戒すべきはタニノムーティエで変わらずだね。後ダテテンリュウもいるから……どうしたの?ライザンちゃん」
いやでも……嘘を言っているようには見えない。まさか、マジでタニノムーティエ出走してくるの?万全の状態で?
最初に思ったことは、厄介だな~って感情。アイツ強いし、皐月賞とダービーもほぼ奇策で勝ったようなもんだ。それでも勝ちは勝ち、否定する気はない。つーか、あらゆる有利不利を含めてのレースだ。
こっちも万全な状態で挑めるわけだが、そんなのあっちも同じだ。それでいて、アイツは強い。策なしでどこまで戦えるかは全くの未知数。加えて、これまでの敗戦からさらに対策を重ねてくるはずだ。そりゃ気も滅入るってもんだろ。ダテテンリュウも警戒すべきだが、タニノムーティエとどっちを警戒すべきか?って言われたらまぁタニノムーティエだと思う。アイツ確か、長距離も大丈夫なはずだし。
マジか~……アイツ出走すんのか~……。
『マジか~……』
「嫌そうだね~ライザンちゃん。まぁ」
クソ神はニヒルに笑う。俺の心の内が分かっているかのように、笑って告げた。
「その割には──すごく楽しそうにしてるけど」
『そっちこそ。クラシック五冠を目指すなら、出走してほしくなかったんじゃないか?』
「あ、分かる?でもさ、やっぱり──」
多分考えていることは一緒だ。
「
『あぁ、やっぱ──
どちらかといえば──俺達の気持ちは燃え上がっていた。
本当は京都杯まで書きたかった(小声)。