菊花賞が近づいてきている今日。各陣営気合が入っている。
ダテテンリュウ陣営。彼らもまた、菊花賞を勝つために作戦を立てていた。
「ええか?抜けた人気を誇っとるんはカミノライザンとタニノムーティエ。俺らはそう注目されてへん。やからな、漁夫の利を狙える可能性があるわ」
「まぁそうっすね。やっぱ2頭に注目が集まると思いますわ」
ダテテンリュウの調教師は、ダテテンリュウの騎手に対して指示を飛ばす。
「こっちのマークは甘々になるはずや!俺らかて十分チャンスはある!」
「それに……ダテ冠名の馬はこれまで機会に恵まれませんでしたもんね」
「せや。やから馬主さんも躍起になっとる……相手が強いんは百も承知。やけどな、絶対にクラシックタイトルを取ったれ!」
ダテテンリュウの前に挑戦したダテ冠名の馬。68年のダテホーライは三強の一角アサカオーの前に敗北、チャンスだと思われた69年のダテハクタカは夏の上り馬アカネテンリュウの前に3着と敗れ去った。惜しくも敗れてきているのである。
今回はクラシック四冠馬のカミノライザンに加え、そのカミノライザンと比肩するタニノムーティエがいる。やはりこの2頭のどちらかが勝つと予想されているだろう……そこに
長距離に適性がある、人気薄だからこその隙を狙う……ダテテンリュウの陣営はそれを狙っていた。菊花賞を勝つために、思考をめぐらす。
世間が菊花賞への熱で高まっている中、凄まじいニュースが全国に広がった。
「お、おい!お前今日のニュース見たか!?」
「あぁ、見た見た!驚きすぎておったまげたわ!」
「こんなことがあるんだなぁ……というか、改めてカミノライザンの血統ヤバくねぇか?」
「これ、知ってる人ほどどえらい血統やって分かるわ……ようやく表沙汰になったわけやし」
そのニュースに全国の競馬ファンは戸惑う。なんせ……今度の菊花賞について天皇陛下が直々に言及したのだから。
《クラシックの最終戦、菊花賞が近づいてきてまいります。この目で観戦に行けないのが誠に残念でなりませんが、人馬の無事を心よりお祈り申し上げます》
警備の関係上、京都競馬場に足を運ぶことができず、そのことを残念がっていることがテレビで報道された。これには全国民が度肝を抜かれる。まさか天皇陛下がテレビのニュースを介して競馬に言及するとは思ってもみなかったからだ。
次いで注目されたのが、カミノライザンの血統である。皐月賞以降、調べが進められていたがあまり有力な情報が得られず。関西のとある記者がカミノライザンの生産牧場である五十嵐牧場に何度も取材の打診をしたことでようやく表沙汰になった。
その結果明らかとなったのは──カミノライザンの母、月海の母父がオートキツ*1だということ。オートキツは父に【雨の月友】の異名を持つ*2月友、母にトキツカゼ*3を持つ名馬だ。
ここで重要になってくるのは、カミノライザンには
カミノライザンの活躍で最近競馬を知った者には凄さが分からないだろう。だが、往年の競馬ファンほどこの血統がいかにヤバいかがよく分かる。超・良血馬といっても過言ではないのだ。どうやってこの血を繋いだのか、馬主である保茂と生産牧場である五十嵐牧場に問い質したいほどに。そして天皇陛下が菊花賞に言及した理由も分かった。
明らかになったカミノライザンの血統。これにより、さらにカミノライザンへの期待は高まっていた。クラシック五冠への期待、血統の素晴らしさ、果てしない偉業を……人々は、世間は望んでいた。
他陣営としては面白くないが、ならば自分達が勝てばいいとさらに奮起する。菊花賞は──刻一刻と近づいていた。
◇
菊花賞が近づいてきている今日。なんか珍しく夜の放牧があった。
『にしてももうすぐだな~菊花賞』
「だね~。今のお気持ちはどうだい?ライザンちゃん」
ふっ、言うまでもないね!
『めっちゃ緊張して体調が悪くなりそうだぜ……!』
「つまりはいつも通りだね」
そうとも言う。クソ神の対応も慣れたもんだ。
にしても……今度の菊花賞で全てが決まる。俺達の偉業の終着点……クラシック最後の冠をかけた戦い、菊花賞が。
調教もいい感じに進んでいる。この調子ならば、菊花賞は万全の状態で挑めるくらいには。
にしても……うん。
『ついにここまで来たんだなぁって思うわやっぱ』
「……そうだね。ついに、ここまで来た」
いろんなことがあった。もうしょっぱなからえらい目に遭ったと思ったよ。
俺が酔っ払っている時の発言が原因で目標に据えられたクラシック五冠馬という目標。TSはTSでも、まさかの畜生道になるとはな……。当初は絶望感が半端なかった。
競馬をかじっていたからこそ分かる、クラシック五冠という果てしない目標。無謀な挑戦で、バカげた理想とばかり思っていた。けど、やらなきゃ俺の来世が悲惨なことになる……だから死ぬ気で頑張った。
努力が実って、ついにダービーまでの四冠を取った。残すところはあと一つ、最後の冠をかけた決戦が……もうすぐ来る。
『なぁ、ありがとよクソ神……いや、保茂』
「どうしたの急に?お礼なんて」
何が何だか分からない表情の保茂。でも、俺はお礼を言いたかった。ここまでこれたのは、間違いなくコイツの力が大きい。
『ぶっちゃけさ、最初の方は無理だ無理だって思ってたんだよ。クラシック五冠なんて目標、普通じゃねぇし』
「ま、言えてるね。普通の目標じゃない」
『でもよ、来世がミジンコになるのが嫌だから必死こいて頑張った。無理だなんだと思ってもやるしかねぇ!って気概でな。そしたらまぁ、案外何とかなったもんだよ』
やればできるんだなぁと思った。ま、他の馬にこれやらせたらダメだろ!って常識はちゃんとある。本当にアホみたいなローテってのが身に染みて分かってるからな。
『最初はまぁ、嫌々ながらやっていた節がある。だけど……今は違う』
「……え?」
『正確にはオークス辺りからか?いや、もしかしたらもっと前かもしれない。ただ、確実に言えることは……ガチで目指すようになった。このバカげた夢を叶えてやる、ってな』
これは多分、保茂に触発された部分が大きい。最初は冗談だったかもしれない。だけどコイツは……
『あと一つだ、保茂。あと一つで……俺達の夢が叶う。バカみてぇな酒飲みの発言から始まった物語が、終わるわけだ』
「……なんだかそれだと、菊花賞を走り終わったら終わりみたいだね」
『おい止めろ。俺も一瞬そう思ったから』
こうやって冗談を言い合いながら笑う。楽しい時間だ。
そんな時、保茂は目を伏せた。どした?なんかあったんか?
「……ライザンちゃん。僕の疑問に答えてくれるかい?」
『どしたよ藪から棒に?ま、遠慮なく相談してくれ』
俺で力になれるか分からんけど。だって相手は曲がりなりにも神様ぞ?俺よりもたくさんのことを知ってるだろ絶対に。
そんな保茂は深呼吸をして……意を決したように話し始めた。保茂の中で、疑問になっていることを。
「実はさ、猛田さん達が僕の目標についてきてくれた時、そして……彼らにお礼を言われた時、胸があったかくなるのを感じたんだ」
……ほう?
「僕は彼らにお礼を言ったんだ。あなたたちのおかげで、クラシック五冠を達成できそうだって。そしたら彼らは……僕のおかげでもあるって言ってくれたんだ」
『間違っちゃいねぇな。というか、お前じゃなければ無理だったろ』
多方面に顔が広く、ある程度の融通が利いた保茂じゃなければまず無理だ。しかも保茂は俺のケアを最大限やってくれた。それは俺がよく分かっている。だからこそ、クラシック五冠は俺達のうちだれか一人でも欠けたらダメだった可能性が高い。
「確かに、僕も尽力したとは思っている。でもそれは、僕が言い出しっぺだから。当然のことをやっただけなんだ」
『当然だとしても、実際に行動に移すのと移さないのとでは大違いだろ。無責任に放り出したわけじゃない。だから、お前のおかげでもあるってことだろ』
「……まぁ、そうだね。でもさ、不思議なんだ」
保茂は胸に手を当てていた。今もあったかくなっているんだろうか?
「彼らが僕の力もあったって言ってくれた時、彼らがいうみんなの輪に、僕がいたって思った時……凄く胸があったかくなったんだ。それがどうしてか、僕には分からない」
……ほほ~ん?なんとなく読めてきたぞ?
神様っていうのは大概一人でなんでもできる。保茂も例外じゃなく、な。そんな話を保茂から聞いたことがある。だからこそ、見えてくるわけだ……どうしてあったかく感じるのかを。
でも、教えるのはなんかつまらん。だから。
『菊花賞』
「へ?」
『菊花賞を勝った時……自ずと分かるさ。その胸が、あったかくなる理由が』
自覚してもらうことにした。保茂は不満顔だけどな。
「教えてくれてもいいんじゃない?もったいぶらずにさ」
『なに、嫌でも気づくさ……とりあえず、絶対に勝つぞ菊花賞──俺たちみんなの力でな』
「……」
そうやって話していると、俺達ではない声が聞こえる。これは多分……刈谷だな。
「お~い姫~!そろそろ馬房に戻るよ~!」
『時間切れだな』
「……そうだね。それじゃあねライザンちゃん」
手をひらひらさせて去っていく保茂。きっと、分かるだろうさ……あったかさの理由がな。
……さて、そのためにも。
(菊花賞……絶対に勝つ)
俺達の目標の終着点……菊の冠を、絶対に獲る。誰よりも早くゴールしてやるよ。最強を証明して……な。
◇
陣営が最後の調整を進める。
「追い切れ追い切れー!その程度でライザンに勝てるかい!」
「待ってろよ……ライザンもムーティエも倒して、俺達が勝つ!」
「注目されてへん……やから、チャンスは絶対にあるはずや!」
一日、また一日と時間が経っていく。
「菊花賞は何軸で行くよ?俺はカミノライザンだな!」
「カミノライザンに決まっとるやろ!こんなんもう決まりや!」
「俺はムーティエ軸で行くぜ!京都杯も勝ったんだしいけるいける!」
「ま~この2頭のどっちかだろ!」
全てのファンが楽しみに待つ中──ついに菊花賞の日が訪れた。
ついに迎える決戦の菊花賞。五冠の偉業か?スパルタの逆襲か?はたまた伏兵か?