俺と邪神のクラシック五冠道   作:カニ漁船

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昨日は仕事が長引いて投稿できませんでした。


俺と騎手と調教

 猛田のもとに1人の騎手が歩いてくる。

 威厳がある、というわけではない。どちらかと言えばまだ少し新人の雰囲気が感じられるようなそんな騎手だった。

 その騎手──富永は少しの緊張を抱えながら猛田へと歩を進める。

 

「あの、猛田さん。お呼びでしょうか?」

「おぉ、きよったかトミ」

 

 富永の来訪に笑顔を浮かべる猛田。富永としては少しの不安感を覚えているが。

 

「トミ。札幌では中々えぇ調子やったそうやないか?」

「は、はい。途中勝ち星を逃しましたけど、最終的には悪くない数字になったんじゃないかなって」

 

 富永は夏の間、札幌で開催されるレースに出ていた。本来は騎乗停止の自粛期間ではあったものの、騎乗停止が明けてからは札幌で騎乗。ここで自分の騎乗を磨いていた。

 

「だけど、自分の騎乗を見つけられました。実りのある遠征になったと思います」

「そか。それは良かった……やけど」

 

 猛田は厳しい目つきで富永を見る。なにを言われるのか分かっているのだろう、富永は気まずそうに目を逸らした。

 

「次は騎乗停止になるんやないぞ?しっかりと管理せぇ」

「そ、それは勿論!次はないように気をつけます!」

 

 猛田は満足そうにうなずく。

 ここで富永が気になったのはなぜ自分が呼び出されたのだろうか?という疑問。

 ただこうして札幌の話をするために呼んだわけではないだろう。富永はそう考えていた。

 猛田の次の言葉を待つ富永。

 

「せや、トミ。お前に乗って欲しい馬がおんねん」

「お、俺にですか?」

 

 どうやら騎乗依頼だったようだ。富永はホッと胸をなでおろす。

 しかし次の言葉に、富永は度肝を抜かれた。

 

「あぁ。お前には姫……カミノライザンの新馬戦に乗ってもらいたいねん」

 

 一瞬思考放棄する富永。

 富永も姫という馬のことについては知っている。というか、この厩舎で知らない人間はいない。

 姫ことカミノライザン。今この厩舎において最も期待されている新馬であり、()()シンザンの娘だ。

 シンザンの初年度産駒。そんなネームバリューとともに入厩したカミノライザンは当初こそパッとしない見た目で疑問視されていたものの、時が経つにつれてその評価は徐々に変わる。現在猛田文男厩舎で最も期待されている新馬ということからそれは分かるだろう。

 そんな期待されている馬に自分が?そう思う富永だったが、すぐにこれはチャンスだと考える。

 

(カミノライザンに騎乗……粟田さんが乗るものだと思っていたけど、俺に回ってくるなんて!)

 

 富永は喜ぶ。思わず猛田の前でガッツポーズをするぐらいには。

 

「なんや?お前そんなに嬉しいんか?」

「……ハッ!?」

 

 ニヤニヤした笑みを浮かべている猛田の表情を見て我に返る。浮かれているのがバレた富永としては恥ずかしい思いだ。

 だが、一転して厳しい表情で富永を睨む猛田。思わず富永も気が引き締まる。

 

「やけど、分かっとるよな?カミノライザンは期待されとる。この厩舎で一番期待されとるし、クラシックの1つは固いと言われとる逸材や」

「わ、分かっています。カミノライザンがどれだけ期待されているかは」

「そして、それはお前も同じやトミ。お前もみんなから期待されとる」

 

 ニっと笑う猛田。

 

「お前やったら、期待に応えてくれるやろ?トミ」

 

 そんな猛田に、富永も思わず苦笑いをする。

 正直言ってかなりのプレッシャーだ。かなりの才能を誇る馬に、まだまだ駆け出しの自分が騎乗する。

 だけど、そんな状況で富永は燃える。

 

「勿論です。まずは新馬戦、勝ってきますよ!」

「その意気やトミ!ま、その前にまずは調教やな。今日から早速乗ってけ!」

「はいっ!」

 

 案内されて富永はカミノライザンの調教へと向かう。

 その道中、猛田からカミノライザンについての注意を教えてもらっていた。

 

「一応やけど確認やな。あんま姫にプレッシャーかけるんやないで?体調崩すかもしれんからな」

「はい。だけど、俺初対面だけど大丈夫ですかね?」

「そこは平気や。姫は人には馴れとんねん」

 

 なんとも不思議な話やけどな、と語る猛田。

 カミノライザンという馬、実はプレッシャーにかなり弱かった。長距離輸送についてはまだ不透明な部分があるが、この点はすでに判明している。

 この辺は何事にも動じない雰囲気があったシンザンとは真逆を行くのかもしれない。

 とは言っても、不思議なことに人には馴れているのか体調を崩すことはない。その点は胸をなでおろした猛田である。

 賢くはあるが繊細、それがカミノライザンという馬だ。

 

「やけど、馬体はえらい立派になったわ。お前も見たら驚くで?」

 

 そう語る猛田。もうすぐカミノライザンとのご対面だ。

 

 

 調教場所に着くと、すでにカミノライザンがいた。

 厩務員に手綱を引かれて佇んでいる。

 富永は思わず息を漏らした。

 

(凄い馬体だな……)

 

 富永が最初にカミノライザンを見たのは、入厩して少し経った頃。その頃は調子を落としていた影響からか見栄えの悪い馬体だった。

 今は違う。牝馬としてはかなり大柄な部類に入るだろう。牡馬顔負けの馬体である。

 加えて青毛がツヤツヤと輝いて見えた。思わず息を漏らしても不思議ではないだろう。

 ここで注意すべきはカミノライザンが調子を崩さないか?だ。ただでさえプレッシャーに弱い娘、慎重にしなければ。

 そう思っていた富永だが……驚くことにカミノライザンの方から富永へと近寄ってきた。

 

「え?」

「ほ~ん?」

「おや?」

 

 その場にいる全員が驚く。

 カミノライザンは初対面であるはずの富永に近づいていた。そして何度か警戒するように富永の周りをぐるぐるした後……気を許したのかリラックスした素振りを見せていた。

 戸惑う富永に厩務員と猛田はカミノライザンの様子を興味深そうに眺めている。

 

「お前、姫に気に入られたのかもしれんな」

「そ、そうなんですか?」

「カミノライザンのこんな反応は初めてですからね。とてもリラックスしていますし、富永さんに気を許したんだと思いますよ」

 

 戸惑う富永とリラックスしているカミノライザン。これが2人のファーストコンタクトだった。

 

 

 本来の目的は調教、それを忘れるわけにはいかない。

 カミノライザンに騎乗する富永。これはスムーズにいった。

 

「え?坂での調教?」

 

 せや、と答える猛田。

 不思議そうにしている富永をよそに猛田は続ける。

 

「姫は坂を上るんが好きなんか、気合入れて走んねん。やから今日の調教も坂や」

「は~……それまた珍しいですね」

「ま、効果も期待できるらしいで。保茂さんの言葉やけど」

 

 そんな中調教は進んでいく。カミノライザンの調子は──絶好調だった。

 

 

 

 

 

 

 いや~……生の富永さんに会えて興奮しちまうよ本当に。

 天才と呼ばれた名ジョッキー!誰もがその名を口にしたマジもんの天才!な~んて話は有名だ。

 

(これめっちゃ自慢できるんじゃね?)

 

 俺あの富永に乗ってもらったんだぜ!……人だと誤解を招きそうだなコレ。

 さて、そんな俺だが。今現在は坂での調教……坂路調教をしている。

 もうすでに完成しているらしいが、栗東のトレセンには当初坂がなかった。なので坂路調教は当然行えない。

 坂路調教の効果は適切に扱えば凄い。ミホノブルボンなんかが良い例だろう。

 ついでに言えば、坂路コースができてからは西高東低になったとの話もあるし、坂路が調教にどういった影響をもたらしたのかが良く分かるんじゃなかろうか?

 とは言っても、この頃の栗東トレセンにはそんなものはなく。ならばと栗東トレセンに移る前にこの坂で疑似的な坂路調教をしようというのが俺の狙いだ。

 こっちの調教では基本的にこの坂での調教。ふ、ここで気合を入れて走った甲斐があるってもんよ。

 このことは勿論保茂も把握済み。向こうもオッケーを出すどころかむしろ促進していた。

 

(本当に権力強いんだなあのクソ神。人脈が謎過ぎる)

 

 調教にも口出しできんの?いや、正確には口出しではない気がするが。

 ただ猛田さんもあまり悪感情は抱いていないようだし、良好な関係を築けていることが分かる。

 

(さて、それなりに走ったしクールダウンっと)

 

 坂路(仮)の調教を済ませて歩くことにした。無駄な力を使わんようにね。

 

「よ~しよし、良い調子だねライザン」

 

 富永さんに労われながら歩いていく。

 それにしても乗せていて心地良いなこの人。調教師さんが悪いというわけじゃない、ただ凄く走りやすい。

 鞍上は決まった、新馬戦の日取りも決まっている。後は頑張るだけだ!

 

(……考えたらお腹痛くなってきた)

 

 ついでに新馬戦のことを考えてお腹を痛めた。




坂路は偉大ゾイ。
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